※この作品はR-18です。

散弾銃とスモーキング・トーク   作:スナエ

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※自殺未遂


二度目の告白

 おまえは、単純なバカだから、すぐに世界の薄皮を剥いでしまう。

 直の見ている世界は、きっと残酷だ。大切な両親が欠けた世界で、おまえは日々を過ごしている。

 おまえの考えるボーダーは、少年兵の集まりで。大人である自分が、年少者に出来ることの少なさに絶望している。それが、おまえの優しさだとは、気付かないまま。

 おまえは、複雑なバカだから、すぐに自分を隠そうとしてしまう。

 自分という人間を、きっと歪だと思っている。俺の隣にいる自分が、ゆるせない。

 おまえの考える自分は、化物じみていて。自分の恋を“祟り”だと言う。それが、俺には我慢ならないということを、おまえは知らない。

 諏訪洸太郎は、祈るように思う。あの、愛しい男を、少しでも幸せに出来るように、と。

 そのためなら、きっと何だってしてやるから。だから、傍にいてほしい。

 そのささやかな望みが、粉砕されることになるのを、諏訪は、まだ知らない。

 

◆◆◆

 

「そうですか。とうとうダメですか」

 

 医者に、ボーダーをやめろと告げられた。

 つまりは、ドクターストップ。

 

「あーあ」

 

 医師による診断は、ボーダー上層部に伝えられ、貝瀬直の居場所は、再びなくなるのだろう。

 何もかもを手に入れたかったな。それが無理なら、何もかもを捨ててしまおうかな。

 その夜、貝瀬直は、酷い鬱症状に襲われた。そして、薬を飲んだ。けれど、全く楽にはなれなくて。ひとつ、ふたつと薬を飲み続けた。適切な量は、とっくに超えている。

 オーバードーズをするのは、いつ以来だろう?

 貝瀬は、頭の中が、ふわふわしてきた。

 

「あはは…………」

 

 思わず、笑いが漏れる。根拠のない全能感に包まれた男は、檻を出て。最寄りのコンビニへ行き、酒を買い込んだ。それを浴びるように飲み、次に彼が意識を取り戻した時は、病院のベッドの上だった。

 

 時は、少し遡る。昼頃、貝瀬の家を訪れた諏訪は、鍵のかかっていないドアを開けた時点で、嫌な予感がした。

 

「直……!」

 

 叫ぶように名前を呼び、リビングへと駆ける。そこには、たくさんの錠剤の包装シートと、酒の空き缶や空き瓶と一緒に、貝瀬直が転がっていた。死体のように、転がっていた。

 

「おい! 直!」

 

 恋人を抱き起こすと、弱々しい呼吸音が聴こえる。

 諏訪は、すぐに救急車を呼び、運ばれる貝瀬の手を握り続けた。

 こんなことになるのなら、片時も目を離さなければよかったと、後悔する。

 

「どうしてだよ…………」

 

 どうして。どうして、この男が、こんな目に遭うのか。どうして、彼の精神がこんなにボロボロにされなければならないのか。どうして、貝瀬直は幸せになれないのか。

 答えの出ない疑問は尽きない。

 愛してるから、どこにも行かないでほしい。そんな願いを抱きながら、諏訪は恋人に寄り添い続けた。

 

◆◆◆

 

 貝瀬の手の甲に刺された針は、管に繋がっている。その手を、諏訪は握っている。

 ぱち、と。貝瀬の目が開かれた。

 

「洸太郎…………?」

「直……おまえ……」

 

 諏訪は、ナースコールボタンを押しながら、「よかった…………」と呟く。

 

「オレ……オレ、どうして…………」

 

 貝瀬からは、昨夜の記憶が抜け落ちている。

 看護師がやって来て、貝瀬に事のあらましを話した。

 

「そうか……オレ…………」

 

 死のうとしたのか。

 自身を、無様に思う。死に損ない。ただ、迷惑をかけただけ。

 諏訪とふたりきりになった病室で、貝瀬は後悔に呑まれた。

 

「悪い。オレ、こんなことになって……」

「おまえは悪くない」

「……オレ、もうボーダーにいられないんだ。医者に言われた」

「そうか……」

 

 諏訪は、ベッドの上の貝瀬を抱き締める。

 

「今まで、よく頑張ったな、直」

「うん…………」

 

 弱々しく自分を抱き締め返す恋人は、静かに泣いていた。

 最長で3ヶ月に及ぶ入院期間は、ボーダーの根回しによって、2日になる。そして、本部へ来るように告げられた。

 そうして、決定されたのは、記憶封印措置。

 

「……そうですか」

 

 貝瀬直の精神安定のために、ボーダーに関することを全て忘れた方がいいだろう、とのこと。

 

「少しだけ、時間をください」

 

 了承されたその足で、諏訪の家へ向かう。

 諏訪の部屋で、貝瀬は意を決して、言葉を紡いだ。

 

「洸太郎、愛してるよ」

「……直、ありがとよ。俺も愛してる」

「ありがとう」

 

 ちゃんと笑顔を作れただろうか? それだけが、少し心配である。

 貝瀬直は、諏訪洸太郎に、初めて嘘をついた。“愛してる”なんて、嘘。だけど、もう今しかない気がするから。

 最後に、おまえに呪いをかけた。

 ありがとう。さよなら。ごめん。

 その後、貝瀬は、スマートフォンからボーダー関係者の連絡先を消し、記憶を封印された。

 

 翌日。ひとり、大学の喫煙室で煙草を吸う貝瀬。

 オレも、意地張ってないで三門を出よう。

 なんて、考えている。

 そこに、諏訪がやって来た。

 

「よう」

「諏訪くん、おはよー」

「直…………」

「ん?」

「なんでもねーよ」

「そう」

 

 あまりにも、貝瀬の調子が良さそうで。諏訪は、何も言えない。ボーダーの記憶は、諏訪との記憶。それも、ほとんど失ってしまった貝瀬。

 貝瀬直が、三門市を出るまで、時間はかからなかった。

 そんなに親しい人もいないので、ひとりでひっそりと引っ越しをする。

 先に越していた祖父母と親戚家族は、貝瀬を歓迎してくれた。

 

「今日から、お世話になります」

「遠慮しないで、のんびり過ごしてね、直くん」

「はい」

 

 叔母は、にこやかに言う。貝瀬も、笑顔を返した。しかし、実を言うと彼女のことは苦手だった。同性愛者を差別しているから。

 だが、まあ、自分は同性愛者ではないし、テキトーに流せるだろう。嫌な気持ちにはなるけれど。

 

◆◆◆

 

 おはようから、おやすみまで、君を見つめていたい。

 どうして、そんなことを思うのだろう?

 君のことなんて、よく知らないはずなのに。

 

“直…………”

 

 自分の名前を呼ぶ、彼の声が頭から離れない。その姿も、真剣な眼差しも。ずっと頭の片隅にある。こんなのは、まるで。

 

「恋でもしてるみたいだ」

 

 ぽつりと呟く。

 三門市を去り、引っ越し先で落ち着いてからの貝瀬直は、毎日毎日、諏訪洸太郎のことを考えている。

 静寂に包まれ、凪いだ世界で、たったひとつの見当たらない色を探しているような。

 とても大切な、美しい一欠片を失ってしまったような。

 掌からこぼれ落ちたそれが、何なのか? 貝瀬には、分からない。それの輪郭さえ、朧気である。

 

「諏訪くん…………」

 

 虚空に向かって、名前を呼ぶ。

 君は今、何をしてる?

 何故、こんなことが気になるのだろう?

 それでも、日々は過ぎていく。世界に置き去りにされないように、貝瀬は生活をする。

 そんなある日。

 

「なんだコレ?」

 

 それは、ボイスレコーダーだった。開け損ねていた段ボール箱の中に入っていた。

 再生ボタンを押す。

 流れてきたのは、会話だった。貝瀬直と、諏訪洸太郎の。貝瀬の脅迫じみた告白と、それを諏訪が許容する様子。

 

「え…………?」

 

 こんな記憶は、自分の中にはない。

 けれど、不思議と実感がある。

 

「……行かなきゃ」

 

 三門市へ行かなくてはならないと、強く思った。

 叔母たちや祖父母に、「三門に行く」とだけ告げて、家を飛び出す。

 長時間、電車に揺られて、三門市に着いた時には、日が暮れていた。

 諏訪くん、どこにいるんだろう?

 自宅? ボーダー?

 

「あーもう!」

 

 自宅の場所なんて知らない。それなら、ボーダー本部へ行くしかないだろう。

 貝瀬は、走った。息が苦しくなっても、心臓が早鐘を打っても。

 

「クソ! こっから警戒区域じゃねぇか!」

 

 地下通路の存在を、貝瀬は忘れている。

 そのまま警戒区域を駆け抜けた。

 

「貝瀬さん?!」

 

 防衛任務にあたっていた太刀川慶が、たまたま走っている貝瀬を見付ける。

 

「えっ……誰……?」

「太刀川です」

「タチカワくん」

 

 どこか、懐かしく感じる人だ。

 

「あー分かった。諏訪さんでしょ?」

「そう! オレ、諏訪くんに会わなきゃならないんだ!」

「案内しますよ」

「マジ!? ありがとう!」

 

 彼について行き、しばらくすると。太刀川と同じく、任務中の諏訪洸太郎がいた。

 

「諏訪さーん! お客さん!」

「ああ?」

「諏訪くん!」

「直……!?」

 

 諏訪は驚き、くわえていた煙草を落とす。

 

「その、コレにちょっと、あの……」

 

 鞄からボイスレコーダーを取り出し、諏訪に見せた。

 

「待て。待て待て。ソイツは、アレか? 言質取ったとかなんとか言ってた時のブツか?」

「言質?」

 

“好きで居続けていいって言質取ったからな!”

“録音でもしてあんのかよ?”

“ははは”

“おい”

 

 いつかのやり取りを思い出す諏訪。

 

「邪魔みたいなんで、退散しまーす」と言い残し、太刀川は去った。

「オレ、諏訪くんのことが好きみたいなんだけど」

「俺は…………」

 

 真っ直ぐに自分を見つめてくる貝瀬から、目を逸らしてしまいたくなる。

 おまえを引き戻していいのか? 今のおまえは、とても健康そうで、病みなんてなさそうで。“捻れ”がない。

 

「諏訪くん、よかったら、オレと付き合ってくれない?」

「付き合ってたんだよ。俺とおまえ」

「へ?」

「でもな、俺には、直を救えなかった」

「そんなワケない!」

「直……」

「そんなワケないよ。オレは、絶対救われてたし、幸せだったよ」

 

 貝瀬の両目から、涙が落ちていく。

 何故だろう? こんなにも君が正しいって、分かっているはずなのに。オレは、いつだって間違えていて、君は正しい人で。

 いつだって? それって、いつ?

 

「オレ……オレが忘れてるだけなんだろ……?! 思い出したい! 諏訪くんの隣にいたい! だから、オレを救えなかったなんて言うなよ…………」

「俺だって、おまえと……離れたくねーよ……」

 

 諏訪は、片手で顔を覆った。

 

「……行くぞ、本部に」

「うん?」

「記憶が戻ったら、おまえはまた、辛い目に遭う。それでもいいのか?」

「諏訪くんのこと、思い出したい」

「俺は、また…………」

 

 おまえを救えず、地獄を味わわせるのか?

 違う。今度こそ、直を助けるんだ。

 諏訪は、決意をする。

 

「ついて来い」

「ああ」

 

 本部へ行き、貝瀬直のことを報告した。

 上の者たちは、頭を悩ませ、記憶を取り戻したいと言うふたりを見る。

 

「一度蓋をしたものを開けたら、絶望するかもしれないぞ」

「ふたりで乗り越えます」

 

 貝瀬は、どこまでも真っ直ぐに答えた。

 その結果、貝瀬の記憶は戻される。

 

「直、大丈夫か?」

「ああ。オレは、やっと自分の役割が分かった気がするよ」

 

 オレの配役は、兵士じゃない。

 戦いに必要なのは、兵士だけではない。

 

「洸太郎、絶対におまえの隣に立つから」

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