方言眼鏡姉!!!
鏡の遠視能力、ちょっと無法すぎますね。
裏切らせた責任を取って、学郎は娶るべきだと思います。
一旦ここまで。
PS.誤字脱字報告ありがとうございます!!!
畳敷きの部屋は、机と椅子がぽつんと置かれているだけで、ひどく殺風景だった。
装飾品も生活の名残も見当たらず、不自然な静けさが部屋に漂っていた。
まるで急な来客に備えて何もかもを隠した直後のよう。
それも当然だった。
部屋の奥、きっちり閉じられた押し入れの中には、妹である新峰維朱にすら秘密で作り続けてきた"彼ら"がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
1/1スケールの巨大なものから、手乗りの小さなものたちまで様々なサイズの夜島学郎を模したデフォルメぬいぐるみたち。
凛々しいながらも初々しい可愛らしさを感じる顔立ちは共通しているものの、着せ替えられた服装がひとつひとつ異なっていた。
制服、私服、部屋着に肌着。どれも彼の生活の一場面を切り取るように、細部までこだわって縫われたものばかりだった。
――会いたい。話してみたい。彼の声が聞きたい。
そんな衝動が、胸の奥からせり上がってきたときには、その自分でもどうしようもない気持ちを、ぬいぐるみに顔を埋めることで必死に押し殺していた。
ふわふわとしたその身体にぎゅっと腕を回し、目を閉じて、ただ彼を思い浮かべるその時間だけが、自分を抑える手段だった。
けれど今日は、それすらできない。
ぬいぐるみの存在は、彼への"愛情"の塊であり、決して見せられない弱点だ。
もし、ほんの一瞬でも彼がこの部屋に立ち入って、それが目に入ったら妹と同じようにその好意を利用されてしまうかもしれない。
彼への好意は確かに本物だが、幻妖として、朱雀一家の一員として、朱雀様を裏切るわけにはいかない。
くるりと椅子を回し、背もたれに腕を預けて、鏡雲は静かに息を吐いた。だが返ってくるのは、耳を刺すような沈黙だけ。
屋敷内に妹の気配はある。確かに感じている。それなのに、肝心の相手はいつまでたっても姿を見せる気配すらない。
「来おへんのかな…。」
ぽつりとこぼれた声は、音を立てることすらなく部屋に溶けていく。
彼がここへ来た本当の目的は、新峰維朱との"婚約の挨拶"を口実に屋敷へ潜入し、最下層で進められている鏖の復活を阻止すること。
朱雀様にも伝えていないそれは、彼女が鏡を通して観測した、当人達と彼女しか知り得ない秘密だった。
今の藤乃家は既に元の原型を留めておらず内情の把握はもはや不可能に近い。
だからこそ――目的を果たすために新峰維朱が私の遠視能力を頼ってくるのは、時間の問題だと踏んでいた。
それなのに、予想とは反して時間だけが過ぎていく。
何の変化も訪れない部屋の中で、ただ沈黙だけが濃く、重く積もっていく。
その無音が、かえって胸の奥をざわつかせた。
会ってはいけない。そう決めたはずだった。
けれど、彼が手を伸ばせば届いてしまいそうな距離にいる。たったそれだけで、決意は軋み静かに綻び脆くなっていく。
時計の針が、乾いた音を打つ。
カチ、カチ、と響くその間隔さえ、今の彼女には苛立たしく感じられる。
椅子から立ち上がり、部屋の中を歩き回る。落ち着かない。心の奥にひりつくような焦りが広がっていく。
どうにも手持ちぶさたで、気づけば視線は自然と押し入れの方へと引き寄せられていく。
(……ちょっとくらい……。いや、あかんって。もし今来たら……。)
手が襖にかかりかけて、寸前で止まる。
押し入れの奥で、あのぬいぐるみたちが息をひそめて彼女の手を待っている。そう思えて仕方がなかった。
柔らかく、温かく、何も言わずに全部受け止めてくれるあの存在に今すぐすがりつきたかった。
けれど、指先に力を込めることはできなかった。
その代わり、胸の奥で張りつめていた理性の糸が、ぷつりと音を立てて切れる――確かにそんな感覚があった。
「……もう……我慢できへん。」
諦めと衝動が入り混じった声を吐き出し、彼女はくるりと身を返す。
まるで自分の感情を封じるように、背中を押し入れへ向けた。
そして、鏡を自身の目の前に展開して、白く細い指をすっと翳す。
鏡面がゆるやかに波打ち、静かな水面のように像を結び始めた。
「もう知らん。……、来るん遅いほうが悪いんや……。」
そう、言い訳のように呟いて、鏡の前へと歩み寄る。
掌をすっと翳すと、鏡面が微かに揺らぎ、波紋のような歪みが広がっていく。
その揺れに連れられるように、鏡に映っていた自分の姿が、静かに崩れていった。
歪みはやがて、滲みをまといながら、ゆっくりと別の像を形づくっていく。
空間の境界がゆるやかに撓み、輪郭が、色が、少しずつ――静かに、確かに、整っていく。
そして、像がぴたりと焦点を結んだ、その瞬間、鏡雲は思わず息を呑んだ。
そこにいたのは、夜島学郎――そして、妹の新峰維朱。
二人は肌を重ねるように寄り添い合いながら、誰にも邪魔されない秘密の世界をつくっていた。
学郎の腕の中で、維朱は甘く喘ぎ、あどけない顔を蕩けさせながら、彼へと身を委ねている。
その一挙手一投足が、鏡雲の胸の奥をきゅう、と締めつけた。
――わかっていたはずだった。
維朱が傷つくと思って、あの子には何も伝えていなかった。
いや、決して、独り占めしようとしたわけじゃない。
ただ、彼女にはまだ早い、知らなくていいことだと――そういうことにしていた。
彼がここ最近、性に対して驚くほど素直になっていたこと、
鏡越しに見ていた学郎が、複数の女性と身体を重ね、男としての自信と――危うさを身につけていったことも。
維朱が、「彼のところに行ける、会えるの!」と、そう無邪気に笑ったあの日。
その声を聞いたとき、ほんの少しだけ、心配はした。
けれど――大丈夫だと。そう、どこかで高を括っていた。
だって、維朱は彼にとっての敵。
幻妖で、鏖の一角、朱雀の家族。
根底から相容れぬ存在で、決して交わるはずのない相手――そう思っていた。
だから大丈夫。
彼があの子に触れることなんて、あるわけがない。
……それが、自分のための言い訳であることすら気づかずに。
そうやって、盲目的に信じ込もうとしていた。
けれど、現実は、あまりにも――鮮烈だった。
鏡雲の喉が、かすかに鳴った。
鏡面に浮かぶ学郎の手が、維朱の肩を優しく撫で、鎖骨をかすめ、ゆっくりと胸元へと滑っていく。
その指先が服の隙間に沈んだ瞬間、維朱の身体がぴくりと跳ねた。
『……だめ、…っ…♡ お屋敷、でっ♡♡ ん、んっ……♡ だ、だれかに…っ…♡ ふぁ……♡♡』
小さな声に混じる、震えたような吐息。
瞳は潤み、頬は火照り、喉元がかすかに震えている。
口では拒絶しながらもそのまま学郎へと甘えるように身を寄せる彼女を、彼はしっかりと抱き寄せ、そのまま動きを強めていく。
『ぁ、あっっ…なんで、つよくっっ♡♡♡ そ、そこ…ぉ…っ♡♡ んぁっ…、ぅっ…♡♡♡ 学郎君、だめっ…だよっ♡』
唇が首筋へとに落ち、ちゅっ♡、と吸う音が耳に残るほどはっきりと響き、維朱がまたひとつ、か細い吐息を洩らした。
その様子を、鏡雲はひとつも見逃さずに、ただじっと、飲み込まれるように、見つめていた。
維朱の白く柔らかな肌を、彼の指が獣のように容赦のない動きで責め立てていく。
熱く激しくその柔肌を触れられるたびに震える維朱の身体は、まるで快楽に抗いきれず、壊されていくことすら悦びに変えているようだった。
維朱の吐息がいよいよ熱を帯び、甘く震えていた。
学郎の指が彼女のスカート、その奥へと深く潜り込み、布越しに漏れ出る微かな水音が鏡越しでも聞こえてくる。
彼女は全身を小さく跳ねさせながら、くぐもった声で学郎君の名を呼び、唇を震わせ、惚け熱に溶けた視線を目の前の男へと向け快楽に呑まれていく。
『っ……や、ぁ……♡ そんな、されちゃ……♡♡ 声……出ちゃ……や、なの『じゃあ、これで問題無いな。』…ん、ぅゅっ…♡♡』
羞恥と歓喜が絡み合ったその声音が、彼の唇によって押し込められる。
その音と熱と震えのすべてが、鏡の向こう側で完結するはずの熱情。
――なのに、確かに、それは鏡雲の中にも届き、その身に焼き付いていた。
(……いや、あかん……って♡ 変態やん…♡♡ 維朱のを覗き見て…、こんなっっっ♡♡)
頭ではわかっていた。
見続けるほどに、ますます取り返しのつかない場所に自分が落ちていくことも。
それでも、視線は鏡から外れない、いや、そこから逸らすという選択肢を、もはや思い浮かべることができなくなっていた。
熱を伴った呼吸が浅く激しく繰り返され、喉の奥が渇き惚けていく。
いつの間にか、下腹のあたりがずっとじんじんと重苦しく疼いている。
無意識のうちに、指先が静かに胸元へと伸びていた。
布越しに抑え込まれていたはずのそこは、肺の動きに連動するように上下に揺れ、先端を起立させていた。
指先が触れる。
自分で触れているはずなのに、まるで他の誰かに撫でられているような錯覚を覚え、肌の奥がざわりと粟立ち、背筋にひやりとした感覚が這い上がってきた。
「っ、……ん、ぅ……っ……♡」
喉の奥から漏れ出たのは、自分のものとは思えないほど弱々しい吐息だった。
経験したことのない刺激に身を任せ、幾度の触れ、揉み上げる。
繰り返す度に、鏡の中で行われる学郎の責め苦のように、その動きは強く、激しくなっていく。
触れるまでもなく感じる膝の間でじゅく♡と濡れ広がる熱が、抗えないものに育ち全身を焦がしていく。
(あかん……♡ や、やめな……っ♡♡)
止めたい。止めるべきだ。
そう思っているはずなのに、指はゆっくりと、まるで見えない誰かに導かれるように下腹へと滑り落ちていく。
気づけば、鏡の中の維朱と同じように、その身を捧げるかのように脚は開き、背は僅かにのけ反っていた。
『……や……っ、あ、ぁ……っ……♡ ふぅ、ぅっ♡♡ ひ、ぅっ♡ ぁ、あ…あっ♡♡♡』
指が触れるたびに、火照った粘膜がびくびくと反応し、腰が逃げるように揺れる。
けれど逃げ場はない。
自分の身体なのに、自分でどうにもできなくなっていた。
そして、鏡の中――
維朱が、ぐっと学郎の首にしがみつくようにして彼を抱きしめ、唇が重ねる。
舌が絡み、甘い啼き声が漏れ出る水音と共に断続的に溢れていく。
『…ん、ゅっ♡…学郎君♡ っ、ちゅっ♡♡ すき……、ぃっ♡ うぁ、んっ♡♡ もっと…♡♡ ね♡』
既に屋敷、家族がいる空間であることを忘れ、甘くねだるようなその言葉に、鏡雲の指先がびくりと震えた。
胸の奥に、何か焼けつくような痛みが走る。
(……なんで、……維朱だけ…っ♡ わたし、は……♡♡♡)
ぽつりと、心の奥でそんな声が響いた。
誰にも届かない個々の声――けれど、確かにそれは、今この瞬間、鏡雲を突き動かしていた。
恥じらいと悦びがせめぎ合い、震えた声が甘く濡れて、そんな声がこちらの部屋に響き渡る。
鏡面の中の彼女は、彼の腕の中で抱かれながら、喉を仰け反らせ背中を預けるようにして崩れていく。
その一部始終が、まるで映画のように鮮明に映し出されていた。
――わたしは、ただ見てるだけ。
体の奥がきゅうっと疼く。見ているだけなのに、向こう側から伝染してくる熱が全身を甘く溶かしていく。
画面の中では、学郎が妹へと全てを与えていた。温もりも、息遣いも、快楽さえも。
――なのに、自分は。
誰も抱きしめてくれない。誰も撫でてくれない。自分でその熱を沈めるように指の動きを強めていく。
だけども、おさまらない。ひとりでに滲み出た、惨めな熱が全身に途切れず広がり続ける。
「っ……♡ ん、く……ぅ……っ……♡♡ ぅ、ぅぅ゛っっ♡♡♡ ぁ、ぃあぁっ♡」
鏡雲は、喉の奥で嗚咽のように吐息を詰まらせる。
涙で滲む視界の先では、維朱が、彼に抱かれている。
甘えるように、溶けるように、絶え間なく与えられ、彼の手によって沈められていく。
それに比べて自分は――たったひとりで、誰にも気づかれずに、こっそりと、自分の手でしか慰められない。
(……なんで、維朱だけ……♡♡ ええなぁっ♡ 卑怯や♡♡)
じわじわと焼けつくような妬心が、胸の奥を這い回っていく。
なのに、指は止まらなかった。
学郎が、与えられ続ける悦楽に身体を揺らす維朱を強く抱きしめる。
そのまま彼女の首筋に唇を落とし、ちゅっ♡、と甘く吸う音が響いた。
『や…ぁ、…ふぁっ゛っ♡♡ だめ、…っ♡♡ ん、く……ぁ、あっ……♡ あとが……♡ のこっちゃ、ぅっ……♡♡』
維朱の顔は、火照りと快感に染まり、唇は半ば開いたまま、口端から一筋の唾液を滴らせ、今にも蕩けそうなほど甘い嬌声を響かせる。
わたしも、彼の手で。
わたしも、あんなふうに。
そう願ってしまう程に、あふれ出る焦燥感に心がじりじりと焼かれていく。
少しだけスカートが大きく揺れ粘度を伴った水音が奏でられるのに合わせて、維朱の脚がぴんっと張りつめる。
『んぁ……っ♡ お、くぅっ……♡♡♡ ぅ、う゛っ♡♡ っ、はっ、ぁあ゛っ♡♡♡』
喉を震わせるようにして、彼女は甘い声を零しとろんとした目元を、恍惚に濡らしていた。
熱に蕩けた唇が、何かを懇願するように動き、何かを求めるように可愛らしい意匠が施された服が前後に微かに揺れる。
やり場のない感情が胸を揺らし、吐息が喉の奥で痙攣する。
自分の指が濡れた粘膜をなぞるたび、ぬめりと熱が肌に広がっていく。
心地よい刺激が全身に伝わっていくも、それは、鏡の中で学郎が与えているような優しさも、執着も、支配もなかった。
ただ、自分だけが、自分を慰めている――惨めな熱だった。
「ん、っ……ひぐっ……♡ っ、なんで……うち、ひとりで……♡♡ っ、ふ、うぅ……っ♡ こんなん、……っ♡♡♡」
泣き出しそうな声が喉に詰まり、目尻がじわりと滲んでいく。
身体が勝手に震え、快楽に溺れていくのに、心は空っぽだった。
何も埋まらない。誰もここにいない。
(学郎君……♡ う、ちにも♡♡ お願い…っ♡)
鏡越しに、そっと唇を開いた。
声にはならない願いが、喉の奥で嗚咽のように震える。
けれど、鏡の中で彼が見ていたのは――あくまで、維朱だった。
彼は維朱を抱きしめ、深く、奥へと腰を沈めていく。
頬を寄せ、唇を重ね、耳元で囁き、声を誘い、反応を愉しみながら、何度も指の動きを緩めることなく彼女を責め立てていた。
維朱の瞳はすでに焦点を失い、腰は宙に浮き、背は反り返し、身体の奥からとめどなく押し寄せてくる熱く重苦しい波にその身を任せていた。
膣奥からとぷとぷっ♡♡と溢れ膣内を満たし潤わせる音すら、鏡越しに聞こえてきそうなほどだった。
『っ、ぅ゛…、ふっ、ぁ゛……っ♡♡♡ ん、くぅ…っ゛っ……♡♡ は、ぁ゛っ……♡♡♡ やっ、あ゛……っ♡♡♡ イクっ……♡ ぁ゛……ぁ゛あ…っ…♡♡♡♡』
その姿を見ていた鏡雲の脚が、力なく開いたまま震える。
恥も、罪も、理性も、すべて捨てて、燃えさかる嫉妬の熱に縋りつき、
鏡雲はただ、膝を崩し、鏡の前に項垂れるように身を沈めていた。
力なく崩れる維朱を学郎君が押し倒すように抱き、深くその身を密着させて身体の奥底まで繋がりあっていた。
全身を激しく震わせる絶頂に酔いしれていた膣内へと、ぐぐっ♡、と押し込まれた彼の肉柱。
肺の中の空気を吐き出すような音と共に、まるで悲鳴にも聞こえる嬌声が部屋の中に響き渡る。
『――っ、は゛っ……♡♡ ん゛っ、ぅ゛ぅっ……♡♡♡ っ、ひ゛ぃっ……ぅ゛っ……♡♡♡ んっ……っ♡♡ は……っ、は゛ぁっ……♡♡♡ ぅ、くっ……ぅ゛っ……♡♡♡♡ っ、あ……♡♡』
ばちゅ♡ばちゅんっ♡♡と肉と肉がぶつかる音が、鏡を通して聞こえ、頭の深いところで乱反射する。
彼の腰が沈むたび、維朱は唇が大きく開き、喉がかすれた声を漏らし、快楽に溺れている。
彼から与えられる快楽にどうにか耐えようと、両手両足で彼の身体をぎゅぅっと抱きしめる。
そのすべてが、鏡雲の視界の中で、焼き付くように映し出されている。
「……っ、ん……っ♡ ふ、ぁっ……♡♡ っ、あ゛……っ♡♡♡ ん、く……ぅ……♡♡ ――っ……♡♡♡」
膣口の奥が、びくびくと痙攣し、何かを――誰かを、待ち望んでいるのに、自分の指はそこへは届かない。
届かないと知りながら、それでもなお、動きは止まらなかった。
その疼きを誤魔化すように、息を荒げる。
声にならない喘ぎが、涙と一緒に喉から溢れていく。
そしてそのとき――
『イ、っっ゛、くっっっ♡♡♡ ……っ♡♡ ……゛゛っ、つっ゛っ♡♡♡』
鏡の奥で、維朱が絶頂の波に呑まれた。
背を仰け反らせ、膣奥を押し広げられたまま、喉を鳴らして身を震わせる。
抱きすくめられた身体が小刻みに痙攣し、甘い啼き声と共に弾けるような水音を漏らしながら快楽に溺れていくその姿に、
鏡雲の胸がぎゅうっと締めつけられる。。
……苦しい。
苦しいのに、止められない。
見なければよかった。
直ぐにやめればよかった。
それでも、鏡の中で繰り広げられる彼と維朱の光景が、あまりにも甘美で、羨ましくて。
視線を縫いとめられたまま、胸の奥は灼けつくような痛みに震えていた。
腰が浮く。
目の奥が白く染まる。
ひとりでに跳ねるような衝動が、身体の芯からこみ上げてくる。
「んっ、く……っ♡ はぁっ、……ぁ、あぁ……♡♡♡」
震えるような吐息が喉をすべり、甘く掠れた声となって洩れた。
視界がにじむ。鏡の中の彼と維朱の姿が、涙越しに揺れて見えた。
下腹がじんじんと痺れて、ひとつの波が抜けたはずなのに、まだ残滓が肌の内側を這っている。
(……最低や、うち……)
鏡の中は、何ひとつ終わっていなかった。
彼は維朱を抱きしめたまま、動きを止めていない。
吐き出される精を、その全てを注ぎ込むように奥へ奥へと繋がったまま彼女の全てを味わい尽くしていた。
(……なに、してるんやろ……)
呆然としたまま、鏡雲はその様子を見つめていた。
びく、びくと小さく痙攣する身体を冷たい床へと預けながら、布の上にしっとりと濡れた痕を残していた。
呼吸だけが、荒く、熱く、震えながら喉を行き来している。
深く結ばれたまま、その熱を逃がさぬよう、学郎は維朱の髪を撫でてつつ耳元で囁きを落とし続けている。
維朱は泣き笑いのような顔で、くったりとその腕の中に収まっていた。
頬に伝う涙を拭うこともなく、ただ彼の胸元へ顔をうずめ、ひたすらそのぬくもりに縋りつづけている。
その光景が、胸の奥をぎゅうっと締めつける。
妬ましくて、羨ましくて、どうしようもなくて。
そんな鏡雲をよそに鏡の中では、彼の身体が再び動き始めていた。
維朱の脚の間に沈めたまま、わずかに腰を引いて――そのまま、奥へと押し込んでいく。
たったそれだけの動きなのに、維朱の喉がひくりと震え、掠れた吐息が唇から零れた。
『っ、あ゛っ……♡♡ ん゛っ、んん゛っ……♡♡♡ や゛っ……ま、た゛……っ♡♡♡ あ゛……♡♡ ん゛ぅっ、ふ、ぁ゛っ……♡♡♡』
その声は既に掠れ、か細くて、震えていて。
彼の動きにあわせて、身体の奥を揺さぶられるたびに、彼女の表情が甘く、蕩けていく。
再び繰り返される二人の情事に、脚の奥がきゅうっと熱を帯びて疼いてくる。
さっき達したばかりのはずなのに、また、疼きがぶり返して――
止めたはずの指が、また、膝の間へと滑りかけていた。
(……まだ、続くんや……♡♡ ええなぁ♡)
その声に、鏡雲の指がまた、ひとつ震える。
終わらない情事。その続きを、彼女はまた、ただひとりきりで見つめつづけることとなった。
◇◇◇
時間が、どれほど経ったのだろうか。
鏡の奥で繰り返される二人の行為に呼応するように、鏡雲は何度も、自らを慰めていた。
気づけば膝を崩し、床に倒れ込むように身を沈め、もはや視線すら上げられず、ただ耳に届く音だけが二人の逢瀬を鏡雲へと知らせていた。
幾度かの絶頂を経て、指は濡れそぼり、呼吸は掠れている。
何度目かの維朱の嬌声が収まり、唇を重ね合うような音が続いた後、
ようやく、向こうの学郎と維朱は、ゆっくりとその重ね合わせた身体を解き始めていた。
肌に汗の筋を光らせ、乱れた服を整えながら、ふたりはどこか穏やかで満ち足りた気配を纏いながら、そっと身を起こす。
絶頂の余韻が消えず身体を上手く動かせない維朱を後ろから支え、髪を整え、衣服の乱れを直し、慣れた手つきで足元の覚束ない彼女の腰を抱きかかえる。
そのまま、まるで先ほどまで絡み合っていたのが嘘のように、扉の向こうへと姿を消そうとしていた。
だが、鏡雲には、それを見届ける余裕すらない。
身体にはまだ、ひとりでは鎮めきれない熱が燻っている。
口元は半開き、頬に伝った涙の跡も乾かぬまま、彼女は――ただ、呆けたように、その熱だけを引きずっていた。
(……まだ、おさまらへん……♡♡)
服の上から押さえ込むように太腿をすり寄せ、未練がましく指を動かしかけた、そのとき――
ぴたりと、何かの気配が肌を撫でた。
――維朱の令力。彼女の気配が、まっすぐこちらへ。
ということは、当然、さっきまで彼女と身体を重ねていた彼も一緒にいる。
はっと息を呑んだときには、すでに全身が総毛立っていた。理性が現実へと引き戻される。
(……??……っ、…ウソやろ。こっち、来とる……!?)
咄嗟に鏡へと手を伸ばし、像を消し去る。
鏡面は波紋を描くように揺れ、やがてただの反射面へと戻った。
幻妖の再生能力を働かせて、身体のあちこちの軋み、腰に残る鈍い痺れを治しつつ、よろめきながらも急いで立ち上がる。
鏡の前にどうにか立ち、今の自分の姿を目視し、その乱れっぷりに顔を青ざめる。
(見られたら、終わりや……こんなん、絶対、バレる……っ)
化粧は涙や汗で剥げ、目元は涙で濡れ腫れあがり、頬は言い表せないほどに赤く染まっていた。
どこからどう見ても先程までそういう行為に走っていたことがバレてしまう様相。
手早く整えながら、ふと、床に視線を走らせると、カーペットの上へ滴った愛液が染みになっているのを見つけた。
布で拭き取っても痕が残るほど重く濡れたカーペットを急いで回収し、丸めて、押し入れの夜島学郎ぬいぐるみの間へと押し込む。
(学ぬい達、ほんまごめん………。)
自身の宝物たちを犠牲にしつつも、どうにか証拠隠滅に成功する。
ふと、下半身に感じた不快感に視線を下へと向けると、
限界まで愛液を含み蓄えた下着が、じくじくとテーパードパンツごと湿らせていた。
股下に感じる熱と湿りが、それだけで"何があったのか"を明確に物語っている。
慌てて履き替えようとベルトへと手をかけた瞬間。
――とん、とん。
扉を叩く、軽い音。
「お姉、いる?今、大丈夫?」
透明感のある澄んだ安心感を感じさせる、その見た目通りの可愛らしい妹の声が扉越しに部屋へと伝わってくる。
……大丈夫なわけがない。
この短時間で整えられたのは、外見だけ。
部屋の中には、まだ淫靡な残り香が漂っている。
乱れた女の余熱は、空気にじっくりと溶け込んだままだ。
慌てて窓を開けたものの、それがかえって香りを撫で広げてしまった気さえした。
けれど、今ここで無言を貫き続ければ、それこそ怪しまれる。
それだけは、避けなければならない。
鏡雲は口の端を引きつらせながら、どうにか平静を装った声を絞り出した。
「なんや、維朱。……帰ってたんか。」
口からでる自分の声はかすかに震えているの感じ、鏡雲は心を落ち着かせるためにそっと椅子の背へ身を預ける。
逃げるように腰を落としながらも、脚を組み、表情だけは崩さないように努めた。
どくん、と耳の奥まで響いてくる心臓の鼓動だけが、どうしようもなく酷く煩く感じられた。
がちゃり、と扉が開かれ、空気がわずかに揺れる。
そこに立っていたのは、妹の新峰維朱。
髪は整えられているものの、首筋にかすかな赤みを残し、
襟元の乱れはそのままに、汗に濡れ艶めかしく光る肌を隙間から覗かせていた。
その表情も、どこか緩く――「幸せいっぱいです」とでも言いたげな、満ち足りた気配をまとっていた。
(……その格好で、よう来れるなぁ……)
鏡雲は、笑顔を貼りつけたまま、それ以上何も言えなかった。
ついさっきまで、自分は惨めな思いでひとり慰めに耽っていたというのに。
目の前の妹は、学郎君と一緒になれて私は幸せ♡♡――と、見せつけるような姿で。
もちろん、優しい妹がそんな意図で来たはずがない。
そんな事は頭では分かっているというのに、勝手に被害妄想を膨らませてしまう自分に、心底腹が立った。
「お姉、急にごめん。ちょっと相談があって……。」
「ホンマ勘弁してや。ウチ忙しいねん。分かってるやろ、維朱。」
思わずきつめに返してしまった言葉に、自分でも驚いた。
口調が強すぎたのか、維朱の目がふいに伏せられる。
口元にはかすかに困ったような笑みを浮かばせ、先ほどの自分の言葉をそのまま受け取っていた。
「……そ、そうだよね、ごめんね。」
ぽつりと落とされたその言葉には、どこか遠慮がちで、少しだけ寂しさが滲んでいるように思えた。
鏡雲は申し訳なさで思わず目を逸らしそうになったけれど、それを許さないように、維朱の視線がふいに戻ってきた。
大きくぱっちりと開いた瞳が、じっと頬を見つめてくる。次第にその視線は、上へと下へと静かに動いていった。
潤んだ目元。わずかに震える肩先。組み替えた脚の奥――無意識に押し隠そうとした湿りの影までも。
何もかもを、包み隠さずに見られているような錯覚に陥る。
息が詰まった。そのとき――
「……………あー。そっか。」
彼女の口から漏れたのは、呆れでも責めでもない声音だった。
腑に落ちたような、どこか微笑ましげな色を帯びていて、鏡雲は返す言葉を失った。
そして、ちらりと学郎へと目をやると、そっと近づき、耳元で小さく囁いた。
その声に学郎が小さく目を見開いたのを確認したあと、維朱はにこりと笑い、楽しげに言った。
「お姉のため、だから。ごめんね♪」
にこりと笑った維朱の指先が、まるで遊びの延長のような自然さで動いた。
次の瞬間、細く透明な糸が空間にぴんと張り、鏡雲の両腕を後ろへと引き、椅子の背もたれにぴたりと絡め取っていた。
「――っ!?な、なっ、維朱……!?」
鏡雲の声が裏返る。
驚きと羞恥が一気に込み上げ、身体が思わず震えた。
けれど、抵抗しようにも、糸はまるで生き物のように肌へ吸いつき、彼女の令力を静かに絡め取っていく。
その束縛から逃れようとするたび、その拘束はしっとりと強まっていった。
「大丈夫、ちょーっとお姉のお手伝いをするだけだから。」
その笑顔は、あくまで無邪気で、どこまでも優しかった。
姉の中に何が起きていたのか、どうしてそんなに乱れていたのか。
彼女は、もうすべてに気づいていた。
「もう…、そんないじらしいこと、しなくてよかったのに。」
姉が黙って一人で苦しみ喘いでいたのを察して、可愛いとでも言いたげな顔をして、維朱は微笑む。
「お姉が、さっきまでしてたこと、ちゃんと学郎君に伝えよ?ね?」
新峰維朱の笑顔には、ひと欠片の悪意もなかった。
むしろ、そのまっすぐな善意と無垢な気遣いこそが――鏡雲の羞恥を容赦なく刺激してくる。
何ひとつ隠さずに笑ってくるその眼差しに、鏡雲の心は焼けつくような熱で満たされていく。
鏡雲は唇を震わせ、何かを言いかけて、けれど喉の奥で言葉を飲み込んだ。
妹とその相手の情事を覗いていたなんて。
それどころか――その最中、惨めにひとりで慰めていたことを。
そんな、最低で情けない事実を、よりによって大好きな彼に打ち明けるだなんて。
想像するだけで、羞恥と罪悪感で息をすることさえ苦しい。
「…………無理やって…、っ……ぅ……、言えるわけ、ないやろ……っ……。」
ようやく口からか細く漏れた声は、まるで泣き声のようだった。
身体を揺らし、糸に縛られた腕を逃がそうともがくが、無駄だった。
くすくす、と笑い声が耳元に降ってくる。
それは、あどけない微笑を堪えきれずに漏らすような――まるで「ほんと、可愛いなぁ」と自然に思っているかのような笑みだった。
無邪気で、悪気のない声音。その軽さがかえって、鏡雲の羞恥をゆっくりと、柔らかく、あぶり出していく。
「もー、お姉ってば、素直じゃないんだから。」
維朱は悪びれる様子ひとつなく、むしろ嬉しそうにしゃがみ込み、
すっと手を伸ばすと、あやすよう指先で鏡雲の髪をやさしく梳き、鏡雲の逃げ道を、じわじわと塞いでいく。
「学郎君がね? そんなことで、お姉のこと……気持ち悪いなんて思うわけないって、わかってるでしょ?」
その声音は、からかいでも、皮肉でもない。
ただただ真剣に、あたたかく、優しさに満ちたものだった。
蜘蛛の糸のように柔らかくも執拗に、少しずつ彼女の健気な抵抗に巻きつき、無力化していく。
「……お姉も、知ってるでしょ? 彼が、そういう人じゃないって。」
視線を逸らすこともできず、ただ怯えたように瞬きを繰り返す。
「だから……ね? 学郎君のことが大好きなお姉が、どんな事をしてたのか――彼に、ちゃんと教えてあげよ?」
耳の奥をくすぐるような囁き声。
その言葉にあわせるように、腕に絡んだ糸がきゅっ、と締まった。
「言うまで逃がさない」とでも言いたげに、肌の熱を測るようにその圧を強めてくる。
背筋がぞくりと震え、羞恥の熱が再びぶり返す。言えない、言えるわけがない――でも、そう絞り出すことすら出来なかった。
無邪気な妹の笑顔が、ここまで残酷に見えたことなど――今まで、一度もなかった。
口を閉ざし続ける鏡雲に、維朱はふっと息を吐くような笑みを浮かべた。
「……そっか、言えないんだね。じゃあ――。」
すっと立ち上がると、彼女は椅子の背後へと回り込む。
その動きはどこまでも柔らかく、優雅で、敵意や強制の気配など微塵もない。
ただ、純粋に「姉を助けたい」という一心で動いているかのようだった。
次の瞬間、背後からそっと、柔らかな腕が鏡雲の肩へと回された。
「ねぇ、お姉……。」
唇のすぐそばで囁かれた声が、鏡雲の耳をゆっくりと溶かしていく。
逃げようとしても、糸に縛られた身体は微動だにできない。
「――それなら、私が代わりに学郎君に伝えてこようか?」
その言葉に、鏡雲の心臓が跳ねた。
「お姉がね、こーんな風に身体を慰めてました、って――」
そう言いながら、彼女は指先を、鎖骨から首筋、そして胸の上縁へと滑らせていく。
柔らかな彼女のなぞるようなその感触が、羞恥心を一気に沸騰させた。
「や……やめっ……!!」
震える声を荒げる鏡雲の耳に、それを宥める様にふーっと甘い吐息がかかる。
「ひぅっ……。」
「ねぇ、お姉……せっかくだから、俯いてないで、学郎君のこと、ちゃんと見て?」
囁きとともに、維朱の手がそっと姉の顎に触れ、前を向かせようと軽く力を加える。
「あの目……お姉のこと、じーっと見てる。まっすぐで、すごく熱くて、頭の中がとろけそうになるよね。」
甘えるような声音。その中に、溶け出しそうなほどの羨望がにじんでいる。
鏡雲の心臓が、またひとつ大きく脈打った。
けれど――そのとき、鏡雲は気づく。
維朱のまなざしが、ふと彼女の肩越しに、学郎の方へと向けられたことに。
「……あれ?」
小さな戸惑いの混じった呟きが、かすかに耳へと届いた。
維朱の視線は、いつの間にか鏡雲の眼鏡へと留まっていた。
一瞬、きょとんとした表情を浮かべたかと思うと――
にやにやと、いたずらっぽく口元を弧に歪め、顔をこちらへ向けてくる。
「……こんなズルいこと、してたんだぁ。」
小さな声だったが、その響きには、どこか底知れぬ気配が混じっていた。
維朱は、鏡雲の肩越しにそっと手を伸ばす。
逃げようとした鏡雲の動きは、背中を縛る糸によってたやすく封じられる。
「大好きな学郎君のことは、ちゃんと見なきゃ……でしょ?」
そう囁くと、彼女は迷いなく顔隠しの術がかけられた眼鏡へと触れ、
金属のフレームが、わずかな音を立てて外される。
「――あっ……!」
「大丈夫だから。ほら、ちゃんと見て。」
維朱の囁きとともに、姉の頬をそっと包むようにして顔の向きを正す。
遮るものがなくなった視界に、学郎の顔が――はっきりと映る。
優しげで、穏やかで、いつも皆を包み込むように微笑むあの顔。
鋭すぎず、しかし輪郭の整った眼差し。
彼の顔立ちは、まるでそのまま少年漫画のヒーローのように、頼もしさと清廉さを同居させていた。
「ほら……見えるでしょ、お姉の大好きな人。」
……けれど、その目だけが違っていた。
いつもは仲間を気遣うように優しさがにじみ出ている、その瞳の奥で今は熱く、ねっとりとした色が渦を巻いていた
心が冷えるような衝撃と、逆に胸の奥が焼けるような感覚が同時に走る。
目の前に立つ彼は、確かに優しさを纏っていた。
けれどそれ以上に――鏡雲と維朱、姉妹のやり取りを一部始終見せつけられ、
その深部に潜む獣のような欲望が、抑えきれずに滲み出ていた。
焦げ付きそうなほど濃い視線が全身に突き刺さる。
獲物を見つた獣のような、じっくりと喉元へ牙を当ててくるような、そんな眼差し。
「鏡雲さん、教えてください。なにをしてたんですか?」
低く、けれど優しげなその声が、空気を震わせて届いてくる。
真っ直ぐに向けられた視線を遮ってくれる顔隠しの術式ははもう存在しない。
誰よりも好きで、ずっとずーーーっと画面越しに見惚れて、憧れて、好意を募らせてきた存在、夜島学郎。
その彼が、今、自分だけを見ている。
(なに……してた、って……)
見られている。
そのままの自分を、あのまなざしで見つめられている。
逃げ道のすべてを塞がれ、言い訳も、強がりも通じない。包み隠さず全てを白状しろと状況が追い詰めてくる。
胸の奥が、ぎゅうっと締めつけられた。
「……っ……あの……うち……っ……。」
声がかすれる。喉が詰まる。
けれど、学郎の視線が逸れない。逃げようとする心を、静かに、けれど決して許さない強さで見つめ続けてくる。
「……覗いてた……んよ……っ。」
ぽつりと、落ちた言葉。
「維朱と、学郎君の……その……してるとこ……。見て……もうて……っ……。」
唇を噛み、肩を震わせながら、それでも彼女は続ける。
まるで、胸の内の毒を一つずつ吐き出すかのように。
「いいなぁ、って…うちも…うちにもって…、我慢、できへんようなって……っ……ひとりで……慰めてて……っ……」
目の奥に、涙がにじむ。
耐えきれずに俯きかけた顔を、首の後ろから維朱の手が支えるように押さえた。
「やっ……あかん、こんなん……あかんやろ……っ……」
彼女の告白は、沈黙を破るように部屋の空気にしみ込み、耳に焼き付くように残った。
視界の隅で、学郎の瞳がわずかに揺れる。
彼の目には、非難も、蔑みも、何一つ混じっていなかった。
ただ――静かに、深く、彼の瞳に宿った熱が増していくのが、鏡雲にもはっきりとわかった。
「新峰さん、解いてあげて。」
その言葉に、維朱はこくんと頷いた。
回り込んだ彼女の指先が、迷いなく空中へと伸びる。
ぴん、と張っていた透明な糸が静かに緩み、椅子の背に絡まっていた鏡雲の両腕が徐々に自由を取り戻していく。
「じゃあ、お姉……がんばってね?」
ただただ純粋に、“大好きな姉が、素直に幸せを掴めますように”という思いだけが込められた声が背中を押す。
「学郎君、すっごく優しいから。」
耳元で囁かれるその声は、どこまでもやさしく、あたたかかった。
その言葉に、胸の奥で何かがそっとほどける感覚がした。
逃げたい気持ちも、まだ心のどこかにくすぶっている。
けれど、絡みついていた羞恥や恐れが微かに緩みはじめ、心の変化に従うように視線が前へと向く。
学郎が、一歩、また一歩と、歩み寄ってきていた。
「ごめんなさい、もう……我慢できないです。」
囁くような声とともに、彼の腕が真っ直ぐ伸びてくる。拒む間もなく、ふわりと身体が浮いた。
「ひゃぁっ!?」
「俺が塗り替えます。」
そう囁く彼の声は低く、熱を帯びていた。
彼の腕に抱きかかえられて、膝の裏や腕の下、彼に触れている箇所がじわじわと熱に溶けていく。
「一人で慰めてたことも、恥ずかしくて隠してたことも――」
気づけば、自分がさっきまで座っていた椅子に彼が腰を下ろし、抱きかかえられたままの身体がその膝にそっと降ろされていた。
逃さぬように逞しい両腕で抱きしめながら、彼の手が背を撫でてくる。
鏡雲の頬が、彼の胸元に押し当てられる。呼吸のたびに、彼の匂いが胸いっぱいに満ちていく。
「俺が、全部上書きますから。」
そう言って、彼はそっと頬に口づけた。
「なかったことにしましょう? 一人でしてた時間なんて、俺が忘れさせます。」
その囁きが耳奥に沈んでいくと同時に、鏡雲の呼吸は浅くなっていった。
胸の奥を満たしていく彼の体温。背中を撫でるその掌は、強引さとやさしさの間を縫うように、ゆるやかに動く。
けれどそのぬくもりに、脳の奥はまだ、追いついていない。
ついさっきまで、彼の幻影だけで必死に満たそうとしていた自分が――今は、その本人の腕に、こうして抱かれている。
「……鏡雲さん。」
彼の声が低く落ちる。
指先が、背中から耳の裏へと移ろい、静かに問うように動きを止めた。
「――さっき、どこに触れてたんですか?」
――いけない、とわかっていても、胸の奥には、これから自分が“どうにかなってしまう”予感が、ゆっくりと、熱を持って膨らんでいた。
さっき鏡の中で見た維朱のように、きっと、自分も――あんなふうに、鳴かされてしまうのだろう。
そして鏡雲は、抗えないまま、唇を震わせながら――
さっき、自分がどうやって慰めていたのかを、ぽつり、ぽつりと、口にしてしまった。