Meine Ehre heißt Treue ~遠坂家の使用人~ 作:彼処舐ノ助嗅過
夢を見た。
僕が親衛隊の隊長になる夢だ。親衛隊の黒色勤務服を着て、指令を下している。
「アーリア人こそ、この世界を支配するにふさわしい民族だ。我らの理想を具現化し、世界に知らしめるのだ! 総統に勝利を! ドイツに勝利を!」
「ハイル・ヒトラー!」
僕の声に合わせてみんなが敬礼する。
だけどその時、僕を後ろからそっと抱きしめる人がいた。
「スヴェンくん、もういいのよ。もう、自分のために生きていいの」
優しい声だった。僕は思わず振り返る。
そこには、にっこりと優しく微笑む奥様の顔があった。そして僕の手を取り、歩き出す。
「スヴェンくんには私たちがいるわ。ずっと辛い思いをしてきたのでしょう? もういいのよ」
「そうだ、スヴェン。君のおかげで聖杯戦争にも勝利できた。これからも弟子として……いや、家族として暮らして欲しい」
時臣様が僕の肩に手を置く。
すると時臣様の後ろから凜様も駆け寄ってくる。
「そうよ! スヴェンはもう家族なんだから!」
3人は僕を優しく包んでくれる。ああ、そうだ。僕には遠坂家のみんながいる……僕は幸せだ。
……その時だった。
「敵にとって最大の目的は、我々に勝つことではない、敵は我々を完全に滅ぼしてしまおうとしているのだ」
「我々は絶対絶滅の勇気をもって戦いを継続しなければならない」
「平和は剣によってのみ守られる」
そんな声が聞こえる。振り返るとそこには総統の姿があった。彼の瞳が力強く僕に訴えている。
"闘争を続けろ"、と。
心臓がドクドクと音を立てるのを感じると同時に、目を覚ました僕。汗をかき、心臓は激しく鼓動していた。
「今のは……夢?」
その割には、妙に現実味があり、生々しかった気がする。しかしそれは本当に夢だったのだろうか……?
総統の過去の映像を映したテレビを見たせいに違いない。そんなことを考えながらも僕は身を起こすと、朝食の用意に取り掛かるのだった。
朝食を終えると、僕は庭の手入れに出かける。
広い庭園の一角に、僕の好きな草花を植えた場所がある。その草花が風で揺れる様子を見ていると心が和んだ。
「スヴェン」
そんな僕に声をかけてくれたのは凛様だ。
「凛様、どうしたのですか?」
「うん。今日は学校が休みでちょっと暇だったから、一緒に遊ぼうと思って! スヴェン、いいでしょ?」
僕は思わず微笑む。
「はい! もちろんです!」
2人で庭を歩きながら、凛様が学校であったことなどを楽しそうに話してくれる。
その後は広い屋敷でかくれんぼなんかもした。そんな無邪気な凛様を見て、僕は本当に癒されるのだった。
「……あのね、スヴェン。実は学校でいじめられてる子がいるの……。この間助けたんだけどね。思っちゃったの。もしも魔術を使えるなんて言ったら、何も知らない人には私も馬鹿にされて、いじめの対象にされちゃうのかなって……」
凛様は少し悲しそうだ。僕はそんな凛様の手を優しく握る。
「大丈夫ですよ、凛様。魔術は人を助けるためにあるんです。誇るべきです!」
「……うん! ありがとう、スヴェン」
そう言って微笑む凛様。僕は続ける。
「そもそも、もし魔術を馬鹿にするとしたら、それは持たざる者の妬みです。魔術を扱うことができるという時点で、凛様は優れています。特に凛様は、優れた才能を持って生まれた。この世には優れた者とそうではない大衆に二分されます。凜様は前者であり、劣っている者を支配する権利を持った人間です。優れた凛様はそうではない者たちを……」
僕は言葉を途中で切った。いや、切らざるを得なかった。凜様が少し怯えたような表情で僕を見ていたからだ。
「ス、スヴェン……?」
「す、すみません! 先日観た映画でそのようなシーンがあったもので、ついつい影響されてしまいました!」
僕の言葉を聞いた凛様は、いつもの彼女に戻る。
「な~んだ。そうなのね、びっくりしちゃったわ」
そう言って微笑む彼女だったが、僕は自分自身が無意識的に発していた言葉に恐怖するのだった。
気持ちを切り替えて凛様と楽しく遊んでいたが、そろそろ聖杯戦争が本格的に始まる頃だ。奥様は不安で仕方ないことだろう。僕は奥様の不安を少しでも和らげて差し上げたいと思い、凛様と遊び終えたあと、そのまま奥様の元へと向かうのだった。
「奥様、スヴェンです」
ノックしてそう告げると、中から返事がある。中に入ると奥様が1人で紅茶を飲んでおられた。
「あら? スヴェンくんどうしたの?」
奥様はいつものように柔らかい表情だ。だけど、昨日の様子を見ても不安と恐怖を隠しきれていないのは間違いない。
「奥様……聖杯戦争がはじまります。時臣様は努力と準備を惜しまない優れた魔術師です。きっと……きっと遠坂家に勝利をもたらしてくれます。僕はそう信じています。だから、奥様もどうかお気を強く持ってください」
僕の言葉を聞いた奥様は、少し驚いたような表情を浮かべたがすぐにいつもの優しい表情に戻る。
「スヴェンくんは本当に優しいのね。昨日の私の様子を見て、心配してくれたんでしょう? ありがとう。でも大丈夫よ」
奥様は立ち上がると、僕のところまで来て抱きしめてくれた。その優しさが伝わってくると同時に、凜様にはない女性らしい柔らかさが僕を包んだ。思わずドキッとする僕だったが、そんな時ではないと思いなんとか気持ちを抑えることができたのだった。
「大丈夫……大丈夫……」
と自分に言い聞かせるように繰り返す奥様を、僕も安心させるように抱きしめ返す。
それからしばらく時間が過ぎると、少し落ち着いたのかいつもの奥様に戻り、3人で昼食を摂った。
午後、使い魔がやって来る。送って来たのは言峰綺礼、僕の兄弟子だ。
「やぁ、スヴェン。奥様とお嬢さんは元気かね?」
「どうも、言峰さん。お2人は無事です。奥様は、時臣様のことを思って、少し元気がありませんが……」
言峰綺礼……どうにも掴みどころがない僕の兄弟子。彼の経緯をたどればたどるほど歪だ。感情の起伏も乏しいように見える。しかし、それでも仕事はしっかりこなす人だ。時臣様のサポートをしっかり果たしてくれることだろう。
「そうか……なら君も心配だろう。くどいかもしれないが、くれぐれも2人の護衛は頼んだぞ?」
そんな僕の考えも気にすることなく、淡々と言葉を紡ぐ言峰さん。
僕らはその後、十分程度話して会話を終える。
「ではな、スヴェン。私たちが生きていたら、また連絡できるだろう」
そう言って使い魔は飛び去って行く。陰気なのか嫌味なのか、全く掴めない男だ。
「あの綺礼って奴……なんだか好きになれないのよね」
凛様が腕を組んで言っていた言葉を思い出して、僕は思わずおかしくて少し思い出し笑いをしてしまうのだった。
その夜、僕は1人で今回の聖杯戦争について集めた情報を整理していた。
そうすることで、奥様への邪な性欲も薄れるし、何よりヒトラー・ユーゲントとしての自分も薄れる。
「時臣様のサーヴァントとして英雄王ギルガメッシュがいる以上、相当強力なサーヴァントが時臣様同様に優れた魔術師に召喚されない限りはサーヴァント戦においてはかなり有利なはずだ……。それこそエルキドゥでも召喚されていない限りは……。マスター戦になると厄介だけど、言峰さんと彼が率いるアサシンもいる。戦力的には他の陣営よりも充実しているはずだ……」
僕はノートに時臣様の勝利への筋道を書き記していく。
そうしているうちに時間は過ぎていくのだった。
「……間桐……雁夜……。調べたところこの男は間桐の家を出ているはずだ。なぜ今になって聖杯戦争に?」
間桐臓硯はそうまでして聖杯を手に入れたいのだろうか? 間桐雁夜は奥様の幼なじみでもある。彼とは2度ほど会ったが、僕のことは好きではないらしい。僕も彼のことは好きではない。同族嫌悪というやつだろうか。彼は今でも奥様への想いを秘めているようだ。奥様は全然気づいていないようだけど……。彼のことも注視しておく必要があるだろう。
そしてアインツベルン……。ドイツ生まれの僕にとっては、特に気になる。マスターの衛宮切嗣は魔術師殺し。表向きには、切嗣の隣に写っている女がマスターなのだろうけど、僕の目はごまかせない。聖杯戦争のマスターとして参加させるのでなければ、衛宮切嗣のような男をアインツベルンが引き入れるとは思えない。この表向きのマスターは、聖杯の器か何かで間違いないはずだ。人造生命体などは所詮、純粋な魔術師の柔軟さには及ばない。それをわかっているからこそ、衛宮切嗣を迎え入れたのだろう。
キャスターはまだ現界していないのだろうか? それならいっそ僕が……いや、何を考えているんだ僕は……。
(もしも……もしも、時臣様が敗北してしまったら、どうなるのだろう……。凜様はしばらくは落ち込むだろうが、魔術師の娘として立ち直ってくれるはずだ。でも奥様は? 愛する時臣様を失って、立ち直ることができるだろうか? 僕はどうだろう。遠坂家に仕え続けるだろうか? それともドイツに戻って……)
そんな考えが頭をよぎり、ふぅとため息をつく。
「疲れてるんだ。そろそろ寝よう……。僕は今、自分に出来ることをするんだ。明日、アレを取りに行って来よう……」
そう呟くと、僕はベッドに身を横たえるのだった。
翌朝目覚めた僕は、あらためて自分の役割を見つめ直す。
僕の今果たすべきことは、奥様と凛様をお守りすることだ。その後のことは終わってから考えればいい。
僕はそう覚悟を決めて、1日をスタートさせるのだった。
「奥様、今日の日中、僕は冬木に行って来ます。僕の借りている保管庫に取りに行くものがありますので……。夕方までには戻れると思います」
朝食を終え、奥様にそう告げる僕。
「そうなの? わかったわ。気をつけて行ってきてね」
冬木の町はいつも通りの朝を迎えていた。
しかし、それは表面上の話で、やはり聖杯戦争の影響かそこかしこにピリピリとした空気を感じる。
(時臣様は大丈夫だろうか……)
そんな心配をしながら歩いているとすぐに保管庫に到着した。
見た目には何も変哲の無い公園のトイレだが、僕の魔術によって入り口が開く。
中には、僕が3年前に目覚めた時に持っていたものやら、新しく集めた魔導書、礼装などが保管してある。
「……あった。この結界を作動させる装置があれば、侵入はより難しくなるはずだ」
僕は必要なものを一通り集め、保管庫を出ようとする。
と、一冊の本が目に留まる。
「Mein Kampf(わが闘争)」
総統がかつて書いた本だ。僕はその本を手に取りかけて止めた。
そして飾ってあるヒトラー・ユーゲントの制服や、式典用にもらった親衛隊の黒色勤務服と制帽を見る。
総統からいただいた勲章も飾ってある。
だけど僕はそれらを見て、決意した。
僕は新しい人生を歩む。僕は遠坂家に仕え、あの人たちと一緒にいたい。
だから、過去の栄光や夢見た世界とはお別れだ。もうここに来ることもないかもしれない。
「ドイツも世界も生まれ変わった。僕の道は、もはやドイツ第三帝国と共にない。僕は今を生きる、僕の大切な人たちを守る。それが僕の、わが闘争です。総統、お別れです」
僕はハイル・ヒトラーと叫び、飾ってあるナチスの旗に向かって敬礼をすると、保管庫をあとにした。
そうだ、これからはヒトラー・ユーゲントのスヴェン・ラインハルトではなく、遠坂家に仕える魔術師スヴェン・ラインハルトとして生きていくんだ。
その後、遠坂邸に足を運んだ僕。
冬木に行くと告げると、時臣様が顔を見たいから寄ってくれと言ってくれたのだ。
「失礼します。時臣様」
僕がそう言って部屋に入ると時臣様は魔導書を広げていたが、こちらに気付くと本を閉じる。
「やあ、スヴェン。元気だったかい? 妻や凛は変わりないかな?」
時臣様はそう言って、ソファに座るように促してくれた。
「僕は変わらずですが、やはり奥様と凛様は、時臣様のことが心配なご様子です」
僕がそう言うと、時臣様は少し困ったような顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「そうか……。だが、君がいてくれて助かるよ。おかげでこちらは聖杯戦争に万全を期して臨めるのだから」
その言葉を嬉しく思うと同時に、僕が密かに奥様に対する恋慕の情と邪な欲望を抱えていることに心苦しくなる。僕は時臣様が思うような、純粋な心を持った人間じゃない……。
「だが今度の戦いは、これだけ準備をしていてもどうなるかわからない……。もしも私に何かあった場合、綺礼に凛の後見人をお願いしようと思っている。ただ……もしも、私も綺礼も戻らなかった時は、スヴェン、妻と娘を頼みたい。まだ若い君にこんなことを頼むのは忍びないが……」
時臣様は僕にそう言って頭を下げてくる。僕は慌ててそれを止めるように言うと、優しく微笑んだ。そして、
「お任せください。3年前に救っていただいた時から、僕は遠坂家に生涯仕えるつもりでしたから。……ですが、僕は信じています。きっと時臣様が根源に至り、再び遠坂家に戻って来ると」
僕の言葉を聞いて、時臣様は安心したようだった。
「ありがとう、スヴェン……。本当にすまない。そしてよろしく頼むよ」
「はい、お2人のことはお任せください。どうかご武運を! 必ずや勝利をおさめください!」
僕の言葉を聞いて、時臣様は優しく微笑んだ。
遠坂邸を出て、冬木をあとにした僕。
夕方には禅城邸に到着した。
「ただいま戻りました」
「あら、お帰りなさい。スヴェンくん」
出迎えてくれたのは奥様だ。
「あの人の様子は……どうだった?」
奥様が不安そうな表情でそう尋ねてくるので、僕は正直に答えた。
「今のところはお元気そうでしたよ。ただ万が一ということもあるからと……もしも、自分や言峰さんに何かあった場合のことを僕に託されました」
僕がそう言うと、奥様は悲しげな表情を浮かべて俯いた。
「そう……あの人もやっぱり覚悟しているのね」
「はい……。ですがきっと時臣様なら大丈夫です。あれだけの準備と努力ができる魔術師はそうはいません。それに奥様と凛様がいるのですから。絶対に帰って来ますよ」
僕がそう言うと、奥様は少しだけ笑顔になった。
「ありがとう。そうね、あの人が帰って来るまで私も凛もしっかりしなくちゃね」
そう言って微笑む奥様を見て、僕は改めてこの2人を守ろうと思うのだった。そしてやっぱり僕は、奥様のことが大好きだ。
そして、ついに聖杯戦争が始まった。
どうやらキャスターの召喚が確認されたらしい、と言峰さんから使い魔で報告があった。
「ついに始まってしまったか……。聖杯戦争の地から離れているここは比較的安全だけど、時臣様不在の隙を突いて、凛様や奥様を狙う者が現れるかもしれない。だけど大丈夫だ。準備は抜かりない。僕ができるのは、時臣様の勝利を信じて待つこと……そして奥様と凛様をお守りすることだ」
僕はそう自分に言い聞かせる。
かくして始まった聖杯戦争だったが、どうやら何らかの事情で聖杯戦争が中断されることになったらしい。
僕の見立てでは、神秘の秘匿に関して問題が生じたのだろうと思う。
最近、幼い子供の誘拐、殺人事件が多いが、その裏には魔術師……それも聖杯戦争に参加している魔術師が関わっている可能性が高い。
恐らく最後に参加したキャスターのマスターだ。何者なのかはわからないが、その者のせいで聖杯戦争は中断されているのだろう。