※この作品はR-18です。

囚われのヴァルキュリア ~蒼き炎は隷属の夢を見るか~   作:カイト__

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蒼き炎、地に堕ちる時

征暦1935年。ヨーロッパ大陸は、二つの大国の狭間で揺れていた。東の専制君主国家「東ヨーロッパ帝国連合」(通称:帝国)と、西の共和国連邦国家「大西洋連邦機構」(通称:連邦)。両陣営は、大陸の覇権と、そして大地に眠る貴重な鉱物資源「ラグナイト」を巡り、第二次ヨーロッパ大戦(E.W.II)と呼ばれる泥沼の戦いを繰り広げていた。

 

その戦火は、両陣営の間に位置し、武装中立を掲げる小国・ガリア公国にも容赦なく襲いかかった。豊富なラグナイト資源を狙う帝国軍の、圧倒的な物量と近代兵器による突然の侵攻。ガリアの国土は瞬く間に蹂躙され、多くの人々が戦火に追われ、あるいは命を落とした。絶望的な状況の中、しかしガリアの人々は諦めなかった。徴兵された若者たちを中心とする「義勇軍」が組織され、祖国解放のための、必死の抵抗を開始したのだ。

 

その日もまた、ガリア東部の、かつては豊かな麦畑が広がっていたであろう平原で、帝国軍とガリア義勇軍第七小隊との間で、激しい戦闘が繰り広げられていた。土埃と硝煙が立ち込め、銃声と爆発音、そして兵士たちの怒号と悲鳴が絶え間なく響き渡る。帝国軍の最新鋭戦車と、機械化された歩兵部隊の猛攻に対し、数も装備も劣る義勇軍は、巧みな連携と、地の利を活かしたゲリラ戦術、そして何よりも、祖国を守るという強い意志を武器に、懸命に戦線を維持していた。

 

第七小隊を率いるのは、若き指揮官、ウェルキン・ギュンター(あるいは、この物語における別の主人公かもしれない。ここでは仮に「指揮官」とする)。生物学を専攻していたという異色の経歴を持つ彼は、しかし、父譲りの戦術眼と、仲間たちの個性を最大限に活かす柔軟な指揮によって、数々の困難な戦局を乗り越えてきた。彼の傍らには、勝気な斥候兵アリシア、寡黙な対戦車兵ラルゴ、口は悪いが腕は確かな突撃兵ロージーなど、個性豊かだが信頼できる仲間たちがいた。彼らの駆る旧式ながらも改良を重ねた戦車「エーデルワイス号」は、今日もまた、泥濘の中を力強く進み、帝国軍の戦車と砲火を交えていた。

 

「こちらエーデルワイス! 敵戦車二両撃破! だが、敵の増援が後方から接近中! 数が多いぞ!」

無線から、操縦士イサラ(あるいは別の操縦士)の、緊迫した声が響く。

「くそっ、キリがないな!」ラルゴが悪態をつく。「隊長、どうする!?」

指揮官は、双眼鏡で戦況を確認しながら、冷静に指示を出す。

「落ち着け、ラルゴ。敵の狙いは、我々をここで足止めし、本隊を迂回させることだろう。ロージー、スモーク弾で敵の視界を眩惑し、一時的に後退する。イサラ、後退ポイントへ!」

「了解!」

「ちっ、逃げるのかよ!」ロージーが不満げに言うが、それでも命令には従う。

 

しかし、彼らが後退を開始しようとした、まさにその瞬間だった。戦場の空気が、一変した。それまでの喧騒が、まるで嘘のように静まり返り、代わりに、どこか神聖で、しかし同時に、圧倒的な恐怖を伴うような、奇妙なプレッシャーが、戦場全体を覆い尽くし始めたのだ。そして、地平線の向こうから、ゆっくりと、しかし確かな足取りで、一人の女性が姿を現した。

 

銀色の長い髪を風になびかせ、白と金を基調とした、気品と威厳に満ちた帝国軍の将軍服に身を包み、その手には、巨大な盾と、そして…青白い光を放つ、長大な槍を携えている。その赤い瞳は、まるで宝石のように美しく、しかし同時に、人間離れした、冷たい光を宿していた。

セルベリア・ブレス。帝国軍の中でも、マクシミリアン皇子の最も信頼厚き側近であり、そして何よりも…古代ヴァルキュリア人の末裔として、人知を超えた「力」を持つとされる、恐るべき存在。「蒼き炎の魔女」の異名を持つ、帝国最強の切り札。

 

「…間違いない…! セルベリア・ブレスだ!」指揮官が、息を呑んで呟いた。その名を知らぬ者は、ガリア兵の中にはいない。彼女が現れた戦場は、常に一方的な蹂躙と、絶望的な敗北がもたらされるのだ。

「ちっ、最悪のタイミングで、お出ましかよ!」ラルゴが顔を歪める。

「どうする、隊長!? あいつ一人で、戦況がひっくり返されるぞ!」ロージーが焦ったように叫ぶ。

 

指揮官も、額に冷や汗が流れるのを感じていた。これまでの戦闘データから、セルベリア・ブレスの持つ「ヴァルキュリアの力」が、いかに規格外であるかは理解している。通常の兵器では、彼女に傷一つ付けることさえ難しい。そして、彼女がその力を解放すれば、この第七小隊など、一瞬で塵芥と化すだろう。

(…だが、ここで退くわけにはいかない…! この平原を突破されれば、後方の補給線が危ない…! なんとかして、彼女を止めなければ…!)

 

彼は、覚悟を決めた。

「…全隊員に告ぐ! 目標はセルベリア・ブレス! 何としても、彼女の進軍を阻止する! 各自、最大火力で一点集中攻撃! エーデルワイスは、主砲で牽制しつつ、対ヴァルキュリア用特殊榴弾(もし開発されていれば)の使用準備!」

「隊長、本気か!? 無茶だ!」アリシアが叫ぶ。

「無茶でも、やるしかない! 帝国に、これ以上の好き勝手はさせない!」指揮官は、強い意志を目に宿し、言い放った。

 

第七小隊の、決死の覚悟を知ってか知らずか、セルベリアは、ただ静かに、そして真っ直ぐに、彼らに向かって歩を進めてくる。その表情には、何の感情も浮かんでいない。ただ、その赤い瞳だけが、冷たく、そして絶対的な自信に満ちた光を放っていた。彼女にとって、目の前にいるガリアの義勇軍など、取るに足らない、塵芥に過ぎないのかもしれない。

 

「総員、攻撃開始!」

指揮官の号令と共に、第七小隊の全ての火力が、セルベリア・ブレス一人へと集中された。戦車の主砲弾、対戦車槍、突撃兵の機関銃、狙撃兵のライフル弾…ありとあらゆる銃弾と砲弾が、彼女へと殺到する。

しかし――。

キィィィン! カン! ガギン!

セルベリアは、その身に迫る攻撃を、手に持つ巨大な盾で、あるいは、その身に纏う不可視の力場で、いとも容易く弾き返し、あるいは受け流してしまう。通常兵器は、やはり彼女には通用しない。

 

「…愚かなことだ」

セルベリアが、初めて、その静かな、しかし凛とした声で呟いた。そして、彼女は手に持つ槍を、ゆっくりと天へと掲げた。すると、槍の先端から、そして彼女自身の身体から、青白い、神々しくも禍々しい光が放たれ始めた。それは、古代ヴァルキュリア人だけが持つという、星をも砕くと言われる伝説の力。ラグナイトのエネルギーを、直接その身に取り込み、制御する能力。

「我が主、マクシミリアン皇子の御名において…汝らに、滅びの光を」

彼女がそう告げると、掲げられた槍の先端に、青白い光が急速に収束し、眩いばかりの輝きを放つ、巨大なエネルギーの塊が形成されていく。周囲の空気が震え、大地が鳴動する。

 

(まずい…! あれが、ヴァルキュリアの…!)

指揮官は、その圧倒的な力の奔流を前に、戦慄した。あれを発射されれば、エーデルワイス号はおろか、この辺り一帯が消し飛んでしまうだろう。

「イサラ! 特殊榴弾を! 今だ!」

「…はいっ!」

イサラは、震える手で、しかし決死の覚悟で、装填されていた対ヴァルキュリア用特殊榴弾――それは、ラグナイトのエネルギーを不安定化させ、ヴァルキュリアの力を一時的に封じる効果を狙って、急遽開発された試作品だった――を発射した!

 

放たれた榴弾は、一直線に、光の槍を掲げるセルベリアへと向かっていく。セルベリアは、その小さな砲弾に気づいたようだが、意に介さず、むしろ嘲るかのように、槍を振り下ろそうとした。

しかし、その瞬間。

榴弾は、彼女の目前で炸裂し、特殊な音波と、エネルギー干渉波のようなものを放った。それは、物理的な破壊力はほとんどない。だが、ヴァルキュリアの力そのものに作用する、未知の兵器だった。

 

「なっ…!?」

セルベリアの表情が、初めて驚愕に変わった。彼女の身体を覆っていた青白い光が、一瞬、激しく明滅し、そして…まるで霧が晴れるかのように、急速に消え去っていったのだ。同時に、彼女の手から、光の槍と盾も、形を失い、霧散していく。

「力が…! 私の力が…消えた…!? 馬鹿な…!」

彼女は、信じられない思いで、自身の手を見つめた。ヴァルキュリアの力が、完全に消失している。いや、封じられたのだ。あの、奇妙な砲弾によって。

 

「今だ! 総員、制圧しろ!」

指揮官は、この千載一遇の好機を逃さなかった。力を失い、動揺しているセルベリアに対し、ガリア兵たちが一斉に飛びかかっていく。セルベリアは、剣術や体術にも長けているはずだが、突然の力の喪失による混乱と、そして多勢に無勢。彼女は、必死に抵抗しようとしたが、すぐに数人の兵士に取り押さえられ、その場にねじ伏せられてしまった。

「離せ! この下等なガリア兵どもが!」

彼女は、屈辱に顔を歪め、罵声を浴びせる。しかし、その声には、もはや以前のような威厳はなく、ただ焦りと、そしてわずかな恐怖の色が滲んでいた。

 

兵士たちは、彼女の手足に、ラグナイトのエネルギーを中和し、ヴァルキュリアの力の再発動を抑制するという、特殊な素材で作られた枷を、素早く、そして厳重に取り付けた。冷たく、重い金属の感触が、彼女の肌に食い込む。

「そんな…! こんなもので、私の力が抑えられるとでも…!」

彼女は、力を込めようとしたが、呪印と枷の効果か、あるいは精神的なショックのためか、身体に力が入らない。完全に、無力化されてしまったのだ。

 

周囲では、指揮官を失い、そしてヴァルキュリアの力が消えたことに動揺した帝国軍の部隊が、次々と降伏し、あるいは敗走を始めていた。第七小隊は、信じられないような勝利を収めたのだ。帝国最強の切り札を、打ち破ったのだ。兵士たちの間から、歓声が上がる。

 

しかし、指揮官の表情は、晴れなかった。彼は、兵士たちに取り押さえられ、屈辱的な表情で地面に這いつくばる、セルベリア・ブレスの姿を、複雑な思いで見つめていた。美しい銀髪は乱れ、気品ある軍服は泥に汚れ、そしてその赤い瞳には、深い絶望と、そして消えることのない憎悪の炎が燃えている。

(これが…ヴァルキュリア…)

彼は、その人間離れした美しさと、そして同時に、その内に秘めた恐るべき力、そして敗北によって露わになった脆さに、ある種の畏敬と、そして…言いようのない、暗い感情を覚えていた。

 

「…彼女を、本陣へ連行しろ」指揮官は、低い声で命じた。「丁重に扱え。だが、決して油断するな。彼女は、帝国軍の最重要捕虜だ」

「はっ!」

 

セルベリアは、ガリア兵たちによって、引きずるようにして立たされると、敵の本陣へと連行されていった。道中、すれ違うガリア兵たちの、好奇と、憎悪と、そして恐怖が入り混じった視線が、彼女の肌を刺すように突き刺さる。彼女は、顔を上げ、その視線を毅然と受け止めようとしたが、心の奥底では、深い屈辱と、そして今後の自身の運命への、暗い不安に打ち震えていた。

(マクシミリアン様…私は…敗れました……どうか…どうか、ご無事で…!)

彼女の心の中には、ただひたすらに、敬愛する主への想いだけが、か細く、しかし強く、燃え続けていた。

 

やがて、彼女は本陣の、おそらくは指揮官の執務テントであろう場所へと連れてこられた。テントの中には、先程の戦闘を指揮していた、あの若い指揮官が、一人、静かに彼女を待っていた。彼の表情は読み取れない。勝利の昂揚か、それとも捕虜に対する冷徹さか。あるいは、その両方か。

二人の視線が、空中で交錯する。勝利者と、敗北者。支配する者と、支配される者。言葉はない。しかし、その視線の交錯の中に、これから始まるであろう、長く、そしておそらくは屈辱に満ちた、新たな関係性の始まりが、確かに予感されていた。

セルベリア・ブレスの運命は、今、完全に、この若いガリアの指揮官の手に委ねられたのだ。蒼き炎は地に堕ち、そして雷雲にも似た、暗い影が、彼女の未来を覆い尽くそうとしていた。

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