TSメンヘラ強化人間戦記 作:可哀想は可愛い
フラナガン機関に移送されてきてから、各種検査が行われた。彼らは、私に価値があることを認めたようだった。ニュータイプ能力というものが、何であるかは私は分からない。知りたくもない。
単に、普通に生きられればそれで良かっただけだ。でも、そうはならなかった。未だにじくじくと痛む下腹部が、私が犯されたのは現実なんだと伝えてくる。
「やあ、私が君を担当する主任研究員のアーノだ。私は、君の思念伝達能力から、サイコミュ適性が有ると考えている。サイコミュは未だに実証段階だ。機器が完成し次第、君に使ってもらう」
「はい。分かりました」
「物わかりが良いな。それで良い」
アーノと名乗った研究者は、サイコミュによるオールレンジ攻撃が可能な兵器開発を指向しているようだった。フラナガン機関が目指す方向は、サイコミュを通してオールレンジ攻撃が可能な兵器と、その運用者を作り出すことだ。
その他の用途も考えられてはいたのだろうが、時間がそれを許さなかった。予算も時間も無限には無いのだ。即効性の有る強力な兵器を求めるのは、何も間違っていない。
「君には投薬を行う。身体改造とニューロンの増強を目的とした投薬だ。食事によるカロリーコントロールと、効率的な運動もさせる。サイコミュに耐えられる体力は必須だからね」
「私の成長期はピークが過ぎてます」
「ああ。そうだろう。けれども、まだ可能性はある。肉体の成長はまだ余地がある。君は早熟だが、まだ間に合う。思念伝達能力の高さから、高いサイコミュ適性が予想できる。君には兵器としての才能が有るんだよ!」
アーノ研究者は、眼鏡を拭きながら高揚を隠そうとせず喋り散らかしていた。
「私のモルモットの中で、君が1番の有望株だ。君には期待しているよ」
パーソナルトレーナーとしての経験がある人や、栄養士などもフラナガン機関にはいるようだ。そういった人は、冷淡ではなく普通の優しい人の割合が高い。
実験される私にはじめのうちは同情していた。けれど、人間は順応するものだ。慣れというものは恐ろしい。子供を実験動物としている。そんな単純で恐ろしい事実さえ、次第に麻痺していく。
「おねえちゃん。あそんでよ!」
「ごめんね。私はみんなと仲良くしたくないんだ」
「なんで?」
「みんな死んでしまうから」
「へんなの」
ここにいる実験体のほとんどが、10歳前後の子供だ。子供の潜在能力がサイコミュと繋がるのかもしれない。また、子供は比較的簡単に仕入れることが出来て、廃棄も容易だ。
国家や組織の犠牲になるのは、いつだって子どもや老人のような弱者なのだ。
子供は可愛いし、妹を思い出す。だから構ってあげたいのだけれど、彼女たちはあくまで実験体である。実験に使われ処分されるモルモットだ。だから、仲良くなってしまうと私の心がしんどいことになる。
「ないてるの?」
あれこれ考えているうちに、うたた寝をしていたようだ。傍らには私によく話しかけてくる女の子がいた。私は彼女の名前を知らなかった。下手に情を持たないように、意図的に遮断したからだった。
「……別に。そんなことはない」
「おねえちゃん、いつもひとりぼっち。さびしくないの?」
「寂しくはない。ただ、悲しいだけ」
「うそだ。わたしね。人のこころがわかるの。おねえちゃんのこころも見える。おねえちゃん、ほんとうはさびしいと思ってる」
ニュータイプというのは、厄介なものだ。とはいえ、感応などはしていない。この少女が気を利かせたのだろうか? それを少し嬉しく思う自分の弱さが嫌になってしまう。
「……ちょっと思ってる。でも、私を含めてみんな実験体なんだ。使い捨ての代用品なんだよ。自分はよくても、仲良くなった誰かを失うのが怖い。だから、この話はここでおしまいにしよう」
「おねえちゃん、こわがりなんだ」
「うん。私は自分が傷付くのが怖い。これ以上、何かを失ったり、誰かを失いたくないんだ」
「だいじょーぶ。わたしは死なないよ」
少女は、私の内心を見透かしたように言った。凄く、下手な嘘だ。もしかしたら、本当に死ぬことはないと確信しているのかもしれない。
彼女が、物言わぬ肉塊となっている姿が、安易に想像できた。私を犯した男の血と同じような赤。精液の獣と塩辛さの混じった臭い。負の記憶が、私を蝕む。
「わたし、ミーナ。みんなおねえちゃんと話しをしたがってたよ。良いよね?」
ミーナの純粋さに、私は折れた。彼女の優しさを無碍にしてまで、意固地になる必要はなかった。ミーナが死ぬということへの恐怖は常に有ったが、それも段々と消えていった。
もしかしたら、彼女は無事に生き延びて終戦を迎えられるかもしれない。そんな希望すら持ち始めていた。
「おねえちゃん、よく笑うようになった。笑ってくれてうれしい」
「そうかな? あんまり、自覚はないんだけれど」
「前までのおねえちゃんは、いっつも苦しそうだった。今のおねえちゃんは、苦しそうじゃない。だから、よかったと思うの」
年下に気を使われていると、少しこそばゆい。けれども、大人びているミーナも、私に少しだけ依存しているんだと思う。先の見えない場所での生活で、私たちの心は擦り減っている。そんな中で、明るく振る舞っているミーナの存在は、私にとっての支えとなった。
ミーナのナンバーはA2。Aランクの被験体である。彼女も、私と同じくサイコミュ適性が高いと見なされている存在だ。もし、私と彼女がサイコミュを動かせたら……生き延びることが出来るかもしれない。
「A7、あー。リィナ・ファレンスだったか? サイコミュの起動装置が完成した。君には、高いサイコミュ適性が予想される。是非とも結果を示してくれたまえ」
アーノ研究員は、私を格納庫へと連れて行った。格納庫には、いつもの検査器具とは別に、巨大な機械が置かれていた。エルメスのビットと同じようなものに見える。
「A7、試験を開始する」
機械に座り、器具を据え付けられる。私の脳波を増幅して、ビットが動くはずだった。
「ふむ。ダメか」
「残念ですね。A7も駄目だとすると、やはり、これまでとは違うアプローチが必要かもしれません」
「ああ。数を熟すしかあるまい。処分するには勿体ないが、そういう運命だったのだろう」
私の目の前が真っ暗になった。ビットが反応しなかった。それだけでもショックなのに、自分が処分されるという。脳の処理が追い付かない。
「A2は、処分したのか?」
「ええ。A7で最後です。他の被検体は処分済みです」
「では、テストは終了だ。器具を外したまえ」
「はい、了解しました」
――バチッ
――バチッッ
――バチッッッ バチッ
人は、簡単に絶望してしまう。どうやら私は、どうしょうもなくなると怒りが前に出てしまうような性格なようだ。
「ビットが、反応している!?」
「ほう。成功したか」
私の意思に応じたビットが、固定具を弾き飛ばした。そして、そのまま研究員を潰す。ビットは、管制室に突っ込みそのまま爆散した。
「おい!! どうなってる!!」
「早く、治安部隊に連絡しろ! 強化人間が暴走したぞ!!」
装置を身体から無理やり引き剥がし、格納庫に有ったザクに乗り込む。普通のザクではない。サイコミュ高機動用試験型ザクだ。
フラナガン機関でテスト運用されているようで、たまたまここに有ったのだろう。
「リィナ・ファレンス。ザク、出ます」
「誰だ!? 何をしている! おい!! やめろ!! 取り押さえろ!!」
インコムのビームで、ハッチを破壊する。飛び出した宇宙から、忌まわしい場所に向かってビームを乱射する。
「ミーナ、トゥアン、チェーン、アミラ、イブン、ジニ、みんなの恨みを晴らす! 壊してやる! こんな場所なんて!!」
私のサイコミュ適正は低いようで、インコムすら思ったように動かない。
「動きが鈍い! でも、砲台代わりなら!!」
バカスカ撃ち込んでいると、赤いMSと緑のMAが視界の端に見えた。
「こちら、シャア・アズナブル大佐だ。そこのMS、味方部隊への攻撃を辞めたまえ。攻撃を続けるようなら敵と見なす」
「…………今さらッ!」
シャアに向けたインコムは、瞬く間にエルメスのビットにより叩き落された。ララァ・スンだ。私とのサイコミュ適性が違いすぎる。
「……クソが。ここで終わりか」
どう足掻いても勝ち目がなかった。ここで、私は死ぬのだろう。あー。無意味な人生だった。せめて、一撃でも当ててやる。コイツも道連れにしてやろう。
「この声、子供か?」
「……だったら何?」
「降伏したまえ。これ以上無駄な犠牲を出す必要はない」
無駄な犠牲? 無駄な犠牲とはなんだ? ジオンのために利用され、使い捨てにされたミーナたちが無駄だと言うのか? 無駄だと?
「……みんなの生き様を否定するな!! あの子の無念を私が晴らす!! 死ねよぉぉお!!!」
バチりと何かが弾けた。これがニュータイプの感応なのだろう。誰かが、私の中に入ってくる……すごく、気持ちが悪い。子宮の中に無理やり物を突っ込まれた気分だった。
「大佐!? 無事ですか!?」
ララァ・スンが、私の中から、侵入者を引き上げる。とても気持ち悪い。心を土足で踏み込まれるって感覚がようやく分かった。
「ララァ。彼女の中を見たか…?」
「いいえ、あんな悍ましいものを私は見たくありません」
「悍ましいもの? 彼女がか?」
「ええ。刻の向こうからの堕ちた傍観者。悍ましい以外にどう表現するのです?」
「しかし、彼女の境遇は……」
コイツら本人を抜きにして、なんか話してやがる。私は、ザクの自爆プログラムをセットする。そして、そのままゲルググに向かう。
「ぐっ、足が……クソ、融合炉がやられ…!」
私が、最後に見たものはゲルググのビーム・ナギナタが生み出す閃光だった。
「大佐、本当にコレを生かしたいんですか?」
「ああ。まだ子供だ。彼女を艦に送る」
薄れゆく意識の中で、私はそんな会話を聞いたような気がした。