深夜の郊外の一軒家にとある1人の医師が、この夜、裏の顔である暗殺者の顔になり、今──依頼者の女性と仮初めの愛を交わしている。
キングサイズの黒いベッドにて全裸で愛を交わす2人。女性は悲鳴のような声をあげて、引き締まった男性の肉体を抱きしめて、一時の逢瀬を楽しむ。
その男は夜目にも輝く鮮やかな銀色の短髪の男性。魅惑的な表情を浮かべ、冷たく女性の身体を抱いている。
彼の名前はエリオット・レム。本名はエリオット・ノアールという噂の医師、【アサシンドクター】。暗殺医師という暗殺者と医師を兼業する人物だ。
この抱かれている女性は、今の時間は彼のもう一つの報酬としてセックスを交わしていた。アサシンドクターは法外な契約金と共にこの【もう一つの報酬】を代償に相手が誰でも確実に暗殺してくれる。
仕事が終わればこの【もう一つの報酬】を頂きアサシンドクターとの契約は終了、赤の他人に戻るだけである。
評判は上々で、手早く相手を始末してくれる事、警察にもバレない方法で音もなくこの世から抹殺してくれる裏評判、そしてこの【もう一つの報酬】が最高に気持ちいいという噂もあって、途絶える事もなく依頼者がやってくる。
女性が後ろに四つん這いにされて、その背後から荒々しく彼が己を入れると細かく腰を振って持続的に快楽を与える。相手の女性は余りの激しさに降参もいいところだった。──だが。
「人の生命を奪う依頼をした君に選択肢などないんだよ。ほら……もっと私を楽しませてくれ。ほら、ほら」
「もう……許して、許してぇ」
「そういう訳にはいかないな」
「深い、深すぎるよぉ……あ、赤ちゃん、できちゃうよぉ」
「私はそんな事、知った事ないね。──だったら、暗殺など安易に頼まない事だ」
冷たい物言いと裏腹な凶悪な快楽の絶頂に呑み込まれる依頼者。たっぷりと己の愛を解き放つと多幸感と共に虚しさが彼の胸に去来する。
そうしてまた一つの依頼をこなして、その夜は更けていく──。
──朝がきた。
まだ少し気怠い身体をベッドから起き上がらせて、シャワーを浴びる。
朝日と共に浴びるシャワーは気持ちいい。また1日が始まると実感する事ができる。
朝食を食べた後は、仕事に行くための身支度。整ったスーツに着替えて、春先の近い朝日を浴びながら、森の郊外の静かな空気を吸う。いつも通りの穏やかな朝。
それでも肌寒く感じるので、薄めのコートを羽織り、銀色の短髪を櫛で整えると、商標のように生えた口髭を鏡で確認すると、通勤鞄を片手に新緑のジオニックシティの個人病院へと歩いて向かった。
新緑の都会、ジオニックシティ。
ここは通称、緑の国という名前を持つ森と賑わいの都市が共存する国。国の西の方角には深い森が広がり、凶暴な獣が棲息している。東側の方角には人々が住む都会が広がる。
この国で最近というか、10年程前から幅を利かせるとある企業があった。【ジオニックコーポレーション】。主な産業は、医療機械の生産、医療機器の研究開発、製薬会社も兼任している医療開発会社である。
ジオニックシティは医療に特化した医師の都市でもある。深い森に棲息する獣に襲われる事も多いし、伝染病も何年かに数年の合間を縫って流行る事も少なくない。そして常に最先端の医療をゆく都市がこの新緑の都市だった。
エリオットはその医療都市にて個人病院を経営する医師の1人。診療するのは内科、外科、小児科である。しかし彼自身は様々な医療の免許を取得しているので、場合によっては心療内科の診察もする事がある。
そうした彼の個人病院は患者のアフターケアも上手なので、自然と診療にいく患者も多くなり評判の町医者として彼は【レム先生】の敬称で有名な医師でもある。
そんな彼に好意を抱く患者も多いが、彼自身はアニーという名前の女性看護師と近々、籍を入れるらしい。傍から観ても彼らの穏やかな互いを信頼し合う姿勢は、まさにパートナーとして成熟している関係なのだろうと推察できる。
そんな2人だが、2人暮らしは考えていないらしい。別に常に2人で行動するのは病院だけでも良いし、彼自身は暗殺者として個人的にに動く必要もある。会いたくなれば彼から彼女の居宅へ脚を向けるので、夫婦になるからと同棲は考えていないという考え方であった。
「レム先生、おはようございます」
「おはよう、アニー」
通勤路で2人で会う。
これはもう、2人が互いにそうしようと決めた最低限のルーティン。
これをしないと病院の朝がきたと実感しにくい。
2人で色々と話をしながら個人病院へ行くのは彼も彼女も好きな時間──この時間に自分達の関係を実感する事ができる。
自分達は互いに互いを必要としているのだ──と。
──そうして個人病院【レムクリニック】に到着して、病院での1日が始まる。