Meine Ehre heißt Treue ~遠坂家の使用人~ 作:彼処舐ノ助嗅過
遠坂家の資産の管理は、奥様が僕の手を借りながら管理していた。
各地に広大な土地や屋敷を持っているため、それらの中でどこがいいか、奥様に尋ねてみた。
僕としては奥様がゆっくり暮らせる静かな土地でありつつも、ある程度インフラが充実していて生活に困らない場所がいい。
それから凛様と奥様が時々会えるように国内の方がいいだろう。
「そうね……。私はどこでも構わないのだけど、なるべく静かなところがいいかもしれないわ……そういえば、長崎の少し外れに別荘があったはず。行ったことはないのだけど、そこなら凛とも会いやすいし、静かなところだと思うわ」
奥様の答えに、僕は満足して頷く。
僕はその日の週末に、1人で長崎市にあるという別荘に向かった。
冬木市とは、新幹線や電車、バスなどの公共交通機関を使用して3~4時間ほど離れたところにある。
少し高台になっているけど、静かでいいところだ。
町に出るには奥様の現在の歩行能力では不便があるだろうけど、僕も来年の引っ越しまでには運転免許を取得できるため、移動は問題ない。
それに散歩するだけでも十分なほどの自然豊かな庭園が広がっている。最近は誰の手も入っていないためか、自然豊かになりすぎているが……。
(これは引っ越すまでの間に、少しずつ庭の手入れをしないとな……)
この場所は魔術師として、防衛の観点から見ても優れている。
屋敷を含めた土地は高台にあり、後方を切り立った断崖と海に守られているし、この土地に踏み入るには空を通る以外には真正面から坂を上って来る他無い。
かなり迎撃と仕掛けがしやすくなっている。それに、この大きな庭園にも様々なトラップを仕掛けられる。
時臣様が保管していた鍵を使って屋敷の中に入る。
中には家具もなく、別荘として最近使用されていなかったのがよくわかる。
だけど、屋敷自体はとてもきれいで、内装も手入れすればすぐに住めそうだ。
遠坂邸に戻った僕は奥様と凛様に、長崎の屋敷を見てきた感想を伝えた。凛様はもちろん、奥様も僕の話を聞いて、心なしか少し元気が戻ったように感じる。
「どうでしょう? 奥様」
僕が尋ねると、奥様は微笑みながら答えてくれた。
「とってもいいところみたいね! そこなら凛とも会いやすいし、スヴェンくんと2人でも何不自由なく暮らせそう」
それを聞いた僕も、奥様に微笑むのだった。
それからの1年はあっという間に過ぎた。
奥様は少しずつ笑顔が増え、凛様は日に日に当主としての成長を感じさせる。
僕はと言うと、奥様に代わって運転するために運転免許証を取得した。
実は目覚める前の戦時中に、上官からの命令で軍用車両を移動させたことが何度かあるため、体が覚えていてコツは掴めていた。最近の車の快適さに驚いたのは言うまでもないが……。
別荘での暮らしに備えて庭の手入れを自分で行い、内装を奥様と一緒に考えて手配した。
奥様の運動機能のことを考慮して、寝室などの毎日使うところはバリアフリーにし、階段も段差を無くして手すりを取り付けるなど、奥様の使い勝手を優先した。
実は凛様から、内装に関して密かにお願いされていたことがある。
1つ目は「辛いことを思い出してほしくないから、遠坂邸を想起させるインテリアはやめてほしい」ということ。
2つ目は「魔術の道具などは奥様の目につかないように補完する」ということ。
この2つを凛様から頼まれた。この2つの頼み事については、僕もそうした方がいいと思っていたので了承した。
そして、いよいよ引っ越しの日。
僕は奥様と凛様から最後のお願いとして、「最後にもう一度だけゆっくり家を見ておきたい」という要望を受け、3人で見て回ることにした。
「お母様……大丈夫? 辛くなったらすぐに言ってね?」
「ええ、ありがとう凛。でも大丈夫よ」
そう言って微笑む奥様だったが、その笑顔はどこか無理をしているように感じた。やはりまだ、心の傷は完全に癒えたわけではないのだ。
奥様は懐かしそうに思い出を語りながら一つ一つの部屋を見て回り、凛様はそんなお母様の様子を心配そうに見ていた。
「スヴェン……お願いがあるの」
一通り見て回った後、凛様から声をかけられたので振り返る。
彼女は真剣な眼差しをしていた。僕は何か重要な話なのだろうと思い、姿勢を正して聞く体勢に入る。
「どうしたのですか? 凛様」
「あのね……スヴェン。あらためてお母様のこと、お願い。本当なら私がずっと側にいてあげたいんだけど……。スヴェンならお母様を守れるし、私も安心して任せられるから」
凛様はそう言うと、深々と頭を下げる。
僕はそんな凛様の肩に優しく手を置くと、ゆっくりと頭を上げさせた。そして彼女の目を真っ直ぐに見つめる。
「大丈夫ですよ、凛様。奥様のことは僕が必ずお守りしますから……安心してください」
僕の言葉を聞いた凛様は安心したのか、笑顔でうなずいた。
そうして僕の運転する車に奥様を乗せて、遠坂邸をあとにする。
「それじゃあね、スヴェン、お母様。あっちに着いたら電話して? あと、私もたまに遊びに行くかもしれないから」
そう言って凛様は、笑顔で手を振りながら車を見送ってくれた。
新居に車で向かっている最中、奥様が僕に尋ねる。
「今さらだけど、本当にいいの? スヴェンくんはまだ若い……。私とは10歳以上も離れているし、私の運動機能は他の同じ年齢の人に比べて落ちてしまっている……。スヴェンくんにとって重荷になってしまう……」
「重荷になんてなりませんよ。この1年、いえ……それよりもずっと前からあなたのために何かをすることは苦ではなく、むしろ進んでやりたいことでした。だから心配しないでください。ずっと奥様の傍にいますから」
そう言って奥様を安心させるように微笑む。僕自身、奥様に尽くすことができるのが嬉しかった。
「スヴェンくん……」
奥様も僕の言葉に安心してくれたようで、微笑んでくれた。その笑顔はとても美しく、僕の心を癒してくれるのだった。
新居にたどり着いた奥様は、感嘆の声を上げて屋敷内や庭を見て回っていた。
その姿がとても可愛らしく、とても愛おしく感じる。
「素敵なところね! 家具の手配に庭の手入れ、事前にいろいろと準備してくれてありがとうスヴェンくん」
「はは、奥様が快適に過ごせる環境にしてくてついつい張り切ってしまいました。さぁ、早速ですけど新居で紅茶でも飲みませんか?今日はお疲れでしょう」
「ええ、そうね。お願いしようかしら」
僕は早速奥様をリビングに案内して紅茶を淹れる。
カップを口に運びながら、奥様は感慨深そうに呟く。
「本当にこの1年、いろいろなことがあったわね……。でもこうして無事に引っ越しもできて……スヴェンくんが一緒にいてくれる」
「奥様……。それは僕も同じです。こうしてあなたと暮らせることに幸せを感じます」
僕の言葉に奥様は微笑む。彼女の笑顔を見て僕も嬉しくなった。
「これからまたよろしくね? スヴェンくん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
2人で改めてあいさつを交わすと、今度は自然と笑みがこぼれたのだった。
夕食は2人で作った。
奥様の手を煩わせたくないと思ったのだが、奥様は僕だけに負担はかけたくないし、2人で一緒に作りたいからと言ってくれたのだ。
僕らは2人で協力して作った料理を美味しく食べた。目の前で微笑みながら食事をしている奥様の姿を見て安心する。
少しずつではあるものの、この家での暮らしならきっと以前の奥様に戻れるだろう。
お風呂も遠坂邸ほどではないにしても、立派な造りでかなり広い。
「奥様、お風呂が沸きましたよ。お先にどうぞ」
僕がそう声をかけると、奥様は「ありがとう」と言ってバスルームに向かった。
奥様のあとに僕も入浴し、引っ越しで疲れたから寝ることになった。
最初は奥様の寝室と僕の寝室を分ける予定だったのだが、奥様が傍にいてほしいとのことで、同室に僕のベッドを移して寝ることになった。僕の元々の寝室は凛様が泊まりに来た時にでも、使ってもらうことにした。
「スヴェンくん、おやすみ」
「奥様、おやすみなさいませ」
僕はそう言って電気を消してからベッドに横になる。するとすぐに奥様の静かな寝息が聞こえてきたので、僕も眠りにつくことにした。
(明日からまた新しい生活が始まるんだ……)
そう思いながら目を閉じるのだった……。
それから1週間ほどは引っ越しの疲れを癒すためにのんびりと過ごしたのだが、せっかくなので僕は奥様を連れて様々な場所をドライブしたり、観光したりするようになった。その方が奥様にとってもよい刺激になるし、なによりも2人で過ごす時間を大切にしたかったからだ。
そうして過ごしていくうちに、奥様の笑顔はだんだんと以前のものに近づいていった。引っ越して1ヶ月が経つ頃には、奥様の方から行きたい場所の希望を言ってくれることも多くなった。
いつものように出掛けた僕と奥様。
町のあらゆるところが、電飾で飾り付けられている。
「今日はクリスマス・イブですもんね」
僕は車を運転しながら呟く。ここ長崎市では雪はあまり降らないけど、クリスマスを理由に盛り上がるのはどこも一緒のようだ。
「スヴェンくん、クリスマスは好き?」
奥様が僕に尋ねるので僕は笑顔で答えた。
「はい、大好きですよ」
「そうなの? でもなんだか意外ね。スヴェンくんはいつも落ち着いていて大人っぽいから、てっきりそういうのはあまり興味がないのかと思っていたわ」
奥様はそう言ってクスッと笑った。僕はそんな奥様の笑顔を見て嬉しくなる。
「確かにあまり興味はないですけど……、それでもやっぱりクリスマスは特別です。だって……」
そこで言葉を区切ると、僕は駐車場に車を停止させ、助手席に座る奥様の方を向く。そしてそのまま彼女に告げたのだった。
「……だって、大切な人といるとなんだか特別な気分になれる日じゃないですか」
「え……?」
奥様は、いきなり言われて驚いたのか一瞬固まる。だけどすぐに意味を理解して頬を赤く染めると俯いてしまった。
そんな様子が可愛らしくて、つい笑みがこぼれてしまう。
そんな僕を見て奥様は頬を膨らませるものだからさらに愛おしさが増した。
「も、もう! 急に変なこと言われるとビックリするでしょ?」
「ははは、すみません……でも本当のことですよ? だから今日は一緒にイブを過ごしましょうね?」
「……うん」
恥ずかしそうにしながらも素直に頷く奥様。僕は車から降りると、奥様をエスコートする。
「さ、行きましょう?」
「……うん!」
2人で寄り添って歩きながら、クリスマス・イブで賑わう町へ繰り出すのだった。
それからしばらく町を散策して楽しんだ後、僕らは予約していたレストランで食事をすることにした。
「わざわざ予約してくれていたなんて……ありがとう」
「せっかくのクリスマス・イブですから。それに奥様は、あまりこういう場所に来たことがないでしょうし……。今日は楽しんでくださいね?」
「ええ! でもスヴェンくんも無理しないでね?私はあなたが傍にいてくれればそれだけで嬉しいから……」
そんな可愛らしいことを言う奥様を見て思わず抱きしめたくなったが、なんとか堪えて席についたのだった。
食事を終えた僕たちは、揃って町を歩く。
「ふふっ」
僕を見て突然笑い出す奥様。
「どうしたんですか?」
僕が不思議そうに尋ねると、奥様は手を伸ばして僕の頭に触れる。
「最初に会ったころは、私よりも小さかったのに……。今ではもうこんなに大きくなっちゃったなぁと思ってね」
「奥様……」
そんな僕を見て微笑むと、奥様はまた歩き出した。僕もその後に続くようにして歩き続ける。
しばらく歩くと、大きなクリスマスツリーが見えてきた。その周りにもたくさんのカップルや家族がいて、みんな幸せそうにしている。
そんな様子を見ていると自然と笑みが溢れてしまうのだった。
「奥様、僕たちも近くに行ってみましょうか?」
「ええ」
2人でツリーの近くに歩み寄ると、その大きさに圧倒されてしまう。
「すごい……こんなに大きなクリスマスツリー、初めて見たわ」
奥様は目を輝かせながら見上げていた。
そんな奥様の横顔を見ていると、愛おしさで胸がいっぱいになる。
それからしばらく2人でクリスマスツリーを見上げていたが、ふとあることに気が付く。
僕たちは知らず知らずのうちに手を握っていたらしい。
「あ……」
奥様はそれに気づいて慌てて手を離す。僕はそんな様子を微笑ましく思いながら、今度は自分から手を差し出した。
すると奥様は嬉しそうに僕の手を握ってくれるのだった。
それからしばらく2人でツリーを眺めていたのだが、やがて周りが暗くなってきたことに気が付く。
どうやらライトアップの時間が終わったようだ。
「そろそろ戻りましょうか?」
僕が尋ねると奥様は小さく頷いたので、そのまま車まで戻ったのだが……。
車の前まで来たところで、奥様は立ち止まったまま動こうとしなかった。
「……あの、奥様? どうかしましたか……?」
すると奥様はゆっくりと歩き出し、そのまま僕の胸にもたれかかるようにして抱き着いてきたのだった。
突然のことで驚いたものの、僕は優しく抱きしめ返すことにした。すると奥様は安心したのか、さらに強くしがみついてくる。
「スヴェンくん……、もう少しだけこのままでいてもらってもいい?」
「……はい」
そんな様子が可愛くて仕方がなくて、思わず笑みが溢れてしまう。そして同時に愛おしさが増していった。
それからしばらく抱き合っていた僕たちだったが、やがてどちらからともなく体を離す。
「奥様、この先どんなことがあろうと奥様の傍を離れません。僕はずっと奥様の傍にいますから」
「ありがとう、スヴェンくん……私もあなたと一緒にいられることを幸せに思うわ」
そう言って微笑む奥様の笑顔はとても美しくて、いつまでも見つめていたいと思いながら、僕はもう一度奥様を抱きしめるのだった。
家に到着し、奥様にお風呂に入ってもらっている間、僕は凛様と電話をしていた。
凛様のクリスマスプレゼントに、と彼女に合うコートと、ネックレスをプレゼントしたのだ。奥様からのプレゼントも一緒に送った。
それが届いていたようで、凛様からお礼と奥様の様子を尋ねるための電話をくれたのだ。
『スヴェンがいてくれるおかげね。本当にありがとう。お正月には2人で帰って来るのよね?楽しみにしているわ』
「はい、奥様も楽しみにしています。それじゃあまた……」
通話を終えようとした瞬間、凛様から付け加えるように言われた言葉があった。
『そうだスヴェン。……私ね、お父様は遠坂時臣ただ一人だから! ……でも、お母様を幸せにできるのはきっとお父様だけじゃなくてあなたもよ……。だから……これから先、あなたとお母様がどんな関係になっても、私は応援するから』
「え……?」
僕は思わず言葉を失ってしまった。凛様の言った意味がなんとなく分かってしまったからだ。
『じゃあねスヴェン!また今度!』
そう言って凛様は電話を切った。
僕はしばらく呆然としていたが、やがて我に返ると改めて奥様のことを考えるのだった……。
それからしばらくしてお風呂から出てきた奥様と入れ替わるようにして、僕もお風呂場に向かった。
お風呂から上がると、ちょうど奥様が寝室から出てきたところだったようで鉢合わせになったのだが……。なぜか彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「どうかしましたか?」
不思議に思って尋ねると、奥様はゆっくりと顔を上げる。その顔はやはり赤いままで、目も潤んでいた。
「スヴェンくん……その……」
「はい」
「……ベッド、近づけて寝てもらってもいいかな?」
「はい!?」
奥様からの意外な提案に、思わず大きな声を出してしまった。その様子を見た彼女は慌てて口を開く。
「ち、違うの! 変な意味じゃなくて……その……ただ近くで一緒に眠りたいなって……」
「あ、ああ……そうですよね。すみません」
僕は自分の早とちりを反省しながら頭を下げる。
そんな僕を見てクスリと笑う声が聞こえた気がしたので顔を上げると、そこには笑顔の奥様がいた。どうやらからかわれてしまったらしい。でもその笑顔がとても可愛らしくて、僕もつられて笑ってしまったのだった。
寝室に行くと僕たちは2つのベッドを近づけた。このベッドは連結が可能で、2つ合わせるとダブルベッドになる仕組みだ。いつか2人で寝られるようにと、2人で相談して最初からそうしてあったのだ。
奥様はベッドの上に腰かける。
僕は部屋の電気を消してからベッドに近づき、そして隣に座った。
「えっと……じゃあ失礼しますね」
僕がそう言うと、奥様は小さく頷く。それを確認してからゆっくりと横になったのだが……。すぐに奥様の手が僕の手に重ねられた。
「……スヴェンくん」
名前を呼ばれそちらを向くと、そこには優しい笑みを浮かべた奥様の顔があった。
「今日は本当にありがとう……」
そう言って微笑む彼女の姿はとても美しくて、見ているだけで幸せな気分になる。僕は彼女の手に自分の手を重ねて答えた。
「こちらこそ……。奥様とクリスマス・イブを一緒に過ごせてとても楽しかったです」
僕がそう言うと奥様は嬉しそうに微笑んだ後、そっと目を閉じるのだった。
やがて静かに寝息を立て始めると、僕もゆっくりと目を閉じて眠りについたのだった。
(ああ、幸せだな……)