熱で弱った零奈。
そして、そんな彼女を放っておけない和真。
静かな夜の中で、
少しずつ変わり始める関係を書いてみました。
もちろん、三玖の甘々成分や、
翌朝のいつもの賑やかな空気もたっぷり入っています。
“熱”を残したまま迎える朝。
その空気感を楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします!
どれくらい時間が経ったのだろう。
静かな部屋。
時計の針が進む音だけが、小さく響いている。
けれど──
僕は全く眠れていなかった。
理由なんて、考えるまでもない。
「……ん……」
胸元へ額を預けたまま、零奈さんが小さく身じろぎする。
その度に、柔らかな髪が首元へ触れた。
近い。
本当に近い。
しかも今の零奈さんは、完全に無防備だった。
熱で少し緩んだ表情。
ネグリジェ越しに伝わる体温。
安心しきったように預けられている重み。
全部が妙に意識を乱してくる。
「……寝れる訳ないだろ」
小さく呟く。
すると──
「……ふふ」
胸元から、小さな笑い声が聞こえた。
「っ!?」
思わず視線を落とす。
すると零奈さんが、うっすら目を開けてこちらを見上げていた。
「起きてたんですか!?」
「……今、起きました」
その声はまだ少し眠そうだった。
けれど。
口元だけは、どこか楽しそうに笑っている。
「……和真さん」
「はい」
「顔、真っ赤ですよ?」
「っ……!」
完全に図星だった。
「からかわないでくださいよ……」
「ふふ……ごめんなさい」
そう言いながらも、零奈さんはまだ笑っている。
普段なら絶対見せないような、柔らかい笑い方だった。
「……でも」
零奈さんが、そっと僕を見上げる。
「少し安心しました」
「安心?」
「ちゃんと男の子なんだなって」
「…………」
今度こそ言葉を失った。
心臓がうるさい。
多分、今までで一番うるさい。
「零奈さん、それ分かって言ってます?」
「……熱のせい、かもしれません」
困ったように笑う。
でも。
その目は、全然困っているようには見えなかった。
むしろ──
少しだけ、楽しんでいるようにも見える。
「……ずるい」
思わず漏れた本音に、零奈さんが目を丸くする。
「え?」
「零奈さん、普段そんな事言わないじゃないですか」
「……そうですね」
小さく頷く。
「だからかもしれません」
静かな声。
「今くらいは……女性として甘えてみたくなるの」
その言葉に、息が止まりそうになる。
女性として。
その響きだけで、胸の奥が妙に熱くなった。
「……和真さん」
零奈さんが、そっと手を握る。
「もう少しだけ……このままでもいいですか?」
拒絶出来る訳がなかった。
「……はい」
答えた瞬間。
零奈さんは安心したように、小さく息を吐く。
そして。
「……あたたかい」
そう呟きながら、ゆっくり目を閉じた。
今度こそ、本当に眠ったのだろう。
呼吸が、少しずつ穏やかになっていく。
「……」
僕は動けなかった。
動きたくなかった。
胸元へ寄り添う零奈さんの温もりが、やけに心地良かったから。
「……困るなぁ」
小さく苦笑する。
三玖が一番。
その気持ちは変わらない。
変わらない、はずなのに。
──今だけは。
零奈さんの温もりを、手放したくないと思ってしまっている自分がいた。
それが、どこか裏切りみたいに感じて。
胸の奥が、少しだけ痛む。
けれど。
弱々しく寄り添ってくるこの人を。
今だけは、離したくなかった。
「……ほんと、ずるい人だ」
眠る零奈さんへ、小さく呟く。
当然、返事はない。
ただ。
安心しきったように僕へ身体を預ける温もりだけが、静かに伝わってくる。
静かな夜。
誰も知らない部屋の中で。
少しずつ。
確かに、関係が変わり始めていた。
翌朝。
「…………」
朝食の席へ座った瞬間。
全員の視線が、こちらへ集中した。
「……何」
嫌な予感しかしない。
すると。
「へぇ~?」
最初に口を開いたのは一花だった。
妙にニヤニヤしている。
「昨日、和真君自分の部屋に帰ってないよね?」
「っ……」
その瞬間。
隣で味噌汁を飲んでいた零奈さんの肩がぴくっと揺れた。
「え?」
二乃が反応する。
「ちょっと待って」
「まさか」
「いや、違──」
「和真君」
五月がじーっとこちらを見る。
「昨日、お母さんの部屋にいたの?」
「……看病してただけだって」
即答する。
嘘ではない。
本当に看病していただけだ。
……ただ。
『……離れたくなくなります』
昨夜の零奈さんの声が、不意に頭を過ぎる。
「っ……」
駄目だ。
思い出した瞬間、顔が熱くなる。
「ふぅ~ん?」
二乃がニヤニヤしながら覗き込んでくる。
「和真、今なんか思い出した?」
「別に」
「嘘下手」
即答だった。
「しかも顔赤いし」
「カズマ、分かりやすい……」
三玖まで小さく呟く。
「……カズマ」
そして。
三玖が、小さくこちらを見上げた。
「……ほんとに、看病だけ?」
「三玖まで!?」
しかも微妙にジト目である。
珍しい。
「いや、本当にそれだけだから!」
慌てて否定する。
すると。
「へぇ~……」
二乃が、ちらっと零奈さんを見る。
「じゃあ何でお母さんそんな顔赤いのかしら?」
「っ……!」
一斉に視線が集まる。
「ね、熱がまだ少し残っているだけです!」
珍しく動揺していた。
耳まで真っ赤だ。
「ふーん?」
「怪しいねぇ~♪」
一花と二乃が完全に面白がっている。
「もしかしてお母さん、昨夜何かあったとか?」
「な、何もありません!」
即答だった。
けれど。
明らかにいつもより取り乱している。
そして。
ちらっ、と。
零奈さんの視線がこちらへ向く。
目が合った瞬間──
「っ……」
ふわっと頬が赤く染まった。
「「「「あーーー!!」」」」
五つ子達の声が揃う。
「絶対何かあったじゃない!」
「和真君!?」
「説明!説明求む!」
「だから看病してただけだって!」
必死に否定する。
本当に、それ以上の事はしていない。
……していない、はずなのに。
『……あたたかい』
『……安心します』
昨夜の零奈さんの声が、頭から離れない。
「っ……」
思わず視線を逸らす。
すると。
「へぇ~?」
二乃が、さらにニヤニヤした顔になる。
「その反応、ますます怪しいんだけど?」
「違うって!」
「……カズマ」
その時。
三玖が、ぽつりと呟いた。
「……私も、今度また一緒に寝る」
真顔だった。
「いや待って三玖!?」
この子、“また”って言ったよ!
そうなると──
「ちょっと待ちなさいよ!」
案の定、二乃が食いついた。
「アンタいつの間にそこまで進んでたのよ!?」
「この間……キスもした……いっぱい」
「ぶうぅっ!!」
危うく味噌汁を吹き出すところだった。
「ちょっ!?三玖!?」
「え?」
きょとんとしている。
この子、自覚無しで爆弾を投げてくるタイプだ。
「……いっぱい?」
一花がぴくっと反応した。
「待って待って?三玖もうそんなとこまで進んでるの!?」
「……恋人だから問題ない」
三玖は淡々としていた。
けれど。
耳だけは真っ赤だった。
「問題大アリよ!!」
二乃が机を叩く。
「何よそれ!?そんな話聞いてないんだけど!?」
「言ってないから」
「そういう問題じゃなーーい!!」
朝から騒がしい。
すると。
「キ、キスってそんな何回もするものなの……?」
五月が顔を真っ赤にしながら呟いた。
「え?五月したことないの?」
「なっ……!?」
一花の追撃に、五月の顔がさらに赤くなる。
「そ、そういう一花だって無いでしょ!?」
「え~?どうだろうねぇ♪」
「絶対無いでしょ!!」
「ししし……みんな面白い顔してるねぇ♪」
四葉だけは平和だった。
そんな騒がしい空気の中──
「あらあら♪」
楽しそうな声が響く。
視線を向けると、母さんがニコニコしながらこちらを見ていた。
「青春してるわねぇ~」
「母さんまで混ざるの!?」
「だって面白いんだもの♪」
完全に楽しんでいる。
そして。
母さんはちらっと零奈さんを見ると──
「いいわねぇ、零奈」
「え?」
「最近和真に甘やかされてばっかりじゃない?」
「っ……!」
零奈さんの顔が一気に赤くなる。
「ひ、光莉!?」
「ほんと優しく育っちゃって」
母さんはくすくす笑う。
「昔は私にべったりだったのにねぇ」
「いや、そんな小さい頃の話されても……」
「ちょっと羨ましいかも♪」
さらっととんでもない事を言う。
「母さん!?」
「だって零奈、昨日すっごく安心した顔してたもの」
「っ……!」
零奈さんが完全に固まった。
その横で──
「おにいさま」
小さな声。
いつの間にか花音が、僕の服をちょこんと掴んでいた。
「どうした?」
「れなさん、きょうずっとえがおなのです」
「っ……!」
今度こそ、零奈さんが言葉を失う。
「花音ちゃんまで……」
「おにいさま、れなさんとなかよしなのです?」
無邪気な瞳だった。
悪意ゼロ。
だからこそ破壊力が高い。
「ち、違いますから!?」
零奈さんが慌てて否定する。
けれど。
「ふーん?」
「怪しいねぇ~♪」
一花と二乃は完全に面白がっていた。
そんな中。
「……ふふ」
三玖だけが、小さく笑った。
「カズマ、人気者」
その言葉に。
なぜだか、誰より三玖が一番余裕を持っている気がした。
……いや。
余裕というより。
ちゃんと、信じてくれているのかもしれない。
そう思った瞬間。
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
「じゃあ行ってきます」
騒がしい朝食を終え、玄関で靴を履く。
すると──
「……和真さん」
後ろから、小さく呼ばれた。
振り返る。
そこには、エプロン姿の零奈さんが立っていた。
「はい?」
「その……」
少しだけ迷うように視線を揺らしてから。
「昨日は、本当にありがとうございました」
柔らかな声。
そして。
「……ちゃんと、眠れました」
小さく微笑む。
その表情を見た瞬間。
昨夜、肩へ預けられた重みが脳裏を過ぎる。
『……安心します』
「っ……」
また顔が熱くなる。
「……なら良かったです」
なんとかそれだけ返す。
すると。
「へぇ~?」
背後から、にやにやした声。
「お母さんだけ特別感出てない?」
「二乃うるさい」
「だって怪しいもの~♪」
「怪しくありません!」
珍しく、零奈さんが強めに否定する。
けれど。
耳が真っ赤だった。
「ふふ……」
三玖だけが、小さく笑っている。
そんな中──
「おにいさま!」
花音がとてとてと駆け寄ってきた。
「いってらっしゃい、するの」
そう言いながら、ぎゅっと僕の服を掴む。
「はいはい」
しゃがみ込み、頭を撫でる。
すると花音は嬉しそうに目を細めた。
「えへへ……」
その様子を見ていた母さんが、くすっと笑う。
「ほんと和真って、昔から面倒見良いわよねぇ」
「母さんが色々押し付けてきたからだろ」
「あら、感謝してほしいくらいよ?」
「どの口が……」
呆れながら返すと、母さんは楽しそうに笑った。
そして。
ちらっ、と零奈さんを見る。
「でも最近は、花音より零奈の方が甘やかされてる気がするわねぇ?」
「っ……!?」
零奈さんの肩がびくっと跳ねた。
「ひ、光莉!?」
「あら違う?」
「違います!」
即答だった。
しかし。
「でも昨日、お母さん和真君に抱きついてたよね?」
一花がさらっと爆弾を投下した。
「なっ……!?」
零奈さんが固まる。
「え!?」
「抱きついてたの!?」
「和真君!?」
一気に空気が変わった。
「いや待て待て待て!!違うから!?」
慌てて否定する。
「零奈さん熱で朦朧としてただけだから!」
「へぇ~?」
二乃がニヤニヤする。
「でも和真、ちゃんと受け止めてたのよね?」
「そりゃ押し返せないだろ!」
「ふーん♪」
完全に面白がられている。
すると。
「……ずるい」
ぽつり、と。
三玖が呟いた。
「え?」
「……私も、抱きつく」
真顔だった。
「いや三玖!?」
すると今度は。
「じゃあ私も」
「私も~♪」
「私だって!」
一花、二乃、五月まで乗ってくる。
「増えるな!!」
思わず叫ぶ。
そんな僕達を見ながら──
「……ふふ」
零奈さんが、小さく笑った。
昨夜より、ずっと自然な笑顔だった。
それを見た瞬間。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
すると。
「……和真さん」
零奈さんが、そっとこちらを見る。
「はい?」
「今日、帰ったら少しお話出来ますか?」
柔らかな声だった。
けれど。
その瞳は、どこか昨夜より近い。
「……別に構いませんけど」
そう返した瞬間。
「……ありがとうございます」
零奈さんが、少しだけ嬉しそうに笑った。
その表情に──
また心臓が跳ねる。
「おー?」
二乃が即座に反応する。
「何その空気?」
「怪しい」
「怪しいねぇ~♪」
「だから違うって!」
慌てて否定する僕を見ながら。
母さんだけが、どこか意味深に笑っていた。
「……青春ねぇ」
ぽつり、と母さんが漏らす。
けれどその横顔は。
少しだけ。
本当に少しだけだけど──
どこか羨ましそうにも見えた。
「……母さん?」
思わず声を掛ける。
すると母さんは、はっとしたようにこちらを見て。
「んーん、何でもないわ♪」
いつもの調子で笑った。
けれど。
その隣で。
「……光莉」
零奈さんが、小さく名前を呼ぶ。
二人の視線が、一瞬だけ重なる。
その空気が妙に自然で。
長い付き合いだからこそ分かるものが、そこにはあった。
「……?」
少しだけ気になったけれど。
その前に──
「はいはい注目ー♪」
一花がパンっと手を叩いた。
「そろそろ学校遅刻するんじゃない?」
「っ、やば」
時計を見る。
完全に時間が危なかった。
「ほら和真、行くわよ!」
「和真君、急がないと」
「もう騒ぎすぎなのよアンタ達は!」
二乃と五月に急かされる。
すると。
「……カズマ」
三玖が、小さく袖を引いた。
「ん?」
「……今日」
少しだけ視線を逸らす。
「腕、組んで歩きたい」
「っ……」
不意打ちだった。
しかも本人は、かなり勇気を出して言っているのだろう。
耳がうっすら赤い。
「……分かったよ」
そう返した瞬間。
「……ん」
三玖が、少しだけ嬉しそうに目を細める。
そして自然な動きで、そっと腕へ抱きついてきた。
柔らかな感触と体温に、一瞬だけ思考が止まりかける。
「ちょっ……近い」
「……恋人だから問題ない」
真顔だった。
「いや、その理論強すぎるだろ……」
「むぅ~……」
「何だよ二乃」
「なんか三玖だけ距離感ズルくない?」
「……恋人だから」
「さらっと言うなーー!!」
朝から響く二乃の叫び声。
その騒がしさに、思わず笑ってしまう。
すると。
「……和真さん」
また、小さな声。
振り返る。
そこには、エプロン姿の零奈さん。
昨夜とは違う。
ちゃんと“母親”の顔をしている。
……なのに。
目が合った瞬間だけ。
ほんの少しだけ。
昨夜の、弱く甘えた表情が重なって見えた。
「……いってらっしゃい」
柔らかな声。
「……はい。行ってきます」
そう返す。
すると零奈さんは、安心したように小さく微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間。
また昨夜を思い出しそうになって。
「っ……」
慌てて視線を逸らす。
「和真君?」
「いや、何でも!」
絶対顔赤い。
そう思いながら玄関を出ると──
「ふふ……」
後ろから、小さな笑い声が聞こえた。
春の朝の空気は、まだ少し冷たい。
けれど。
胸の奥だけは、不思議なくらい熱を持ったままだった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
今回は、
・弱った零奈の“甘え”
・揺れる和真の心
・三玖の恋人としての距離感
・そして朝の大騒動
を中心に描いてみました。
特に今回は、零奈の“母親”ではなく、“一人の女性”としての弱さや安心感をかなり意識しています。
普段しっかりしている人ほど、誰かへ寄りかかれた時に一気に気が緩んでしまう。
そんな空気を書きたかった回でした。
そして和真も、三玖への想いは変わらないまま、それでも零奈の温もりを“手放したくない”と思ってしまう。
この“罪悪感混じりの優しさ”は、今後の関係性にも少しずつ影響していきます。
一方で三玖は、かなり恋人らしく積極的になってきました。
ですが、ただ独占するだけではなく、ちゃんと“信じようとしている”のが今の三玖でもあります。
次回もよろしくお願いします!