Meine Ehre heißt Treue ~遠坂家の使用人~ 作:彼処舐ノ助嗅過
その夜、夢を見た。
庭で読書をしている奥様に声をかける僕。
「奥様、お茶が入りましたよ」
そう言って奥様の隣に座る僕。
そんな僕らを、優しい眼差しで見つめる凛様の姿があった……。
「スヴェン、ちょっといいかな?」
僕を呼んだのは時臣様だ。
「なんでしょうか?」
僕が尋ねると、時臣様は微笑む。
「君が家に来て3年になるか……。凛も君に懐いてくれて、本当に感謝しているよ」
「時臣様。こんな僕を拾っていただいてありがとうございます。このご恩は……」
僕はそう言って頭を下げたが、時臣様は優しく微笑んで首を横に振った。
「君はもう私の家族も同然なんだ。だからそんなにかしこまる必要はない」
そんな時臣様の言葉を聞いて、思わず泣きそうになってしまった……。
そんな僕を見て微笑むと、時臣さんは話を続けた。
「私の妻、葵のことはどう思っているのかな? 葵も君のことを気に入ってくれているみたいだからね……。もしよければ君が葵を幸せにしてあげて欲しいと思っている」
僕はそんな時臣様の言葉に、僕は戸惑いながらも答えた。
「えっと、それは……どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味だよ。私はもう長くはないからね」
時臣様はどこか寂しげに笑う。そんな彼の様子を見て僕は何も言えなくなってしまった……。
「……とでも言うと思ったか!? この恩知らずめ! 拾ってくれた男の妻を、未亡人だからと自分のモノにしようというその浅ましさ、恥を知るがいい、スヴェン・ラインハルト! お前には失望した! 忠誠を忘れたのか!?」
時臣様の表情が、次の瞬間には一変する。そして僕の胸倉を掴み上げると怒鳴り声を上げた。
僕はそんな彼の様子に気圧されてしまう。
「あ……あの……」
僕は時臣様の鋭い視線に耐え切れずに目線を逸らした。すると……。
「……フ、冗談だよスヴェン。君には感謝しているんだ。魔術師の妻という重荷を背負わせておきながら私1人がこんなにも早く先に逝ってしまって、葵には申し訳ないと思っている。だからせめて君に、私の分まで葵を幸せにして欲しい。君に彼女を託す」
時臣様はそう言って僕を解放してくれた。そして僕の肩に優しく手を置いてうなずいた。
「そう言って欲しかったのか? 彼の許しが欲しいのだろう? Meine Ehre heißt Treue(忠誠こそ我が名誉)……遠坂時臣への、忠誠を忘れたのかね? それとも君は、彼ではなく遠坂葵に忠誠を誓っていたのか?」
背後から聞こえた声に振り返る。その姿を見て、息が止まりそうになる。
そこにいたのは、総統だった。
「 偉大な嘘つきは偉大な魔術師、というわけだ」
総統はそう言って不敵な笑みを浮かべると
「今この瞬間、お前は祖国を裏切り死んだのだ。さらばだ、スヴェン・ラインハルト」
と言い残して、霧のように消え去ったのだった。
それと同時に目を覚ます。
夢であったことに安堵し、呼吸を整える。この夢は僕の深層心理か何かなのだろうか?
僕が奥様を愛していい、という誰かからの許しが欲しいのだろうか?
昨日の凛様の言葉。
『これから先、あなたとお母様がどんな関係になっても、私は応援するから』
この言葉の意味を考えすぎて、それが夢になったのだろうか?
そんなことを考えつつも横を見ると、奥様の愛らしく美しい寝顔があった。
(そうだ、どうあっても僕はこの方を愛しているし、守っていくんだ)
奥様が起きないように、僕は優しく彼女の髪を撫でるのだった。
「おはよう、スヴェンくん。起こしてくれればよかったのに……」
奥様は眠そうにしながら、朝食を作る僕に話しかける。
「奥様はゆっくりしていてください。昨夜はお疲れだったでしょうから……。さぁ、もうそろそろできますよ」
「うん、ありがとうね……」
朝食を食べ終えると、コーヒーを飲んで少しゆっくりする。
クリスマスでもある今日の予定は、日中に少し散歩や買い物をして、夜は家に帰って来て七面鳥やパスタ、クリスマスケーキを食べようということになっていた。
「スヴェンくん、今日の夜ごはんは楽しみにしててね」
奥様が胸を張って言うので、僕は思わず笑ってしまった。そしてそんな僕を見て彼女も笑うのだった……。
「では、そろそろ行きますか?」
僕が尋ねると、奥様は笑顔で答える。
「ええ、一緒に」
僕と奥様は街に買い物に出かけた。
クリスマスのためか人通りも多く賑やかだ。
そんな中を歩いていると不意に手を握られた。
驚いて隣を見ると、そこには少し照れたような笑顔の奥様がいた。
夕食の材料を買う前に、1時間程度各々自由に買い物する時間を取ってデパートを見て回ることにした。
お互い特に言わなかったけど、これはクリスマスプレゼントを選ぶ時間だ。
僕が買うものは、もう決めていた。
奥様への想いを伝えるためのプレゼントだ。
プレゼントを選び終えたので、待ち合わせ場所で待っていると僕と同い年か、少し年上くらいの女子大生らしき数人が僕の方に近付いてきた。
「え、かっこいい……!」
「どこの国の人ですか?」
「あ、もしかして留学生とか?」
彼女たちは僕の周りを取り囲み、口々に言う。
「あ、あの……。すみません、人と待ち合わせしてるので」
僕はそう返して、距離を取ろうとするが……。
「うわぁ! 日本語ペラペラ!」
「写真撮ってもらってもいいですか~?」
「連絡先交換しませんか?」
そんな彼女たちの様子に戸惑っていると、奥様が歩いて来るのが見えた。
奥様は僕の近くまで来て、姿を見るなり少し寂しそうな表情をした。僕の視線に気づいて、女子大生たちが奥様の方を見る。
「あの綺麗な人誰だろう?」
「もしかしてお兄さんの彼女?」
「いや、彼女にしてはちょっと年上すぎない?」
「ホームステイ先のお母さんじゃない?」
そんな女子大生たちの言葉を聞いて、奥様はまた寂しそうな表情をした。
そして少し悲しそうな表情を浮かべて呟く。
「……そう……よね」
そのまま何も言わずに立ち尽くす奥様の手を掴む僕。彼女は驚いたような表情をする。そして彼女の肩を抱き寄せて、女子大生に言う。
「この人は僕の大切な女性だよ。僕は彼女を愛しているんだ」
僕の言葉を聞くと女子大生たちは、黄色い声を上げる。
「きゃ~! かっこいい!」
「恋人いたなら悪いことしちゃったね!」
「ごめんなさい、お兄さん、お姉さん! 末永くお幸せに!失礼します!」
そう言って去っていく彼女達を見送ってから、奥様の顔を覗き込む。
するとそこには耳まで真っ赤になった可愛らしい顔があった。でもそれと同時にさっき見せた寂しそうな顔も気になった。
夕食に備えて、昼食は軽めに済ませようということになり、僕たちは近くのカフェに入った。2人ともサンドウィッチと紅茶を頼む。
「スヴェンくん、さっきの言葉、本当にありがとう……嬉しかった」
そう言って微笑む彼女はとても綺麗で、思わず見とれてしまう。そんな僕の視線に気づいたのか、彼女は少し恥ずかしそうにしながら言う。
「……どうしたの?」
「いえ、その……本当にお綺麗です……」
僕がそう答えると、さらに顔を赤くする彼女。それでもきっと不安なのだろう。だからこそ今日の夜、どうしても彼女に伝えたいことがある。
「このサンドウィッチ美味しいですね、奥様」
今はこの時間を楽しもう。
「うん、この紅茶も美味しい」
この笑顔を守るために……。
昼食を終えた僕たちは、食材やお酒などの買い物を済ませて家に帰った。
そして夕食の準備に取りかかることにした。
奥様はキッチンに立ち、僕はテーブルをセットしたり食器の準備をしたりする。
やがて料理が出来上がり、テーブルに並べると2人で席に着いた。
今日のメインディッシュは七面鳥とミートソーススパゲティだ。
クリスマスケーキも手作りで、今日の料理は全て奥様の手作りだ。
「ふぅ、久しぶりに張り切っちゃった! じゃあ、いただきましょう」
奥様はそう言って手を合わせる。僕もそれに倣い手を合わせた。
そしてまずミートソーススパゲティを一口食べる。
「うん! すごく美味しいです!」
僕がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「まだ残ってるから、おかわりしてね」
それから僕たちは七面鳥を切り分けて、奥様と一緒にワインを楽しむ。
食事を終えた後は、2人でゆっくりと過ごすことにした……。
2人でソファーに座ってテレビを見たり、他愛もない話をしたりして過ごした後、夜もだいぶ深まって来た頃だった。
「スヴェンくん……私ね。今日、スヴェンくんが若い女の子たちの前で愛しているって言ってくれたこと、嬉しかったの」
奥様は僕に寄りかかりながら言う。僕自身も今日のことを、改めて思い出していた。
「でもね……少し悲しかったの……」
僕は何も言わずに聞いていた。彼女は続ける。
「やっぱり他の人から見たら、私とスヴェンくんは親しい間柄には見えないんだなって。年齢も離れているし、スヴェンくんはかっこいいから……」
「奥様……」
「……実はね、あの時女の子たちに囲まれてるスヴェンくんを見て嫉妬してしまったのよ……笑ってしまうでしょ? 年齢的にも彼女たちの方が、スヴェンくんと釣り合うように見えるから……つい不愉快になっちゃって……それで嫉妬した自分にも腹が立ったの」
そう言って自嘲気味に笑う奥様。
「……でも、もしスヴェンくんに、私以外に好きな人ができたりすれば……祝福してあげないとね……」
そう言って笑う彼女の目には涙が浮かんでいた。
僕は思わず彼女を抱きしめる。
「そんなこと言わないでください! 僕には奥様だけですから!」
僕がそう言うと彼女は小さく微笑み、僕の胸に顔を埋めた……。そしてそのままの姿勢で僕に告げるのだった……。
「ありがとう、スヴェンくん……」
僕は彼女を抱きしめながら言う。
「僕のことで嫉妬してくれただなんて……むしろ嬉しいくらいです。だってそれだけ、僕のことを想ってくださっているということでしょう?」
僕の言葉を聞いて彼女は少し恥ずかしそうにしながら答えた。
「うん……そうよ」
そう言って僕を見上げる彼女を僕は心から愛おしいと思った。
そして、覚悟を決めた。
「さ、せっかくなのでもう少しワインを飲みましょう。奥様が作ってくれたケーキも食べたいですし!」
「うん、ありがとう……。そうよね……不安になってしまって、ごめんなさい」
「気にしないでください。僕はどんなことがあっても、死ぬまでずっと貴女の傍にいますから」
僕がそう言うと彼女はまた涙を瞳に浮かべたが、それを誤魔化すように微笑んだのだった……。