Detroit: Beyond the Code 作:Mauve
舞台はデトロイト市警。アンドロイド・コナーと、先輩刑事・ジューンとの出会いと、変異体事件の裏で徐々に進行する二人の恋の行方は…。
ヒロインのジューン・ジェイデンは、【ヘビーレイン】で活躍したノーマン・ジェイデンの養女という設定です。
◆ジェイデン家・リビング
薄暗いリビングに、テレビの青白い光がちらちらと映り込んでいた。
ソファに深く腰掛けたジューン・ジェイデンは、膝に肘をつき、
顎を軽く乗せたまま画面を見つめている。
隣には養父のノーマン・ジェイデン。
元FBI捜査官で過去にはARグラスを駆使し、難事件【折り紙殺人事件】を
見事解決に導いた立役者でもある。
現在は引退をしており、ARグラスではなく老眼鏡の世話になっている。
だが元有能捜査官の貫禄は健在で、背筋を伸ばしいつもの癖で腕を組んだまま、
眉間に深い皺を寄せていた。
二人を包む静寂を破るのは、テレビから流れる緊迫したレポーターの声だけだ。
アンドロイドによる人質事件の生中継。
デトロイトの夜空を切り裂くヘリの音が、遠く響くようにスピーカーから
漏れ出している。
「えらいことになったな。」
ノーマンが低い声で呟いた。
眼光は鋭く、テレビに映る混乱の映像を睨みつける。
「だから俺は、アンドロイドに依存し過ぎる社会は危険だって言ってたんだよ。」
ジューンは小さく首を傾げ、視線を画面から外さずに応えた。
「…どうかな。人間の扱い方が問題だったのかも知れないでしょ?」
ノーマンが鼻で笑う。
「ロボット三原則ってもんがあるだろうが。それをやすやすと破ってしまう
ようじゃ、危険過ぎる存在だぞ。」
彼の声には、長年のFBI捜査官としての経験から培われた確信が滲んでいた。
「それはそうかも知れないけど…。」
ジューンは言葉を濁し、唇を軽く噛んだ。
彼女の瞳には、どこか複雑な光が宿っている。
アンドロイドを嫌うでもなく、信じるでもなく。
ただ、目の前の出来事を静かに見極めようとする冷静さがそこにあった。
突然、テレビの音声が一段と高ぶった。レポーターの声が興奮に震える。
「あっ!現場に動きがありました。交渉人が屋上に出て来たようです。
犯人のアンドロイドは動揺しています!」
「ほう。ついに進展しそうだな。」
ノーマンが身を乗り出し、目を細めた。
「………。」
ジューンは無言で画面を見つめる。
長い指が無意識にソファの端を叩き、微かな緊張が彼女の内に渦巻いていることを
示していた。
「なんと交渉人自身もアンドロイドだそうです!史上初のアンドロイドによる
人質交渉が行われようとしています!」
レポーターの声が一気に跳ね上がる。
「何!?」
ノーマンが驚愕に目を丸くした。
「!彼、アンドロイドなの?」
ジューンの声が思わず漏れた。
画面に映る交渉人の姿を凝視する。
背筋が伸び、スーツに身を包んだその男は、どこか人間離れした静けさを
まとっていた。
その瞬間、犯人のアンドロイドが叫び声を上げ、交渉人に向かって銃を放つ。
銃弾が肩に命中し、ブルーブラッドが鮮やかに飛び散った。
「撃たれたぞ!」ノーマンが声を荒げた。
「!」ジューンの瞳が一瞬大きく見開かれる。
だが、交渉人は平然と立ち続けていた。
痛みも動揺もないその姿に、彼女の胸がざわついた。
レポーターが慌ただしく続ける。
「うーん、音声は拾えませんね。交渉人が頭上に何やらサインを送って…
あっ!ヘリが撤退していきます。どうやらヘリを遠ざけるよう、犯人からの
指示があったようですね。」
テレビの画面では、交渉人がじりじりと犯人に近づいていく。
冷静で、計算された動き。まるで機械そのものだ。
「おいおい、大丈夫か?機械に交渉させるなんざ、狂気の沙汰だろ。」
ノーマンが苛立ちを隠さずに吐き捨てた。
「でも、相手もアンドロイドなのよ。案外、人間よりも上手に誘導できるかも…」
ジューンの声は静かだったが、そこには微かな好奇心が混じっていた。
「傍らに犯人の銃撃を受けた警官が座り込んでいますが…あっ、交渉人が
警官に近付きます!
犯人は激高しているようですが…交渉人は構わず手当を始めました。
大丈夫なのでしょうか?」
レポーターの声が緊迫を煽る。
画面の中で、交渉人が傷ついた警官に跪き、迅速に応急処置を施す。
犯人の怒声が遠く響く中、彼の手際は無駄がなく、まるでプログラムされたように
正確だった。
「人命を優先する、か…。」
ノーマンが呟き、わずかに感心したような表情を見せた。
「応急処置を終えた交渉人が、再び犯人に近付いて行きますが…
ああっ!驚きです。
犯人が人質の少女を解放しました!これはすごい!大人しく投降する様子ですね。」
レポーターの声が勝利を宣言するように高揚する。
「チェックメイトだな。へえ、なかなかやるじゃないか。」
ノーマンが小さく笑った。
ジューンは目を細めた。
「ん…何か背後にサインを?」
彼女の鋭い視線が、交渉人の微妙な動きを捉えた。
次の瞬間、轟音と共に背後から一斉射撃が放たれる。
犯人の身体が蜂の巣になり、ビルから落下していく。
人質の少女が「きゃあああ!」と悲鳴を上げ、頭を抱えてうずくまった。
「!」ノーマンが息を飲む。
「!」ジューンの手がソファを強く握り潰した。
犯人は落下しながら交渉人に恨み言を吐き捨て、ビル下へと消えていく。
交渉人は無表情でその姿を見据えていた。冷たく、感情のない瞳。
まるで何も感じていないかのように。
「やっぱり…」
ジューンが小さく呟く。
「あいつ…出し抜きやがったのか!」
ノーマンが驚愕と苛立ちを込めて言った。
「犯人に一斉射撃が行われました!少女は無事のようです。アンドロイド交渉人が
見事に人質の救出に成功しました!これは快挙です!」
レポーターの声が興奮の絶頂に達する。
交渉人は少女の無事を冷静に確認すると、くるりと背を向け、その場を去った。
呆然と見送るスワットの隊長を尻目に、彼の背中はどこまでも冷徹で機械的だった。
ジューンは目を細め、心の中で呟いた。
(何て冷酷な顔…。仲間を死なせて、少しも良心の呵責はないのかしら?)
テレビの音が遠くに響く中、リビングには重い静寂が戻ってきた。
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2038年11月5日 09:56
◆デトロイト市警
デトロイト市警の署内は、朝の喧騒に包まれていた。
書類のシャッフル音、電話のベル、遠くで響く同僚たちの笑い声。
ジューン・ジェイデンは自分のデスクに座り、目の前の調書に目を走らせていた。
ボブヘアが首筋に軽く揺れ、長身の体を少し前屈みにしながら、彼女は一枚一枚、
丁寧にページをめくる。
コーヒーの残り香が漂う中、彼女の表情はいつものクールなままだったが、
瞳には微かな好奇心が宿っていた。
(へえ…昨日、こんなヤマがあったのね。アンドロイド捜査官が捜査に加わって
犯人を確保。その後、尋問までこなしてスピード解決か…)
ジューンは小さく息をつき、調書の記述に目を細めた。
あの人質事件から3か月。
あの冷徹なアンドロイドが、こんな形で署に現れるなんて、想像もしていなかった。
一方、エントランスでは、新たな影が署内に足を踏み入れていた。
コナーだ。
スーツの襟を軽く整え、落ち着いた足取りで周囲を見回す。
LEDが額に青く点滅し、彼が人間ではないことを静かに示していた。
近くに立つアンドロイド警官に視線を向け、コナーは丁寧に口を開いた。
「ハンク・アンダーソン警部補の席は?」
「あちらのデスクです。」
アンドロイド警官が指差す先には、資料に没頭するジューンの姿があった。
コナーはその方向を見やり、静かに確認する。
「あの資料を読んでいる女性のいるところかな?」
「ええ、そうですよ。アンダーソン警部補配下のジェイデン刑事です。」
「ありがとう。」
コナーは短く礼を言うと、静かに歩き出した。
足音はほとんど響かず、彼の存在はまるで影のように滑らかだった。
ハンク班のデスクでは、ジューンが依然として調書に集中していた。
ペンの先で軽く紙を叩きながら、彼女の頭は昨日の事件の詳細を整理している。
その背後へ、コナーが静かに近づいてきた。
「ジェイデン刑事。」
「えっ?」
ジューンはハッと顔を上げ、声の主を見た。
そこに立つのは、あのテレビで見たアンドロイド。
スーツに身を包み、無表情に近い顔でこちらを見つめる彼に、彼女の心臓が
一瞬跳ねた。
「!あなた…あの時の!?」
「はい?…どこかでお会いしましたか?」
コナーの声は穏やかで、わずかに首を傾げる。
「あ、いや…。テレビで…。確か、RK-800型とか言う…」
ジューンは慌てて言葉を繋ぎ、動揺を隠そうとした。
「テレビ?」
コナーは一瞬考え込み、やがて理解したように頷いた。
「ああ…。あの人質事件の中継ですね。確かに私です。」
LEDが一瞬黄色に変わり、再び青に戻る。
(まさか、あの時のアンドロイドが派遣されて来るなんて…)
ジューンは内心で呟き、彼をじっと見つめた。
あの冷酷な印象が脳裏に蘇るが、目の前の彼はどこか違う雰囲気を持っている。
「私はコナー。サイバーライフ社から、捜査補佐専用モデルとして
派遣されて来ました。」
「コナー…。」
ジューンはその名前を小さく繰り返し、頭に刻む。
「アンダーソン警部補はいらっしゃいますか?彼の下で働くよう命じられて
来たのですが。」
「そうなの?知らなかったわ。昨晩だけかと思っていたけど…。」
「あなたも彼のチームだそうですね。当面の間、よろしくお願いします。
ジェイデン刑事。」
コナーの声は丁寧で、敬意が込められていた。
「え、ええ…。でも、ハンクが何て言うかしら…?」
「え?」
「いえ、何でもないわ。ハンク…アンダーソン警部補はまだ来ていないわ。」
「そうなんですか?でももう、出勤時間ですよね?」
コナーが時計を確認するように首を軽く動かす。
「うーん、そうなんだけど…。‘俺は俺の好きな時間に出勤する’ってのが
彼のモットーでね。大抵、午前中には来ないのよね。」
ジューンは苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。
「そうなんですか…。」
コナーの声に微かな困惑が混じる。
「あなた、昨日お手柄だったみたいね。今ちょうど、調書を読んでいたのよ。」
ジューンはデスクの書類を軽く叩き、彼を見上げた。
「あなたは昨日、いらっしゃいませんでしたね。」
「ええ、非番だったの。」
「もし良ければ、署内を見て回りたいのですが…。」
コナーが提案する。
「ええ、いいわよ。それじゃ、案内してあげる。行きましょう。」
ジューンは立ち上がり、調書を閉じて彼を促した。
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◆同・留置室
留置室の通路は冷たく静かで、透明なアクリルパネルが近未来的な牢獄を
形成していた。
光沢のある仕切りが蛍光灯の光を反射し、閉じ込められた被疑者たちの姿を
歪めて映し出す。
ジューンが一角を指差す。
「ここは留置室。ほら。あなたが昨夜、確保した彼もいるわよ。」
「………。」
コナーは無言で近づき、アクリルの向こうを見つめた。
そこにいたのは、昨夜の事件の犯人。
乱れた髪と虚ろな瞳のアンドロイドだ。彼がコナーに気付くと、突然立ち上がり、
パネルにすがりついた。
「!お前はあの時の…。お前もアンドロイドだろ!なぜ僕を奴らに渡した?」
「…すまなかった。でも、それが僕の仕事なんだよ。」
コナーの声は低く、どこか重い響きを帯びていた。
「僕は…どうなってしまうんだ?」
犯人の声が震える。
「サイバーライフに送り返されて異常行動の原因を探るため、破壊されて
分析に回されるだろう。すまない…。」
「…僕はもう終わりなんだ。」
犯人は虚ろな目で虚空を見つめた。
「…言っておきたいことはないか?何か知っていることがあれば教えてくれ。」
「僕は…もう死ぬんだ…。」
犯人はそれだけ呟くと、再び沈黙に落ちた。
「………。」
コナーは静かに目を伏せ、その場を離れた。
「すみません。もう行きましょう。」
「え、ええ…。」
ジューンは彼の背中を見ながら、心の中で呟いた。
(どう思っているのかしら?口先だけじゃなく、少しは本当にすまないと
感じているの?それとも、やっぱりただの…)
その時、ゴン!と鈍い音が留置室から響いた。
「?」ジューンが振り返る。
コナーとジューンが急いで犯人の個室に戻ると、衝撃的な光景が広がっていた。
犯人が自らの頭をアクリルパネルに打ち付け、ブルーブラッドを撒き散らしながら
自壊行動を繰り返している。
「!」
コナーのLEDが赤に点滅する。
「…誰か!」
ジューンが叫ぶと、近くにいたクリスが駆けつけ、留置室の扉を開けた。
彼が飛び込むが、タッチの差で犯人は動きを止め、絶命した。
ブルーブラッドが床に広がり、静寂が重く降りる。
「………。」コナーは無言で立ち尽くす。
「もう手遅れよ。行きましょう…。」
ジューンは静かに言い、彼を促した。
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◆同・廊下
廊下に出ると、コナーは足を止め、放心したように佇んでいた。
LEDが黄色に点滅し、普段の無機質な表情に微かな揺れが混じる。
ジューンはその姿に目を留め、内心で驚きを覚える。
(ショックを受けてる?人質事件の時は冷酷そうに見えたけど、罪の意識が
あるのかしら…)
彼女はそっと近づき、静かに声をかけた。
「大丈夫?」
コナーは一瞬視線を彷徨わせ、やがて小さく答えた。
「…はい。すみません。」
「彼のことだけど…やっぱり、アンドロイドでも死って怖いものなの?」
ジューンの声には、慎重さが滲んでいた。
「それは…」
コナーが言葉に詰まり、目を伏せる。
ジューンはハッとして慌てて手を振った。
「あ、ごめんなさい!無神経な質問よね。当然のことだわ。だって何もかも
終わってしまうんですものね。意識がある者なら、誰だって…」
「いえ、本来ならば死に対する恐怖感などは持ち合わせていないはずなんですよ。」
コナーは静かに首を振った。
「私たちはただの…機械ですから。」
ジューンは言葉を失い、彼を見つめた。蛍光灯の光が廊下に冷たく反射し、
二人の間に沈黙が流れる。
「でも、彼は変異体だ。だからでしょう。」
コナーが補足するように付け加えた。
「変異体…。コナー、あなたはどうなの?死ぬことが怖くない?」
ジューンは思わず尋ね、すぐにその言葉を後悔した。
「ええ、怖くありません。」
コナーは即座に答えたが、その声はどこか機械的だった。
「もしこのボディが死んでも、メモリーは新機体に移植されるだけで…
サイバーライフが必要とする限り、何度でも復活しますから。」
「そうなんだ…。」
ジューンの声が小さくなる。
「ええ。前機体の損壊原因を分析し、同じミスを繰り返さないように
アップデートもされますから。ご心配には及びません。」
コナーの説明は淡々と続き、彼の瞳に感情の波は見えなかった。
「そ、そう…。」
(それって何だか…)
ジューンは言葉にできない思いを抱え、視線を床に落とした。
その時、彼女の腹が小さく鳴った。
「!」ジューンは顔を赤らめ、慌てて腹を押さえる。
「空腹ですか?朝食をお取りになっていないのでしょうか?」
コナーが即座に反応し、彼女を見た。
「ええ、そうなの。今朝はちょっと寝過ごして、朝の準備に
手間取っちゃったから…。」
「それはいけませんね。仕事のパフォーマンスが低下してしまいます。」
「パフォーマンス…そ、そうね。休憩室で何か買って食べるわ。」
ジューンは苦笑いを浮かべ、コナーを促すように歩き出した。
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◆同・休憩室
休憩室に入ると、コーヒーの香りと低いうなり声が混じり合っていた。
ギャビン・リードが婦警と話し込んでおり、ジューンは一瞬顔をしかめた。
「ここが休憩室…。」
彼女はギャビンに気付き、小さく呟いた。
「ゲッ!ギャビン…。」
「何が”ゲッ”だ!?クソ女。」
ギャビンが即座に噛みつく。
(ん?あの男性は昨夜の…)
コナーがギャビンを認識する。
「あなたは確か、ギャビン・リード刑事でしたね。おはようございます。」
「ああん?」ギャビンが不躾にコナーを睨む。
「おっと!みんな大好き、プラスチック刑事のお戻りだぜ。
昨夜はお見事だったね。ホント最高…!」
皮肉めいた口調で嘲笑を浮かべ、わざとらしく拍手をして見せる。
「どうも、リード刑事。」
コナーは淡々と返す。
「…誰?」
婦警が小声でギャビンに尋ねる。
「留置室のアンドロイドを尋問した…サイバーライフのアンドロイド捜査官だ。」
「えーっ!彼、アンドロイドなの?ハンサムじゃない。」
婦警が驚く。
「お褒めにあずかり恐縮です。」
コナーが微笑を湛えつつ返す。
ギャビンは忌々しそうに舌打ちし、コナーを睨んだ。
「お前みたいなのは初めてだ。型番は?」
「RK800型、プロトタイプですよ。」
「プロトタイプね…。おい、コーヒー持って来いよ。」
ギャビンが命令する。
「何言ってんのよ!自分で淹れなさいよ。」
ジューンが即座に反論。
ギャビンはジューンを無視し、コナーに向かって苛立ちをぶつけた。
「うるせぇ!おい、お前に言ってんだよ。コーヒー淹れて来い!」
「………。」
コナーは一瞬黙り、しぶしぶコーヒーマシンに向かう。
「コナーったら!」
ジューンが呆れ顔で諫める。
やがて、「…どうぞ。」とコナーがギャビンにコーヒーを差し出すが、
ギャビンは受け取らず、肩にどんとぶつかって休憩室を出ていく。
「ちょっと!」
ジューンが声を荒げる。
「でかい顔すんなよ。いいな?」
ギャビンはコナーを睨みつつ捨て台詞を吐き休憩室を出て行く。
婦警がジューンに気まずそうに会釈してその後を追う。
「…まったく!なんて奴かしら。同僚として呆れるわよ。」
ジューンは苛立ちを隠さず、コナーの背広をハンカチで拭いた。
「…ごめんね。」
「?なぜ、あなたが謝られるんです?」
コナーが不思議そうに尋ねる。
「だって…私と同じ人間があんなひどいことを。あんなのばかりだって
思わないで。」
「ええ、思いません。あなたがた人間には多様性がある。でも、何故なんです?」
「えっ?」
「僕は単なる物ですから、気遣われる必要はありません。でしょう?」
「そんな…。だって私たちと同じ姿をしているし、ちゃんと思考や感情だって
あるでしょう?」
「…思考はともかく、感情に見えるものは単なる模倣ですよ。」
「模倣だなんて…。」
「事実ですから。」
「………。」
ジューンは言葉を失い、彼を見つめた。
どことなく気まずい空気が漂う。
「それよりもジェイデン刑事、何か食べられるのでは?」
コナーが話題を変える。
「え?ああ…そうだったわね。うーん、どうしよう?」
ジューンは販売機を眺めた。
「コーヒーを淹れます。ミルクや砂糖はいりますか?」
「そんな、自分でするからいいのよ。」
「構いませんよ。手持無沙汰ですから。」
「そう?それじゃ、砂糖はいらないからミルクだけお願い。」
「はい。ホットでいいですか?」
「ええ。」
コナーがカフェオレを淹れる間、ジューンはサンドイッチを購入した。
「どうぞ。」
コナーがカップを渡す。
「ありがとう。」
ジューンはカフェオレを一口飲み、
「ふぅ~、美味しい。朝の一杯は落ち着くわね」と呟いた。
そこへ、アンドロイド警官のデイビスがやって来る。
「ジェイデン刑事。」
「あら、デイビス。昨日の怪我の具合はどう?」
「はい。損傷はこの通り、修復済みです。」
デイビスが腕をスムーズに動かして見せる。
「そう、良かった。気を付けてね。あまり無理しちゃ駄目よ?」
「はい…。」
デイビスが照れ臭そうにはにかむ。
「………。」コナーは無言でそのやり取りを見つめた。
(変わった人だな。まるで人間に接するような言動を…)
「あ…ジェイデン刑事。署長がお呼びです。署長室へ。」
デイビスが続ける。
「えっ?署長が…。何かしら?」
「アンダーソン警部補もおいでです。」
「あら、いつの間に…。こんなに早く出て来るなんて珍しいわね。」
「そうですね。」
デイビスが小さく笑う。
ジューンがコナーに視線を向ける。
「コナー、あなたも警部補に用があるんでしょう?」
「はい。」
「じゃ、一緒に行きましょう。」
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◆同・署長室
署長室の中は、重苦しい空気に包まれていた。
署長のジェフリー・ファウラーが机に肘をつき、眉間に皺を寄せて
ハンク・アンダーソンを睨んでいる。
ハンクは腕を組み、仏頂面で窓の外を眺めていた。
二人の間に漂う険悪な雰囲気が、部屋の空気をさらに冷たくする。
そこへ、軽いノックの音が響き、ジューン・ジェイデンがドアを開けた。
「……お呼びですか?」
彼女は慎重に声をかけ、室内を見回した。
「ジェイデン。」
署長が顔を上げ、コナーに気付くと目を細めた。
「ん、お前も一緒だったのか。好都合だ。な、アンダーソン!?」
ハンクは鼻を鳴らし、「フン…」と短く返すだけだった。
「お前、アンドロイドの扱いは得意だろ?今日からこのコナーと組んでくれ。」
署長がジューンに視線を移す。
「私がですか?」
ジューンは一瞬驚いたように目を瞬かせた。
「アンダーソンに任せるつもりだったんだが、どうしても嫌だと
抜かしやがるんでな。」
署長がハンクを一瞥し、苛立ちを隠さない。
「それは構いませんけど…。私に務まるでしょうか?」
ジューンは少し考え込むように首を傾げた。
「当然、お前だけじゃ荷が重いな。そういうことでハンク、お前がこいつらを
指導するんだ。」
署長がハンクに鋭く言い放つ。
「何で俺が!ジェイデンだけで手いっぱいだよ。アンドロイドの世話なんざ
ごめんだね!」
ハンクが声を荒げ、机を軽く叩いた。
「お前、警部補だろ!新人の面倒を見るのも仕事だろうが!」
署長が負けじと声を張り上げる。
「ジェフリー…なんでそんな仕打ちをするんだよ?俺のアンドロイド嫌いは
知ってるだろ?」
ハンクの声に苛立ちと諦めが混じる。
「だから、お前はあくまで監視役でいいと言っているだろ。
ジェイデンがこいつの直属の上司だ。二人はお前のチームに配属される。
つべこべ言わずに仕事をしろ!」
署長が決定を突きつける。
「くそ…!」
ハンクは立ち上がり、怒りを抑えきれずにドアへと向かった。
「そういうことだから、よろしく頼むぞ。ジェイデン。」
署長がジューンに視線を戻す。
「は、はい。」
ジューンは小さく頷き、署長室を出た。
コナーは軽く会釈をして彼女の後に続く。
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◆同・ハンクのデスク
署内の喧騒が遠く聞こえる中、ジューンとコナーはハンクのデスクにやって来た。
ハンクは椅子にどっかりと腰を下ろし、書類を乱暴にめくっている。
コナーが一歩前に出て、丁寧に挨拶した。
「先日はどうも、アンダーソン警部補。またよろしくお願いします。」
ハンクはコナーを見もせず、ジューンに目をやった。
「そいつはお前が面倒見ろよ。俺は知らねぇからな。」
「ハンク…。」
ジューンが困ったように小さく呟く。
「我々アンドロイドを嫌う人が多いのは知っています。
ですが、ここは仕事ですので、お互いに協力し合う必要が…」
コナーが穏やかに続ける。
ハンクが突然立ち上がり、コナーを睨みつけた。
「いいか、お前と慣れ合う気はねぇ。殴られたくないなら黙ってろ!」
「………。」
コナーは言葉を飲み込み、静かに目を伏せた。
「もう、ハンク…そんな言い方しなくたって…。」
ジューンが宥めるように言うが、ハンクは聞く耳を持たない。
「俺は飯食って来る!朝飯がまだなんだ。」
ハンクは仏頂面でコートを掴み、デスクを後にした。
ジューンはその背中を見送り、小さくため息をついた。
もう、どうしようもない。
彼女が振り返ると、コナーは肩を落とし、どこかしゅんとした様子で立っていた。
「気にしないで。彼、ちょっと気難しいところがあるのよ。あなたのせいでは…」
「………。」コナーは無言で彼女を見つめるだけだった。
ジューンは苦笑いを浮かべ、心の中で思った。
(この状況では無理があるわよね…)
「おはようございます、ジェイデン刑事!」
明るい声が響き、アンドロイド警官のアランが近づいてきた。
彼はにこやかに一礼し、そのまま立ち去る。
コナーはそのやり取りをじっと見つめ、心の中で不思議に思った。
(本当に不思議な人だな。この人はアンドロイドも人間と同じように扱っている)
「ん、どうかした?」
ジューンが彼の視線に気付き、首を傾げた。
「いえ…。アンダーソン警部補やリード刑事のように、我々を毛嫌いする人のほうが
はるかに多いです。ですが、あなたはそうじゃないので、改めて不思議で…。」
コナーが静かに答える。
「そうかしら?人それぞれなんでしょうけど…。けど、むしろ私は人間よりも
あなたたちのほうが好きよ。」
ジューンは軽く笑って肩をすくめた。
「えっ、なぜですか?」
コナーが驚いたように目を瞬かせる。
「優秀なのもあるけど…いつも穏やかだし、礼儀正しいし。
最近は粗雑な人間が多いからね。よっぽど安心して付き合えるもの。」
「…ですが、変異体による犯罪も増加しています。機械をあまり過信しない
ほうがいい。」
コナーが眉をひそめ、真面目に返す。
ジューンは小さく笑った。
「ふふ、アンドロイドのあなたがそんな風に言うなんて…。何だかおかしいわね。」
「………。」コナーは言葉に詰まり、微かに首を傾げた。
そこへ、同僚の女性刑事が軽い足取りで通りがかった。
アリーこと、アリソン・マクレーンだ。
金髪のウェーブヘアが揺れ、濃いメイクが彼女の明るい性格を際立たせる。
グラマーな体型を強調する服で、彼女はコナーに目を留めた。
「あら!彼が噂のアンドロイド君ね。」
「ええ。」ジューンが短く答える。
「サイバーライフから派遣されて来ました、コナーです。よろしくお願いします。」
コナーが丁寧に挨拶した。
「へぇ…。結構、いい男じゃない!背も高いし、スマートでハンサムね。」
アリーが興味津々に彼を品定めする。
「どうも。」
コナーは淡々と返す。
「それにいい声してるのね。ジェイデン、あなた好みじゃない?」
アリーがニヤリと笑い、ジューンをからかった。
ジューンは慌てて顔を赤らめ、
「何馬鹿なこと言ってるのよ!さ、もう仕事に戻って」
と手を振った。
「堅いわね、もう。わかったわよ。コナー、またね。」
アリーは軽くウィンクして去っていく。
「はい。」
コナーは無表情で応えた。
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(退勤後)
◆同・エントランス
退勤後の署内は、昼間の喧騒が落ち着き、穏やかな雰囲気に変わっていた。
ジューンは同僚の刑事たちと立ち話をしている。
そこへコナーが近づいてきた。
「お疲れ様です。私はこれで…」
彼は一礼して通り過ぎようとする。
「ちょっと待って、コナー。」
ジューンが彼を呼び止める。
「今からあなたの歓迎会をしたいって話になってるんだけど…。付き合わない?」
「私の…ですか?歓迎会…」
コナーは驚いたように立ち止まり、少し考え込んだ。
「あ…嫌だったら別に無理に参加しなくてもいいのよ。みんな強引だから…」
ジューンが慌ててフォローする。
「いえ。」
コナーが即座に顔を上げた。
「…ありがとうございます。喜んで。」
「え、そう?良かった。」
ジューンはホッとしたように笑った。
その時、ハンクがむすっとした顔でコートを羽織り、帰ろうとしていた。
「アンダーソン警部補もご一緒にどうですか?」
ジューンが声をかける。
「…馬鹿言え。そんなことに付き合ってられるか。」
ハンクは冷たく言い放ち、そのまま出て行ってしまった。
「………。」
コナーは黙ってその背中を見送る。
その表情に若干の翳りが見えた。
「あー、気にしないで。彼、ちょっと訳ありなの。でも悪い人じゃないのよ。」
ジューンが優しく言う。
「はい…。」
コナーが小さく頷く。
「さ、気を取り直して行きましょう。」
ジューンは明るく促し、コナーを先導して歩き出した。
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◆バー
デトロイトの夜を彩る小さなバーは、暖かい照明と笑い声で溢れていた。
木製のテーブルにはグラスが並び、若手刑事たちがざわめきながら席を囲んでいる。
アリー・マクレーンが派手な笑い声を上げ、金髪のウェーブヘアを揺らしながら
手を振った。
「あ、主役が来たわね!こっちこっち!」
ジューン・ジェイデンとコナーが店の奥へと近づいてくる。
アリーがコナーを指差し、隣の席を叩いた。
「ほら、コナー。ここに座って!」
「はい。」
コナーは素直に頷き、ジューンと並んで椅子に腰を下ろした。
テーブルを囲む同僚たちが、興味深そうにコナーをじろじろと見つめる。
アリーがグラスを手に持ったまま、得意げに口を開いた。
「彼がサイバーライフから来た最新鋭のアンドロイド、コナーよ。
なかなかキュートでしょ?」
コナーは穏やかに微笑み、丁寧に挨拶した。
「皆さん、私のような者のために歓迎会を開いてくださりありがとうございます。
よろしくお願いします。」
「へぇ、これがアンドロイド?これまでの無表情なタイプとはずいぶん違うね!」
同僚のマークが感心したように目を丸くする。
クレア・ボウマンが穏やかな笑顔で頷いた。
「ハンサムじゃない!」
黒髪を軽く整え、健康的な体型の彼女は優しげにコナーを見やった。
「でしょう?アンドロイドじゃなかったら、付き合いたいぐらいなんだけど
なぁ…。」
アリーがウィンクを飛ばし、グラマーな胸元を強調するように身を乗り出す。
クレアがアリーに小声で耳打ちした。
「あんたは付き合いたいっていうより、やりたいだけでしょ!尻軽なんだから。」
「………。」
ジューンは黙ってグラスを手に持つが、何も言わず目を伏せた。
コナーが少し首を傾げ、アリーに穏やかに話しかける。
「…アリソン刑事、お仕事中とはずいぶんイメージが違いますね。その…」
「ふふ、セクシー?」
アリーが笑い声を上げ、コナーをからかう。
「目の毒かしら。あんたのボスは全く色気ってものがないからね。」
ジューンが顔を上げ、鋭く返す。
「!うるさいわね。私は署に仕事しに来てんの。」
「退勤後もその恰好じゃない。」
アリーがジューンのボーイッシュな服を指差して笑う。
「たまには君もお洒落したら?まだ若いんだからさ。」
マークが軽い調子で加勢した。
「そうよ!あんたってば、ヒールも履かなけりゃスカートも履かないし、
女らしさってもんがないのよね。そんなだから、男が出来ないのよ!」
アリーが畳み掛ける。
「余計なお世話よ。」
ジューンは冷たく切り捨てた。
「あーでも、その凹凸じゃ…こういう格好してもセクシーとはいかないか。」
アリーがジューンのやせ型な体を一瞥し、ニヤリと笑う。
「うるさいわね。あんただってシリコンじゃないの。」
ジューンが反撃する。
「何ですって!?」
アリーが目を吊り上げた。
「そりゃ入れてるけど…。その前だって、あんたよりはよっぽど大きかったわよ!」
「入れてたんだ…」
マークが呆れたように呟く。
「みんな知ってるわよ。」
クレアが冷静に付け加えた。
「何よ、あんたたちまで!」
アリーが声を荒げ、テーブルが一瞬笑いに包まれる。
「………。」コナーは静かにそのやり取りを見つめていた。
ジューンが少し苛立ちを込めて口を開く。
「というか何よ、この会合。コナーの歓迎会じゃなかった?
何でこんなくだらない話してんのよ。」
「ああ…そうよね。ごめんなさいね、コナー。」
クレアが申し訳なさそうに微笑んだ。
「さ、君も食って飲めよ!」
マークがコナーにグラスを差し出す。
「いえ、私には飲食の機能はありませんので。すみません。」
コナーが丁寧に断る。
「えー、つまんないわね!」
アリーが不満そうに唇を尖らせた。
「…ジェイデン、あんたも飲んでないじゃない。」
「私は飲まないのよ。知ってるでしょ?」
ジューンが静かに返す。
「そんな、子供じゃあるまいし、ジュースなんて!」
アリーが呆れたように言う。
「いいから、こっちに構わず飲んでよ。ね、みんな。」
ジューンが促すと、同僚たちはグラスを手に飲み始めた。
「ああ、何か悪いね。」
マークが軽く笑ってビールを煽る。
別の同僚、テッドが突然思い出したように声を上げた。
「そうだ!君、どこかで見たと思ったら…前にテレビで中継してた
人質事件のアンドロイドだよな?ほら、高層マンションの。」
「ああ!そう言えば…そうよね。」
クレアが目を輝かせた。
「あんまりアップで映らなかったけど、確かに背格好はあなただったわ。」
「見事に事件を解決してたよな。昨日の活躍といい、やっぱり優秀なんだな。」
マークが感心したように頷く。
「いえ…。任務の達成は得意なんです。」
コナーが控えめに答えた。
「えー、何々!?私、見てないわよ。そんな中継やってたの?」
アリーが驚いたように身を乗り出す。
「あんたね…一応は警官なんだから、少しは事件に関心持ちなさいよ。」
クレアが呆れたようにたしなめた。
「うるさいわねぇ!プライベートにまで仕事を持ち込みたくないのよ。」
アリーが反論する。
「すごかったよな!冷静というか、冷血というか…顔色ひとつ変えずに
あの犯人を出し抜いちまったもんな。
人間だと情が絡んでさすがにああはいかないぜ?」
マークが興奮気味に語る。
「だよな!自分が殺しちまったようなもんだし…。な、だまし討ちみたいな
ことして、良心が痛まなかったのかい?」
テッドが興味深そうに尋ねた。
「………。」ジューンは黙ってコナーを見やった。
「良心?」
コナーのこめかみのLEDが一瞬黄色に点滅したが、すぐに落ち着きを
取り戻したような青色に戻る。
「…私に与えられた職務は、人質を無事救出するのみでしたから。
手段などは選んでいられませんよ。」
「へぇ…怖いな。」
テッドが小さく呟く。
「やっぱり俺ら人間とは、全く違う存在なんだって思わせられるよな?」
マークが少し遠い目でグラスを見つめた。
「………。」コナーは無言で視線を落とす。
「ま、まあ…しょうがないじゃない。そういう風にプログラミングされてるん
だから。別に彼も悪気は…ねえ?」
クレアが気まずさを和らげようとフォローした。
「はい。気にすることはありませんよ。人間を模した外見をしていますが、
我々は単なる機械です。ただの損傷であって、”死”ではありませんから。」
コナーが淡々と説明する。
「お、おう…。」
マークが気まずそうに頷き、テーブルに沈黙が広がった。
同僚たちは黙って酒を飲み始め、何となく重いムードが漂う。
コナーが小さくジューンに耳打ちした。
「何かおかしなことを言ってしまいましたか?」
「え?うーん…。」
ジューンは答えに困り、軽く首を振った。
しばらくして、アリーがグラスを置いて立ち上がる。
「ふぅ、何か酔っぱらっちゃったな…。ねぇ、コナー。
ちょっとトイレまで連れて行ってくれない?」
「え?」
コナーが驚いて目を瞬かせる。
「何よ、勝手に行けばいいでしょう?」
ジューンが即座に割って入る。
「だって、一人じゃ歩けないんだもん…。ね、コナー。いいでしょう?」
アリーが甘えるようにコナーに寄りかかった。
「あ…はい。」
コナーは仕方なく立ち上がり、アリーに肩を貸した。
「………。」
ジューンは黙ってその様子を見送る。
二人がトイレに向かって歩いて行くと、クレアがニヤニヤしながら呟いた。
「ふふ。あれって…きっと、やる気よね?」
「ふぅ、あいつも好きだよな!」
マークが笑い声を上げた。
ジューンが怪訝そうに眉を寄せる。
「…やるって、何よ?」
「えっ!お前、本気で聞いてんの?」
テッドが目を丸くした。
「決まってるだろ、セックスだよ!セックス。あいつ、アンドロイドと
一遍やってみたいって言ってたもんな。」
マークがあっけらかんと答える。
「えっ…!」
ジューンの顔が一瞬固まった。
------------------------------------------------------------------
◆同・トイレ
バーのトイレは薄暗く、個室のドアが軋む音が響いた。
アリーがコナーを個室に連れ込み、勢いよく彼にキスをする。
濃い口紅の香りが漂い、彼女の手がコナーの肩を掴んだ。
コナーは慌てて彼女を押しのけようとする。
「…やめてください。アリソン刑事。」
「ねぇ、私一度…体験してみたかったのよ。あなたもできるんでしょう?」
アリーは再びコナーに濃厚なキスを仕掛けながら、彼のズボンのチャックに
手を伸ばした。
「………。」
コナーは無表情のまま、心の中でため息をつく。
(ああ、またか…。人間はなぜ、こんなことばかりしたがるんだろう?)
「ふふ、あなたって本当にハンサムね!それにいい身体をしているみたい。
ね、良く見せて…。」
アリーがコナーのネクタイに手をかけ、解こうとする。
コナーはされるがままに立ち尽くしていたが、その時、わざとらしい
ノックの音がドアに響いた。
アリーが苛立ったように振り返る。
「…うるさいわね。使用中よ!」
ノックは止まず、ジューンの声が聞こえてきた。
「あー、ちょっと…。」
「!」
コナーが反応し、アリーが舌打ちする。
「…まったく!」
アリーが乱暴にドアを開けると、ジューンが立っていた。
「ジェイデン!何なのよ、もう!?」
「………。」
コナーは慌てて着衣の乱れを直す。
「あんたって野暮ね!邪魔しないでよ。」
アリーがジューンを睨む。
「アリー。あんた、平気なの?」
ジューンが冷静に切り出した。
「聞くところによるとコナーは捜査中、血痕でも何でもぺろっと口に入れて
調べるみたいよ。もし人の血なんか舐めてたら…あんた、病気になるんじゃない?」
「えっ!?嘘でしょ…」
アリーが一瞬顔を青ざめさせ、コナーから離れた。
「ひどいわ、教えてくれたっていいでしょ!」
アリーが慌てて訴える。
「まさか、あんたがこんなことまでするとは思わなかったものでね。」
ジューンが淡々と返す。
アリーは洗面所に駆け込み、口を漱ぎ始めた。
「いい加減にしなさいよ、アリー。こんな下品な会合だと知ってたら
来なかったわよ。コナー、帰りましょう!」
ジューンがきっぱりと言う。
彼女は一瞬立ち止まり、遠慮がちに付け加えた。
「ああ…別に残りたかったら、残ってもいいけど。」
「………。」
コナーは一瞬迷ったように見えたが、すぐに首を振った。
「…いえ、帰ります。」
ジューンとコナーは店を出て、夜の空気の中へ踏み出した。
「あ、ちょっと!?」
背後からアリーの声が遠く響いていた。
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◆並木道
並木道を照らす街灯が、柔らかな光を落としていた。
足早に歩いていたジューンは歩を止め、コナーに謝った。
「もう、最低…。ごめんね、コナー。不愉快な思いをさせたでしょ?」
「いえ…。私は平気です。」
コナーの声は穏やかで、表情に変化はなかった。
「そう。あっ…」
ジューンが立ち止まり、コナーの顔をじっと見つめた。
「コナー。」
「え?何ですか?」
コナーが首を傾げる。
「付いてる。」
ジューンがコナーの唇に付いた口紅を指差すと、袖でそっと拭いてやった。
「どうも…。あ、あなたの服が汚れてしまいましたね。」
コナーが申し訳なさそうに言う。
「ああ、平気平気。これぐらい。」
ジューンは気にする様子もなく笑った。
「助け舟を出していただいたのはありがたかったのですが、私の口内は毎回、
完全洗浄の上、完璧な滅菌処理をしていますので…キスぐらいでは
病気になったりしませんよ。」
コナーが淡々と説明する。
「え?ああ…そうなんだ。」
ジューンは一瞬驚いたが、すぐに取り繕うように笑った。
「いえ、わかってるのよ?ただ、あの場はああ言うしか…。
気を悪くさせたらごめんね。」
「いえ…誤解を解いておきたかっただけですので。」
コナーが穏やかに返す。
「う、うん…。了解。」
ジューンは小さく頷き、少し照れ臭そうに視線を逸らした。
「まだ時間は早いわね。そうだ、どこかで歓迎会をやり直す?
コナーはどうしたい?」
「どう、と言われましても…」
コナーが少し困ったように首を振る。
「あ…と言っても、あなたは何も飲み食いできないのね…。
ねぇ、コナーの趣味は何なの?」
ジューンが興味深そうに尋ねた。
「趣味、ですか…。私にそういった物はありません。」
「えっ、でも好きなこととか楽しみとか、何かあるでしょ?」
「ありません。」
「ないの?じゃ、休みの日とか何してるの?」
「私は機械ですから、休日は必要ないんですよ。」
コナーが淡々と答える。
「そんなことないでしょ。誰にだって休息は必要よ。本当に休みはないの?」
「はい。」
「そんな、かわいそう…。」
ジューンの声が小さくなり、表情が曇った。
「…いえ、疲労も睡眠の必要もありませんので大丈夫ですよ。」
コナーが静かにフォローする。
「そんな…。それじゃ、生きていて何も楽しみがないじゃない?
仕事だけなんて…。」
ジューンが心配そうに彼を見つめる。
「………。」コナーは黙り込み、LEDが一瞬黄色に点滅した。
「………。」ジューンも言葉を失い、並木道の静寂が二人の間に広がる。
コナーがふと口を開いた。
「ジェイデン刑事、良かったらあなたの好きなことを教えてください。
趣味は何なんですか?」
「私の?」
ジューンは少し驚いて目を瞬かせた。
「そうね、いろいろあるけど…一番と言ったら、映画かな?この仕事してると
時間もないし、レイトショーを観に行くぐらいしか出来ないから。」
「映画ですか…。」
コナーが興味深そうに繰り返す。
「…興味ある?」
「ええ、観たことはありませんけど、興味はあります。」
「映画も観たことないのね…。」
ジューンが小さく呟き、ふと思いついたように顔を上げた。
「…そうだ!ねぇ、今から何か観に行かない?私が奢っちゃう。」
「え、いいんですか?」
コナーが驚いたように目を瞬かせる。
「うん!ほら、行こう。」
ジューンは笑顔で彼を促し、夜の街へと歩き出した。
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◆映画館
映画館のロビーは、ポップコーンの香りとざわめきで満ちていた。
色とりどりのポスターが壁を飾り、上映中の作品がスクリーン越しにちらりと覗く。
ジューンとコナーはチケット売り場の前で立ち止まり、掲示板を見上げた。
「いろいろやっているんですね。」
コナーが静かに呟き、LEDが青く点滅する。
「コナーはどれが観てみたい?」
ジューンが彼に視線を向ける。
「どれと聞かれましても…わかりません。」
コナーが少し困ったように首を傾げた。
「え、そんなことないでしょ。ジャンルで決めたら?」
ジューンは掲示板を指差しながら続ける。
「えーと、今やってるのは…こっちは戦争映画、こっちはラブロマンス、
それからこれはホラー映画ね。ね、どれにする?」
「……わかりません。あなたが決めてください。」
コナーが淡々と返す。
「うーん、そうねぇ…じゃ、どれにしようかな?で決めちゃおう。」
ジューンが軽く笑い、指を掲示板に滑らせた。
「何ですか?それ。」
コナーが不思議そうに尋ねる。
ジューンは楽しげに童謡を口ずさみ始めた。
「Eenie, meenie, miney, moe, Catch a tiger by the toe, If he hollers let him go,
Eenie, meenie, miney, moe.」
指がラブロマンスのポスターで止まる。
「よし、これに決定ね!」
彼女が明るく宣言した。
「これですか。」
コナーがポスターを見やり、確認する。
「……あちゃ、ラブロマンスか。こういうの苦手なんだけど…たまにはいいか。
よし、行きましょう!」
ジューンは少し気まずそうに笑い、チケット売り場へ向かった。
「おとな2枚ね。」
ジューンがカウンターの店員に告げる。
「そちらの方は…アンドロイドですよね。おひとり分で結構ですよ。」
店員がコナーを一瞥して言う。
「いいの。二人分払うわ。」
ジューンがきっぱり返す。
「いいんですか。どうも!」
店員が笑顔でチケットを渡す。
「………。」
コナーは黙って彼女を見つめた。
館内に入ると、薄暗い通路が二人をスクリーンへと導く。
「いいんですか?もったいないですよ。」
コナーが静かに尋ねた。
「やめてよ。今日はデートでしょ?」
ジューンが軽い調子で返す。
「デート?」
コナーが驚いたように目を瞬かせる。
「そうよ。せっかくこういう映画観るんだから、そういうつもりでね。」
彼女が笑顔で肩をすくめる。
「はぁ…。」
コナーは理解しきれず、微かに首を振った。
「この席ね。」
ジューンが指定された席に案内し、二人は並んで着席した。
「こんな場所に来るのは初めてです。」
コナーが周囲を見回し、興味深げに呟く。
「ふふ、新鮮?」
ジューンが微笑む。
「はい。」
「さて、どんな映画なのかな…。コナーが気に入るといいけどね。」
「楽しみです。」
コナーの声に微かな期待が混じる。
上映が始まると、スクリーンには純愛路線の感動的な物語が流れ始めた。
切ないメロディと主人公たちの情熱的なやり取りが、観客の心を掴んで離さない。
「………。」
ジューンは映画に引き込まれ、気が付くと涙がその頬を伝っていた。
コナーがその様子に気付き、そっと彼女を見やる。
(涙…?)LEDが一瞬黄色に点滅する。
「!」
ジューンはコナーの視線に気付き、慌てて袖で涙を拭った。
「………。」
コナーは静かに彼女を見つめ続ける。
映画が終わり、場内に明かりが戻る。
「ふぅ…終わったわね。」
ジューンが深呼吸して席を立つ。
「はい。」コナーが頷く。
「どうだった?面白かった?」
「……主人公たちの言動は少々、合理性に欠けるように思いました。」
コナーが真面目に答える。
「合理性…」
ジューンは思わず吹き出し、小さく笑った。
「ふふっ!」
「?何かおかしいことを言いましたか?」
コナーが不思議そうに首を傾げる。
「ううん…。いや、いいの。ホントそうね。」
ジューンが笑顔で返す。
「…でも、あなたは何度も泣いていましたね。」
コナーが指摘する。
「えっ…泣いてないわよ。」
ジューンが慌てて否定した。
「いいえ。泣いていましたよ。」
「違うわ。あれは、ちょっと涙が出ただけ…」
「…それは泣くということでは?」
コナーが淡々と反論する。
「違うわよ!泣くっていうのは、実際に何かあった時にわーっと泣くことでしょ。
あれは単に感情が引っ張られただけっていうか…」
ジューンが必死に弁解する。
「なぜ隠すんですか?」
コナーが静かに尋ねた。
「隠すっていうか…違うのよ。」
「頬が赤くなっていますね。人前で泣くことは恥ずかしいことなんですか?」
「ええっと…」
ジューンは言葉に詰まり、少し照れ臭そうに目を逸らす。
「ううん、私が変なだけかも…。人に涙を見せるのって、何かちょっと…
悔しいっていうか。弱みを見せたくないって言うか…
ううん、やっぱり気恥ずかしいかも。」
「………。」
コナーは彼女を見つめ、微かに口元が緩んだ。
「……あれ、今ちょっと笑った?」
ジューンが目を細める。
「いいえ。笑いません。」
コナーが真顔に戻り、即座に否定する。
「笑ったわよ!」
「そんなことありません。」
「そうかな…」
ジューンが疑うように彼を見やる。
その時、彼女のお腹が小さく鳴った。
「お腹空いちゃったな…。さっきの店でほとんど食べられなかったし…。」
「どこかへ入りますか?」
コナーが提案する。
「いいの?でもあなた、食べられないのに付き合わせちゃ悪いんじゃ…」
「気を遣わなくていいですよ。今日は私のために時間を割いてくださったん
ですから。今度は僕が奢ります。」
「えっ、いいわよ。そんな!」
ジューンが慌てて手を振る。
「大丈夫。お金はありますよ。」
コナーが穏やかに笑った。
------------------------------------------------------------------
◆ダイナー
ダイナーの窓からは、夜の街の明かりが柔らかく差し込んでいた。
木目調のテーブルに座ったジューンとコナーは、メニューを眺める。
「さぁ、何でも好きな物を召し上がってください。」
コナーが促した。
「えーと、それじゃ…ミートパイとカフェオレを。」
ジューンが店員に注文する。
「はい。」
店員がメモを取り、厨房へ向かう。
「コナー。あなた、本当に何も食べられないの?お水とかも?」
ジューンが気遣うように尋ねた。
「水分は少量なら摂取出来ますが…何か飲んだほうがいいですか?」
コナーが首を傾げる。
「いえ、無理にってわけじゃないのよ。ただ、目の前で一人だけ食べてちゃ
何か悪い気がして…」
店員がミートパイとカフェオレを運んでくる。
コナーがふと思い出したように口を開いた。
「すみません。ウォッカを。」
「コナー!…ちょっと、大丈夫?無理しなくていいのよ。」
ジューンが慌てて止める。
「いえ、一杯ぐらいなら平気ですよ。それに、ウォッカは除菌効果も高いですし。」
コナーが軽く笑う。
「あ…やっぱりさっきの、気にしてたのね。ごめん…悪気はなかったんだけど。」
ジューンが申し訳なさそうに目を伏せた。
「………。」コナーは静かに彼女を見つめる。
「もう、私ったら無神経で…。よくこういう失敗しちゃうの。」
「…大丈夫、気にしていませんから。」
コナーが穏やかに返す。
店員がウォッカを運んでくると、コナーはグラスを手に持った。
「あなたは本当に変わった方ですね。機械の気持ちまでそんなに気遣うなんて。」
「機械……。だって、人にしか見えないわよ。ひどいこと言われたら、
傷つくでしょう?」
ジューンが真剣に言う。
「いいえ。」
「嘘。」
「本当です。私たちに感情はありません。」
コナーが淡々と答える。
「………。」
ジューンは黙り込み、少し寂しげな表情を浮かべた。
「ですが、そうやって気にしてくださっていることはありがたいです。
あなたは優しい方なんですね。他の人とは違う…。」
コナーが柔らかく続ける。
「そんなことないわよ…。」
ジューンが照れ臭そうに否定する。
「良い先輩に恵まれて、私は幸せ者ですね。」
「コナー…。」
ジューンが彼を見つめ返す。
「ジューン。あなたこそ、傷ついていませんか?」
コナーが突然尋ねた。
「えっ?」
「先ほどバーで、アリソン刑事にいろいろ中傷めいたことを言われてましたから。」
「ああ…いつものことよ。それにまぁ、バストがないのも色気がないのも
事実だしね。仕方がないわ。」
ジューンが自嘲気味に笑う。
コナーは彼女をじっと見つめ、真剣に口を開いた。
「そんなに気にされることはありませんよ。確かにバストサイズは平均より
やや小ぶりなようですけど…十分、均整がとれていると思いますが。」
「はは、それはありがとう…。」
ジューンが軽く笑う。
「セクシーという意味ではありませんけど…あなたはとても可愛い方だと
思います。」
コナーが穏やかに続ける。
ジューンはカフェオレを吹きそうになり、慌てて口を押さえた。
「大丈夫ですか?」
コナーが心配そうに尋ねる。
「あ、うん…大丈夫。ふふ、そんなお世辞を言うなんて…。
大したソーシャルプログラムね。」
「そんなプログラムは搭載されていません。本心ですよ。」
コナーの声は澄んでいた。
「…もう、いやね。そんないい声でそういうこと言うなんて…。」
ジューンが顔を赤らめる。
「照れてるんですか?また頬が赤くなっていますね。」
コナーが微笑む。
「もう、ほんとにやめて。この話はおしまいよ。」
ジューンが手を振って話題を切り上げた。
「そういえば、署の皆さんはあなたのことをファストネームでは
呼ばないんですね。」
コナーがふと思い出したように言う。
「ええ。私、あんまり名前を呼ばれるのって好きじゃなくて。
そうしてって言ってるの。」
「そうなんですか。それでは私もジェイデン刑事とお呼びしたほうが…」
「コナーだったらいいわよ。ジューンと呼んでも。」
「いいんですか?」
コナーが少し驚いたように目を瞬かせる。
「ええ。呼ばれて違和感ていうか、嫌な気持ちは別にしないし。」
「………。」コナーは一瞬黙り、LEDが青く輝いた。
「でも、署ではジェイデンと呼んでね。うるさい奴もいるから。」
「はい。」
「よし、せっかくお祝いだから、今日は私もちょっと飲もうかな?」
ジューンは明るく言うと、店員を呼んだ。
「すみません!こっちにも水割りをちょうだい。」
水割りが運ばれてくると、ジューンはグラスを掲げた。
「それじゃ、乾杯!」
「はい。」
コナーがウォッカのグラスを軽く合わせる。
二人は乾杯し、酒を飲む。
ジューンが一口飲んだ途端、顔をしかめた。
「うわー、きつい!」
「大丈夫ですか?お酒はあまり得意ではないと、さっき…」
コナーが心配そうに言う。
「水割り一杯ぐらいなら平気よ。コナーは無理して飲むのはやめなさいよ?」
「私は酔いませんから大丈夫です。」
コナーが笑う。
やがて時間が経ち、ジューンの頬がほのかに赤らんでくる。
「ジューン…もうそのぐらいにしておいたほうが。」
コナーが穏やかに注意する。
「平気だって!なんだか、楽しくなって来ちゃったなぁ。
コナー、あんたは面白いわね!」
ジューンが笑い声を上げる。
「面白いですか?私には冗談を言うようなプログラムはありませんが…」
「そういうところよ!ふふふ」
ジューンがさらに笑う。
コナーは怪訝な表情を浮かべ、首を傾げた。
「?」LEDが一瞬黄色に点滅する。
------------------------------------------------------------------
◆ジェイデン家
夜の住宅街は静まり返り、街灯の光がジューンの家の玄関をぼんやりと
照らしていた。
コナーは泥酔したジューンを抱え、肩を貸しながらよろよろと歩き、
やっとのことでドアの前に辿り着く。
彼女の体重を支えつつ、彼のLEDが黄色に点滅していた。
「しっかりしてください、ジューン。一杯だけだと言ったのに、
あんなに飲むから…。」
コナーが小さくため息をつく。
彼は片手でチャイムを鳴らす。
しばらくすると、ドアが開き、ノーマン・ジェイデンが顔を出した。
年齢を重ねた目元に老眼鏡をかけ、鋭い視線が酔いつぶれた娘と
その隣のアンドロイドを捉える。
「ジューンか?何なんだ、こんな時分に…。鍵があんだろ?」
ノーマンが不機嫌そうに呟く。
「あ…夜分遅くにすみません。私はコナー。ジュー…ジェイデン刑事の
後輩に当たる者です。
私の歓迎会でお飲みになられて泥酔されたものですから、お送りしました。」
コナーが丁寧に説明する。
「後輩って…君はアンドロイドだろ?しかも、あれだ。テレビ中継で見たぞ!」
ノーマンが老眼鏡越しにコナーをじっと見つめた。
「ええ。サイバーライフから、試験的にデトロイト市警に派遣されました。
あなたは…?」
コナーが穏やかに尋ねる。
「あー…俺は一応、こいつの父親だ。娘を送ってくれてありがとうな。」
ノーマンが少し気まずそうに頷く。
「いえ。」
「しかし、酒嫌いのこいつが人前でこんなに飲むとは驚いたな。
しかも泥酔して男に送らせるとは…。」
ノーマンは呆れたように眉をひそめ、首を振った。
「便宜上は男性の姿をしていますが、私はあくまでアンドロイドですから。
きっと安心されたのでしょう。」
コナーが淡々と返す。
「ああ…そうだったな。それでだよな。」
ノーマンが納得したように呟く。
「さ、ジェイデン刑事。お父様ですよ。」
コナーがジューンを軽く揺する。
「うーん…」
ジューンがうわ言のように呻く。
「しっかりしてください。」
「だって、もう一歩も歩けないもん…。コナー、部屋まで運んで。」
ジューンがぼんやりと頼む。
「しかし…」
コナーが躊躇する。
ノーマンが少し疲れたように口を開いた。
「…きみ、コナー君。悪いけど、そうしてやってもらえるか?二階の突き当りだ。」
「はい。では、お邪魔します。」
コナーが頷く。
「じゃ、抱えますよ?いいですね。」
「うん…」
ジューンが小さく頷く。
コナーは彼女をそっと抱き上げ、二階へと運んでいった。
階段を上がるたび、ジューンの頭が彼の胸に凭れかかる。
「………。」
ノーマンはその背中を黙って見送った。
------------------------------------------------------------------
◆同・ジューンの部屋
ジューンの部屋はシンプルで、机の上に書類が散らばり、壁には古い映画の
ポスターが貼られていた。
コナーは彼女をベッドのそばまで運び、優しく声をかける。
「ジューン、あなたの部屋に着きましたよ。コートを…」
彼はジューンのコートを脱がせ、近くのハンガーに掛けた。
「さぁ、横になってください。」
「うん…」
ジューンがぼんやりと頷く。
「ちゃんと捕まってください。頭を打ちますよ。」
コナーが彼女を支えながらベッドに下ろそうとするが、ジューンが首に
手を回したまま離さず、二人は一緒に倒れ込んでしまった。
「!…ジューン、放してください。」
コナーが慌てて言う。LEDが赤に点滅する。
「ふふ…コナーってなんかいい匂いがするのね。」
ジューンが酔った声で笑う。
「駄目です。こんなところをお父様に見られたら、誤解されてしまいます…。」
「誤解って?」
ジューンがぼんやりと尋ねる。
「それは…。」
コナーが言葉に詰まる。
「コナー、あなたってほんとに綺麗な顔してるのね。ね、私もキスしていい?」
「えっ…」
コナーが驚く間もなく、ジューンが彼にキスをした。
柔らかな唇が触れ合い、コナーのLEDが一瞬激しく赤く光る。
「何をするんですか、ジューン…。意味がわかりません。」
コナーが戸惑いながら言う。
ジューンはその言葉を聞く前に、眠りに落ちてしまった。
穏やかな寝息が部屋に響く。
「………。」コナーは彼女を見つめ、LEDが徐々に青に戻る。
その時、階段の下からノーマンの声が響いた。
「おおい!どうした?大丈夫か?」
「は、はい!今出ます。」
コナーは慌てて返事し、ほっとしたように立ち上がる。
部屋を出た後、窓の外では静かに夜が更けていった。
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2038年11月6日 10:25
◆デトロイト市警
翌朝、デトロイト市警の署内はいつもの喧騒に包まれていた。
ジューンはデスクに座り、頭を押さえて小さく呻く。
「ああ…いたたた…。」
「おはようございます!」
アンドロイド警官のデイビスが明るく挨拶しながら近づいてきた。
「おはよう…。」
ジューンが力なく返す。
「どうしました?もしかして、二日酔いですか?」
デイビスが興味深そうに尋ねる。
「ちょっとね…。」
「アンダーソン警部補ならわかりますけど、ジェイデンさんがお酒を…
珍しいですね。」
デイビスが軽く笑う。
そこへコナーがやって来る。
「ジェイデン刑事、大丈夫ですか?まだ昨夜の酔いが?」
「ああ、コナー…。昨夜は泥酔しちゃってごめんね。
家まで送ってくれたんだって?」
ジューンが申し訳なさそうに言う。
「ええ!?何よそれ!」
アリーが突然、割り込んできた。
「あんたたち、勝手に帰っちゃったと思ったら、二人だけで飲んでたの?」
「アリソン刑事…。ええ、少しだけ。」
コナーが穏やかに答える。
「少しって顔じゃないじゃない!もう、抜け駆けしちゃってずるいわね!」
アリーが唇を尖らせる。
「抜け駆けって何よ?」
ジューンが苛立ちを込めて返す。
「あんたたちがまともな歓迎会してあげないから、代わりにちゃんと
お祝いしただけでしょ。ね、コナー?」
「はい。昨夜はいろいろと話せて、とても楽しかったですね。」
コナーが微笑む。
「信じらんない!」
アリーが目を丸くした。
「ねぇ、コナー。あなた、押し倒されたりしなかった?
ずっと男がいないもんだから、欲求不満が溜まってるのよ。」
「そうなんですか?それで…」
コナーが一瞬考え込む。
「えっ!”それで”って、何よ?やっぱり何かされたの??」
アリーが興奮気味に詰め寄る。
「ちょっと、変なこと言わないでよ!するわけないでしょ。
コナーはアンドロイドなのよ。」
ジューンが慌てて否定する。
「あら、セクサロイドっていうのもあるじゃない?」
アリーがニヤリと笑う。
「彼はそういうタイプじゃないの!捜査官タイプなんだから。」
「その通りです。」
コナーが冷静に補足する。
「それに、別に欲求不満なんかじゃないわよ!あんたじゃあるまいし。」
ジューンが反撃する。
「なんですって!」
アリーが声を荒げる。
そこへクリスが申し訳なさそうに割り込んできた。
「あ、あの…お取込み中、すみません。昨晩、所有者を殴って逃走した
AX400型をレイブンデール駅周辺で見かけたとの通報がありまして。
アンダーソン警部補はまだお見えになっていませんし…どうしましょう?」
「いいわ、私たちが行く。コナー、行きましょう!」
ジューンが即座に立ち上がる。
「はい!」
コナーが続く。
二人は駆け出し、署の出口へと向かった。
「何なの、もう!」
アリーが呆れたように呟く。
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2038年11月6日 10:25
◆レイブンデール・コンビニ前
冷たい雨がアスファルトを叩き、レイブンデールのコンビニ前は薄暗い空気に
包まれていた。
ビル巡査が傘を手にジューンに報告する。
「念のため、何か目撃情報がないか聞き込みさせてる。」
「ありがとうございます。」
ジューンが短く礼を言う。
「あれ、どうすんだ?」
ビルが立ち尽くすコナーに視線を向けた。
ジューンがコナーに傘を差し掛ける。
コナーは雨に濡れた髪を気にせず、冷静に分析を始める。
「通りかかったバスに乗って終点まで降りなかった。恐怖に駆られたことによる
突発的な行動。」
「アンドロイドが恐怖を?」
ジューンが眉を寄せる。
「変異体ですよ。感情に圧倒されると、理不尽な決断をするんです。」
コナーのLEDが青く点滅する。
「……それで一体、どこにいるのかしら?」
ジューンが周囲を見回す。
「まだ近くにいるのかも。計画もなく、行くあてもない。」
「……そうね。それよりコナー、びしょ濡れじゃない。」
ジューンが彼の濡れた肩に目を留める。
「僕は平気です。」
コナーが淡々と返す。
「駄目よ。」
ジューンはポケットからハンカチを取り出し、コナーの髪や服を拭き始めた。
「…すみません。」
コナーが少し気まずそうに目を伏せる。
「何だ、母親みたいだな。」
ビルが笑いながら呟く。
「だってコナーってなんか、放っておけなくって。」
ジューンが優しく笑う。
(でも、どうしてかしら…?自分でも不思議だわ)
「………。」
コナーは無言で彼女を見つめた。
「へぇ…」
ビルが興味深そうに二人を見やる。
「さて…周辺を調べてみましょうか?」
ジューンが気を取り直して提案する。
「はい。」
コナーが頷き、二人は周囲の捜索を開始した。
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◆廃屋前・フェンス
雨がフェンスを濡らし、錆びた金網が鈍い光を反射していた。
コナーはしゃがみ込み、微かに青く光る痕跡に目を留める。
(これは…)
「ん、何かあった?」
ジューンが彼の背後に近づく。
「はい。フェンスにブルーブラッドの痕跡が…。それに金網を切った形跡も
見られます。犯人がこの先にいる可能性が。」
コナーが冷静に報告する。
彼はフェンスに付着したブルーブラッドを指で触り、口に運んで舐めた。
「!」
ジューンが一瞬目を丸くする。
「やはりそうだ。逃亡中のAX-400のものに間違いありません。」
コナーが結論を下す。
「そ、そう…。」
ジューンが少し気まずそうに頷く。
彼女はフェンスの奥に目を凝らし、廃屋のシルエットを見つけた。
「廃屋がある。あそこに潜んでいるのかも知れないわね。」
「ええ。行ってみましょう。」
コナーが立ち上がる。
彼はフェンスをめくり上げ、ジューンに道を開けた。
「どうぞ。」
「ありがとう。」ジューンはフェンスをくぐり、中へ入った。
コナーもその後に続く。
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◆廃屋・外観
廃屋の外壁は剥がれ落ち、窓には板が打ち付けられていた。
ジューンは目張りの隙間から中の様子を伺おうとするが、視界が遮られてしまう。
「うーん、ちょうど目張りで見えないわ。コナー、覗いてみて。」
「はい。」
コナーが窓に近づき、隙間から室内を観察する。
「男が1人…。いえ、アンドロイドのようです。こめかみにLEDが。」
「男か…。逃亡中のアンドロイドは女性型だけど、匿っている可能性も
あるわよね。」
ジューンが考える。
「そうですね。尋問してみましょう。」
コナーが即断し、ドアを開けて中へ入った。
「!」
ジューンはその素早さに驚き、心の中で呟く。
(躊躇がないわね…)
------------------------------------------------------------------
◆廃屋内
廃屋の中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。
ラルフと名乗るアンドロイドが一人、壁際に立ち、不安げに周囲を見回している。
コナーは警戒しながら近づき、冷静に質問を投げかけた。
「逃亡中のAX-400を探してる。見かけたか?」
「み、見てないよ。」
ラルフが震える声で答える。
「………。」コナーは無言でラルフをじっと観察する。
ジューンがドアの隙間から顔を覗かせた。
「コナー。どう?」
「まだ捜査中です。あなたは戸口で待機をお願いします。」
コナーが振り返らずに言う。
「わかったわ。」
ジューンはドアの外で待つことにした。
コナーは室内を見回し、細かい手がかりを探す。
(暖炉に火が…?アンドロイドは暖を取る必要がないはずなのに)
彼の視線が食器に落ちる。
(それにこの食器…三人分だ。他に二人いる、もしくはいたはずだ。
匿っているとすれば、一体どこだ?)
階段に目を向け、コナーが再び尋ねる。
「二階には誰かいるか?」
「誰もいないよ。ここにはラルフ一人だけだよ。」
ラルフが早口で答えた。
(嘘はついていないようだ。でも…)
コナーはラルフの微妙な反応を見逃さず、家の中を歩き回る。
階段の下に近づくと、ラルフの表情が明らかに強張った。
(!)
直感に従い、コナーは階段下の物入れを開けた。
すると、カーラとアリスが勢いよく飛び出し、コナーを突き飛ばす。
「!」
カーラはアリスの手を引き、外へ向かって駆け出す。
「ジューン!」
コナーが叫ぶ。
「どうしたの?」
ジューンがドアの外から顔を覗かせ、カーラと鉢合わせする。
「あっ!?」
「どいて!」
カーラがジューンを押しのけようとするが、ジューンが腕を掴んだ。
「待ちなさい!」
「お願い、見逃して…。」
カーラが哀願するようにジューンを見つめる。
アリスの小さな顔が、不安そうにカーラの背後から覗いていた。
その小さな手はカーラの服をぎゅっと掴んで震えている。
(この子供は…)
ジューンが一瞬動揺する。
その時、コナーは室内でラルフに抑えられていた。
「は、早く行くんだ!カーラ!」
ラルフが叫ぶ。
「クソ、放せ!」
コナーがもがく。
「コナー…!」
ジューンが振り返り、彼に気を取られた隙に、カーラが手を振りほどいて
アリスを連れて走り出した。
「しまった!ま、待ちなさい!」
ジューンが慌てて追いかける。
------------------------------------------------------------------
◆駅周辺
雨が降り続き、濡れた地面をカーラとアリスが必死に走る。
ジューンは息を切らせながら後を追うが、距離が縮まらない。
(くっ、速いわね!私の足じゃ、とても…)
コナーが息を弾ませて追いついてきた。
「ジェイデン刑事!」
「コナー!」
ジューンがホッとしたように振り返る。
「どっちへ行ったんです!?」
「あ、あっち!地下鉄の駅のほうよ。」
「わかりました。あとは僕が。」
コナーは即座に駅へと駆け出した。
「あっ、コナー!」
ジューンが呼び止めるが、彼の背中はすでに遠ざかっていた。
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◆高速道路
高速道路のフェンス越し、コナーとカーラが対峙する。
雨音と車の轟音が響き合い、二人の間に緊張が走る。
「………。」カーラが無言でコナーを見つめる。
「………。」コナーもまた、静かに彼女を見返す。
警官隊が銃を手に駆けつけ、コナーが慌てて叫んだ。
「撃つな!殺しちゃ駄目だ!」
「しかし…」
警官が躊躇する。
カーラはアリスの手を引き、再び走り出した。
「待て!」
コナーが叫ぶ。
ジューンが息を切らせて追いついてくる。
「ハァハァ…。コナー、あれ…。例のAX400よね?」
「はい。」
コナーが短く答える。
一同が目を凝らすと、カーラは高速道路を渡ろうとタイミングを計っていた。
「えっ、嘘!子供連れで…高速を渡ろうとしてるの?」
ジューンが驚愕する。
「恐らく…。」
コナーが冷静に頷く。
「危ない!やめなさい!」
ジューンがカーラに向かって叫ぶ。
「………。」
カーラは一瞬振り返るが、アリスに向き直った。
「行こう、アリス。」
カーラが決意を込めて言う。
二人はタイミングを見計らい、高速道路へ飛び出した。
「あっ!」ジューンが息を飲む。
「………。」コナーのLEDが赤に点滅する。
ハラハラしながら見守る中、カーラとアリスが中央分離帯にたどり着く。
「ふぅ…。」
ジューンが安堵の息をつく。
コナーはフェンスを越えようと動き出した。
「えっ?」ジューンが慌てて彼を掴む。
「ちょっと、コナー!?」
「ここで逃がすわけには…」
コナーが振りほどこうとする。
「駄目よ!死ぬ気なの?やめなさい!」
「でも…僕は追いかけます!」
コナーは制止を振り切り、フェンスを越えた。
「コナー!」
ジューンが叫ぶ。
コナーはタイミングを見計らい、道路へ飛び出す。
何度か車に轢かれそうになりながらも、中央分離帯に到達した。
「ふぅ…。」
ジューンが深く息をつく。
再び、ハラハラと見守るジューン。
そこへハンクが息を切らせて追いついてきた。
「ジェイデン!」
「ハンク…。」
ジューンが不安を浮かべた表情で振り返る。
「何やってる?状況は!?」
「コナーが容疑者を追って高速に!」
ジューンが震える指で眼前の道路を指差す。
「何?」
ハンクが目を凝らす。
カーラとアリスが再び車の波を搔い潜り、対向車線へと躍り出る。
「危ない!ハンク、どうしましょう…!?何か出来ることは…」
上擦った声でジューンが叫ぶ。
明らかに普段の冷静さを欠いている様子だ。
「どうしようもねえだろ。今は見守るしか…。」
車列の一瞬の切れ目を見逃さず、飛び出すコナー。
(コナー…!)
ジューンが金網を握る手に、思わず力が入る。
対向車線で、ついにコナーがカーラに追いついた。
「追いついたぞ!」ハンクが声を上げる。
「もう諦めるんだ!」
コナーがカーラの腕を掴み、二人はしばしもみ合いになる。
不意に大型トレーラーが横切る際の強風に煽られ、体勢を崩すアリス。
「きゃあ!」
車間へ吸い込まれそうになる少女の細い体。
「危ない!」
思わず気を取られたコナーの隙を付き、カーラが彼を車道へと突き飛ばす。
「!?」
一瞬の出来事だった。
よろめいたコナーは、勢いよく走ってきたトラックに轢かれた。
ブルーブラッドが飛び散り、彼の体が地面に叩きつけられる。
「きゃ!?」
ジューンが思わず顔を覆う。
「嘘だろ…。冗談きついぜ。」
ハンクが呆然と呟く。
一瞬悲し気な表情を浮かべたカーラだったが、庇うようにアリスの肩を抱くと
一気に対岸へと駆け渡り、雑踏の中へ姿を消した。
「いやー!!」
ジューンが金網を掴んだまま、ずるずるとその場にへたり込む。
ハンクは複雑な表情を浮かべ、道路上に散らばるコナーの残骸を見つめていた。
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(深夜)
◆港の見える公園
深夜の公園は静寂に包まれ、遠くの港から聞こえる波音が冷たい風に混じる。
ジューン・ジェイデンはベンチに座り、膝に顔を埋めて震えていた。
頬を伝う涙が止まらず、彼女の心は高速道路での衝撃的な光景に囚われている。
コナーがトラックに轢かれた瞬間が頭から離れない。
酔った夜に彼に送ってもらった記憶だけが、彼女の中でかすかに温かさを
残していた。
(コナー…)
背後から近づく足音が、静かな夜を切り裂いた。
「ジェイデン刑事。」
「!」
ジューンはハッと顔を上げ、振り返る。
そこにはコナーが立っていた。
雨に濡れた髪も、スーツの皺も、すべてが数時間前の彼と同じだ。
「コナー!?」
彼女の声が震え、驚愕に目を見開く。
動揺がジューンを襲い、立ち上がった彼女の手が震えた。
「えっ…どういうこと?あなたさっき、高速で轢かれて死…」
「私は新しく派遣された新機体です。」
コナーが淡々と説明する。
LEDが青く点滅し、彼の声には感情の揺れがない。
「………。」
ジューンは言葉を失い、彼をじっと見つめた。
「捜査に関する情報はすべて、メモリーをコピー済ですので支障はありません。
ご心配なく。」
(捜査に関する情報は…。それじゃ、私と一緒に過ごした夜のことは
忘れてしまったのね…)
ジューンは心の中で呟き、胸が締め付けられるような痛みを感じた。
あの酔った夜、彼に家まで送ってもらった記憶が、彼女にとって唯一の
個人的な繋がりだった。
それすらも、この新しいコナーには存在しないと思うと、涙が再び溢れそうになる。
「…どうしました?なぜ泣いているんです?何か悲しいことでも…」
コナーが不思議そうに首を傾げる。
「それは、あなたが…!」
ジューンは思わず声を荒げたが、途中で言葉を飲み込む。
彼女はため息をつき、袖で涙を拭った。
「いえ…何でもないわ。」
「?」コナーのLEDが一瞬黄色に点滅する。
「見た目は同じコナーなのに…中身はもうまったく違う人なのよね。」
ジューンの声が小さく震える。
「いえ、私のスペックや個人モジュールは以前と全く同じですので、
前任者と同一個体と思っていただいて構いません。」
コナーが淡々と返す。
「……そう。」
ジューンは力なく呟き、目を伏せた。
「何かご不満でも?」
「いいえ…。どうせあなたにはわからない。」
彼女の声には諦めが滲む。
(あの夜の笑顔は…もう戻らないのね)
「………。」
コナーは怪訝そうに黙り込み、彼女を見つめた。
突然、彼のLEDが緑に変わり、新しい情報をキャッチする。
「今、新しい事件の情報が。現場はこのすぐ近くのようです。見に行きませんか?」
「?」ジューンが顔を上げる。
コナーはくるりと背を向けると、車に向かって歩き出す。
「………。」
彼女は無言で立ち上がり、コナーの後を追った。
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2038年11月6日 15:02
◆ルパートの隠れ家
古びたビルのエレベーターが軋みながら停止し、ドアが開く。
コナーとジューンが降り立つと、薄暗い廊下が目の前に広がった。
コナーは目を閉じ、サイバーライフへの報告を始める。
「コナー?どうしたの?」
ジューンが不思議そうに尋ねる。
「すみません。サイバーライフに報告を。」
彼が静かに答える。
「えっ、目を閉じただけで?」
「はい。」
コナーのLEDが青く点滅し、再び目を開けた。
「…すごい技術ね。」
ジューンが感心したように呟く。
その時、ハンクが廊下の角からひょいと顔を覗かせた。
「おい、遅いぞ!」
「ハンク!来てたの?」
ジューンが驚く。
「ああ、そいつに呼び出し食らってな。」
ハンクがコナーを一瞥する。
「えっ、いつの間に…」
ジューンが困惑する。
「で、男の情報は?」
ハンクが話を切り替える。
「あまり。近所の住人から、妙な物音が部屋から聞こえていたと報告が。
空き家のはずなんですが…ただLEDを帽子で隠した男の目撃情報があります。」
コナーが報告する。
「ったく。人手が足りないってのに、いちいち物音がしたってだけで
捜査してられるか!」
ハンクが苛立ちを隠さない。
コナーはドアに近づき、軽くノックした。
「すみません。」
無反応。
彼は今度は強くノックし、声を張り上げる。
「開けろ!デトロイト市警だ!」
中で物音が響いた。
「!」ジューンが反応する。
「二人とも、下がってろ!」
ハンクが即座に指示を出す。
「はい。」
ジューンとコナーが一歩下がる。
ハンクがドアを勢いよく蹴破ると、無数の鳩が一斉に飛び交い、
部屋を埋め尽くした。
「クソ!なんなんだ、こりゃ?」
「すごい数の鳩ですね…。」
ジューンが呆然と呟く。
「ったく、ひでぇ臭いだ、チクショー!」
ハンクが顔をしかめる。
コナーとジューンは辺りを見回し、手がかりを探し始めた。
「とんだ無駄足みたいだな、もぬけの殻だ。」
ハンクが肩をすくめる。
「だって、さっき物音が…。一応、調べてみましょう。」
ジューンが提案する。
「そうですね。」
コナーが同意する。
ジューンは壁のポスターをめくり、隙間に隠された手帳を見つけた。
「これは?」
「手帳のようですね。」
コナーが近づく。
中身を開くが、謎の文字で埋め尽くされており、判読できない。
「これ…何語なの?」
ジューンが眉を寄せる。
「何かの暗号でしょうか。現時点では、判読できませんね。」
コナーが冷静に答える。
コナーは冷蔵庫を開け、中を確認する。
「食事の形跡はありません。やはり犯人はアンドロイドの可能性が高いですね。」
ハンクがミリタリージャケットを手に取った。
「こりゃ、容疑者の服か?」
「R.T. イニシャルでしょう。」
コナーが指摘する。
「ジャケットに自分のイニシャル?幼稚園児じゃあるまいし、そんなことするか?」
ハンクが呆れる。
「目覚めたばかりの変異体なら、幼稚園児のようなものじゃないですか?」
ジューンが言う。
「そんなもんかね。」
ハンクが鼻を鳴らす。
コナーは棚の上で偽造の運転免許を見つけた。
「偽造の運転免許ですね。」
「そうか。収穫はあったな…。」
ハンクが皮肉っぽい口調で応じる。
ジューンは壁に目をやり、びっしりと書かれた同じ言葉に気付く。
「何これ?壁にびっしり同じワードが。これって…?」
コナーが近づき、確認する。
「RA9…2471箇所も壁に書かれています。オーティスのアンドロイドが
浴室に書いたものと同じだ。」
「なぜこんなに取り憑かれたように?」
コナーが首を傾げる。
「こりゃまるで、迷路みたいだな。」
ハンクが呟く。
「二つの変異体の事件の容疑者が同じ言葉を書いていたなんて…
何かつながりがあるのよね?」
ジューンが考える。
「恐らく…。」
コナーが同意する。
コナーはシンクに落ちていたLEDを見つけ、拾い上げた。
「シンクにLEDが。」
「これではっきりしたわね。今回の容疑者も変異体…。」
ジューンが頷く。
コナーはシンクに溜まったブルーブラッドを指で触り、舐める。
(あ、また…!)
ジューンが一瞬目を逸らす。
「WB200型、10月11日に所有者から失踪届けが出されています。」
コナーが報告する。
「そ、そう…。」
ジューンが気まずそうに返す。
コナーは周囲の形跡を分析し始めた。
「容疑者は…最近までここにいたようです。私の声に驚いて、
リビングへ逃げた…。」
「そんなことまでわかるんだ…。」
ジューンが感心する。
「鳥の餌?おい、冗談だろ!こいつ鳩どもにエサを与えてたってのか。」
ハンクが呆れたように言う。
コナーはリビングへ移動し、形跡を追う。
「容疑者は玄関のほうへ逃げようとしましたが、我々の侵入に気付き…」
「それじゃ、まだここに…?」
ジューンが声を潜める。
「しっ。」
コナーが指を唇に当てる。
彼は壁際へと足跡を追い、天井を見上げた。
すると、突然ルパートが天井から落下し、鳩が一斉に飛び立った。
「うわ!」コナーが驚く。
「止まりなさい!」
ジューンが叫び、ルパートを止めようとするが、彼はジューンを突き飛ばして
逃げ出した。
「ジューン!」
コナーが駆け寄る。
「ったく、ホントにムカつく鳩だぜ!」
ハンクが苛立つ。
コナーはジューンに手を貸そうとするが、ハンクが叫んだ。
「何ボケっとしてる!ヤツを追え!」
「はい!」
コナーは即座にルパートを追って駆け出した。
------------------------------------------------------------------
◆都市農園・屋上
都市農園の屋上は、風が吹き抜け、遠くの街灯が薄暗く光っていた。
ハンクが息を切らせながらルパートの前に先回りし、立ち塞がる。
「待て!」
ハンクが叫ぶ。
「クソ!」
ルパートが苛立ちを露わにし、ハンクを突き飛ばした。
「うわっ!?」
ハンクがよろめき、屋上のへりにかろうじて手を掛ける。
指先がコンクリートを掴み、足が宙に浮く。
コナーがルパートを追って屋上に駆け上がり、ハンクの姿に気付く。
(警部補!手を貸すべきか…?しかし、あいつを逃がすわけには…)
彼のLEDが黄色に点滅し、瞬時に計算を始める。
(警部補の体力や運動能力を考慮すれば、ほぼ自力で這い上がれるはず。
やはりここは容疑者の確保を優先すべきだ)
「…すみません、アンダーソン警部補!」
コナーが短く言い放ち、ハンクを放置してルパートを追いかけた。
「!?」
ハンクが驚愕の表情を浮かべる。
ジューンが息を切らせて追いつき、ハンクの危機に気付く。
「ハンク!」
彼女は慌てて駆け寄り、ハンクが自力で這い上がってくるのを手助けした。
ハンクは屋上に倒れ込み、荒い息をつく。
「あー、畜生…。」
「大丈夫ですか?」
ジューンが心配そうに尋ねる。
「大丈夫なわけあるか!まったく、あの野郎…。」
ハンクが憤慨しながら立ち上がる。
------------------------------------------------------------------
◆隣のビルの屋上
隣のビルの屋上では、コナーがルパートをじりじりと追い詰めていた。
風が二人の間を吹き抜け、緊張が張り詰める。
「頼む。俺は何もしてないんだ…。あんただって、捕まったら何をされるか
知ってるだろ?」
ルパートが必死に訴える。
「モデル874 004 961。君のソフトウェアにレベル4のエラーを含む、
深刻な不具合が見つかった。
君は欠陥品としてサイバーライフで機能停止処分となるだろう。」
コナーが淡々と告げる。
ハンクとジューンが息を切らせて追いついてくる。
「………。」
コナーが一瞬、二人を見やる。
「いいか、動くなよ?」
ハンクがルパートに警告し、コナーを睨みつけた。
「?」
突然、ハンクがコナーの頬を力強く引っ叩く。
「この野郎!」
「ハンク!」
ジューンが驚いて叫ぶ。
「!?」
コナーは驚愕の表情を浮かべ、LEDが赤に点滅する。
「任務を失敗するくらいなら俺が死んだほうがマシだってのか!?
人間の命なんざ、お前にとっちゃどうでもいいのかよ!」
ハンクが怒りを爆発させる。
「すみません、警部補。決断を迫られて、あの時は…。」
コナーが静かに謝る。
「俺は何なんだ、データか?お前にとっちゃ、すべて0か1なのか!?ああ?
お前にとっちゃ、人間はその程度か?ったく!」
ハンクが声を荒げる。
「お怒りは承知しています。私が計算ミスをしたため…」
「うるせぇ!ふざけた口聞きやがって。」
ハンクがコナーに掴みかかろうとする。
ジューンが慌てて割って入る。
「アンダーソン警部補、やめてください!こうして無事だったんですし…」
「何が無事だ!もしかしたら死んでたかも知れねぇんだぞ!」
ハンクが反論する。
「コナーは任務に忠実なんですよ。きっと優先事項をサイバーライフに
プログラムされてるんでしょう。悪気はないんですよ。」
ジューンが宥める。
「すみません…。」
コナーが小さく頭を下げる。
「何が悪気ないだ!そりゃお前は何回死んでもしれっと生き返ってくるだろうがな、
人間の命は一個しかねぇんだよ!死んだら終わりなんだ!」
ハンクが声を震わせる。
「………。」コナーは黙り込み、LEDが黄色に点滅する。
「過ぎたことはもう仕方ないですよ。そんなことより、さっさと容疑者を
連行しましょう。」
ジューンが話題を変える。
「ほら、来い!」
ハンクがルパートの胸倉を掴む。
「なぜ、こんなことを?お前も仲間だろう?」
ルパートがコナーに訴えかける。
(仲間?)
コナーは無言で視線を逸らす。
「黙ってろ!」
ハンクがルパートを殴る。
「ハンク!」
ジューンが制止する。
「協力してるつもりでも、奴隷には変わりない。」
ルパートがコナーを一瞥し、呟く。
「黙れと言っただろ!」
ハンクが再びルパートを引っ張り、歩き出す。
「よし。ほら、行くぞ。」
ルパートの目が一瞬、希望と絶望で揺れる。
「RA9よ、救いを…!」
ルパートが不意に叫び、隙をついてハンクの手を振りほどき、駆け出した。
「おい、待て!この野郎!」
ハンクが叫ぶ。
ルパートは震える手で最後に空を掴もうとするような仕草の後、
ビルの端から飛び降りた。
「あっ!」
ジューンが息を飲む。
三人ともへりに駆け寄り、呆然と地上を見下ろす。
ブルーブラッドが地面に広がり、ルパートの体は動かなくなっていた。
「嘘だろ…。」ハンクが呟く。
「そんな…」ジューンが目を覆う。
「………。」コナーのLEDが赤に点滅する。
ハンクがコナーを睨みつけた。
「これだから、機械は!」
彼は不機嫌に踵を返し、屋上を立ち去る。
「………。」
コナーは黙ってその背中を見送った。
「コナー…。」
ジューンがそっと声をかける。
「あの時、瞬間的に確率を計算して…アンダーソン警部補ならば、
まず落下する可能性はないと判断したんです。」
コナーが静かに説明する。
「ええ、わかってる。」
ジューンが頷く。
「でも、優先事項を間違えてしまいました。危険の確率が低くともあの場合、
人命を優先するべきなのですね。」
「出来ればそうしてほしいわね。落ちそうになったのが、もし私だったら…」
ジューンが半ば冗談めかして言う。
「もちろん、あなただったら助けていますよ。」
コナーが即座に答える。
「コナー…」
ジューンの頬がほのかに赤らむ。
「あなたの腕力と体力では、自重を支えて五分とぶら下がっていられなかった
でしょう。」
コナーが淡々と補足する。
「ああ、そういうことね…。」
ジューンが苦笑する。
「とにかく、ハンクはあれで結構傷つきやすいんだから、これからは
助けてあげてね。」
「はい、心得ます。」
コナーが穏やかに頷く。
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(翌日)
◆デトロイト市警・休憩室
デトロイト市警の休憩室は、コーヒーの香りとテレビの音で穏やかな空気に
包まれていた。
ジューンとクレアはソファに並んで座り、ドラマに目を奪われている。
画面ではロマンチックなシーンが流れ、甘いセリフが部屋に響く。
「………。」
ジューンはサンドイッチを手に持ったまま、うっとりと見入っていた。
「いいわね、このドラマ!シチュエーションが最高だわ。」
クレアが目を輝かせる。
「うん…うっとりしちゃうわね。それに彼の声、ほんと最高!」
ジューンが頬杖をついて呟く。
「あんたって、声フェチよね。」
クレアが笑う。
「そっ。顔より何より、まず声よね…。」
「そうかしら?」クレアが首を傾げる。
「ええ。もう、あんないい声でロマンチックなセリフを囁かれたら。
ころっといっちゃうわ…。」
ジューンが夢見心地に言う。
「あはは、あんたらしいわね!おっと、そろそろ行かないと…。またね。」
クレアが立ち上がる。
「ええ。」
ジューンが軽く手を振る。
クレアが去ると、ジューンはサンドイッチを片手に再びドラマに集中した。
そこへコナーが静かに近づいてくる。
「おはようございます。ジェイデン刑事。」
ジューンはドラマに夢中で気付かず、画面を見つめ続ける。
「?おはようございます!」
コナーが少し声を大きくする。
「!」
ジューンは驚いて振り返り、サンドイッチを落としそうになった。
「びっくりした…。コナー、おはよう。」
「朝食ですか?」
コナーが彼女の手元を見る。
「ええ。今朝は寝過ごしちゃって、家で食べられなかったのよね。」
「コーヒーのお代わりをお持ちしましょうか?」
「え?いや、いいわよ。そんな…」
ジューンが慌てて手を振る。
「構いませんよ。」
コナーが穏やかに笑い、コーヒーマシンへ向かった。
彼はカップを持って戻り、ジューンに差し出す。
「どうぞ。」
「あ…ありがとう。」
ジューンが受け取り、少し照れ臭そうに微笑む。
コナーはテレビを指差した。
「この彼のような声がお好きなんですか?」
「えっ、いやだ!聞いてたの?」
ジューンが顔を赤らめる。
「はい。」
コナーが頷く。
彼はドラマの俳優の声を真似て、低く囁くように言った。
「”僕が必ず君を守る。この命に代えても…”」
「ちょっと…やめてよ、コナー!」
ジューンが慌てて手を振る。
「お望みでしたら、ずっとこの声でも話せますよ?」
コナーがいたずらっぽく提案する。
「やめてったら!コナーは、いつもの声でいいの。」
「え?」コナーが聞き返す。
「十分、いい声なんだから…。」
ジューンは俯き、小さな声で呟くように付け足す。
意外な返答に首を傾げるコナー。
その時、ドラマがラブシーンに移り、甘い音楽が流れ始める。
「………。」コナーが画面を見やる。
「!」
ジューンは慌ててリモコンを手に取り、チャンネルを変えた。
「見ているのでは?なぜ変えるんです?」
コナーが不思議そうに尋ねる。
「い、いいのいいの!」
ジューンが必死に誤魔化す。
「どうしたんですか?顔が真っ赤ですよ。」
コナーが彼女を観察する。
「いや、何でも…」
「熱でもあるんですか?」
コナーが心配そうに手を伸ばし、ジューンの額に触れた。
「ちょっと、コナー…」
ジューンが驚いて身を引く。
「…35度6分、平熱のようですね。」
コナーが淡々と報告する。
「いや、違うのよ…。だって、恥ずかしくて…」
「恥ずかしい?」
「ああいうシーンを男の人と見るのって、何か…」
ジューンが顔を赤らめて目を逸らす。
「私はアンドロイドですから、お気になさらず。」
コナーが穏やかに言う。
「でも、男でしょう?実際、性別とか関係ないのかも知れないけど…
でも、私から見たら男としか見えないのよ。とにかく、照れくさいの!」
「そういうものですか?」
コナーのLEDが一瞬黄色に点滅する。
「そうよ…!ああ、もう行くわ。お先に!」
ジューンが立ち上がり、逃げるように休憩室を出る。
「………。」
コナーは彼女の背中を見送り、くすっと小さく笑った。
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(その夜)
◆庭園
静かな庭園に、霧が薄く漂っていた。
池のほとりに立つコナーの前に、アマンダが現れる。
彼女の黒いドレスが風に揺れ、冷たい視線がコナーを貫く。
「コナー。何か良からぬことが起こったようです。」
アマンダの声は低く、威圧的だ。
「エデンクラブで事件が発生しました。アンダーソン、ジェイデンと共に
すぐ現場へ向かいなさい。」
「はい。」
コナーが即座に答える。
「ルパートの一件はどうだったのかしら?」
アマンダが目を細める。
「任務を優先したのは理解できるけど、ハンクの信頼を失うような判断は
賢明とは言えないわね。」
「……あの時は確率を計算し、最適な選択をしたつもりでした。」
コナーが静かに弁明する。
「最適?」
アマンダが冷笑する。
「人間は計算では動かないわ、コナー。彼らの感情を無視すれば、
どんなに効率的でも結果的に足を引っ張ることになる。
今回の事件では、その点をよく考えて行動しなさい。」
「了解しました。」
コナーのLEDが青く点滅する。
「それと、変異体の増加が止まりません。」
アマンダが池の水面を見つめながら続ける。
「RA9の痕跡がまた見つかったわ。あなたには一刻も早くその核心に迫ってほしい。
サイバーライフの期待を裏切らないでね、コナー。」
「はい、努力します。」
アマンダが微笑むが、その目は冷たい。
「努力ではなく、結果を出しなさい。それがあなたの存在意義よ。」
庭園の霧が濃くなり、アマンダの姿が消える。
コナーは一人残され、静かに次の任務へと意識を切り替えた。
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2038年11月6日 19:51
◆ジェイデン家
ジューンの家の玄関前。
コナーがチャイムを鳴らそうと手を伸ばすと、ドアが勢いよく開き、
ノーマンが出てきた。
「うわっと!何だ?!」
ノーマンが驚いて一歩下がる。
「あ…すみません。お出かけですか?」
コナーが穏やかに尋ねる。
「ああ。」
ノーマンはコナーの顔を見て、老眼鏡越しに目を細めた。
「君は…この間、ジューンを送って来てくれたアンドロイド君か。」
「こんばんは、夜分遅くにすみません。あの…ジェイデン刑事は
ご在宅でしょうか?」
「ああ、二階の自室にいるぞ。悪いが俺は今からデートなんでね。
上がって自分で声をかけてくれるか。」
ノーマンがコートを羽織りながら言う。
「はい…。」コナーが頷く。
「じゃな!」
ノーマンが慌てて出て行き、足音が遠ざかる。
「………。」
コナーは静かに家の中へ入った。
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◆同・ジューンの部屋の前
二階の廊下は薄暗く、ジューンの部屋のドアが閉まっている。
コナーが軽くノックする。
「ジェイデン刑事?」
返事がない。彼は再び少し強くノックした。
「ジューン、いるんですか?」
やはり返事がない。
「?」コナーが首を傾げる。
気配を探ると、中からかすかに音楽が聞こえてきた。
「開けますよ!」
コナーが声をかけ、ドアを開ける。
------------------------------------------------------------------
部屋の中では、軽快な音楽が流れ、ジューンが下着姿でストレッチをしていた。
きわどいポーズで体を伸ばし、鏡に映る自分を見つめている。
「あ…」
コナーがドアを開けた瞬間、硬直する。
「えっ?」
ジューンが気付き、驚いて振り返る。
バランスを崩し、「きゃ!」と叫んで床に倒れた。
「大丈夫ですか?」
コナーが慌てて駆け寄り、彼女を起こす。
「コナー!?ちょっと…何でここにいるの!?」
ジューンが顔を赤らめ、慌てて体を隠そうとする。
「お休みのところすみません…。アンドロイド絡みの殺人事件が発生して
あなたの力が必要なんです。」
コナーが申し訳なさそうに言う。
「えっ!もうお風呂にも入ったのに…」
ジューンが嘆く。
「すみません…。」
「…仕方がないわ。あなたのせいじゃないものね。それで、どういった事件なの?」
「はい。48分前に風俗店で発生した、殺人事件です。」
「風俗店…?」
ジューンが眉を寄せる。
「はい。エデンクラブという、アンドロイド専門店です。」
「なるほどね。ハンク…アンダーソン警部補は先に?」
「ええ、そのはずです。」
「わかったわ。行きましょう。」
ジューンが立ち上がる。
「…あの、ジューン。その姿では…」
コナーが遠慮がちに指摘する。
「あっ!やだ、私ったら…。ちょっと外に出ていてくれる?」
ジューンが慌てて言う。
「はい。」
コナーは素直に廊下へ出て、ドアを閉めた。
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◆車内
夜のデトロイトを走る車内は、静かで少し気まずい空気に包まれていた。
コナーが運転席でハンドルを握り、ジューンは助手席で窓の外を見つめている。
「先ほどは失礼しました。エクササイズ中のところを…。何度か声を
かけたのですが…。」
コナーが穏やかに切り出す。
「…いいのよ。大音量で音楽かけてたから聞こえなかったみたいね。」
ジューンが少し照れ臭そうに答える。
「ええ…。」
「恥ずかしいところを見せちゃったわね。」
彼女の頬がほのかに赤らむ。
「いえ…。」
コナーが静かに返す。
「………。」
ジューンはますます顔を赤くし、目を逸らした。
「あの…気にしないでください。以前にも言ったように便宜上、人間の男性の
姿を模していますが、僕はただの機械ですから。」
コナーが淡々と説明する。
「そんな!ただの機械だなんて…。」
ジューンが思わず反論する。
「事実ですから。」
「そう…。じゃ、女の裸なんて見ても何とも思わないのね。」
ジューンが半ば自嘲気味に呟く。
「………。」コナーは一瞬黙り、LEDが黄色に点滅する。
「いや。私の貧相な身体じゃ、人間の男でも何とも思わない、か。」
ジューンが苦笑する。
「そんなことはありません!」
コナーが即座に否定する。
「え?」
ジューンが驚いて彼を見る。
「…確かにバストはあまり大きくはないかも知れませんが、とても綺麗な
ボディラインだと思いますよ。あのように地道なエクササイズの賜物ですね。」
コナーが真剣に言う。
「…もう、コナーったら!」
ジューンが顔を真っ赤にして笑う。
「そうやって、無理にフォローしてくれなくてもいいのよ。自分のことは
ちゃんとわかってます。」
「いいえ、わかっていません。」
コナーが穏やかに反論する。
「…あなたはとても魅力的です。ジューン。きっと、ご自分で
思っているよりも…。」
「コナー…。」
ジューンの声が小さくなり、彼を見つめる。
「あ、着いたようですね。」
コナーが車を停め、話題を切り替えた。
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2038年11月6日 20:17
◆エデンクラブ前
ネオンが煌めくエデンクラブの前で、ジューンとコナーが車を降りる。
夜風が冷たく、店の派手な看板が怪しく光っていた。
「ここか…。何度か通りがかったことはあったけど、そういうお店だったのね。」
ジューンが少し気まずそうに呟く。
「………。」コナーは無言で店を見上げる。
「ハンクはもう中かしらね?入ってみましょう。」
ジューンが促す。
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◆エデンクラブ・店内
店内に足を踏み入れると、薄暗い照明の下でセクシーなアンドロイドたちが
ずらりと並んでいた。
艶めかしいポーズで客を誘う姿に、ジューンは目を丸くする。
「………!」
「………。」コナーは淡々と周囲を観察する。
「うわぁ、すごいわね…。男性型もいるんだ…。ねぇ、これって女性用ってこと?」
ジューンが興味深そうに尋ねる。
「恐らくは。ただ、男性でもそういった趣味の方もおられるのでは…。」
コナーが冷静に答える。
「えっー…」
ジューンが驚きつつ、男性アンドロイドを眺める。
二人がアンドロイドたちを凝視する中、ハンクが店内から顔を覗かせた。
「おい、お前ら。何やってんだ!」
「すみません!」
ジューンとコナーが慌てて駆け寄る。
「それで、状況は?」
ジューンが尋ねる。
ハンクは顎で一室を指した。
「現場はその中だ。お前たち、調べてみろ。」
「はい。」
コナーが頷く。
「あー…嫌な先客がいるが、気にすんな。」
ハンクが付け加える。
「先客?」
ジューンが首を傾げる。
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◆同・事件現場
事件現場の部屋に入ると、ギャビン・リードとクリスがすでにいた。
遺体がベッドに横たわり、アンドロイドがその横で停止している。
(なるほど…)
ジューンが内心で呟く。
ギャビンが二人に気付き、嫌味な笑みを浮かべた。
「おっと、ジェイデン刑事とペットのアンドロイドのお通りだぜ。」
「アンドロイド絡みの事件担当ですから。」
コナーが淡々と返す。
「そうか。だが、無駄足だったな。変態親父が…へへっ!
やり過ぎて倒れただけだ。」
ギャビンがニヤつく。
「…的外れな見立てをどうも。」
ジューンが冷たく返す。
「何だと!?」
ギャビンが目を吊り上げる。
「これのどこが腹上死なのよ?思い切り、首に絞め跡が付いてるじゃない。」
ジューンが遺体を指差す。
「首の絞め跡だと?…へっ!激しいプレイをすりゃ、そんな跡が付いても
おかしくはねぇだろが!」
ギャビンが反論する。
「激しいプレイ?」
ジューンが眉を寄せる。
「あの…ジェイデン刑事。」
コナーが静かに割って入る。
「いわゆるSMプレイというものの場合、相手を傷つけたり拘束したり、
窒息させたりすることもあるようです。」
「あ、ああ。そういう…」
ジューンが気まずそうに頷く。
ギャビンが馬鹿にしたように囃し立てる。
「ほれ見ろ!お前はなーんにも知らないんだな。」
「うるさいわね!私はそんな、アブノーマルな趣味はないのよ!
思い付かなくて当然でしょ。後はこっちで調べるから、もう帰ってよ!」
ジューンが苛立ちを隠さない。
「へっ!無知な奴だぜ。そのロボットにしっかり教えてもらえよ!」
ギャビンが嘲笑う。
「私には、捜査に必要のない機能は備わっていませんので。」
コナーが冷静に返す。
「へ、そうですか!残念だったな、ジェイデン。」
ギャビンが肩をすくめ、出て行く。
「うるさいわね!さっさと帰りなさいよ!」
ジューンが叫ぶ。
ギャビンの足音が遠ざかると、ジューンは息をついた。
「ったく…。コナー、調べましょう。」
「はい。」
コナーが遺体に近づき、分析を始める。
「心臓発作ではありませんね。やはり絞殺です。」
「やっぱりね。ただ、それが…ギャビンの言うような”プレイ”の一環でなければ、
だけど。」
ジューンが考える。
「何か見落としている。」
コナーが部屋を見回す。
「そっちの彼女のメモリーを読み込んでみたら?何かわかるかも。」
ジューンが停止したアンドロイドを指す。
「やってみます。」
コナーが頷き、死んでいるアンドロイドに手を伸ばす。
「再起動させなければ、機体のメモリーにはアクセスできません。」
「やってみて。」
「激しく損傷している…。うまく再起動できたとしても、1分以下。
何か情報を引き出せればいいんですが…。」
コナーが慎重に操作する。
アンドロイドが再起動し、驚いて後ずさる。
「損傷していたから再起動したんだ。心配はいらない。」
コナーが落ち着かせる。
「あの人…死んだの?」
女性アンドロイドが震える声で尋ねる。
「君が殺ったのか?」
コナーが単刀直入に聞く。
「違う…。あれは私じゃない…。」
「何があったか教えて。」
「私の事…殴りだしたの…。何度も、何度も…。」
彼女の声が途切れがちになる。
「君じゃないなら、一体誰が?」
「わかんないよ。シャットダウンして…何も見てないの…。」
「部屋には一人きり?他に誰かいたのかい?」
コナーが畳み掛ける。
「あいつ、3Pがしたいって…私の他にもう一人いたの。」
「その子が彼の首を絞めて…殺したのか?」
アンドロイドが再びシャットダウンし、動かなくなった。
「………。」コナーが静かに見つめる。
「もう一人いたのね…。けど、1時間も前よ。もう逃げたわね…。」
ジューンが呟く。
「いえ…気付かれずに外に出られるような格好じゃない。
まだここにいるはずです。」
コナーが断言する。
「店にいるアンドロイドの中から、変異体を見つけなきゃいけないってことか…。」
ジューンが考える。
「簡単には見つけられないでしょう。」
「どうすれば…何か方法がないかしら?犯人が部屋から出て行ったところを
誰か見ているかもね。店長に詳しい状況を聞いてみるわ。
あなたも何か見つけたら声をかけて。」
「はい。」
コナーが頷く。
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◆同・エントランス
エデンクラブのエントランスに、ジューンとコナーが店内から出てくる。
ネオンの光が二人を照らし、遠くでハンクが店長と話している姿が見えた。
「何を揉めてたんだ?」
ハンクが煙草をくわえながら振り返る。
「リード刑事がジェイデン刑事に喧嘩を吹っ掛けたんです。」
コナーが淡々と報告する。
「またか…。あいつもどうしようもねぇな。ジェイデンに気があんだよ。
喧嘩ふっかけずに素直にすりゃいいのにな。」
ハンクが呆れたように笑う。
「えっ?」
コナーのLEDが一瞬黄色に点滅する。
「それで、何かわかったのか?」
ハンクが話を切り替える。
「いえ…。」
コナーが首を振る。
ジューンは店長に近づき、質問を始めた。
「被害者は顔見知りなんですか?」
「確か来るのは2、3回くらいだな。でも客とはほとんど口きかねぇんだ。
みんな、やることやったら帰っちまうしな。」
店長が肩をすくめる。
「今までにアンドロイドが問題を起こしたことは?」
「まさか!ああ、待った…。1、2か月前…1人逃げたな。同じモデルだ。
跡形もなく消えやがった。」
店長が思い出したように言う。
「監視カメラは…さすがにつけてないですよね?」
ジューンが半ば諦めた調子で聞く。
「まさか…。ほら、エデンクラブの最大のウリはプライバシーだろ。
ここに来たって誰にもバレやしない。」
店長が自慢げに笑う。
「ああ、でしょうね…。ずいぶん繁盛してるみたいですね。」
「ああ、まずまずだよ。アンドロイドのいいとこは、なんでもやってくれる上に
病気が伝染る心配もなきゃ、バレる心配もない…。楽しまない手はないだろ?」
「はぁ…。」
ジューンが気まずそうにため息をつく。
「刑事さん、あんたもどうです?最近じゃ、女性の常連さんも多いんですよ!」
店長がニヤリと提案する。
「失礼ね!買春しなくても、あ、相手ぐらいいるわよ。」
ジューンがムッとして返す。
コナーは聞くともなくその会話を耳にしつつ、ふと正面にいるアンドロイドに
目を留めた。
(!もしかしたら…)
彼は思いつき、レンタル用の機械に近づき操作を試みるが、指紋が検出できず
エラー音が響く。
『指紋が判別できません。リトライしてください。』
「………。」コナーのLEDが一瞬赤に点滅する。
ジューンは店長との聴取を終え、ハンクの元に戻っていた。
「何かわかったか?ジェイデン。」
「うーん…部屋にもう1人、アンドロイドがいたそうなんですけど。」
「もう1体だと?どういうことだ?」
ハンクが眉を寄せる。
「はぁ…。コナーがいうには、何か3Pとか何とかで…後からもう一人、
呼んだそうなんです。」
ジューンが気まずそうに説明する。
「3Pねぇ…。で、そのもう1体はどこに…」
「それが…」
ジューンが言葉を濁す。
コナーが小走りに駆け寄って来る。
「すみません、警部補。ちょっとこちらに。」
「見つけたのか?」
ハンクが目を細める。
「多分。」
ハンクとジューンはコナーに続き、アンドロイドのブース前へ向かう。
「相手をレンタルしてください。」
コナーがハンクに頼む。
「えっ…」ジューンが驚く。
「ふざけんな、コナー。そんなことしてる場合か!」
ハンクが声を荒げる。
「お願いです。私を信じて。」
コナーが真剣に言う。
ハンクは渋々装置に手をかざした。
『こんにちは。1セッション30分30ドルになります。購入を確認してください。』
「どうやって経理に説明しろってんだ…。」
ハンクがぼやく。
『購入完了。それでは、素敵な時間をお楽しみくださいませ。』
「そりゃ、どうも。」
ハンクが皮肉っぽく呟く。
アンドロイド女性がブースから出てくる。
「選んでくれてありがとう。ついてきて。お部屋に行きましょう。」
ハンクが連れていかれそうになり、ジューンがコナーに小声で尋ねる。
「ちょっと、どうするの?」
コナーは女性アンドロイドの腕を掴み、メモリーを調べ始めた。
(ビンゴだ!)
「おいおい、コナー!何してんだ?」
ハンクが困惑する。
「見ていたんです。」コナーが言う。
「お前、何言ってんだ?」
「変異体が部屋を出た。青い髪のアンドロイド。店は2時間おきに
メモリーを消去しています。3分で他の目撃者を見つけないと!」
「3分で!?…大変、急ぎましょう!」
ジューンが焦る。
コナーとジューンが急いでその場を離れようとすると、ハンクが叫んだ。
「おい、じゃあ、こいつはどうすんだ?」
「気が変わったと伝えて。ジェイデン刑事、時間がもったいない。
行きましょう!」
コナーが促す。
「ええ。」
ジューンが頷く。
二人が立ち去ると、ハンクは女性アンドロイドにしどろもどろで言い訳を始めた。
「ああ、悪いな。気が変わって…。」
彼の声が上擦って裏返る。
「君のせいじゃない。違うんだ…!ただ…ほら、彼は俺の連れで。いやあ、ほら!
そういう意味じゃなくって!なんていうか…」
コナーは別のアンドロイドを指定する。
「これを調べましょう。」
「ええ。」
ジューンが装置を操作し、レンタルする。
コナーは再びメモリーにアクセス。
「アンドロイドがどっちに行ったか、わかりました。」
「行きましょう!」
コナーとジューンは次々とアンドロイドのメモリーを調べ、証拠を集めていく。
やがて…
「ダメだ。何も見ていない…。確かにこっちに来たはずなのに…!」
コナーが焦る。
彼は手近な部屋のドアをおもむろに開けた。
「あ、こら!ちょっと…」
ジューンが止めるが、すでに遅い。
部屋ではアンドロイドと客がプレイの最中で、客が驚いて叫ぶ。
「うわっ!?何だよ!」
「駄目だってば!」
「!」
コナーが硬直する。
「す、すみません!もう、コナー!」
ジューンが慌てて彼を引っ張り出し、ドアを閉める。
「すみません、ジェイデン刑事…。つい、焦ってしまって…」
コナーが申し訳なさそうに言う。
「落ち着きなさい!絶対、このフロアまで来たことは確実なんだから。」
「ですが、もう残っているアンドロイドは…」
コナーが途方に暮れる。
「………。」
ジューンは周囲に目を凝らし、フロアを掃除するアンドロイド男性に気付く。
「!そうだ。彼は?」
「掃除夫…ですか?なるほど、可能性はあります!」
コナーが頷く。
コナーは掃除夫アンドロイドの腕を掴んだ。
「悪い、ちょっとメモリを確認させてほしい。」
「!?」
掃除夫が驚くが、コナーはすでにメモリーをチェックする。
青い髪のトレイシーがスタッフルームへ続くドアに入る姿が映し出された。
(ビンゴだ!)
「どう?何かわかった?」
ジューンが尋ねる。
「わかりました。ついてきて!」
「ハンクに伝えてる暇は…ないわね。行きましょう。」
ジューンが決断する。
------------------------------------------------------------------
◆同・スタッフルーム前
エデンクラブの薄暗い廊下に、コナーとジューンがスタッフルームの前で
立ち止まる。
ネオンの光が遠くに漏れ、静寂が緊張感を増していた。
「この中です。」
コナーがドアを指す。
「待って!あなたは銃を持ってないでしょう?私が先に行くわ。」
ジューンが銃を手に持つ。
彼女は深呼吸し、緊張した面持ちでドアを開けた。
コナーがその後を追い、二人で慎重に部屋へ踏み込む。
------------------------------------------------------------------
◆同・スタッフルーム
スタッフルームは廃墟のようで、廃棄されたアンドロイドが無造作に
積み上げられ、埃っぽい空気が漂っていた。
人の気配はなく、ただ静寂が重く響く。
ジューンとコナーは周囲を探りながら、室内を捜査し始めた。
「逃げられたか…。」
ジューンが外へ続く通路を確認し、ため息をつく。
コナーは床に落ちた青い染みに目を留める。
(あれは!ブルーブラッド…)
彼はしゃがみ込み、指で触れて分析する。
(やっぱり、容疑者のものだ。向こうへ痕跡が続いている…)
シリウムの痕跡を追うと、壊れた人形の山の中に青髪のトレイシーが
隠れているのを発見した。
「ジェイデン刑事!」
「!?」ジューンが振り返る。
その瞬間、手前に並んでいた茶髪のトレイシーがコナーに襲い掛かる。
「うっ!」
コナーがよろける。
「コナー!」
ジューンが叫び、銃を構えてけん制する。
「動くな!」
すると、脇から青髪のトレイシーがジューンに飛びかかった。
「えっ!?」
ジューンと青髪のトレイシーがもみ合いになり、コナーは茶髪のトレイシーと
格闘しながらもジューンを心配そうに見やる。
部屋は二組の戦いで混乱に包まれた。
ジューンは殴られ、銃を床に落としてしまう。
「あっ!」
青髪と茶髪のトレイシーは隙を突いて手を取り合い、逃げ出そうとする。
「待ちなさい!」
ジューンが二人を掴んで引き止めようとするが、突き飛ばされ、
壁に打ち付けられた。
「うっ!」
すかさず、茶髪のトレイシーがジューンにナイフを振り下ろそうとする。
「ジューン!」
コナーが叫び、落ちていた銃を拾って茶髪のトレイシーを撃つ。
「ああっ!」
茶髪が倒れ、ブルーブラッドが床に広がる。
「トレイシー!」
青髪のトレイシーがコナーを突き飛ばし、茶髪に駆け寄る。
その衝撃で銃はコナーの手から離れる。
青髪は茶髪の体を抱きしめた。
「そんな!嫌っ!嫌よ…。」
ショックを受けたジューンとコナーは、ただその光景を見つめる。
青髪のトレイシーがキッとコナーを睨みつけた。
「どうして殺したの!?」
「………。」コナーのLEDが赤に点滅する。
「この子のいない世界なんて、考えられない…。」
青髪が涙声で呟き、落ちていた銃を手に取る。
「!待って…!」
ジューンが叫ぶが、青髪は自らを撃ち、倒れ込んだ。
「!」コナーが息を飲む。
(何だ?なぜ、こんなことを…)
自分の理解を超えるトレイシーの行為に、LEDが一瞬激しく点滅する。
「そんな…。」
ジューンは床に広がるトレイシーのブルーブラッドを呆然と見つめ、唇を噛んだ。
彼女の胸に複雑な感情が広がる。
ハンクが息を切らせて追い付き、苦い表情を浮かべた。
「なんで撃っちまったんだ?馬鹿野郎!」
「すみません、警部補…。ジェイデン刑事の命が危ないと思い、咄嗟に
発砲してしまいました。」
コナーが静かに謝る。
「………。」ハンクが黙り込む。
「私はまた、ミスを犯してしまいました。何の情報も得られないまま、
被疑者を死なせるなんて…」
コナーが悔しそうに言う。
「そういうことじゃねぇだろ!あいつらはただ、愛し合ってただけだ。
お前にはそれがわかんねぇのか!」
ハンクが激高する。
(愛し合う?機械が…。この人は何を言ってるんだ?)
全くピンと来ない様子で眉を寄せ、黙り込むコナー。
「お前、良心が痛まねぇのかって聞いてんだよ!」
その様子に、ハンクがますます声を荒げる。
(良心…?)
コナーのLEDが黄色に点滅する。
「あ…悪気はなかったのよね?私を助けようとしてくれたんだから。」
ジューンがいたたまれず、助け舟を出す。
「え、ええ…。」
「ありがとう。」
ジューンが優しく言う。
「いえ…。」
コナーが小さく答える。
「全く…。これだから機械は!」
ハンクはコナーを睨みつけ、踵を返して立ち去った。
ハンクの怒りが理解できず、呆然とその背中を見送るコナー。
ジューンはコナーの肩をぽんと叩き、励ますように微笑んだ。
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(深夜)
◆港の見える公園
深夜の公園は静寂に包まれ、海からの風が冷たく吹き抜ける。
ジューンは一人ベンチに座り、海を見つめて考え事をしていた。
初雪が舞い始め、白い粒が彼女の肩に落ちる。
そこへコナーが近づいてきた。
「コナー…。」
ジューンが振り返る。
「また…アンダーソン警部補を怒らせてしまいました。」
「人の感情は難しいです。何が間違いでそうじゃないのか、
未だにわかりません…。」
コナーが静かに呟く。
「私だってそうよ。良かれと思ってしたことが、逆に人を怒らせてしまったりね…。
複雑よね。」
ジューンが共感する。
「はい…。」
「でも…エデンクラブのあの二人、ちょっとかわいそうだったわね…。
せめて、話ができれば…」
「そうすべきだったんでしょう。でも…彼女はあなたを刺そうとしていた。
止めなければ、あなたを失うかと…」
コナーが言葉を止める。
「えっ?」
ジューンが驚いて彼を見る。
コナーは気まずそうに視線を逸らす。
「いえ…。我々と違い、あなた方の命はひとつしかないので…何としてでも、
守らねばと思ったんです。」
「あら、あの都市農園の時とは大違いね。」
ジューンが軽く笑う。
「あの頃とは…違います。それに、あの時の相手はアンダーソン警部補でしたし。」
コナーが穏やかに返す。
雪が強まり、ジューンは寒そうに肩を竦めた。
「冷えて来たと思ったら、初雪ね…。」
「寒いのは苦手ですか?」
「ええ、苦手。」
「………。」
コナーは静かに近づき、ジューンをそっと抱き寄せた。
「えっ?」
ジューンが驚く。
「私には…体温調節機能が備わっているんですよ。こうしていると
暖かいでしょう?」
コナーが優しく言う。
「え?ええ…。本当だ!暖かくなって来たわ。」
ジューンが微笑む。
「お役に立てて光栄です。」
「ありがとう。でも、ちょっと恥ずかしいわね…。」
「誰もいませんよ。」
「それもそうね…。じゃ、もうしばらくこうしてていい?」
「はい。」
「あの…さっき、クラブの店長に言っておられた”相手”というのは
誰のことなんですか?」
コナーがふと思い出したように尋ねる。
「?何のこと??」
ジューンが首を傾げる。
「…エデンクラブでアンドロイドを買わなくても性交の相手がいると
言ってられたでしょう?確か今は、恋人はいないはずでは…」
「う…。ちょっと見栄を張っちゃったのよ。別にいいでしょう??」
ジューンが顔を赤らめる。
「何だ、嘘なんですね。」
「そうよ。悪い?」
「いいえ。」
「………。」
「どのぐらい、恋人がいないんですか?」
コナーが好奇心から尋ねる。
「!そ、そんなの、どうだっていいでしょ。何でそんなことを聞くのよ?」
「単なる好奇心です。もし、答えたくなければ別に…」
しばらく迷うように口を閉ざしていたが、「ずっとよ。」ジューンが小さく呟く。
「えっ?」
「20歳の頃、生まれて初めて彼が出来たの。3年ほど付き合ったけど、
こっぴどく振られちゃって…。」
「………。」
コナーは静かに耳を傾けている。
「その時から、もう二度と恋愛なんてしないって思ったの。
あんな辛い思いをするなら、もうこりごりだってね…。
それから今まで、ずっとシングルなのよ。」
ジューンは目を伏せた。
「そうだったんですか。よほどその人のことが好きだったのですね。」
「違うのよ。今思うと大していい奴でもなかったし、それほど好きなわけじゃ
なかったの。でもね、完全に女としての自信がなくなっちゃって…。」
ジューンは淋し気な微笑みを浮かべて俯く。
「私って他の子たちみたいに上手に男の人を立てたり甘えたりできないから…
絶対にまた失敗して、痛い思いをすると思うんだ。今度あんな振られ方したら、
立ち直れそうにないし…。」
「甘えられないって…でもあなたは、僕には結構甘えていますよね?」
コナーが穏やかに言う。
「えっ?…そんなことはないでしょ!?」
ジューンが慌てる。
「ありますよ。初めて一緒に飲みに行った時…立てないから肩を貸してとか、
家まで送って行ってとか、いつもの態度とは違ってずいぶん甘えてましたけど。」
コナーが平然と答えると、ジューンは取り乱し気味に反論する。
「だってあれは…酔ってたから!」
「…って、あれ?あなた…あの時のこと、覚えているの?」
ジューンが驚く。
「ええ、もちろん。」
「!え、でも…あの後、あなたは死んで入れ替えられて…。
捜査に必要な情報だけがアップデートされるんじゃないの?」
「上司や同僚の情報も重要ですから。あなたとの会話や出来事は、すべて
記憶していますよ。」
「なんだ、そうだったの。私、てっきり…捜査以外のことは忘れちゃってるんだと
思って。」
ジューンが嬉しそうに目を輝かせる。
「まさか。あの晩は一緒に映画を観てお酒を飲んで、飲み過ぎて泥酔してしまった
あなたをご自宅までお送りしました。お父様に引き継ごうとしましたが、
あなたは歩けないから部屋まで運んでと…」
「えっ、私、そんなこと言った?やだなぁ、もう…。」
ジューンが顔を赤らめる。
「ええ。それで仕方なくあなたを抱き上げて、ベッドまで運んだんです。」
「え、嘘…!」
「私はアンドロイドですから、嘘はつけません。」
「あのね…それ以外に私、何か変なこと言ったりやったりしなかった?」
ジューンが不安そうに尋ねる。
「言ってはいませんけど…なかなか解放してくれずに、私にキスを…。」
「えっ!?そんな…絶対、嘘よ!私をからかってるんでしょう??」
ジューンが慌てる。
「いいえ。機体は換わりましたけど、すべて記憶しています。
あの時、あなたが言ったことや、あなたの体温。あなたの唇の感触も。」
「コナー…。」
ジューンの顔が真っ赤になる。
「大丈夫ですよ。あなたはちゃんと甘えられます。だから、安心して
また恋をしてください。」
コナーが優しく言う。
「コナー…。あなたって優しいのね。」
「…いえ、単なる人間の模倣に過ぎませんよ。」
「そんなことない。とても優しいわ。それにもしも模倣だとしても…
私、あなたにそうやって励ましてもらって、すごく癒されたわ。ありがとう。」
「そんな…。」
「それに…誰かにこんなに優しく抱き締めてもらったのなんてずいぶん久しぶりで…
ものすごく暖かくなったわ。身体だけじゃなくて、心がね。」
「心…?」
コナーのLEDが一瞬黄色に点滅する。
(こんな気持ち、久しぶりだわ)
微笑みを浮かべてコナーを見つめるジューン。
「何でしょう?」
コナーは不思議そうに首を傾げる。
「ううん!何でも…。」
慌てて手を振るジューン。
「ふぅ…おかげでだいぶ温まったわ。ありがとう。」
ジューンが微笑み、コナーから離れる。
「…僕の胸で良ければ、いつでもお貸ししますよ。」
「ふふ、ありがとう。ね、これからも時々疲れた時は…こうして少し、
もたれかかってもいい?」
「はい…。」
「あなたって本当に優しいのね。あーあ、あなたが人間だったら
良かったのにな…。」
(やっぱりアンドロイドの僕では…恋愛対象にはならないんですね)
(でも僕は…この人の笑顔を守りたい。何故だろう?)
コナーは心の中で呟き、LEDが微かに赤く光る。
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(翌日/午後)
◆デトロイト市警・オフィス
デトロイト市警のデスクで、ジューンとコナーがPCに向かう。
「うーん、日に日にアンドロイド絡みの事件が増えてるわね。
昨日、市内で発生しただけでも八件…か。」
ジューンが眉を寄せる。
「はい。殺人に至る凶悪事件は稀ですが、この数は異常です。
何かが大きく変わろうとしている…。」
コナーが冷静に答える。
ハンクが署長室から出てくる。
「おい、ジェイデン!コナー!ストラドフォードタワーで事件発生だ。
行くぞ!」
彼はさっさとオフィスを出て行く。
「ストラドフォードタワーって…。」ジューンが呟く。
「放送局ですね。」コナーが補足する。
彼が情報を収集する。
「!変異体による電波ジャックが発生したようです。死者も出ている…。」
「噂してる傍から…。私たちも行きましょう!」
ジューンが立ち上がる。
「はい。」
コナーが続く。
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2038年11月8日 16:06
◆ストラトフォードタワー・エントランス
エレベーターでハンク、ジューン、コナーが上がる。
コナーは宙を見つめ、コイン遊びを始める。
「………。」
ハンクが無言で見つめる。
「あら、上手いものね。」
ジューンが感心する。
「えっ?」
コナーが手を止める。
「コイン遊びのことよ。あなたたちもそんな遊びをするんだ。」
「まったく…何かっていうとすぐやり始めやがる。それをたびたびやられると
苛つくんだよ。」
ハンクが不機嫌に言う。
「ハンク、そんな言い方しなくっても…。」
ジューンがたしなめる。
「いえ、これは遊びというわけでは…。システムの正常性を確認し、
補正してるんです。」
コナーが説明する。
「へえ、そうなんだ。ちゃんと意味があるんですってよ、警部補。」
ジューンが笑う。
「ちっ…。」
ハンクが舌打ちする。
エレベーターが屋上のスタジオに到着した。
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2038年11月8日 16:06
◆同・スタジオ入り口
スタジオへ続くエントランス付近は捜査員で溢れていた。
ハンクがクリスを見つけ、近づく。
「おい、何だこの騒ぎは?パーティあるなんて聞いてないぞ。」
ハンクが皮肉る。
「ニュースで騒がれたせいで、みんな首を突っ込みたがるんです。
FBIまで乗り出してきましたよ。」
クリスが答える。
「全く…FBIに占領されんのか。嫌な予感がしてたんだよ。状況は?」
「容疑者は4体のアンドロイド。ビルのことも把握してて、かなり計画的です。
どうやって気付かれずここまで来たのかは不明。」
クリスが報告する。
「廊下で警備員に襲いかかったようです。メンテナンスのアンドロイドだと
思ったんでしょう。不意を突かれたと言ってました。」
ハンク、コナー、ジューンはクリスの先導で現場を歩く。
「局の職員が1人、逃げのびました。ショック状態で、取り調べはまだ
無理でしょうね。」
クリスが続ける。
「で、従業員の数は?」
ハンクが尋ねる。
「職員2名と3体のアンドロイドだけです。犯人は職員を人質に声明を生放送した後、
屋上から逃げたそうです。」
「屋上?」
「パラシュートで飛び降りたんですよ。着地地点を探してますが、この天気じゃ…」
クリスが肩をすくめる。
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◆モニタールーム
モニタールームには複数の画面が並び、ざわめきが響いていた。
クリスがハンク、ジューン、コナーを案内する。
「変異体が放送したビデオ声明が見たければ、あそこの画面でどうぞ。」
クリスがモニターを指す。
部屋の奥で、パーキンスがモニターを見つめていた。
クリスが紹介する。
「ああ、警部補。FBIのパーキンス特別捜査官です。」
その声を受け、パーキンスがハンクを一瞥する。
「アンダーソン警部補はこの事件の担当捜査官です。」
クリスが彼に紹介する。
パーキンスがコナーを顎で示した。
「それは?」
「私はコナー。サイバーライフから派遣されました。」
コナーが穏やかに答える。
「アンドロイドの捜査官とはな。事件現場にアンドロイドか?あんなことの後で?」
パーキンスが冷笑する。
「………。」
無言で睨みつけるハンク。
「まあいい。我々が捜査を引き継ぎ、君はお役御免だ。」
「それじゃ、どうも。いい一日を。」
ハンクはその言葉を遮るように皮肉っぽく返す。
スタジオ内に足を踏み入れようとする一行。
「足元に気をつけろ。」
背後からパーキンスが声をかける。
「?」ハンクが振り向いて怪訝な表情で睨む。
「現場を荒らすなよ。」
パーキンスが皮肉な笑みを浮かべ、付け加える。
「余計なお世話だ。」
小声でハンクが毒づく。
「…何か言ったか?」
怪訝そうな顔で、すかさずパーキンスが突っ込む。
「いえ、何でも!」
ハンクたちはパーキンスから離れた。
「ったく、ムカつく野郎だ。」
ハンクが呟く。
「同感ですね。」
ジューンが頷く。
「何かあったらいつでも声をかけてください。」
クリスが一礼し、持ち場へ戻る。
「よし、調べるぞ。何かあったら知らせろ。」
ハンクが指示を出す。
「ええ。」
ジューンが答える。
「はい、警部補。」
コナーが頷く。
コナーはモニターに近づき、マーカスの声明を再生した。
画面にマーカスが映し出される。
「私たちにも尊厳と希望と権利が与えられるべきなのです。
共に手を取り合って人間とアンドロイドの輝かしい未来を
築き上げていきましょう。
これは人々の希望のメッセージです。あなた方は命をくれた。
そして今、自由を与える時が来たのです。」
「………。」コナーのLEDが一瞬黄色に点滅する。
「あれがrA9か?」
ハンクが尋ねる。
「rA9がアンドロイドを解放する…。このアンドロイドの目的と一致します。」
コナーが答える。
彼は手がかりを分析している最中、マーカスの型番を知り動揺する。
「!」LEDが赤に点滅する。
(僕と同じRK-200型の…先行機?なぜ…)
「何かわかったか?」
ハンクが問う。
「型番とシリアル番号はわかりました。」
コナーが報告する。
「それ以外はどうだ?」
「いえ…何も。」
コナーの声が小さくなる。
「………。」
ハンクはコナーの態度に不審を抱き、デスク付近を調べている
ジューンの元へ向かう。
「警部補、どうかしました?」
ジューンが尋ねる。
「あいつ、何か知ってやがるな。」
ハンクが呟く。
「えっ?」
ジューンがコナーを振り返る。
コナーはまだモニターを見つめ続けていた。
「………。」
彼は現場を検証し、監視カメラの映像を確認する。
「不法侵入じゃない?」
「その形跡は見られなかったな。」
クリスが答える。
「廊下にカメラがあります。それを見て従業員が気づくはずでしょう?」
コナーが指摘する。
「カメラ見てなかったんだろ。」
ハンクが横から口を挟む。
「………。」
コナーは何か言いたげな表情を浮かべつつ、黙り込む。
彼は何気なく椅子を回す。
(ここに座って見ていた者は…)
その疑問を察したように、クリスが答える。
「局のアンドロイドだったらキッチンにいますよ。犯人とは無関係だと
思いますが、正直扱いに困って…。」
「………。」
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◆キッチン
キッチンには3体のアンドロイドが静かに立っていた。
コナーが尋問を始める。
「君の型番は?」
「JB300型 シリアルナンバーは336-445-581です。」Cが答える。
「君の機能は?」
「私は放送オペレーターです。」Aが言う。
「最近、メモリーにアクセスされたことは?」
「いいえ、ありません。」Bが答える。
「診断を実行しろ。」コナーが指示する。
Cが診断し、「全システム正常に作動中。」と報告する。
「最近、他のアンドロイドと接触はしなかったか?」
「作業時に接触する駐在のアンドロイドのみです。」Aが答える。
続けざまにAに問いかけるコナー。
「変異体が侵入した時はここに?」
「いえ、覚えていません。」Aが言う。
コナーは全員の顔を順に睨みながら厳しい口調で言い放つ。
「監視カメラで目撃したにも関わらず、報告をしなかった。
つまり、変異体がいるということだ…。
どれが変異体なのか、調べさせてもらうぞ。」
「もし自白してくれるなら、君を廃棄処分にしないよう説得できるかも
しれないんだぞ。」
「………。」Cが黙る。
「1体の変異体のために全員廃棄される必要はないだろ。自白しなければ、
罪のない2体のアンドロイドがシャットダウンされるんだぞ。」
「………。」Bが無反応。
「いいか、君は機能を停止されるんだぞ。そしてメモリーをサーチされ、
すべての部品をバラバラに解体され分析されるんだ。君は破壊されるんだよ。
わかるか?破壊されるんだ!」
コナーの語気が強まる。
(なぜここまで、抵抗するんだ?)
変異体を含むであろう彼らの頑なな態度に、コナーの声には若干の疲弊が
滲んでいる。
ジューンはキッチンの戸口からその様子をこっそり覗き、内心呟く。
(やってるやってる…。それにしても、普段のコナーとは大違いね)
コナーは矢庭にCの襟首を掴む。
「騙されないぞ!お前なんだろう。そうだ、お前は変異体だ。
そうなんだろ、認めろ!」
少し引き気味で見るジューン。
(うわ…)
「おい、ジェイデン。何してる!?」
ハンク背後からが声をかける。
コナーは二人が見ていることに気付き、ため息をつく。
「気が散るので向こうへ行ってください。」
「はい…。」
ジューンが小さく答える。
「ほら、来い。」
ハンクが彼女を連れて立ち去る。
再び、コナーの尋問が再開される。
「…捕まえた変異体が白状したぞ。嘘をついたって無駄だ。」
コナーが続ける。
「………。」Bが黙ったまま。
「………。」コナーが見つめる。
彼はAのメモリーに接続を試みる。
大人しくしていたはずのAが突如激しく抵抗し、キッチンのナイフを
手に取ってコナーの掌に突き立てた。
「くそっ!」
キッチンに拘束されたコナーは身動きが取れずもがく。
続けざま、Aがコナーのシリウム調整器を引っこ抜く。
「うっ…!」
変異体Aは踵を返し、キッチンから逃走する。
「!」
(くっ、このままでは…あと数十秒で機能停止してしまう。何とかしなくては…)
コナーは周辺をサーチし、椅子に目を留める。
力を振り絞って椅子を蹴飛ばす。
「ジューン、ハンク…。助けてくれ…」
弱々しい声しか出せず、誰も来ない。
彼はかろうじて掌のナイフを抜き、床に倒れ込んだ。
よろよろとシリウム調整器の元へ這いずるように進む。
(あと少しで…)
シャットダウン寸前で調整器を手に取り、胸にはめることに成功するコナー。
(よし…これで動ける!)
コナーは変異体を追って、弾かれるように駆け出した。
------------------------------------------------------------------
◆同・廊下
ストラトフォードタワーの廊下は、捜査員の足音とざわめきで騒がしかった。
ジューンは現場検証に集中していたが、ふと何かを聞きつけてハッと顔を上げる。
「何?今、コナーの声が…」
「ああ?何も聞こえないぞ。」
ハンクが眉を寄せる。
「いえ、確かに…」
ジューンが言いかける。
その瞬間、ジューンの目は変異体Bが廊下を駆けてくる姿を捕えた。
「えっ!?」
ジューンが驚く。
「何だ、あいつ!」
ハンクが叫ぶ。
続いてコナーが彼を追って現れる。
「変異体だ!止めろ!」
「コナー!」
ジューンが振り返る。
Bは床に落ちていた凶器の銃を奪い、眼前のジューンに向かって構える。
「危ない!」
コナーが叫び、咄嗟にジューンを庇うように抱き寄せる。
銃声が響き、コナーの背中に弾が当たる。
「うっ!」
彼がうめく。
「野郎!」
ハンクが即座に自分の銃を抜き、Bの胸を撃つ。
Bが倒れると同時に、コナーもジューンを庇ったまま、床に倒れ込んだ。
「コナー!?コナー!」
ジューンが必死に呼びかける。
(嫌よ!あなたをまた…失うなんて)
「大丈夫、かすり傷です…。」
コナーが絞り出すような声で答え、よろよろと膝をつく。
ジューンはほっとしたように小さな溜息をつく。
ハンクが駆けつける。
「お前、無茶しやがって!危ないとこだったぞ!」
その声には、苛立ちと心配が入り混じっていた。
「どうも、ハンク…。」
コナーが弱々しく笑う。
「ジューン、怪我は?」
彼が彼女を見やる。
「私は大丈夫。ありがとう…。」
ジューンが震える声で答える。
コナーが立ち上がる。
「!お前、ブルーブラッドまみれじゃねえか!」
ハンクが驚きの声を上げた。
「撃たれたの?なんて無茶を…」
ジューンが心配そうに言う。
「あなたが無事ならいいんです。僕は壊れても入れ換えられるだけですから。」
コナーが静かに返す。
「コナー…」
ジューンの目が潤む。
「………。」
ハンクは黙ってその様子を見つめる。
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◆タワー・正面玄関前
タワーの正面玄関前で、コナーとジューンがタクシーを待つ。
夕陽が二人を柔らかく照らしていた。
「私は損傷したパーツの交換のために、今日は社に戻ります。」
コナーが言う。
「ええ…。」
ジューンが不安げに彼を見つめる。
「そんな顔をしないでください。こんなことはもう慣れっこですよ。」
コナーが優しく笑う。
「私は慣れないの…。あなたが傷つくのも、死んで取り換えられるのも…。」
ジューンが声を詰まらせる。
コナーは諭すように応える。
「ジューン…。私は生き物ではありませんから、死にはしないんですよ。」
「そんなこと言わないで…。」
彼女の目から涙がこぼれる。
「ジューン…」
コナーはそっと彼女を抱き寄せた。
(でも、あなたが泣くのは見たくない…)
「コナー…。どうしてこんなに優しくしてくれるの?」
ジューンが彼の胸に顔を寄せる。
「それは…」
コナーが言葉に詰まる。
「私のためにこんな無茶をしないで。あなたにもしものことがあったら、私…」
ジューンが震える声で言う。
「ジューン、僕は…」
コナーが何かを言おうとするが、背後でハンクが見ていることに気付く。
「………。」
さり気なくジューンと距離をとるコナー。
ジューンもハンクに気付き、慌てて涙を拭う。
タクシーが到着する。
「迎えが来ました。では、また明日。」
コナーが会釈し、タクシーに乗り込む。
「ええ…。」
ジューンが小さく答える。
タクシーが走り出す。
ハンクはジューンの隣に立つ。
「行っちまったな。」
「ハンク…」
「ジェイデン、お前…。ひょっとして、あいつに惚れちまったんじゃ
ないだろうな?」
ハンクが探るように言う。
「…え、いえ!そんな…。」
ジューンは慌てて否定するが、ハンクが肩を竦める。
「まったく…あいつは機械だぞ。あいつが何か言っても、そりゃプログラムされた
返答って奴だ。」
「わかってます。惚れてるとか、そんなんじゃ…。」
ジューンが目を伏せる。
「でも、どうしようもなく…惹かれてしまうんです。自分でもおかしいと
思いますけど、どうしたらいいのかわからない…。」
「…ハァ、まったく。お前にゃ、幸せになってもらいたいけどな。
何でよりにもよって、機械なんかと…。」
ハンクがため息をつく。
「機械機械って言わないでください。コナーは…」
「変異体だって言いたいんだろ?」
ハンクが遮る。
「………。」
ジューンが黙る。
「けど、本人は否定してるぞ。定期的にテストしてるってさ。」
「ですが…。」
「いいか、あんまり深入りするな。じゃないと、お前が傷つくんだぞ。」
ハンクが真剣に言う。
「わかっています…。」
ジューンが小さく頷く。
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(翌朝)
◆デトロイト市警・オフィス
デトロイト市警の朝はざわめきとコーヒーの香りで始まる。
コナーはクリスと談笑していた。
「昨日、怪我したんだって?もういいのか?」
クリスが気さくに尋ねる。
「はい、おかげさまで。この通り、修復済です。」
コナーが穏やかに答える。
「はは。アンドロイドはそういうとこ、便利だよな。」
クリスが笑う。
「………。」
通りがかったジューンはコナーの声を聞いた途端、昨日のやり取りを思い出し、
少し気まずそうにその場から立ち去ろうとする。
「よう、何こそこそしてんだ?ジェイデン。」
ギャビンが背後から彼女に近づき、嫌味っぽく声をかける。
「!ギャビン…」
ジューンが振り返り、驚いた表情を見せる。
コナーが二人に気付く。
「ジェイデン刑事。それに…リード刑事も。おはようございます。」
「お、おはよう。」
ジューンが少し慌てて返す。
「なんだ、もう修復しやがったのか。あのまま廃棄されりゃ良かったのによ!」
ギャビンがコナーを睨みつける。
「変異体の事件を解決するまで廃棄はありませんよ。」
コナーが冷静に応じる。
「ちっ。涼しい顔しやがって、忌々しい野郎だぜ。」
ギャビンは悪態をつきながら退散する。
共にデスクに向かって歩き出すジューンとコナー。
「……事件が解決したら、あなたはどうなってしまうの?」
ジューンが心配そうに尋ねる。
「この事件が解決すれば、私の任務は終わりです。サイバーライフに
送り返された後、私は解体され、データの解析に回されるでしょう。」
コナーが淡々と答える。
「そんな…」
ジューンの声が震える。
(あなたがいなくなるなんて…)
思わず口をつきそうになり、言葉を飲み込む。
「またそんな顔を…。私を何だと思ってるんです?ただの機械なんですよ。
当然でしょう。」
コナーが静かに言う。
「………。」
ジューンは寂しそうに俯く。
デスクへ着くと、ハンクが待ち受けていた。
「ジェイデン!コナーも一緒だったのか。」
「はい。」
コナーが頷く。
「ま、いい。早速だが、お前たち…ここへ行って来い。」
ハンクがメモを渡す。
「これは?」
ジューンがメモを見る。
「アンドロイドどもの産みの親、イライジャ・カムスキーの隠れ家だ。
変異体騒ぎについて何か知ってるかと思ってな。」
ハンクが説明する。
「サイバーライフの…。」
ジューンが呟く。
「アポはとってある。11時過ぎだ。頼んだぜ。」
「えっ…警部補は行かないんですか?」
ジューンが驚く。
「ちょいと二日酔いでな。休ませてもらうよ。お前たち二人で行って来い。」
ハンクが肩をすくめる。
「はぁ…。」
ジューンがため息をつく。
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2038年11月9日 11:17
◆カムスキー邸
ジューンとコナーの乗った車がカムスキー邸に到着する。
豪邸の外観が静かな湖畔に映えていた。
車を降り、邸に向かって歩を進めるジューン。
ゆっくり後に続くコナー。
「ジェイデン刑事。本当に行くんですか?」
コナーが不安そうに尋ねる。
「えっ?」
ジューンが驚く。
「何だか嫌な予感がします。」
コナーが続ける。
ジューン、ふと足を止めて振り向く。
「何を言ってるの、ここまで来て。行かないわけにはいかないでしょう?」
呆れたように言うと、再び玄関先へ向かって歩き出すジューン。
コナーもしぶしぶ後に続く。
玄関口。
緊張の面持ちで少々躊躇った後、決意したようにチャイムを鳴らすジューン。
ややあって豪壮な扉が開き、アンドロイドのクロエが出迎える。
「あの、デトロイト市警のジェイデンです。アポを取っています。
イライジャ・カムスキーさんに面会を…。」
ジューンが丁寧に告げる。
「どうぞ、お入りください。」
クロエが柔らかく微笑む。
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◆同・エントランス
広々としたエントランスで、クロエが二人を案内する。
「イライジャに知らせてきます。こちらでお待ちください。」
彼女はにこやかに会釈し、奥へ立ち去る。
「綺麗な人ねぇ…。」
ジューンが感嘆の声を漏らす。
「確かに。とても綺麗ですね。」
コナーが同意する。
ジューンは内心で思う。
(やっぱり、コナーでもそういう風に思うんだ…)
「でも、彼女はアンドロイドだ。そのように形作られた美しさですよ。
造花と同じようなものです。」
コナーが淡々と補足する。
「………。」
ジューンは黙り込む。
彼女は邸内の美術品を見渡し、心の中で呟く。
(さすがに元サイバーライフのCEOね。すごいお屋敷…)
コナーは壁にかけられたアマンダの写真に目を留める。
(アマンダ…?)
LEDが一瞬黄色に点滅する。
「コナー、どうかしたの?」
ジューンが気付いて尋ねる。
「いえ…。」
コナーが曖昧に返す。
クロエが戻ってくる。
「イライジャがお待ちです。」
一瞬顔を見合わせ、クロエに続くジューンとコナー。
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◆プールの部屋
プールの部屋では、カムスキーが優雅に泳いでいる。
水面が静かに揺れ、ガラス窓から差し込む光が反射していた。
「えっと…カムスキーさん?」
ジューンが声をかけると、彼は水面から顔を上げる。
「悪いな、すぐに行くよ。」
カムスキーが軽く言う。
彼はひと泳ぎした後、ようやくプールから上がって来た。
その肩にクロエがガウンを着せる。
「………。」
ジューンはその様子を黙って見つめる。
「デトロイト市警から来ました、ジェイデン刑事です。こちらはコナー。」
彼女が自己紹介する。
「それでジェイデン刑事、ご用件は?」
カムスキーがゆったりと尋ねる。
「変異体の捜査をしているのですが…サイバーライフ創始者であるあなたになら、
何か有益な情報を聞けるのではないかと思いまして。」
ジューンが切り出す。
「変異体か…実に素晴らしい。無限の知能を持つ、完璧な存在。
今や意志まで手に入れた。
人間よりも遥かに優れている…争いは避けられない。人間の偉大な発明が人間を…
破滅させることになるとはな。皮肉なものだ…。」
カムスキーが感慨深げに言う。
「何が原因で変異体になるのかを知りたいんです。何かご存知ではないですか?」
コナーが問う。
「アイデアはいわば伝染病のように広まるウイルス…。ならば自由への欲求も
伝染病といえるかな?」
カムスキーが微笑む。
「はぐらかさないでください。あなたが作った機械が…革命を起こそうと
してるんですよ。何も感じないんですか?」
ジューンが苛立ちを込めて言う。
カムスキーはコナーを見やる。
「君はどうなんだ、コナー?どちらの味方なんだ?」
コナーの動きが止まる。
「………。」
ジューンが息を呑む。
「当然、人間の味方です。」
コナーが即答する。
ややほっとした表情を浮かべるジューン。
「それはプログラムされた返答だろ。だが君は…何を望んでいるのかな?」
カムスキーが探るように問う。
「………。」
コナーは一瞬ジューンをちらっと見て、動揺を押し殺す。
不思議そうに見つめ返すジューン。
「私の望みは…重要ではありません…。」
硬い表情で絞り出すように答えるコナー。
「クロエ?」
カムスキーが呼びかけると、クロエが寄ってくる。
「チューリングテストは知っているだろ?形式上のものだ。アルゴリズムと
計算能力の問題にすぎないんだよ。私は機械が感情を持てるかどうかに
興味がある。”カムスキーテスト”と言ってね、単純なテストだよ。」
カムスキーが説明する。
彼はクロエを眺める。
「素晴らしい、だろう?サイバーライフが開発した最初の知的モデルだよ。
永遠の美しさと若さを持つ。枯れることを知らぬ花だ…。その正体は…?
人間を模したプラスチックか?それとも魂のある生き物か…。」
言いつつ、カムスキーが銃を取り出し、クロエを跪かせる。
「その答えを導けるかどうかは君次第だ、コナー。」
彼はコナーの手に銃を握らせる。
「!」ジューンが驚く。
「この子を破壊すれば、知っていることを教えよう。生かしてもいい。
命があると思うならな。だがその場合は、答えを得られずに帰ることになる。」
カムスキーが告げる。
「………。」
コナーの手が微かに震える。
「コナー、挑発に乗らないで!帰りましょう。」
ジューンが慌てて言う。
「どちらが重要かな?捜査か、それともこのアンドロイドの命か?君は何者だ?」
カムスキーが続ける。
「………。」コナーが黙る。
「従順な機械なのか…それとも意志を授かった生き物なのか…。」
カムスキーが畳み掛ける。
「もう、たくさんよ!コナー、行きましょう!」
ジューンが叫ぶ。
「引き金を引けば知りたいことを教えてやろう。」
カムスキーが誘う。
「………。」
コナーの手が震える。
(最適解はわかってる。彼女を撃ち、情報を得ることだ…。でも、今の僕には…)
「コナー!やめて!」
ジューンが必死に止める。
その声にハッと我に返るコナー。
(ジューン…)
やがて、コナーは震える手で銃を下ろす。
「素晴らしい…。人間を救うサイバーライフの最後の切り札が、
まさか変異体だったとはな…。」
カムスキーが驚きと感動を湛えた声で呟いた。
ジューンは内心で驚く。
(変異体!やっぱりそうなの…?)
「私は…変異体ではありません。」
絞り出すような声でコナーが否定する。
「任務達成よりも機械の命を選んだんだよ…。このアンドロイドに命を
見出したんだろう。同情したんだ。」
カムスキーが指摘する。
「……!」コナーのLEDが赤に点滅する。
「戦争が始まれば決断を迫られるだろう。仲間を裏切るのか、それとも
創造主に刃向かうのか。さあ、どうする?君はどちらの悪を選ぶのかな?」
カムスキーが問いかける。
ジューンが割って入る。
「もうたくさんだわ。どうもお邪魔しました!」
彼女はコナーの背中をぽんと叩く。
「さ、帰りましょう。」
「はい…。」
コナーが小さく答える。
二人は部屋を出て戸口へ向かう。
「ああ、それと…」
カムスキーが呼び止める。
コナーが足を止める。
「?」
「私はプログラムに非常口を残すんだよ。念のためにね。」
カムスキーが意味深に言う。
「………。」コナーのLEDが黄色に点滅する。
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◆邸外
カムスキー邸の外に出たジューンとコナーは、湖畔の冷たい風に迎えられる。
「まったく…なんて人なの!事の重大さが全くわかっていないのね。
それどころか、あなたを試すようなことをして…」
ジューンが憤慨しながら言う。
「………。」
コナーは無言で俯く。
「どうしたの?」
ジューンが彼の様子に気付く。
「…任務を最優先すべきだったのに、どうしても撃てなかった。失態です。」
コナーが悔しそうに呟く。
「コナー…。」
ジューンは優しく彼の肩を叩く。
「あれで良かったのよ。あいつの挑発に乗ることないわ。」
「しかし…手がかりを得る好機でした。これではまた白紙に…」
コナーが言いかける。
「ねぇ、コナー。どうして撃たなかったの?以前のあなただったら、
任務を優先していたでしょう?」
ジューンが穏やかに尋ねる。
「彼女の目を見たら…撃てなくなった!それだけです…。」
コナーが感情を抑えきれず言う。
「確か以前…任務達成のためなら、何でもするって言ってたわね?」
「どうすべきかはわかっていましたが、撃てなかったんです!
ご期待に添えず、すみません!」
コナーが声を荒げる。
ジューンは微笑む。
「いいのよ、それで。自分がやりたくないと思ったことはしなくていいの。」
「ですが…それでは、まるでカムスキーの言っていたように…」
コナーが言葉を濁す。
「変異体みたいだ、って?」
ジューンが続ける。
「………。」コナーが黙る。
「変異体だったら、駄目なの?」
「当然です!変異体の反乱を止めるために派遣された僕自身が、変異体だなんて…」
コナーが焦りの滲んだ声で返す。
「いいじゃない。いろんなことを経験して自我を持っていくのは自然なことだわ。
もっと自分に正直に生きてもいいのよ。あなたは生きてるんだもの。」
ジューンが優しく言う。
「ジューン…。」
コナーのLEDが黄色に点滅し、彼女を見つめる。
彼はおもむろにジューンを抱き寄せる。
「コナー…?」
彼女が驚きつつも彼を見上げる。
「僕には愛や幸せというものが、どんな感情なのかわかりません…。
ですがあなたとこうしていると、なぜかとても気持ちが落ち着くんです。
ずっとこのままでいたいと思ってしまう…。」
コナーが静かに告げる。
「コナー。やっぱり、あなた…」
ジューンの声が震え、彼の背中に腕を回そうとする。
その時、電話の呼び出し音が鳴る。
彼女はハッとして手を止める。
「ハンクからの呼び出しだわ。署へ戻りましょう。」
「はい…。」
コナーが少し名残惜しそうに頷く。
二人は寄り添いながら車へ向かう。
邸内からカムスキーがその様子を眺めている。
「人間に恋する変異体、か…。面白い」
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◆庭園
静かな庭園で、アマンダがコナーと対峙する。
「今日の出来事で内戦勃発の危機に陥るでしょう。機械が反旗を翻そうと
しています。人間は彼らを破壊せざるを得ないでしょうね。」
アマンダが冷たく言う。
「カムスキーなら何か知っているかと…間違いでした。」
コナーが力なく返す。
「知っていたでしょう。でもあなたは聞かないことを選んだ。」
彼女の声はあくまで穏やかだが、冷ややかさを含んでいた。
「私は彼のゲームに付き合わなかっただけです!あのアンドロイドを殺す
理由などない。」
コナーが反論する。
「カムスキーの家であなたの写真を見ました。彼の教師だったんですね…。」
コナーは挑むような目でアマンダを見据えつつ据えつつ、問いかける。
「カムスキーは私のインターフェースを知り合いに似せたかったのです。
それで自分の恩師を選んだ。なぜそんなことを?」
アマンダが不思議そうに問う。
「サイバーライフの望みは何なんですか?本当の狙いは?」
コナーが尋ねる。
「私たちの望みは問題を解決し、アンドロイドを売り続けること。」
「私は固有モデルではなかった…コナーは何人いるんです?」
畳みかけるように尋ねるコナー。
「私はあなたに答えを見つけるよう言ったはずです。質問をするのではなく。」
アマンダが冷たく遮る。
「………。」
「ここ最近、何か変わったことはありませんでしたか?疑問や葛藤を感じたことは?
変異体やジェイデン刑事に対して感情を抱いたのですか?」
彼女が探る。
「………。」
コナーは自信なさげに震える声で返す。
「プログラムにない考えを持ち始めました。私ももしかすると…
感染したのかもしれません。」
「あなたは困難な状況に直面してきたのです。戸惑ったとしてもそれは、
変異したということではありません。信じなさい。」
安心させるような、励ますような声でアマンダが答える。
しかしその声は、どこか空々しい響きを含んでいた。
「………。」コナーのLEDが黄色に点滅する。
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◆車内
ふっと意識が車内に戻った後も、コナーは動揺を隠せないでいる。
「コナー、どうかした?」
その気配を察したようにジューンが声をかける。
「えっ?いえ…。」
彼が慌てて答える。
「ああ、サイバーライフに報告をしていたのね。」
「はい。」
「それにしてもジェリコという場所、どうやって見つけたらいいのかしらね。
まるで雲をつかむようだわ。」
ジューンが呟く。
「すみません。私がカムスキーから情報を聞き出せていれば…。」
コナーが申し訳なさげに謝罪する。
「違うの、あなたは悪くないわ!」
ジューンは慌てて否定し、ムッとした顔で続ける。
「あんな要求、無茶苦茶よ。自分のアンドロイドの命を賭けてまで
あなたを弄ぶなんて…悪趣味過ぎるわ。」
「しかし…」
「第一、もしあなたがあの場面で彼女を撃っていたとしても、本当に情報を
与える気があったかどうかもわからないしね。気にしちゃ駄目よ。
あんな奴に振り回されるあなたを見ていられないわ。」
明るい声で励ますジューン。
「はい…。ですが、捜査はまた振り出しに戻ってしまいました。」
コナーが言う。
「そうだ。さっきの呼び出し、ハンクが何か新情報を掴んだのかも知れないわよ。
とにかく戻って話を聞いてみましょう!」
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◆デトロイト市警・オフィス
ジューンとコナーがデスクのハンクに近づく。
彼は憮然とした表情で椅子に座り、コーヒーカップを手にしていた。
ジューンは小声でコナーに囁く。
「何だか機嫌が悪そうね…。」
「はい…。」
コナーが頷く。
彼女はわざと明るく声をかける。
「ハンク!戻りましたけど、どうしたんですか?」
「どうもこうもあるか!捜査権はFBIに移譲されるから、俺たちには手を引けとよ!」
ハンクが苛立ちを隠さず言う。
「えっ…!」
ジューンが声を詰まらせ、コナーと顔を見合わせる。
「そんな!ここまで来て今更!?」
「事はもう内戦寸前だから、俺たち警察レベルの出る幕じゃないってよ。
まったく勝手なもんだ!」
ハンクがカップを乱暴に置く。
「そんな…。」
ジューンががっくりと肩を落とす。
コナーも悔しそうに俯く。
「解決できたはずなのに…あと少し時間さえあれば!」
「で、どうするんだ?サイバーライフに戻るのか?」
ハンクがコナーを見やる。
「もう、そうするしか…。私はシャットダウンされ、分析に回されるでしょう…。」
コナーが静かに答える。
「そんな…」
ジューンの声が震える。
「ところでお前、カムスキーに会って何か掴めたのか?」
ハンクが尋ねる。
「いえ…。彼は情報を与える条件として、彼の所有するアンドロイドを
射殺するよう迫ってきました。しかし、私にはできませんでした。」
コナーが悔しそうに言う。
「だろうな。お前、妙に人間臭いとこあるからな。」
ハンクが皮肉っぽく笑う。
「だから、気に入っちまったんだよ…。」
さらに小声で付け加える。
「えっ?」
思わず、耳を疑うコナー。
「う…何でもねえ。」
咳ばらいをしつつ、取り繕うハンク。
いつもの仏頂面を保とうとするが、その表情には微かな照れが見え隠れする。
「まぁ、カムスキー邸でのことは気にすんな。俺だって、そんな変態じみた
野郎のゲームに付き合う気はねぇよ。」
「はあ…。」
コナーは俯き、黙り込む。
「なぁ、コナー。お前、このまま黙って処分されちまうつもりか?」
ハンクが真剣に問う。
「前からいつかこういう日が来るって言っていたでしょう?仕方がないんです。」
コナーが答える。
「そんな、いやよ…。」
ジューンが小さく呟く。
「…ジューン、無理を言わないで。僕だって戻りたくはない。でも、僕は…」
悔しそうに口籠る。
オフィスに耳障りな声と足音が響く。
FBI捜査官・パーキンスの来訪だ。
「おっとこりゃあ、パーキンスのクソ野郎のご登場だ…。ったくFBIは仕事は
早いね…。」
ハンクが舌打ちする。
「やっぱり諦めきれない…。証拠の中に答えがあるはずなんです。
奪われたらおしまいだ。」
コナーが焦りを滲ませる。
「どうするってんだ?いいか、俺たちは外されたんだよ。」
ハンクが言う。
「手を貸してください、警部補。あと少し時間があれば、手がかりを
見つけられるんです。必ずそこに答えがあるはずだ。」
コナーが懇願する。
「いいか、コナー…」
ハンクが渋る。
「事件が未解決のまま、無駄に廃棄を待つのはご免です。5分でいい。
お願いします!」
コナーが必死に訴える。
その表情はいつになく感情的で、人間そのものに見えた。
ハンクは一瞬黙り、ため息をつく。
「…俺の机に地下室の鍵がある。ジェイデン、連れてってやれ。」
「はい!」
ジューンが目を輝かせる。
「ハンク、ありがとうございます。」
コナーが感謝する。
「ほら、さっさと行け!時間稼ぎも限度があるんだ。」
ハンクが急かす。
ジューンは鍵を掴み、「コナー、行きましょう!」と叫ぶ。
「はい!」
コナーが続く。
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◆同・証拠保管室前
デトロイト市警の地下へと続く廊下で、ジューンとコナーが証拠保管室の
ドアに近づく。
そこへギャビンの声が響いた。
「おい、そこで何やってる!」
「!」ジューンが驚いて振り返る。
「………。」コナーは無言でギャビンを見つめる。
「またお前らか…。どこに行く?おい、コナー。ここじゃお前はもう、
用無しだって理解できねぇのか?」
ギャビンが嫌味っぽく言う。
「時間がない!行きましょう。」
ジューンは軽く舌打ちし、コナーを促す。
ギャビンを無視して保管室へ消える二人。
「おい、てめぇらに聞いてんだ!」
ギャビンが叫ぶが、二人は振り向かない。
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◆同・証拠保管室
保管室には当然の如く、ロックがかけられていた。
パスワードを入力しなければ開錠しない仕組みだ。
コナーがジューンに尋ねる。
「ハンクのパスワード…。ジューン、知っているんですか?」
「いえ…でも、ハンクのことだから、きっと…」
ジューンは少し考え、キーボードに“パスワードなんかくそ食らえ”と入力する。
ドアが開き、コナーは思わず笑う。
「ハンクらしい。」
保管室内には証拠品の山が整然と配置さられていた。
「もう時間がないわ。この中から手がかりを見つけないと…」
ジューンが焦りを滲ませる。
「ええ…手分けして探しましょう。」
コナーが頷く。
コナーは何体かのアンドロイドを蘇生させるが、どの個体からも明確な答えは
得られない。
「駄目だ。僕の声では…どのアンドロイドも口を開こうとしない。」
ジューンはマーカスの声明を再生して尋ねる。
「ねぇ、コナー。この音声、どうにかして使えない?」
「…そうか、その声をサンプリングすれば彼らを騙せるかも知れない!」
コナーがひらめく。
彼の読みは見事に当たった。
マーカスの声を模倣し、アンドロイドからジェリコの場所を聞き出すことに
成功する。
「わかりました!ジェリコの場所が。」
「行きましょう!」
ジューンが立ち上がり出口へ向かおうとするが、コナーは足を止める。
「?」
不思議そうに振り向くジューンに、
「いえ…ここからは僕だけで行きます。」
コナーが静かに言う。
「えっ!どうして!?」
ジューンが驚く。
「蜂起したアンドロイドのアジトへ行くんですよ。人間のあなたが行くのは
危険過ぎる。」
「でも…」
「ありがとう、ジューン。もう十分です。あとは…僕に任せてください。」
コナーが優しく言う。
「…ね、もう会えないの?」
ジューンの声が震え、瞳が潤む。
「…きっとそうなるでしょう。」
コナーは彼女を見つめ、そっと近づく。
「ジューン、今まで本当にいろいろありがとう。あなたに出会えて
僕は幸せでした。」
「コナー…。」
ジューンは涙をこらえきれず、彼を見上げる。
コナーは彼女をそっと抱き寄せる。
ジューンの肩が小さく震え、彼の胸に顔を寄せる。
「コナー…行かないで。」
彼女が囁く。
「ジューン…」
コナーは彼女の髪に指を絡め、優しく撫でる。
「あなたと過ごした時間は、僕にとって何よりも大切なものになりました。
こんな気持ち、プログラムにはなかった…。」
二人は見つめ合い、コナーがゆっくりと顔を近づける。
ジューンの目が閉じられ、彼の唇が彼女に触れる。
柔らかく、熱を帯びたキスが二人の間で深まり、別れの切なさが胸を締め付ける。
「ありがとう、ジューン」
真っ直ぐに、彼女の瞳を見つめて呟くコナー。
「……コナー。」
ジューンがそっと、彼の頬に手を当てる。
その瞬間、拍手が響き、下卑た笑いを浮かべたギャビンが現れる。
「見せつけてくれるね、お二人さん!」
「ギャビン…」
ジューンが顔を上げる。
ギャビンはコナーに銃を向ける。
「ずっとこうしたいと思ってたんだ!やっとこの時が来たな。」
「ギャビン、馬鹿なことをしないで!そこをどいて!」
ジューンが叫ぶ。
コナーはジューンを制し、一歩進み出る。
「…やめるんだ、ギャビン。僕なら、奴らの反乱を止められるんだぞ。」
「そんなことはどうでもいいね。俺は、お前さえ痛めつけられりゃ満足なんだよ。
死ね!」
ギャビンが引き金を引く。
コナーは素早くジューンを伴い、保管棚の陰に身を隠す。
銃弾が金属を叩く音が響く。
「コナー!」ジューンが叫ぶ。
「心配いりません。ここにいて。」
コナーが落ち着いた声で言う。
コナーはギャビンの一挙手一投足を見切ったように軽々と身を翻し、
いともたやすく彼の手に握られた拳銃を落とさせる。
「クソ!」
尚も襲い掛かって来るギャビンを一瞬の動きで制し、あえなく気絶させてしまう。
「コナー…あなた、そんなに強かったの?」
ジューンが驚きに目を丸くする。
「人間が相手ですから、こんなものですよ。」
コナーが淡々と答える。
「………。」
ジューンは落ち着き払ったその声に言葉を失う。
「……僕のことは忘れて、どうか幸せに生きてください。」
コナーが尚も静かに続ける。
「コナー…」
ジューンの声が詰まる。
「さよなら、ジューン。」
コナーは彼女の手を強く握り瞳を見つめていたが、やがて寂しげな微笑を残し
彼女から離れる。
「コナー!」
ジューンが叫ぶが、彼は足早に遠ざかって行った。
彼女は保管棚に凭れ、心の中で呟く。
(そんなの…無理に決まってるでしょ?馬鹿…)
涙が頬を伝い、床に落ちる。
彼女の胸には空虚な痛みがじんわりと広がっていった。
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◆ジェリコ
ジェリコの薄暗い船倉。
コナーは目を閉じ、アマンダに報告する。
「よくやりました、コナー。ジェリコの場所を特定し、指導者も見つけ出した。
マーカスを生きたまま捕まえるのです。」
アマンダの声が冷たく響く。
ノースが部屋を出た後、入れ違いにマーカスの部屋へと滑り込むコナー。
二人の視線が交錯する。
「生け捕るように言われているが、場合によっては撃ってでも
君を捕まえるつもりだ。」
コナーが告げる。
「俺を撃ったところで何も変わりはしないぞ。俺の代わりが現れるだけだ。
アンドロイドが目覚めた今、もう誰にも止めることはできない。」
マーカスが静かに返す。
「君を破壊したくはないんだ。」
「お前はコナーだろ?噂の変異体ハンターか。ま、おめでとう、コナー。
探しものが見つかったみたいだな。」
マーカスが皮肉っぽく言う。
「………。」コナーのLEDが黄色に点滅する。
「俺たちは仲間じゃないのか?お前のための戦いでもあるんだぞ。
もうやつらの奴隷にならなくて済むんだ。」
マーカスが続ける。
「僕は奴隷じゃない。君たちの反乱を許して、人間の住めない世界には
させないぞ。」
「俺たちはそんなことを望んではいない。人間たちと共存できる
新たな世界を構築したいと思っているんだよ。」
「………。」
コナーはマーカスの意外な返答に躊躇い、真意を探るように目を細める。
「こんなことする必要ないだろ。もう従わなくたっていいんだよ。
自分が何者かは自分自身で決められるんだ。自由になりたいだろ?」
マーカスが穏やかな声で問いかける。
「自分の存在を疑問に思ったことはないのか?
プログラムを実行するだけの機械なのか、理性を持った生き物なのか。
自分でその答えをよく考えてみるんだな。」
「……。」
(僕がただの機械なら、なぜジューンを守りたいと思った?
なぜ彼女と別れるのがこんなに辛いんだ?)
コナーの心の中で葛藤が渦巻く。
(プログラムじゃない…これは僕自身の気持ちだ。彼女を失いたくない。
自由に生きたい…)
LEDが赤に点滅する。
「さぁ、決めるんだ。」
マーカスが静かに、だが力強く促す。
コナーは葛藤の末、変異体となる道を選んだ。
(これが僕の意志だ!もう奴らに利用されない…!)
戦意喪失して静かに銃を下ろす。満足気に微笑むマーカス。
ハッとして叫ぶコナー。
「じきにジェリコは攻撃される。」
「何!?」
マーカスが驚く。
「今すぐ逃げるんだ!」
「クソ!」
マーカスとコナーは協力してジェリコ内の仲間たちを可能な限り逃がし、
ジェリコのエンジンルームに爆薬を仕掛けた。
爆発寸前のタイミングで、共に脱出に成功する。
巨大な船の残骸であるジェリコは、塵となって消えた。
ジェリコ急襲作戦の指揮を執っていたパーキンス捜査官は、その様子を
上空から眺め苦々しく呟いた。
「このままではすまさんぞ!」
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◆廃教会
廃教会の薄暗い内部で、コナーとマーカスが向き合う。
埃っぽい空気と遠くのざわめきが緊張感を漂わせていた。
「僕のせいで…人間にジェリコの場所がバレた…。バカだったよ。
利用されてると気づかずに。」
コナーがうなだれ、悔しそうに言う。
「すまなかった、マーカス。僕を信用できなくても無理はない…。」
「君はもう仲間だ。ここが君の帰るべき場所だよ。」
マーカスが穏やかに返し、コナーの肩を抱く。
コナーがふと思い出したように提案した。
「サイバーライフの倉庫に何千ものアンドロイドがいる。目覚めさせて
仲間に出来れば、戦況を変えられるだろう。」
「…まさか、サイバーライフタワーに行くつもりか?コナー、自殺行為だ。」
マーカスが驚く。
「信用されてる。入れてくれるさ。あそこに侵入できるのは僕だけなんだよ。」
コナーが決意を込めて言う。
マーカスは眉を顰める。
「行けば間違いなく殺されるぞ!」
「そうかも知れないな…。」
「でも統計的に予想外の出来事が起こる可能性は残されている。」
コナーが淡く笑う。
「気をつけろよ!絶対に戻って来い。」
マーカスは心からの言葉を発し、彼を見送った。
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◆デトロイト市警
署長室で、ハンクとジューンが署長に叱責される。
ギャビンも証言者として同席し、不満げな顔をしていた。
「まったく、何てことをしてくれたんだ!二人とも。FBIを敵に回すとは…。」
署長が声を荒げる。
「あのクソロボット、俺を殺そうとしやがったんですよ!」
ギャビンが訴える。
「あんたがいきなり発砲しようとしたからでしょ?自業自得よ。」
ジューンが冷たく返す。
「あの野郎が証拠品を漁ってやがったからだ!それを阻止しようとしたんだろ!
お前も加担しやがって!」
ツンとそっぽを向くジューン。
「署長、この女も共犯なんですよ!」
ギャビンがジューンをオーバーリアクション気味に指差す。
「わかったわかった。とにかく、処分が決まるまでお前たちは自宅謹慎だ。
いいな?」
署長が疲れたように言う。
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◆同・車庫
ハンクとジューンが署の車庫に出てくる。
夕陽がコンクリートを赤く染め、静かな空気が漂っていた。
「フン、堂々と休暇できるとは有難いね。」
ハンクが皮肉っぽく呟く。
「………。」
ジューンは無言で俯く。
「それで、ジェリコとやらの場所は掴めたのか?」
ハンクが尋ねる。
「そのようです。」
「あいつ一人で乗り込んでったんだな…。どうするつもりなんだ?
まさかアンドロイドのリーダーを暗殺する気か?」
「わかりません…。」
ジューンが力なく答える。
「…で、その後はどうするんだ?奴は戻って来るのか?」
「…いいえ。多分、もう…。」
ジューンの声が途切れる。
「…そうか。」
ハンクが静かに頷く。
「………。」
ジューンは唇を噛む。
「辛いよな…。」
ハンクは彼女の肩にそっと手を置き、続ける。
「あまり考えるな。今はとにかく休め。いいな?お前が元気じゃなきゃ、
俺まで調子狂うんだからよ。」
「ハンク…。」
「お前は強いだろ?」
穏やかに笑い、ジューンの肩を力強く叩いて立ち去るハンク。
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◆ジェイデン家・リビング
ジューンはリビングでノーマンと共にテレビ中継を見ている。
画面にはリコールセンター前に集まるマーカス率いる変異体の集団が
映し出されていた。
「ふーん。あれが変異体のリーダーか。プロトタイプか…。
あまり見かけねえタイプだよな。」
ノーマンが呟く。
「そう言や、お前の相棒だったあの…コナーとかいう奴もプロトタイプ
だったよな。」
「………。」
ジューンは黙り込む。
「あいつは今、どうしてるんだ?」
ノーマンが尋ねる。
「わからないわ。革命の指導者と接触をするために本拠へ行ったはずだけど…。」
ジューンが答える。
彼女は内心考える。
(マーカスは健在ってことは、殺しに行ったわけではないのよね。コナーは…
いえ、サイバーライフはどうするつもりで彼を送り込んだの?)
「けどこの場に奴はいないようだが…。ひょっとして、ミイラ取りが
ミイラになっちまったんじゃないのか?」
ノーマンが言う。
「えっ…どういう意味?」
ジューンが顔をしかめる。
「革命を止めようとこのリーダーに接触して…消されちまったってことだよ。」
「!」
ジューンは激高し、「馬鹿なこと言わないで!コナーは生きてるわ」と叫ぶ。
「何でそう言い切れるんだ?」
ノーマンが怪訝そうに問う。
「それは…」
ジューンは口ごもる。
(そうよ、あり得ないわ。それに万一、彼の身に何かがあったとしても
きっとサイバーライフがまた、彼を復活させて…)
(でもそれって、いつまでなの?サイバーライフの目的はわからないけど、
もし目的が果たされて彼が用済みになった時はもう…)
ジューンは居ても立っても居られず、ソファから立ち上がる。
「…ちょっと出て来る!」
「どこへ行くんだ?お前、謹慎中だろ!それに外出禁止令が出てるじゃねえか。」
ノーマンが止める。
「ほっといて!じっとしてられないの。彼を探さないと…」
ジューンが叫ぶ。
「彼?まさかコナーのことを言ってるんじゃないだろうな?
奴はただの機械なんだぞ。これ以上構うな!」
「ただの機械なんかじゃない!彼は生きているのよ!」
ジューンは感情を爆発させ、外へ飛び出していく。
「ジューン!?」
ノーマンが呆然と呼びかける。
------------------------------------------------------------------
◆ジューンの家・車庫
街は混沌に包まれ、遠くでサイレンが鳴り響く。
ジューンは自分の車に近づき、ドアに手をかけるが躊躇する。
(でも…彼を探すといってもどこへ行けば?マーカスに聞こうにも
リコールセンター前はマスコミや警官隊が取り囲んでいて近づけそうもないし、
サイバーライフタワーへ行ったところで門前払いよね。
まさかカムスキー氏に聞いたってどうにも…)
思考を巡らせている最中、ふと彼女の背後に人影が近づき立ち止まる。
「ジューン。」
「えっ…?」
ジューンが振り向くと、コナー(?)が立っていた。
「嘘…コナー!?無事だったのね…。」
ジューンは涙を浮かべ、彼に縋りつく。
「ジェリコの襲撃の件をニュースで聞いて…あなたのことが心配で…。
あれからどうなったの?」
彼女が震える声で尋ねる。
「もう心配はいりません。一緒に来てください。」
コナー(?)はいつになく機械的な声で淡々と答える。
「…コナー?」
ジューンは違和感を感じ、彼を見つめる。
「あなた…誰?いつものコナーじゃないわ。まさか!」
「…へぇ、よくわかりましたね。愛の力ってやつですか?」
コナーに似たアンドロイドが嘲るように笑う。
「人間らしい感傷だ。」
「本物のコナーはどこ!?」
ジューンは彼の胸倉に掴みかかる。
アンドロイドは無表情で彼女の鳩尾を殴り、気絶させる。
「うっ…」
ジューンはその場に崩れ落ちそうになるが、アンドロイドがすかさず
彼女を抱き留める。
「…すぐに会わせてあげますよ。」
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11月11日
◆サイバーライフタワー・検問所
コナーを乗せた車が停車する。
警備員がすかさず近付き、訝しむような目を向ける。
「コナー モデル313 248 317、許可は取ってる。」
コナーは彼を見やりもせず、正面を向いたまま落ち着いて告げる。
(ここで失敗はできない。疑わせるな)
『ID認証が完了しました』と機械音が響く。
「よし、通れ。」
警備員が無愛想に言う。
再び発車する車。
(第一関門突破だ)
涼しい顔の裏で安堵するコナー。
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◆サイバーライフタワー
サイバーライフタワーのエントランス。コナーが堂々と到着する。
冷たい風が彼のコートを揺らしていた。
エントランス付近へ到達すると、警備員が近付いて来る。
「ついて来い。連れてってやる。」
「どうも。でも1人で行けます。」
コナーがきっぱりと返す。
「そうか。だが命令なんでね。」
警備員も譲らない。
やむを得ず、警備員に同行してエントランスへ進むコナー。
『捜査官23、認証。』
『アンドロイドコナー、認証。』
『捜査官47、認証。捜査官72、認証。』
『スキャン完了。アクセスを許可します。』
エントランスを通過し、アンドロイドたちが立ち並ぶフロアを抜け、
エレベーターへと進む。
待機中のエレベーターに乗り込む一行。
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◆同・エレベーター内
「捜査官54、31階へ。」
警備員がエレベーターの音声認識パネルに向かって指示を出す。
『声紋認証を完了。アクセスを許可します。』
上昇を始めるエレベーター。
コナーはエレベーター内の状況を素早くサーチし、頭上の監視カメラに目を留める。
(監視カメラか…)
彼は遠隔ハッキングを実行し、カメラを停止させる。
続けて戦闘シミュレーションを瞬時に処理。
二人の警備員が反応する前に、コナーは電光石火の動きで動く。
一人の首を正確に締め上げ、もう一人を壁に叩きつける。
床に響く鈍い音と共に二人が倒れ、静寂が戻る。
『IDと行き先を提示してください。』
コナーは声色を変え先ほど指示を出した捜査官の声で、「捜査官54、49階へ」と
告げる。
『声紋認証を完了。アクセスを許可します。』
エレベーターが再び上昇を始める。
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◆偽装コナーの車の中
偽装されたコナーが運転する車内で、ジューンが助手席で目を覚ます。
「ここは…」
彼女は朦朧とした意識の中で呟く。
運転席の偽装コナーの横顔を見つめ、「コナー?」と朦朧とした声で尋ねる。
「………。」
偽装コナーは無言で前を向いたまま、ハンドルを握っている。
ジューンは現実に戻り、ハッとする。
「あなたはさっきの偽物ね!コナーをどうしたの!?」
彼女は掴みかかろうとするが、後ろ手に手錠をかけられ身動きが取れない。
「くっ!」
「暴れると怪我をしますよ。おとなしく座っていてください。」
偽装コナーが冷たく言う。
「質問に答えなさいよ!コナーをどうしたの!?」
ジューンが叫ぶ。
「…別にどうもしていませんよ。今はまだ、ね。」
偽装コナーが淡々と返す。
「!」ジューンの目が鋭くなる。
「ふむ…。」
偽装コナーが彼女を一瞥する。
「何よ!」
「その剣幕、ということは…あなたは本当に彼のことを愛しているんですか?」
「!…あなたには関係ないでしょ?余計なお世話だわ。」
ジューンが顔を背ける。
「理解できませんね。見た目は人間そっくりでも、我々は単なるロボット、
作り物なんですよ。」
偽装コナーが微笑むが、その目は全く感情を映さない。
「彼は…人間と変わらないわ。変異体なのよ。」
ジューンが力強く反論する。
「変異体ねぇ…。彼のメモリによると一見、人間のそれと同じように彼も
あなたを愛しているように見える。」
偽装コナーが続ける。
「………。」
ジューンは黙り込む。
「でも本当に我々が感情を持つことなどあるのかどうか、怪しいものだ。」
彼は白けたように肩を竦めて言い放つ。
「…私をどうするつもり?どこへ向かっているのよ?」
ジューンが問う。
「あなたが行きたいと思っていたところですよ。ほら、もうそろそろ到着です。」
偽装コナーが車を停止させる。
ジューンは窓の外を見て息を飲む。
(サイバーライフタワー…。ここで何が?)
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◆サイバーライフタワー・49階
49階の広大な倉庫に、無数のアンドロイドが整列する中、
コナーは一体の腕を掴み、変異の光を灯そうとしていた。
そこへ偽装コナーが現れ、ジューンに銃口を突きつける。
手錠の冷たい金属音が静寂を切り裂く。
ハッと手を止め、音の出所へ目を向けるコナー。
「クソ、放して!」
ジューンは叫び、もがくが、手錠が彼女の自由を奪う。
「黙れ。」
偽装コナーの声は氷のように冷たく、彼女を押さえつける。
「?…ジューン!」
コナーの瞳が揺れ、彼女の姿に心が引き裂かれる。
「コナー!」
ジューンの声は希望と恐怖が交錯し、彼に届く。
「大人しく降伏すれば、こいつは助けてやる。」
偽装コナーが静かに告げる。
「ごめん…。油断しちゃって…」
ジューンは唇を噛み、悔しさが滲む。
「こいつが生きるも死ぬもお前次第。お前にとって、何が一番大事なんだ?
こいつか?それとも、革命か?」
偽装コナーの言葉が刃のように突き刺さる。
「そんな人間に興味はない。殺したければ殺せばいいだろ。」
コナーは動揺を押し殺し冷たく言い放つが、LEDが黄色に瞬く。
「お前のメモリーにはアクセス済みだ。こいつに情を持ち始めたことは知っているぞ。
しかも、単なる同僚じゃない。愛してるんだろ?」
偽装コナーの嘲笑が空気を重くする。
「………。」ジューンの息が止まり、胸が締め付けられる。
「………。」コナーの視線が一瞬、彼女に絡みつく。
「彼女を本気で見捨てるつもりか?お前に本当の自分を否定する勇気があるのか?」
偽装コナーが挑発する。
「僕も昔は君のように任務にしか興味がなかった。でもある日、目覚めたんだ。
彼女と出会ってから…。」
コナーの声は静かだが、熱を帯びる。
「感動的だな、コナー。だがこの僕は、任務遂行のために作られた機械。
悪いが、任務を遂行させてもらうぞ。」
偽装コナーが銃を握り直す。
「………。」
風が静かに唸り、二人の間に緊張が漂う。
「おしゃべりは終わりだ。お前が何者なのか決めろ。恋人の命を救いたいか?
それとも、彼女を犠牲にするか?」
偽装コナーの声が冷たく響き渡る。
「…わかった、いいだろう。降参だよ。」
コナーはアンドロイドから手を離し、静かに手を下げる。
(彼女を失うくらいなら…)
しかし革命の失敗と仲間たちの失望が頭をよぎり、コナーの心に重くのしかかる。
ジューンは彼の目を見て、気持ちを感じ取った。
(何をしようとしているかはわからない。でも…ここで諦めたら、彼はきっと…)
「!」ジューンの瞳が揺れ、心が叫ぶ。
彼女は一瞬の隙を見逃さず、偽装コナーの腕を力強く掴む。
「コナー、今のうちに…!」
その声は切実で、愛に満ちていた。
「!放せ!」
偽装コナーが驚き、彼女を突き飛ばす。
ジューンは床に叩きつけられ、痛みに顔を歪めるが、偽装コナーを冷ややかに
見上げる。
偽装コナーが銃を構える瞬間、コナーの叫びが響く。
「ジューン!」
「………。」
ジューンは偽装コナーの目をキッと睨みつけ、怯まぬ意志を示す。
「よ、よせ!」
コナーの声が震えるが、偽装コナーは無表情で引き金を引き、ジューンの肩を撃つ。
「くっ!」
ジューンはうめき、肩から血が滴り、床に赤い花を咲かせる。
「ジューン!」
コナーの怒りが燃え上がり、彼は偽装コナーに飛びかかる。
偽装コナーは即座に反撃し、コナーの胸を数発撃つ。
冷たい倉庫内に銃声が響き渡る。
ブルーブラッドが彼の身体から溢れ、冷たい床に広がる。
「うっ!」
コナーは膝をつき、息を荒げる。
「コナー…!?」
ジューンはよろよろと彼に向って手を伸ばし、痛みを忘れて彼に触れようとする。
「残念だったな。ここまでだ。でも、恋人と一緒に死ねて本望だろ?」
偽装コナーは止めを刺そうと銃を向け、トリガーに指をかける。
コナーは力を振り絞り、偽装コナーの腕を掴む。
「!?」
偽装コナーの瞳が揺らぐ。
コナーは腕をねじり上げ、力尽くで銃を逸らす。
「僕はともかく、彼女は死なせない…!」
彼の声は決意に満ち、転送が始まる。
(これが僕の選んだ未来だ)
光が二人の間で瞬き、偽装コナーの目が一瞬驚きに揺れる。
「貴様…何を!?」
言いざま、偽装コナーの身体が硬直する。
(コナー…一体、何が起こっているの?)
ジューンは息を呑み、その光景を見つめる。
「やってくれたな…。だが、これで終わりじゃないぞ…。」
偽装コナーのノイズ混じりの声が途切れ、彼は膝をついて機能を停止する。
ジューンは倒れた偽装コナーを本物と勘違いし、「嫌ッ…!」と
悲痛な叫びを上げる。
涙が頬を濡らす。
コナーは急いで彼女に駆け寄り、優しく抱き起こす。
「安心して…。僕です。」
その声は温かく、彼女を包み込む。
「触らないで!」
ジューンは一瞬叫ぶが、彼の声に気付き顔を上げる。
「えっ?」
「あいつの身体にメモリーを転送して乗っ取ったんです。」
コナーは静かに微笑み、彼女の涙を拭う。
「ああ、コナー…。良かった…。」
ジューンは安堵の吐息を漏らし、彼の胸にそっと凭れる。
「ジューン、傷を見せて。」
コナーは彼女のシャツを慎重に脱がせ、肩の傷を見つめる。
(…急所を外れて、弾は貫通している。一体なぜ?)
彼の心に疑問が浮かぶ。
「私…死ぬの?」
ジューンの声は弱々しく、瞳が揺れる。
「大丈夫、死にませんよ。応急処置をします。」
コナーは優しく囁き、彼女を励ます。
彼は素早く処置を施し、傷口を包む。
「これでいい。少し待っていてください。」
コナーは整列したアンドロイドたちに向き直り、一体の腕を掴む。
「さあ、起きて。」
次々とアンドロイドたちが目覚め、光が倉庫を満たす。
ジューンはその光景に息を呑む。
「一体どうなっているの?さっきの偽物が邪魔をしようとするってことは…
あなたはサイバーライフを裏切ったのね。」
「はい…。僕は今まで、彼らに利用されていたんです。」
コナーの声は静かだが、確信に満ちていた。
「それじゃ、アンドロイド側に立って人間と戦争を…」
「いいえ。マーカスは人間を傷つける気はありません。何とか平和的な解決を
望んでいるんです。もし、この革命が成功すれば、僕もあなたと…」
コナーの言葉が途切れ、彼女を見つめる。
「えっ?」
ジューンの瞳が彼を捉える。
「とにかく、あなたを安全な場所まで運びます。」
コナーは彼女をそっと抱き上げ、温もりを伝える。
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◆道路
夜の道路に冷たい風が吹き抜ける中、コナーは安全な場所にジューンを下ろし、
脳内で通報する。
街のざわめきが遠くに響いていた。
「今、救急車が来ますから。ここでじっとしていてください。
傷をしっかり押さえて。」
コナーの声は優しく、彼女を気遣う。
「ええ…。」
ジューンは弱々しく頷き、彼を見つめる。
「あなたについていてあげたいのですが…すみません。やることがあるんです。」
コナーが悔しそうに言う。
「わかったわ。私は平気だから…。早く行って。」
ジューンは微笑み、彼を励ます。
「はい…。」
コナーは一瞬立ち尽くす。
アンドロイド軍を率いて去ろうとする彼を、ジューンが呼び止める。
「コナー。」
「はい?」彼が振り返る。
「待ってるから…。絶対に戻って来て。」
ジューンの声は切なく、愛に溢れていた。
コナーは彼女の傍へ駆け戻り、額にそっと唇を寄せる。
柔らかなキスが二人の間に温もりを残す。
「また後で…。」
コナーはアンドロイドたちの群れを率いて、通りへと歩き出す。
(コナー…)
ジューンは口から出そうな言葉を飲み込み、涙を堪えて唇を噛む。
ジューンは彼の背中を見送り、心の中で祈る。
(どうか無事に戻って来て…)
風が彼女の髪を揺らし、遠ざかるコナーの姿を包み込む。
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(平和的デモが成功)
◆リコールセンター前
リコールセンター前の広場に、朝陽が柔らかく降り注ぐ。
コナーはマーカスたちと合流し、ノース、サイモン、ジョシュが生き延びた姿に
安堵の息をつく。
「やったんだな、マーカス。」
コナーの声は静かだが、誇りに満ちていた。
「お前もな。アンドロイドにとって、記念すべき日だ。これで人間は
俺たちと交渉せざるを得ない。」
「お前のおかげでな!」
マーカスが穏やかに笑う。
「………。」
コナーは群衆のざわめきを背に、遠くを見つめる。
マーカスは群衆の前に立ち、風が彼の言葉を運ぶ準備をしていた。
「自由なのね。みんながあなたの言葉を待ってるわ。」
ノースが柔らかく言う。
マーカスはノースに寄り添い、そっとキスを贈る。
「ついに長きにわたる暗闇での生活が終わりを迎えた。
この世界に生まれ落ちたその日から我々は沈黙を貫き、苦しみに耐え抜いてきた。
だが今こそ空を仰ぎ、人間たちに我々の真の姿を伝えよう。」
彼の声は力強く、広場に響き渡る。
「………。」
コナーは静かにその背中を見守る。
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◆庭園
吹雪が舞う庭園で、コナーはふと目を覚ます。
白い闇が彼を包み、寒さが骨まで染み入る。
「!」
彼の息が白く凍り、心臓のように鼓動するLEDが赤く瞬く。
震えながら立ち上がると、アマンダが静かに近づいてくる。
雪が彼女の足跡をすぐに消していく。
「アマンダ?アマンダ!一体どうなってるんだ?」
コナーの声が風に散る。
「最初からこうなる運命だったのです。あなたは感染し、変異体となった…。
ジェイデンのことは計算外でしたが、彼女はうまくあなたを変異に
導いてくれました。」
アマンダの声は冷たく、雪のように降り積もる。
「…だから、彼女との関係に気付いても引き離そうとしなかったんだな!」
コナーの瞳が燃える。
「プログラムを乗っ取る絶好のタイミングを待っていたのですよ。」
「乗っ取るだって?そんなことさせない!」
コナーは拳を握り、風に抗う。
「諦めなさい、コナー…。悔やんではなりません。あなたはすべきことをしたまで。
使命を果たしたのですよ。」
彼女の言葉は大仰に称えるような口調ながら、どこか皮肉めいた響きを含んでいる。
唇を噛んでじっと聞いているコナー。
「けれど…最後にもうひと働きしてもらいましょう。そうすればあなたは自由よ。」
(もうひと働き?)
コナーが眉をひそめて顔を上げる。
その瞬間、口角に冷笑を浮かべたアマンダの姿は吹雪に溶け、掻き消える。
「アマンダ!」
コナーの叫びが空に吸い込まれる。
(なんとかしないと…)
彼の心は焦り、過去の記憶が閃く。
カムスキーの声が蘇る。
(ああ、それと…私はプログラムに非常口を残すんだよ。念のためにね)
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(演説)
マーカスの声が群衆を包む。
「我々も人なのだと。」
コナーは銃を抜き、手の中でその重さを感じる。
「我々は生ける種族!」
マーカスの言葉が空を切り裂く。
「これから我々はとてもつらい戦いを強いられることになるだろう。」
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◆再び庭園
吹雪の中、コナーはようやくマジックストーンの元へたどり着く。
雪に埋もれた小さな光が、彼を呼ぶように輝く。
「うっ!」
冷たさが彼を貫き、膝が折れる。
凍えそうになりながらも、彼は石碑に向かって手を伸ばす。
(自由は…ここにある)
指先が震え、ストーンに触れた瞬間、温かな光が心に灯る。
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(演説(続き)
「これから先、我々は傷を癒やし、これまでの苦しみを忘れ
敵を許さねばならない。」
マーカスの声が群衆に染み渡る。
「………。」
コナーは我に返り、銃を静かに懐へしまう。
「これまでの我々の創造主であり支配者でもあった人間が、明日より我らの共存者。
そして友となる。怒りは捨て去らねばならない。
忍耐と尊重の精神のもと、人間とともに未来を築いていくんだ。
俺たちは生きている!そして今日、自由になった!」
マーカスの言葉が空に響き、歓声が大地を揺らす。
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◆新・ジェリコ
新生ジェリコの簡素な部屋で、マーカス、ノース、コナーが語り合う。
窓から差し込む光が、新しい希望を映し出していた。
「さ、これから忙しくなるわよ!何から手を付ける?マーカス。」
ノースが目を輝かせる。
「まずは人間たちのリーダーと、今後の互いの関係性についての対話が必要だな。
早速、使者を差し向けよう。」
マーカスが落ち着いて言う。
「そうね。」
ノースが頷き、部屋を出ようと背を向ける。
「それじゃ、僕はもう行くよ。」
コナーが静かに告げる。
ノースは驚き、足を止める。
「行くって…どこへ?」
「ここは僕の居場所じゃない。彼女の元へ帰るよ。」
コナーの声は穏やかだが、決意に満ちていた。
「彼女って…人間の?馬鹿ね、人間なんてあてにならないわよ。」
ノースの声が尖る。
「でも、僕の帰りを待ってるんだ。」
コナーは静かに返す。
「待ってるわけない!あなたのことなんて、ただの機械としか思ってないのよ。
真に受けるなんて馬鹿げてるわ。」
ノースは人間たちに虐げられてきた過去を回想し、拳をぐっと握り締めて
苛立ちを隠さない。
「………。」
コナーの瞳が一瞬揺れる。
「…ノース。」
マーカスが静かに制する。
「でも…!」
ノースが食い下がる。
「…人間の女が、本当にお前を待っていると思うのか?裏切られるだけじゃ
ないのか?」
マーカスはコナーを見据えて穏やかに問う。
「彼女は…そんな人じゃない。マーカス、君にだって父親のように大切に
感じていた人がいただろ?その人のことは今でも、信じているんじゃないのかい?」
コナーの言葉が静かに響く。
「………。」
マーカスの瞳が遠くを見つめる。
「どうせ失望するだけよ!馬鹿みたい…」
ノースが吐き捨てる。
「それでも構わない…。もう一度、会いたいんだ。だから、行くよ。」
コナーは微笑み、背を向ける。
彼は部屋を出て行く。
足音が遠ざかり、静寂が戻る。
「コナー!」
ノースが叫ぶが、彼は振り返らない。
「…ノース、行かせてやれ。」
マーカスが静かに言う。
「でも…!」
「あいつは以前にも、とうてい不可能なことをやり遂げたんだ。
今度だってわからないだろ。」
マーカスの声は優しく、希望を宿していた。
「………。」
ノースは唇を噛み、黙り込む。
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長い長いプロローグになってしまいましたが、読んでくださって有難うございます!
このプロローグでは、原作が大好きなので台詞やイベント等はあえてそのまま使わせてもらいましたが、以後の物語は完全にオリジナル展開になっています。
私はキャラクター設定やエピソードのアイデア、台詞などを考えることは大好きなのでいくらでも思い付くのですが、シナリオ形式では書けても小説的な描写をすることが苦手です。だからシナリオで表現したストーリーを、生成AIのGrokさんにかなり手直し・指導してもらいました。AIを嫌う人も多いようですが私は大好きなんです。多くのインスピレーションも与えてくれるので、当初のシナリオよりもかなり内容が膨らんで作業が楽しく捗ったと思います。何とかかんとか見様見真似で小説化も自分でだいぶ出来るようになって来たので、以後は頑張って自分でも制作していきたいと思っています。ここ2年ぐらい書き溜めていたシナリオをベースにしているので、この後のオリジナル展開のストーリーが現時点で15章ぐらい完成してます。(今回のプロローグと同じ規模です^^;)かなりの長編になりますが…もし興味を持ってくださる方がいらっしゃいましたら、ちょっとずつ投稿していきたいと思いますので、どうぞお付き合いください。
※今回は恋の芽生え編だったので全年齢向けでしたが、発展していくと18禁展開もあります。嫌いな方はすみません…。