TSメンヘラ強化人間戦記 作:可哀想は可愛い
コロニーの空は偽物だ。そんな偽物の空の下で、私たちは生活している。空気税や、コロニー公社への支払いは有るけれど、ほとんどの人は地球と変わらない普通の生活をしている。
物心付いた頃には、私の家は普通じゃなかった。私は幼稚園や保育園には通っていない。母が手料理を作ったことも無ければ、父が動物園や水族館に連れて行ってくれたこともなかった。
そういう家庭があるということは、前世でも知っていた。けれど生まれ変わって自分がその立場になるとはまったく思っていなかった。
父はサイド3で生まれた。名前が書ければ通るようなミドルスクールに入り、そこを卒業し、造船所で働いていた。しかし、短気で粗暴。素行が悪いことから、職場で女絡みのトラブルを起こした。
造船所を辞めた父は、何を思ったのか地球へ向かった。地球での父は、経験を活かし造船所で働いていた。女癖の悪かった父は、遊び女だった母親を孕ませた。そして、私が生まれた。
母は、身体を売ることでしか生きる術を持てない女だった。私を育てることも、下手だった。多分、母も子供だったのだと思う。少しおかしい人だった。
地球での生活はなんとか形になっていた。とは言え、父め母もマトモな人間ではない。彼らは貯金という概念を知らなかった。金は有れば有る分だけ使ってしまった。
ジオンと地球連邦の関係悪化に伴い、父は造船会社から不当解雇された。地球での働き口も行く宛もない彼は、サイド3に戻った。
父には市民権は有ったものの、納税などはしておらず、生活保護制度などには引っ掛からない。移民以下の待遇しか受けられなかった。
マトモな社会サービスが受けられず、考える頭を持たないバカの行く末は悲惨だ。そして、彼らの子供の待遇はもっと悲惨だった。
「おねぇちゃーん。あそんでー」
まだ5歳と小さい妹が、私に縋り付く。妹は両親がサイド3に戻ってから持った子だ。両親は完全にネグレクトを行っており、妹の世話は私の仕事だった。
「良いよ。ミィは何がしたい?」
「おままごとー」
「おままごとかぁ。お姉ちゃん仕事に行かなくちゃいけないんだ。あんまり長く出来ないんだ」
「ええー。やだー。あそんでよー」
「じゃあ、ご本を読もうか」
「……うん…わかった」
貧民窟であるマハルコロニーでは、本なんてものを読む人はいない。ミィナに読み聞かせている本は、元軍人のジェイクさんに貰ったものだ。子供向けの絵本で、本のカドが擦り切れている。
ジェイクさんは、軍に入るまで文字が読めなかった。彼は、シーマ・ガラハウに文字を教えて貰ったという。
「おねえちゃん、おままごとー」
「お姉ちゃんは、仕事の時間なの。ユンおばあちゃんのところに行ってくれる」
「やだー! おねーちゃんといっしょにいくー」
「だめ。ほら、良い子だから」
貧民窟で子供を預かってくれるユンおばあちゃんは良い人だ。ラリってるけど、子供にはクスリは出さない比較的マトモな人である。
まだ50代らしいが、クスリのせいですっかり老婆に見える。これがマトモな部類に入るのだからどうしようもない。
妹を確かに預ける。それから私はレインストリートに向かった。クスリの臭いをさせた人間や、フラフラ歩いている人には絶対に近寄ってはいけない。
子供は弱者であり、それを狙うクソみたいな人間も居るのだ。
レインストリートの一角に、ジェイク食料品店はある。それなりな値段の食品を扱うこの店は、比較的客層が良かった。
「よう。リィちゃん。今日も偉いなぁ」
私を出迎えたのはジェイク食料品店の店長であるジェイクさんだ。スキンヘッドで義足の強面である。
「妹のために、どうしても頑張りたくて」
「おう。おじさん泣いちゃうよ。リィちゃん、今は何歳だっけ?」
「12です」
「12かぁ。15になれば軍に入れる。ここの出身なら、シーマさんの下だろう。人の親を悪く言うつもりはないが、リィちゃんみたいなマトモな子は軍に入ってここから離れた方が良い」
この環境でも幾つか救いはある。その1つが軍だ。軍で出世すれば故郷に錦を飾れる。このマハルで有名なのが、シーマ・ガラハウだ。
今は、UC0077である。マハルコロニーはあと2年もしないうちにコロニーレーザーに転用されてしまう。私たちは、住むところを失うだろう。
もっと私が年を重ねていれば……とは何度も思った。IFを考えても仕方がない。今、出来ることをやるしかないのだ。
妹のために働くことが、今の私に出来ることだった。
「ありがとう。親父さんが帰ってくる前に戻れよ。リィちゃんはよく働いてくれるから助かるけどよ」
「いえ、ジェイクさんが怒らないし、優しいから私も働けるんです」
「はは。こんなやもめを褒めてくれるのは、リィちゃんぐらいだよ」
ジェイクさんが、義足を撫でる。ジオン木星船団にいた彼は、宇宙海賊との戦闘で右脚を失っていた。妻とは別れ、1人で生活をしている。傷痍年金のため多少は生活に余裕があるのだ。スキンヘッドの強面だが、良い人である。
「俺たちみたいな奴は、軍でも嫌味を言われたり、露骨に差別されるんだ。シーマは凄い奴だよ。今は少佐だったか? マハルの希望の星だ。そのシーマが戻ってきているらしい。なんとかなるかもしれん。もし良ければ会いに行くか?」
「いえ、もし家にいないことがバレたら父に殴られます」
「あー。そうか。そりゃあ仕方ないな」
ジェイクさんは、あり合わせの料理を私にくれた。
「おっさんの残り物で悪いが、ミィナちゃんと食べな」
「ありがとうございます。助かります」
「良いってことよ」
父は町工場で働いている。稼いでは自分のために使う屑だ。母は、花を売っている。夜の仕事だ。妹の面倒を見るのは私の役目で、母は少しだけしかお金を置いていかない。だから、ジェイクさんのような大人はとても助かる存在だ。
ラリってるけどユンばあさんも私にとっては良い人だ。
「おねえちゃん。おかえり」
「ただいま……」
妹の声に元気がない。その理由は妹の後ろにいる父だろう。父は酒とクスリの甘い匂いをさせていた。
「よう。リィナ。ヤク中のユンに聞いたぜ。お前、金を溜め込んでいるらしいな。俺にくれよ」
「……おねえちゃん。ごめんなさい」
ユンおばあちゃんが喋ってしまったようだ。しかし、厄介なことになってしまった。こうなることを見越して、私は稼いだお金をジェイクさんに預けていた。
だから、父が金を手にすることはない。殴られるのには慣れている。我慢すれば終わる。
「……お父さん。お金はダメ。ミィのためのお金だから」
「はぁ!? お前、誰のお陰で生きていると思ってんだ? 俺のお陰なんだよ! ほら、出せよ!」
「痛っ゙」
父の投げたものが当たり、私は持っていた料理を入れた袋を落としてしまった。
酔った父は、物を投げる。碌な物がないけれど、それでも荒らされては困る。遅かれ早かれ暴れるのだ。いつも母が殴られていたけれど、母はいない。
それなら、私が殴られるのだろう。耐えるしかなかった。
「ミィ。逃げて」
「おい!! お前と話してんだよ!! 俺の顔を見ろよ!! 舐めてんのかクソガキ!!」
後にして思えば、父の振るった拳が、顔に当たったのだろう。重い衝撃と、光が走った。そして、私の意識は遠くなった。
どれくらい気絶していたかは定かではない。お腹の激しい痛みと、誰かの粗い息遣いで、意識が戻る。私のナカに硬いモノが有った。ビリビリとカラダが揺れる。
「お前のマンコ、気持ちぃなぁ。お前も気持ち良いだろ?」
「…ぅ…ぅ…ぅ…う」
「ヨガってんじゃねぇか。淫売のガキは淫売だよなぁ。お前、昔から可愛げのないガキで、気持ち悪かったけどよ、チンコ挿れれば単なる穴だよな」
「……や…め…て」
腰の動きが止まる。射精したようだった。男が、私から離れる。そして、そのまま横になり、鼾を立てる。
ボロボロと涙が頬を伝った。心が軋んでいることがわかった。そうだ。コイツを殺そう。返り討ちにあって楽になろう。
希死念慮が全身を包みこんだ。裸のまま、キッチンに向かい、包丁を取り出す。これでコイツを殺すのだ。そして、私も死ぬ。
「んが? おい! バカ。何持ってやがる!」
「黙れ! 死ね。しね。しねよぉ」
私の思念に、男は動きを止めた。そして、そのまま頭を抑えた。包丁を突き立てる。刺す。刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す
動かなくなった男に、包丁を突き刺した。何度も何度もくり返し、男の肉体が冷たくなるまで突き刺した。
ここで、私はようやく自らの中に眠るニュータイプ能力を知覚することが出来た。
バキバキに壊れた心を、ひとまず無視する。妹を、ジェイクさんに預けた。夜の街は危険だけれど、血塗れの私をみんなが、無視していた。
「リィナちゃん。その格好は?」
「お父さんを殺しました。私をレイプしたので」
「そうか……死体は俺が捨てよう」
ジェイクさんは、決意を固めたようだった。本当にこの人はお人好しだ。
「いえ、ジェイクさんには妹を預けたいんです。私の稼いだお金じゃ全然足りないでしょうけど、ジェイクさんなら信用できます」
「リィナちゃんには未来が有る。俺のような後先がない人間が、犠牲になるべきだ」
「ダメです。これは私の罪ですから。それに刑務所に行くわけじゃないでしょう。大丈夫です。ジェイクさんは、私の命より大事な妹をお願いします」
「……分かった。悔しいなぁ。どうして君のような良い子が……ミィナちゃんのことは任せてくれ」
私は、警察に自首した。対応してくれた糸目で茶髪の女性警察官は、私に親身になってくれた。
私は、自身の事情をすっかり話してしまった。自暴自棄になっていた私は、女性警察官の目が容疑者に対するモノから、商品を見る目に代わっていたことに気が付かなかった。
「君が、父親を睨み思念を送ったら、彼は動かなくなった。そしてそこを、君が包丁で刺したと」
「はい。そうです」
「興味深い。12で父を殺すか。なるほど」
警察官は、調書を取らなかった。どこかに連絡しているようだ。
「フラナガン博士の世話になると良い。悪く思わないでくれ。これもジオンのためだ」
「え? 話の意味が」
「行けば分かるさ」
糸目の女警官は、この事件を不起訴にした。そして、私を車に乗せた。
私が紹介された場所はフラナガン機関。悪名高きジオンの強化人間製造施設である。