翌日。
放課後の教室で、真希はクラスの女子たちに囲まれていた。
「ねぇ真希ちゃん、どうしたらそんなにお肌白くなれるの?」
季節は初夏。陽射しが凶悪さを増すなかで、全身初雪のような美白を保つ真希に女子たちも興味津々だった。
「あー……うーん、夜にオイルは塗ってるかな。ベタベタしないやつ」
真希が言葉を発した瞬間、その鈴の鳴るような声にクラスの誰もが意識を持っていかれる。少年のように爽やかな口調なのに、甘くてどこか色っぽい響きのある……鼓膜と脳を直接撫でられるような声だ。
ホームルームはとうに終わっているのに、クラスメイトの多くが各々の用事があるテイで教室に残っている。皆、知りたいのだ。親しみやすい雰囲気があるのに、どこかミステリアスな真希の素顔を。
「あーだから真希ちゃんて、いっつもいい匂いがするんだ」
「いや、今はオイル塗ってないんだけど……」
「え、じゃあこれって真希ちゃんの素の香り?」
「あ、うん……そうなのかな。ごめん、汗くさい?」
「いや、いやいやいや全然! むしろめっちゃフローラルってゆーか、なんかそう、すごくいいよ!」
「なんだよそれ」
ふふっと真希がおかしそうに笑う。その混じりっ気のない笑顔を向けられた女子は、ハッと息をのんで言葉を続けられなくなってしまう。
彼女の笑顔はとてつもない破壊力を持っていた。アイドルなんて目じゃないほどに整った顔立ちなのに、まるで男の子のように無邪気に笑う。そのギャップに男女問わずやられてしまうのだ。
ぱっちりとした大きな瞳に見つめられ、その女子は「あーだめ可愛すぎ……」と言って額に手を当ててしまった。
戦線離脱したその女子に代わり、今度は隣の子が真希に質問をする。
「ねぇじゃあ髪は? どうしたらそんなサラサラを維持できるの?」
「え、髪? 髪かー……」
そう言って、真希は肩まで伸びたボブカットの黒髪を指先でくるくると弄ぶ。すこし寄り目になって真剣に自分の髪を眺めている姿は、小動物のようで可愛らしい。
答えを探しているのか、長いまつ毛を伏せ、ぷるんとした唇を少し尖らす表情には妙な色っぽさがあった。いつの間にか教室はしんと静まり返り、真希の言葉を待っていた。
「ごめん、家のシャンプー使ってるだけなんだ」
真希は申し訳なさそうに目尻を下げた。そんな彼女の困り顔も、その女子にとっては心臓を高鳴らせるご褒美でしかなかった。
「も、もったいぶってそれかよ~!」
女子がせいいっぱいフランクな雰囲気を作って、座っている真希の肩をトンと押す。それだけで、小柄な彼女の体は揺れ、綺麗な黒髪がふわりと浮かんだ。
「あはは、ごめんって」
真希が屈託なく笑う。その瞬間、クラス中の生徒が心中で「おおっ」と驚き、その女子は脳内でガッツポーズを作った。
高校に上がって早三カ月。明るく素直で、親しみやすい真希はすぐにクラスの人気者になった。だが、外見が絶世の美少女であり、いい匂いというレベルではないフェロモンのようなものを発している彼女を、誰もがヘンに意識してしまい、あと一歩を踏み込めずにいたのだ。
そんな真希に、親しげなボディタッチをするという快挙を成し遂げたその女子は、もう少し踏み込んでみることにした。
「じゃーお詫びにちょっとさわらせて、髪!」
「なんのお詫びだよ~……まあいいけど。ほい」
「え……?」
びっくりするほど気安く頭を差し出してくる真希に女子はうろたえる。しかしこの好機を逃してはなるまいと、片手で包むように触れてから、髪の中に指を突っ込んで頭皮を直接撫で始めた。
「うわっ、うっわ~すっごいサラサラ! めっちゃ気持ちいいんだけどこれ」
「え、私もやっていい?」
「あ、ずるい! 私もさわってみたい」
「真希ちゃん、私もいい!?」
ここぞとばかりに他の女子たちも真希の黒髪に手を伸ばしてくる。
「どうぞ~」
真希は下を向きながら、半ばあきらめたような口調で言った。それに女の子に頭を撫でられるのも悪くない心地だ。ゴツゴツした手で無遠慮にさわられるよりずっといい。
「やば……ふっわふわ」
「あーん癒やされる~」
「なんかパワーもらえそう」
恍惚とした表情を浮かべる女子たちに、男子たちの恨めしそうな視線が集中する。
「いくらさわったってご利益はないと思うよ~」
当の真希はくすぐったそうに笑いながら、気さくな調子で返していた。
されるがままの彼女に気をよくした女子たちが、さらに話しかける。
「ねぇ、真希ちゃんて彼氏いないの? もしくは気になってる人とか」
いきなり核心を付いた質問に、クラス中が固唾をのむ。
「んー? いないよー……恋愛とかよく分かんなくてさ」
「そ、そうなんだ」
少し低いトーンで答えた真希に、女子もそれ以上は聞けなくなる。一方、男子たちの顔には喜色が浮かぶ。
まさかの、恋愛経験ゼロ。
もしかしたら自分が初めての男になれるかもしれない。そんな可能性が浮上した今、男子たちの間に妙な緊張感が生まれる。
「そういえば真希ちゃんて、叔父さんと二人暮らしなんだっけ?」
「あ、それ私も聞きたかった。あの駅前のタワマンだよね」
「叔父さんって、あの入学式に来てたスラッとした人?」
「スラッとっていうより細マッチョだよね」
「すっごいカッコよかった。まだ若いよね、何してる人なの?」
浴びせられる質問に、真希はうつむいたまま固まっていた。視線は自然と、自分の膝から下腹部へと移動してしまう。
(カッコいい、か……他人にはそう見えるんだな)
真希には、意地の悪いサディストにしか見えない。体つきも細マッチョどころか胸も腹も腕も硬く、のしかかられると圧迫感で潰れそうになる。
瞬間、真希はハッと頭を上げた。
女子たちが驚いた声を発して手を放すが、真希はそんなことは気にも留めず教室の時計を凝視していた。
「ごめん私、帰らないと」
今日は叔父の仕事が早く終わるため、授業が終わったら真っ先に帰ってくるように言われていたのだ。
真希はそそくさと立ち上がり、リュックを背負う。
「ごめん、また明日ね」
申し訳なさそうに眉を寄せる真希に、女子たちが一斉に首をふる。内心では、馴れ馴れしくし過ぎて嫌われたわけではないと分かり、安心していた。
真希はニコリと微笑んでから、教室の真ん中を通ってドアへと向かう。小柄で華奢な体をピンと伸ばし歩く姿は、凛々しささえ感じられる。スカートから伸びる白い足は細くスラッとしていて、なのにほどよい肉感もあり見るものを釘付けにしてしまう。
リュックを背負っているからか、ブラウスの生地が伸び、胸元のふくらみが強調されている。小ぶりだが形のいい丸みは、女子ですら揉んでみたいと思うほどに魅惑的だ。
膝丈のスカートが歩くたびに揺れ、わずかに覗く太ももは扇情的ですらある。ただ歩くだけで、見る者すべてを魅了してしまう。クラスの誰もが、改めて真希の魅力を思い知らされる。
やがて彼女が廊下に出ていくと、静まり返っていた教室がざわと沸き立った。主に男子が。
「おいマジかよ、静川さんまさかの経験ゼロ!」
「今、横通ったときすっげえいい匂いした」
「あの可愛さは反則だろぉ」
「え、処女ってことだよな?」
「お前キモいぞ」
いやお前ら全員キモいよ、と女子たちは冷ややかな目線を送るが、しかし彼女たちもまた興奮を隠せないでいた。
あの誰をも夢中にさせ、夢中にならざるを得ない美少女と、ここまで仲良くなれた。明日になれば学校中の生徒から、真希について聞かれるだろう。当然、やすやすと教えるつもりはないが。
そんな異様な熱気に包まれる中、教室の隅でじっと聞き耳を立てていた優太は静かに立ち上がった。
***
「静川さんっ」
廊下を早足で歩いていると、後ろから男子に声を掛けられた。振り向くと、真希と同じくらい小柄で猫背の少年――優太が立っていた。
「優太くん、どうしたの?」
不意に名前を呼ばれ、優太は硬直する。この三カ月で三回くらいしか話したことのない自分の名前を覚えてくれているなんて。
優太が感動に打ち震えていると、真希は眉間にシワを寄せながら近づいてくる。
「大丈夫? 私に何か用事あった?」
心配そうな声色に、彼女が本当に優しいのだと優太は改めて実感する。陰キャで友だちのいない自分にも、さっきの女子たちと同じテンションで話しかけてくれる。それも急いでいるだろうに、わざわざ足を止めて自分が話し出すのを待ってくれるのだ。
そんな彼女の弱みに漬け込む罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、優太はなんとか言葉をひねり出した。
「まっちゃ……?」
「……え?」
真希の表情が固まる。まるで鳩が豆鉄砲を食ったような、驚き顔だ。
途端、優太は全身がカッと熱くなるのを感じた。ただ似ているというだけで、軽率に話しかけてしまった恥ずかしさに。
(僕はバカかっ……こんな純粋な子がエロ配信なんかするわけないだろ。さっき恋愛興味ないって言ってたの聞いてなかったのか僕は……そんなウブな子が男たちの前で下着見せたりバイブ挿れたりなんてするもんか)
「……まっちゃ、味」
「え」
「抹茶味のアイスって、好き? ……なんちゃって」
ポカンと固まっている真希に、優太は己の失敗を悟る。
しかし真希はぷふっと吹き出すと、「なにそれ」と笑い出した。
「抹茶味は、あんまり好きじゃないかな。んー……アイスならチョコクッキー味が最高でしょ」
「ぼ、僕もっ、チョコクッキーが一番だよ」
「お、気が合うじゃん。でも私はさらにオレオと一緒に食べるね」
なぜか勝ち誇ったように口角を上げる真希に、優太の心臓が鷲掴みにされる。たまに見せる、この少年のような表情を見ると、胸が苦しくてたまらなくなるのだ。
だからだろう。動揺した優太は、およそ好きな子に言うべきじゃない言葉を発してしまう。
「なんか、男の子みたいだね」
言った瞬間優太はハッとし、今度こそ失敗を悟る。
しかし真希は目を見開いたあと、花が開いたような笑顔を見せた。
「ほ、ほんとに!?」
「え?」
「ほんとに私、男の子っぽい?」
「あーうん、ごめん……つい変なこと口走っちゃって。静川さんが男っぽいなんて、どうかしてるんだ僕」
そう言って頭を押さえる優太に、真希は一歩近づく。満面の笑みの美少女に近寄られ、優太の心臓がバクバクと跳ね上がる。
「ううん、どうかしてない。なんていうか、嬉しい」
「あ、う……それなら、よかった」
「うん、なんか元気出たかも」
「そ、そうなの?」
「じゃ、またね。今度一緒にアイス食べよ」
「うん……え?」
「私スマホ持ってないから待ち合わせとかは無理だけど、放課後にどっかコンビニでも行ってさ」
「え、えっ!?」
「あ、誰にも内緒ね」
「う、うんっ、誰にも言わないよっ」
「じゃね、優太」
「ゆ……ああ、じゃあね静川さん」
「真希でいいよ!」
そう言って手を振った真希は、また早足で廊下を去っていく。
彼女の後ろ姿をぼーっと眺めながら、優太は今起こったことに思考が追いつかなかった。
(え、一緒にアイス? いやそれより今、優太って……真希でいいよって、え……!?)
去っていく真希の甘い残り香に、優太は「うっ」と股間を押さえる。
彼女がエロ配信者かどうかなんて疑惑は、優太の脳内からすっぽりと消え去っていた。
***
帰り道、真希は無表情だった。
正門を出て駅方向へ歩き、十分もすれば叔父の待つ高層マンションについてしまう。この短い帰り道は、いつだって憂鬱だ。
艶やかな黒髪と膝丈のスカートが風に揺れる。重い足取りで歩くその姿は、まるで精巧に作られた人形のようだ。
彼女の美しさに道行く人が振り返るのだが、当の本人はまったく気が付いていない。
(さっきは、びっくりしたな。まっちゃって…………配信のことバレたのかと思った)
それがアイスの味のことだと分かって安堵し、おまけに男の子みたいと言われて嬉しくなり、つい叔父の言いつけを破って男子と必要以上に親しくしてしまった。
もし叔父にバレたら、きっと三日はお仕置き漬けだろう。
(……帰りたく、ないな。もう配信もしたくない。叔父さんにも、会いたくない……)
そんなことを思いながらも、真希はまっすぐに高層マンションを目指して歩く。
エレベーターに乗り込んで、ぐんぐんと上昇していく。あっという間に最上層に到着し、自宅のあるフロアへと降り立った。
そこからさらにすこし歩いて、ようやく叔父──黒瀬の部屋に辿り着く。
「ただいま……」
玄関のドアを開けると、そこには見慣れた大きな革靴があった。黒瀬を待たせてしまったことに全身が総毛立つ。
真希は呼吸を浅くしながら、廊下を進んでリビングへと向かった。
「遅かったな、真希」
「……はい」
ソファに腰掛けたままこちらを振り返った黒瀬は、射抜くような鋭い目をこちらに向けてきた。これは不機嫌なときの視線だ。
「学校終わったらとっとと帰って来いと言っただろう、不良娘が」
「ごめんなさい」
こういうときは言い訳をすると余計に怒らせてしまう。ただ、黒瀬を刺激しないように黙って従う。それがこの一年、真希が身にしみて学んだ処世術だった。
「とりあえず制服を脱げ」
「え、ここでですか?」
「当たり前だろ、ボディーチェックだ。不良娘がどっかの男にツバつけられてないか、ちゃんと確認しないとな」
「そんなわけっ――」
反論しようとして、真希は唇を噛みしめた。
黒瀬の自分を見つめる目。あれは嗜虐心のままに自分を襲うときの目だ。ボディーチェックなどは方便で、これは言いつけを守らなかった自分へのお仕置きなのだ。
「……わかりました」
真希はスカートのファスナーを下ろし、とさりとスカートを脱ぎ落とす。下から脱ぐのは、それが黒瀬の趣味だからだ。
黒瀬の視線が下半身を舐めるように移動するのを感じながら、真希はブラウスのボタンを上から外していく。左右に開き、同じように床に脱ぎ落とす。
「くくっ、力ずくで破くのも一枚ずつ剥いでいくのもいいが、ストリップも悪くないな」
ほくそ笑む黒瀬の前で、真希は純白のブラジャーとショーツをさらしていた。艶めく美肌は、下着と同じくらいに白い。
相変わらずの美しい肢体に、黒瀬はついため息を漏らす。
「おい、下着もだ。脱げ」
「……はい」
真希は手を背中に回した。ブラのホックを外し、ブラ紐を肩からずらす。
見惚れるほどに美しい乳房があらわになった。綺麗なお椀型で、大きさ自体は控えめだがアンダーとの差でCカップはある。その揉み心地の良さは、黒瀬だけが知っている。
淡い乳輪に縁取られたピンク色の乳首は可愛らしく、これからの情事を分かっているようにピンと尖り立っていた。
「パンツも下ろせ」
無慈悲な命令に、真希は一瞬だけ躊躇した後、ゆっくりとショーツをずり下ろしていく。くるまりながら膝下で引っかかったそれから、右足を抜き、後は勝手に床に落ちていく。
「こっちに来い。手で隠すなよ」
胸元と秘所を隠そうとしていた細腕が、ピタッと止まる。
真希は黒瀬のほうを見たくなくて、目を逸らしながら一歩二歩と近づいた。
「ああ、どこにもイタズラされた形跡はないな。相変わらず、完璧なカラダだ」
「イタズラ、なんてっ……」
「されるに決まってんだろ。すれ違う男も、クラスのガキどもだって、みんなお前を抱きたくてたまんねーんだ。俺みたいにな」
違う――と反論しようとして、真希は口をつぐむ。
言ったところで火に油を注ぐだけだ。でも、今日の真希は沸々とした怒りが収まらなかった。
自分を女としてではなく、ただ純粋に友だちとして仲良くなろうとしてくれる優太のような男の子もいる。さっきそれを実感したからこそ、真希は黒瀬を睨まずにはいられなかった。
「ははっ、それで睨んでるつもりか? 真っ赤になって目を潤ませて、そんな顔しても男を欲情させるだけだぞ」
あざ笑う黒瀬に、真希は下唇を噛む。きっとこういう反応も、黒瀬は楽しんでいるのだろう。それが分かるから余計に悔しい。
「しかしお前の裸は本当にいいな。この形のいい胸も、赤ん坊みてーに綺麗なマンコも、小生意気なケツも、俺だけのもんだ」
そう言うと、黒瀬は真希の腰をつかんで引き寄せた。
「やっ……」
張りのある尻肉をぎゅうっと揉み込み、柔らかい乳房をれろんと一舐めする。ザラツイた舌の感触に鳥肌が立つ。
「あっ、んくっ……」
心とは裏腹に、真希の体はそれだけで快感に震えてしまう。繰り返されてきた情事の中で、体の奥底が勝手に反応するようになっていた。
「やっぱお前は最高の女だ。ほら、シャワー浴びてこい。ああ……シャンプーはしっかり洗い流せよ」
言われなくてもじっくり時間を掛けるつもりだ。その分、黒瀬に抱かれる時間が少しでも減るのだから。
「今日はお前のカラダ、隅々までたっぷり虐めてやるからな」
黒瀬は真希の尻をパチンと叩くと、かたわらにあったバスタオルを彼女に押し付けた。