※この作品はR-18です。

散弾銃とスモーキング・トーク   作:スナエ

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無声

 資格をください。あなたの人生の端っこでいいから、そこにいさせてください。

 

◆◆◆

 

 トリオン体の、切断した箇所から血が吹き出るところが見えた。

 それなのに、平気な顔をしているボーダーの仲間たちが、気持ち悪い。

 そんな、悪夢を見ていた。いくつもいくつも、悪夢を見ていた。

 

「…………あー」

 

 込み上げて来る吐き気を自覚しながら、どこか他人事のように感じる。貝瀬は、のそのそとベッドから起き上がり、トイレに向かう。

 そして、便器に嘔吐した。

 

「ぅえっ…………げほ…………」

 

 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

 所詮、オレは兵士もどきだよ。戦時下で、役に立ちたくても、お荷物になるだけだよ。

 貝瀬は、自身を呪った。

 嫌だ。もう、これ以上、居場所を失うのは。

 だから、貝瀬直は、ボーダーにしがみついている。

 お願いだから、諏訪洸太郎の隣にいさせてほしい。それが、どんなに歪な形だとしても。

 この、自分が持っているドロドロした感情を全て、“あの女”に押し付けたかった。

 そうすべきだった。

 この訳の分からない「好き」を全部、“あの女”に持たせて、その後に殺せば、自分は平和に生きられたかもしれないのに。

 後悔したところで、意味はない。“あの女”は、もう消えたのだから。

 

◆◆◆

 

「生産性がないわよね、同性愛なんて」

 思い出すのは、彼女の言葉。それが、胸に突き刺さる。

 

◆◆◆

 

「口閉じらんねーの?」

「ナメんな。黙ってんのは大得意だよ」

「そうじゃねーだろ」

 

 大学の喫煙室で、貝瀬と諏訪は、並んでいる。ふたりで、煙草を燻らせながら、話していたところ、諏訪は違和感を覚えた。

 

「なんとなく、おまえが、いつもより喋り過ぎてる気がすんだよな」

「えー? いつも通りじゃん? オレっていつも、めちゃくちゃ喋るじゃん?」

「何かあったのか?」

「えー」

 

 悪夢を見て、吐いたこと? ボーダーに居場所がないのを誤魔化してること? おまえの隣にいるのが苦しいこと?

 

「どうして、気付いちゃうかなぁ。諏訪はさ、いつもそうだよな。オレのこと大好きか?」

「うるせーな。いいから、早く全部話せ。どうせ、またひとりで悩んで、病むんだからよ」

「…………おまえの隣にいるのが、正しくない気がして」

 

 正直なところ、諏訪は、「またか」と思った。いつだって貝瀬は、自分が諏訪に相応しくないなどと考えている。いい加減、その根本から解決しなくてはならない。

「俺は、おまえを、貝瀬直を選んだんだよ。それじゃ、ダメなのかよ?」

「いや、嬉しいよ。嬉しいけど、辛いんだよ。オレって何も持ってないから」

 

 空っぽなんだ。空虚なんだ。虚ろなんだ。哲学を詰めて、誤魔化してるだけ。

 自分の恋は“祟り”なんだ。厄災なんだ。一欠片も愛せてないんだ。うわべを取り繕ってるだけ。

 

「オレは、諏訪に救われてるけど、オレって何も返せないから…………」

「はァ~」

 

 諏訪は、わざとらしく溜め息を吐いた。

 

「愛してるから、心配すんな」

 

 くしゃ、と貝瀬の頭を撫でる。

 

「……ありがとう」

 

 それが、今の貝瀬の精一杯の言葉だった。

 

◆◆◆

 

「女学校でね、そういうのあったのよ。一時の気の迷いっていうの? 女の子同士で付き合ってるの、結構あったの。でも、卒業したら、おしまいなんだけどね」

 両親も、祖父母も、先祖代々、みんな多数派なワケで。みんな、男女で連れ添ってきたワケで。

 

◆◆◆

 

『喉が痛い』

 

 諏訪に、貝瀬から、メッセージが届く。

 熱はないが、喉が痛くて喋ることが出来ないらしい。

 作戦室で麻雀をした帰りに、貝瀬の家に見舞いに来た諏訪は、しん、とした空気に耐えかねて、口を開く。

 

「おまえが静かだと、妙な感じだな」

『おれもそうおもう』

 

 携帯電話の文章読み上げ機能を使い、貝瀬は答えた。

 

「別に喉を痛めてなくても、なにも喋らなくていいんだぜ? おまえ、昔は、そうだっただろ?」

『人間って、分かりやすい人間が好きじゃん。だから、喋らないと恐がられる』

 

 貝瀬なりの処世術なのである。

 

『家の中では、オレは全然喋らなくて良かったのに』

 

 お喋りな両親の会話を聞いているのが、好きだった。“外”のことなんて、どうでもよかった。5人家族が住む、この家だけが、貝瀬直の世界の全て。それは、“あの日”に崩れ去ったのだけれど。

 貝瀬家の者は、みんな、年中アイスクリームと餅を食べる。だから、常に、それらが常備されていた。今はもう、ひとりだから、買ったり買わなかったりだが。

 両親の生死について考えると、暗い気持ちになる。

 

『オレって、答えを出すの苦手だから、本当は』

 

 文章を打っていた指先が、止まる。諏訪を見ると、目が合った。貝瀬の言葉を待っている。

 

『なんにも、喋りたくないんだ』

「知ってた」

『えー』

「無理に話すな」

『がんばります』

 

 頑張るなよ、と思ったが、黙る諏訪。

 

「頑張り過ぎるなよ、直」

『はい』

 

 えっ? と思った。幻聴かと思った。

 

『え』

「直」

 

 諏訪が、自分の名前を呼んでいる。

 

『あの、喉治ったら、オレも名前で呼んでいい?』

「ああ」

 

 律儀に質問してくる貝瀬直を、諏訪は愛しく想った。

 

◆◆◆

 

 ねぇ、叔母さん。オレは、叔母さんの考え、間違ってると思うよ。

 当時小学生だった自分が、言い返せなかった言葉。

 言い返せなかったせいで、叔母の言葉が呪いになっている。

 だから、おまえの隣に平然と立てる“あの女”が羨ましかったよ。

 

◆◆◆

 

「貝瀬さん、喉治ったんだ?」

「ああ、治った」

「みんな、あの貝瀬さんが、全く喋らない! 別人みたい! って騒いでましたよ」

 

 太刀川が言う。結局、四日ほど黙り、喉は快復した。

 

「そうか。まあ、そうなるよな」

 

 あれ? と、太刀川は思う。

 

「貝瀬さん、なんかクールですね?」

「そうかな? まあ、ちょっと色々あって」

「へー。諏訪さんに何か言われた?」

「うるせー」

 

 いつもの貝瀬なら、「うるせー! 当たりだよ、バカ! もうレポート手伝ってやんねぇ!」とか、言いそうなものだが。

 

「なんか、モテそうな予感!」

「はぁ?」

「ギャップですよ、ギャップ。いやー楽しみだなー」

 

 太刀川は、謎の台詞を残して、ランク戦へと向かった。

 

 夜。珍しく、酒を飲めない貝瀬が、21歳組飲み会に参加する。しれっと諏訪の隣を確保した。

 ひとりだけ素面のまま、飲み会は進行する。

 

「木崎くんさぁ、ゆりさんにもっとさぁ、こう、ね?」

「そうだ、そうだ」

「そうだー」

「やれー」

 

 貝瀬を始め、何ひとつ言ってることは分からないが、言いたいことが解ってしまう木崎レイジ。

 とはいえ、このメンツは、皆、林藤ゆりに頭が上がらないのだが。

 

「他人の恋路より、自分のことを心配した方がいいぞ、貝瀬」

「オレ?!」

「おまえ、最近、C級隊員にモテてるぞ」

「嘘だ!」

「嘘じゃない」

 

 諏訪が、グラスを持つ手をぴくりとさせ、耳を傾けていることに、貝瀬は気付かない。

 

「お喋りマシンガン先輩と呼ばれていたのに?」

「お喋りマシンガン先輩!?」

 

 寺島雷蔵が入れた横槍に驚く貝瀬。寝耳に水である。後輩に、そんな渾名を付けられていたとは。

 

「というか、その話、諏訪も関係あるよね?」

「そうだな」

 

 ふたりは、貝瀬と諏訪を見やった。貝瀬は、驚いて間抜け面をしており、諏訪は、だいぶ酔って顔を赤くしながら、横目で貝瀬を見ている。

 

「な、なんで?」

 

 貝瀬が小さく声を出した。

 

「なんでも何も、おまえたち、付き合ってるだろう?」

「そうだ、そうだ」

 

 風間蒼也は、完全に酔っ払っているので、さっきから、「そうだ、そうだ」しか言わない。

 

「今更なんだってんだよ。直は、俺のだ」

 

 諏訪は、ビールを煽りながら、貝瀬の肩を抱いた。

 

「前から貝瀬の魅力分かってましたアピール」

「寺島くん、やめてくれない?!」

 

 貝瀬は、一滴も酒を入れてないのに、顔を真っ赤に染めている。

 ぎゃーぎゃー言い合っているうちに、夜は更け、解散することになった。

 

「諏訪~? 大丈夫か?」

「大丈夫……好きだ……」

「酔ってますね…………」

 

 肩を貸して、ふたりで夜道を歩く。

 今夜は、とても月が綺麗だ。

 

「……洸太郎、好きだよ」

「知ってる」

「なんでも知ってんな、おまえ」

「なんでも知りたい、おまえのこと……」

「いつでも話すよ」

「……約束しろ」

「うん」

 

 月夜のキスは、誓いを込めて交わされた。

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