Meine Ehre heißt Treue ~遠坂家の使用人~ 作:彼処舐ノ助嗅過
そんなある日のこと。
凜様が1人で夜の冬木市に向かわれた。なんでも友達を助けに向かったらしい。
タイミングが悪く、ちょうど僕が買い物に出ている時だった。
奥様は心配して、危険を承知で凛様を車で迎えに行ったのだそうだ。
そこで間桐雁夜と再会したと、奥様から聞かされた。彼の顔は以前とは少し変質しており、髪の色も変わっていたと。桜様のために、聖杯戦争に勝つと奥様に伝えて去って行ったのだと。
間桐雁夜が聖杯戦争に参加していることを僕は知っていたが、奥様には話していなかった。夫と幼馴染が殺し合いをするとなれば、奥様が悲しむだろうことはわかりきっていたからだ。
容姿が変質していた……というのは、間桐の魔術によるものだろう。魔術の道から遠ざかっていた雁夜のことだ。
相当無理をしているに違いない。無暗に接触するのは危険かもしれないが、聖杯戦争が中断されている今が雁夜に接触するチャンスかもしれない。彼に問うべきだろう。間桐の魔術のこと、桜様のことを。
「奥様、凛様。僕は少し出てきます。この屋敷には強力な結界を張ってあるので、ご安心ください。夕方までには戻ります」
翌日、奥様と凛様にそう言って、僕は再び冬木に向かうのだった。
冬木についた僕は、間桐邸に足を運んだ。
間桐邸の呼び鈴を鳴らすと、1人の老人が出て来た。
「……ほぅ、誰かと思えばナチスの子犬ではないか。久しいのぅ。なぜ大戦時に生きていたお前が子供の姿のまま生きておるのじゃ?」
「そっくりそのままお返しします。何百年も同じ姿で生きているあなたが言うことでしょうか? ゾォルケンさん」
僕はそう言って臓硯を軽く睨みつける。
「まぁそう睨まずともよいじゃろう。で? 何か儂に用かの?」
臓硯は僕のことを興味なさそうに見ると、そう言った。
「間桐雁夜はどこに?」
「フン、聖杯戦争に参加しとるわい。どこか薄汚いところにでも身を隠しておるんじゃろう。……奴のサーヴァントは魔力の消費が激しいのでなぁ、フッフッフッフ」
臓硯は雁夜を苦しめるために、わざとバーサーカーで召喚させたんじゃないだろうか? まぁ、それはいい。臓硯は雁夜の居場所を知らないか、知っていても教える気がないのだろう。この分だと桜様の様子について聞いても、教えてくれそうにないな。
「そうですか。……もう少し聞きたいことがあったのですが、どうせ聞くだけ無駄でしょうし、これで失礼しますね」
僕はそう言って軽く会釈すると、出口に向かって歩き出す。
「もう帰るのか? ナチスの話やらその後の話やら聞かせてくれんかのぅ。茶と菓子ぐらい出すぞ?」
「僕はもう、ヒトラー・ユーゲントではありませんよ。それに……蟲入りの茶なんて飲めませんよ」
僕は顔だけ後ろを振り返って返答する。臓硯はニヤリと笑っている。
僕はそれを一瞥すると間桐邸をあとにするのだった。
(相変わらず気味の悪いじいさんだ……。さて、こうなると自分で雁夜を探すしかないな)
僕はそう考えて、魔力の痕跡をたどって歩き始めるのだった。
数時間後、とある廃屋にたどり着く。間違いない、ここだ。
「お久しぶりです、雁夜さん」
僕の声に驚いたように身構える間桐雁夜。たしかに、彼の容貌はすっかり変わってしまっている。前回あった時と比べて、明らかに異質だ。
「お、お前は……時臣のところのスヴェンか。何の用だ。俺が聖杯戦争に参加してるのは、もう知ってるはずだ。時臣側の奴が無暗に敵に接触を図るなんて、な」
「……苦しそうですね。どうして聖杯戦争に?」
僕の問いに苦しそうにしていた雁夜の瞳が見開かれる。
「桜ちゃんを……桜ちゃんを救うためだろうがっ! 時臣のせいで桜ちゃんは! だから聖杯を持ち帰って……桜ちゃんを!」
雁夜は激昂する。僕はそれを無視して、質問を投げかける。
「桜様を救うために……あなたは聖杯戦争に参加する、と?」
「……そうだ」
僕の言葉に雁夜が答える。
僕はそんな雁夜に歩み寄る。
「時臣様を殺してでも、ですか? 桜様を救うために……」
僕は雁夜の目の前に立つと、彼の顔を見据える。
「そうだ! 時臣を殺してでもだ!」
雁夜はそう叫ぶと、僕を睨みつける。
「……そうですか。そして自分がお父様になりますか? 時臣様の代わりに……」
「なんだと!」
僕の言葉に雁夜は叫ぶ。
「時臣様を殺して、奥様が喜びますか? 凛様が喜びますか? 桜様を臓硯が手放すと思いますか? ……そして、そもそもあなたは聖杯戦争に勝てない。臓硯の企みに嵌ってしまいましたね」
僕は雁夜に背を向ける。
「さようなら、間桐雁夜さん。あなたは決して悪い人ではなかった。……でも、あなたの様子を見れば肉体の限界が近づいていることがわかります」
「くっ、臓硯が俺を嘲笑っていることぐらい、自分の限界が近いことぐらいわかってる! だがな、俺は必ず聖杯戦争に勝利して、桜ちゃんを救ってみせる! お前ら薄情な魔術師とは違うんだ!!」
雁夜は再び叫んだが、肩で息をし、むせ込む。
この人の優しさは本当なのだろう。……だけど、だからこそ魔術師には向かない。
僕は振り返ることなく歩き続けた。
冬木を出て禅城邸にたどり着いた僕。
結界の装置が反応している。どうやら誰かが侵入を試みようとしているようだ。
「奥様、凜様。今戻りました」
僕がそう言って屋敷に入ると、2人に特に変わった様子はない。
奥様は、どうやら何者かが侵入しようとしていたことに気付いていないようだ。
一方の凜様は少しそわそわして、辺りを見回している。
僕は凜様に近付くと、そっと耳打ちする。
「結界に誰かが侵入を試みているようです。警戒してください……」
僕の言葉を聞いた凜様が頷く。それを見ていた奥様は不思議そうな顔をしている。どうやら魔力を持たない奥様には感じ取れないようだ。
「どうかしたの? スヴェンくん」
「いえ、なんでもありません」
僕はそう答えて微笑んだ。
侵入は真夜中だった。
僕が結界を張っているため、屋敷に入ることはできないが、相手は果敢に侵入を試みているようだ。
激しい物音でさすがの2人も飛び起きる。
「スヴェンくん、いったい何が……。私たちはどうすればいいの? 」
奥様が僕の腕にしがみつきながら言う。僕はそんな奥様と凛様の肩に手を置いて、安心させるように微笑む。
「お2人はこの部屋から出ないでくださいね。すぐに終わらせて来ます」
そう言って僕は部屋を出る。
相手は3人組の魔術師だったが、僕のペイント弾を撃ち込み、それを発火・爆破させる能力ですぐに片が付いた。
正直言って拍子抜けだ。
案の定「配偶者の血統における潜在能力を最大限引き出した子を産むという」という奥様の特殊体質を狙ってきたようが、数分後には3人とも僕の足元に這いつくばっていた。
どこの国の魔術師かはわからないが、この辺りの魔術師ではない。
アフリカ系のようだ。僕は、3人を始末すると奥様と凛様が死体を見て怖がらないように綺麗に処理した。
「ニガーめ。その薄汚い足でよくもこの家に踏みいれてくれたな……」
と、口にしてハッとする。
「……!? くっ、幼少期から植え付けられた思想は、一朝一夕では変わらないか……。発言には気を付けないと……」
僕はそう言って、2人がいる部屋に戻るのだった。
「スヴェンくん? もう終わったの? 怪我は無い?」
僕が部屋に戻ると奥様が心配そうに僕に尋ねる。凜様も僕の服の裾を掴んでいる。
「ええ、もう終わりましたよ。ご安心ください。もちろん僕も無事です」
僕は2人に微笑みかける。
「そう……よかった……」
2人は安堵の表情を浮かべるのだった。
その日の夜、僕は念入りに屋敷を見回っていた。使い魔を増やし、結界も強化しておいた。これでひとまずは大丈夫だろう。
そして、自室に戻る途中……。
「スヴェンくん」
呼び止められたので足を止める。
振り返るとそこには、不安そうな奥様の姿があった。
「どうされました? もうそろそろ休まれた方がよいのではないでしょうか?」
僕がそう言うと、奥様は首を横に振る。
「ちょっとお酒を飲みたいんだけど、話に付き合ってくれないかしら? 嫌ならいいんだけど……」
奥様はワイングラスを片手に持っている。愛する時臣様が参加した聖杯戦争がいよいよ始まり、この家まで狙われたとあって、さすがに不安なのだろう。
「かしこまりました。ではお付き合いいたします」
僕がそう言うと、奥様は嬉しそうに微笑む。
「ありがとうスヴェンくん。あの人がいないから、お酒に付き合ってくれる人がいなくて……」
奥様は少し酔っているのか、顔を赤くしてそう言う。
「僕でよければいつでもお付き合いいたしますよ。僕も一杯もらっていいでしょうか?」
「ありがとう。……って、えぇ? スヴェンくんはまだ子供だからお酒は飲めないでしょう?」
奥様が不思議そうに僕を見る。
「僕は悪い子でしたから、お酒は飲みなれているのです。それに奥様、僕はドイツ人ですよ? お酒は大好きです!」
そう答えると奥様は可笑しそうに笑いだした。
「そうだったわね! すっかり忘れてたわ……フフフ」
奥様は、そう言ってグラスをもう一つ用意する。僕はそれを受け取り、奥様のグラスとカチンと合わせると、一気に飲み干すのだった。
お酒は久しぶりだった。だけど今日はなんだか飲みたい気分だ。
僕は注いだワインをもう一口含むとグラスをテーブルの上に置く。
「奥様がこんなにお酒を飲まれるとは、意外でした」
僕がそう言うと、奥様はフフっと笑う。
「あの人に付き合っていたら、私も好きになってね」
「時臣様も優雅に飲まれるのが、お好きですからね」
僕はそう言って再びグラスを口に運ぶ。
奥様は、そんな僕を微笑ましそうに見ている。
「……こうして話していると、少し気がまぎれるの……。これからも時々付き合ってもらってもいい?」
「もちろんです。時臣様が戻られるまで、僕がいつでもお付き合いいたしますから」
今、この時間は僕にとって、本当に幸せな時間だった。
直接ではないにしろ聖杯戦争に関わって変わってしまった中での安らぎ。
大好きな奥様と2人でお酒を飲んで語らっているのだから。
だけど、それと同時に僕は奥様に対する強い欲情を抑えるのに必死だった。ほんのりと赤くなり、いつもよりとろけた声。お酒によって不安が少し解消され、少しだけ増えた笑顔。お風呂上りのいい香り。グラスを傾ける所作の美しさ。どれをとっても、僕の心をかき乱すのに十分だった。
僕は、奥様に恋焦がれている。だけど……時臣様の大切な女性なのだ。
僕は自分の想いを封印するしかなかった。
それでも時折こうして2人でお酒を飲んで語り合うだけでも、きっと僕の心は十分に満たされるはずだ。
「スヴェンくん?」
僕がそんなことを考えていたら、不意に声をかけられて我に返る。
いけないな、変な顔をしていただろうか?
「……申し訳ございません、少々考え事をしておりました」
僕はそう言ってワインを一口、口に含んだ。
奥様は不思議そうな顔をして僕を見つめている。
「スヴェンくんでも考え事なんてすることがあるのね?」
「僕だって人間ですよ。悩むことぐらいあります。それに……」
「それに?」
「……いえ、なんでもありません。そろそろお開きにしましょうか。奥様もお疲れでしょうし」
僕がそう言うと、まだ飲み足りなかったのか奥様は少し不満そうに頬を膨らませるが、すぐに笑顔になる。
「そうね、そうしましょうか。また明日ということもあるわ」
そう言って立ち上がった奥様は、少しよろめく。僕は慌ててそれを支えた。
「大丈夫ですか? 歯を磨いて、それからお部屋までお送りします」
「ありがとう、スヴェンくん」
僕と奥様は寄り添いながら歩く。洗面台で僕たちは一緒に歯を磨いて、寝る準備をする。
洗面台からお部屋まで奥様の体を支えて歩く。
(なんてやわらかい腕と腰だろう……。奥様をこのまま抱きしめたい……)
僕のその想いは、実行に移すことはできない。
もしそんなことをしたら、きっとこれまでの関係が壊れてしまうだろう。
葛藤をしながら、奥様をお部屋までお送りする。
「それでは奥様、おやすみなさいませ。……良い夢を」
「スヴェンくんも、おやすみなさい」
奥様はそう言うと、扉を閉めた。
僕は部屋に戻るとベッドに横たわる。お酒の力ですぐに眠れるかと思ったが、先ほどまでの奥様の姿を思い出して悶々とするのだ。
(……いっそ、無理やりに奥様を僕のものにしてしまおうか?)
そんな考えが頭をよぎるが、すぐに思い直す。なんて最低なことを考えているんだろう。
だけど、そのままでは収まりがつくはずもなく、僕は奥様の妄想に耽る。
奥様のいい香り、腕や腰のやわらかい感触、魅惑的な赤ら顔。前を歩いていた奥様の魅力的なお尻。
(あのお尻に思いっきり顔を埋めたい……。奥様の裸が見たい……。触りたい……)
「はぁ……はぁ……」
いけないと頭で思いつつも、歯止めが利かない。僕は奥様の体や、奥様との行為を妄想しては、自分を慰めるのだった。
「奥様……はぁ……はぁ……好きだ……」
僕は小さくそう呟くと、妄想の中で奥様に覆いかぶさり、何度も何度も彼女の中に欲望を吐き出す想像をする。そして、絶頂を迎えるのだった。
「……くっ……はぁ……」
僕は下着の中に欲望をぶちまけてしまう。しばらくの間、呼吸が整わない僕。
(なんて最低な男だろう……)
自分の浅ましさに自己嫌悪する僕だった。
「奥様、おはようございます」
朝起きると、僕は身支度を整えて1階に降りると奥様に挨拶をした。
「スヴェンくんおはよう。昨日はありがとうね? おかげ様でよく眠れたわ。今日の朝食は、一緒に作る?」
「いえ、今朝は僕が用意するので、奥様はいつものように洗濯をお願いしてもよろしいでしょうか?」
奥様と一緒に朝食を作れば、昨夜のことを思い出してしまいそうで、僕は料理は自分が担当することにした。
「そう? じゃあ洗濯してくるわね」
そう言うと奥様は僕の気持ちも知らずに、洗濯をしに向かった。
(……これでいい)
僕は胸を撫で下ろしつつ、朝食の準備を再開するのだった。
スヴェンに洗濯を頼まれた葵は、脱衣かごに入っている服を洗濯機に入れる。洗濯はいつも葵の担当だった。
(スヴェンくんがいてくれて、本当に助かってるわ。遠坂家の妻として、もっと毅然としていなければならないのに……)
ふと、葵は水で洗ったのかびっしょりと濡れているスヴェンの下着が目に留まる。
(これ、スヴェンくんの。粗相でもしちゃって手洗いしたのかしら?)
あまり気に留めずそれも洗濯機に入れようとした時だった。
「あ……。この匂い……」
葵は無意識的にスヴェンの下着に顔を近づける。間違いない、昨夜彼がつけていたものだ。その匂いを嗅いだ瞬間、葵の中で何かが弾けた。
彼女にとっては、久しぶりの強い男性の匂いだ。
「あぁ……、こんなのいけないわ」
そう言いながらも、葵はスヴェンの下着を手にとって顔に近づける。
「スヴェンくんの、匂い……。だめなのに……」
その時、凛が起きて階段を下りる音がして、葵はとっさにそれをポケットにしまう。
そしてすぐに洗濯機を回し始めるのだった。