最近どんどん距離感がおかしくなっていく三玖。 そして、そんな空気に振り回される和真。
……だけで終わるはずもなく。
夏休みの課題問題から始まる、五つ子達の大騒動。 さらに、零奈にも少しずつ変化が──?
賑やかで、でもどこか温かい。 そんな“家族の時間”を書きたくて描いた回になります。
よろしくお願いします!
あれから三玖は少し変わった。
前より甘えるようになったし、時と場所さえ許せば、当然みたいに僕の隣へ来る。
そして──
「……カズマ」
昼休み。 人気のない空き教室。
静かな室内で、三玖が僕の制服をそっと掴む。
「ん?」
「……キス、したい」
少しだけ頬を赤くしながら、それでも真っ直ぐ見上げてくる。
以前の三玖なら、こんなふうに自分から求めたりしなかった。
けれど今は違う。
不安も。 好きも。 独占欲も。
全部隠さなくなってきている。
「……最近、積極的だね」
そう言うと、三玖は少しだけ恥ずかしそうに目を伏せた。
「……だって、好きだから」
小さな声。
けれど、その一言だけで十分だった。
静かに距離が縮まる。
触れた唇は短いはずなのに、妙に熱が残る。
「……んッ……ちゅっ……ちゅっ……カズマぁ…好きいぃ…ちゅっ……」
離れた後も、三玖は僕の服を離さない。
「……もう少し」
甘えるような声。
そんな顔をされて、断れる訳がなかった。
──結局。
チャイムが鳴る直前まで、僕達は二人だけの時間を過ごしていた。
チャイムが鳴るギリギリで教室へ戻る。
「……ふぅ」
席へ座ると同時に、隣からじーっと視線を感じた。
「……何」
見ると、二乃が頬杖をつきながらこちらを見ていた。
「別に?」
そう言いながらも、明らかに何か言いたそうな顔をしている。
「……なんだよ」
「いやぁ?」
二乃はニヤッと笑った。
「随分満たされた顔してるな~って思って♡」
「は?」
意味が分からない。
すると周囲の男子達まで会話へ食いついてきた。
「分かる!!」
「今日の吉満なんか柔らかい!」
「リア充オーラが腹立つ!」
「知らんって……」
思わずため息を吐く。
すると二乃は、そんな僕を見ながらさらに口元を緩めた。
「しかもさ」
二乃が、ふっと視線を廊下へ向ける。
つられるようにそちらを見ると──
「……」
廊下を歩いていく三玖の姿が見えた。
その横顔は、どこか嬉しそうで。
柔らかくて。
……妙に満たされた顔をしていた。
「三玖もすっごい幸せそうだったし?」
「っ……」
思わず言葉に詰まる。
「おーい吉満ぅ?」
「何赤くなってんだよぉ?」
「まさかお前ら昼休み……!」
男子達が一気に騒ぎ始める。
「うるさい!!」
慌てて否定するが、完全に遅かった。
その様子を見ながら、二乃は小さく笑う。
「ふふっ♡」
でも──
その笑顔の奥に。
ほんの少しだけ、寂しそうな色が混じっている事に。
その時の僕は、まだ気づいていなかった。
「このままでは駄目です」
広間に響く、静かな声。
けれど、その声音には逆らえない圧があった。
目の前では、零奈さんが腕を組みながら五つ子達を見下ろしている。
その前には、綺麗に正座させられた五人。
「何故、自信満々に“終わってます”と言えたのでしょうか」
『…………』
誰も目を合わせない。
ちなみに父さんは出張中。
つまり今この家には、零奈さんを止められる人間が存在しない。
「……何があったの?」
一応母さんに聞いてみる。
すると、少し離れた場所で苦笑していた母さんが肩をすくめた。
「学校から連絡来たのよ」
「連絡?」
「夏休みの課題、ほとんど手つかずだったんだって」
「はぁぁぁぁ!?」
思わず声が裏返った。
「いやいやいや!あれだけ大丈夫なのか聞いてたよな!?」
「だって大丈夫って言ってたもん……」
「誰が?」
「私達……」
一花が小さく答える。
「大丈夫じゃなかったじゃねぇか!」
思わずツッコミを入れる。
すると──
「和真さん?」
零奈さんが、にこりと微笑んだ。
……駄目だ。
完全に怒っている時の笑顔だ。
僕の後ろでは、花音が僕の服をぎゅっと掴んで隠れていた。
「おにいさま……れなさん、こわいのです……」
「今日は静かにしてような……」
小声で返す。
「この夏休み」
零奈さんが静かに続ける。
「和真さんはもちろん、風太郎さんにも勉強を見てもらっていたはずです」
『ひぅっ……』
五人の肩が同時に跳ねた。
「にも関わらず、提出出来ていない理由を説明してください」
沈黙。
重い。
非常に重い。
すると──
「でもさぁ?」
そんな空気を壊したのは母さんだった。
「ただ怒るだけじゃ、この子達またサボるんじゃない?」
「光莉」
「だってそうでしょ?」
母さんは楽しそうに笑いながら、五つ子達を見る。
「この子達、分かりやすいご褒美あった方が頑張るタイプだと思うのよねぇ」
「ご褒美……ですか?」
零奈さんが少し考えるように首を傾げる。
その瞬間。
母さんの口元が、にやぁっと笑った。
……嫌な予感しかしない。
「例えば~……」
嫌な間。
そして。
「課題をちゃんと終わらせた子は、和真と添い寝出来るとか♪」
『!!!!』
空気が止まった。
「は?」
今なんて?
「ひ、光莉!?」
「冗談よ冗談♪」
そう言いながら、母さんは明らかに楽しんでいた。
だが──
「……それ、本当に?」
最初に食いついたのは二乃だった。
「え?」
「やる」
二乃の目が、本気だった。
「待って」
今度は一花。
「それ、何時まで?」
「いや何で乗る前提なの!?」
「……負けない」
ぼそっと呟いたのは三玖。
「三玖まで!?」
「……頑張る」
五月が真顔で頷く。
「え!?添い寝ってそんなに良いの!?」
四葉だけ若干ズレていた。
「いや待て待て待て!僕の意思は!?」
『却下』
五人同時だった。
「理不尽!?」
「ふふっ♪」
母さんが楽しそうに笑う。
一方で。
「……もう」
零奈さんは困ったように額へ手を当てていた。
けれど。
その頬は、ほんの少しだけ赤い。
「ですが……」
零奈さんが咳払いをする。
「課題を終わらせる理由になるのであれば、今回は特別です」
『やったぁぁぁ!!』
五つ子達のテンションが一気に上がる。
「いや、認めるんですか!?」
「和真さん」
零奈さんがこちらを見る。
「しばらく、ご協力お願いしますね?」
「……はい」
逆らえる空気じゃなかった。
その夜。
広間では、早速勉強会が始まっていた。
「うぅぅ……英語嫌い……」
「五月、そこ違う」
「え?あ、本当だ……」
「四葉、途中式書いて」
「はーい!」
騒がしい。
けれど、どこか楽しそうだった。
「……ふふ」
不意に、小さな笑い声が聞こえた。
見ると、少し離れた場所で零奈さんがその光景を見つめていた。
柔らかな笑顔。
昔より、本当に表情が増えたと思う。
「……嬉しそうですね」
声をかけると、零奈さんは少し驚いたようにこちらを見た。
「ええ。なんだか……懐かしくて」
「懐かしい?」
「こうやって、みんなで何かを頑張るの」
そう言って笑う。
けれど。
その目は、どこか少しだけ寂しそうだった。
「……零奈さん」
「はい?」
「無理してません?」
その瞬間。
零奈さんの目が、わずかに揺れる。
「最近、仕事も忙しいですよね」
「……大丈夫ですよ」
「でも、少し顔色悪い」
自然と、そんな言葉が出ていた。
すると零奈さんは、一瞬だけ困ったように笑って。
「本当に、よく見ていますね」
小さく呟いた。
「心配になるだけですよ」
そう返すと、零奈さんは静かに目を伏せる。
「……ありがとうございます」
その声は、昼間よりずっと柔らかかった。
そして。
そんな僕達を。
少し離れた場所から、三玖が静かに見つめていた。
「結局、今日中に終わる子は無しですか……」
「まさか、こんなに残してたとはねぇ……」
夜の十一時。
広間には、疲労と絶望が漂っていた。
流石に一日で終わる量ではなかったらしい。
学校の課題に加えて、零奈さんが出した追加課題。
さらに見直しまで入るせいで、五つ子達の集中力は既に限界へ近づいていた。
「うぅぅ……もう数字見たくない……」
机へ突っ伏したのは五月だった。
「五月、まだ英語残ってる」
「三玖……今その現実を突きつけないで……」
半泣きである。
「ていうかさぁ……」
今度は一花が大きく伸びをした。
「普通、夏休みの課題ってこんなにある?」
「あるに決まってるでしょ」
二乃が呆れたように返す。
「アンタ達が後回しにした結果よ」
「二乃も人の事言えないでしょ……」
「うっ……」
図星だったらしい。
「うぅぅ……あとちょっとなのにぃ……」
四葉はノートへ突っ伏したまま唸っていた。
流石に運動神経だけでは乗り越えられないらしい。
「……ほら」
僕は立ち上がると、人数分のコーヒー牛乳を用意してテーブルへ置いた。
「少し休憩しな」
「……和真くぅ~ん」
五月が完全に瀕死の顔をしている。
「染みるぅ……」
「大袈裟だな」
苦笑しながら席へ戻る。
すると──
「……ありがと」
隣から、小さな声。
三玖だった。
眠そうに目を細めながら、それでも嬉しそうにコップを持っている。
「三玖も眠いなら今日はもうやめれば?」
「……やる」
即答だった。
「だって……添い寝、したい」
ぼそっと呟かれた言葉に、一瞬固まる。
「っ……!」
その瞬間。
「待ちなさい三玖」
「抜け駆け禁止」
「今のズルくない!?」
一花、二乃、五月が一斉に反応した。
「……事実だから問題ない」
三玖は淡々としていた。
けれど。
その耳はほんのり赤い。
「ぐぬぬぬ……」
二乃が悔しそうに唸る。
「でもさぁ」
一花が、ちらっと僕を見る。
「和真君って、こういうの絶対弱いよね」
「……否定はしない」
「ほらぁ!」
「えぇぇぇ!?」
騒がしくなる広間。
その様子を見ながら、零奈さんは小さくため息を吐いた。
「本当に賑やかですね……」
そう言いながらも、その目はどこか優しい。
すると、その隣で。
「……零奈?」
母さんが小さく首を傾げた。
「顔色悪くない?」
「え……?」
零奈さんが少しだけ目を瞬かせる。
「そうですか?」
「ちょっと青いわよ?」
言われてみれば、確かに少し顔色が悪い。
「……零奈さん」
声をかけると、零奈さんは大丈夫だと言うように笑った。
「少し疲れているだけですよ」
「でも──」
立ち上がろうとした、その時だった。
ふらっ──
「っ……!」
零奈さんの身体が、小さく揺れた。
「零奈さん!」
咄嗟に抱き支える。
倒れかけた身体は驚くほど軽く、腕の中へ簡単に収まってしまった。
「……すみません」
零奈さんは苦笑していた。
けれど、その呼吸は少し熱い。
「母さん、熱ある」
「えっ!?」
空気が一気に変わる。
「零奈!?大丈夫!?」
母さんが慌てて駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫ですから……」
「大丈夫な人は倒れかけません!」
珍しく零奈さんが押されていた。
「ほら見なさい!仕事も家の事も抱え込みすぎなのよ!」
「ですが……」
「ですがじゃありません!」
母さんが完全にお説教モードである。
「……とりあえず、今日はもう休んだ方がいい」
そう言うと、零奈さんは少しだけ困ったように笑った。
「でも、課題の確認が……」
「そんなの明日でいいです」
「そうだよお母さん」
「今日は休も?」
「顔色悪いよ……」
五つ子達も心配そうに声をかける。
流石にこの状態では反抗する気にもなれないのだろう。
「……分かりました」
小さく頷く零奈さん。
その瞬間、広間全体から安堵の空気が漏れた。
「……すみません」
部屋まで送る途中。
零奈さんは申し訳なさそうに呟いた。
「騒がせてしまって」
「別に誰も気にしてませんよ」
零奈さんを抱き抱えたまま廊下を進む。
廊下は静かだった。
さっきまでの賑やかさが嘘みたいに、夜の空気だけがゆっくり流れている。
「でも……」
零奈さんが、小さく笑う。
「少し情けないですね」
「何がです?」
「母親なのに、娘達へ心配をかけてしまうのは」
その声は、どこか寂しそうだった。
「……別にいいじゃないですか」
自然と、言葉が出る。
「え?」
「頼られるだけが家族じゃないでしょ」
零奈さんの身体が、ほんの少しだけ止まった気がした。
「心配したり、支えたりするのも家族です」
「……」
「それに、零奈さんだって頑張ってるの知ってますから」
教師を辞めてからも、母さんの秘書として働きながら五つ子を育てている。
どれだけ大変かなんて、想像するまでもない。
「だから、たまには甘えてください」
そう言うと──
「……ふふ」
零奈さんが、小さく笑った。
「本当に、優しいですね」
柔らかな声だった。
でも。
その表情はどこか少しだけ危うく見えて、妙に胸が落ち着かなかった。
部屋へ入ると、零奈さんをベッドへ寝かせた。
「今日は早めに休んでください」
「そうですね……」
そう返しながらも、零奈さんはどこかぼんやりしている。
「薬、持ってきます」
「ありがとうございます」
部屋を出ようとした、その時だった。
「……和真さん」
呼び止められる。
振り向くと。
零奈さんが、少しだけ不安そうな顔でこちらを見ていた。
「……少しだけ」
小さな声。
「もう少し、ここにいてもらってもいいですか?」
「……っ」
一瞬だけ、言葉に詰まる。
その表情は、いつもの“母親”の顔じゃなかった。
疲れていて。
弱っていて。
……どこか、寂しそうだった。
「……分かりました」
そう返すと、零奈さんは少しだけ安心したように目を細めた。
僕はベッドの横へ椅子を引き寄せて座る。
部屋の中には、静かな沈黙だけが流れていた。
「……懐かしいですね」
不意に、零奈さんが呟く。
「昔も、こうやって娘たちが熱を出す度に隣にいたんです」
「零奈さんが?」
「ええ」
小さく笑う。
「だからでしょうか。今、自分がこうされる側になるのって……少し不思議です」
そう言って、ゆっくり目を閉じる。
けれど。
その手は、そっとシーツを握っていた。
まるで。
何かを我慢しているみたいに。
「……零奈さん?」
声をかけると、ゆっくり目が開く。
そして。
「……今日は」
零奈さんが、小さく笑った。
「少しだけ、甘えてもいいですか?」
その声は、とても静かだった。
でも。
熱を持った頬と、揺れる瞳のせいで。
その一言が、やけに胸へ残った。
静かな夜だった。
けれど。
その部屋だけは、どこか落ち着かない熱を帯び始めていた。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
今回は、
・三玖の積極化
・添い寝を巡る五つ子達
・勉強会地獄
・そして零奈の“弱さ”
この辺りを中心に描いてみました。
特に零奈は、“母親”として頑張り続けてきたからこそ、 誰かへ甘える事に慣れていない人物として書いています。
だからこそ、和真へ少しずつ弱さを見せ始める関係性は、 作者的にもかなり好きな空気感だったりします。
一方で、三玖も恋人としてどんどん距離を縮め始めました。 今後、二乃や一花、五月達がどう動くのかも含め、 関係性の変化を楽しんでもらえたら嬉しいです!
次回もよろしくお願いします!