※この作品はR-18です。

散弾銃とスモーキング・トーク   作:スナエ

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宇宙の眼オマージュ。


バニラワーズ

 こんな空想をしてみた。

 

「この前の試合の諏訪、カッコ良かったな」

「おう、そうだろ」

 

 これは、貝瀬直が諏訪洸太郎を好きじゃない世界。妙に緊張することもなく、素直に言葉を紡げる自分。気持ちを誤魔化さずに、相手を惑わさずに済む、そんな世界。

 凪のような感情の中にいられることは、なんと穏やかで平和なことだろう。

 好きじゃないからこそ、言える「好き」には、どんな意味があるのか。

 友情? 親愛?

 そのどちらも、現実の自分が持っていないとは思いたくない。

 ならば恋愛感情としての「好き」を持つ自分と、持たない自分を分かつものがなんなのか、貝瀬にはよく分からなかった。

 恋愛に関する哲学を幾ら学んでも、理解には及ばなかった。

 

◆◆◆

 

 これは、貝瀬直の妄想である。

 事故により、60億ボルトの陽子ビームが一瞬で観測台を焼き尽くす!

 たまたまその場にいた諏訪洸太郎は、消滅した台から床に投げ出された。

 やがて、病院で意識を取り戻した諏訪を貝瀬が迎える。

 

「諏訪! 良かった、気が付いて。本当に心配したんだぞ……」

 

 貝瀬は目に涙を浮かべながら喜んでいる。

 

「な、なにがあった……?」

「ああ、そうか、何が起きたか分からないよな。説明するよ」

 

 事故のあらましを聞く。

 

「良かった。目を覚まさなかったらどうしようかと……」

 

 貝瀬は、とうとう涙を流し始めた。

 諏訪は、自分が泣かせた男を前に、貝瀬直の言動に、どこか違和感を覚えた。靄のようにはっきりとしない、しかし確実に何かがおかしい。

 この、涙を指で拭っている男。そうか。

 今の貝瀬の人物評を述べるとしたら、「分かりやすいヤツ」になってしまう。

 これは夢か何かだと考えた、その時気付いた。窓の外、灰色の空に巨大な眼が浮かんで、諏訪を見据えていることに。声を上げる代わりに息を飲む。嫌な汗が頬を伝う。

 

「貝瀬…………?」

 

 それは貝瀬の眼のように思えた。眼は意味ありげにパチリと一度まばたきをすると、幻だったかのように消えた。

 ここは現実ではない。諏訪は悟った。

 ここは、貝瀬直が見ている世界。空想した世界。望んだ世界。

 何故だか、はっきりと理解出来た。この世界は、貝瀬直が諏訪洸太郎を好きじゃない世界だ。

 おまえ、俺のこと好きじゃないのか? とは訊けないので、少し遠回りな質問をした。

 

「おまえ、好きなヤツとかいるのか?」

「なんだよ急に? 恋愛の話だよな? 特にいないけど」

 

 あっさりとした答えが帰ってきた。ああ、この世界は凪いでいる。

 諏訪が退院した翌日、世界は更におかしくなった。

 

 こんな空想をしてみた。

 第一次近界民侵攻が起こらなかった三門市。

 貝瀬が、中学からひきこもりのままの人生。

 これは、貝瀬直と諏訪洸太郎が出会わない世界。

 中学の頃に一度、同じクラスになったけれど、貝瀬は登校しなかったので、顔を会わせることはなかった。その先も、高校も大学も行かずに、ひきこもったままなので、出会うことはありませんでしたとさ。めでたし、めでたし。

 

 こんな空想をしてみた。

 よくある普通の、しかし理想的な家族の風景。

 仲睦まじい夫婦と、父方の両親。いずれは、子供も産まれるだろう。けれど、その子供は貝瀬ではない。

 これは、貝瀬直がいない世界。

 生まれなければ、その身に不幸が降りかかることもない。めでたし、めでたし。

 世界が段々と現実離れしていく。

 おまえの現実は、そんなに苦しいものなのか。

 恋心を手放したい。

 出会いたくない。

 自分を消したい。

 この貝瀬がいない世界では、確かに彼は苦しむことはないだろう。しかし、どうしても許せない。

 ふたりが言葉を交わすことがないのは、耐えられそうにない。

 自分が貝瀬と出会った現実に帰りたかった。

 貝瀬と共に、帰りたい。諏訪は、心の底からそう望んだ。

 

◆◆◆

 

「おい、貝瀬? 聞いてんのか?」

「聞いてる聞いてる。この前のアレな」

 

 現実に立ち返る。

 大学で、妙な空き時間が出来てしまったふたりは雑談をしていた。

 同時に、貝瀬は頭の片隅で空想をしていたのである。

 どうせなら薄暗い空想ではなく、とびっきりハッピーな妄想でもしたかった。

 それにしても、妄想の中でも諏訪洸太郎はカッコよかったので、貝瀬は溜め息が出そうになる。

 

「オレ、水上くんの騙し掛け声スゲー好きなんだよね」

「そうか……」

 

 溜め息の代わりに、なんとはなしに呟いた言葉に、予想外の返事。

 

「少し嫉妬した」

「なんで、そういうこと言うかなぁ……ずるいでしょ…………」

「普通のことしか言ってねーよ」

 

 頬がカーッと熱くなるのを感じる。

 いや、おまえ、オレが片想いしてること忘れてんの? と貝瀬は文句を言いそうになった。

 

「しっかし、ヒマだな。推理小説でも読むか?」

「答えをハッキリさせるものって好きじゃねぇんだけど」

 

 貝瀬は口を尖らせる。そして、諏訪にやられっぱなしは嫌だなと考えた。

 

「諏訪はカッコイイよな」

「は?!」

「周りをよく見てるし、頼りになる」

「急になんだよ……」

 

 諏訪は少し照れているようだ。

 

「オレ、世辞なんて言ってねぇけど? 普通に思ったこと言ってるだけだぜ?」

 

 貝瀬の普通は、諏訪には甘過ぎた。

 

「いや、少し前の自分を思い出せよ。そんなことペラペラ言わなかったろ」

 

 ペラペラとよく喋る男ではあったが、本音がなかなか見えてこないのが貝瀬直という人間である。であった。

 

「オレ、昔からこんな感じだろ?」

「ざっけんな!」

「近頃のオレは、ノイズミュージックというよりシューゲイザーっぽくなったよな」

「はぁ?」

 

 この世界には、諏訪洸太郎がいて、自分がいる。

 自分の脳みそが溶かされるような、とびっきりハッピーな現実に感謝を。

 

「やっぱり、推理小説読んでみようかな」

「マジか…………」

 

 ほらよ、と今月出たばかりの新作を渡す諏訪。内心、貝瀬からの歩み寄りが嬉しい。

 貝瀬は小説を開くと、結末の辺りへとページをパラパラと進める。

 

「うっそだろ?!」

「うおっ……ビックリした……」

 

 まさか、犯人を把握してから読もうとしているのだろうか?

 

「ビックリしたのはこっちだ! なにしてんだ、おまえ?!」

「オレはね、映画はエンドロール流れてる時に退席しないし、AVの冒頭インタビューは飛ばさない人間なんだよね」

「なんの弁明だよ」

「酌量の余地あるだろ?」

「ねーよ」

 

 貝瀬の言を一刀両断する。

 

「解決パートだけ読まないようにしたいなぁ。オレ、探偵が苦手なんだよな。後から来て事件を引っ掻き回して、推理を披露して、説教して帰る、みたいなイメージがあって」

「どっから来た偏見だ……?」

 

 どうやら、貝瀬は推理小説にかなりの偏見と苦手意識があるらしい。

 

「じゃあ、オレは哲学書を貸そう。お互いに頑張って読もう。そうしよう」

 

 貝瀬は、思い付きで提案する。

 

「ビックリするほど読みづれぇやつを貸してやるからな」

「負けらんねー。貸すやつ変えるわ」

 

 諏訪は、バッグから別の小説を出して貝瀬に渡した。

 一方の貝瀬も、哲学書を取り出して諏訪に手渡す。

 しばし、黙って本を読むふたり。

 

「睡魔が襲ってくる系の呪いの本を貸すなんて、人が悪いよ、洸太郎くん」

「おまえに借りたの、すげー読み易かった…………」

「だろ。対話形式で読み易いと評判だからな。それに比べて、おまえは————」

「なんで俺が悪いみたいになってんだ?!」

 

 対話形式の読み易いものを貸した貝瀬。

 読みづらい奇書を貸した諏訪。

 

「真犯人に体よく使われたんじゃないですかね」

 

 飄々と言う。

 

「いやぁ、諏訪のこと信じてたよ」

「おまえ、ジャンケンで何出すか最初に宣言する奴だろ」

「しないよ」

「つーか、おまえ嘘ついたな?」

「あれは冗談だから」

 

 この、くだらなくも明るくて美しい日々が、ずっと続けばいいのに。貝瀬は、祈るようにそう思った。

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