アウグリア砂丘
「わひゃー! 見てみておじょー! すごーでっかいミミズー!」
「お、お姉ちゃん! 窓から出ちゃダメだよー!」
「何やってるですか! 早く戻るです!」
地竜を丸呑みできるほど図太い胴体をした砂
「改めて、けったいな『加護』やねぇ。さすがはクルシュさん。こないなうってつけの人材、囲ってはるやなんて」
「此度の任に適した方々を選出させて頂きました。と言っても、私はシュバルツ様をお頼りしただけなのですが」
「おとっつぁん、それはいわない約束でしょ。スポンサー様のご意向とあらば誠心誠意、真心こめて応えるのが弊社のモットーってね」
「すぽんさー…?」
「ごめんなのよさ。シュバルツの戯言は聞き流すことだわさ」
車内の座席が並ぶ空間にはアナスタシア陣営と『クルシュ』、シュバルツ、サルムに代わってツッコむ精霊プーカ、そして、
「やはり、砂丘の上空には瘴気の影響が無いようです。この鳥に従って進めば、『砂時間』を抜けられるかと。砂嵐の中での進路については、『クルシュ』様にもお手伝い頂ければ」
「ほーん。鳥の言葉が分かるっちゅうんは、中々便利なもんやなぁ。…ええなぁ、スフレくん。お手付きが無かったら、ウチに欲しいくらいやわぁ」
「音に聞くホーシン商会の会長にそう言って頂けて、光栄の至りです。ですが僕は、こちらの旦那様方の従僕に過ぎませんので」
監視塔への道筋における一つ目の障害、砂丘に生息する膨大な数の魔獣。
これは後ろの竜車にいるメイリィの『魔操の加護』が、接近する魔獣のことごとくを退けた。
二つ目の障害、迷いの砂漠に展開する瘴気の結界。
監視塔に繋がる空間に歪みが生じ、ただ進んでも永遠に目的地までたどり着けない。『剣聖』が断念した、最たる理由でもある。
精霊エキドナが示した解決策は、砂嵐が特に強く吹く『砂時間』の最中にある、空間の綻びを見つけること。これを黒スーツの男ことスフレは、瘴気の影響を受けずに迷いなく綻びを通過し、監視塔まで行き来する鳥たちの利用を進言した。
「おっ、スフレの癖にカッチョいいこと言うじゃん。あんなちっこかったお前も、随分でかくなったもんだ。俺は嬉しいよ」
「あんたと会ってまだ一年そこらなんですが!? 僕の人生の何を知ってるんですかねぇ!?」
「ちなみに、俺の人生哲学を知りたけりゃ絆レベルを上限解放してもらわねぇとな。こちとら身持ちの固い、純朴青少年なもんで」
「興味ねえ!」
大旦那と従僕の応酬を尻目に、アナスタシアがクスクスと笑う。
「向こうの竜車のあの人らといい、物静かな人が多い分、シュバルツさんは飽きなくてえぇと思うよ」
「商人は口八丁が命ってな?まあご期待に沿って、常に存在感を発揮する男でありたいね」
ここ一カ月近くの旅の中、サルムやエルザはともかく『クルシュ』の護衛として帯同した御者役の二人は、不自然なほどに無言を貫いている。道程の妨げにはなっていない為、誰も深くは追及していないが。
「しかし、寡黙ながらも己の職務を真っ当する彼らもまた、評価されるべきとは思います。寧ろ、主に従する身として見習いたいくらいです」
「待て。今遠回しに、俺のこと全否定した?」
ユリウスの言葉が、この旅路において役割の浮いているシュバルツに刺さる。
「これはすまない。心苦しい思いをさせるつもりは無かったのだがね。君の軽妙な口舌に、私もつい乗せられてしまったようだ」
「内輪トークのノリを許すほど、好感度稼がれた覚えねーから! 俺、やっぱコイツ嫌いなんだけど! 端々で前髪かき上げるイケメンムーヴが超鼻につく!」
「アンタたち、程々にしとくのよさ。これからが本番なんでしょ?」
「でひゃひゃひゃひゃっ! おにーさんおこったー!」
砂粒が竜車を叩く中、少女が賑わう前方を伺う。
「あらはしたない。あまり身を乗り出すと、竜車から落ちるわよ?」
「わかってるわよお。でも、もうママもいないしい、ちょっとくらい羽根を伸ばしたってバチは当たらないと思うのお」
自由に振舞うメイリィをエルザがたしなめていると、フェリスが御者台から車内に乗り込んでくる。
「お人形さんたちの調子はどう?」
「問題なし。調整と言っても、私がやることなんて術式を維持するマナを供給することくらいだし」
世界で十指に入る、膨大なマナを保有するフェリスが事もなげに言い、座椅子に腰掛ける。
オメガの薫陶を受けた王国一の治癒術士は、ある禁術の完成に手をかけていた。
彼が手がけたのは、主が誰より尊敬し、主を任せるに値する、苛烈なまでに研ぎ澄まされた一振りの『剣』。
「行儀が悪いわね。お姫様と離れて落ち着かないのかしら」
「やめてくれるかな。子供じゃあるまいし。言っとくけど、次の休憩には私があっちに戻らないと、『クルシュ』様の色気で大変なことになるからネ?」
暇なしに足元を揺するフェリスが、進行上の理由という建前を並べ、
「……私はただ、あの男が『クルシュ』様の隣にいるのが気に障るだけ」
彼の不機嫌の原因は、前の竜車で主と談笑しているシュバルツの存在。
クルシュとフェリスが愛した殿下の出来損ないのような振る舞いを目にするだけで、彼は穏やかでない気持ちにさせられた。
「言っておくけれど」
「分かってる。別に反抗する気なんてないから。もう綺麗事を並べるつもりもないしネ。『クルシュ』様が従う以上、私もそれに従うだけ」
フェリスの態度に見え隠れする、思考停止。
「そう。なら何も言う事はないわ。今度とも、仲良くしましょうね」
カペラの『躾』によって手折られた者は、概ねそうした傾向がある。エルザにとっては見慣れたものだ。
「かわいいおにーさんも、相方のことで苦労してるのねえ。わかるわあ」
「だったら、そっちの相方さんを黙らせてくれると嬉しいんだけど」
目を細めるフェリスに対し、メイリィは素知らぬ顔。
「あらあらあ。おにーさんは向こうもこっちも、やかましくて堪らないみたいよお?」
「大丈夫よ。どちらもすぐに、静かになるわ」
♢
『砂時間』を抜けた先。
「…これ、ぜーんぶ魔獣!?」
「…おねーちゃん!お静かに!」
「…あかんよ? スフレくんの魔法を過信したら。もう少し、小声でな?」
砂原を埋める獰猛な魔獣・花魁熊の縄張りを抜ける一行。
メイリィが進行上の休眠期の魔獣を退かしつつ、スフレが近くの音を遠くに飛ばす魔法をもって彼らを刺激せぬよう努める。片方の竜車に全員が乗り込み『砂時間』を越えたアナスタシアらは、着実に歩みを進めていた。
「——監視塔の門が見えました」
『クルシュ』の目に、目的地の像が結ぶ。
「我々はまだ魔獣の真っただ中です。気を抜かずに参りましょう」
「いいや、ここがゴールだよ」
放光。
シュバルツが言い切るのを待たず、監視塔から白光が飛ぶ。光は瞬きすら許さぬ速度で竜車へ迫り、
「————」
御者の剣士たちが、地竜の首めがけて超速で迫る白光を打ち落とす。
「あれは……針?」
砂に落ちた謎の攻撃の正体に面々がたどり着くも、時すでに遅し。
「——ゆ」
突如、アナスタシアの胸元を掠めた光。焼き焦げるような痛みなどよりも、彼女の意識を奪ったもの。
それは、己を庇って上半身に風穴を開けた、ユリウスだったものの骸だ。
——光が命を奪っていく。
『クルシュ』を庇う、フェリスの頭蓋が吹き飛ぶ。
——嘆く間もなくあっさりと。
パールバトン三姉弟の胴体が弾ける。
——怒り狂うことすら許されず。
メイリィを守る、エルザの腕が蒸発する。
都合よく智を求める愚か者たちへの洗礼が襲いくる。剣士二人に守れたのは、背後に陣取るシュバルツ・スフレ・サルムとプーカのみ。
「———ごめん、アナ」
己の命を蝕む傷を前に、
IF⑫.クルシュ陣営が監視塔行きに同行しない。
アナスタシア陣営、ミミ以外全滅。
『三分の加護』の感度をフルに上げた弟二人の最期の尽力により、姉の命は守られた。
カルステン公爵家(死者0人、退職者1人)
別館で起きている異変には、『メルティが問題ないと言ったので』父メッカートや家令、武官長は関知していない。
邸内はシュバルツ配下の潜伏中の魔女教徒、カペラの子供たち、他所から呼んだ奴隷、獣に変じた元使用人たちと不審者が跋扈し魔窟と化している。人材は豊富なため領地の運営や諸侯の取りまとめは上手に行われ、周囲からの評判は上々。別館内はただいま工事中。