※この作品はR-18です。

散弾銃とスモーキング・トーク   作:スナエ

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IF。


嘘つき夢堕ち

 言葉は生き物。生まれ、変化し、死んでいく。

 言葉は感情の子供。感情が変われば、口にする言葉も変わる。

 しかし、自分が自分ではないみたいに「ならない」この恋は、悪いものなのかもしれない。

 今日も自分は自分のまま、上手く言葉を絞り出せず、喉が焼けつき、口から煙が出ているかのような気分にさせられる。

 素直になれないのが、この自分なのである。もう十年以上、自分はこの自分だ。

 諏訪洸太郎に告白紛いの台詞を吐いた際に、「好きなら、そう言ってみろ」と、彼はオレに怒った。

 だから、告げようとした。努力はした。

 しかし自分の言葉は煙みたいで、いつだって煙に巻くみたいで、上手くいかない。

 素直でない己が恨めしい。オレは想い人に好意を伝えることすら出来ないのか、と。

 口で無理なら、ペンを取ってみてはどうか? そんな思い付きで手紙をしたためてみた――――――がダメだった。

 

「なんだこの犯行予告は」

 

 今夜おまえの命をもらうとか、宝を頂戴する、みたいな。犯罪ドラマや推理小説で見た覚えがある。もういっそのこと、この路線で試行錯誤をしてみるかと血迷いそうになったが、なんとか踏み止まった。

 いや、踏み止まった…………のか?

 

◆◆◆

 

「そこに見覚えのない本があるだろう? 手に取ってみたまえ」

 

 突然、諏訪隊の作戦室にやって来た男は芝居がかった口調で言った。

 

「なんの台詞だよ?」

「いいから」

 

 素を出した後に咳払いし、「早くしなよ、探偵さん」と、彼は犯人らしく笑う。

 

「おまえ、またろくでもねーことを…………」

 

 呆れた顔で頬を掻く諏訪。

 ここで室内を見回し、はたと気付いた。ひとりも隊員がいないことに。

 そういえば、読書していた視界の隅で、ひとりずつ出て行っていたような。

 諏訪は、しまったと思った。誰も帰って来ないということは、味方がいないということである。

 

「おまえの仲間は預かった」

「犯人は、おまえだ」

「そうだぞ。早くゲームを始めよう。マジで早くして、一時間分しか払ってないから」

「買収されたのか、アイツら…………」

 

 されたというか、されてやったのだろうが、どちらにせよ味方がいないことには変わりない。

 観念し、ひとりで、隠れる気のない犯人と向き合うことにする。

 本棚に鎮座する異物に、ゆっくりと手を伸ばす。赤い表紙の本は「愛の構成要素」というタイトルを冠している。どうも哲学書らしい。犯人の主食だ。

 ページをめくってみると、紙が挟まれていることに気付いた。

 

『好きです』

 

 本に挟まっていた紙には、ワープロ文字でそう記されている。

 諏訪は探偵役として、思考を巡らせ始めた。

 罠か?

 分かってる、分かってる。おまえが、そんな真っ直ぐな奴じゃないってことは。

 諏訪は密かに苦笑する。

 この紙は、いつものように煙に巻くためのものだ。きっと彼の真実の言葉は、どこにも無いのだ。どうせ、こちらをいつもの人の悪い笑みで見ているのだろう。

 そう考え、諏訪が仕掛け人の顔を窺うと、彼は――――――そわそわしている。

 視線を泳がせていたり、頬が常より紅潮していたり、手遊びをしていたり。これ以上ないくらい分かりやすく、落ち着きがない。

 その様子が目に入ったせいで、思わず眉間に皺を寄せてしまった。一度、心臓が跳ねたことに腹が立つ。

 思考を戻そう。思考……いや、考えることがあるか?

 

「え? これだけか!?」

「正解です」

「おまえ、文章でなら素直になれたのか?」

 

 それなら、初めからそうしてほしいところだが。

 

「いや、それ書くのに三時間かかった」

「アホなのか?」

「アホです」

「じゃあ、やっぱり口で言えよ」

「え、あー。うん……」

 

 犯人は照れながら「おまえのこと、全っ然…………好きだよ」と囁いた。

 

「日本語の乱れ」

 

 不意打ちに少し驚きながらも、諏訪は言葉を返す。

 若干照れ隠しが入っている台詞だったが、ギリギリ正直なことを言っていたように思う。

 糸が絡まりながらも織り上げた言葉は、実に単純明快。複雑なようで、彼はそうなのである。本当に素直ではないが、想いは真っ直ぐなのだ。

 台詞通りに相反する感情を抱いていたとしても、最終的には愛のようなものを渡そうとしてくる。

 だから、当てられてしまう。顔が熱くなる。それに、耳障りな音がすると思ったら、自分の鼓動だった。

 腹が立つ。

 

「次は回りくどさも無くしてくれ」

「そういう表情が見られるなら、それもいいな」

 

 彼にストレートに好意を伝えられたら、自分はどれくらい照れるのだろうかと考えたが。いや、この様子では相手の方が照れてしまうのでは? とも思う。

 

「というか、よく解けたなぁ。オレのこと好きなの?」

「うるせー」

 

 諏訪はそっぽを向いている。

 

「おまえまでそんな風になったら、オレらの間の素直さ、ほぼゼロになんぞ」

 

 諏訪は、自身を棚上げする男を睨んだ。

 

◆◆◆

 

 たった独りの、眠れぬ夜夜中。オレは無意味とも思える考えを巡らせる。

 例の手紙をきっかけに、「好かれるために変わりたい」という意識が芽生えたように思う。

 様々なものにラベルを貼っては外へ出す。

 しかし、自分の中にあるコレを、愛と名付けて出すのは嘘なのではないか?

 愛としての純度が低く、とても濁っているから、飲ませたくない。そんな代物。

 自分は変われないから、偽っている?

 この思考は、自分の哲学は逃げるためのものなのに、彼からだけは逃げられない。

 どんどん、逃げられなくなってきている。これは、間違いなく諏訪洸太郎を好きになったせいだった。

 何故、こんな気分にならないといけない? こんな時、なにを考えればいいのだろう?

 哲学以外にすがるものなんて無いはずなのに。こんな無明の世界でどうしろというのか。

 吐き気と闘いながら、一体なにを考えろというんだ。

 可哀想だよ。せめて、眠らせてくれよ。そうすれば、少しの間は逃げられるのに。

 オレは、不眠気味の眼を無意味に擦った。

 自分の身の内に横たわる、冷たい生き物が笑う声が聴こえる。

 

◆◆◆

 

 オレのことを見付けるのは、いつだっておまえだ。だから、今回も見付けた。

 オレのことが分かるのは、いつだっておまえだけだった。でも、死んだオレのことは分からないだろう。

 何故、死んだのか?

 本当に大した理由なんてないんだよ。

 まあ、オレを殺した犯人にはすぐに辿り着くだろう。オレだよ、オレ。

「ばかやろう……」と、掠れた声でおまえが呟く。

 正解だよ、正解。オレは手を叩いた。

 おまえは、死体を見て崩れ落ちる。信じられないって顔をしてる。

 オレは、その様子を少しだけ愉快に思う。

 なんでだろうね? 酷い奴だね。

 おまえが無言で、ツーと涙を流す。口元は何かを言いたげだが、言葉が出て来ないみたいだ。

 自殺した恋人の死体を前にすると、そんな反応をするんだね。

 見られて良かったよ。生きてて良かった。もう死んだけど。

 やっぱり、おまえのこと好きだよ。悲しんでくれて、ありがとう。

 ごめんなさい。本気じゃなかったんです。うっかり死んじゃったんです。そんな感じです。言い訳のしようもない。

 ただ、ほんの少ーし死にたいと思っただけだったんだよ。遺書も何もなくて、ごめんね。

 一言でも残しておけば良かったかな? 何を言えば良かったのだろう?

 やっぱり「ごめんなさい」? それとも「ありがとう」?

 それとも――――ああ、今なら大きな声で言える。

 

『愛してる』

 

 ああ、うん。

 まあ、聴こえないよね。これだけ近くで囁いたって。

 

 浅い眠りから覚醒すると、体は気持ち悪いくらい汗にまみれていた。

 眠れば逃げられる? 寝ても覚めても逃げられやしないじゃないか。

 次に諏訪と会った時に、どんな顔をすればいいのだろう。と大真面目に考えたが、案外平気な面して話せた。

 

「今朝の夢がさぁ、オレが死んで諏訪が悲しんでるとこを、幽霊かなんかのオレが笑って見てるって内容だったよ」

 

 軽薄に。よくもまあ、いつもの調子でペラペラと。

 色々なあなたの表情が見たい。なんて、こんなものが愛なのだろうか?

 わざと彼に負の感情を発露させる気など、今は無いが、自分はそういうことが出来る人間なのかもしれない。そんな人間なのだとしても、そのような行動はしたくないものだ。

 

「オレのこと嫌いになった?」

 

 こんな面倒くさいことを言うつもりはなかったが、気付けば口から漏れてしまっていた。いつも、ろくでもないことばかり言ってしまうのは何故なのか。嗜虐心や自己肯定感の無さの表れ?

 

「…………愛してるよ」

 

 諏訪は、嫌そうな表情で口にした。まるで、オレのことを全て理解した上で言っているみたいに。

 その返しは予想していた、と言えば嘘になるが。

 別に嬉しくない、と言えば大嘘になるが。

「オレも愛してるよ」と言えば嘘でもないと、今は思えた。

 好きでいたいし、好きでいてほしい。そのためなら、自分を変えたっていい。真実、そう思える瞬間だった。

 一度、死んだ甲斐があるというものだ。

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