Detroit: Beyond the Code 作:Mauve
デトロイト市警に捜査協力を求め、若きFBI捜査官ネイサン・ハワードが出向して来る。
例の如くハンク班に配属されるハワードは、ジューンの義父ノーマンに憧れてFBI入りした背景もあり、彼女と急接近する。ジューンの幸せを願って身を引く決意をしたコナーは、彼との交際を勧めるが…。
(1か月後)12月
◆デトロイト署・オフィス
車庫で鉢合わせたジューンとハンクが談笑しつつ、肩を並べて出勤する。
署内は何やらざわつき、コーヒーの香りが漂う中、刑事たちが署長室を覗いている。
ガラス張りの署長室の内部では、見知らぬ男性と署長が対話していた。
他の署員らと同様、自分のデスクで作業をする体で遠巻きに署長室の様子を伺う
クリスに近付き、声をかけるハンク。
「よう、クリス。」
ハンクが軽く手を振る。
「あれ…?アンダーソン警部補。今朝はずいぶんお早いですね。
ジェイデンさんもご一緒でしたか。おはようございます。」
二人を見て、クリスが笑顔で迎える。
「おはよう。」
ジューンが小さく返す。
「署長と話してる。あれ、誰だ?」
ハンクが顎で示す。
「ええ、FBIの方らしいですよ。特殊な連続殺人を捜査中で、うちに
協力を頼みたいとか。」
クリスが説明する。
「また面倒なのが来たって、皆騒いでます。」
彼は補足して苦笑する。
「やれやれ、またFBIか…。」
ハンクがため息をつく。
やがて署長室のドアが開き、ファウラーが声をかける。
「ハンク!ああ、ジェイデンもいたか。ちょっと来い。」
「はい!」
ジューンが元気よく応じる。
「…嫌な予感がするぜ。」
ハンクが呟き、眉を寄せる。
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◆同・署長室
窓から差し込む冬の光が書類の山を冷たく照らす。
ジューンとハンクが入室すると、ピシッとスーツを着こなした
スマートな物腰の若い男が立っていた。
「何か?」
ジューンが静かに尋ねる。
ファウラー署長はどこか賑々しく、隣に立つ男性を紹介する。
「こちら、FBIから来られたネイサン・ハワード捜査官だ。
まだ公にはなっていないんだが、今デトロイト市中で
アンドロイドによる連続殺人が発生中らしくてな。
うちに協力を要請したいそうだ。そこで…」
と、ハンクに視線を送る。
何か不穏な空気を察したハンクが苛立ちを隠さず声を荒げる。
「FBI!何でまた俺なんですか!?厄介ごとはいつも俺か?
ジェフリー、いい加減にしてくれよ!」
「ハンク!口を慎め!」
ファウラーが鋭くたしなめる。
「はは、構いませんよ。ここでは我々は嫌われ者ですから。」
ネイサンが柔らかく笑い、穏やかに気遣う。
「申し訳ない…。」
謝罪の後、気を取り直したように話題をジューンに移す。
「こっちはジューン・ジェイデン刑事です。若輩ですが、なかなか
優秀な刑事ですよ。」
ネイサンが興味深げに視線を送る。
「よろしくお願いします、ジェイデン刑事。」
軽く会釈するジューン。
ネイサンは次にハンクに視線を移し、
「そちらはアンダーソン警部補ですね。」
と丁寧に挨拶し、ハンサムな笑顔を浮かべる。
「ふぅ…。ジェイデン、お前に任せる。」
ハンクが肩をすくめ、面倒を押し付けるようにバタン!
とドアを後ろ手に締めて出ていく。
ジューンは内心でため息をつき、その背中を恨めし気に見つめる。
(もう…)
「あのー?」
ネイサンが戸惑い気味に声をかける。
「あ、すみません…。こちらこそ、お役に立てるように頑張ります。」
ジューンが慌てて気を取り直し、答える。
「ありがとう。ところで、あなた方のチームにはもう一人、
アンドロイド捜査官が所属していると聞いたのですが…今日は?」
ネイサンが興味深そうに尋ねる。
「ああ…ええ。彼は今日は非番なんです。」
ジューンが少し寂しげに答える。
「非番?」
ネイサンが驚いたように目を丸くする。
「ええ…。何か?」
「いや、アンドロイドに休息が必要なのかと…。」
ネイサンが苦笑する。
ジューンは小さく笑い、温かく答える。
「もちろん必要ですよ。誰にだって休息は必要でしょう?
それに彼、とても感情も豊かなんですよ。怒ったりも拗ねたりも普通にするし、
私たち人間と何も変わりはないんです。」
「そうなんですか…。それは意外でした。」
感心したように目を細めるネイサン。
「明日は出勤しますから、紹介しますね。」
ジューンが提案する。
「ええ、お願いします。」
ネイサンが穏やかに頷く。
「それじゃ、デスクへ案内します。」
ジューンが立ち上がり、彼を導く。
ファウラーに軽く会釈をした後、後へ続くネイサン。
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◆同・オフィス
デスクエリアは刑事たちの会話と電話の音で賑わい、
冬の朝の喧騒が響く。
ハンクが自分の席にどっしりと腰を下ろす。
彼女の席はハンクの隣で、ハンクの向かい側がコナーの席という配置だ。
「ハワード捜査官、この席を使ってください。」
ジューンは自分の向かい側の席—今は空席—を指してネイサンを案内する。
「ありがとう。ネイサンでいいですよ。」
ネイサンが穏やかに微笑む。
「ええ…。では、ネイサン。早速ですが、事件の詳細を聞かせていただけますか?」
ジューンが席に着き、真剣な表情で尋ねる。
「ええ。今年に入って、特定のプロファイルに当てはまる男性たちの
自殺件数が跳ね上がっていることはご存知でしたか?」
ネイサンが切り出す。
「特定のプロファイル?」
ジューンは一瞬考え込み、首を振る。
「え、自殺…ですか?連続殺人事件では…」
「ええ。一見したところ、単なる自殺としか思えないでしょうね。
でも我々は殺人事件であると睨んでいます。
しかもその犯人は、恐らくアンドロイドです。」
ネイサンが静かに続ける。
「………。」
ジューンは言葉を失い、ネイサンの言葉を噛み締める。
「該当する事件のファイルをお見せしましょう。モニターを見てもらえますか。」
ネイサンが提案する。
「はい。」
ジューンが頷き、モニターに目を向ける。
ネイサンはARグラスを装着し、事件のファイルを呼び出してモニターに接続する。
データが投影されると、ジューンの目が驚きに見開く。
(あれは確か、義父の使っていたARグラス?危険だと言われていたのに、
FBIではまだ使っていたのね…)
-ARグラスは便利なツールではあるものの、長期間使用し続けると使用者は頭痛や
吐き気に襲われ、果てには幻覚などの精神症状までもを引き起こす危険な機器であると
後に判明。『折り紙事件』以降は使用が禁じられているはずだった。-
モニターには9件の男性被害者たちのファイルが映し出される。
無関心を装っていたハンクも、さすがに興味を引かれたのか、
モニターに目を向け、やや関心を覗かせる。
「こんなに?」
ジューンが驚き、声を上げる。
「…あ、何件か見た覚えがあります。これも殺人事件だったんですか…。」
「恐らくは。」
ネイサンが静かに答える。
ジューンとハンクはしばらくそれぞれのモニターで被害者たちのファイルを比較する。
「ほう。被害者は全員、アンドロイド開発に携わった技術者なのか。」
ハンクが低い声で呟く。
「年齢層や人種なども全員、被っていますよね。40代、白人男性…。
おまけに全員、独身なんですね。」
ジューンが分析を加える。
「ああ。だがもう一個、共通点があるな。全員、離婚か死別経験済みだ。」
ハンクが新たな発見を指摘する。
「でも死因は見たところ、バラバラですね。縊死に溺死、感電死、服毒死…。」
ジューンがファイルをスクロールしながら呟く。
彼女は考えるように目を細める。
「通常、単独犯による連続殺人というと、同じ手口の殺害方法が多いんじゃ…?
快楽殺人ではなく、殺し自体が目的なのかしら?それとも…」
「複数犯の線も考えられるな。ま、犯人が機械ってのが本当なら、
人間様の理屈を当てはめても無駄かも知れないがな。」
ハンクが皮肉っぽく呟き、ネイサンに鋭い視線を向ける。
「あんたらが機械を犯人だと想定してる、根拠は何なんだ?」
「ええ…。ある筋からの情報がありましてね。犯人に心当たりがあるという…。」
ネイサンが慎重に答える。
ハンクとジューンはネイサンに注目し、さらなる説明を待つ。
「ま、それについてはおいおい話しましょう。とにかくまずは、それぞれの
現場を回って地理的プロファイリングを行いたいのですが…。」
ネイサンが提案する。
ハンクは溜息混じりにジューンを見やる。
「ジェイデン、案内してやれ。」
「えっ…。あなたは来ないんですか?」
ジューンが驚く。
「悪いが、ちと二日酔いでな。ま、ぞろぞろ雁首揃えて行くこともねえだろ。」
ハンクが言い訳する。
ジューンは苦笑し、肩を竦める。
「ふぅ、わかりましたよ。」
ジューンはネイサンを振り返り、席を立つ。
「じゃ、行きましょうか。」
「お願いします。ジェイデン刑事。」
ネイサンが感謝の笑みを浮かべる。
「ええ。」
ジューンが頷き、ネイサンと連れ立ってデスクエリアを出ていく。
ハンクは二人の背中を見送り、静かに息をつく。
「………。」
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◆同・車庫
デトロイト署の車庫は冷たいコンクリートの床が広がり、冬の風が
隙間から吹き込んでくる。
ネイサンがジューンを先導し、駐車場の一角へと向かう。
「僕の車で行きましょう。」
ネイサンが穏やかに言う。
彼の愛車は、周囲の無骨な景色にそぐわない立派な高級車だ。
黒いボディが朝の薄光を反射し、洗練された存在感を放っている。
ジューンは内心で感嘆する。
(へえ、さすがはFBIのエリート捜査官ね。この若さで最上級ランクの車とは…)
ネイサンはキーを取り出し、遠隔操作で自動ロックを解除する。
ドアが静かに開き、彼が助手席側に回ってジェスチャーをする。
「さ、どうぞ。」
「ええ。」
ジューンが乗り込もうとした瞬間、背後から鋭い声が響く。
「ジューン!」
「?」ネイサンが振り返る。
「!」ジューンも驚いて振り向き、声の主を見る。
ルークが小走りに近づいてくる。
青い瞳がジューンを捉え、強い決意がその表情に滲んでいる。
「ルーク!何なの?今、仕事中なんだけど…。」
ジューンが困惑した声で言う。
ルークはネイサンを一瞥し、軽い苛立ちを隠さない。
「こいつは?また新人刑事かよ?」
「失礼なこと言わないで!FBIから出向して来られた捜査官なのよ。
しばらく合同捜査を…」
ジューンが反論するが、途中でハッと口をつぐむ。
「ごめんなさい。つい…」
ネイサンは爽やかに笑い、気遣うように言う。
「構いませんよ。このぐらいの情報。」
そして、白々しく付け加える。
「あー、そうだ。ちょっと上に忘れ物があったんだ。取りに行って来ます。」
「えっ?」ジューンが驚く。
ネイサンはいたずらっぽくウインクし、小声で囁く。
「ごゆっくり!」
彼は軽やかな足取りで車庫を立ち去り、ジューンとルークを二人きりにする。
「………。」
「フン、気が利くじゃねえか。」
ルークが鼻を鳴らし、話を続ける。
「話の続きだが…」
ジューンはため息をつき、疲れたように言う。
「もう…あの話なら断ったでしょう?あなたのことは兄貴分としか思えないのよ。
付き合うなんて考えられないの。」
「何でだよ!あのアンドロイドならいいってのに、人間の俺は駄目なのか?」
ルークが苛立ちを露わにする。
「コナーのことは関係ないわ。私自身の気持ちの問題よ。」
ジューンは静かに、だが力強く答える。
「あなたのことは好きだけど、あくまでLikeであってそういう好きではないの。
お願いだからわかって。」
「ジューン…。」
ルークの声が小さくなる。
「何度来られても無理なのよ。私の意志が固いのは知ってるでしょう?
一度こうと思ったら折れないんだから。」
ジューンが真剣な目で訴える。
「………。」
ルークは言葉を失い、ジューンの決意を感じ取る。
「ごめん…。私みたいなのを好きになってもらえて、有難いと思ってる。
でも…」
ジューンは誠意を込めて深々と頭を下げる。
「ごめんね。」
「…わかったわかった!もういいよ。顔を上げろよ!」
ルークが慌てて言う。
「ルーク…」
ジューンが顔を上げる。
「確かにお前は一度こうと決めたら、とことん頑固だもんな。
わかった…。俺も男だ。これ以上、みっともねえ真似はよすぜ。」
ルークが苦笑する。
「…ありがとう。わかってくれて良かった。」
ジューンがほっとしたように微笑む。
「まったく!まさかよりにもよって、アンドロイドなんぞに
取られちまうとはな。あーあ。」
ルークは大げさに溜息をつき、肩を竦める。
「コナーは…」
ジューンが言いかけるが、
「もういい、何も言うなって。何度も押しかけちまって悪かったな。
もうすっぱり諦めるから安心しろよ。」
ルークが遮る。
「………。」
ジューンは黙って彼を見つめる。
「んな辛気臭い顔すんなって!」
ルークは力強くジューンの肩を叩き、強がって笑う。
「あいつと幸せにな!」
彼は足早にその場を立ち去り、車庫の出口へと消えていく。
ジューンはルークの背中を見送り、胸に複雑な思いを抱く。
(ルーク…)
彼女の胸に安堵と寂しさが交錯する。
(コナーのことは言いそびれたけど、これでいいのよね…)
その時、スマホの着信音が鳴る。
ジューンは驚いて受信し、耳に当てる。
「はい?」
「あー、ジェイデン刑事?もうそろそろ戻っても…」
ネイサンの声が聞こえる。
「あ…ええ、ごめんなさい!もちろんいいわ。」
ジューンが慌てて答える。
「良かった!じゃ、すぐに行きます。」
ネイサンの声が明るく響き、通話が切れる。
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◆ネイサンの車内
ネイサンの運転で車が走り出す。
高級車のエンジン音は滑らかで、車内は革の香りと静寂に満ちている。
助手席のジューンは窓の外を眺め、しばし気まずい沈黙が流れる。
デトロイトの街並みが冬の灰色に染まり、窓を流れていく。
「あ…何か、ごめんなさいね。気を遣わせてしまって…。」
ジューンが沈黙を破り、申し訳なさそうに言う。
ネイサンは軽く笑い、気遣うように答える。
「構いませんよ。さっきの人は…あなたの彼?」
「!ち、違います。」
ジューンは慌てて否定する。
「彼は元先輩刑事で、今は探偵業を営んでいるんですけど…
以前から、私をスカウトしたいと言って来ていて…」
「へえ、そうなんですか。スカウトをね。」
ネイサンは本当はわかっているような、楽しそうな口調でからかう。
ジューンは赤面し、恥ずかしそうに俯く。
「それで?まさかスカウトを受けられたんですか?」
ネイサンがさらにからかうように尋ねる。
「まさか!私はこの仕事が気に入ってますから…。今度こそ、きっぱり断ったわ。」
ジューンが少しムキになって答える。
「そう、それは良かった。
知り合ったばかりでお別れというのも寂しいですしね。」
ネイサンが楽し気に笑う。
「………。」
ジューンは再び黙り、窓の外に目をやる。
「ところで、ジェイデン刑事。ファストネームでお呼びしても?」
ネイサンが優しく尋ねる。
ジューンは気まずそうに首を振る。
「あー……すみません。私、人に名前を呼ばれるのってあまり好きじゃなくて。」
「そうなんですか…。かわいいお名前なのに気に入らないんですか?」
ネイサンが微笑む。
「そういうことではないんですけど、何となく馴染めないっていうか。
ごめんなさい。」
ジューンが申し訳なさそうに言う。
「わかりました。じゃ、もっと親しくなるまでは遠慮しておきましょう。」
ネイサンが穏やかに応じる。
「………。」
ジューンは小さく頷き、再び沈黙が車内に広がる。
「ところで、先ほどのアンドロイド捜査官のことですが…」
ネイサンが話題を変える。
「コナーのことですか?」
ジューンが振り返る。
「コナー…。確か、変異体なんですよね?」
ネイサンが確認する。
「ええ。」ジューンが頷く。
「変異体という存在は自我に基づいて、自らの意思で行動するんですよね?
でも…僕は正直、彼らの存在には懐疑的ですよ。」
軽く頭を振り、納得がいかないという口調でネイサンが続ける。
「一見”感情”と思えるものって、プログラムのバグじゃないんですか?
自らの意思と思い込んでいるだけで、やはり何かの命令で突き動かされている
だけでは?」
ネイサンが率直に問う。
ジューンは微笑み、優しく答える。
「会ってみたらわかりますよ。ほんとに人間らしいんですから。」
(いえ…彼はそれ以上よ)
「人間らしい、ね。僕の上司のパーキンスが彼にまんまと出し抜かれたと
憤慨していましたっけ。」
ネイサンが思い出すように言う。
「パーキンス?」
ジューンはその名前に眉をひそめ、忌々しげにぼそっと呟く。
「ああ、あの厭味ったらしい…」
言いかけて、慌てて口を閉じる。
「すみません…。」
ジューンが恥ずかしそうに謝る。
ネイサンは笑い、気さくに言う。
「いいんですよ。正直言うと僕も苦手なんです。
あの人に一泡吹かせたというアンドロイドに、ぜひ会ってみたいと思ってね。」
「ああ、そうだったんですか?」
ジューンが驚く。
「明日会うのが楽しみですよ。」
ネイサンが目を輝かせる。
ジューンは彼の横顔を見やり、心の中で思う。
(ふーん、FBIのエリートにしては感じのいい人ね)
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(翌日)
◆デトロイト市警・オフィス
デトロイト市警のオフィスは朝の喧騒に包まれ、冬の冷気がガラス戸を震わせている。
ネイサンはクリスや他の同僚たちと社交的に会話を交わし、明るい笑顔が周囲を和ませている。
ジューンが署に到着し、周囲の同僚に軽く会釈をしながら歩を進める。
「おはよう。」
ジューンは穏やかな声で同僚たちに挨拶をしつつ、デスクへと向かう。
ネイサンは彼女に気付き、目を輝かせて近づく。
「ジェイデン刑事!」
「ああ、おはようございます。」
ジューンが穏やかに応じる。
肩を並べてデスクへ向かう二人。
「どうして言ってくれなかったんです!?」
ネイサンが興奮気味に尋ねる。
「…えっ?」ジューンが首を傾げる。
「あなたは、ノーマン・ジェイデン捜査官の娘さんだったんですね。
僕はあの人に憧れて、FBIに入ったんですよ!」
ネイサンが熱っぽく続ける。
「そうなんだ。」
ジューンが少し驚きながらも笑う。
「まさか、あの人の娘さんとご一緒できるなんて…!」
ネイサンが感激に震える。
「娘って言っても、私は養子で血の繋がりはないのよ。なんてことないわよ。」
ジューンが気軽に返す。
「でも、きっと彼の影響を受けてあなたもこの世界に入ったんでしょう?」
ネイサンが興味深そうに尋ねる。
「うーん…どうかしらね?」
ジューンが曖昧に笑う。
「感激だな!お願いします。ぜひ、お父上を紹介してください!
いろいろと話をお聞きしたいんです。」
ネイサンが懇願する。
「いいけど…」
ジューンが少し戸惑い気味に答える。
「やった!それじゃ早速、今夜にでも…」
ネイサンが目を輝かせる。
「え、ずいぶん急ね…。ま、暇してると思うけど。」
ジューンが苦笑する。
それぞれの席に着席する二人。
その時、ハンクとコナーが出勤してくる。
ハンクが軽く手を振る。
「よう。」
「あ、ハンク!」
ジューンが明るく応じる。
(コナー…)
「………。」
コナーは静かに隣席の見知らぬ男性に目を向ける。
「アンダーソン警部補。おはようございます。」
ネイサンが丁寧に挨拶する。
「よう。」
ハンクがぶっきらぼうに返す。
「後ろにいる彼が変異体の…」
ネイサンが興味津々に問う。
「ああ。昨日は非番だったが、うちのチームのコナーだ。」
ハンクが紹介する。
「やあ、お噂はかねがね。僕はネイサン・ハワードです。」
ネイサンが立ち上がり、左手を差し出す。
ハンクがコナーに促す。
「コナー。さっき話したよな?こっちはFBIから来たハワード捜査官だ。
しばらく協力することになってる。」
コナーは握手に応じ、落ち着いた声で自己紹介する。
「コナーです。よろしくお願いします。」
「へえ、君が…。革命時は大活躍だったね。」
ネイサンが感心したように言う。
「いえ、そんな。」
コナーが謙虚に返す。
「コナー。事件のあらましを説明するわね。」
ジューンが穏やかに言う。
「はい。」
コナーが頷き、彼女を見つめる。
彼女は平静を装いつつ、どこか嬉しそうな顔をしている。
それに気付いたネイサンが小さく首を傾げる。
「?」
コナーとハンク、ネイサン、ジューンが着席する。
モニタを示しつつ、事件の概要をコナーにひとしきり説明するジューン。
「…というわけで、今日はネイサンの地理的プロファイリングのために、
残り三件の事件現場を周ってみようと思うの。」
「なるほど。」
コナーが静かに頷く。
彼は自分の席のモニターに映る三件のファイルをスライドさせて並べ、
じっと見据える。
「この三件ですね。」
「データ収集だったら何も、全員で雁首揃えて行くことはねえだろ。
二手に別れようぜ。」
ハンクが提案し、すぐに差配する。
「よし。ジェイデンはコナーとジョーダン宅へ行け。俺とあんたはスミス家。
早く終わったほうが残りの現場だ。」
ハンクは上着を掴んで立ち上がり、颯爽と動き出す。
「えっ…」ジューンが驚く。
「!ですが…このARグラスに現場のデータを記録しないと…。」
ネイサンが慌てて反論する。
「うっ…」
ハンクが一瞬言葉に詰まる。
コナーが冷静な声で介入する。
「ご心配には及びません。位置情報や現場写真でしたら、私が記録して
後でその装置にリンクできますから。」
「そう!それだ。心配いらねえってよ。」
ハンクがにやっと笑い、ネイサンの肩をポンポンと叩く。
不満そうなネイサンだが、ハンクの顔を立ててぐっと言葉を飲み込む。
「………」
ハンクはコナーにこっそりウインクし、囁く。
「じゃ、しっかりな。」
そしてネイサンに鋭く言う。
「行くぞ!」
ハンクが部屋を後にする。
「そんな勝手な…」
ネイサンが抗議の声を上げる。
「何してる!さっさと来い。」
ハンクが呼び戻す。
「………。」
ネイサンはしぶしぶ立ち上がり、ハンクの後を追う。
その場に取り残された形のジューンとコナーが残る。
ジューンは少し嬉しそうだが平静を装い、咳払いする。
「しょうがないわね。私たちも行きましょうか?」
「はい。」
コナーが静かに応じる。
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◆事件現場のひとつ:ジョーダン宅
ジョーダン宅は静まり返り、埃っぽい空気が室内に漂う。
家財道具はすでに運び出され、がらんとした部屋に冬の薄暗い光が差し込む。
コナーとジューンが慎重に入室し、室内の様子を見て回る。
(コナーとまた二人きり…)
一瞬、意識をしてしまうジューン。
だがすぐにそんな思いを恥じ、気付かれないように軽く自分の頬を叩く。
「調べると言っても、すでに家財道具も運び出されて何もないわよね。
被害者が見つかったのはもう3か月も前だもの。」
気持ちを切り替えるべくわざと明るい口調で言いつつ、空虚な部屋を見渡す。
「………。」
コナーは無言で、注意深く周囲に目を光らせる。
LEDが青く点滅し、彼の視線が隅々まで行き届く。
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◆同・浴室
浴室は冷たく、タイルの壁に湿気が残っている。
ジューンが浴槽の縁に立ち、過去の事件を振り返る。
「マーク・ジョーダンの自殺…いえ、殺人現場か。この浴室で手首を切って
死んでいたのね。」
「そのようですね。」
コナーが静かに応じる。
「しかし殺人と言っても…手首を切られて大人しくしているものかしら?
暴れた形跡も見られなかったらしいけどね。
かと言って、眠剤を飲まされたり泥酔していたという検視結果もなし…。」
ジューンが首を振る。
「ええ。室内にも殺人の証拠を示すような痕跡は特に残っていませんね。」
コナーが冷静に分析する。
「ここは外れね。位置情報や現場の撮影は終わったんでしょう?」
ジューンが確認する。
「ばっちりです。」
コナーが淡々と答える。
ジューンは時計に目をやる。
(まだ早いわね)
「次へ行きましょうか。」
「はい。」
コナーが頷き、彼女の後に続く。
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◆第三の事件現場
第三の事件現場は古びたアパートの一室で、木の梁が剥き出しの天井が
薄暗い影を落としている。
ジューンはスマホを取り出し、ファイルを閲覧する。
「えっと、この現場は…サイバーライフのエンジニア、ミック・パワーズの現場ね。
死因は…」
「縊死ですね。」
コナーが即答し、ジューンの頭上を指さす。
「ほら、そのロフトからの首吊りですよ。」
「っ!」
ジューンはすぐ後ろのロフトを指されて一瞬ひるみ、思わずコナーに縋りつく。
「………。」
コナーは静かに彼女を見つめる。
「あ!ごめん…。」
ジューンは赤面し、軽く咳払いをしてコナーから離れる。
「首吊り…だったら殺人も装えそうだけど。それでもやっぱり、泥酔もしていない
素面の状態の男を抵抗もさせず殺すなんて…可能なのかしら?」
ジューンは現場を眺めながら真剣に考え込む。
コナーも周囲を軽くサーチしつつ、静かに話しかける。
「…あのハワード捜査官は、とても有能な方のようですね。」
「えっ?ええ、そうね。」
ジューンが少し驚いて答える。
「それに…あなたのことがお好きなように見えます。」
コナーが遠慮がちに言う。
ジューンは驚いて顔を上げる。
「えっ!?…どうして?」
「僕があなたに同行するよう命じられた時、抵抗を感じている様子でしたので。
僕の推測に過ぎませんが。」
コナーが淡々と説明する。
ジューンは楽し気に笑う。
「いやね、そんなんじゃないわよ。自分の捜査ルーティンがハンクのペースで
乱されたからでしょ。」
「そうでしょうか…。」
コナーが小さく呟く。
「それにあの人は、私じゃなくて義父に気があるの!」
ジューンが続ける。
「えっ?」
コナーは戸惑い、目を丸くする。
「そうなんですか?」
「そうよ!彼に憧れて、FBIに入ったんだって。」
ジューンが明るく言う。
「ああ、そういう意味で…。」
コナーが納得する。
「ですが、あなたとはとても…お似合いのように思えます。
彼はとてもハンサムで切れる方のようですし、何より…あなたと同じ
人間ですから。」
コナーの声がかすかに震え、目を逸らす。
「コナー…。」
ジューンが彼を見つめる。
「交際を考えられては?」
コナーが提案するが、その声には微かな痛みが滲む。
「………。」ジューンは黙り、彼の言葉に傷つく。
「ねぇ、どうしてそんなこと言うの?あなた、残酷よ…。」
ジューンの声が涙で揺れる。
「残酷?」
コナーが驚いて振り返る。
「私の気持ちを知ってる癖に…。なに?いつまでも想われたら迷惑だから、
体よく別の人間とくっ付いてほしいと思ってるわけ?」
ジューンが詰め寄る。
「!いえ、そんなつもりでは…」
コナーが慌てる。
「人間はね…振られたからって、そんなにすぐに頭を切り替えることは
出来ないのよ。こんなに毎日、あなたのことばかり考えているのに…。
自分でも嫌になるぐらい。」
ジューンの目から涙がこぼれ落ちる。
「ジューン…」
コナーの声が優しくなる。
「大体ね、あなたが悪いのよ!私を好きじゃないなら、何であんな
思わせぶりな態度をとるの?キスをしたり抱き締めたり、待ってろって
約束をしたり…そういうことするから、誤解しちゃうんじゃない!
あなた、ひどいわよ…。」
ジューンが感情を爆発させる。
「捜査をしている時のあなたが一番好き…。だから、またこうして
一緒に仕事なんかさせられたら、忘れることなんて出来ないじゃない。
本当に残酷よ…。」
ジューンが嗚咽を漏らし、涙が頬を伝う。
「すみません…。ジューン、僕は…」
コナーが彼女に近づき、そっと抱き寄せる。
彼の胸に罪悪感と愛が交錯する。
(彼女をこれ以上、傷つけたくない…。どうすればいいんだ?)
その時、ハンクが入ってくるが、二人の姿を見て足を止め、静かに見守る。
「やめてよ、同情なんて…。また決心が鈍るじゃない。」
ジューンがコナーの胸に顔を埋める。
「同情ではありません。僕は…」
コナーが言葉を続けるが、ネイサンがやって来て叫ぶ。
「アンダーソン警部補!」
ハンクは内心で苛立つ。
(まったく…邪魔しやがって)
ネイサンの声に驚き、コナーがジューンからそっと距離を取る。
ジューンが振り返る。
「ハンク!ネイサン…。」
「ふん、そっちのほうが早かったようだな。ちゃんと一件目の記録も
出来たのか?」
ハンクが尋ねる。
「ええ、もちろん終わりましたが…これといって殺人を示唆するような
証拠は得られませんでした。」
コナーが冷静に答える。
「そうか。」
ハンクが頷く。
ハンクは疑わしそうにネイサンに尋ねる。
「ほんとに殺人なのか?状況からどう見ても単なる自殺としか思えなかったがな。」
「いえ…絶対に殺人です。」
ネイサンは断言する。
「何でそう言い切れる?前にあんたが言ってた、ある人物の証言てのを
そろそろ聞きてえところだな。」
ハンクが鋭い視線を向ける。
「それは…すみません。もう少し待ってください。今日得られたデータを元に、
まずは地理的プロファイリングを行います。案外すぐに、容疑者の居場所を
割り出せるかも…。」
ネイサンが慎重に答える。
「ほう…FBI仕込みの隠し玉があるらしいな。」
ハンクがネイサンの胸ポケットにあるARグラスに目を光らせる。
「ふふ、まあ。」
ネイサンは胸ポケットに軽く手を当てながら笑顔で答える。
彼の声にはFBI捜査官としての自信が滲んでいた。
「さ、ぼちぼち腹も減ったな。今日のところはお開きにしようぜ。
あんたの吉報を待つとするよ。」
ハンクが提案する。
「ええ、期待していてください!きっとスピード解決できますよ。」
ネイサンが自信満々に答える。
ハンクは「やれやれ」と言った顔で部屋を出ていく。
ジューンはネイサンにそっと近づき、小声で話しかける。
「ネイサン。もしかしてその…ARグラスを使うつもり?」
「えっ?ええ。さすがにご存知でしたね!そうですよ。」
ネイサンが頷く。
「ノーマン・ジェイデンが折り紙事件を鮮やかに解決に導いた、
あの魔法のアイテムです。」
ネイサンが得意げに言う。
「やっぱりまだ使われてたのね…。」
ジューンが言いにくそうに呟く。
「義父に聞いたわ。あのARグラス、ずいぶん心身に負担がかかるらしいけど…。
その点は改良されているの?」
ジューンが心配そうに尋ねる。
「嬉しいな、心配してくれてるんですか?」
ネイサンがからかうように笑う。
「えっ?…だって義父からしょっちゅう危険だって聞かされてたから。
別にあなただからってわけじゃないわよ?」
ジューンが慌てて弁解する。
「はいはい。そういうことにしておきましょう!」
ネイサンが楽し気に笑って部屋を出ていく。
ジューンは口を尖らせ、彼の背中に言い返す。
「そういうことも何も事実なんだけど!」
「わかってますって。さ、今日はもうお開きですって。あなたの家に行きましょう!」
ネイサンが振り返る。
「えっ?」
ジューンが驚く。
「忘れたんですか?お父上を紹介してくれるんでしょう?」
ネイサンが目を輝かせる。
「ああ…。」
ジューンが苦笑する。
コナーは寂しそうに二人の背中を見送る。
「………。」
(僕には口を挟む権利はない。彼女を幸せに出来るのは…)
俯き加減で現場を出るコナー。
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◆ジェイデン家
ジューン宅の玄関は温かみのある明かりが灯り、冬の夜の冷気を閉め出す。
ジューンがドアを開け、静かに声を上げる。
「ただいま。」
「お邪魔します。」
ネイサンが丁寧に頭を下げ、彼女の後ろから続く。
リビングからノーマン・ジェイデンの声が響く。
「ああ…おかえり。そちらさんが…」
「そう、電話で話したFBIの…」
ジューンが紹介を始める。
「ネイサン・ハワードです。突然、お邪魔しましてすみません。」
ネイサンが礼儀正しく挨拶する。
「ま、中へ入れよ。食事でもしながら、話をしよう。」
ノーマンが気さくに招き入れる。
やがて、食卓を囲んだ三人は和やかな雰囲気に包まれる。
ノーマンのグラスが空になるたびに、彼の声が大きくなっていく。
「君はなかなかいい男だな!気に入った。」
ノーマンが顔を赤らめ、ネイサンを褒めちぎる。
「義父さん…飲み過ぎよ。まったく、おだてられるとすぐ乗っちゃうんだから。」
ジューンが苦笑する。
「おだてじゃないですよ!本当に尊敬してるんです。」
ネイサンが真剣な顔で言う。
「ははは!いいな、君は。実にいい!ジューンの婿になってもいいぞ。
俺より酒が強けりゃな?」
ノーマンは酒の力ですっかり上機嫌な様子で、自らの冗談に受けて声を上げて笑う。
「義父さん!馬鹿なことを言わないでよね。まったく、すっかり出来上がっちゃって…。
ごめんね、ネイサン。」
ジューンが慌ててたしなめる。
「いや、いいんですよ。ていうか、僕の方は一向に異存はないんですけど…。」
ネイサンが茶目っ気たっぷりに微笑む。
「え?」ジューンが驚く。
「あなたと一緒になることです。」
ネイサンがさらりと続ける。
「…いや、真に受けないで!酔っぱらいのたわごとなんだから。
素面になったら忘れてるわよ。」
ジューンが赤面しながら言う。
「馬鹿、俺は別に酔ってなんかいないぞ!」
ノーマンがムキになって反論する。
「ネイサン、君は実にいい男だ。ルックスもいいし頭もいい、
それにリッチで気もいい奴だろ?最高じゃないか!」
「それほどでは…。」
ネイサンが謙虚に返す。
「そら、この謙虚さもいいぞ。お前、本気で考えてみりゃどうだ?」
ノーマンがジューンに目を向ける。
「馬鹿なこと言わないで!私にはちゃんと…」
ジューンが言いかけるが、言葉を止める。
「何?お前にそんな相手がいたのか?初耳だぞ!」
ノーマンが驚く。
「……。」ジューンは黙り込む。
「誰なんだよ?俺の知ってる奴か?」
ノーマンが興味津々に尋ねる。
「誰でもいいでしょ。それに…私の単なる片思いで、相手は何とも
思ってなかったのよ…。」
ジューンが声を小さくする。
「何だ、ふられちまったのか?なら、問題ねぇだろ。」
ノーマンがあっけらかんと言う。
「あのね…これでも落ち込んでるのよ。今、とてもそんな気分には…」
ジューンが傷ついた表情を見せる。
「何だ、話にならないな。」
ノーマンが肩を竦める。
「と、とにかく…今はまだ、誰とも付き合う気はないのよ。干渉しないで。」
ジューンは立ち上がり、グラスをガチャンと置いて自室へと退散する。
「あ、ジューン!」
ネイサンが慌てて呼び止める。
「ほっとけほっとけ。そのうち、機嫌も直るだろ。」
ノーマンが気楽に言う。
「………。」ネイサンは複雑な表情で彼女の背中を見送る。
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(翌朝)
◆デトロイト市警
ジューンが出勤し、同僚たちに軽く会釈する。
「おはよう。」
「よう。」
ハンクがぶっきらぼうに応じる。
「おはようございます。」
クリスが笑顔で挨拶する。
ネイサンが寄ってきて、気遣うように話しかける。
「ジュ…ジェイデン刑事、ご機嫌は直りましたか?お父さん、心配してましたよ。」
「もう子供じゃないんだから、別にいいわよ。」
ジューンが素っ気なく返す。
「でも…」
ネイサンが言葉を続けようとするが、
アリーとクレアが明るい声で近づいてくる。
「おはよう!」
「おはよう。」
ジューンが応じる。
「ちょっとちょっと!こちらが噂の…FBI捜査官の方?」
アリーが目を輝かせる。
「ネイサン・ハワードです。初めまして。」
ネイサンが爽やかに挨拶する。
「こちらこそ!私はクレア・ボウマンです。」
クレアが名乗る。
「アリー・マクレーンよ。よろしくね!」
アリーが気さくに言う。
「ちょっとアリー、馴れ馴れしいわよ!FBIの方なのに…」
クレアがたしなめる。
「いいじゃない!新人君でしょ?」
アリーが笑う。
「ははは、構いません。その通り、まだひよっこですから。」
ネイサンが謙遜する。
「やだ、すごく爽やかね…。」アリーが感嘆する。
「ええ、いい感じじゃない!」クレアが同意する。
「お褒めに預かり光栄です。」ネイサンが微笑む。
「ねぇ、もし良かったら今晩、飲みに行きませんか?
短い間のお付き合いかも知れませんけど…。」
アリーが提案する。
「いいですね!ぜひ、行きましょう。」
ネイサンが快諾する。
「やった!」
アリーとクレアが声を揃える。
「やれやれ…。」
ジューンが小さく呟く。
「あなたも来てくれますよね?ジェイデン刑事。」
ネイサンがジューンに目を向ける。
「えっ…いや、私は…」
ジューンが躊躇する。
「駄目よ!付き合い悪いわね。」
アリーが詰め寄る。
「そうよ、ジェイデン。あなたのパートナーなんだから。」
クレアが後押しする。
「でも…」
ジューンが言い淀む。
その時、ハンクとコナーがやって来る。
「おいおいおい。私的な会話は退勤後にしろ。」
ハンクが渋い顔で言う。
「すみませーん!」
アリーが舌をぺろっと出して軽く謝る。
アリーはコナーに目を向け、声をかける。
「ねぇねぇ、コナーも一緒にどう?」
「?何ですか?」
コナーが首を傾げる。
「ネイサンの歓迎会をやろうってことになってね。退勤後に例のバーに
集まることになってるのよ。」
アリーが説明する。
「………。」
ジューンは黙ってその様子を見る。
(コナーも一緒なら…)
「…すみません。僕は家の用がありますので。」
コナーが遠慮する。
「えー、駄目なの?つまんないわね…。」
アリーが残念そうに言う。
「………。」
ジューンも内心消沈し、小さなため息をつく。
「仕方がないか。じゃ、ネイサン。また夜にね!」
アリーが明るく言う。
「はい。」
ネイサンが頷く。
アリーとクレアが退散する。
「あっ、ちょっと!もう…。」
ジューンが慌てて呼び止めるが、二人は去っていく。
「それで、今日はどうするんだ?」
ハンクが話を戻す。
ネイサンがARグラスを手に持ち、自信に満ちた声で提案する。
「昨日の情報から得た地理的プロファイリングで、被疑者の行動エリアが
割り出せました。手分けしてその地点での聞き込みを行いましょう。」
「ほう。」
ハンクがまだ疑わしそうな口ぶりで応じ、目を細める。
「何かしら有益な情報が得られるといいがな。」
「期待外れにはさせませんよ。」
ネイサンが笑顔で言い、マップに聞き込み地点をマーキングする。
「マップに担当エリアを指定しましたので、皆さんの端末へ送ります。」
彼はARグラスを操作し、捜査データを各々のスマホに発信する。
光の粒子が空中に浮かび、デジタルマップが瞬時に共有される。
「フン、ご丁寧に担当エリアまで指定してくれて有難うよ。」
ハンクが皮肉っぽく鼻を鳴らす。
「私はこちらで待機します。」
ネイサンが続ける。
「何か進展があれば、随時報告してください。」
「…だとよ。」
ハンクが頷き、立ち上がる。
「じゃ、行くとするか。」
「はい。」ジューンが静かに応じる。
「はい。」コナーも穏やかに頷く。
「よし。出発だ。」
ハンクが手短に指示を出し、全員が席を立つ。
彼らは手荷物や上着を手に取り、ガレージへと向かう足音が響く。
ネイサンは場を取り仕切れたことに満足げに微笑み、
背後でドアが閉まる音を聞きながら一人残る。
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◆A地点(ミッドタウン路地裏のうらぶれたバー「Rusty's Tavern」)
ミッドタウンの路地裏に佇む「Rusty's Tavern」は、錆びた看板が風に軋み、
薄暗い雰囲気が漂う。
ハンクはカウンターに凭れ、被害者スミス・バウワーの飲み仲間である
無精ひげの男性に聞き込みを進める。
「それじゃ、特に不審な点はなかったってわけか。」
ハンクが低い声で尋ねる。
「ああ、いつも通りだったぜ。」
男性がビールを傾けながら答える。
「むしろ、いい女が出来たようで上機嫌な日が多かったがな。」
「女?」
ハンクが眉を上げ、興味を示す。
「あんた、会ったことはないのか?」
「ないね。」
男性が首を振る。
「ただめっぽう美人だそうで、いつもにやけて自慢してたぜ。」
「ほう…。」
ハンクが顎を撫でる。
「じゃ、写真かなんか持ち歩いてたんじゃないのか?」
「いや、それがないんだよな。」
男性が苦笑する。
「そんな別嬪なら一遍拝ませろって言ったんだが、その女が写真嫌いだとかってよ。」
「写真嫌いね…。」
ハンクがメモを取りながら呟く。
「どこで知り合った女だって言ってた?」
「知らねえよ。」
男性が肩を竦める。
「とにかく何でも秘密にしやがるんで、あいつのふかしなんじゃねえか?って
言う奴もいるぐらいでよ!」
ハンクは男性の言葉を頭に刻み、薄暗いバーの空気を胸に吸い込む。
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◆B地点(スポーツジム)
汗と金属の匂いが混じる活気あるスポーツジムに、トレッドミルや
ウエイトの音が響き合う。
コナーはトレーニング中の被害者マーク・ジョーダンの友人に背後から静かに声をかける。
「すみません。」
コナーが穏やかに切り出す。
「あなたは、浴室で自死されたマーク・ジョーダンさんのご友人でしたね?」
友人が怪訝そうに振り返り、コナーの姿を見て驚く。
「ああ、そうだけど…。え、アンドロイド!?」
コナーはその驚きを無視し、淡々と続ける。
「死ぬ直前の彼について、何かお気づきになった点はありませんか?」
「え、うーん…。」
友人がタオルで汗を拭きながら考える。
「一週間ぐらい前から何か元気がなかったな。溜息ばっかついてさ、
悩んでるみたいだった。」
「………。」コナーは静かに聞き、LEDが青く光る。
「それまでは逆にやけにハイテンションだったから、妙に気になって。」
友人が続ける。
「いろいろ聞いてはみたんだけど、いつもはぐらかされてさ…。
結局、何があったか聞けず仕舞いだったよ。」
「何も話さなかったんですか?」
コナーが尋ねる。
「親友のあなたにも。」
「ああ…。」
友人がしんみりした声で答える。
「あいつ、昔から妙に水臭いところがあってさ。いつも一人で抱え込みやがるんだ。
馬鹿だよ…。」
友人の表情が暗くなり、コナーは内心で分析する。
(これ以上質問しても、手がかりを得られそうにないな)
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◆C地点(被害者ショーン・ギルモアの実家)
コークタウンにあるショーン・ギルモアの実家は、こじんまりとした外観ながら
趣味の良い応接間に温かさが漂う。
ジューンは質素だが上品そうな老母に通され、紅茶の香りが部屋に広がる。
「どうぞ…。」
老母がトレイを置き、優しく言う。
「あ、すみません。」
ジューンが慌てて応じる。
「すぐにお暇しますので、どうぞお気遣いなく…。」
老母も正面のソファに腰を下ろし、静かに語り始める。
「息子の死についてのお話でしたね。やっぱり、自殺じゃないんですか?」
「えっ?」
ジューンが驚く。
「やっぱりって、どういう…」
やや興奮気味に老母が身を乗り出す。
「あの子が自殺なんてするはずないって思ってたんですよ!だってあの晩、
あんなに幸せそうだったのに…。まさか、あの笑顔が最後だなんて…。」
彼女は一瞬、息子を失った悲しみに引き戻されたように顔をゆがめたが、
ハッと現実に立ち返る。
「やっぱり何か事件にでも巻き込まれたんですか?そうなんですね!?」
「あ…落ち着いてください。」
ジューンが手を振る。
「まだ確証があるわけではないんです。」
「お母さまがそう思われる理由は何なんですか?」
ジューンが真剣に尋ねる。
「あの晩、というのは…?」
「…死ぬ前日、あの子が訪ねて来たんです。」
老母の声が震える。
「嬉しそうに『今度、結婚することになったんだ!』って目を輝かせて…。」
「結婚?」
ジューンが目を丸くする。
「相手は誰か聞いていますか?」
「ええ、もちろん。」
老母が頷く。
「イヴリンという名前で、とても綺麗な人なんだって…。あの子、本当に
嬉しそうに話してたんですよ。」
「イヴリン…」
ジューンがメモを取りながら呟く。
「姓はわかりますか?」
「いえ、そこまでは…。」
老母が首を振る。
「でも来週、彼女を連れて来るって言ってたんです。あの子、前の女房に
手ひどく裏切られてとても傷ついていて…ずっと暗い毎日を送っていたんです。
それがまさか再婚だなんて、あんなに嬉しそうに…。」
老母の声が詰まり、涙をハンカチで拭う。
ジューンはその痛みを胸に感じながら続ける。
「あの…そのイヴリンという女性とは、どこで知り合われたのか聞いていますか?」
「ええ。」
老母が涙を堪えながら答える。
「店の名前まではわかりませんが、確かこの街にあるどこかのバーで歌手をされているとか…。
あの子、あの歌声と笑顔がたまらなく好きだと…。」
再びむせび泣く老母に申し訳なさを感じつつも、
「市中のバーで…」ジューンが目を輝かせる。
「すみません、他に何か外見的特徴などがわかれば出来る限り教えてください!
息子さんの事件を解決するために必要なんです。」
老母は深呼吸し、記憶をたどるように目を閉じる。
ジューンはその答えを待ち、紅茶の湯気が静かに昇る部屋に希望の光が差し込む。
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(夕刻)
◆デトロイト署・デスク
デトロイト署のデスクエリアは、午後の光が窓から斜めに差し込み、
モニターの青白い輝きが刑事たちの顔を照らす。
ネイサンの元にハンクとコナーが戻り、静かに話し合いが始まる。
やがて、息を切らせてジューンが駆け込んでくる。
「遅くなりました。」
ジューンが肩で息をしながら言う。
「ジェイデン刑事!」
ネイサンが立ち上がり、期待を込めた声で応じる。
「重要な情報を得られたとか…。」
「ええ。」
ジューンが頷き、メモを手に持つ。
「ショーン・ギルモアの母親の証言によると、死の直前に彼はイヴリンという
女性と婚約をしていたそうで。」
ネイサンは内心で興奮を抑え、呟く。
(イヴリン!…やっぱり、そうか)
「へえ、そいつは驚いた。」
ハンクが目を丸くする。
「で、その女はどこのどいつなんだ?」
「はい。」
ジューンが真剣な表情で続ける。
「市中のバーで歌い手をしている女性だそうで…。」
コナーは即座に周辺の地図をサーチし、分析を始める。
「ショーン・ギルモア宅の所在地、ミッドタウンにあるバーは十三件。
うち、歌い手が在籍している店舗は八件です。」
「だが、流しの歌手ってこともあるだろ?」
ハンクが眉を寄せる。
「はあ…。」
コナーが一瞬ためらう。
「おい、ジェイデン。」
ハンクがジューンに視線を移す。
「他にその女の手がかりはねえのか?」
「姓は聞いていないそうなんですが、外見的な特徴はいくつか…。」
ジューンがメモを読み上げる。
「ブロンドのセミロングの髪、青い瞳。ChanelのNo.5というコロンを
いつも好んでつけていたそうです。」
「髪型にコロンね…。」
ハンクが顎を撫でる。
「だがそんなもん、偽装しようと思や、いくらでも出来るだろ。」
「それは…。」
ジューンが言葉に詰まる。
「………。」
コナーは助け舟を出したいが、冴えた提案が浮かばず黙り込む。
「大丈夫ですよ。」
ネイサンが自信たっぷりに口を挟む。
「その女が被疑者に間違いありません。」
「何?」
ハンクが驚いてネイサンを睨む。
ネイサンは微笑み、ARグラスを操作してイヴリン?の写真を各人のモニターに転送する。
「そいつがイヴリンですよ。」
全員がモニターに食い入るように目を向ける。
「ほう…。」
ハンクが感嘆の声を漏らす。
「確かに別嬪だな。」
ハンク、コナーを見やり尋ねる。
「おい、この女、確かにアンドロイドなのか?こめかみのLEDもねえが…。」
「LEDは元々取り付けていない場合もありますし、その気になれば
簡単に取り外せます。」
コナーが冷静に答える。
「ですがこの写真の情報だけでは、アンドロイドかどうかの確信は…。」
ネイサンが笑って軽やかに続ける。
「その写真の女性は…実はアンドロイドではないんです。」
全員が驚き、ネイサンを凝視する。
「!」ジューンが息を呑む。
「………。」コナーが静かに目を細める。
「何ぃ!?」
ハンクは声を荒げる。
「おい、どういうことだ!俺たちをからかってんのか?」
「まあ、落ち着いてください。」
ネイサンが手を振る。
「その女性自身はアンドロイドではありませんが、現在逃亡中のアンドロイドの
モデルになった女性なんです。瓜二つなんですよ。」
さらに驚く面々が、互いに顔を見合わせる。
「そうなんだ…。」
ジューンが呟く。
「実在の女性に似せて作られたアンドロイドなのね。でも一体どういう事情で…?」
「…すみません。」
ネイサンが少し申し訳なさそうに目を伏せる。
「それはまだ、伏せておきます。でも、今日の釣果で確実に一歩前進ですよ。
有難う、ジェイデン刑事。」
「いえ…。」
ジューンが控えめに頭を下げる。
「フン、いつまでも秘密主義とはFBIらしいね。」
ハンクが皮肉っぽく笑う。
「すみません。」
ネイサンが軽く謝る。
「もう少し進展したら、必ず皆さんに事情をお話しますから。今日のところは
許してください。」
「まあいい。」
ハンクが肩を竦める。
「で、今からバーを回るか?」
その時、アリーとクレアがにこやかに顔を出す。
「あら…駄目よ!」
アリーが楽しげに言う。
「今夜は歓迎会で飲みに行くって約束だもの。ねえ?」
「ええ。」
クレアが頷き、笑顔を向ける。
「…弱ったな。」
ネイサンが苦笑する。
「おい、馬鹿なこと言うな!」
ハンクが睨む。
「仕事優先に決まってるだろ!」
「じゃ、警部補が行ったらいいでしょう?」
アリーが反論する。
「いつもはサボって飲み歩いてる癖に…何よ、今日に限って。」
言葉に詰まり、ハンクが口ごもる。
「ぐっ…。」
「ワーカホリックはやめて、出かけましょう!FBIなら飲めるでしょ?」
アリーが元気よく続ける。
「ね?」
「そうそう。」
クレアが同意する。
「何の事件か知らないけど…」
アリーとクレアがネイサンの両側から腕を組み、彼を連れ出そうとする。
「いや、でも…。」
ネイサンが抵抗する。
ハンクが苛立ちを隠せず舌打ちをしつつ、
「ったく、勝手にしろ!おい、コナー!ジェイデン!行くぞ!」と、立ち上がる。
彼は二人にくいっと顎を上げてサインを送り、部屋を出ようとする。
ジューンとコナーが慌てて後に続くが、
「あ、駄目です。」
ネイサンが慌てて止める。
「彼女は同行してくれるって約束したので…。」
「何!?」
ハンクが驚く。
肩を竦めてアリーが笑う。
「しょうがないでしょう?ジェイデンが行かないと付き合ってくれそうに
ないんだもの。」
「ねぇ~?」
クレアがからかうように言う。
ネイサンは気まずそうに咳払いする。
ハンクは面倒臭そうにピラピラと手を振り、
「もういい!わかったわかった。じゃ、俺たちだけで行くぞ!」
「来い!」と、コナーに目を向け歩き出す。
「はい…。」
コナーはジューンをちらっと見るが、軽く頭を下げてハンクの後を追う。
「………。」
ジューンは複雑な表情でコナーの背中を見送りながら、一瞬目を伏せる。
彼女の胸には寂しさと苛立ちが去来していた。
「ふぅ、弱ったな…。」
ネイサンが呟く。
「ほら!」
アリーが楽しそうに先導する。
「二人とも、お許しが出たんだから今夜ぐらいは事件なんか忘れなさい!
行くわよ!」
アリーとクレアが部屋を出て行き、ジューンとネイサンは一瞬
顔を見合わせて苦笑する。
諦めたように後に続く二人の足音が、廊下に反響する。
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◆バー「The Rusty Anchor」
デトロイトの夜を彩るバー「The Rusty Anchor」は、木の温もりと
ビールの香りが漂う賑やかな空間だ。
アリーとクレアが店内を見回し、奥のゆったりした四人掛けの席を見つける。
「あそこがいいわね。」
クレアが指さす。
「そうね。」
アリーが頷き、二人で席に向かう。
ジューンとネイサンはしぶしぶついていき、席に腰を下ろす。
アリーがハンドサインで店員を呼び、それぞれの酒を注文する。
やがて、グラスが運ばれてきて、テーブルに並ぶ。
「さ、まずは乾杯よ!」
アリーがグラスを掲げる。
「そうね。」
クレアが続く。
「ネイサンのデトロイト署入りに乾杯!」
(短期間だけなのに…)
ジューンは内心で呟きつつ、苦笑しながらグラスを合わせる。
ネイサンも同じく苦笑し、乾杯に付き合う。
1時間後…
バーの喧騒はさらに賑やかさを増し、笑い声とグラスの音が響き合う。
クレアは酒に強いため、ほぼ素面のまま冷静に話を楽しんでいる。
一方、アリーは泥酔してよりハイテンションになり、声が一段と大きくなっている。
ジューンは一杯だけで顔を真っ赤にし、ややしんどそうな表情を浮かべている。
ネイサンは酒に強く、平気な顔で飲み続けている。
アリーがネイサンにしなだれかかり、酔った勢いで尋ねる。
「ねぇ、ネイサン。あなたって今、彼女はいるの?」
クレアも興味津々にネイサンを注視する。
「いえ。」
ネイサンが穏やかに答える。
「この間、別れたばかりなんですよ。」
「そうなんだ!」
アリーが目を輝かせる。
「うふふ、じゃ私、立候補しちゃおうかな?」
「それは大変、光栄ですが…。」
ネイサンが微笑む。
「実は僕、もう気になる人がいまして。」
「えー、そうなの?残念…。」
アリーががっかりしたように言う。
「もう、アリー!」
クレアが呆れたように笑う。
「すぐそれなんだから。ほんと、男好きね。」
「何よー!別にいいでしょ。独身なんだから!」
アリーがむすっとした表情でグラスを空ける。
クレアがジューンに目を向け、話を振る。
「警部補はともかく、コナーも来たら良かったのにね。」
「………。」
ジューンは黙ってグラスを見つめる。
「何?」
アリーが興味深そうに言う。
「あんたたち、喧嘩でもしてるの?最近、あまり一緒じゃないわよね。」
「ふふ、前はあんなにべったりだったのにね~!」
クレアがからかうように付け加える。
アリーとクレアが顔を見合わせて笑う。
「別に…そんなんじゃないわ!」
ジューンが慌てて否定する。
「ただ彼がまだ署になれていなかったから、いろいろと教えてあげてただけよ。
でももう、一人前になって来たし…」
「へえ、一人前ねぇ?」
クレアが首を振る。
「まだまだ可愛い坊やって感じだけど。」
「そうよね。」
アリーが同意する。
「ま、さすがに男日照りのあんたでも、アンドロイドに手を出すほどには
落ちぶれちゃいないか!」
アリーが高らかに笑い、ジューンは黙ってちびちびと酒を飲む。
「………。」
ネイサンが気遣うように口を開く。
「さ、もっと飲みましょう!次の一杯は、何でも僕が奢りますよ。」
「わぁ!さすが、気前いいんだ!」
アリーが目を輝かせる。
「それじゃ、私はね…」
アリーとクレアがカウンターにオーダーをしに行く。
ネイサンはジューンの隣に移動し、そっと話しかける。
「大丈夫?そんなにお酒は強くないんでしょ。」
ネイサンが優しく言う。
「無理せずにジュースにしておいたら?」
「いいの…。」
ジューンが首を振る。
「今日は飲みたいのよ。」
(コナーの顔がちらついて…いっそ忘れられたらいいのに)
想いをかき消すように、ぐいっとグラスを煽るジューン。
ネイサンはしばらく考え、口を開く。
「この間、ノーマンさんに言ってた…あのコナーが、君の好きな人なんだね。」
「えっ…!」
ジューンが動揺して顔を上げる。
「どうしてわかるの?」
ネイサンが笑い、悪戯っぽくウインクする。
「今の会話でも一目瞭然だけど。普段から彼と話している時の君の表情や物腰で、
そうなんだろうと思ってたよ。」
「………。」
ジューンは言葉を失い、グラスを見つめる。
「伊達にFBI捜査官をやってないってこと。」
ネイサンが軽く付け加える。
「そ、そう…。」
ジューンが小さく呟く。
「やっぱりアンドロイドだから、君の愛情には応えてくれないのか。」
ネイサンが静かに尋ねる。
ジューンが自己嘲笑するように笑う。
「私一人が勝手に誤解していたみたいね。彼の態度や言葉から、てっきり私を
愛してくれているって思ってたんだけど…どうやら、私の目は節穴だったみたい。」
「そう…。」
ネイサンが優しく頷く。
「好きな相手に振り向いてもらえないのってつらいよな。」
ジューンが明るく振る舞おうとする。
「だから今日はもう、飲んで忘れちゃおうと思ってね。」
「そんなことじゃ忘れられるわけはないと思うけど…。」
ネイサンが穏やかに言う。
「気の済むようにすればいいよ。僕がちゃんと家まで送ってあげるからね。」
「有難う、ネイサン。あなた、いい人ね。」
ジューンが微笑む。
「ちょっとちょっと!」
アリーがカウンターから叫ぶ。
「そこ、なに二人でこそこそ話してるの!?」
「こっちで一緒に飲みましょうよ!」
クレアが手を振る。
「はいはい!そうですよね。」
ネイサンが立ち上がり、カウンターの二人の元へ向かう。
「今行きます。」
ジューンは微笑みながらその背中を見送る。
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◆同・車庫
夜のデトロイト署の車庫は静まり返り、冷たいコンクリートに車のエンジン音が響く。
ネイサンは自分の車に乗り込み、運転席からアリーとクレアに別れの挨拶をする。
後部座席ではジューンが酔いつぶれて眠っている。
「こういう時、自動運転で良かった。」
ネイサンが軽く笑う。
「本当よね。」
アリーがくすくす笑う。
「うふふ、今日はすごく楽しかったわ!ネイサン。結局、全額出してもらっちゃって
ごめんね。」
「素敵なレディたちに接待していただいた、せめてものお礼ですよ。」
ネイサンが気さくに言う。
「安いものです。」
「ほんとにあなたって、卒がないわね…。」
クレアが感心したように呟く。
「それにしても…ジェイデンの奴、すっかり出来上がっちゃって。」
アリーが悪戯っぽく言う。
「あなた、送り狼にならないでよ?」
「ご安心ください。」
ネイサンが真面目に答える。
「彼女の父上にも頼まれていますから、しっかりお宅までお送りしますよ。」
「彼はそんなことしないわよ!」
クレアがアリーをたしなめる。
「その辺の安っぽい男じゃあるまいし、女に不自由していないもの。ねぇ?」
「はは、そう思っていただければ光栄ですよ。」
ネイサンが笑う。
「とにかく…今夜はお二人とも、本当に有難うございました。お話できて
楽しかったです。また僕がFBIに戻る前に、ぜひ。」
「楽しみにしてるわよ!」
アリーが手を振る。
「それじゃ、おやすみなさい。」
クレアが微笑む。
「はい。お二人とも、お気を付けて…。」
ネイサンが車窓から見送る。
アリーとクレアが去り、ネイサンは後部座席のジューンに話しかける。
「ジューン、大丈夫?」
「うーん…。」
ジューンが半分寝ながら呻く。
「いくらなんでも飲み過ぎだよ。」
ネイサンが苦笑する。
「お父さんに叱られるぞ。」
ジューンがろれつの回らない口調で呟く。
「いいのよ、あんなクソ親父…勝手に怒らせておけば。」
「口が悪いな…。」
ネイサンが呆れたように言う。
「ここだけにしておきなよ。」
「ふん…。」
ジューンが小さく鼻を鳴らす。
「それじゃ、そろそろ帰ろうか。」
ネイサンがGPSをジューンの実家に設定する。
車がしばらく走り出し、夜のデトロイトの街灯が窓を流れていく。
だが、ネイサンはふと思い直したように尋ねる。
「…ねぇ、本当に家に帰る?それとも、僕の部屋に来る?」
まだ酔って半分寝ているジューンがぼそっと呟く。
「フン、だーれがあんな家に…!」
ネイサンが真顔で頷く。
「そう…。じゃ、いいんだね。」
彼は黙ってGPSの設定を自宅に変更し、車を走らせる。
------------------------------------------------------------------
(翌朝)
◆ネイサンのマンション・寝室
朝の陽光がカーテンの隙間から差し込み、ネイサンの寝室を柔らかく照らす。
ジューンはベッドの中で目を覚まし、ぼんやりと呻く。
「ん……。」
(え、ここは…どこ??)
彼女は寝ぼけ眼で周囲を見回す。
モダンで整った部屋の内装に、昨夜の記憶が曖昧なまま混乱が広がる。
その時、ネイサンが浴室からタオルを首にかけて出てくる。
シャワーを浴びたばかりの彼の髪はまだ少し濡れている。
「!」ジューンが驚き、身体を起こす。
「あ、起きたんだ?」
ネイサンが穏やかに微笑む。
「こ、これって…え、どういうこと!?」
ジューンが動揺しながら尋ねる。
「ここ、どこなの?」
「ああ、何も覚えてないんだね。」
ネイサンが落ち着いた声で答える。
「ここは僕の部屋だよ。」
「えっ!?」
ジューンが目を丸くして、咄嗟に自分の衣服を確認する。
(!服はそのままだわ)
「君、昨夜の飲み会で酔いつぶれちゃってさ。」
ネイサンが説明する。
「家に送るかここに来るか聞いたんだけど…帰りたくないって言うから。」
ジューンはしばらく考え込み、記憶をたどろうとする。
「…駄目、何も思い出せない。」
彼女が不安そうに呟く。
「じゃ、じゃあ…昨夜、私たち…」
「………。」ネイサンが一瞬沈黙する。
「………。」ジューンも息を詰める。
ネイサンが笑い、安心させるように言う。
「そんな顔するなよ。安心して。何もしてないよ。」
ジューンはほっと胸を撫で下ろし、緊張が解ける。
(彼のこの態度…信じていいわよね)
「そんなにあの…コナーのことが好き?」
ネイサンが静かに尋ねる。
「……ええ。」
ジューンが素直に頷く。
「そうか…。」
ネイサンが小さく呟く。
「…でも、諦めるわ。」
ジューンが決意を込めて言う。
「いつまでも私一人でうじうじしてたってどうにもならないんだもの。
彼の気持ちは私にはない…。」
「…辛いだろうけど、それがいいよ。」
ネイサンが優しく言う。
「いくら変異体って言っても、機械と人間とじゃ…。」
「………。」
ジューンは黙り込み、複雑な表情を浮かべる。
「彼のことは、みんなには秘密なんだね?」
ネイサンが尋ねる。
「ええ…。」
ジューンが小さく頷く。
「彼は元同僚だし、みんなは単なる私の後輩…弟分だと思ってるのよ。」
「そうか。」
ネイサンが納得する。
「…彼にあんなこと、言うんじゃなかった。」
ジューンが後悔の色を見せる。
「私って本当に馬鹿ね…。子供みたい。」
「けどさ…何でそんな風に勘違いしてしまったんだい?」
ネイサンが興味深そうに尋ねる。
「変異体と言うけど、結局は人間に作られた機械だろ?自分の意思を
持てるって言っても、所詮はプログラムの域を出ないんじゃ…」
「そんな風には見えなかったのよ…。」
ジューンが穏やかに反論する。
「彼はとても個性的だし人間味があるの。」
彼女はコナーのことを想い、少し微笑む。
「とても思いやりのある素敵な人よ。」
「“人”ね…。」
ネイサンがその言葉に引っかかり、軽く首を振る。
「あなたは彼のことを知らないから…。」
ジューンが静かに言う。
「確かにね。」
ネイサンが認める。
「でも彼は、捜査官タイプのアンドロイドなんだよね?じゃ、セックスも
できないわけだ。」
「…ええ。」
ジューンが小さく頷く。
「きっとそのせいだよ。」
ネイサンが分析する。
「僕たちと違って、本当の意味で情は沸かないんだ。」
「そう、なのかな…。」
ジューンが首を振る。
彼女は記憶をたどり、遠くを見るように語り始める。
「あの変異体の蜂起の前ね…いろいろなことがあったわ。一緒にジェリコの
場所を特定して、もうお別れっていう時に…彼がキスしてくれて。」
ネイサンが驚いて目を丸くする。
「キス…そういうことはするんだ?」
「ええ…。」
ジューンが続ける。
(あの温もりが忘れられない…)
思わず目を閉じ、当時の感覚を再現するジューン。
「その後も結構、ドラマチックなのよ。なんと彼の偽物が現れて、私を攫ってね。
サイバーライフのアンドロイドたちを変異させようとしていた彼を、私を
盾にして脅したの。その偽物が…私のことを愛しているんだろって彼を問い詰めて…
彼もそれを認めていたから、私てっきり…。」
「!そんなことがあったのか…。」
ネイサンが驚嘆する。
「しかし、よく切り抜けられたな?」
「ええ…。」
ジューンが頷く。
「私も彼も撃たれて危ないところだったんだけど、咄嗟の判断で彼が自分の
メモリを相手の身体に転送して、何とか切り抜けたのよ。
その後、彼は私を安全な場所まで連れて行ってくれて…。きっと戻って来るって
約束して額にキスを…。」
ジューンがおどけたように無理をして明るい口調で言う。
「そんなシチュエーションで戻って来てくれたから、私勘違いしちゃったのよ。
だってあまりにロマンチックでしょう?ひどいわよね…。」
(私ってほんとにバカ…)
自虐的にふっと笑うジューン。
「そんなことが…。」
ネイサンは驚きの声を上げる。
(話を聞いている限り、あのコナーは本当に彼女を愛しているようにしか
思えないけど…)
ネイサンは内心で呟き、ジューンを見つめる。
「…彼に気持ちはないんだと知っても、私は…今も彼のことを愛してるの。」
ジューンが声を震わせる。
「困っちゃうわよね。早く忘れないといけないのに…。」
「そう…。」
ネイサンが優しく応じる。
ジューンが誤魔化すように話題を変える。
「それにしても、すごい部屋ね!さすがはFBIって感じ。」
「いい部屋だろ?」
ネイサンが笑う。
「ノーマンさんに聞いたけど、君ゲームも好きなんだって?実は僕もなんだ。
こっちに来て。」
「え?」
ジューンが驚く。
ネイサンはジューンを隣のオーディオルームに連れて行く。
「うわぁ…すごい!」
ジューンが目を丸くする。
「何、この数…。」
「すごいだろ?」
ネイサンが自慢げに言う。
「自由な時間がなかなか取れないもんで、どうしてもインドア派にならざるを
得ないんだ。トレーニングルームもあるよ。」
「すごいなぁ…。」
ジューンが感嘆する。
「音響もばっちりじゃない!映画も観られるの?」
「ああ。映画も好きでね。」
ネイサンが頷く。
「かなりの数の映画をデータ化してあるよ。」
「いいなぁ…。」
ジューンが羨ましそうに呟く。
「いつでも遊びに来ていいよ。」
ネイサンが気さくに言う。
「仕事帰りにでもね。」
「…ネイサン…。」
ジューンが彼を見つめる。
「…君の義父さんの言ったことだけどさ。」
ネイサンが少し真剣な口調で言う。
「えっ?」
ジューンが驚く。
「僕は…結構本気だよ。」
ネイサンが続ける。
「君とは趣味も合うみたいだし、結婚を前提に付き合えればと思ってたりして。」
(結婚…。コナーとは叶わないこと…)
しんみりした気持ちを振り払うように首を振り、
「…いやね!」
ジューンが慌てて言う。
「あんな酔っぱらいの言葉を真に受けないで。それに、私なんかよりいい人は
大勢いるでしょ。あなた、見るからにもてそうだもの。」
「ま、確かにもてるけどね。」
ネイサンが冗談っぽく笑う。
「まぁ!」
ジューンが目を丸くする。
「けど、そろそろ身を固めてもいいかなとも思ってるんだ。」
ネイサンが真剣に言う。
「何言ってるの?」
ジューンが首を振る。
「まだまだ若いんだし、早過ぎるでしょ。私は年上よ。」
「2~3歳上なんて関係ないよ。」
ネイサンが優しく言う。
「ねぇ、真面目に考えてみて。」
「ネイサン…」
ジューンが彼を見つめる。
(そうね…。コナーのことを諦めるためには、他の人と付き合うべきかも知れない。
ルークと違ってネイサンなら…異性として見ることが出来るかも知れないわ)
ジューンは内心で葛藤する。
「ジューン?」
ネイサンが彼女の考えを待つ。
「でも…コナーのこと、そんなにすぐには割り切れないわよ。」
ジューンが正直に言う。
「努力はするけど…。それでもいいの?」
「ああ、それはわかってるよ。」
ネイサンが優しく頷く。
「僕ら、きっと相性がいいよ。ジューン。」
(ネイサン、いい人ね…。私も早く気持ちを切り替えないと…)
ジューンは心の中で呟き、ネイサンの提案を受け入れる決意を固める。
(でも…気持ちが追いつくかな)
遠い目を窓の外へ向けるジューン。
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(翌朝)
◆デトロイト署
朝のデトロイト署は、いつものように慌ただしさと雑音に満ちていた。
窓の外では灰色の空が広がり、室内の蛍光灯が薄暗い雰囲気を照らし出している。
ジューン・ジェイデンは、重い足取りで署内に入ると、軽く挨拶を呟いた。
「おはよう」
彼女の声は低く、感情をあまり乗せないいつもの調子だった。
すると、同僚のアリーがにやにやしながら近づいてきた。
彼女はジューンのデスクに肘をつき、好奇心丸出しの目でジューンを見上げる。
「ねえ、この間はどうだったのよ?」
ジューンは眉を軽くひそめ、首をかしげた。
「ん、何の話?」
「とぼけんじゃないわよ!」
アリーは声を弾ませ、ジューンの肩を軽く叩いた。
「ネイサンにお持ち帰りされたでしょ?あの後、どうしたのよ!」
その瞬間、署のドアが開き、ネイサン・ハワードが顔を出した。
ハンサムな顔に柔らかな笑みを浮かべ、スマートな物腰で二人の会話に割り込む。
「実は…僕たち、付き合うことになったんですよ。な、ジューン?」
アリーが目を丸くして叫んだ。
「ええっ!何ですって!?」
ジューンは驚きと焦りで言葉を詰まらせ、ネイサンを睨みつけた。
「ちょっと、ネイサン!そのことはまだみんなには…」
だが、ネイサンは肩をすくめて笑うだけだった。
「いいだろ。どうせ、すぐにバレるよ」
ジューンは言葉を失い、唇を噛んで黙り込んだ。
アリーはネイサンの言葉も聞かず、興奮冷めやらぬ様子で同僚たちの輪へと駆けていった。
「ねえねえ、聞いてよ!この二人ったら…」
「ちょっと、アリー!」
ジューンが慌てて呼び止めるが、時すでに遅し。
ネイサンは困ったように首をかいた。
「あー…。弱ったな、こんなつもりじゃなかったんだけど」
ジューンは苛立ちを隠せず、彼を睨んだ。
「もう!どうするのよ?」
「ま、いいじゃないか」
ネイサンは軽い調子で答えた。
「僕は出向してきただけで、ここの人間じゃないわけだしさ。許してもらえるんじゃない?」
「そういう問題じゃ…」
ジューンは言いかけて言葉を飲み込んだ。
その頃、アリーはすでに課の面々に報告を終えていた。
驚きの声があちこちから上がる。
クレアが呆れたように言った。
「やだ!ネイサンったら結局、ジェイデンを狙ってたのね?怪しいと思ったのよ。」
ギャビンが鼻で笑いながら吐き捨てる。
「はっ、趣味が悪いぜ!」
そこへ、ハンクとコナーが執務室に入ってきた。
クリスが慌てて挨拶する。
「あ…おはようございます!」
ハンクは眠そうな目をこすりながら応えた。
「ああ。」
だが、刑事たちが集まって騒いでいるのを見て、怪訝そうに眉を寄せる。
「朝っぱらから何の騒ぎだ?」
クリスが口を開きかけた瞬間、アリーが小走りでハンクに駆け寄った。
「警部補!聞いてくださいよ。なんとネイサンったら、ジェイデンのことが
好きだったんですって!昨夜、意気投合して付き合うことにしたそうですよ!」
「何!?」
ハンクが驚きに声を荒げる。
隣に立つコナーは、静かに目を見開いた。
(そうか…。ついにこんな日が来てしまったんだ)
アリーはさらに勢いづいてまくし立てた。
「いいんですか~?いくら正式メンバーじゃないからって職場恋愛だなんて!」
クレアが同調する。
「そうよ。風紀の乱れですよね!」
ネイサンは気まずそうに謝った。
「ああ…すみません。何だか、話が大事になっちゃって…。」
(彼女がそう決めたのなら、それでいい…)
コナーは静かな表情で目を伏せた。
だが、ハンクの表情は険しくなる一方だった。
彼は静かに怒りを湛えた声で一言。
「ちょっと来い!」
そして、ネイサンの腕を掴むと、強引に廊下へと引きずっていった。
取り残されたジューンとコナー。
執務室に漂う気まずい空気の中、ジューンはコナーの方をちらりと見た。
(コナー…)
心の中で呟くが、彼は黙って目を逸らした。
その冷たい反応に、ジューンの胸が小さく締め付けられる。
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◆同・廊下
廊下に出たハンクは、ネイサンの腕を放すと苛立たしげに吐き捨てた。
「まったく…あんた、何考えてんだ!こっちは捜査協力しろっていうから
大人しく付き合ってやってるてのに、浮かれすぎだぜ。」
ネイサンはハッとして真顔になり、深く頭を下げた。
「すみません…。仰る通りです。」
ハンクはため息をつき、厳しい口調で続けた。
「あんたの惚れた腫れたはどうでもいいが、事件解決まではこっちに集中してくれ。
じゃないとそのうち、痛い目に遭うぞ。」
「はい…」
ネイサンは委縮して俯いた。
ハンクは少し間を置いて、話題を変えた。
「外れだったよ」
「はい?」
ネイサンが顔を上げる。
「昨夜のバーでの聞き込みだ。流しも含めて歌手を置いてるバー全部を
回ってみたんだがな、どこもそんな女を雇ったことねえってよ」
「そんな…!」
ネイサンが愕然とする。
「イヴリンって女…いや、アンドロイドか。そいつとの出会いの話、母親に
でたらめを言ってたんじゃないか」
ネイサンは言葉を失い、黙り込んだ。
「…ともかく、事件は振り出しに戻ったってことだな。引き続き、そのイヴリンと
やらの足取りを追うしかねえ」
ハンクはネイサンの肩をぽんと叩き、その場を立ち去った。
入れ替わりにジューンが廊下に現れる。
彼女は申し訳なさそうに口を開いた。
「例の証言、でたらめだったのね…。そういう可能性も考えずに証拠が掴めたなんて
浮かれちゃって…ごめんね。」
ネイサンは首を振って優しく笑った。
「君のせいじゃないよ!それは僕の台詞だ。」
彼は少し自嘲気味に続けた。
「アンダーソン警部補の言う通りだ。僕は一体、何をしにここへ来たんだか…。
本当に未熟だったよ。」
「そんなに落ち込まないで。次の手を考えましょう?」
ジューンは励ますように言った。
(コナーなら、きっと何か見つけてくれるはず…)
自然にそう思ってしまう自分にハッとするジューン。
(駄目駄目!彼に頼りっぱなしじゃ…。自分で何とかするつもりで動かなきゃ)
甘え心を追い出すように、大きく深呼吸をする。
ネイサンの顔が明るくなり、彼女を見つめた。
「ジューン…有難う。君がいてくれて良かった。」
そして、衝動的にジューンを抱き寄せる。
「!ちょっと、ネイサン!?」
彼女が驚いて声を上げる。
「あ…ごめん!」
ネイサンは慌てて周囲を見回し、すぐに離れた。
ジューンは呆れたように呟く。
「もう…」
その様子を、廊下の陰から見ていたコナーがいた。
彼の瞳には寂しさが宿り、静かにその場を立ち去る。
------------------------------------------------------------------
(その夜)
◆ハンクの家
アンダーソン家のキッチンでは、テレビのニュースが小さく流れていた。
ハンクはテーブルに座り、ステーキを頬張っている。
向かい側では、コナーがぼんやりと虚空を見つめていた。
「おい、水をくれ」
ハンクがぶっきらぼうに言うが、コナーは反応しない。
「コナー!聞いてんのか?」
声が大きくなった。
コナーはハッとして我に返り、慌てて謝った。
「あ、すみません。何でしょうか?」
「水くれって言ってんだよ。ったく、何ぼーっとしてやがるんだ?」
コナーは急いで冷蔵庫へ行き、取り出した水をコップに注いでハンクの前に置いた。
「どうぞ。」
ハンクはそれを受け取りつつ、探るような目でコナーを見た。
「…どうせ、ジェイデンのことでも考えてたんだろう?」
「いえ…。」
コナーは否定したが、その声に力はない。
「まったく、お前はわかりやすいんだよ。」
ハンクは呆れたように笑った。
コナーは黙り込み、視線を落とした。
ハンクはステーキを切りながら、さらりと言った。
「あいつのほうもお前に惚れてんだ。そんなに好きなら、拒絶なんてしなきゃいいだろ。」
「しかし、彼女の将来を思えば…。」
コナーが反論するが、言葉は弱々しい。
「やれやれ。頑固な奴だぜ、まったく。」
ハンクは肩をすくめた。
コナーは静かに続けた。
「…でも、自分で思っていた以上に辛いんです。彼女が他の男性と付き合うと
いうことが…。」
そっと目を伏せるコナー。
「なら、はっきりするしかねえだろう。お前の気持ちをはっきり伝えて、
あいつ自身に決めさせろよ。」
「ですが…」
「やれやれ…。ま、お前たちのことだ。好きにしろ。」
ハンクはそう言って話を切り上げ、食事に戻った。
コナーは黙って立ち尽くし、深く目を閉じる。
その胸の中で、言葉にならない思いが渦巻いていた。
(僕は彼女を幸せにできるのだろうか。アンドロイドである僕に、彼女の未来を
背負う資格があるのか…)
ルークの言葉が頭から離れない。
ジューンがネイサンと笑い合う姿を見るたび、心が締め付けられるような感覚がする。
(僕は彼女を愛している。だが、その愛は彼女を縛る鎖になってしまうのではないか…)
葛藤の末、コナーは目を開ける。
(いや、僕がその鎖を壊すんだ!)
その目には固い決意が滲んでいた。
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(翌朝)
◆デトロイト署
朝のデトロイト署では冷たい風が窓を叩く音と、刑事たちのざわめきが
混じり合っていた。
ハンク・アンダーソンが欠伸を噛み殺しながら署に足を踏み入れると、
クリス巡査が慌ただしく駆け寄ってきた。
「アンダーソン警部補!」
ハンクは眠そうな目をこすりながら応えた。
「よう、クリス。相変わらず早いな」
「いえ…私は平常通りに出勤しています。警部補が遅刻されているんですよ。」
クリスは少し呆れたように言う。
ハンクは肩をすくめた。
「そうか…コナーの奴は先に出てったっけな。ま、そうがなるなよ。
いつものことだろ。」
だが、クリスの表情は真剣だった。
「何を呑気なことを仰ってるんです!あなた方の抱えている案件に
進展が見られたようですよ。今朝方、新たな被害者が発見されたとのことで…」
「何!?」
ハンクの声が鋭くなる。
「ハワード捜査官をはじめ、皆さんはすでに現場へ向かわれました。
フェーンデール市にあるモーテル『スターライト』の一室です。
スマホに位置情報を送りますから、すぐに向かってください!」
ハンクは頷き、「わかった」と短く答えた。
眠気など吹き飛んだ刑事らしい鋭い目つきに切り替わり、足早に署を出て行った。
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◆モーテル『スターライト』
フェーンデール市の外れに佇むモーテル『スターライト』は、色褪せた看板が
寂しげに揺れていた。
現場は黄色いポリスラインで厳重に仕切られ、野次馬が遠巻きに覗き込んでいる。
アンドロイド警官が見張りに立ち、ハンクが近づくと敬礼した。
「!アンダーソン警部補。」
「おう。」
ハンクはぶっきらぼうに答え、テープをくぐって中へ入った。
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◆同・浴室
浴室のタイルは冷たく、白い照明が無機質に照らし出していた。
被害者は上半身裸で、湯船にもたれかかるように座り、手首を浴槽に浸して死んでいた。
切り口から流れ出た血が水を赤く染め、静かな死の情景を作り出している。
ネイサン・ハワードとジューン・ジェイデンが遺体のそばにしゃがみ込み、
慎重に状況を確認していた。
「今度はリストカットによる失血死か…。」
ネイサンが冷静に呟く。
ジューンは眉を寄せ、考え込むように言った。
「被害者の特徴はこれまでの男性と一致するけど…今回も一連の事件と
関連しているのかしら?単なる自殺じゃなく?」
「どうかな…。」
ネイサンは首をかしげ、室内を振り返った。
「コナー、君はどう思う?」
背後からコナーが静かに現れる。
彼の瞳は淡い光を帯び、遺体に近づいた。
「遺体を調べてみます。」
コナーは無言で膝をつき、アンドロイドの精密な分析機能を使いながら
遺体を検視し始めた。
指紋は被害者本人のものしかなく、切創の角度や浅さからも他者が関与した
形跡は見られない。
だが、彼の動きが一瞬止まった。
「!これは…」
ジューンが反応する。
「?何か見つかった?」
「この心臓の真上にあたる皮膚に…微量のブルーブラッドの痕跡があります。」
コナーの声は静かだが、確信に満ちていた。
ネイサンが驚きに目を丸くした。
「ブルーブラッドだって!?どこに?」
「すでに揮発してしまっている。あなた方、人間の目には見えません。」
ジューンはその意味を即座に理解し、呟いた。
「でもブルーブラッドが付着しているということは、やっぱりアンドロイドが
何らかの形で関わっているということね。でも、なぜそんなところに血痕が…?」
コナーは淡々と続けた。
「わざと残されたメッセージのように見えます。円形のシンボルが描かれている…。」
「シンボルだって?どんなシンボルだ?」
ネイサンが身を乗り出す。
コナーは一瞬黙り込んだ。
その時、いつの間にか浴室に入っていたハンクが口を挟んだ。
「コナー、描いてみろ。」
彼はポケットから手帳とペンを取り出し、コナーに渡す。
コナーはそれを受け取り、黙って手帳に自らの尾を噛む蛇の円形シンボルを描いた。
ハンクが手帳を覗き込み、眉をひそめる。
「何だこりゃ?蛇か?」
ジューンとネイサンも近づいて見つめた。
ネイサンは考え込むように呟く。
「見たことがあるような図形だな…。」
一同がしばし考えを巡らせる。
(あのシンボル、絶対に見たことがある!あれは確か…)
ジューンはそっと目を閉じ、おぼろげな記憶を辿る。
「ウロボロスの蛇!」
ジューンがはっきりと言った。
「その通り。」
コナーは彼女をちらりと見て、わずかに頷いた。
ジューンの知識に感心したような眼差しだった。
ハンクはまだピンと来ていない様子で尋ねた。
「…ウロボロス?何なんだ、そりゃ?」
ジューンが説明を引き取る。
「年末、リバイバルで観た古いホラー映画に出て来たんです。意味は…」
「”永遠”の象徴ですね。」
コナーが補足した。
「そう。でも、そのシンボル…蛇の体にナイフが突き立てられているでしょう?
劇中では”終わりのない復讐”という意味で使われていたんです。」
ジューンの声には確信があった。
ハンクがニヤリと笑う。
「なるほど。連続殺人のシンボルとしちゃ、打ってつけだな!」
「それじゃ、他の遺体にも同じシンボルが見つかれば…ビンゴってわけだ。」
ネイサンが勢いづく。
「よし。コナー、他の遺体の検視画像を見に戻るぞ!」
ハンクが指示を出す。
「はい。」
コナーは即座に応じ、二人は現場を後にした。
浴室に残されたジューンとネイサン。
ネイサンは感心したように呟いた。
「アンドロイドにしか見つけられないシンボルか…。彼を頼って正解だったな。」
ジューンは少し得意げに笑みを浮かべる。
「優秀でしょ?うちのエースだもの。」
「嬉しそうだな。」
ネイサンがからかうように言う。
「えっ…。」
ジューンは気まずそうに視線を落とした。
ネイサンは軽く笑い、彼女の肩をぽんと叩いた。
「冗談だよ!さ、僕たちも署へ戻ろう」
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◆デトロイト署・資料室
資料室は、薄暗い蛍光灯の下で静まり返っていた。
埃っぽい空気の中、コナーは検視画像が並ぶモニターを真剣な眼差しで見つめている。
隣に立つハンクが、興味深そうに覗き込んだ。
「どうだ?」
コナーは淡々と答えた。
「ええ…。一部、試薬等で拭き取られて不鮮明なものもありますが、
はっきりとシンボルが確認できるものも。」
彼は数枚の画像――シンボルが残るものを選び出し、丁寧に並べ直した。
ハンクはそれらを手に取って眺めたが、人間の目には何も映らない。
「俺が見てもさっぱりだが…お前に見えるってんなら、そうなんだろう。」
その時、ノックの音が響き、ハンクがぶっきらぼうに返した。
「どうぞ。」
ドアが開き、ネイサンとジューンが入ってきた。
ネイサンが期待を込めて尋ねる。
「どうでした!?」
「ああ。数件の遺体からは例のシンボルが確認できたとさ。」
ハンクが答える。
「!やった!」
ネイサンの声が弾んだ。
「では、一連の事件はやはり、同一犯による連続殺人と見て間違いないですね。」
「そのようだな。」
ハンクは頷いた。
だが、コナーが慎重に口を挟む。
「すべての遺体からシンボルが見つかったわけではないので、全事件を
関連付けることは…。」
ネイサンは遮るように言った。
「いや。正直なところ、立件が目的じゃないからいいんだよ。あいつを一刻も早く
見つけ出して、暴走を止めることさえできれば…。」
彼の顔が珍しく真剣になり、決意のこもった声が資料室に響いた。
(ネイサン?)
普段の飄々とした態度とは違うネイサンの眼差しにハッとするジューン。
ハンクが低い声で呟く。
「あいつ、か。」
そして、ネイサンを見据えた。
「なあ、ネイサン。そろそろ詳しい事情を聞かせてくれねえか?
この連続殺人を止めるためにも情報が必要だ。」
ネイサンは一瞬黙り込み、やがて頷いた。
「…わかりました。すべてお話します。」
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(深夜)
◆バー
夜のデトロイトは冷たい風が吹き抜け、バーの看板が小さく軋んでいた。
店内のボックス席に、ハンク、コナー、ネイサン、ジューンが座っている。
店員がテーブルに酒を置いて立ち去ると、ハンクはグラスを手に取り、豪快に一口煽った。
「ふぅっ」と息をつき、ネイサンに視線を向ける。
「よし、話を聞こうか。」
ネイサンは静かに話し始めた。
「はい。事件の被疑者がイヴリンというアンドロイドだということは、
以前お話しましたよね。その情報をくれたのは、僕の親友なんです。」
彼は寂しげに笑い、グラスを傾けて酒を一口含んだ。
「名前はエリック・スタンフォード、高校の教師でした。僕とは大学の同期でね。
気のいい奴でしたよ…。」
「でした?」ハンクが眉を寄せ、考え込む。
「てことは、その男はもう…?」
「ええ。半年前、事故で亡くなったんです。何かを追って道路へ飛び出して、
トラックに…。」
ネイサンの声が小さくなる。
ジューンは黙って視線を落とした。
彼女の脳裏に、かつて高速道路でカーラに突き飛ばされ、車に轢かれて損壊した
初代コナーの姿がよぎる。
(また、あの日のことが…)
胸が締め付けられるような感覚に襲われ、表情が曇った。
コナーはその変化に気づき、彼女をちらりと見た。
「?」
ネイサンは話を続けた。
「あの女…イヴリンを追っていたんです!」
「…何でそんなことがわかるんだ?目撃証言があったのか?」
ハンクが尋ねる。
「いいえ。でも、これが証拠です。」
ネイサンはスマホを取り出し、操作して録音メッセージを再生した。
エリックの声が流れ出す。
『ネイサン!見つけたよ。イヴリンだ。ようやく尻尾を掴んだぞ!
これからあいつを尾行するが、お前や警察を待ってる暇はない。
だが、あいつをこのままのさばらすわけには…』
『だから…この手で決着をつける。だが、もし…俺が逆に殺られたら…ネイサン。
君が代わりにあいつを止めてほしい。これ以上、あの姿で…残忍な犯罪を
犯させたくないんだ。だから…頼んだぞ!必ず約束してくれ。』
『あっ、奴が動き出したぞ!行かなくては…。ネイサン…君を信じてる。』
ブツッと音が途切れ、静寂がテーブルを包んだ。
「このメッセージを遺した一時間後に…エリックは事故に遭いました。」
グラスを握る手が一瞬強くなる。
ネイサンの声はかすかに震えていた。
全員が神妙な面持ちで黙り込んだ。
ハンクが重い口調で尋ねた。
「…で、何でそのエリックはそこまでそのアンドロイドに執着するんだ?
モデルになった女てのは、人間なんだろ?エリックとどういう間柄だったんだ?」
ネイサンは深呼吸し、衝撃的な事実を口にした。
「モデルになった女性は、リリアン・スタンフォード。彼の母親です。」
息を飲む音が響き、ハンク、ジューン、コナーが一斉に驚きの表情を浮かべた。
「!」
「彼の父親ロバートが、件のアンドロイドの開発チーフだったんです。
GW-44型アンドロイドのね。」
「GW-44型?」
ハンクがコナーに視線を移す。
「おい、どういうモデルなんだ?」
コナーはデータベースにアクセスしたが、首を振った。
「わかりません。データベースには存在しないモデルです。」
「えっ?」
ジューンが驚く。
「その通り。」
ネイサンが頷いた。
「GW-44型はテストプレイ中に何件もの不具合、果ては死亡事故まで起こして
お蔵入りになったんです。理想の伴侶型モデルとして、当時は有望視されていた
そうなんですが…。」
「理想の伴侶型ねえ…。ま、確かに別嬪だが…。」
ハンクが呟く。
「いえ、外見は様々なんですよ。所有者の好みを100%実現させるという試みでね。
すべて一点ものになる予定だったそうです。」
「オーダーメイドか…。富裕層向けだったんでしょうね。」
ジューンが冷静に分析する。
ネイサンは頷き、続けた。
「でも話の通り、テストプレイの結果が散々で世に出ることはなかったんです。
テスト中の機体はすべて廃棄処分になったはずだったんですが…。」
ハンクが閃いたように口を挟む。
「そのチーフが匿っちまったんだな!自分の嫁さんそっくりに仕上げたモデルを…。」
「あん?だが何でわざわざ、嫁さんそっくりになんてしたんだ?本人がいるだろうが。」
「死別していたんです。」
ネイサンの声が重くなる。
「家庭を顧みず仕事に没頭していた彼に不満を抱いたリリアンは、自らの頭を
ピストルで撃ち抜いた。幼い息子の眼前でね…。」
「!そんな、ひどい…」
ジューンが息を呑む。
「アルコール中毒だったんだよ。ほぼ一人きりの育児のストレスと、淋しさの結果ね。」
ハンクはかつての自分を重ね合わせ、押し黙った。
ネイサンは淡々と続けた。
「エリックの父ロバートは、妻の代替品としてイヴリンを地下室に隠し、
密かに愛でていたんです。
仕事中毒でも、彼は妻を心底、愛していたんですね。しかしその関係も長くは続かず…
彼もある日、自殺をしたそうです。」
「は?何でだ?」
ハンクが首をかしげる。
「言ったでしょう?GW-44型には欠陥があったんですよ。感情パラメータの異常がね。
彼女は強く自由を求めていたんです。なのに世に出ることも許されず、自分を
監禁し続けたロバートを強く憎んでいた。表面的には理想の妻を演じつつもね。」
「それじゃ…一連の事件と同様、自殺教唆で自死に追い込んだってことね。」
ジューンが結論づける。
「そう。その現場を、また見ていたんだ。幼い目撃者がね。」
「!」
ジューンが息を呑み、ハンクが低く呟く。
「…きついな。母親の次は父親か…。」
ネイサンは真顔で続ける。
「その当時、彼は5歳。まだ事情が呑み込めず、それを殺人とは思わなかったそうです。
でも成長するにつれ、当時の状況が理解できるようになった。母親の姿を
模したアンドロイドが父を殺し…その後、同様の手口で殺人を繰り返していることをね。」
ハンクが全てを悟ったように頷いた。
「…なるほど、これで合点がいったな。自分の母親の姿で殺人を繰り返す犯人を
何とか止めてえと思ったわけか。だが返り討ちに遭い…親友のお前に遺志を
託したってわけだ。」
「はい…。」
ネイサンの声がかすれる。
「ネイサン…。」
ジューンは同情するように彼の手をそっと握った。
その様子を、コナーが静かに見つめていた。
彼のこめかみのLEDが一瞬黄色に点滅し、心に微かな波が広がる。
ハンクは重い空気を振り払うように言った。
「わかった。もう何も言わねえ。そのアンドロイドをとっ捕まえて、
暴走を止めてやろうぜ。そのエリックのためにもな。」
「はい!」
ネイサンが力強く応えた。
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◆同・ガレージ
バーの外、冷たい夜風がガレージを吹き抜けていた。
ハンク、コナー、ネイサン、ジューンは店を出て、それぞれの車へと向かう。
足音がコンクリートに響き、遠くの街灯が薄暗い光を投げかけている。
ハンクがぼやくように口を開いた。
「…とは言うものの、今のところ手がかりはなしだ。どうしたもんかね。」
ネイサンは冷静に提案する。
「ここ半年間の点分布パターンから読み取るに、イヴリンの拠点はダウンタウン
周辺にしぼられると思います。この辺りでの聞き込みや張り込みを行いましょう。」
コナーが眉を寄せ、慎重に反論した。
「しかし、被疑者はアンドロイドですから…。人間のように睡眠も飲食も必要と
しませんし、拠点を設けている可能性は低いのでは?」
「それは…」
ネイサンが言葉に詰まる。
ハンクが割り込んだ。
「だが今のとこ、他に当てもねえんだ。思い付く手は何でも使うしかねえさ。なっ?」
ネイサンは少し嬉しそうに笑みを浮かべた。
「アンダーソン警部補…。」
コナーは黙って二人を見やり、こめかみのLEDが一瞬黄色に点滅した。
ジューンは少し離れて、スマホでダウンタウンのマップを眺めていた。
彼女の瞳に鋭い光が宿る。
(ダウンタウンか…。ルークの事務所って、確かこの辺だったわね。
彼なら裏を知ってる!何か情報を掴んでるかも…)
ネイサンが彼女に近づき、声をかけた。
「ジューン。この後の予定は?」
「あー、ちょっと行くところがあるの。もしかしたら、事件の手がかりが
得られるかも…。」
ジューンはそっけなく答える。
「えっ?だったら僕も一緒に…」
「ううん!私一人のほうが都合がいいのよ。だから今日はここで。」
彼女はきっぱり断った。
ネイサンは少し残念そうに呟く。
「そう…。」
ジューンはハンクとコナーに向き直り、軽く挨拶した。
「それじゃ、今日はこれで。お疲れ様です。」
「おう。熱心なのはいいが、ほどほどにしとけよ?」
ハンクがぶっきらぼうに返す。
「ええ。それじゃ。」
ジューンは短く答え、自分の車に乗り込むと、軽くクラクションを鳴らして走り去った。
残された三人がその背を見送る中、ネイサンが口を開いた。
「では、僕もここで。おやすみなさい。」
「おう。ゆっくり休めよ。」
ハンクが応じ、コナーも丁寧に続ける。
「お疲れ様でした。」
ネイサンは軽く手を振って、洗練されたデザインの愛車に乗り込み、静かに発車した。
ハンクが車を見送りながら呟く。
「いつ見てもすげえ車だな…。このポンコツとは大違いだ。」
言いつつ、自身の古ぼけた愛車をぽんと叩く。
「俺らの安月給じゃ、一生手が出ないぜ。」
肩を竦めるハンク。
「FBIのエリート捜査官ですから。我々の給与とは比較になりませんね。」
コナーが淡々と答える。
ハンクは苦笑し、からかうように言った。
「そうか、お前も初月給をもらったんだったな。これで堂々とデートに
誘えるんじゃないのか?ネイサンなんかに負けんなよ。」
「ハンク…。ジューンのことは、再三…」
コナーが諫めるように返すが、声に力はない。
「あん?何だ。俺は別にジェイデンのことだなんて一言も言ってねえぞ?」
ハンクがニヤリとする。
「お前も年頃なんだ。ガールフレンドの一人や二人、作りゃどうだって
言ってんだよ。」
「…お言葉ですが興味がありません。彼女以外の女性には、もう…。」
コナーは俯き、LEDが黄色に点滅した。
ジューンの笑顔が脳裏をよぎり、胸が締め付けられる。
「馬鹿野郎、そう落ち込むなって!冗談だよ。俺たちも帰ろうぜ。」
ハンクは肩を叩き、車のキーを差し込んで運転席に乗り込んだ。
コナーは助手席に静かに座る。
車が動き出す前、ハンクがふと思い出したように呟いた。
「…ん、そうか。」
「はい?」
コナーが怪訝そうに尋ねる。
「ダウンタウンって言や、あいつの事務所があったっけな。なるほど、
あそこへ行く気か。」
「あいつ、とは?」
「ルーク。…ルーク・ミラーだよ。知ってるだろ。」
「!」コナーのLEDが一瞬赤に変わり、心にざわめきが走った。
「ま、あいつなら職業柄、何か情報は持ってるかも知れないな。
だが、この時刻に会いに行ったんじゃ…」
ハンクが思わせぶりにコナーを見やる。
「あの…ハンク。」
コナーが切り出した。
「その……僕も彼からの情報が気になります。僕たちも行きませんか?」
(彼女を一人行かせては…)
平静を装ってはいるが焦りを隠せない様子のコナーに、ハンクはニヤけて答えた。
「そうだな。まだ寝るにゃ早えし、行ってみるか。」
「はい!」
コナーの声にわずかな熱がこもる。
ハンクは車を発進させたが、コナーが慌てて叫んだ。
「ハンク!飲酒運転ですよ。運転を代わります。」
「馬鹿言え。あの程度で酔うか。」
ハンクは意に介さずハンドルを握る。
が、ハンドルを握る手が少し震えていたことを、コナーは見逃さなかった。
「しかし、警官が交通法規を破ったのでは…」
「うるせえ。つべこべ言わず、座ってろ。」
と、ハンクはアクセルを踏み込む。
コナーは黙り込み、仕方なくシートに身を沈めた。
(間に合え)
彼の心中は目前の法順守への懸念ではなく、すでに別のことへと切り替わっていた。
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◆ルークの探偵事務所
ダウンタウンの裏通り、ジューンの車が静かに停まる。
目の前にはこじんまりとした、うらぶれた雰囲気の事務所が佇んでいた。
看板の文字はかすれ、窓からは薄暗い光が漏れている。
(うーん。いるかしら?アポも取ってないし…)
ジューンは内心独り言ち、呼び鈴を鳴らした。
シーンとした静寂が返ってくる。もう一度押すが、反応はない。
(やっぱり留守か。出直そう…)
踵を返そうとした瞬間、入れ違いにルークが荷物を抱えて戻ってきた。
二人は危うくぶつかりそうになり、ジューンが小さく声を上げた。
「きゃっ!」
「おっ!失礼……て、ジューンか!?」
ルークが驚きに目を丸くする。
「へへ、どうも。」
ジューンは照れ笑いを浮かべた。
「どうした!こんな時分に?」
「うん…。今抱えてるヤマのことで、ちょっと…」
ルークは小声で呟く。
「何だ、仕事の話かよ…。」
そして気を取り直して言った。
「まあ、いい。入れよ!」
「うん…。」
ジューンは頷き、彼の後に続いた。
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◆同・室内
ルークが灯りを点けると、狭い室内がぼんやりと照らされた。
彼は荷物を適当にデスクに置き、ジューンは辺りを見回す。
意外と片付いた部屋に、彼女の口元が緩んだ。
「へえ…意外と綺麗にしてるのね。」
「当たり前だ。客が来るんだからな。」
ルークが胸を張る。
ジューンはくすっと笑い、部屋の奥に目をやった。
「けど、これ…」
そこにはトレーニング器具が置かれ、彼女は指さして続ける。
「相変わらず、筋トレ好きなんだね。」
「まあな。そう言うお前は鍛えてんのかよ?」
ルークがふざけて彼女の腕に手を伸ばす。
「やめてよ!もう…。」
ジューンは笑いながら身を引いた。
ルークはふざけるのをやめ、冷蔵庫を開けた。
「何か飲むか?…て言っても、酒しかねえけどさ。」
「いや、いいわ。これ以上飲んだら、話が出来なくなっちゃうから。」
「そうか。ま、座れよ。」
二人はソファに腰を下ろし、やっと本題に入った。
「で、何が聞きたいんだ?」
ルークが尋ねる。
「うん。あまり情報は出せないんだけど、この女を探してるの。」
ジューンはポケットからスマホを取り出し、イヴリン(リリアン)の
写真データを彼に見せた。
ルークは覗き込み、口笛を吹く。
「ん?へえ、別嬪じゃねえか。お前と違って色っぽいな!」
「…余計なお世話よ。」
ジューンは彼を軽く睨みつけるが、すぐに気を取り直したように、
「彼女、イヴリンと名乗っているの。盛り場で歌手をやってたって情報が
あるんだけど…心当たりない?」
目を輝かせてスマホを握り直す。
「さあね…。」
ルークは首をかしげた。
(やっぱり無理か…。これだけの情報じゃ、ね)
ジューンはスマホを仕舞おうとしたが、ルークが続ける。
「俺は見たことねえから、そいつかどうかはわからねえけど…イヴリンて名前の、
やけにいい女が歌ってたバーについては、聞いたことがあるぜ。」
「!…本当!?どこなの?」
ジューンが身を乗り出す。
「まあ、落ち着けよ。残念ながらそのバーは、今は廃業しちまったそうだ。」
「何だ、そうなの…。」
彼女の肩が落ちる。
「廃業したのはつい先週だぜ。そのイヴリンて歌手に惚れこんでた客が
さんざん嘆いてたよ。」
「へえ。その客って、どんな人だった?」
「どんなって…。」
「依頼内容とかはいいから、年齢や職業ぐらいなら聞いてもいいでしょ?」
ジューンが食い下がる。
ルークは頭を掻きながら答えた。
「しょうがねえな。40過ぎの冴えない男で、確かサイバーライフの下請け会社で
エンジニアをしてる、とか言ってたな…。」
ジューンは内心で指を鳴らした。
「!…ねえ、その人に話を聞きたいんだけど…会える?」
ルークは素っ頓狂な声を上げる。
「ああ?無理に決まってんだろ!」
ジューンは諦めず、
「頼むわよ!もしかしたらその人、殺されちゃうかも知れないのよ?」と食い下がる。
「マジか!?わかった。ちょっと待ってろ!」
ルークは慌ててソファから立ち上がり、書棚のファイルを漁り始めた。
「あー…これでもない。これも、違うか…。」
ジューンは黙って彼の背中を見つめる。
「あった!こいつだ。」
ルークは一冊のファイルを手に戻り、テーブルに置いた。
ジューンが身を乗り出し、ファイルを覗き込む。
「レスリー・パットン…。48歳、アンドロイドのパーツエンジニアか。
プロファイルに一致。住所は…」
彼女はスマホで検索し、目を輝かせた。
「この近くね。」
立ち上がるジューンに、ルークが慌てて言う。
「俺も行くよ!」
「駄目よ!民間人を同行させるわけにはいかないでしょ。」
鋭い声で制止するジューン。
「けど、犯人がいるかも知れないだろ!お前だけじゃ…」
ルークは彼女の身を案じるように呟く。
ジューンは微笑んで答えた。
「仲間を呼ぶから平気よ。情報だけもらって悪いけど、ここまでにしておいて。」
「チェッ、そうかよ…。」
ルークは不満げに舌打ちした。
「ごめんね、ルーク。協力してくれて感謝してるわ。」
ジューンは申し訳なさそうに微笑む。
「今日のところは、ひとつ貸しだからな。」
「わかってる。この埋め合わせは、いつか必ず…。じゃあね!」
彼女は手を振って急いで出て行った。
ルークはドアを見送り、小声で呟く。
「その言葉、忘れんなよ?」
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◆ルークの探偵事務所前
夜のダウンタウンは静まり返り、遠くのネオンが薄暗い通りを照らしていた。
ジューンが小走りで車へ向かおうとすると、聞き慣れたエンジン音が近づいてくる。
ハンクのボロボロの車が事務所前に滑り込み、タイヤが軋む音が一瞬響く。
瞬間的に警戒するジューンだが、すぐに見慣れた車であることに気付いた。
窓から顔を出しハンクが叫ぶ。
「ジェイデン!」
「ハンク!?どうしたんですか?」
ジューンが驚きに目を丸くする。
「どうしたもこうしたもあるか。こいつが…」
ハンクは助手席のコナーを顎で示した。
コナーは無言でハンクを睨み、圧力をかける。
(ハンク…!)
彼のLEDが一瞬黄色に点滅し、内心の焦りが垣間見えた。
ハンクは口ごもった。
「あ、いや…。ダウンタウンで情報収集って言ったら、ここしかねえからな。
気になって来てみたんだよ。で、何かわかったのか?」
ジューンは気を取り直し、報告する。
「ええ。今度こそビンゴかも知れませんよ。顔はわからないものの、
イヴリンという歌手に面識のある男がこの近くに住んでるそうです。
おまけに被害者のプロファイルとも合致しています。」
コナーとハンクが顔を見合わせる。
「!じゃ、次のターゲットになる可能性もあるじゃねえか。」
ハンクが低い声で呟く。
「ええ。」
ジューンが頷いた。
「ハワード捜査官に連絡を入れますか?」
コナーが提案する。
ハンクは一瞬迷ったが、首を振った。
「いや、奴を待ってる暇はねえだろ。とにかく、行ってみようぜ。」
「はい!」
ジューンが即答し、三人はそれぞれの車に乗り込んだ。
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◆レスリー・パットンのアパート前
ダウンタウンの裏通り、古びたアパートが寂しげに佇んでいた。
剥がれた塗装と錆びた手すりが、住人の暮らしぶりを物語っている。
ハンクが車を停め、眉を寄せた。
「ここか?サイバーライフの技術者にしちゃ、ずいぶん…」
「いえ。下請け会社のパーツエンジニアだそうで。」
ジューンが補足する。
「道理でな。」
ハンクは納得したように呟いた。
「呼び出してみましょう。」
コナーが一歩進み出る。
「いや、女が行ったほうが警戒されにくいだろ。ジェイデン、行って来い。」
ハンクが指示した。
「はい。」
ジューンは短く答え、アパートの階段を上っていった。
------------------------------------------------------------------
◆同・廊下
薄暗い廊下に、個室のドアがずらりと並んでいる。
ジューンはプレートを確認し、109号室の前で立ち止まった。
(109号室…ここね)
呼び鈴を鳴らすが、反応はない。彼女は首をかしげた。
(…出ないわね。部屋の灯りは点いていたはずなのに…)
試しにドアノブに手をかけると、意外にも鍵が開いていた。
「……。」
ジューンは息を潜め、慎重にドアを開けた。
部屋の奥から投げ出された足が見え、彼女の心臓が跳ね上がる。
「!」
慌てて駆け寄ると、床に倒れた男性が微かに呻いていた。
「レスリーさん!?大丈夫ですか?」
ジューンは彼の脈を確認する。
「うう…。」
微弱な脈と小さなうめき声が返ってきた。
(!…まだ間に合う!)
「しっかりしてください!今、人を呼びま…」
ジューンが立ち上がろうとしたその時、
「余計なことをしないで!」
鋭い声が背後から響き、ジューンが振り返る。
「えっ!?」
一瞬、部屋の灯りが声の主の瞳にキラリと反射する。
物陰から女性――イヴリンが飛び出し、驚くほどの力でジューンを殴りつけた。
壁に叩きつけられ、彼女は呻き声を上げた。
「うっ…!」
イヴリンは冷ややかな視線でジューンを見下ろす。
倒れた衝撃でめくれた上着の下、ベルトに光るポリスバッジを見つけると、
顔をしかめた。
「警官!?…くそ!」
舌打ちし、イヴリンは室外へ飛び出した。
「あ…待ちなさい!」
ジューンはよろめきながら立ち上がり、大声で叫んだ。
「コナー!」
------------------------------------------------------------------
◆アパート近辺・車内
ハンクとコナーは車内で待機していた。
ハンクはタバコをふかし、煙を吐き出す。
静かな夜にかすかな物音が響いた瞬間、コナーのLEDが黄色に点滅し、彼はハッとした。
「!」
「どうした?」
ハンクが怪訝そうに尋ねる。
「ジューンの声が…。」
「何?…俺には何も聞こえねえが…」
コナーは返事もせず、車を飛び出し、アパートへ向かって全速力で駆け出した。
「おい、コナー!?」
ハンクが慌てて叫ぶが、彼の背中はすでに遠ざかっていた。
------------------------------------------------------------------
◆アパート・エントランス
コナーがエントランスに駆けつけた瞬間、飛び出してきたイヴリンと鉢合わせした。
「!」イヴリンの瞳が鋭く光る。
(この顔…イヴリンだな)
コナーは瞬時に判断し、彼女もまた彼を分析した。
(こいつも警官か…。アンドロイド!?)
互いに警戒しつつ、にらみ合う。
そこへ、ジューンが銃を片手に息を切らせて現れた。
「イヴリン!もう逃げられないわ。観念しなさい!」
「……。」
イヴリンは無言で二人を交互に見つめ、冷静に状況を分析する。
(挟み撃ちか…。だが、この女はただの人間。所詮、敵ではないわ)
彼女はジューンに向き直り、冷酷な微笑を浮かべた。
「ジューン!危ない、下がってください!」
コナーがその意図を汲んだように叫ぶ。
「何を言ってるの!そんなわけには…」
その隙を突き、イヴリンは素早く動いた。
ジューンの手首を捻り上げ、銃を奪い取ると、彼女のこめかみに突きつけた。
「くっ!」
ジューンが呻く。
「ジューン!」
コナーのLEDが赤く点滅し、彼の声が震えた。
「近付かないで。女の頭を撃ち抜くわよ。」
イヴリンがコナーに冷たく言い放つ。
「くそ!」
コナーは拳を握り、手出しできないまま立ち尽くした。
「いい子ね。しばらく、じっとしてなさい。」
イヴリンは満足げに呟く。
彼女はジューンを盾にしつつ、ゆっくりとアパートを出て移動を始めた。
通りに停まる車に近づき、窓を叩き壊してロックを解除する。
ジューンを乗せようとするが、彼女が激しく抵抗した。
「おとなしくしなさい。」
イヴリンがため息をつく。
(くっ…!)
コナーは隙を探すが、どうすることもできない。
その時、息を切らせたハンクが駆けてきた。
「コナー!一体どうしたってんだ?」
「!まだ仲間が…」
イヴリンが一瞬、動揺する。
「!」
コナーはその隙を見逃さず、素早くジューンを引き寄せた。
腕を掴む手は強く、目の前の女性を何としてでも守りたいという強い意志を表していた。
「くっ!」
イヴリンが苛立ち、カッとなってコナーに銃を向ける。
一瞬躊躇った後、胸ではなく足を撃った。
「ううっ!」
コナーが膝をつき、青い血が地面に滴る。
「コナー!?」
ジューンが叫ぶ。
イヴリンは驚くほどの速さで走り出し、その場から逃走した。
「待て!」
ハンクが後を追うが、すぐに息を切らせて戻ってきた。
「ハァハァハァ…駄目だ。逃げられた…。畜生!何て速さだ…。」
言いつつ、膝に手をつき息を整える。
ジューンがコナーを支え、必死に声をかける。
「コナー!大丈夫!?」
「…平気です。」
彼は損傷した脚部を軽く確認し、淡々と答えた。
(あなたが無事で良かった)
顔にこそ出さないが、コナーの胸中には安堵が広がる。
「何て無茶を…。」
ジューンの声が震える。
(もう二度とあんな思いは…)
過去のトラウマを振り払うように強く目を閉じる。
「おい!レスリーはどうした!?」
ハンクが叫ぶ。
ジューンはハッとして立ち上がった。
「いけない!早く救急車を…。」
------------------------------------------------------------------
◆デトロイト署・ラボ前廊下
デトロイト署のラボ前廊下は、蛍光灯の白い光が冷たく反射していた。
ジューンは長椅子に腰かけ、不安げに膝の上で手を握り合わせている。
コナーの修復を待つ彼女の瞳には、かすかな動揺が揺れていた。
足音が響き、ネイサンが息を切らせて駆けつけてきた。
「ジューン!」
「!ネイサン…。」
ジューンが顔を上げる。
「警部補に聞いて驚いたよ!君たちだけでイヴリンと接触したんだって?
怪我はない?」
ネイサンの声に焦りが混じる。
「私は平気よ。でも、コナーが…。」
ジューンは言葉を濁し、ラボのドアを見つめた。
その時、ドアが静かに開き、コナーが姿を現した。
修復を終えた彼の姿は、新品のように整然としている。
「コナー!」
ジューンは膝の上の手を解いて立ち上がり、彼に駆け寄った。
「怪我の具合はどう?」
彼女の声に心配が滲む。
「怪我…?ええ、破損したパーツはラボで換装済ですので、今後の捜査に
支障はありません。」
コナーは淡々と答えた。
「コナー…。」
「そんな顔しないでください。私は機械ですので、痛みも何も感じませんよ。」
彼は静かに微笑み、彼女を安心させようとした。
ジューンは寂しそうに俯いた。
(そう…)
心の中で呟き、言葉にできない感情が胸を締め付ける。
コナーはその様子に気づきつつも、視線を移してネイサンに軽く一礼した。
「やあ。…ジューンを庇って撃たれたんだって?」
ネイサンが探るように尋ねる。
「そう言うわけでは…。たまたまですよ。」
コナーのLEDが一瞬黄色に点滅し、曖昧に返す。
「たまたま、ね…。」
ネイサンは納得したふりをして微笑んだ。
「……。」コナーは黙り込んだ。
そこへ、ハンクが苦い顔つきでやってきた。
一同の視線が彼に集まる。
「今しがた、レスリー・パットンが息を引き取ったそうだ。」
ハンクの声は重く響いた。
「そうですか…。」
ネイサンが呟き、全員が落胆したように溜息をついた。
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◆デトロイト署・デスク
署内のデスクに集まったネイサン、ハンク、コナー、ジューンは、
ブリーフィングのために向き合っていた。
机の上にはコーヒーカップと書類が散らばり、室内に重い空気が漂っている。
「ごめんなさい。勝手なことして…。」
ジューンがうなだれ、謝罪の言葉を絞り出した。
ネイサンはため息をつき、
「過ぎたことだからしょうがないけど…仲間外れはひどいな。せめて連絡ぐらい
入れてほしかった。」
と少し拗ねたように言う。
「すまんな。急だったもんでね。」
ハンクがフォローに入る。
「…まあ、いいでしょう。今後はこう言うことのないよう、頼みますよ。」
ネイサンは渋々納得した。
「ただ、せっかく接触できたのにイヴリンを逃がしてしまったのは
痛かったですね。」
彼が続ける。
「……。」
ジューンは黙り込み、悔しさが顔に浮かんだ。
「すみません。私のせいです。」
コナーが静かに口を開く。
「違うわ!私が余計なことをしちゃったせいで…。あなただけなら、
確保できたかも知れないのに…。」
ジューンは首を振って自分を責めた。
「いえ…。」
コナーは彼女を慰めようとするが、言葉が続かない。
「……。」ネイサンも黙って二人を見やる。
「おまけにガイシャも死なせちまったしな…。せめて生きててくれりゃ、
情報を引っ張ることも出来ただろうに。」
ハンクがぼそりと呟き、重い空気がさらに濃くなった。
「……。」
全員が言葉を失い、沈黙が流れる。
だが、ネイサンがふと思いついたように顔を上げた。
「いや。逆にこれは…使えるかも知れませんよ。」
「何?」
ハンクが怪訝そうに尋ねる。
「被害者が助かったとの偽情報を流して、イヴリンをおびき出すことが出来るかも…?」
「馬鹿言え。サツに睨まれてるって知られちまった以上、当面は手を出しちゃ
来ないだろ。」
ハンクが即座に反論した。
「人間なら…。しかし、相手はアンドロイドですよ。一度決めた計画をあくまで
遂行しようとはしないでしょうか?」
ネイサンが食い下がる。
「普通のアンドロイドならそうかも知れないが、あんな殺人を起こすってことは
変異体だろ?だったら思考だって人間らしいはずだ。」
ハンクが言い返す。
コナーが静かに口を開いた。
「彼女は恐らく…変異体ではありません。」
「えっ?」
全員の視線が一斉に彼に集まる。
「何でそう思うんだ?」
ハンクが問う。
「君にはわかるのかい?」
ネイサンが興味深そうに尋ねた。
「いえ…。ただ、イヴリンの行動には変異体らしさがなかった。感情モジュールの
異常は抱えているかも知れませんが、正常のアンドロイドだと思います。」
コナーの声は落ち着いている。
「どういう点が正常だって言うんだ?」
ハンクが眉を寄せる。
「ターゲット以外に無駄な殺傷を行わない点ですよ。」
コナーは淡々と説明を始めた。
「まず最初に、殺人現場で接触したジェイデン刑事を見逃しています。
相手は人間の女性一人だ。最適解を求めるなら、手っ取り早く殺害してしまえばいい。」
「……。」
一同が息を呑む。
「第二に僕を撃った時、わざと急所を外したんです。一時は心臓部に狙いを
定めたはずが、一瞬躊躇って脚部に狙いを変えた。咄嗟の判断としてはあのまま
僕を機能停止させたほうが合理的でしょう?」
「!確かにそうよね。」
ジューンが頷いた。
(さすがだわ。彼らしい冷静さね)
彼女は改めて、コナーの有能さに感心する。
「だが、もし仮に変異してねえとしてだ…。偽情報作戦に本当に乗って来ると思うか?」
ハンクが半信半疑で尋ねる。
「来るでしょう。一度こうと決定したコマンドには従うはずです。”機械”と
いうのは通常、融通が利かないものなんですよ。」
コナーは自虐的に微かに微笑んだ。
LEDが一瞬青に安定し、彼の冷静さが際立つ。
(コナー…)
ジューンはその微笑みに胸を締め付けられた。
「よし!これで希望が見えて来たぞ。結果はどうあれ、やってみましょう。
差し当たっては他に手がないんですから。」
ネイサンが勢いづく。
「そうだな。乗るぜ。」
ハンクも頷いた。
「はい!早速、偽情報をメディアに流しましょう。今度こそ、チェックメイトです。」
ネイサンの声に決意が宿った。
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(二日後・深夜)
◆警察病院・エントランス
深夜の警察病院は、静寂の中にナースコールの音が慌ただしく響き渡っていた。
エントランスの蛍光灯が薄暗く瞬き、冷たい空気が漂う。
「あら!またなの?今日はどうなってるのかしら…」
宿直のナースが苛立ちを隠せず、慌てて駆け出していった。
その隙に、地味な服装のイヴリンが姿を現す。
彼女は受け付けのコンピュータに近づき、素早くハッキングを開始した。
指先がキーボードを滑り、画面にレスリーの病室番号が浮かび上がる。
イヴリンは無言でその場を離れ、廊下の闇へと消えた。
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◆同・病室
病室は静まり返り、窓から差し込む月光が薄いカーテンを揺らしていた。
ベッドにはレスリーに偽装したコナーが布団を被って横たわっている。
微かな機械音だけが、彼が生きている証だった。
イヴリンがそっとドアを開け、室内に忍び込んだ。
「……。」
彼女はベッドに近づき、甘い小声で耳元に囁きかける。
「レスリー…。ねえ、起きて。レスリー…。」
「……。」
コナーは反応せず、静かに息を潜めた。
「起きるのよ、レスリー。さあ、一緒に死にましょう…。」
イヴリンはナイフを取り出し、コナーの手に握らせようとした。
ナイフの刃が月光にキラリと光る。
だが、その感触に違和感を抱き、ハッとした。
「!…違う…。誰なの!?」
コナーは自ら布団をまくりあげ、ベッドから飛び出した。
LEDが青く安定し、彼の冷静さが際立つ。
「もうやめるんだ、イヴリン。無関係の人間を殺害して…こんな復讐に
意味なんてないだろ。」
「あんたは!」
イヴリンが目を細め、敵意を剥き出しにする。
「…また私の邪魔をしようと言うのね。何故なの!?
何故あんたは、人間なんかの肩を持つのよ!」
「肩を持っているわけじゃない。これが僕の仕事なんだ。」
コナーの声は穏やかだが、確信に満ちていた。
「…邪魔をするなら殺すわ!」
イヴリンはナイフを手に襲い掛かった。
コナーは身を翻し、彼女の攻撃をかわす。
「よせ!君に僕を殺す気なんてないだろ。」
「うるさい!レスリーをどこにやったの!?あいつを殺さないと…私に自由は…」
イヴリンは尚も襲い掛かり、二人の間で激しい攻防が繰り広げられた。
「君は今でも自由だ!自分で自分を縛り付けて、魂の牢獄に閉じこもっているだけだろ。
僕もかつてはそうだった…。」
コナーの言葉が鋭く響く。
「……!」
イヴリンの動きが一瞬止まった。
その隙を突き、コナーは彼女の手首を掴んだ。
「君の主人はもういないんだ。目を覚ませ!」
「…主人…もう、いない?」
イヴリンの瞳に迷いが浮かび、力が緩む。
(”自由”って…何?)
ナイフが床に落ち、カランと乾いた音を立てた。
「コナー!」
ハンクの声が響き、彼とネイサン、ジューンが銃を手に飛び込んできた。
イヴリンは抵抗せず、放心したように立ち尽くしている。
「どうなってるんだ?」
ハンクが震える手で銃を下ろし、怪訝そうに尋ねた。
「もう抵抗はしないはずです。連れて行ってください。」
コナーが静かに答える。
「あ、ああ…。来るんだ!」
ネイサンはイヴリンの手首に手錠をかけ、彼女をおとなしく連行した。
「……。」
ジューンは黙ってその背中を見送った。
「…一体どうなってんだ?」
ハンクが首をかしげる。
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(翌・早朝)
◆デトロイト署・オフィス
デスクに集まったネイサン、ハンク、コナー、ジューンは、事件の総括を始めていた。
「すべて吐きました。やはり疑惑の九件すべて、彼女の犯行だったようです。」
ネイサンが報告書を手に説明する。
「そうか。」
ハンクが短く応じた。
「かつての所有者を殺害後、逃亡して流しの歌手としてアメリカ中を転々と
していたそうです。しばらくは自由を謳歌していたようですが、ここデトロイトへ
来て数日後、ロバートと似たプロファイルのアンドロイド技術者と出会い…
かつてのトラウマが蘇り、一件目の犯行に及んだとか。そこからはなし崩し的に、
ロバートと被害者たちを混同して同様の手口で殺人教唆を繰り返したそうで…。」
「ふむ…そんなにそのロバートって奴が嫌だったのか?」
ハンクが眉を寄せる。
「死者を悪く言うのも気が引けますが…亡き妻に、相当歪んだ執着を抱いていた
ようですね。普段は家庭を顧みない癖に独占欲は強く、妻を軟禁状態だったとか…。」
ネイサンが続ける。
「…ひどいわね。おまけに奥さん一人に子育ても押し付けていたんでしょう?
アルコール中毒に陥って、自殺するまでに孤独だったのよね…。」
ジューンの声に憤りが混じる。
(…耳が痛いな)
ハンクはかつての自分を思い出し、黙り込んだ。
「その妻の代替品としてのイヴリンですから…その扱いは、推して知るべしですよね。
息子の目から見ても相当な異常さだったそうですから。」
ネイサンが補足した。
ハンクがふと気づき、コナーを見やった。
「ちょっと待て。確かイヴリンは、無関係な人物を殺さないから変異体じゃないって、
お前は言ってたが…その息子を殺してるだろ?」
「…恐らく、殺害してはいない。ですよね?」
コナーはネイサンに視線を移す。
「えっ?」
ジューンが驚く。
「そうなのか?ネイサン。」
ハンクが問い詰めた。
ネイサンは気まずそうに頭を掻き、苦笑しながら目を逸らした。
「…いや、参ったな。すごい洞察力だよ、コナー。」
「!」
「え、どういうこと?」
ジューンが混乱する。
「つまり…エリックは健在ってこと、です。今も元気に教鞭を握っていますよ。」
ネイサンが白状した。
「えっ!?」
ジューンが目を丸くする。
「何!?」
ハンクが声を荒げた。
「……。」
コナーのLEDが一瞬黄色に点滅し、静かに見守る。
「おい、どういうことだ!そりゃ。あんた、死んだ親友のために真相を
暴きたいって言ってたよな!?」
ハンクが詰め寄る。
「え、ええ…。」
ネイサンが言葉を濁す。
「そう言ったほうが、あなたが本気になってくれるからですよ。ハンク。」
コナーが静かに補足した。
「な、何っ!こいつ、騙しやがったのか!?」
ハンクが呆れ果てる。
「嘘でしょ…。」
ジューンが信じられないといった表情を浮かべる。
「…すみません!許してください。どうしても事件を解明したかったので…。
皆さんの本気のお力を引き出したかったんです。」
ネイサンが頭を下げた。
「まったく…。なんて奴だ!」
ハンクがため息をつく。
「…同情して損した感じですよね。」
ジューンが皮肉っぽく呟いた。
「申し訳ない…。」
ネイサンは小さくなる。
「やれやれ…。」
ハンクが肩を落とし、コナーは黙ってその様子を見つめた。
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(翌日)
◆デトロイト署
その日もデトロイト署のオフィスには、刑事たちのざわめきが響き合っていた。
ネイサンがFBIへ帰還する日。
ハンク、ジューン、コナー、そして署の仲間たちが彼を見送るために集まっていた。
「ま、ともあれ無事に事件解決だな。」
ハンクが腕を組み、満足げに呟く。
「皆さんのおかげです。本当にお世話になりまして…。」
ネイサンが深々と頭を下げた。
「それで、もうFBIへ帰っちまうのか?」
「ええ。ここでの任務は終わりましたから。ご協力、有難うございました。
イヴリンの身柄はクワンティコへ移送しまして、後はこちらで。」
ネイサンは丁寧に答える。
「そうか。あんたのあの嘘には驚かされたが…」
ハンクが苦笑した。
「…面目ないです。」
ネイサンは申し訳なさそうに視線を落とす。
「でもま、FBIにしちゃ良くやったよ。ご苦労さん。」
ハンクはぶっきらぼうに彼の肩を叩き、渋い笑みを浮かべた。
「アンダーソン警部補…有難うございます。」
ネイサンは少し照れ臭そうに頭を掻き、ハンクに視線を合わせる。
ネイサンは次にコナーに向き直る。
「コナー、君の活躍なくして解決はなかったな。有難う。」
「いえ。すべきことをしたまでですから…。」
コナーは淡々と返すが、LEDが一瞬青に安定し、彼の穏やかな自負が垣間見えた。
「謙遜するなよ。お前がいなきゃ、俺ら全員詰んでたぜ。」
ハンクが横から茶々を入れ、コナーは小さく首を振って微笑む。
「ジュー…いや、ジェイデン刑事も。有難う。」
ネイサンがジューンに目を向けた。
「いえ…。こちらこそ、勉強になりました。」
ジューンはクールに答えるが、口元に微かな感謝の笑みが浮かんだ。
そこへ、アリーとクレアが明るい声とともにやってきた。
「ネイサン!FBIに戻っちゃうってほんと?」
アリーが眉を寄せて声を上げた。
「やあ、お二人とも…。ええ、そうなんです。無事に事件も解決したので…。」
「えー!せっかく親しくなれたのに残念だわ。」
クレアが肩を落とす。
「もう一遍、飲みに行こうって言ってたのに…。」
アリーが拗ねたように唇を尖らせた。
「すみません…。ハンク班が優秀だったので、思ったよりも早く事件が
解決してしまったもので…機会を失してしまいましたね。」
ネイサンが申し訳なさそうに笑う。
「ひどいわ!楽しみにしてたのに…。」
「本当にすみません。いつか機会があればぜひ。」
ネイサンは周囲を見渡し、声を張った。
「それじゃ、皆さん。短い間でしたが、本当にお世話になりました。失礼します。」
深々と頭を下げると、室内の刑事たちから拍手が沸き起こる。
「FBIに戻っても頑張れよ!」
「また遊びに来いよな!」
「ジェイデン、調書をまとめてくれるか?」
ハンクがジューンに指示する。
「はい。」
彼女は一礼し、デスクに着席した。
ネイサンは彼女に近づき、小声で囁く。
「ジューン。今夜、二人で打ち上げしようよ。」
調書の束を手に持ったまま、一瞬固まるジューン。
逡巡した後、
「うーん…。でも、遅くなるかもよ?」
と、ネイサンに調書の束を見せる。
「いいじゃないか。明日は非番だろ?終わったら家においでよ。待ってるからね。」
「え?ええ…。」
ジューンは少し戸惑いつつ頷く。
ネイサンはウインクし、デスクを離れた。
「お疲れ様でした、ハワード捜査官。」
コナーが丁寧に声をかける。
「ああ。コナー…。最後に少し、二人で話せるかな?」
「?ええ…。」
コナーのLEDが一瞬黄色に点滅し、不思議そうに応じた。
ネイサンは先に歩き出し、コナーがその後を追う。
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◆同・屋上
屋上に出ると、冷たい風が二人を包んだ。
デトロイトの街並みが遠くに広がり、朝の陽光がビル群を金色に染めている。
コナーはネイサンの背中を見ながら、静かに口を開いた。
「あの…私にお話と言うのは何でしょうか?」
「ああ。回りくどい話をしてもしょうがないから、率直に聞くよ。
君、ジューンのことをどう思ってる?」
「!」
コナーのLEDが黄色に点滅し、一瞬言葉を失った。
「どうと言われましても…。ジェイデン刑事は、有能で尊敬すべき先輩だと
思っていますが…」
「そういうことじゃない。彼女のことを、女性としてどう思っているのかって
聞いてるんだよ。」
ネイサンの視線が鋭くコナーを捉える。
「…私は人間の形をしていますが、単なる機械に過ぎませんので。
そういった感情は…」
「ただの機械じゃなく、変異体なんだろ?感情を持った生き物…
新人類ってことだよな。」
ネイサンが畳みかける。
「……。」
コナーのLEDが黄色に点灯し続け、動揺が顔をよぎった。
「僕の見る限り、君は彼女に恋をしてる。そうなんだろ?」
「!いえ、そんなことは…」
コナーが否定するが、声に力がなかった。
「もうそうやってしらばっくれるのはやめろよ。こっちも胸を割って話してるんだぜ?」
「…もし仮にそうだとして、一体私に何を言いたいんですか?彼女に対する
感情を消せ、と?」
「……。」
ネイサンは一瞬黙り込んだ。
「機械と人間は…どうあっても結ばれることはありえません。そんなことは十分、
理解しています。ですから私はこれ以上、彼女との距離を縮めるつもりなど
ありません。」
コナーの声は静かだが、決意が込められていた。
「…それじゃ、やっぱり好きなんだな?」
「……。」コナーは目を伏せ、沈黙した。
「はい…。彼女を愛しています。」
ついに彼は認めた。
LEDが黄色に深まり、胸の内が溢れ出す。
風が一瞬強くなり、コナーの髪を揺らす。
「そうか。」
ネイサンは淡々と頷く。
「……。」
「僕も彼女が好きだ。本気で結婚したいと思ってる。」
「……。」コナーの視線が地面に落ちた。
「でも彼女は、今も君に惚れてるんだよ。わかってるんだろ?」
「それは…。」
「誤解するなよ。僕は善人ぶって身を引いたりはしないぜ。君は分を弁えて
これから先も彼女を受け入れるつもりはないんだろ?」
「……。」
「合同捜査は終わりだから、明日からクワンティコに戻るけど…これからも
彼女とは交際を続けるよ。文句ないよな?」
「…はい。」
コナーの声は小さく、LEDが徐々に青に落ち着いた。
「そうか、なら良かった。君の意向を聞いておきたいと思ってね。
ま、君がこのまま邪魔をしないでいてくれるのなら、ゆっくり時間をかけて
彼女の気持ちを変えてみせるさ。」
「……。」
「さてと…今夜も二人きりで打ち上げデートの予定なんだ。明日は彼女、
非番だろ?部屋でも片付けておかないとな!」
ネイサンは上機嫌で続ける。
「じゃあな、ロボット君!元気で。」
彼はコナーの肩をポンと叩き、軽い足取りで立ち去った。
「……。」
コナーは一人屋上に残され、デトロイトの空を見上げた。
LEDが完全に青に戻り、静かな葛藤が胸に残った。