————シャウラの世界は、いつもキラキラ煌めいている。
幾星霜を経て、在りし日が遠い過去になろうとも。
シャウラの目に焼き付いた『彼』が色褪せることはない。
そして今、その輝きはすぐ手の届く所に。
四百年夢見た日々が現実になったというのに、シャウラはまだ醒めない夢の中にいるようだった。
どんな言葉を尽くそうと、この想いを表すにはきっと足りない。というか、そんなまどろっこしい真似をするくらいなら、抱きしめた方がずっと早い。
ゆえに、シャウラは————。
「おいっちにー、さん、しーッス」
ボンキュッボンのナイスバデーを維持するため、日課のラジーオタイソーに勤しむ。
効果の有る無しなど知れたこと。シャウラのお師様が教えてくれたのだから、多病多災の多事多難に効くと決まっているのだ。
ゆえに、塔の星番となる前からこれだけは欠かしていない。
『あン? ナニ言ってんだオメエ。いいか? 明日できることは、明日やりゃいいンだよ』
過日。意地悪でクズな赤髪バカがロクでもないことをほざいたが、右から左に聞き流した。
愛するお師様のため、シャウラは己を磨くことを欠かさない。既に自分が完璧なまでにチューンされたパーフェクトウーマンだろうと、それは変わらない。
だって、好きな人の前では、常に最新で最高の自分でいたいではないか。
『ははは、そなたは努力家であるな! しかし、毎度の事ながら興味深い! どれ、余も混ぜてもらおうか!』
過ぐる日。お人よしでアホな金髪バカがこちらに合わせて屈伸を始めたが、適当にいなした。
どうせまた途中で泡ふいて倒れるだろう。ニンゲンはシャウラと違い、脆弱で愚かな生き物なのだから。無論、シャウラのお師様はスペシャルなので、ほかのニンゲンとは格が違う。
「ぃよっし! 今日のあーしもプリティビューティチャーミング! 四百年に一度の出来! 今世紀最高! お師様のシャウラの出っ来上っがりーッス!」
今日も最高のコンディションを作り上げたシャウラが向かう先は、ただ一つ。
「グッッモーニンッ! おっ師さまーーッ!! 目覚ましシャウラの時間ッスよーーーッ!!」
ドアを蹴り破る勢いで彼の部屋に侵入したシャウラ。すかさず、彼の寝るベッドへ丹精に愛情こめたルパンダイブを敢行————。
「騒々しいわね。目が覚めてしまったのだけれど」
しかし、布団の中から返ってきたのは
しかも——全裸。
「ね、寝取られたッスーーーーーッ!!!?」
寝てから言え。
起き抜けの男の反応が間に合えば、即座にそう返したことだろう。
♢
愛しいあの子の願いを叶えてやるため、王戦の掌握に邁進する異世界人・シュバルツ。
かれこれ二年余の付き合いとなる雇われ暗殺者・エルザとメイリィ。
寄り道の末、勝手にくっついてきた胡散臭いエセ童女・オメガ。
あとはこれに元商人やら元村娘やら元『愛し子』やらが加わったり、加わらなかったり。
そんな彼らのアジトには、同居人がまたひとり増えた。
「どお゙じでッスかお師様ぁー! なんであーしを差し置いて黒いのと朝チュンしてんスかァ!?」
「ぶぼッ!? ——食べカスを剛速球で飛ばしてくんじゃねぇ! 食うか喚くかどっちかにしやがれ!」
朝食の場にはお誕生日席にシュバルツ、その両サイドにオメガとエルザ、エルザの隣にメイリィ。そして、シュバルツのちょうど向かいの位置にシャウラだ。
席に付き、大きなひと口を頬張るまではギリ大人しかったシャウラだが、シュバルツの顔を直視した瞬間、ついに弾けた。物理的に。
「ハッ!? おっぱい! おっぱいにやられたんスね!! そういうことならお師様、ここにもたわわに実ったお師様専用おっぱいがあるッスよ! さあ、さあさあさあ!!」
「ばっ、押しつけんのやめれ! てか、初手胸で決め打ちするのやめてくれる!?」
瞬く間にシュバルツの席まですり寄ってきたかと思えば、シュバルツの腕に抱き着き
とりあえず、シュバルツが胸目的でエルザに手を出した、みたいな風評被害を広めるのは止めて欲しい。
「あら、昨日は
「そこ!第三者に痴情を暴露しない!そろそろ俺が恥ずかしくて死ぬ!」
自分の胸を持ち上げ笑うエルザの横で、顔を真っ赤にして突っ伏すシュバルツ。
「ぐぬぬ……これが匂わせアピールって奴ッスか……」
「意味は知らないけどお、多分ちょっと違うんじゃなあい?」
シュバルツとエルザが関係を持ち、一か月が経った。
エルザの態度は以前と変わらず。だが今日のように、時たま朝までシュバルツと床を共にするようになった。
割合としてはメイリィと一緒に寝るのが七割超、シュバルツが二割、自分の寝床が一割以下。メイリィ先輩の一人勝ちである。
「ったく、食事時に相応しい話題ってもんがあんだろうが。親御さんにどんな教育受けてんだって指差されんぞ……」
己の顔に散った食塊を拭き取りつつ、シュバルツが恨みがまし気に呟く。朝から踏んだり蹴ったりである。
「かか様っぽいちびっ子、そこんトコどーなんスか?」
「キミを造り出した『エキドナ』とワタシが同一存在ではない、という点を踏まえた上での注釈ありがとう。そして、あくまでその前提で言わせてもらうが、キミ本来の性質および生態をそのように『でざいん』したのは、確かに『エキドナ』だろうね。しかし、人格面について『エキドナ』の関与した配分は相当に低いだろう。ほら、なにぶん『ワタシ』は、人の感情の機微に疎い部分があるだろう? 『ワタシ』は魔女だからね。そういった分野には不向きなのさ」
「魔女関係なく、『お前』がタダの人でなしなだけだろうが」
「かか様、性根からグズグズに腐ってッスもんね」
「その早口な言い訳からして、人格が滲み出てるのよねえ」
「キミたち、口さがないにも程が無いかい!?」
オメガに対して総塩対応の面々。エルザに至っては、突っ込みすらせず黙々と肉を頬張っている。
「——おほん。『エキドナ』は彼女の機能面を重視する一方で、情緒や品性っていった要素に関しては後天的学習に任せた可能性が高い。なにせ、合理を突き詰められた設計思想に比して、彼女の行動は非論理的だ。明らかに第三者の影響を色濃く受けているのは疑いようがない」
「あーし、今ディスられたッスか?」
「キミのお師様の薫陶を褒め称えたのさ」
「さっすがお師様! つまり、あーしの一挙手一投足はお師様の影響! 骨の髄までお師様一色に染められてる……ってコト!? ッスね!」
「チョッロ!? もうちょい相手の言うこと疑えよ……どんだけ自分に都合のいい耳してんだ」
凄まじい喜怒哀楽の緩急に、消費カロリー高めの挙動不審ぷり。たしかにエキドナの好みとは異なるイメージを抱かせる。
まだ見ぬシャウラのお師様とやらは、よほど奇天烈で大人げない人物だったのだろう。
「……ふあ。今日は、お仕事の予定は無かったわよね」
ふと、手早く朝食を平らげたエルザが無防備な欠伸を漏らす。そのあどけなさと妖艶さが共存した姿は、知らない者が見ればさぞ魅了されることだろう。
「なあにい、二度寝? 片づけくらい手伝ってくれても、バチは当たらないと思うんだけどお」
「ごめんなさいね。昨日、そこの雇い主さまが寝かせてくれなかったのだもの」
「アア゛ン!? また煽りカマしてくれやがったッスねコンチクショー!!」
朝チュン騒動の話題が、逸れかけた頃に急カーブして戻ってきた。お姉さん二人が空気を読めなさすぎる。
「表でろッス黒ニンゲン!タイマン張ってやろーじゃねッスかッ!!」
「お断りするわ。今言ったと思うのだけれど、寝不足なの」
「どうどう。ウチの長女さまは二度寝をご所望だ。その辺にしとけ。お前らに暴れられたら、裏通りが血の海になるわ」
「長女…妻じゃなきゃセーフッス」
「エルザが奥さんはさすがに無理じゃね?」
「無理ねえ」
家事は(一応)当番制。しかしながら、シャウラは調理を知らず、エルザは当番日を守らず、オメガは体力が保たず、シュバルツはコップを洗わない。
そんなわけで、我が家のメンツのお嫁さん適正はメイリィ先輩以外悲惨なのである。
♢
「という訳でお師様。食後の運動と洒落こもうじゃねッスか。」
エルザ以外の面子で洗い物を済ませた直後、速攻で部屋へと連れ込まれたシュバルツ。
無論、下手人はシュバルツを見下ろしながら両手をワキワキさせる、性犯罪者モドキのビキニ痴女である。
「という訳じゃねぇよアンポンタン。エロ同人の導入にしても雑すぎんだろうが」
「アンポンタンってきょうび聞かねえッスね」
「あれ!? なんかセリフ横取りされた気がする!?」
既視感に襲われるシュバルツだが、きっと気のせいである。
「てゆーか、お師様もお師様ッス! あーしの気持ちなんて四百年前から知ってるはずッスのに! ここまでスルーされるとさすがに傷付くッス!」
「覚えてねぇ。つか、知らねぇ。何べんも言わせんなよ」
「もー、お師様は相変わらず忘れっぽいんスから。……しゃーなしッス」
シャウラはシュバルツから剥ぎ取った上着を床へと放り投げ、寝台の上でしゃきりと居住まいを正す。
「お師様、愛してるッス。今度は嘘じゃないッス」
「————……っ」
いつもとは違い、妙にしおらしくはにかんで、シャウラはシュバルツに愛を囁いた。
「お師様が百回忘れるなら、あーしは百一回プロポーズするッス。何回フラれようが、あーしは諦めねッス。それがあーしの忍道ッス」
これだ。
シャウラのこういう所が——癪に障るのだ。
「……俺は、お前にそこまで想われるような人間じゃねぇよ。お前も見たろ。俺が今まで何をしてきたか」
お師様が全くの人違いという点は今はいい。
それを踏まえずとも、シャウラの節穴っぷりは度を越えている。
王選候補者を罠にはめ、関係者も無関係な者も、まとめて目的のために利用してきた。シュバルツはそういう悪徳だ。仮にも、歴史に名を刻む賢者さまとは似ても似つかぬことだろう。
シャウラを拾ったのだって、コイツが使えると判断したからだ。ただ利用しているだけにすぎない。
でなければ、こんな悍ましい女を手元に置くものか。
「お師様が何をしたとかは知らねッス。お師様はお師様。あーしにとってはそれだけが大事で、それ以外のことはどーでもいいんス」
「……またそれかよ」
ナツキ・スバルは、シャウラが怖い。
この馬鹿で喧しい拾い物は、何があってもスバルに対する姿勢を変えない。半年程度の付き合いだが、既に嫌と言うほど思い知った。
『愛してるッス』
失われた周回にて、スバルのためなら命をも投げ打った。
『愛してるッス』
その献身が何より狂気的で恐ろしい。鬱陶しい。煩わしい。
己を見ているようで、目を背けたくなる。
「お前……本気で俺を好きなのか」
「モチのロンッス。パーペキにモノホンッス」
好きだから何でもできる。
好きだから命だって賭けられる。
その気持ちは、スバルにも痛いほど理解できる。
目の前の女はスバルと同類だ。でも、
「シャウラ、俺は——お前を信用していない」
「————ほへ?」
「だってそうだろ。お前みたいな強ユニットが見ず知らずの俺を慕うなんざ、そんな都合のいいイベントが起きてたまるかよ」
スバルはこの異世界の理不尽さを知っている。
思い知らされたからこそ、未だあの子に愛の言葉の一つも伝えられていないのに。
「お前の目的はなんなんだ。金か? 恨みか? それとも俺を利用したいのか? 言えよ、言ってみろよ。おら、お師様とやらの命令だぞ」
「ちょっ!? お師様!? ソレは心の準備が出来てねッスよ!?」
「シャウラ」
「う、うう〜〜〜〜」
「言えっつってんだろ!!」
シャウラは四百年も自分を置き去りにした誰かのために尽くして、いつも真っ向から愛を告げることができる。ナツキ・スバルとは違う。
「………………愛して、欲しいッス」
そんな彼女のことが、気が狂いそうなほどに羨ましかった。
「二番でも三番でもいいから、あーしを愛して欲しいッス。チュってして、ギュってして欲しいッス。ガっとヤるのも……お師様だったらウェルカムッス。初めてなんで優しくして欲しいッス」
愚直すぎる。こっ恥ずかしいにも程がある。
お師様を名乗る不審者の言う事をここまで聞くのか。
だが、それを貶す気にはなれなかった。
「なあ、シャウラ。お前」
目の前の馬鹿に当てられ、思わず聞いてしまった。
「その恋が絶対に叶わないってなったら、お前は……どうするんだ」
己を守る予防線の先にあるものを、知りたくなった。
「決まってるッス。愛し続けるッス」
「何をしても、振り向いちゃくれないのにか?」
「愛してるって言い続けるッス。お師様があーしを愛してなかろうと、あーしはお師様を愛してるッスから。アタックしながら、気長に心変わりしてくれるのを待つッス」
どんな前提でも、何を聞いても、答えは速攻で返ってきてしまう。
「いつまで待っても、無駄だとしたら?」
「待つのは慣れてるッスから。それに、お師様は必ずあーしの期待に応えてくれるって知ってるんス」
「…………バカじゃねぇの」
馬鹿の極み。
シャウラはきっと、八十八度ループしようと己を曲げないだろう。
実際のところは分からないが、少なくともスバルはそう思いたかった。彼女の強い想いが、世界に負けたりしないのだと信じたかった。
「なのに、報われねぇなんてな。世の中やっぱりクソだぜ」
なのに、そんな彼女の前にいるのは、それほどまでに慕う当人ではないときた。なんとも救いようのない話である。
「なーに言ってんスか、お師様。あーしの想いが成就するかは、お師様次第じゃないッスか。あーしの運命の糸を握ってるのはお師様だけ! なーんて、キャッ♡ ッス」
「……そーかよ。なら」
彼女がそれでいいのなら。
たとえ偽物相手でも、彼女の想いが欠片でも報われてくれるのなら。
「好きにしろよ、シャウラ」
「……? どしたんスか、お師様。お眠の時間には早くねッスか?」
スバルはベッドの上に手足を大の字に広げ、寝ころんだ。非武装無抵抗の青天である。
「言っとくけど、お前の想いに応えるなんて言ってやらない。俺はお前のことを不憫に思ったから、慰めに使われてやるくらいは許してやろうと思っただけだ。オーケー?」
スバルが抱いたのは同情だ。
ひょっとしたら憐憫かもしれない。
この眩しくも愚かな女が浮かばれないのが哀れだから、暇つぶし程度なら付き合ってやる。そんな責任感のない身勝手な思考。
別にひっぱたかれようが、『針』に貫かれようが構わない。この周回のスバルは、そんな気持ちになってしまったのだから。
「……………………………………………………ま」
「ま?」
「まままままままままままま、マジマジマジマジマジマジのマジデジデジマッスかお師様ぁ!?」
「うるっさ!?」
さっきまでの意思の籠った顔はどこにいったのか、大いに狼狽するシャウラ。
「さてはお前、本番になったら急にビビり散らすタイプだな? しかも、その手の知識もあんま無いとみた」
「な、ななっ、なーにいってんスかお師様ー! こんなこともあろうかと、すでにシミュレーション済みッスよー! バチコーイッスー!」
「脳内シミュレーション頼りな時点で、もうダメな臭いがプンプンするんだよな」
見た目だけはクール系グラマラス美女。中身は従順ワンコ系ヤンキー。しかしてその本性は、初恋拗らせチョロザコ無知っ娘であったらしい。
「てか我ながら、けっこう最低なこと言ったつもりなんだけど、それについては問題ないわけ?」
「ちっちっち。甘いッスねお師様。あーしがどんだけチャンスに飢えてっと思ってんスか。自慢じゃねッスけど、これを棒に振ったら次の機会はいつになるか分かったモンじゃないッス。もはや形振りかまってらんねッスよ」
「ホントに自慢じゃねぇな!?」
いっそ不憫に思えるほどの必死さである。いや、彼女の境遇はスバルが同情してしまう程ではあるのだが。
「つー訳で、心変わりしないウチにさっさとヤっちまうッス! お、お師様、今夜は寝かせないッスよ……?」
「手足メッチャ震えてる!? キメ顔が台無しだよ! てか、そもそもまだ朝だし!」
まだ日も明るい中、ふたりの距離が縮み、シーツに新しいシワが刻まれていく。
スバルとしては、メイリィに音が聞こえなければいいな、と益体の無いことを考えていた。
書き始めてから時間が経った拙作へ、時々頂けるリアクションが本当に嬉しいです。ありがとうございます。