※この作品はR-18です。

散弾銃とスモーキング・トーク   作:スナエ

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VD過ぎの供述

 父は言った、「料理は哲学」だと。

 母は言った、「料理は音楽」だと。

 それを聞かされた息子は「は?」と思った。思っただけではなく、声に出したかもしれない。昔のことだから覚えていない。

 息子は、ふたりのことが好きだった。尊敬出来る家族だった。

 そのふたりは、今はもういない。

 あの日、「いってきます」と言って、それぞれ家を出た両親は帰って来なかった。

 行方不明になった貝瀬の両親は、料理が共通言語だった。広い台所には、用途が限定的な調理器具が山のようにある。通販番組で外国人が紹介してそうな物が、たくさん。貝瀬には、使い道が分からない物がほとんどだ。料理を趣味としていた父母がいなくなってから、それらを誰も使わない。

 他にも、謎の葉っぱだの、名前も分からないスパイスだの、誰も使いこなせないから全部捨てた。

 貝瀬の祖父母は越して行き、この家にはもう、独りきりだ。

 いずれここを出て行く時がきたら、自分の手で両親の物を処分しなければならない。そのことを考えると、気が滅入る。自分が、ただの作業として、それをやり遂げられるとは到底思えない。

 最近、飲む薬の種類が増えた。

 

「そろそろダメなのかなぁ?」

 

 深い溜め息をつく。

 やめだ、やめだ。考えても仕方ないことだ。

「貝瀬さんは、暗い気持ちになることを考え込んでしまう癖があります。出来るだけ考えないようにしましょう」と、主治医も言っていたのだから。別のことを考えよう。

 そうだ。もうすぐ、2月が終わってしまうのが問題だ。バレンタインデーは、とっくの昔に過ぎていて、大問題だ。

 冷蔵庫には、用意した手作りチョコレートと市販のチョコレートが眠っている。

 諏訪を家に呼んで、本命も本命のチョコを渡したいところだが、さらに問題があった。自宅内の生活動線が最悪なのである。足の踏み場もないくらいに散らかっている。両親も祖父母もいなくなった家は、荒れに荒れていた。

 二階は比較的キレイだが、一階は酷い有り様だ。

 まず、玄関。何故か靴が、5人家族が住んでいるかのような数出ている。居間へ向かう廊下には、ホコリを被った掃除機が置きっぱなしになっている。居間の床には哲学書が積まれ、紙類が散乱している。あと、通信販売を利用した際の、空の段ボール箱がたくさん。居間の隅には、室内干しの洗濯物が、乾いた後もそのままになっており、そこから着る物を取る始末。台所には洗っていない食器の山。テーブルには食べ物の空き容器が並ぶ。

 

「どうしよ……」

 

 どうしようも何も、掃除するしかないが。

 貝瀬はポケットから携帯電話を取り出し、諏訪にメッセージを送る。

『用事あるんだけど午後に家に来れる?』

 すぐに、『行ける』と返事が来た。

 これで、午前中は掃除をするしかなくなったというワケである。

 

 午後2時頃、諏訪が、ひとりだけの貝瀬家へとやって来た。

 家の中は、いつもと変わらない様子だ。

 居間に通され、椅子に座る。

 貝瀬は隣に座り、テーブルの上をスッとふたつの箱を滑らせ、諏訪の前に出す。

 

「貝瀬……?」

「コレはその、バレンタインのチョコ……遅くなったけど……」

 

 貝瀬は諏訪の方を見ないで答えた。

 

「なんで、ふたつ……?」

「片方はオレの手作りのトリュフチョコで、もう片方は市販のアソートのやつ。保険で」

 

 トリュフチョコの味見はしてあるが、心配なので買った保険チョコ。それのせいで、随分と諏訪に不審に思われている。

 そんなに変か? と貝瀬は思った。

 

「どっちか激辛とかじゃねーだろうな?」

「どっちも激辛じゃないって。破滅的好奇心は自分にしか向かないから!」

 

 諏訪は箱を開けて、トリュフチョコを手に取ると、逡巡した後、食べた。

 

「うまい……」

「それは良かった。実は、前にも発作的に諏訪へのチョコレートを作ったことがあるんだよ」

「それで?」

「バレンタイン当日に別の発作が起きて、全部自分で食った」

 

 実は、他にも手編みのマフラーや書いた手紙を燃やしたこともある。

 片想いを燻らせ、何かを作成し、破壊する。そんなサイクルを、幾度となく繰り返してきた。

 

「おまえって奴は……」

 

 呆れられている。まあ、仕方のないことだ。

 

「諏訪」

「ん?」

「改めて言うけど、オレ、おまえのことが好きだ」

「……ありがとうな」

「いや、こっちこそありがとうな?」

 

 好きでいさせてくれて、想い続けさせてくれて、感謝の念に堪えない。

 

「…………おまえを好きになれたらいいのに」

 

 諏訪の言葉が、切なく響く。お互いに切なく想っていることが分かる。

 諏訪は貝瀬を「好き」ではないが、友愛の情は持っているのだ。

 

「ありがとう。諏訪が、そう言ってくれて嬉しいよ」

 

 貝瀬は微笑んだ。

 全く同じ気持ちではなくても、諏訪が抱いている気持ちは親愛で、それは掛け替えのないものだ。

 しかし、それにしても、照れ臭い。

 

「……酒飲みてぇ」

 

 話題を変えるために、声を出す。

 

「我慢しろ」

 

 貝瀬は服薬しているので、酒が飲めない。

 

「飲まないけど、せめて居酒屋に付き合ってくれよ~」

「……しょうがねーな」

 

 ふたりで夜まで暇潰しをした後に、居酒屋へと繰り出す。

 諏訪はビールを、貝瀬は烏龍茶を頼んだ。

 

「そういや、この前、すれ違い様にC級隊員にビビられたんだけどよ。俺、そんなに目付き悪いか?」

「いや、野性味があるだけだよ。カッコイイよ。好きだよ」

 

 近頃の貝瀬は、このようにすぐ諏訪を褒めたり、好意を伝えたりしてくる。そして、諏訪は度々ドキリとするのだが、なんだか悔しいので黙っていることにしている。

 そんな調子で、話や飲食をしながら、しばらく経った頃、貝瀬がぽつりと呟く。

 

「この想いが何かのきっかけで反転したらどうしよう。オレは何をしでかしてしまうのだろう」

「酔ってんのか?」

「哲学になら、毎日酔ってるよ。酒飲めないんだから、それくらい許せよ」

 

 自分は、生きている限り哲学し続けることだろう。それが人生の麻酔だからだ。

 さて、この想いとは、もちろん諏訪への想いのことである。

 諏訪に対する、強くて重い感情が反転した時のことを考える。

 それは、「嫌悪」あるいは「憎悪」になるのだろうか? そんなものを抱えたくはないが、貝瀬は自分に全幅の信頼を寄せているワケではないので、心配になってしまうのだ。

 

「何かやらかしたオレは、後悔すんだろうな。思えば生来、オレはそういう者だった……」

「事件を起こす前から自供とは器用だな、おまえ」

「出会ってすぐは、初めは、そんなつもりなかったんです。ただ私は、彼のことを好きだっただけで……思い返せば、私は幼い頃からーーーー」

「やめろ! 怖えーよ!」

 

 ガタッと、カウンターに足をぶつけてしまう諏訪。

 真に迫る貝瀬の台詞に、冷や汗が出る。

 

「諏訪が、オレを止めてくれよな。おまえにしか頼めないんだ」

 

 貝瀬は真剣な様子で、そう口にした。

 

「お前、俺を脅すのが趣味なのか?」

「ごめんねぇ! オレも出来れば無害なハムスターかなんかになりてぇんだけどね!」

 

 祟るように、恋をしている。だから、自分に気を付けてほしい。

 誠実であろうとすれば、それは脅しのような言葉になってしまう。貝瀬自身、そんな己が嫌だったが、後悔するくらいなら、口を開く方が遥かにマシだと考えた。

 この想いは、狂気にしても良くはない。恋とは、良き狂気であるべきだ。それは百も承知だが。

 ふたりは、お気に入りの銘柄の煙草を吸い、煙を吐く。

 居酒屋からの帰路。夜空には、見事な月が輝いていた。月光が、ふたりの影を照らし出す。

 

「おい、見ろよ。月デケェ」

 

 諏訪が、白い息を吐きながら、月を指差す。

 

「眩しい、消して」

「無茶言うな」

 

 貝瀬は月を睨むように見つめてから、隣を歩く諏訪を見た。

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