TSメンヘラ強化人間戦記 作:可哀想は可愛い
絶望していても、お腹は空く。軟禁されていた私が得た真理だった。
「嬢ちゃん、食べないと死ぬぜ。飯は食ったほうが良い。生きてれば色々と嫌なことは有るだろうが、それでも飯は食えよ」
「……仲間が、友達がみんな死んでしまったとしても?」
「ああ。そうだ。地上降下作戦で俺の親友は死んだ。輸送船がやられて、中隊では俺だけが生き残った。あそこで俺も死んでおけば。幾度となくそう思ったし、今も死にたいと思っている。だが、飯を食って生きてる。そういうもんだ」
草臥れた監視役の男が、私にそう言った。肩の階級章は伍長だ。どこか疲れた表情を浮かべている。
「……じゃあ、そうする。お腹空いたし」
「それは何よりだ」
監視役のはずだが、男にはやる気がなさそうだった。私物であろうハードカバーの本を読んでいる。本を読むことに飽きたのか、男は鼾をかいて寝始めていた。
「本当に寝てるし……」
私が、気絶してから何日が経ったかは分からない。ご飯を食べたら、シャワーを浴びたくなった。なので、部屋を抜け出して、艦内を彷徨うことにした。
「ん? シャア?」
露骨に肩を落とし、廊下を歩くシャアがいた。格納庫をチラ見したら、腕がもげた赤いゲルググが見えた。ララァ・スンが死んだのだろう。
シャワーを浴びて、女性士官用の服や下着をパクった。ぶかぶかだ。人間らしさを取り戻したら、どうしようもなく腹が立ったので、シャアに八つ当たりすることにした。
「おい、嬢ちゃんどこ行ってたんだよ? 起きたら居なくなっててビビったぜ。MSを盗んで出ていったのかと思ったぞ」
「シャワー浴びてた」
「あー、どおりで居ないわけだ。女性区画には俺は入れないからな」
ダメ伍長にも責任感は有ったようだ。キョロキョロと周囲を伺っている。目撃されるのを恐れているようだった。部屋の中にいるはずの私が外に出ているのだ。無理もない。
「戻るぞ。あんたを監視するのが俺の役目なんだ」
「やだ」
「なんでだ? 狭い艦内でやることはないぞ」
「死んだんだよ。あのニュータイプ」
「ニュータイプ。ララァって子か。確かアイツがお前を撃破したんだよな? 死んだやつに復讐は出来ないぞ」
復讐。そう言われれば復讐かもしれない。じゃあ、私の気持ちはどうすれば良いんだろうか? この怒りも憎しみも悲しみも誰にぶつければ良いのか分からない。
このダメ伍長は、私の境遇を知らないように思える。
「そう。復讐するの」
「……役目だから、一応は止めるぞ。抜け殻の俺でも、命令は果たす」
ダメ伍長だが、訓練された軍人だ。こっちは13歳の少女である。強化された肉体でも正面から勝てるかは分からない。ジリジリと睨み合っていると、後ろから声が掛けられた。
「エンリケ伍長、彼女の意識が戻れば報告しろと伝えたはずだ。なぜ、彼女がここにいる?」
「はっ、申し訳ありません大佐殿。私の無能です。不手際で彼女の外出を許しました」
「そうか、次からは気をつけろ」
「了解しました」
エンリケ伍長は明らかな演技をしていた。彼は、シャアを舐めきっている。私の意識が戻ったの昨日だ。1日の間、報告をしなかったのだ。
「シャア・アズナブル。ララァ・スンは死んだの? お前の母になるかもしれなかった女は死んだの?」
「……伍長、彼女を戻せ」
「答えないんだ。卑劣なキャスバル・レム・ダイクンだもんね。お前は、私たちの現状を知っていた。だけど、それを知っておきながら何もしなかった! どうして!? どうして助けてくれなかったの!? ねえ!! 答えてよ!!」
「伍長! つまみ出せ!」
エンリケ伍長は、手をひらひらと振っていた。
「俺は、自分より年下のガキが大佐面してるのが嫌いなんだ。それに、アンタがキャスバルなんだって? 面白そうな話じゃねぇか。その仮面の下見せてくださいよ大佐殿」
シャアは明らかに怒っていた。だからなんだと言うんだ? 私たちを見殺しにした癖に、どうして怒れるんだ。
「私を助けて、善人ぶって御満悦なんですか? もっと早く助けてくれたら、みんな死ななかった。どうして! どうして私だけ助けたの!!」
「…………努力はした。君にはつらい思いをさせてしまった。済まない」
「嘘だ。ザビ家打倒のために、そのチカラを振るわなかった。赤い彗星のシャアは英雄なのになんで! なんで!」
私には、チカラがある。ニュータイプの感応能力だ。これを使えば隠し事なんて不可能だ。だから、見せてもらう。
「見せて」
「ダメだ! やめろ!」
「見せてよ! 私の憧れたシャア・アズナブルの中身を!」
あの光が見える。けれど、私の中にナニカが入ってくるような痛みはなかった。これが刻。キラキラの中だ。
『これが、彼女の身元か?』
『はい。リィナ・ファレンス。サイド3、マハルの出身です』
『身元はどうなっている?』
『父親は死亡。母親と妹は、マハルの強制疎開の際に暴動に巻き込まれ死んでいます』
『……そうか』
妹が死んだ…? ミィナが…? 嘘だ。そんなはずがない。もっと詳細にシャアの記憶の中に潜る。確かに、記憶には死亡と書かれた文章の羅列が見えた。
嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
だって、ジェイクさんに任せてきたから大丈夫なはずなんだ。だって、私が犠牲になったから、あの男を殺したから大丈夫なはずなんだ……
『転居も決まっていたというのに、運がないな』
『ええ。残念です。ですが、強化人間を家族の元に返し、野に放ったところで、野垂れ死ぬでしょう。アレはそういう生き物ですから』
『見解の相違だな。私も、強化人間たちと同じニュータイプだ。それなら、私も同じ末路を辿ることになってしまう』
『大変失礼しました。申し訳有りません』
『いや、良いんだ』
そうか。妹は死んだんだ。だったら、私に生きる理由なんてない。どこかで生きていると思っていた。でも、そんな僅かな希望さえ消え去ってしまった。なら、私は何に縋って生きれば良いのだろうか。
ほんの小さな希望でさえも、私が持ってはいけないのだろうか。誰か、教えて欲しい。
あの、キラキラの向こうまで行ったら分かるだろうか。私は、光に手を伸ばした。だってもうこの世界に未練はないから。
「ダメよ。大佐はまだこの世界に必要だもの」
「ララァ・スン…」
「刻の向こうに還りなさい。観測者の成れの果て。大佐に付く悪い虫」
ララァ・スンの言い分にムカッときた。ここで、このまま刻の向こうに行ってしまえば、コイツの思うツボではないか。生きてれば良いことが有るなんて、全く思わないけれど、ここでこのまま死ぬのは嫌だと思った。
「嫌だね。バーカ」
「なんて口を…! とっとと消え去りなさい」
「はっ! 悪霊はそこでボヤいてろ!」
ララァ・スンの物言いにムカついた私は、まだ生きることにした。
「シャア大佐殿。そこの嬢ちゃん気絶してるぞ」
「ッ…! 何が有った!?」
「オーラみたいなのが光ってたな。ニュータイプってのは凄いねぇ。嬢ちゃん、アンタにはベラベラ心の内を話すんだぜ。俺なんて、どこ吹く風って無視されていたのによ。やっぱニュータイプ同士は違うんだろうなぁ」
シャアは、突然、感応現象に巻き込まれていただけだった。そして、目覚めたら目の前の少女は気絶していた。はっきり言って意味不明だった。
「ララァ。守ってくれたのか?」
ただ、ララァ・スンがそこにいた気配だけが残されていた。記憶はないが、ララァがシャアに害をなすはずがない。だから、シャアは守られたのだと直感的に判断した。
「大佐殿はロリコンなんです? 幼い娘は英雄って奴が好きなんですねぇ」
「……その件については否定しておく。エンリケ伍長。この件は他言無用だ。喋るようなら銃殺する」
「へいへい。了解しましたよ。俺はそこの嬢ちゃんの味方だぜ。生き恥は生き恥同士、傷を舐め合いたいものでね」
「そうか。くれぐれも内密にしろ」
「はいよ」
冷静になった私は、自分の行為を恥じた。一体、何を口走ったのだろうか……熱にうかされていたこともあり、記憶はぼんやりとした形でしか残っていない。
私は強化人間だ。強化人間という生き物は、軍組織の庇護が無ければ生きていけない。そういうふうに設計されている。
ここでジオン軍から放り出されたら、今度は連邦軍によってモルモットにされてしまう。さすがにそうはなりたくない。今までの、私はどうにかしていたのだ。
多分、若気の至りという奴だ。前世で何年生きたのかは覚えてないが、今世と合わせたら確実に20は越えている。私は何をやっているのだろう。大人としてのプライドというものは、ボロボロだ。
羞恥心で、頭まで毛布を被ってゴロゴロ転がっていると、来客のようだ。ベッドのカーテンが開かれる。毛布の中から伺うと、特徴的な仮面が置かれているのが見えた。シャアは仮面を外して、素顔を晒していた。
「君が聞いて居なくても、勝手に喋らせてもらう。君の友人を助けられなかったのは私の責任だ。私は、フラナガン機関に対して介入するような権力も武力も無かった。だから、君を助けたことが罪滅ぼしということは否定しない。
君の妹については、私の記憶を読んだんだろう。遺品を受け取っている。そこに置いておこう」
毛布を引き剥がし、妹の遺品を見る。そこに有ったの絵本だった。私がミィナに読み聞かせた絵本だ。
「……大佐。ありがとうございます。そして、八つ当たりしてごめんなさい。あの、わだし、かなじいんでず」
ようやく、私は泣くことができた。父に犯された。妹の代わりのように思っていたミーナが死んだ。そして妹のミィナが死んだ。ずっと私は泣いていなかった。
「……エンリケ伍長、これはどうすれば良い?」
「シャア大佐。そこは抱きしめるところですよ」
私は、シャアに抱きついて泣いていた。ずっと誰かにこうしたかった。誰にもこんなふうに出来なかった。父にも、母にも。
「泣きやんだか?」
私はシャア大佐の差し出したハンカチで涙を拭いた。壊れ物でも触るように、私の背中をさする腕に、心臓がバクバクした。
心臓の音が、こんなに大きくなっているなんて、異常事態だ。まさか、私は、慰められて惚れたのか??? 嘘だ。そんなチョロいはずがない。ストックホルム症候群とか、そんな感じのやつに違いない。高鳴る心臓の音に、自分の単純さが恥ずかしくなった。