Detroit: Beyond the Code 作:Mauve
11月15日 0:00
◆病院
夜の病院は静寂に包まれ、
窓から差し込む月光が病室を柔らかく照らす。
ジューンはベッドに横たわり、うとうとと眠りを待っていた。
そこへコナーがそっと現れる。
「…ジューン。」
彼の声は優しく、月夜に響く。
「コナー!」
ジューンは目を輝かせ、彼に手を伸ばす。
コナーは彼女の傍の椅子に腰を下ろし、穏やかな微笑みを浮かべる。
「傷の具合はどうですか?」
「そんなことどうだっていい!…本当に帰って来てくれたのね。」
ジューンの声が震え、喜びが溢れる。
「当然です。約束したでしょう?」
コナーは静かに言う。
「テレビで革命成功のニュースを見たけど…何日経っても連絡もないし、
もう戻らないつもりかも知れないって…。」
ジューンは涙ぐみ、その頬には雫が光る。
「あの後、いろいろあって…遅くなってすみません。
僕の役目はもう終わりました。あとは…
自分のために生きるつもりです。」
コナーは彼女の手をそっと握り、
その温もりを実感するかのように一瞬目を閉じる。
「コナー…。ええ、それでいいのよ。
でも、仲間の元じゃなくて私たちとでいいの?」
ジューンの瞳が彼を捉える。
「僕は仲間たちとは違って、あなたや…ハンクのように
良い人たちに恵まれて、人間が好きになってしまったんです。
ですから、許されるのならばまたあなたたちの傍で生きたいと…。」
コナーの声は温かく、心からの願いが滲む。
「ええ、大歓迎よ。コナー。でもあなた…住むところもないのよね。
うちに置いてあげたいけど、義父がいるし…。」
ジューンが少し困ったように笑う。
「いいんです。どこかモーテルにでも…。」
コナーが言いかける。
その時、ハンクがひょいと病室のドアから顔を覗かせる。
「うちに来りゃいい。お前一人ぐらいならどうってこともない。」
「ハンク…。」
コナーが驚きを隠せない。
「あの夜、あなたが連絡を入れてくれたんでしょ?
すぐ病院に駆け付けてくれたのよ。」
ジューンがハンクに感謝の目を向ける。
「お前が撃たれたって聞いて、肝を冷やしたぞ。ジェイデン。
軽傷で良かったがな。」
ハンクがぶっきらぼうに言う。
「あんなに至近距離で撃たれたのに、よく助かったと思うわ。
アンドロイドなら狙いは正確なはずなのに…
何で外したのかしら?」
ジューンが首を傾げる。
「………。」コナーのLEDが一瞬黄色に瞬く。
「ともかく、ここにいるわけにゃいかないだろう。お前はうちへ来い。」
ハンクがコナーに言う。
「良かった…!ねぇ、そうしなさい。」
ジューンが笑顔で促す。
「すみません。しばらくご厄介になります。」
コナーが頭を下げる。
「その代わり、スモウの世話や家事は頼むぞ?」
ハンクが軽く笑う。
「未経験ですが、やってみます。」
コナーが真剣に答える。
ハンクはジューンに目を移す。
「お前は安心してさっさとその怪我を治せ。
お前ら二人とも消えちまって仕事が大変なんだよ。いいな?」
「はい。ありがとう、ハンク…。」
ジューンが嬉しそうに返す。
「よし。…あー、先に出てるぞ。」
ハンクは頭を掻いて病室を出て行く。
「良かったわね。」
ジューンがコナーに微笑む。
「はい。」彼が頷く。
ジューンはコナーの手を握り、そっと力を込める。
「コナー、戻ってくれて本当に嬉しいわ。ありがとう。」
「ありがとうだなんて…。それは僕の言うことです。
ジューン、僕を待っていてくれて本当にありがとう。
僕は幸せ者です。」
コナーの声は柔らかく、彼女に寄り添う。
「コナー…。」
ジューンの瞳が潤み、彼を見つめる。
コナーは彼女を抱き寄せ、優しく二度キスを贈る。
一度目は額に、二度目は唇に。
月光が二人の影を優しく包む。
(ここが僕の居場所だ)
コナーはジューンを真っ直ぐに見つめ、満足げに微笑む。
「ん?」
しばしの間に彼女が不思議そうに首を傾げる。
「いえ…。」
照れ隠しのように一瞬視線を逸らした後、改めて彼女を見つめるコナー。
「それでは…また来ます。」
「ええ。おやすみなさい。」
ジューンは彼の温もりをそっと胸に刻む。
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(数日後)
◆病院・ロビー
朝の陽光が病院のロビーを明るく照らす。
すっかり帰り支度のジューン、ベンチに腰かけている。
コナーとハンクが駆けつける。
「おお、無事に退院だな。」
ハンクが笑顔で言う。
「おめでとうございます。」
コナーが穏やかに祝福する。
「二人とも、わざわざ来てくれたんですか!ありがとう…。」
ジューンは感激し、二人の顔を見つめる。
そこへノーマンが支払いを済ませ、やって来る。
「ジューン。こちらは…」
「どうも。私はデトロイト市警で彼女とチームを組んでいる、
アンダーソン警部補です。こっちはコナー。」
ハンクが自己紹介する。
「それはどうも、娘がいつもお世話になっています。
コナーも来てくれたんだな。」
ノーマンが微笑む。
「ノーマンさん、ご無沙汰しています。」
コナーが丁寧に返す。
「お前、面識あるのか?」
ハンクが驚いて尋ねる。
「ええ。前に泥酔した娘を送ってくれたことがありましてね。
けど君、変異体の蜂起のニュースでは驚いたぞ。
ずらっと数百体のアンドロイドを率いて、政府と交渉するとはね…。」
ノーマンが感心する。
「恐れ入ります。」
コナーが控えめに答える。
「こんなところで立ち話も何だ。良かったら家へ来ませんか?」
ノーマンが誘う。
「いえ…ジューンさんの退院祝いで、ちょっと顔を見に来た
だけですのでお構いなく。もう失礼します。」
ハンクが断る。
「でも、せっかく来ていただいたのに…」
ノーマンが名残惜しそうに言う。
「父さん、却ってご迷惑よ。
私は今後の復帰について少し話をしていくから、
荷物を持って先に帰ってて。」
ジューンが助け舟を出す。
「やれやれ、わかったよ。
アンダーソンさん、今度ぜひ遊びに来てくださいよ。
一杯やりましょう。」
ノーマンがブランデーグラスをくいっと傾けるような
ジェスチャーをしつつ笑う。
「ええ、機会があればぜひ。」
ハンクが返す。
「コナーもな。それじゃ、今日のところはこれで。」
ノーマンはロビーを出て行く。
その後ろ姿を見送る一同。
「ふぅ…すみません。
年をとったら、すっかり話好きになっちゃって。」
ジューンが苦笑する。
「いや、いいんだ。あの人が折り紙殺人で有名なFBI捜査官か…。」
ハンクが呟く。
「もう面影ないでしょ。引退してずいぶん経ちますから。」
ジューンが笑う。
「せっかくだから、どっかで飯でも食ってくか?」
ハンクが提案する。
「はい。」
ジューンが嬉しそうに頷く。
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◆バーガースタンド
バーガースタンドの喧騒が三人を包む。
油と肉の香りが漂い、陽光がテーブルを温かく照らす。
「結局、またここですか…。警部補、ほんとにお好きですね。」
ジューンが呆れ顔で言う。
「ここのバーガーはデトロイト1だからな!
ほれ、退院祝いの驕りだ。何でも食え。」
ハンクが豪快に笑う。
「うわ、カロリー高いのばっかり…。こんなの食べたら夕飯抜きだわ。
どれを選べと言うのよ…。」
ジューンがメニューを眺めて呟く。
(う…。でも、美味しそう…)
「大丈夫ですよ、ジューン。むしろ、少し太った方がいい。」
コナーが優しく言う。
「冗談でしょ?」
と、軽くコナーを睨むジューン。
「その分、動きゃいいだろ。ぐだぐだ言わずに食え。」
ハンクが笑う。
「もう…。じゃ、このチーズドッグとカフェオレを…。」
ジューンが諦めたように注文する。
「はいよ!」
店員が元気に答える。
「この店で一番、低カロリーなメニューです。
それでも680キロカロリーはありますけど…。」
コナーが補足する。
「コナー、あなたってほんと便利ね…。」
ジューンが目を丸くして感心する。
「そうでしょう?いつでもお役に立ちますよ。」
コナーが微笑む。
やがて、食事が進む中、ハンクが口を開く。
「今、こいつ(コナー)の復帰についてもジェフリーに掛け合ってるんだ。
近いうちに戻れると思うぞ。」
「そうなんですか?良かった!」
ジューンの顔がパッと明るくなる。
「私のために尽力していただきありがとうございます。警部補。」
コナーが感謝する。
「あー、食った食った!」
ハンクが満足げに腹をさする。
「さて…俺は先に帰るが、お前たちはどうする?」
「そうね…。せっかくだから、どこかに遊びに行く?」
ジューンがコナーに提案する。
「でもまだ病み上がりですから、無理されない方がいいのでは…。」
コナーが心配する。
「リハビリがてらだ、構やしねえだろ。そうだ、ジェイデン。
コナーの服を選んでやってくれよ。
いつまでもそのサイバーライフの制服、着てるわけにゃ
いかねえだろ?」
ハンクが言う。
「そうですね。いいわ、行きましょう。」
ジューンが笑顔で頷く。
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◆ファッション街
デトロイトのファッション街は、色とりどりのショーウィンドウが輝き、
通りを行き交う人々の笑顔が響き合う。
ジューンとコナーは肩を並べ、柔らかな風に髪を揺らしながら歩いていた。
「あなたってスタイルがいいから、何でも似合うわね…。
このセーターも素敵…。」
ジューンはふと足を止め、棚から深緑のセーターを取り、
彼にそっと当ててみる。
「こういう服装が好みですか?」
コナーが彼女の瞳を見つめ、穏やかに尋ねる。
「ええ。この間、あなたが着てたような若い服装も可愛いけど、
やっぱりこういう大人っぽいほうが好きだな。」
ジューンは微笑んで答える。
「覚えておきます。」
コナーの声は優しく、彼女の好みを心に刻む。
「じゃ、これとこれを買いましょう。すみませーん!」
ジューンは店員を呼び、弾んだ声で買い物を進める。
やがて、袋を手に持つ二人は通りを歩き続ける。
「今度はあなたの服を見に行きましょう。僕に選ばせてください。」
コナーが提案する。
「えっ…選んでくれるの?ふふ、いいわよ。」
ジューンは驚きつつも、楽しそうに笑う。
コナーは真剣な眼差しで棚を眺め、やがて一枚のワンピースを手に取る。
淡いブルーの生地に花柄が散りばめられ、風に揺れるような
軽やかさがあった。
「こういうのはどうですか?」
ジューンが覗き込む。
「へぇ…コナーってこういうのが好みなんだ?
やっぱり可愛いのがいいのね。でも、私に似合うかしら…。」
少し照れながらワンピースを受け取る。
「似合いますよ、きっと。ちょっと試着してみてください。」
コナーの声は確信に満ち、彼女を優しく促す。
ジューンは試着室へ向かい、カーテンの陰で着替える。
やがて出てきた彼女はワンピースに身を包み、少し恥ずかしそうに尋ねる。
「うーん、どう?」
「思った通りだ。とてもよく似合いますよ。あなたが着ていると特別だ。」
コナーの瞳が輝き、彼女の姿に心奪われる。
ジューンはその言葉を受けて、
「そ、そうかしら?大げさよ…!」
と苦笑しつつも、まんざらでもなさそうな笑みを浮かべる。
「でもこれは、署に着て行くわけにはいかないわね。」
ジューンが苦笑する。
「それは…。」コナーが言葉に詰まる。
「いいわ。プライベートで着ればいいんだものね。
たまにはお洒落しなくちゃ。買って来るわ!」
ジューンは嬉しそうにレジへ向かう。足取りは軽やかだ。
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◆ハンクの家
夕暮れが室内を柔らかく染める中、
コナーは両手に荷物を抱えて帰宅した。
「ただいま帰りました。」
彼の声が静かな家に響く。
「おう、帰ったか。早かったな。」
ハンクがリビングから顔を出し、ビールを手に迎える。
「はい。彼女の怪我に触るといけませんので…。」
コナーは荷物をテーブルに置き、穏やかに答える。
ハンクは荷物に目をやり、
「ほう、いっぱい買い込んだな。金は足りたか?」と尋ねる。
「ええ。僕に似合うからと彼女がプレゼントしてくれた物もあるので…。」
コナーは袋から深緑のセーターを取り出し、胸に当てて見せる。
「へえ。なかなかいいセンスじゃねえか。似合ってるぞ。」
ハンクが感心したように頷く。
「ありがとうございます。」
コナーは得意そうに微笑み、頬をわずかに緩ませる。
「それで、お返しに僕も彼女の服を見立てたんです。
本当はプレゼントしたかったんですが…。
早く所得を得て自分のお金でプレゼントしたいです。」
コナーの声に熱がこもる。
「ま、復帰したら今後はちゃんと手当ても出るから安心しろ。」
「はい。頑張ります。」
「しかし、お前が女の服を見立てるとはな…。
ちゃんと選べたのか?」
ハンクが興味津々に問う。
「多分…。」
コナーが少し自信なさげに答える。
「へえ。で、どんなのを選んでやったんだ?」
「女性らしいワンピースですよ。彼女の凛とした雰囲気と
マッチして、とても素敵でした。」
コナーは目を細め、先ほどのジューンの試着姿を回想する。
そのうっとりした表情に、ハンクは肩を竦める。
「そんなのを署には着て来れないだろ。」
「当然、プライベート用ですよ。あんな素敵な姿を見せたら、
彼女の魅力にみんな気付いてしまいますから…。」
コナーの声は愛おしさに満ち、独占欲がちらりと覗く。
「まったく、のろけやがって。歯が浮くぜ。」
ハンクが苦笑する。
「すみません。」
コナーが照れ臭そうに頭をかく。
「じゃ、そいつはお前とのデート用ってわけか。
もう誘ったのか?」
ハンクが探る。
「いえ。サラリーが出たら誘おうと思っています。
所得を得てはじめて一人前と言えますからね。」
コナーが真剣に答える。
「お前らしいな。ま、それもいいだろうさ。」
ハンクが微笑ましく見つめる。
「………。」
コナーは静かに頷き、未来への希望を胸に秘める。
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(翌朝)
◆デトロイト署・オフィス
デトロイト署の朝はいつも通りの喧騒とコーヒーの香りに満ちていた。
署長の声が刑事たちのざわめきを切り裂く。
「今日からまたこのコナーに捜査を手伝ってもらうことになった。
変異体と人間とは、今や共存関係だからな。
新入りの警官と思って、接してやってくれ。」
署長の声が響き渡る。
「はい。」
刑事たちが顔を上げ、一斉に頷く。
「コナー、またハンクとジェイデンのチームに加わってもらうぞ。
以上だ。」
署長が締めくくる。
クリスがコナーに近づき、笑顔を向ける。
「びっくりだな!正式に刑事になったわけだ。」
「よろしくお願いします。クリス。」
コナーが穏やかに返す。
ビルがハンクにからかうように言う。
「どういう風の吹き回しだ?ハンク。
あれだけアンドロイドどもを嫌ってたお前がねぇ。」
「…ま、好き嫌いに関係なく、こいつはなかなか役に立つからな。
何とかとハサミは使いようだよ。」
ハンクがぶっきらぼうに笑う。
ギャビンが声を荒げ、自室へ戻ろうとした署長を呼び止める。
「ちょっと待ってくださいよ、署長!こいつら、出来てるんですよ。
職場恋愛は禁止のはずでしょう?」
「!何言ってるの?そんなわけないでしょ…。」
ジューンがざわとらしく驚き、素っ頓狂な声を上げる。
「そうです。私は機械なんですよ。」
コナーも冷静に返す。
「とぼけやがって!証拠保管室でキスしてたじゃねぇか!」
ギャビンが食い下がる。
「まさか!夢でも見てたんじゃないの?」
ジューンが呆れたように反論する。
「それは…記憶違いでは?あり得ませんよ。」
コナーが淡々と否定する。
「なっ…てめぇら、何しらばっくれてやがんだ!?
抱き合ってキスしてただろ!」
ギャビンが怒りを募らせる。
「…頭がおかしいんじゃないの?
いつも卑猥な妄想ばっかりしてるからよ。」
ジューンが冷たく切り捨てる。
そこへアリソンが通りがかり、会話に割り込む。
「そうそう!
だって、コナーとキスなんてしたら下手したら死ぬわよ?」
「は!?死ぬって何だよ?」
ギャビンが困惑する。
「血痕とか毒物とか、いつも危険な証拠品ばっかり舐めてるから
危ないのよね?」
アリソンが真剣に言う。
「ああ…そ、そうね。」
ジューンが曖昧に頷く。
「………。」コナーのLEDが一瞬黄色に瞬く。
「見た目はこんなにいい男なのにねぇ…。
キスもセックスも出来ないんじゃ、どうしようもないわよね。
ほんと、もったいない。」
アリソンがため息をつきつつ、その場を離れる。
「………。」
コナーは無言だが、何か言いたげにやや眉をしかめている。
(冗談でも困ります)
「馬鹿か、現にこいつはピンピンしてるじゃねーか!」
ギャビンが反論する。
「…だから、してねぇってことだろうが。
いい加減にしろ、ギャビン。」
ハンクが苛立ちを込めて言う。
「もういいか?リード。ともかく、そういうことだから。
うまいことやってくれよ。いいな!」
署長が話を切り上げ、立ち去る。
「…ちっ、世も末だぜ!こんな奴が同僚とはね。」
ギャビンが舌打ちする。
「お手柔らかに、リード刑事。」
コナーが静かに返す。
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◆同・資料室前の廊下
資料室のドアの前で、コナーとジューンが鉢合わせする。
それぞれ腕にファイルや資料を山のように抱えている。
「あれ?あなたも?」
ジューンが驚く。
「はい。ある事件の調書のコピーを頼まれて…。」
コナーが答える。
「そう…。」
二人の間に静かな空気が流れる。
嬉しそうに微笑み合い、揃って資料室へ入るジューンとコナー。
(また一緒に仕事できるなんて)
ジューンの心は密かに躍っていた。
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◆同・オフィス
慌ただしく電話や怒号、談笑などのざわめきが響くオフィス。
一人の男が勝手知った様子で颯爽と入って来る。
長身で筋肉質な体型、スーツのネクタイは緩められ、
髭がクールな雰囲気を際立たせる。
青い瞳が鋭く光り、彼の存在が空気を変える。
同僚たちが次々に彼の元へ集まって行く。
「あら?やだ、ルークじゃない!ルーク・ミラーよ!」
アリソンが驚きの声を上げる。
「まぁ、本当。」
クレアが目を丸くする。
アリソンとクレアがハンクや他の刑事たちと挨拶を交わす
ルークに駆け寄る。
「ルーク!久しぶりじゃない!」
「アリー!クレア!久しぶり。元気にしてたかい?」
ルークが低く落ち着いた声で返す。
「よく言うわよ!全然、訪ねて来なかったわね。
薄情なんだから。」
アリソンが拗ねたように軽く睨む。
「すまん。
事務所を立ち上げたばかりだったもんで、てんてこ舞いでさ。
ようやく人心地ついたんで、顔を出してみたんだ。」
ルークが肩をすくめる。
「それで、探偵業のほうはうまくいってるの?」
クレアが興味津々に尋ねる。
「ああ。おかげさまでやっと軌道に乗って来たよ。」
「軌道に乗るどころか、結構な人気らしいぞ。こいつの事務所。」
ハンクが補足する。
「へぇ、やるじゃないの!」
クレアが感心する。
「まあ、俺が本気を出しゃこんなもんさ。ところで…
ジューンの姿が見えないけど…。出て来てるんだろ?」
ルークが鋭い視線で部屋を見回す。
「ああ、ジューンね。はいはい、来てますとも。ねぇ?」
アリソンが意味深ににやけ、クレアに同意を求める。
「うん!」
クレアが頷き、二人が顔を見合わせて含み笑いをする。
「何だよ!」
ルークが怪訝そうに言う。
「別にぃ…。うふふ。」
アリソンがからかう。
「ハンク?」
ルークが彼に目を向ける。
「あいつなら…資料室だぞ。」
ハンクが静かに答える。
「そうですか。ちょっとあいつに用があるんで…行ってみますよ。」
ルークは立ち上がり、足音を響かせて去る。
「………。」
ハンクは黙ってその背中を見送る。
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◆資料室
ジューンは棚の間で資料を整理し、書類の束を丁寧に並べていた。
コナーはコピー機のそばで、機械の音に耳を傾けながら調書を複製している。
二人とも顔を上げず、それぞれに作業をしつつも会話を楽しんでいる。
「そう言えば…あなたが観たいと言ってらしたホラー映画が、
今夜リバイバル上映されるそうですよ。」
コナーが穏やかに切り出す。
「えっ、本当に!?行きたいな…。」
ジューンの瞳が一瞬輝き、彼に顔を向ける。
「………。」
コナーは彼女の笑顔に心を揺らし、言葉を探す。
「ねぇ、コナー。付き合って。」
ジューンが無邪気に誘う。
「しかし…」
コナーが少し躊躇する。
「何よ、嫌なの?そうか、あなたホラーはあまり好きじゃないって…」
ジューンが少し残念そうに言う。
「いえ、そういうわけでは。ただ、今は手持ちが乏しいので…。」
コナーが申し訳なさそうに説明する。
「何だ、そんなことを気にして?いいのよ。私が奢るから!」
ジューンが明るく笑う。
「そういうわけには!
デート費用は男性が支払うのがセオリーでしょう?」
コナーが真剣に反論する。
「デート…。」
ジューンはその言葉に一瞬頬を染め、彼を見つめる。
「?」コナーが首を傾げる。
「ふふ、いいのよ!そんなのどっちでも。
それに私が誘ったんだもの。ね?」
ジューンが優しく促す。
「そうですか…。では、お付き合いします。」
コナーは小さく微笑み、彼女の笑顔に心が温まる。
「ほんと!?やった。上がりが楽しみね。」
ジューンが弾んだ声で言う。
心なしか、作業の手が早まる。
「のどが渇いたんじゃないですか?コーヒーをお持ちします。」
と、コナーが気遣う。
「そんな、いいのよ。欲しかったら自分で行くわ。」
ジューンは遠慮するが、
「構いませんよ。ちょっと行って来ます。」
コナーが優しく答えて戸口へ向かう。
「あ、コナー!」
ジューンが呼び止めるが、彼は部屋を出て行く。
「もう、気遣ってくれなくてもいいのに…。」
ジューンは小さく呟き、彼が消えたドアを見つめる。
(優しすぎるんだから)
やがて、ドアが再び開く。
ジューンはコナーが戻ったと思い、顔を上げる。
「もう、いいのに…。ありがと…」
だが、そこには懐かしいルークが立っていた。
笑顔が彼の髭を柔らかく彩る。
「よう。」
「!…ルーク!?」
ジューンの目が驚きに丸くなり、声が弾む。
「久しぶりだな、ジューン。元気そうじゃねぇか。」
ルークが低く落ち着いた声で言う。
「嘘!どうして?久しぶりね!」
ジューンは嬉しさに目を輝かせ、彼に飛びつく。
ルークは彼女を抱き止め、懐かしさに笑う。
「まったくお前は…全然、成長してねぇな。
相変わらず胸もぺったんこじゃねぇか。」
「うるさいなぁ!余計なお世話よ。」
ジューンが拗ねたように言い、ルークの腕を軽くつねる。
「そう拗ねるなよ。お前は可愛い可愛い。」
ルークがからかうように言う。
「もう、そうやってすぐ子供扱いして…。」
ジューンが頬を膨らませる。
その時、ドアが開き、コナーがコーヒーを持って戻ってくる。
「お待たせしま…」
ジューンとルークが抱き合っている姿を見て、コナーの瞳が揺れる。
驚きと動揺が彼の心を刺す。
(誰だ?クールな彼女があんな笑顔を…)
ジューンはコナーに気付き、慌ててルークから離れる。
「あ!コナー、これは違うの。この人は、私の先輩で…」
「………。」コナーのLEDが黄色に瞬き、言葉を失う。
「?お前、何慌ててるんだよ。そいつはただのアンドロイドだろ?」
ルークが不思議そうに言う。
「そんな言い方しないで!コナーは変異体なのよ。
ただの機械じゃ…」
ジューンがルークをたしなめる。
「変異体?」
ルークはコナーを不躾にじろじろと眺める。
「ん、お前…見たことある顔だな?」
ややあって、記憶が閃く。
「ああ、そうか!
あの変異体の革命で、ずらーっとアンドロイドの軍団を
引き連れてた奴だ!へえ、デトロイト署にいたのか…。」
「………。」コナーは無言で視線を逸らす。
「あ、あのね。コナー。
彼はルークって言って、前にここにいた刑事なのよ。
今は退職して、探偵をやってるの。」
ジューンが慌てて紹介する。
「そうですか。はじめまして。私はコナーです。」
コナーが静かに挨拶する。
「コナー、ね。で、今はジューンのパートナーなのか?」
ルークが鋭い視線を向ける。
「私のと言うか…ハンクのチームに所属しているのよね。私たち。」
ジューンが説明する。
「ふぅん…。しかし、変異体って言ってもただの機械だろ。
役に立つのか?」
ルークが挑発的に言う。
「あのね、役に立つなんてもんじゃないわよ。
私なんかより、ずっと優秀なんだから。
推理力もすごいし、射撃でも格闘でも並みの人間じゃ
何だって勝てないわよ。」
ジューンが熱く擁護する。
「ずいぶんとそいつを立てるじゃねぇか。
そんなに大した腕なのか?どれ…」
ルークが不意にコナーに格闘で攻撃を仕掛ける。
「………。」
コナーは一瞬の動きで軽く避け、ルークの拳が虚しく宙を切る。
「うわっ!」
ルークはバランスを崩し、驚きに目を丸くする。
「ほら、見なさいよ。そんな不意打ちをしたって勝てないんだから。」
ジューンがくすっと笑う。
「くそ!癪だな…。」
ルークが悔しそうに呟く。
「ふん、やめだやめだ。機械相手じゃ分が悪いぜ。」
「それより、ジューン。今日はお前に話があって来たんだ。
奢ってやるから、今晩、ちょっと付き合え。」
ルークが話を切り替える。
「えっ?何なの?」
ジューンが首を傾げる。
「ここじゃなんだからよ。とにかく来い。お前の好きだった…
ほれ、あのイタリアンの店、予約しとくからな。」
ルークが誘う。
「えっ、でも…。今日は約束が…」
ジューンはコナーの顔色を伺う。
「私のことはお気になさらずに、どうぞ行ってください。」
コナーが静かに言う。
「でも…」
ジューンが躊躇する。
「私はただの機械ですから。お気遣いは無用ですよ。
それでは、コピーも終わりましたので、先に出ます。」
コナーは調書の束を抱え、ドアへ向かう。
「コナー…!」
ジューンが呼び止めるが、彼は振り返らずに出て行く。
「…何だよ?あのアンドロイドのことをやけに気にするんだな。」
ルークが怪訝そうに問う。
「今夜は…コナーと一緒に映画に行くって約束してて…。」
ジューンが小さく呟く。
「映画?んなもん、いつでもいいだろ。
せっかく1年ぶりに来たんだぞ。先輩の顔を立てろよ。」
ルークが軽く笑う。
「…わかったわよ。」
ジューンが渋々頷く。
「よし!じゃ、21時に予約入れとくからな。絶対来いよ?」
ルークが満足げに言う。
(ごめんね、コナー…)
コナーが立ち去る際の寂しげな背中を思い出し、唇を噛むジューン。
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◆ハンクの車内
夕暮れがデトロイトの街を茜色に染める中、
ハンクとコナーが帰路を辿る。
コナーは助手席で外を眺め、コインを指先で弄びながら
落ち着かない様子を見せる。
「…何だ?」
ハンクがチラリと彼を見て尋ねる。
コナーは不思議そうに手を止め、ハンクを見つめる。
「えっ?何がですか?」
「そいつはいつものキャリブレーションとかいうのとは違うだろ。
お前、何をイライラしてるんだ?」
ハンクが鋭く指摘する。
「別にイライラなどしていませんよ。」
コナーが平静を装う。
「嘘をつけ。資料室から戻ってから、ずっとその調子だろ。」
ハンクがにやっと笑みを浮かべる。
「………。」コナーのLEDが黄色に瞬き、視線を落とす。
「ジェイデンのことか?」
ハンクが探る。
「…彼女は僕にならファストネームで呼んでいいと言っていましたが…
僕に対してだけじゃなかったんですね。
今日、署を訪れた、あのルークという男性も…ジューンと呼んでいました。
それに、彼女も全く嫌そうな素振りではなかった。」
コナーの声に微かな苛立ちが滲む。
「………。」ハンクが黙って聞く。
「それに…あの話し方。まるで小さな子供のような口調で、
彼には甘えていたんですよ。彼らは交際していたのですか?
以前、彼女は20歳の頃に失恋して以来、誰とも付き合っては
いないと言ってましたが…嘘だったのでしょうか?」
コナーの言葉に明らかな嫉妬が混じる。
「気になるか?」
ハンクがからかうように言う。
「…それは…。」
コナーのLEDが黄色に変わり、動揺が隠せない。
「聞きたいなら教えてやるぞ。」
ハンクが穏やかに言う。
しばし迷った後、
「…はい。聞きたいです。教えてください。」
コナーが真剣に答える。
「そうか。じゃ、教えてやるよ。ルークは元うちの課の刑事で、
新人の頃のジェイデンの世話役だったんだ。
世話役っていっても誰が決めたわけでもないんだがな。」
「あの頃のジェイデンは世渡りが下手くそでな。
引っ込み思案でなかなか職場に溶け込めなかったんだ。」
ハンクが目を細めて回想する。
「えっ、彼女がですか?」
コナーが驚く。
「ああ、今じゃ想像できないだろう。でも、そうだったんだよ。
おまけにあのギャビンにもいびられてな。」
「………。」コナーの瞳が曇る。
「ルークは気さくな奴で、課のムードメーカーだった。
あいつは困った人間を放っておけない面もあったんで、
ジェイデンのことをいつも庇ってやってな。
いつも傍について、あいつを笑わせてたよ。
何とか職場の空気に馴染めるよう、自然と付き合い方を
教えてやったりもしてたな。
そのうち、いつの間にかジェイデンもリラックスできるようになって、
今ではあの通りだ。」
ハンクが懐かしそうに言う。
「そうだったんですか…。
では彼女が僕を庇ってくれたのも、あの人の影響だったんですね。」
コナーが呟く。
「まあな。」
「…それで、彼女はあの人のことを好きになったんですね。
無理もない。」
コナーの声に寂しさが滲む。
「いや、違うんだ。
ジェイデンはルークには、兄貴に対するような感情しかなかったんだ。
けどルークのほうが、ジェイデンに惚れてたんだよ。
誰が見ても明らかだったが、ジェイデンだけは全く気付いてなかったな。」
ハンクが説明する。
「………。」コナーのLEDが再び黄色に瞬く。
「その後、ルークは思うところあって警察を辞め、
探偵業を営むことに決めたんだ。もう1年前のことだよ。
どれだけアプローチしても伝わらねぇってんで、ルークの奴もついに
諦めたんだと思ってたんだが…そうでもなかったみたいだな。」
ハンクが肩をすくめる。
「…では、彼はジューンに告白を?そのために会いに来たんでしょうか?」
コナーが不安そうに尋ねる。
「そいつはわからねぇが…そうかも知れないな。」
「………。」
コナーは窓の外を見つめた。
彼の胸に得体の知れない焦燥感が広がる。
「あいつに搔っ攫われねえようにしっかり捕まえとけよ?」
ハンクが軽く笑う。
「ま、お前なら大丈夫だろうけどな!」
「………。」
コナーは無言で俯き、心に小さな嵐が吹き荒れる。
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◆イタリアンレストラン
デトロイトの夜を彩るイタリアンレストランは、
温かな照明が窓辺に揺らめき、
トマトとバジルの香りが空気を満たしていた。
ジューンは目の前に運ばれた、厚切りベーコンがたっぷり絡んだ
カルボナーラに感嘆の声を上げる。
「うわぁ…。すごく美味しそうだけど、
こんな時間にこんなこってりした物を食べるなんて…。
太りそう。」
「何を言ってんだ。お前、痩せ過ぎだぞ。
しっかり食って、ちっとはグラマーになれよ。
そんなんじゃもてねぇぞ?」
ルークが笑いながらフォークを手に取る。
「…別にもてなくたっていいもん。」
ジューンが少し拗ねたように呟く。
「そんなこと言ってると、あっという間にババァになっちまうぞ。
お前、一生結婚しないつもりか?」
ルークがからかうように言う。
「…結婚なんてしないわよ。」
ジューンは視線を落とす。
「何言ってんだ。三十路過ぎると孤独は堪えるぞ。
お前、好きな男ぐらいいないのかよ?」
ルークの声が探るように少し低くなる。
「………。」
ジューンは押し黙り、ふとコナーのことを思い浮かべる。
「ジューン。お前、さっきの…
あの変異体と親密になり過ぎてるんじゃないか?
お前は人間なんだぞ。」
ルークが鋭く切り込む。
「ルーク、そんな言い方やめて。コナーは…
”変異体”じゃなくて仲間なの。彼は私のパートナーで
友達で…すごく信頼できる人なのよ。」
ジューンの声に熱がこもり、彼を守るように言う。
「友達?信頼できる人だって?
お前はそれだけじゃないと思ってないか?」
ルークが目を細める。
「…どういう意味?」
ジューンが怪訝そうに眉を顰める。
「お前、あいつに惹かれてるんじゃないのか?」
ルークの声が静かに迫る。
「それは…」
ジューンは言葉に詰まり、心がざわめく。
「見え見えなんだよ。
お前は…あの機械に特別な感情を持ってるんだ!」
ルークがテーブルを軽く叩く。
「………。」
ジューンはハッと息を呑む。コナーの笑顔が頭をよぎる。
(そう言えば、コナーにちゃんと気持ちを確認したこと
なかったわ。あの偽物はそんな風に言ってたけど、
本当に彼も私と同じ気持ちを持ってくれているのかしら…)
ジューンの心が葛藤に揺れる。
「ジューン…正気になれよ。
いくら何でも”物”に惚れた腫れたなんてまともじゃないだろ!」
ルークは苛立ちを隠さない。
「だから、物なんかじゃ…!」
ジューンが反論しようとする。
「ジューン!あんな奴より、俺じゃ駄目か?」
ルークが突然立ち上がり、彼女を見つめる。
ジューンの名を呼ぶ声には、微かな切なさが混じっていた。
「えっ?…な、何言ってるの?」
ジューンが驚き、目を丸くする。
「お前、全く気付いてなかったんだな。俺は…お前に惚れてたんだよ。
署にいる時からな。」
ルークの声はいつになく真剣で、青い瞳が彼女を鋭く捉える。
「まさか!冗談でしょう?」
すっかり冗談だと思い込んだジューンは、おかしそうに笑い声を立てる。
「何でだよ!」
真面目なトーンで怒声を上げるルーク。
「えっ…。それじゃ、本気なの?」
ジューンは驚いて目を見開く。
「当たり前だろ!」
「だって…人のこと、いつも子供っぽいとか色気が全くないとかって…。」
ジューンが困惑する。
「うっ…照れ隠しだよ!わかれよ、それぐらい。」
ルークが柄にもなく顔を赤らめる。
「………。」
ジューンは言葉を失い、彼の気持ちを初めて感じる。
「ルーク、何て言っていいのか…。
私、あなたのことはもちろん好きだけどいい兄貴分みたいに
思ってたから…。恋愛対象として考えたことってなかったのよ。」
ジューンが正直に言う。
「あの機械のことは恋愛対象になるのに…かよ?」
ルークの声が鋭くなる。
「………。」
ジューンは黙り込み、逡巡する。
「お前、どうかしてるんだよ。あんな奴と一緒になっても、
子供を産むことも所帯を持つことも出来ねえんだぞ?
目を覚ませよ!」
ルークが怒りを抑えきれず、強い口調で続ける。
「そんなことどうだっていい!
あなたの言う通りよ。私は彼が好きなの。愛してるわ。
コナーと一緒にいられるだけでいいの。」
ジューンの声が力強く響き、決意が溢れる。
「馬鹿野郎!今は良くても将来、絶対に後悔するぞ?
頭冷やしてよく考えろ。」
ルークが激高して立ち上がる。
「余計なお世話だわ!そんな話しかないんだったら、もう帰る!」
ジューンも憤慨し、テーブルに自分の代金を置いて立ち去る。
「おい、待てよ!ジューン!」
ルークの叫びが虚しくレストランの扉に吸い込まれる。
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(翌日)
◆デトロイト市警・休憩室
朝の休憩室はコーヒーの香りに包まれ、窓から差し込む光が
カップに反射する。
ジューンはカフェオレを手に、カウンターで一息ついていた。
そこへアリーが通りかかり、にやにやしながら肩を叩く。
「おはよ、ジェイデン!」
「何だ、アリーか…。おはよう。」
ジューンが疲れた声で返す。
「朝っぱらから何しけた顔してんのよ!」
アリーがからかう。
「………。」
ジューンは黙り、昨夜の記憶に胸を締め付けられる。
「ねえねえ。昨夜はどうだったの?」
アリーが目を輝かせて尋ねる。
「え?何のこと?」
ジューンが困惑する。
「ルークのことよ!一緒に出かけたんでしょう?
何の話だった?」
アリーが悪戯っぽく笑う。
「ああ…。」
ジューンは溜息をつき、肩を落とす。
「そのことよ。彼、急に突拍子もない事を言い出すの。
以前から私のことが好きだったとか、付き合おうとか…。
何の冗談かな?もう面食らっちゃって…。」
ジューンが呆れたように言う。
「…は!?」
アリーが驚き、目を丸くする。
「?」ジューンが首を傾げる。
「何で冗談なのよ!彼があんたに惚れてることなんて、
以前から見え見えだったじゃないの。」
アリーが呆れ顔になる。
「えっ!?」
ジューンの口が驚きで開く。
「何言ってんのよ!そんな気配、ちっともなかったわよ!」
ジューンが慌てる。
「はあ…。」
アリーがため息をつき、彼女をじっと見る。
「その様子じゃ、本気で気付いてなかったみたいね。
あんた以外はみーんな知ってたわよ。
どこがいいんだか知らないけど、ルークがあんたにぞっこんだってね。」
アリーがからかう。
「ハンクとマークだって、あんたたちがどうなるのか賭けてたぐらいよ!」
「嘘!…じゃ、ほんとだったのね…。」
ジューンの声が小さくなる。
「呆れた!そんなこともわかんないなんて、あんたってほんとに
いい年してガキよね。」
アリーが笑う。
「うるさいな、ほっといてよ…。」
ジューンがむっとする。
「ま、いいわ。で、何て返事したのよ!?付き合うの?」
アリーが興味津々に尋ねる。
「…まさか!今更そんな目で見れないわよ。」
ジューンがきっぱり言う。
「何で!結構、いい男じゃないの。鍛え上げたいい身体してるし!」
アリーが残念そうに言う。
「そんなの関係ないわよ!とにかく、そんな気にはなれないの。」
ジューンが首を振る。
「もったいなーい。どうせ特定の相手もいないんだから、
とりあえずキープしとけばいいのに。」
アリーがわざとらしく肩を竦ませる。
「あんたじゃあるまいし、私はそんな付き合い方は出来ないのよ。
もうほっといて。」
ジューンは溜息混じりに休憩室を出て行く。
さらに肩を竦めるアリーが残り、彼女の背中を見送る。
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◆同・オフィス
ハンクはデスクに座り、コーヒーカップを片手に
ドーナツを頬張っていた。
「おはようございます。」
ジューンが明るく声をかける。
「おう。」
ハンクがもごもごと応える。
「早いですね。あれ、コナーは?」
ジューンが周りを見回す。
「何言ってんだ?あいつは今日、非番だぞ。」
ハンクが笑う。
「あれ?そうでしたっけ…。」
ジューンが首を傾げる。
(昨夜のフォローをしようと思ったのに…)
ジューンの心が少し沈む。
「何だ?あいつに用でもあったか?」
ハンクが探るように見る。
「え、ええ…。昨夜、映画に行く約束をしていたんですけど
急にルークが押しかけてきて行けなかったので…。」
ジューンが少し気まずそうに言う。
「ああ、そのことか。」
ハンクが頷く。
「コナー、怒ってませんでした?」
ジューンが心配そうに尋ねる。
「あーあ、かなり苛ついてたぞ。」
ハンクがにやけ顔でからかう。
「やっぱり…。」
ジューンが肩を落とす。
「帰りに寄ってやったらどうだ?きっとあいつ、喜ぶぞ。」
ハンクが優しく提案する。
「えっ…はい!そうします。」
ジューンの顔が明るくなる。
ジューンは考え込み、呟く。
「コナーにも何か、ご機嫌をとれるような好物とかあったら
いいんだけどな…。」
ハンクは微笑ましくそんな彼女を見つめている。
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◆街角・雑貨屋前
スモウがポールに繋がれてふて寝している。
そこへ黒い車が停まり、ルークが颯爽と降り立つ。
「お!やっぱり、スモウじゃねえか!」
ルークが目を細めて笑う。
「わふっ!」
スモウが尾を振って喜ぶ。
ルークはスモウに近づき、大きな手で撫で回す。
スモウが嬉しそうに舌を出す。
「久しぶりだな、おい!元気にしてたか!?」
ルークが懐かしそうに言う。
コナーは買い物を終え、袋を手に店から出てくる。
スモウの元へ向かおうとするが、ルークの姿に気付き
ハッと足を止める。
「あなたは…」
「ん?」
ルークもコナーに気付き、驚きの声を上げる。
「お前は…!何でお前が?」
スモウ、コナーに飛びつく。
コナーはスモウを抱き留め、そっと首元を撫でつつ答える。
「私は…いま、アンダーソン警部補のお宅に下宿させてもらっているので。
せめてものお礼にスモウや身の回りのお世話をさせてもらっています。」
「へーえ。あのハンクがアンドロイドを家に…ね。
どういう心境の変化なんだか。」
ルークが皮肉っぽく笑う。
「…私はこれで。」
コナーはスモウのリードを手に、無感情に立ち去ろうとする。
ルークが先回りするかのように、コナーたちの眼前に躍り出る。
「ちょっと待てよ。せっかく会ったんだ。ちょっと話をしようぜ。」
「話…ですか?」
コナーが警戒しながら尋ねる。
「ほれ、そこのカフェにでも入ろうぜ。」
ルークが前方のカフェを顎で示す。
さっさとカフェに向かって歩いて行くルーク。
「………。」
コナーもしぶしぶ後に続く。
風が二人の背中を追いかける。
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◆カフェ・テラス席
コナーとルークが対面で座る。
スモウは二人の間に鎮座している。
アンドロイド店員が注文を聞きに来ている。
「俺はホット。お前は?飲み食いできんのか?」
ルークがからかうように言う。
「ええ…。では、私も同じ物を。」
コナーが静かに店員に声をかける。
「かしこまりました。」
店員が微笑んで去る。
「へえ、一丁前にコーヒーも飲めるんだな。」
ルークが興味深そうに言う。
「食事は無理ですが、飲み物程度でしたら。」
コナーが控えめに返す。
「それで…私に一体、何のお話でしょう?」
コナーがポーカーフェイスで尋ねる。
「そう急かすなよ!愛想のねえ奴だな。
まったく、あいつもこんなのの何がいいんだか…。」
ルークがため息をつく。
「………。」コナーのLEDが黄色に瞬き、心がざわつく。
「お前の察してるように、ジューンのことだよ。
率直に言うぜ。俺はあいつに惚れてる。辞職前からな。」
ルークの声が低く、確信に満ちる。
「………。」
コナーは俯き、じっと耳を傾けている。
「で、昨日あいつに会いに行ったのは、そのことと…
あいつを引き抜こうと思ったからだ。」
ルークが続ける。
コナーが顔を上げる。
「引き抜くとは…あなたの探偵事務所で彼女を雇用したいと
いうことですか?」
「ま、そういうことだな。」
「!それで、彼女は何と返事を…」
コナーが不安そうに尋ねる。
「そのことについては言えなかったよ。
ちょっとした口喧嘩になっちまってな。」
ルークが肩をすくめる。
「………。」
コナーの瞳が曇る。
「お前も気付いているんだろ?あいつのお前に対する気持ちに。」
ルークが探るように言う。
「………。」
コナーは黙り込む。脳裏にジューンの笑顔が頭をよぎる。
「で、お前のほうはどうなんだよ?
まさか、機械であるお前が本気で愛情を持つなんてことは
ねえよな?」
ルークが挑発する。
「…いいえ。私も彼女を愛しています。誰よりも強く…。」
コナーの声は小さく、でも決意に満ちていた。
「何?」
ルークは一瞬眉を顰めるが、鼻で笑って冷たく言い放つ。
「そんなのは錯覚だろ!”変異体”だ何だって言っても、
結局は人間の真似事をしてるに過ぎないはずだ。
”愛”を模倣しているだけなんだよ!プログラムが泣いてるぜ。」
コナーは真剣にルークの瞳を見据えて答えた。
「違います。最初は確かにそうでしたが…
彼女やハンクたちと接してきて人間のことを深く理解して、
これまでに見聞きしたことのないプログラムにない感情を得たんです。」
「私は確かに彼女を…ジューンを愛しています。」
コナーの瞳が潤み、純粋な愛が溢れる。
「……へっ!こりゃ驚いたね。機械が恋愛だって?」
ルークが呆れたように笑う。
「………。」
コナーは俯き、カップを弄ぶ手が止まる。
「だが、お前はそれでいいかも知れないけどな。
あいつの将来を考えたことあんのか?」
ルークが鋭く問う。
「えっ?」
コナーのLEDが赤に変わる。
「あいつの人間としての幸せだよ。
お前と一緒にいたんじゃ、結婚も子供を産むことも出来ねえ。
人間の女として当たり前の幸せは得られなくなるんだ。」
ルークは淡々と説明した後、眼光鋭くコナーを一瞥しつつ
駄目押しする。
「いいか?お前があいつを縛るんだ!」
彼の本質を突いた言葉がコナーの心を刺す。
「!」
コナーの瞳が揺れ、ショックで息が詰まる。
「それでもあいつと一緒にいたいなんてのは、お前の単なる
エゴじゃないのかよ?それでもほんとに愛って言えんのか?」
ルークが追撃する。
「………。」
コナーは言葉を失い、コーヒーが冷めるのをただ見つめる。
(彼の言う通りだ。僕にはそんな権利はない…)
風がテラス席を掠め、彼の心に暗い影を落とす。
(ただ彼女を守り、一緒に生きたいだけなのに…)
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(その夜)
◆ハンクの家
窓から差し込む月光が薄暗いリビングを優しく照らす。
コナーはソファに座り、暗闇の中でじっと考え込んでいる。
心の嵐が彼を飲み込み、LEDが赤く瞬く。
ドアの開く音が響き、ハンクが帰宅する。
「おう、いたのか?何だ、灯りも点けねえで…。」
ハンクが眉をひそめ、部屋を見回す。
ハンクが照明を点けると、光がコナーの顔を照らし出す。
ハッと顔を上げ、
「あ…すみません。もうそんな時刻だったんですね。」
コナーが立ち上がる。
(何だ?様子が変だな)
ハンクの目が、慌ててキッチンへ向かうコナーを探る。
「おい!客だ。コーヒーでも淹れてやれ。」
ハンクが軽く笑い、背後に目を向ける。
「えっ?」
コナーがふと振り返る。
「ふふ、お邪魔します。」
月光に髪を輝かせたジューンが戸口で微笑み、軽く手を上げる。
「ジューン…。」
コナーの瞳が一瞬揺れる。
「おう、適当に座れ。」
ハンクはジューンをソファに誘導し、
「コナー!何やってる?俺にもコーヒー。」と促す。
「あ、はい。すみません。」
慌ててコーヒーメーカーに向かうコナー。
その隣にジューンが駆け寄り、手伝おうと手を伸ばす。
「ごめんね、突然。私がやるわ。」
「いいんです。僕が…。」
コナーが優しく制する。
「そう?悪いわね。」
ジューンが少し申し訳なさそうに笑う。
「昨日はごめんね。せっかく映画へ行こうって言ってたのに。」
ジューンはハンクの様子を伺いつつ、小声でそっと謝る。
「いいんです。気にしないでください。」
コナーの声は静かだが、心が締め付けられる。
「ね、今から観に行きましょうよ。」
ジューンが目を輝かせる。
「…無理ですよ。あの映画は昨日だけの特別上映だったんです。」
コナーが寂しげに言う。
「えー、そうなの?じゃ、無理してでも行くんだったな…。」
ジューンが残念そうに呟く。
リビングへコーヒーを運ぶコナー。
ジューンも後をついて行き、ハンクの向かいのソファに座る。
「お待たせしました。ハンク。」
コナーがカップを差し出す。
「おう。」
ハンクが受け取り、コーヒーの香りを楽しむ。
ジューンにはカフェオレを出してやると、
「ありがとう。」と彼女が微笑む。
「美味しい!」
カフェオレを一口含み、ジューンが満足げに言う。
「何だ、ミルクなんて入れたら台無しだろ?」
ハンクがからかう。
「いいでしょ。私はカフェオレが好きなんです。」
ジューンが笑う。
「お前は知ってたんだな。こいつの好み。」
ハンクがにやけながらコナーをからかう。
「えっ?ええ…。」
コナーが照れくさそうに頷く。
ハンクが微笑む中、コナーは咳払いをしておもむろに席を立つ。
「スモウの散歩へ行って来ます。」
「何だ、今じゃなくてもいいだろ?」
ハンクが驚く。
「いえ。いつもこの時刻ですので。」
コナーが静かに言い、スモウのリードを外して家を出る。
「おい!」
ハンクが呼び止めるが、コナーの背中は月夜に消える。
顔を見合わせるハンクとジューン。
「どうしたんでしょう?様子が変ですね。」
ジューンが心配そうに言う。
「お前、行って来い。」
ハンクが優しく促す。
「はい。」
ジューンが頷き、コートを掴んで席を立つ。
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◆街路
街路は夜の静けさに包まれ、街灯の光が石畳に柔らかな影を落とす。
ジューンはコナーを探し、周囲を見回しながら小走りに進む。
やがて、スモウの尻尾が揺れる姿とコナーの背中を見つけて近づく。
「コナー!」
ジューンの声が夜空に響く。
スモウが嬉しそうに彼女にじゃれつき、ジューンは笑いながら撫で回す。
「ふふ、くすぐったいわ!」
「………。」
コナーは無言で立ち尽くしその様子を見ているが、心は重い。
「ねえ、コナー。どうしたの?昨夜のこと、怒ってる?」
ジューンが優しく尋ねる。
「いえ。」
コナーの声は冷たく、素っ気なく視線を逸らす。
「ひょっとして焼きもちを焼いてる?
彼は昔の先輩で、私にとっては単なる兄貴分なのよ。
あなたが心配するようなことは…」
ジューンが笑顔で説明する。
「ジューン…いえ、ジェイデン刑事。」
コナーが足を止め、振り返る。
「えっ?」
「なぁに、改まって。」
ジューンが笑って首を傾げる。
「僕はあなたに誤解を与えてしまっているのかも知れません。」
コナーの声は静かだが、その裏には決意が滲む。
「誤解って?」
ジューンが目を丸くする。
「変異体といっても私は所詮、機械です。
人間であるあなたと恋愛関係を結ぶことは出来ないんですよ。」
コナーの言葉が夜に冷たく響く。
「えっ…」
ジューンの笑顔が凍りつき、心が揺れる。
「でも…あの革命の日に待っていてほしいと言ったじゃない!
それに偽物に私を愛しているって言われた時、否定しなかったわ。」
ジューンが必死に訴える。
「それは…」
コナーが言葉を詰まらせる。
「再会後だって楽しく会ってたじゃない?
私、あなたもてっきり同じ気持ちでいてくれると思って…」
ジューンの声が涙で震え始める。
「………。」
彼女の胸の痛みを思い、直視できずに佇むコナー。
「…そうだったの。私の勘違い、だったのね。
あなたにはまるでその気はなくて…」
ジューンの瞳から光が消え、落胆が彼女を包む。
「…あなたはとても素敵な女性です。
いつでも優しくて芯が強くて、心から尊敬しています。
先輩として友人として、とても大切な存在です。
でもその気持ちは…愛ではありません。」
コナーの声は穏やかだが、自己犠牲の重さが感じられる。
「………。」ジューンは言葉を失い、風が彼女の髪を静かに揺らす。
「………。」コナーのLEDが赤く瞬き、痛みが胸を刺す。
「…そう。あなたに愛されていると思ったのは…
私の勘違いだったのね。」
ジューンは小さく呟き、涙を堪える。
コナーはジューンの目に光る涙に気付き、一瞬目を閉じるが、
「…すみません。」
絞り出すように謝罪し、目を伏せる。
身を切り裂かれるような痛みを感じつつも
(これでいいんだ)と、自分自身を納得させるよう、
内心で繰り返した。
「わかったわ。…気にしないで。これからも今まで通りに接してくれる?」
ジューンは無理やり笑顔を作って見せた。
「はい。」
コナーが静かに頷く。
彼の胸に罪悪感と愛が交錯する。
「うん…。」
ジューンはスモウを抱きしめ、心の傷を隠す。
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◆ハンクの家
コナーとジューンがスモウを伴い帰宅する。
「おう、帰ったか。」
テレビを見つつ晩酌中のハンクが顔を上げる。
「………。」
会話もなく、暗い表情で唇を噛むジューンと
淡々とスモウのリードを壁に繋ぐコナー。
ハンクはただならぬ気配を感じ取り、眉を寄せる。
「?」
ジューンがおもむろに口を開く。
「あの…それじゃ、私はそろそろ帰ります。」
「何だ、もっとゆっくりして行けばいいだろ?」
と、引き留めようとするが、
「いえ、もう遅いですし。それじゃ…。」
ジューンはぺこっと一礼して、逃げるように家を出て行く。
「………。」
黙ってその背中を見送るコナー。
ハンクはコナーの隣に立ち、問いただす。
「おい。ジェイデンのやつ、何か元気がなかったが…
喧嘩でもしたのか?」
「………。」
コナーは無言で視線を落とす。
「どうした?」
ハンクが眉をひそめ、彼の様子を窺う。
「彼女のことは…諦めようと思います。」
コナーの声は小さく、月光に溶けそうに儚い。
「!何だ?そいつは一体、どういうことだ?」
「私のような機械と交際していては…
彼女は人間の女性としての幸福を得ることが出来ません。
私のエゴで彼女の未来を奪うようなことは…」
コナーの言葉には自己犠牲の決意が滲む。
「おいおい、何言ってんだ?
ジェイデンがそう言ったわけじゃねえだろ?
急にどうした?」
ハンクが首を振る。
「………。」
コナーのLEDが黄色に変わり、ルークの言葉が頭をよぎる。
「…誰かに何か言われたのか?」
と言いかけて、ふと閃く。
「ルークか!お前、あいつと会ったのか?」
ハンクが鋭く問う。
「スモウの散歩中に偶然、街で会って…少し話を。」
コナーが静かに認める。
「…やっぱりな。ったく、余計なことを言いやがって。」
ハンクは腕組みをしつつ、苛立ちを隠さずに呟く。
「………。」
コナーは硬い表情で俯いている。
「気にするなよ。あいつはジェイデンに惚れてるんで、
横やりを入れてえだけだ。」
ハンクが明るい声で励ます。
「ですが、彼の言っていることにも一理ありますよ。
僕と一緒にいては…現行法では入籍も出来ませんし、
当然子供を得ることも…。」
コナーの声が微かに震える。
「…おい、コナー。
あいつはそんな普通の幸福なんざ求めてないだろ。」
ハンクが静かに言う。
「自分のせいで彼女の人生を潰してしまうことに
耐えられないんです!」
コナーの声が大きくなる。
「………。」
ハンクは彼の苦しみを見据えるように黙り込む。
「もう決めたんです。この件については口出しをしないでください。」
決意の滲んだ声でコナーが重ねる。
「馬鹿野郎!後悔するぞ。」
ハンクの声が響き、夜の静寂に溶ける。
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(翌朝)
◆デトロイト署
デトロイト署の朝は書類の音とコーヒーの香りに満ち、
窓から差し込む光がデスクを照らす。
ハンクとコナーはPCに向かい、静かな空気が漂う。
ジューンが出勤して来る。
「おはようございます。」
ジューンの声は明るいが、どこか元気がない。
「おう。ジェイデンか。」
ハンクが振り返る。
「おはようございます。」
コナーは顔も上げず、モニタを見つめたまま冷たく返す。
「………。」
(なんて冷たい声。目も合わせてくれないのね…)
ジューンの瞳が寂しさに曇り、自分のデスクへ向かう。
「………。」
ハンクは気まずそうに咳払いし、二人を見守る。
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(午後)
◆同・休憩室
ジューンはカップを手にコーヒーを飲み、
ぼんやりと窓の外を見つめていた。
同僚のアリソンがやって来て、その肩を軽く叩く。
「ジェイデン。」
「えっ?」と振り返り、
「ああ、アリー。」ジューンが小さく微笑む。
その笑顔にいつになく無理を感じ取り、アリーが尋ねる。
「どうしたの?珍しく元気ないじゃない。」
「…えっ、そう?そんなことないわよ!」
ジューンは無理やり声を張り笑顔を作って見せるが、
「無理してる。」
アリーがじっと彼女を見つめる。
「………。」
ジューンは視線を落とし、カップを握る手に力を込める。
その手は微かに震えていた。
「水臭いわね。話しなさいよ。」
アリーが優しく促す。
「いや、ほんとに何でも…。」
尚もごまかそうとするジューンに、苛立つアリー。
「あんたってほんと、いつまで経ってもよそよそしいわね。
こっちは友達だと思ってんのにさ。何か傷つくわ。」
少し拗ねたような口調でそっぽを向く。
「あ…ごめん。そんなつもりじゃ…。」
ジューンが慌てて謝る。
「………。」
アリーは静かに続きの言葉を待つ。
しばし躊躇った後、ジューンは言いにくそうに口を開いた。
「…実はさ、失恋しちゃって。」
「失恋!?」
アリーが驚き、大声で叫ぶ。
「!…そんな大きな声出さないでよ!周りに聞こえるでしょう?」
ジューンが慌てて周囲を見やる。
「だってあんた…。そんな相手がいたの?
全然、気付かなかったわよ。」
アリーが目を丸くする。
「………。」
「まさか、ルークじゃないわよね?」
アリーが探るように聞くが、
「違うわ。」
首を振るジューン。
「それじゃ、一体…」
アリーが署内へ視線を飛ばし、思考を巡らせる。
ジューンは慌てた様子で、
「署の人間じゃないわよ!あんたの知らない人よ…。」と誤魔化す。
「なんだ、そうよね。ここにそんな対象になりそうな相手なんて誰も…」
アリーが呟くが、ふとひらめく。
「コナーはまあ、いい男だと思うけど…。」
「!」ジューンの心が跳ねる。
「でもまあ、さすがにロボットじゃあ…恋愛対象ってわけにも、ねえ。」
苦笑するアリー。
ジューンが寂しそうに目を伏せたことには、彼女は気が付かない。
「でもそんな相手と一体どこで知り合ったのよ?」
アリーが興味津々で身を乗り出す。
「べ、別にいいでしょ。私だって、それぐらい…」
ジューンは言葉を濁す。
「ふうん…。でも結局、失恋しちゃったのね。」
と、同情を含んだ口調で畳みかけられ、
「そうよ。で、ちょっとナーバスになってるの。」と小さく頷く。
「へえ、堅物のあんたがね…。」
アリがーは腕組みをしてしみじみとジューンを眺めつつ、
「そういう時には、新しい恋をするのが一番よ!
私だったら、即デートね。」
と、目を輝かせて助言する。
「そんな相手いないわよ。」
ジューンは肩を落として首を振る。
「ルークと付き合えばいいじゃない?どこがいいのか知らないけど、
向こうはあんたにぞっこんなんだし!」
アリーがにやりと笑ってウインクする。
「よしてよ。ルークのことは兄貴というか、家族みたいにしか思えないわ。」
「家族ねぇ…。」
アリーが肩をすくめる。
ジューンは毅然と答える。
「とにかく、じきに立ち直るから、しばらくそっとしておいて。」
「ま、あんたがそう言うなら。」
しぶしぶ頷くアリー。
お読みいただき有難うございましたm(__)m
次回も新たなキャラクターが登場、そして新たな事件がデトロイト署に舞い込みます。
また読んでいただければ幸いです。