※この作品はR-18です。

鵺の陰陽師 えっちな方まとめ   作:なめたけ伯爵

8 / 9

うおおおお、町田莉那、バズおめでとう!!!
デカパイは作品を救う!!! 新規に買ってくれた人多くて嬉しいね。

本番は無いです。なんで本番が無いんだ?

いつか書けるといいね。


町田莉那 本番無し

 

 

 

陰陽寮 第六支部。その一角に設けられた部屋。そこは、鏖の一柱たる空亡の力を失った友亡の私室へと変わっていた。

 

静けさを嫌う彼らしく、部屋は雑多なもので埋め尽くされている。パーティーゲームや、出所も用途も分からない小物があちこちに転がり、身じろぎのたびに乾いた音を立てた。

 

そんな部屋の中央で、夜島学郎は座布団へ身を落ち着け、口を開いた。

 

「友亡さん、その話っていうのは」

「……少し前お前に頼んだ事を覚えているか」

「えっと、それは」

 

宇宙から来た生物としての主人格――空亡を討伐した、あの日。

平安の世から現代へと漂流してきた菅屋月歌が、家族も仲間もいないこの時代で独り取り残されないように。友亡は、掛け替えのないその存在を湯船を共にしたあの夜、学郎へと託した。

 

全員を娶れ。

そして、月歌を娶ってくれ。

 

「月歌がお前のクラスに転入して、多くの友を得ることができた。あの戦乱の渦中に居たあいつに、させてやれなかった青春とを過ごさせてやれている」

「月歌さん、いつも楽しそうで。勉強だけは本当に駄目そうですけど……」

「だろうな」

 

机に額を押し付け、だらりと腕を投げ出し、「訳が分かんない。楽しくなーーーい!!」と不満を並べ立てる。けれど、そこから覗く顔にはどうしようもなく楽しげな笑みが浮かんでいる。そんな月歌の姿が、二人の脳裏を過った。

 

「あいつならなんだかんだ現代でも楽しく生を謳歌するのだろうと吾輩は信じている。だがな……心配なんだよ」

「……」

「お前もうっすらと察しているんだろう? 鵺は鏖を討伐しきった暁には自らを消すつもりだ。おそらく、その時に吾輩も……。だから2年なんて悠長に待ってはいられないんだ」

 

友亡の手が肩に乗り、指先が食い込み、ぐっと力が入る。布地が引かれて、皺が寄った。

肩がわずかに引き寄せられ、逃がさないとでも言うように距離が詰まる。吐き出される息さえ近い。彼の焦燥ばかりが押し付けられてくる。

 

「お前だ。お前しかいないんだ。あいつを――月歌を一人にしないでくれ……!!!」

 

学郎は一瞬、指が食い込んでいる場所へと視線を落とし、そのまま顔を上げて、正面を見返す。

その瞳には、断固として譲る気のない色がはっきりと宿っていた。

 

「それでも!! 月歌さんの意思を無視するのは違うだろ。彼女が現代でどう過ごしたいかなんて、全部あの人が決めることだ」

 

視線がぶつかりあい、ほんのわずかな沈黙が落ちる。やがて、友亡の手が離れた。肩から重みが抜け、友亡は困ったような笑みを浮かべた。

 

「……お前は頑固者だな」

「それだけが取り柄なんで」

「まぁいい。吾輩はお前が全員娶るよう仕向けるだけだ。さて、そんな吾輩からの依頼だ。学郎、これをかけてみてくれ」

 

友亡が懐から取り出したのは、黒ぶちのいたってシンプルな眼鏡。

装飾らしい装飾もなく、どこにでもありそうな形をしている。

 

レンズ越しに見える景色は歪んでいるように見えない。

度の入っていない、いわゆる伊達メガネというものだ。

 

「わかりました」

 

深くは考えないことにして、それを手に取り、言われるがまま顔にかけた。

 

「学郎、お前……はぁ」

 

目の前から吐き出されるその小さな溜め息に、学郎はわずかに首を傾げる。

 

「えっと……、危ないものではないんだろうなと思ったので……」

「ついさっき吾輩は悪だくみをすると宣言したばかりなんだから、こう、なんというか、もっと躊躇とかした方がいいんじゃないか……?」

 

そう言われても、実際にかけてみて何かおかしいところは無い。

痛みがあるわけでもないし、意識が朦朧とする感じもしない。

 

「そいつは特殊な眼鏡でな。鵺から聞いてるか? 吾輩は呪具を開発するのが得意なんだ」

「はい」

「お前も見聞きしたことはあるだろう……? 頭の上に数字が見える、ド定番のあれだ」

「……???」

 

言われている意味が分からず、学郎は素直に首を傾げた。確かに、友亡の言う通り、彼の頭上には”0”と書かれた謎の数字が見えている。

 

「え、知らない? マジか……?」

「……すみません」

「お前、吾輩より現代に染まってない可能性が無いか? これで伝わらないのは困ったな……」

「なんか、本当にすみません」

「いいさ。で、その頭の上に出てくる数字だが。視線を向けている対象が、お前に関する“とある事”をした回数だ」

「……はぁ」

 

分かったような、分からないような、そんな曖昧な返事しかできない。学郎は言葉の意味を咀嚼しながら、納得は出来ていないもののとりあえず気にしないことにした。

 

「それで、ここに書いてある面々の全員の数字を確認してこい」

 

差し出された紙を受け取る。そこに並んでいる名前を見た瞬間、学郎は言葉を失った。そこには、第六支部の隊員達――女性の名前ばかりが並んでいる。

 

「……なんか凄く嫌な気がしてきたので、今すぐにも辞めたいんですけど」

 

理由をうまく説明できないが、こう、絶対にろくでもない方向に話が進んでいるとしか思えない。

 

(これはあれだ。鵺さんのいつものやつと同じだ。もしかして、鏖は皆、こうなのか……?)

 

「残念だが、その眼鏡はもう外せんのでな」

「え?」

 

反射的に、眼鏡へ手を伸ばす。

 

引く。

 

「……」

 

もう一度、今度はぐっと力を込めて引いてみた。

 

――眼鏡はピクリとも動かない。

 

「え、ちょ……」

 

フレームに指をかけ、無理やり剥がすように引いてみたが、全くと言っていいほど動く気配がない。

 

「……は?」

「言っただろう。特殊な眼鏡だと。諦めて吾輩の余興に付き合え」

「……ぐっ。……はい」

「ちょうど、皆も今日は支部にいるらしいぞ? なんと素晴らしい偶然だろうな? ほら、いったいった」

 

友亡に軽く背を押され、半ば追い出されるように部屋から出た学郎は、そのまま支部の廊下を歩き出した。

 

「……とりあえず、人の気配がある方へ向かうしかないか」

 

 

◆◇◆

 

 

「ん? 夜島? どうしたの、眼鏡なんか掛けて。え、友亡さんの手伝い? 休日なのに頑張ってんなー」――34

 

「夜島君、それ何? イメチェン? ……違うんだ。私は、いいと思うけど」――17

 

「おーい、ガー助。んだ、それ。へ、一丁前におしゃれか? 似合ってねーからやめとけ」――48

 

「が、学君!? え、眼鏡、めっちゃ かっこええですよ!! 今度、それ掛けてべ、勉強とか教えてくれたり……ええんですか!!」――31

 

「学ちゃん、どしたの? まだお昼出来てないけど……。お、いいねぇ。ん? ほんとに似合ってるよ? あー、トメちゃん、素直じゃないから。そんなに不安なら、他のを見繕ってあげよっか?」――23

 

「なっっっ!?!?!? め、めがねっっっ!?!?!? 常盤明君本人!?!?!? 推し!?!? ふ、風紀が乱れるので没収です!!! ちょっと学郎さん!! 逃げないでください!!!!」――15

 

「親方! お、それぁイカしてやすね。こいつぁ眼福ってやつでさ。ありがとございやす」――1

 

一通り、支部の面々と顔を合わせ終えた。

どこへ行っても似たような反応が返ってくる。どうやら、概ね好評らしい。あまりにも肯定され過ぎてむず痒くはあるものの、悪い気はしていない。

 

手元の紙には、名前と数字が並んでいる。

どれも、五十に届かない数値ばかりだ。規則性を一つ見つけたような気がして、前に一歩進んだみたいな感覚になる。謎解きみたいで、学郎はほんの少しだけワクワクしていた。

 

出会った順に比例しているのかとも思ったが、そう単純なものでもなさそうだった。

 

「なんだろう?」

 

視線を落とし、もう一度名前と数字をなぞっていく。考えを巡らせかけた矢先、底抜けに明るい声と同時に、視界が大きく揺れた。

 

「え、学郎君、眼鏡だ、眼鏡の学郎君だ!!! 初めて見た!!! 写真録ろ? 記念に、ね?」

「うわっ」

 

ぐい、と腕を引かれる。そのまま勢いよく距離を詰められ、抱きつかれた。

柔らかい感触が、ぎゅーーっと二の腕全体に押し付けられる。衣服越しでも分かる体温の高さに、さっきまで紙へ向いていた思考が一瞬で吹き飛ぶ。

 

(いつも近い。近いんだって!!!)

 

「ちょ、あ、新峰さ――」

 

言葉を継ごうとして、喉が詰まる。視線が、彼女の頭上へと引き寄せられた。

 

――859

 

「……は?」

 

思わず声が漏れる。

 

一瞬、桁を見間違えたのかと思ったが、瞬きをしても、目を細めても、その数字が変わることは無い。他の全員の数字を足しても、到底届かない数が、そこだけ悪目立ちするみたいに浮かんでいた。

 

「学郎君、聞こえてる? 勝手に撮っちゃうよ?」

「あ、ごめん。うん、いいよ」

「本当? えへへ、じゃあ、もっとぎゅーーって近づいて~♡ はい、チーズ!!」

 

軽快なシャッター音と共に、すぐそばにあった彼女の熱が去っていく。

スマホの画面を確認しながら、維朱はいつも通り楽しそうに笑っていた。

 

その笑顔の明るさと、頭上に浮かぶ数字の異様さが、どうしても結びつかない。

学郎の意識は、なおもそこへ縫い止められたままだった。

 

(……え、この数字は、本当になんなんだ?)

 

もしかして、年齢に関すること……?

あまりにも不躾だと分かっていながら、そんな考えがよぎる。

 

だが――

 

(いや……でも、俺に関係することなんだよな……)

 

友亡の放ったあの一言が、頭の奥に引っかかって離れない。

 

「ありがとー! またねー!」

 

ばいばーーーいと大きく手を振りながら去っていく維朱を見送る。その背中が角を曲がり、視界から完全に消えたのを確認してから、学郎はその場にしゃがみ込んだ。

 

手元の紙へ視線を落とす。

 

並んだ数字の列。その中で、異様な存在感を放つ“859”。さっきまで追いかけていた規則性なんて、もうどこかへ消えていた。思考が、そこへずるずると引き込まれていく。

 

不意に、背後へ気配が落ちた。

 

「周防七咲―― 34。藤乃代葉――17。……新峰維朱――859?」

 

耳元で囁かれた声に、びくり、と肩が跳ねる。

吐息が耳たぶをなぞり、そのまま首筋へと滑り落ちていく。一拍遅れて、髪が寄り添うように触れ合った。

 

「れ、莉那さん!?!?」

「そんな反応しなくてもいいじゃん」

 

莉那はほんの少しだけ拗ねたような表情を浮かべ、じっと学郎へと視線を向けてくる。

 

「ご、ごめん。でも、びっくりして……」

「で、その数字って何?」

 

逃げ場を塞ぐように一歩、さらに一歩と近づいてくる。距離が、じわじわと詰まっていく。迫る視線から逃げるように顔を背けながら、途切れ途切れに事情を説明した。

 

「ふーん。で、私の数字はどうなってるの?」

「えっと……27かな」

「27……? え、なんだろう……」

 

こてんと不思議そうに首を傾げる莉那から視線を外し、手元の紙へと視線を落とす。

 

――全員分、揃っている。

 

「……送るか」

 

そのまま、友亡へ各員の名前に数字を添えてチャットを送信する。直ぐに返信の通知が届いた。だが、それは先ほど学郎が送った友亡との個人チャットではない。

 

第六支部のグループチャット。そこに友亡の名前と共に学郎が先ほど送信した一覧が送られていて、その下には――

 

『この数字は、夜島学郎の事を想って自慰――いわゆるオナニーした回数だ』

 

学郎の頭の中が真っ白になる。

 

「……?」

 

「……????」

 

「……!??!?!?!?!?!?!?!?」

 

「は!?!?!? え!?!?!?!?」

 

心臓が強く脈打ち、全身に一気に血が巡って体温が上がっていく。

視線が、勝手に紙の数字をなぞってしまう。

 

周防七咲が、34回。

藤乃代葉が、17回。

留袖四衲が、4……48回。

31回。23回。15回。1回。27回。

……新峰維朱が、859回。……859回!?!?!?

 

「え、いや、え???」

 

ありえない。そんなはずがない。たちの悪い冗談だ。

 

そう思って、返信を打とうとキーボードに触れようとした、そのとき。

 

――影が落ちてきた。

 

忘れていた。

 

すぐそばに、さっきまで話していた彼女が立っていたことを。

 

ばっと顔を上げる。

そこにいたのは羞恥で顔を真っ赤に染めた、町田莉那の姿だ。わなわなと肩を、いや握りこぶしを震わせて、学郎の事をギリッとにらみつけている。

 

「ち、違うから!!!」

「は、はい!!」

「友亡さんの悪ふざけ!! 信じてないよね???」

 

ぐいっと足の間に足を差し込まれる。後ずさる。すぐに踏み込まれる。もう一度下がる。また詰められる。それを繰り返すうち、いつの間にか背中が壁へぶつかっていた。もう逃げられない。

 

「し、信じてないです」

「じゃあ、なんで逃げるの?」

「な、なんでって……」

 

念を押すように、距離が一気に詰められる。

 

誰か助けてくれ。

そう願った直後だった。

 

ピロン。

 

ピンと張りつめた空気を裂くように、通知音が鳴り響く。

 

『コンプリート記念の追加機能だ。今から、学郎の頭上に、”視線を向けている対象で自慰をしようとした回数”を表示させる』

 

「!?!?!?!?!?!?」

 

達の悪い悪ふざけが続く。鏖は頭がおかしいんじゃないか?

 

「学郎君? こっち見て」

「いや、ま、待って」

「このまま不公平じゃない? うん、不公平だよね?」

「で、でも、数字はう、嘘だって。れ、莉那さんも……」

「学郎君???」

「……はい」

 

どうやっても逃げられないらしい。

観念して、ゆっくりと、顔を上げる。

 

(やばい……)

 

(なんて表示されてるんだ……)

 

(し、した事……ないよな……?)

 

(ない……はずだよな……???)

 

「ふ、ふ~ん、へぇ、そ、そっかぁ」

 

学郎の頭上へと視線を向けながら、にまにまと笑う莉那。

 

(……教えてくれ……いや、やっぱいい。知らない方が心の傷が少ない気がする……!!!)

 

そのとき、遠くから、四衲と維朱の声が響いてくる。

 

「おい、ガー助!! 今すぐ出てこい!! ぜっっっっったい記憶飛ばす!!!」

「が、学郎く~~~ん!!! ち、違うよ? な、何かの間違いで……ね? 大丈夫だから出てきて? 何もしないから~~~!!!!」

 

さらに、どんどん声が増えて重なっていく。廊下の喧騒が、寮の中で大きく渦を巻こうとしていた。

 

(まずい。やばい。このままじゃ……どうする。逃げる? いや、でも……)

 

「学郎君、こっち!!」

 

莉那に手を引かれ、学郎は部屋の中へ飛び込んだ。ガチャリと扉が閉まる音が大きく響く。

その一音を境に、背後の気配がぴたりと断ち切られた。ついさっきまで耳を埋めていた皆の声も、扉一枚向こうへ遠ざかり、急速に輪郭を失っていく。

 

手を引かれるまま、学郎はベッドの縁へ腰を下ろした。すぐ隣に莉那も腰を下ろす。肩が触れ合うほど近い距離感。

身を引こうと思えば引けるはずなのに、じんわりと伝わってくる彼女の体温に縛られたみたいに動けなかった。

 

そのまま彼女の指に導かれるように布団の中へ滑り込まされる。ほのかに温もりの残ったシーツが、重ねられた手のひらをやわらかく受け止めた。絡めた指先を沈み込ませるたび、張った布がかすかに鳴る。

 

「学郎君が腰掛けてる、このベッド……。その、こ、ここでね、いっつも……えっと、27回? オ、オナニーしてたんだけど……」

「――っ……」

 

潤んだ瞳がゆらゆらと揺れながら、学郎へと真っ直ぐに向けられる。視線を捕まえられたまま、唇から浅い呼吸だけがこぼれていく。

 

「ねぇ、私たちだけ”した”回数を知られてて、それなのに、学郎君だけ”しようとした”回数なの、ズルいって思わない……?」

 

異を唱えさせないような笑みを浮かべて、莉那は上目遣いのまま問いかけてくる。

 

「もしかして、それ、嘘なんじゃない? ほんとは”した”回数だったりして」

「ちがっ!! してないから!!」

 

反射的に否定の言葉を返す。けれど、くすくすと笑う莉那は、その否定ごと楽しんでいるようだった。むしろ待っていたとでもいうように、間髪入れずに顔を寄せてくる。

 

「それ、本当?」

 

息が混じり合う距離まで近づかれ、そのまま吐息が肌に触れる。甘く湿った息が、頬から耳のあたりをゆっくりとなぞり、逃げ場を探す余地もなくまとわりついてきた。

 

「じゃあ、考えるだけ考えて、オナニーせずに何してたわけ?」

「え、えっと……き……」

「き?」

「筋トレ……」

 

一拍の沈黙が落ちる。次の瞬間、莉那は、堪えきれないとでもいうように吹き出した。

 

「ぷっ――あはは」

 

張りつめていた空気が、一瞬にして崩れる。けれど、場が緩んだぶんだけ、自分の口から出た言葉の情けなさが余計に際立った。嘘は言っていないはずなのに、どうしてか余りにも無様に感じてしまった。

 

「しょうがないだろ!! 皆でそういうのを考えるのはよくない……し、それに、その、今の半同棲みたいな状態でそんなことしてたらすぐにバレるかなって」

 

言い訳じみた言葉が矢継ぎ早にこぼれていった。けれど、それらは口にするそばから勢いを失って、語尾がどんどん弱くなっていく。

 

「私たちはバレてなかったみたいだけどね?」

 

からかうような声が、間を置かずまた降ってくる。真っ赤に染まった顔のまま、莉那は学郎の耳元まで寄ってきた。火照った声が、耳朶のすぐそばへそっと落とされ、皮膚が勝手に粟立っていく。

 

「じゃあ、学郎は溜まってるってわけだ。 折角だしスッキリさせちゃう? 私、誰にも言わないから。二人だけの秘密」

 

そう言って、莉那は学郎の手を握っていない方の手を回し、さす、さす、と彼の太ももをなぞり始めた。

布越しでも分かる硬さを確かめるみたいに、指先がゆっくりと這い上がっていく。触れられているのはほんのわずかな場所だけのはずなのに、意識はそこへばかり集まってしまう。呼吸のたび、薄いズボンの内側で、熱を持った学郎の半身が抑えきれずに主張し始めた。

 

はっきりと熱を帯びた膨らみに触れる、その寸前で、指先が止まる。触れられると身構えていたぶん、その寸前で止められたことのほうが、かえって強く堪えた。

 

「ずーっと我慢してるのも辛いでしょ?」

「そ、そんな、ことは……」

「絶対嘘。我慢できなかった私や皆の数字があーんな事になってたのに、学郎君が平気なわけない。たっぷり溜め込んだもの、びゅ~~~♡♡ってしたら絶対気持ちいいと思わない? 私にお手伝いさせて?」

 

言葉が重ねられるたび、逃げ道がひとつずつ塞がれていく。否定しなければならないはずなのに、呼吸は浅くなるばかりで、声がうまく続かない。

 

羞恥も、動揺も、躊躇いも、逃げ場を失ったまま胸の奥で絡み合い、それがひとつの塊みたいに膨らんでいく。

背筋に細い痺れが走り、そのたびに肩先がわずかに跳ねた。逃がせない圧が、奥に溜まり続ける。全身をめぐる脈動に合わせてじわじわと主張してきて――やがて、それが鈍い熱へと変わっていく。

 

理性と本能のきわで踏みとどまっていた背を押すように、莉那の指先が布越しにゆっくりと形をなぞった。

 

胸の奥がきゅっと縮み、喉がひくりと鳴る。

『莉那さんは大事な人で――』

そう自分に言い聞かせていた最後の糸が、ぷつりと音を立てて切れた。

 

「わ、分かった……」

 

 

 

 

 

「その、あんまり見ないでもらえると……」

「貴重な機会だし……こ、こんなに大きくなるんだ」

「も、もしかして、この体勢のままするんですか……」

「駄目?」

「いや、その……」

 

大事にしている人――それも告白までしてくれた莉那の部屋で、下半身を丸裸に晒している。しかもそのすぐ目の前で、彼女が座ったままじっくりと見つめてくるという、異常なシチュエーション。

学郎の頰がじわりと上気し、心臓が落ち着きを失う。甘く重たい空気が、逃げ場を塞ぐみたいに部屋に満ちていた。

 

「えっと、ティッシュを借りてもいいですか?」

 

今から自慰をするための、最低限の下準備。吐き出される精液を受け止める器として、ティッシュを求めた。

 

「え、あんなので大丈夫なの?」

「す、数枚ほど頂ければ……」

「んー、それならハンカチ貸そうか? そっちの方が大丈夫でしょ?」

 

そう言って莉那は、ポケットから彼女がいつも愛用している薄水色のハンカチを取り出した。ふわりと甘い、彼女の匂いがほのかに漂う。

学郎は一瞬、「こんなものを汚してしまう……」と躊躇したが、背に腹は代えられなかった。

他の選択肢は、自分の手で受け止めるか……莉那に直接ぶっかけるかの、どちらかしかない。そう思い、彼女の手からハンカチを受け取ろうと右手を差し伸べた瞬間――

莉那がきょとんと瞳をぱちくりさせた。

 

「え?」

「こっちこそ、え?なんだけど。オナニーの時って、その、手で擦るんだよね? じゃあ、ハンカチで受け止められなくない?」

「いや、もう一方の手で……」

 

未だに莉那と繋がれたままの左手に視線を落とす。彼女の指が、柔らかく絡みついたまま離れない。引き抜こうとしても、わずかに力が返ってくるばかりだ。

 

「こっちはこのままね」

「な、なんで……?」

「いいから。うん、そんなわけだから、わ、私が受け止めてあげる」

 

滅茶苦茶なことを言っている自覚があるのだろう。

莉那は視線を少し逸らしながらも、頰を赤らめたまま、学郎の提案をきっぱり拒否した。

その瞳の奥には、甘く粘りつくような期待が、はっきりと浮かんでいる。

 

「それじゃ……」

「……」

「その、早くしてもらわないと、こっちも凄く恥ずかしいというか……」

「じゃあ、今すぐにでもやめてください……」

「それはやだ」

 

莉那は左手に載せた薄水色のハンカチを、竿の先端のすぐ傍に寄せた。

早く、早く、と瞳で急かしてくる。

 

莉那の視線が熱を帯びて自分の股間に注がれる中、震える右手で、そっと己の熱を握った。

熱く脈打つ皮膚の感触が、掌に直接、ずしりと重く伝わってくる。そして、ゆっくりと、根元から先端までを包み込むように上下に動き始めた。

 

「痛くないの? それ」

「ぜ、全然……っっ。はっ。ふぅ……っ」

 

自身の性器のすぐ目の前に莉那の顔があるという異常な状況。

それに加えて、約三ヶ月という、男子高校生にとっては途方もなく長い禁欲期間。

 

自分には縁がないと思っていた女性――柘植本くん曰く圧倒的に顔面偏差値が高いと男子たちで話題になっている彼女達と過ごしてきた、ちょっぴり甘酸っぱく、ちょっぴりエッチなハプニングもあった日々。

 

その思い出全てが、逃げ場を失ったままずっとずっっと体の底に溜まり続けていた。どうにか抑え込んでいたぐつぐつと煮えたぎる欲求が、堰を切ったように溢れ出しそうになる。

 

(や、やばい……っ。想像以上に……気持ちよすぎて……もう……っっっ)

 

男根が手の内でびくんと跳ね、玉がきゅうっと縮み上がり、何かを押し出すように震えた。

 

「もしかしてさ、こういうのって嬉しかったりする? 学郎君の大好きなおっぱいをどーぞ♡♡」

 

限界ギリギリだった学郎の手。絡み合っていた莉那の手を離すまいと力を込めていたそれを、彼女は自身の胸へむぎゅ~♡っと押し当てた。

 

リゾート地で何度か触れた、あの柔らかな感触。

驚きのまま鷲掴みにしてしまい、思わずほんのわずかに揉みしだいてしまった温かく弾力のある莉那のおっぱいの記憶が。時間と共に薄れ去ろうとしていたものが、再び学郎の手に鮮やかに蘇る。

 

腹の奥が締め付けられるような熱が走り、扱く手の動きが自然と速くなっていく

 

「わっ……、すご……っ♡♡」

「はっ、はっ、はっ……れ、莉那さん、で、射精そう……っっっ」

「えっっ、あ、うん♡ ……はい、全部ここにだして♡ ちゃんと見ててあげる♡♡♡」

 

莉那は射精間近でひときわ張り詰めた亀頭のすぐそばへ、ハンカチを寄せた。

息を詰め、今か今かとその時を待ち望むように瞳を輝かせている。

 

「も、もう……ぐっ、ぅ゛っっ」

 

学郎の手が根本で止まり――

 

ぴゅっ……ぶびゅっっ♡ びゅるるるるるるるっっ♡♡

 

熱く濃厚な精液が、勢いよく飛び散った。

 

脳が一瞬で白く飛ぶような、全てを持っていかれる感覚。

三ヶ月分、ぎゅうぎゅうに溜め込んできたすべてが、一気に解き放たれ、学郎は悦楽に溺れるように、根本を抑えていた手を離してしまった。

 

そして、抑えを失った男根は、とめどなく吐き出される射精の勢いのまま上下に激しく跳ねた。

そんなに大きく動くなんて想像もしていなかった莉那が、ハンカチで受け止められたのは、ほんの最初の勢いだけ。

 

続く射精は勢い余ってハンカチの奥、彼女の胸元に次々と降り注ぐ。

べっとりと部屋着に張り付き、繊維の隙間をねっとりと縫うように、熱い精液が肌までじんわりと染み込んでいく。

 

「――――わ、、っっ♡♡♡ あ、熱っ……♡」

 

莉那の瞳が一瞬、大きく見開かれた。驚きと、明らかに興奮した色が混じり、息が激しく乱れる。

 

「……はぁ……っ!? ……あっ。れ、莉那さんごめん!!」

 

余韻に浸っていた学郎が慌てて声を上げるも、莉那はゆっくりと自分の胸元に視線を落とし、指先でその熱い液体を軽く撫で始めた。

莉那が指先に絡みついた熱い白濁をそっと鼻先に近づけると、むせ返るような濃厚な雄の匂いが、ふわりと鼻腔を満たす。どこか生臭いのに、脳の奥を直接溶かすような淫靡で濃厚な雄の香り。

息を深く吸い込むたびに頭の芯がぼうっと白く霞み、腰の奥がキリキリと疼き、愛液がとろりと溢れ、太ももを伝い床を濡らしていく。

 

「ヤ……ヤバ……♡ すっご……♡♡♡ こんなに……いっぱい……♡」

 

嫌悪の色など微塵もなく、震えた声で彼女はぽつりぽつりと呟く。

頰がさらに赤く染まり、唇の端が歓喜に小さく上がっていた。

 

自分の服の上をゆっくり、本当にゆっくりと軌跡を残していく精液を眺めながら、莉那は頭の中である事を想像していた。

 

(こ、この勢いのまま…♡♡♡ 掴めちゃうくらい濃くて、あついのが……♡ た、沢山……注ぎ込まれちゃうんだよね♡♡♡ 絶対ヤバいって♡)

 

頭の中で鮮明に描かれていくのは、自身の身体の最奥。子宮へと、学郎の射精が注がれてしまった時のイメージ。

 

「服、汚しちゃって……ごめん」

「ううん……全然、いいよ。むしろ……」

 

学郎の謝罪など、もう莉那には届いていない。服が汚れたことなど、本当にどうでもよくなっていた。

とろんと蕩けた視線を、汚された自身の胸元からゆっくりと外し、今なお脈打つ学郎の肉竿へ。精液を吐き出したばかりの、濡れた鈴口をじっと見つめる。

 

「ね、ねぇ、学郎君。まだ……満足してないよね?」

「……っっ」

「今度はさ、私がシてあげよっか?」

 

莉那の甘く蜜を帯びた言葉に、学郎の性器がびくんと跳ね上がった。

 

「学郎君のそこはえっちな事に興味深々みたいだけど……どうする?」

「――――っっ、お、お願いします」

 

 

 

 

変わらずベッド脇に座り、背筋をピンと伸ばした学郎の目の前には、先ほどの名残で濡れた町田莉那の部屋着が落ちていた。

脱ぎ散らかされたまま無造作に横たわるその衣装へ、学郎が意識を向ける余裕など欠片もない。彼の全神経は、背後へと集中していた。

 

「絶対に、こっち見ないでね?」

 

彼女が先ほどまで着ていた部屋着が目の前に落ちているということは――つまり、今、背後にいる莉那は、下着姿だということ。

ベッドの軋む音、シーツが擦れる微かな衣擦れの音。それらが彼女の動き一つ一つをなぞり、学郎の想像力を掻き立てていく。

 

「ふーーっ……、学郎君、準備できた?」

 

答えるまでもなかった。

 

学郎の肉竿は、ついさっき激しく射精したばかりとは思えない程に、痛々しく硬く勃起し、先端から透明な先走りがねっとりと溢れ出していた。

 

彼女も、それを察したのだろう。

莉那の柔らかな体温が、背中にぴったりと密着する。

細い腕が腰に回され、彼女の胸の膨らみが、布越しにじんわりと押しつけられた。背中に滲んだ汗が、彼女の体温でゆっくりと温められていく。

 

「こんなことになるって分かってたら、もっと可愛い下着にしてたのに。それなら学郎君に見せて上げれたんだけどね?」

 

学郎にとっては、見えていようが見えていなかろうが、下着姿の彼女がすぐ後ろにいるという事実だけで、刺激は十分すぎた。

 

「……これ、かな♡」

 

背中から回された細く白い指が、探るようにゆっくりと下りてくる。

やがて学郎の男根の位置を探り当て、幹の太さを確かめるように指を広げていった。

 

「指、届かないんだ……♡♡ それに……濡れてるのって、これ精液、だよね?」

「拭っておけばよかった……っっ」

「気にしないで。それに、こっちの方が滑りが良くて動かしやすくていいかも♡♡」

 

くちゅ♡ くちゅっ♡♡

 

彼女の指が、精液まみれの肉竿を包み込むように、ねっとりと上下に動き出す。包皮がカリと擦れ合い、その間で水気を帯びた、卑猥な音が響き始めた。

 

単純な刺激の強さだけで言えば、自分で激しく扱いていたときの方が上だったかもしれない。

しかし、ぎこちなく、たどたどしい指の動き、背中に密着した柔らかな胸の感触――それらが絡み合って、耐えがたい快楽へと変わっていく。

 

「んっ……♡ こ、こっちからだと動かしづらいね。っ♡ 気持ちよくなかったら、言ってね」

「だ、大丈夫っ。す、凄く、良いからっっ」

「そう? っっ♡ ぁっ゛♡♡ よ、よかった」

「う、動かし辛いなら、ま、前……っ、からでも」

「それはだーーめ♡♡」

 

どうして、なんで。下着姿を見られたくないというのなら、脱いでしまえばいいのに。

そんな疑問が、下半身に支配されかけた学郎の頭の片隅に浮かぶ。

 

徐々に二人の口数も減り、互いの荒い吐息だけが、狭い部屋の中に重く響き始めた。

 

(なんで、莉那さんの声も……っ)

 

彼女の吐息が耳元で漏れるたびの甘い痺れが走り、昂ぶりをさらに増幅させていく。

学郎への手コキだけなら、彼女がこんなに甘く喘ぐことなんてない。

 

ふと、視界の端に置かれた眼鏡のフレームに視線が吸い寄せられる。オナニーの回数までが浮かび上がるという、友亡が作り出した「呪具」。

その存在の事を思い出したし、学郎の頭の中に、ある確信が閃いた。

 

「れ、莉那さん、も、もしかして……っ」

「ん゛っ♡ な゛、何? ふ、っ♡♡ ぁ、っ゛♡ 学郎君♡♡♡」

 

学郎の肉竿が立てる粘り気を帯びた水音とは別に、ぐちゅっ♡♡ ぐちゅぅ♡ という蜜を掻き回すような濃く湿った音が、背後から微かに、けれど確かに聞こえてくる。

 

莉那は、学郎の手コキをオカズに自分の秘部を指で弄り、オナニーをしていた。

 

背中に密着した彼女の体が何度も、びくんっ、と小さく跳ね、硬く尖っている胸の先端を擦り付けるよう身体を押し当てているのが、布越しにくっきりと伝わってくる。

その事実に、学郎の肉竿がさらに熱く脈打った。

 

「あっ゛♡ っっ、つ♡ 学郎君っっ♡ 学郎、君っっ♡♡♡ 好き♡ 好き♡♡」

 

彼女の蕩けた声が、耳の奥に直接流し込まれてくる。

学郎の名前を繰り返し、好きだと囁くその声に、脳が痺れ、溶けていく。

 

「お、俺も莉那さんのこと――」

 

そう、雰囲気に流されるまま、学郎も莉那の名を呼び、愛を囁こうとした瞬間――

 

「そっ、それ以上はだ、めっっ。そういうのは、ちゃんとした時に、ね?」

 

莉那の声が、切なく、けれど強く彼の言葉を遮った。

 

「がくろう、くんっ♡♡ どう? イけ、そう……っ?♡♡」

「は……は、いっ。で、でも、どこに出せば」

「ふ、服♡ そ、そこに、全部出しちゃっていいからっっ♡ あ゛♡♡ もう、ちょ……っ♡ とで、私もっ゛♡♡」

 

行儀が悪いことなんて、もう気にしていられなかった。足の先で脱ぎ捨てられていた彼女の部屋着を、慌てて引き寄せる。

 

背中に押しつけられた彼女の胸が、激しく上下し、肉柱を扱く手の動きも徐々に速さを増していく。

部屋に満ちる二人の吐息と、艶かしい水音だけが、甘く濃密に絡み合っていた。

 

「一緒に、いこっ♡ ぜ、ったい気持ちいいよ♡♡ い、くっ♡ いくっ♡♡ い――っっ゛っ♡♡♡♡ ぁ゛~~~~~っ゛っっ゛♡♡ 」

 

彼女が言葉にならない声を吐ききると同時に、学郎も込めていた力を一気に抜いた。

体の赴くまま、射精に身を任せる。

 

びゅくっ♡♡ どびゅッ♡ びゅるるるる〜……っっ♡♡♡

 

今度はしっかりと狙い定められた学郎の精液が再び、莉那の部屋着を白く染め上げていく。

脈打つ肉竿が、彼女の手の中で何度も跳ね、残りの白濁を吐き出し続けた。

 

余韻が、脳の奥からじわじわと広がっていく。溺れるような恍惚感に包まれ、息を荒げながら、背中の上で震えさせ続けている彼女の身体を支える。

彼女の指は、未だ優しく肉竿を包み込み、余った精液をゆっくりと絞り取るように動いていた。

 

びゅ……っ♡ びゅる、ぅっ♡♡♡

 

残った最後の一滴まですっかり吐き出された後、莉那は、満足げに震える声をあげた。

 

「ふ、っ♡♡ っっ゛♡ ん、ぅ゛♡♡ はーっ♡ はーっ♡ ふふ、学郎君、出し過ぎ」

「あとで洗って返します……」

「絶対、無理だと思うけど?」

 

莉那の言う通りだった。精液にどっぷりと沈んだ部屋着は、どうやっても洗い落とせるような代物ではなかった。

白く濁った染みが、布地に深く染み込み、鼻につく匂いを濃く漂わせている。

 

「いいよ、私が後で捨てとくから」

「でも……」

「いーの。それよりもさ」

 

下着を見せたくないなんて言っていたくせに、莉那は学郎の手を引いてベッドへと引き上げた。そのまま、彼の腹の上に跨がるようにして全身をさらけ出す。

 

熱く湿った太ももが学郎の肌にぴったりと張りつき、学郎の汗と彼女の汗が混じり合い、たっぷりと蜜を吸って透けきった下着が、直接彼の腹に押しつけられた。

その薄布の奥に浮かび上がっている秘部の形へと思わず視線が吸い寄せられる。

 

「ヘンタイ」

「……ごめん」

 

仕方がない。男の性というものだ。

 

じとっとした視線に針の筵になりながら、おそらく莉那が見て欲しがっているだろう方へ、おそるおそる視線を動かす。

頭の上の数字は、28へと変化していた。さっきより、1つ増えている

 

「友亡の言うことは本当だったみたい」

「学郎君のは……増えてないね。”しようとした”回数だからかな? 変なの」

 

莉那はくすりと喉の奥で笑い、そのまま胸元へ顔を埋めるように寄りかかってくる。

甘えるような仕草で、預けられた重みと肌をかすめる吐息が、じわじわと学郎の思考の狭めていく。

 

「それでさ……。このまま――最後までシちゃう?」

 

そんな蠱惑的な誘いがすぐ傍から囁かれる。

 

「そ、それは……っっ」

「嫌?」

 

首を傾げる、その仕草ひとつで、莉那はまた距離を詰めてくる。

この先に何があるのかを理解した瞬間、学郎の中で、辛うじて残っていた一線だけが強く踏みとどまった。ここで頷いて、一線を越え、その先を背負えるか。その問いだけが、ほどけていた理性の糸を辛うじて繋ぎなおしてくれた。

 

「いつもの責任ってやつ?」

「……っっ」

「私は、学郎君としたいだけなんだけど。それでも、駄目?」

 

ふだんなら冗談めかしてからかってくる人だ。だが、今の莉那の言葉に軽さはなかった。

だからこそ、応えることはできなかった。学郎は黙って首を横に振る。

 

「私、初めてじゃないよ? 色んな人と付き合ってきたし、別にそういう関係になった男女でするのは普通のことでしょ?」

「!?!?」

 

その一言に、学郎の表情が露骨に揺れた。息を呑む音が、静まり返った部屋の中でやけに大きく響く。

莉那はそこで初めて、悪戯っぽく口元を綻ばせた。

 

「なーんて、ウッソー。……もし、私がそんな軽い感じの子だったら、エッチしてくれた?」

「……ううん、きっと変わらない」

 

その答えに、莉那はふっと肩の力を抜いた。

 

「重く考えすぎたと思うけど。まぁ、学郎君のそういうところも含めて好きになった私の負けだよね。……よし、今日はここまでにしとこっか。ほら、霊衣に着替えて」

 

あれだけ迫っておいて、引くと決めたらあっさりしている。その切り替えの早さに、学郎はかえって言葉を失った。

莉那はそんな彼の戸惑いごと手のひらでさらうように、その手を取って窓辺まで導いた。

 

「ここからなら、皆にバレないでしょ?」

 

学郎はゼノダークを呼び起こし、その刀身に足を乗せる。

窓の外へ出る直前、振り返ると、莉那はもういつものように笑っていた。

 

「また、明日。ばいばい、学郎君」

「……また明日、莉那さん」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

窓を閉め、鍵のかかる小さな音を聞いた途端、背筋を支えていた力が抜け落ちた。

 

 

その場にしゃがみ込み、胸の奥に引っかかっていた息をゆっくり吐き出した。

胸の奥には、手を伸ばせば届いたかもしれないものを取り落としたみたいな、そんな空っぽの感覚だけが残っている。

 

上手に笑えてたんだろうか。少し不安だ。

 

あそこまで踏み込んで、きっぱり断られたのだ。

あれはちょっと、さすがに傷ついた。傷ついたんだけど、たぶんこうなるだろうなって、どこで思っていた。

 

「押し倒した方がよかった……? でも、あんな困った顔しなくてもいいのに」

 

あのまま、性欲に身を任せた学郎君に襲われて――そんな淡い期待がなかったと言えば嘘になる。

 

あと一歩を踏み出せない、ヘタレだなんて、彼を責める事は出来ない。

 

今の学郎君の中には、代葉ちゃんや維朱の人生を自分が狂わせたのだという責任感が、重く沈んでいる。

誰かを選ぶことも、誰かを受け入れることも、全部、自分が背負う責任として抱え込んでしまう。

 

それを否定したいわけじゃない。そういう不器用なところも含めて、私は好きなのだと思う。

 

でも、その責任の輪の外側で見ているだけなんて嫌だった。

代葉ちゃんや維朱たちを応援したい。けれど、それとは別に、私だってその中にいたい。そんなふうに思うのは、やっぱりわがままなんだろうか。

 

なんて考えを巡らせながら、視線を室内へ戻す。学郎君が残していったものが、空気の中に重く居座り、部屋全体を淫らに染め上げている。

 

私は、その中心へと近づき、床に落ちていた衣服を拾い上げた。

 

精液をたっぷりと吸い込んでずっしりと重くなった布地を、両手で顔に押し当てる。

顔が汚れることなど気にも留めず、深く、深く息を吸い込んだ。

 

「す~~~~っ゛っ♡♡ ……っ、ぅ゛っ……♡♡♡ っっ゛、つ♡ はぁーーーーっっっ゛♡♡♡」

 

頭の中でバチバチと光が瞬いた。肺の隅々まで学郎君のものになったみたい。

学郎君の匂いが肺の奥まで染み込んだ瞬間、甘い痙攣が全身を襲い、膝がガクッと崩れそうになる。

 

……くせになりそう。

 

無意識のうちに右手が下着の中に潜り込み、熱く濡れたクリトリスを指の腹で激しく擦り始める。

 

あんなものを見せられて、たった一回絶頂った程度で満足できるわけがない。このまま学郎君の匂いに浸りながら、あと何回か――そんな性欲に染められた思考を、なんとか振り切る。

 

強引に息を整え、盡器を起動する。小さな結界を箱のように組み上げ、その中へ部屋着を放り込み、ぱたりと蓋をした。

 

楽しみは、やることやってからにしょう。そう自分に言い聞かせる。

 

それから新しい服に着替え、肌に残るものを拭い、匂いもできる限り誤魔化した。完全には無理でも、やらないよりはいい。

 

廊下へ出る前に、一度だけ周囲の気配を探る。誰もいないことを確かめてから、足音を殺して目的の部屋へ向かった。

扉の前で立ち止まり、軽く二度、三度とノックする。どうせ止めもしないだろうと、そのまま中へ入った。

 

「小娘じゃないか。どうした?」

 

友亡さんは、案の定おもしろがっている顔でこちらを見てきた。その視線を正面から受け止めたまま、私は単刀直入に切り出した。

 

「あのメッセージ。嘘だったことにできませんか? 学郎君がこのままだと、明日の日の目を浴びれないと思うので」

「それだと吾輩が怒られないか?」

「しっかりと月歌さんからお説教されてください」

 

私としては結果オーライではあったけれど、それとこれとは別だ。乙女の秘密を勝手にばらまいた罪は軽くない。

鵺といい、この人といい。鏖はろくでもないのしかいないんじゃないだろうか。

 

「……ヤったか?」

「ヤってませんっ!」

 

つい、反射的に大声が出てしまう。

 

私はヤってもよかったんだけど。学郎君が、ね。

……なんて、口が裂けても言えない。そんなことを聞いたら、どうせこの人は、そこからまた面倒なことを思いつく。

友亡さんはそんな私の内心を見透かしたみたいに、わずかに口元を緩めた。

 

「それでもいいさ。お前たちの関係が、たった一歩でも進んだのであれば上々だ」

 

そう言って友亡さんはスマホを取り出し、指先を動かす。ほどなくして手元から通知音が鳴った。

自分のスマホを確認して、小さく息を吐く。これで、学郎君が皆に追い回され続ける今の状況も、少しはましになるはずだ。

 

「あと、あの呪具を貰ってもいいですか?」

「ふむ……。分かった。お前には、吾輩の片割れがずいぶん迷惑をかけたみたいだからな」

「ありがとうございます。眼鏡の方は、後で学郎君が叩き返しに来ると思うので、こっそり私の部屋まで送っておいてください」

 

友亡さんからボタン状の呪具を受け取る。どうやら、あの眼鏡と対になっているものらしい。

スマホを操作して、学郎君へと『呪具は解除してもらったよ』と短くメッセージを送った。

 

 

 

翌日。

 

廊下の隅を、どこか居心地悪そうに歩いていく背中を見つけた。

昨日あれだけのことがあったのだから当然なんだけど、それが第六支部の隊長の姿だと思うと、少しだけ可笑しかった。

 

周囲に人気が薄いのを確認してから、そっと足音を忍ばせて近づく。すぐ後ろまで寄って、肩を指先で軽く叩いた。

 

「は、はい!! すみまs――って、なんだ、莉那さんか。……き、昨日はありがとう」

「どういたしまして。あ、そうだ、学郎君。目、瞑ってもらっていい?」

 

一瞬きょとんとしたあと、学郎君は疑いもせず素直に目を閉じた。そういう無防備さは危ないと思う。でも、今はありがたい。

 

そっと手を伸ばし、彼の顔へ眼鏡をかける。

 

「え?」

 

目をぱちぱちと瞬かせる学郎君の頭上へ視線を向ける。見えている数字に、思わず口角が上がった。

 

「増えてるね」

 

たったその一言だけで、学郎君の視線があからさまに落ち着きを失う。

 

「バレた」という顔と、「なんで莉那さんがこの眼鏡を?」って顔が、分かりやすいくらい一緒に浮かんでいた。

右を見て、左を見て、言い訳を探しているのが手に取るように分かる。

 

「あの後、私のこと考えて、したくなっちゃったんだ」

 

学郎君の言葉を待たずに距離を詰める。彼の肩に手を置いて身体を預け、つま先立ちで耳元に甘く囁いた。

 

「私もね、昨日、眠る前にあの時のこと思い出して……オ♡ ナ♡ ニー♡ しちゃった」

 

学郎君の視線が私の頭上へと向かい、そこで小さく喉が鳴る。

きっと、彼の目にはいくらか増えた数字が目に入ってあるはず。

 

多分、33あたりかな? 絶頂き疲れて気をやるくらいにはしてたわけだから。お陰で少し寝不足だ。シーツ、後でこっそり取り替えとかないと。

 

「あとで、部屋に来て♡ 今度はもっと色んなこと、しよ?」

 

私のオナニーの手伝いでもしてもらおうかな? 学郎君の指で、私なんかじゃ届ない奥深くまでいじめて貰って……♡♡♡

 

茫然とする学郎君をその場に置き去り、朝ごはんの準備へと向かう。今日は私の担当の日。

 

友亡さんが次の策を仕掛けてくるまでの、ほんの短い間だろうけど。

今だけは、学郎君の意識を私でいっぱいにしておきたい。簡単には忘れられないくらいに。強く、深く、刻み込む事にしよう。

 

 

 

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