小屋のキッチンには、朝日が柔らかく差し込んでいた。
薪ストーブの上にかけられたポットからは、ぐつぐつと優しい湯気。
ヒータはエプロン姿でトーストを焼きながら、
ちらちらと横目でアウスを見ていた。
アウスはというと、ダイニングテーブルの端っこにちょこんと座って、
手のひらで頬を支えながら、ぼーっとしていた。
「……なに、寝てんの? アウス」
「……ううん。寝てない……寝てないけど、なんか……いまだに火照ってて……」
「……そっか。そりゃまぁ……うん。昨夜、あんだけ……だしね……」
ふたりの間に、もわっとした空気が流れる。
「……ご、ごめん、朝からこういう話ってアレだよね!? とりあえず、トースト焦げてる!!」
「えっ!? わ、ほんとだっ……!!」
ヒータがあたふたとフライパンを持ち上げ、真っ黒になったパンをひっくり返す。
「くっそぉ……! あたし料理得意なのに、なんでこんなときに限って……!」
アウスがクスッと笑った。
「……ヒータ、かわいい」
「なっ……!」
突然の一言に、ヒータの手が止まる。
フライパンからは焦げの匂いがふたたび立ち上る。
「ちょ、ちょっと今の聞き逃さないからね!? なんか自然に言ったけど、ねぇ!?」
アウスはトーストの端を手でちぎりながら、ふわっと笑って目を細めた。
「ほんとに思ったから……言っただけ」
「うわ~~……ずるい……昨日よりドキッとしたかも……」
ヒータが真っ赤になりながら、バターを塗ったパンを差し出す。
「ほら、焼けたよ。こげてないやつ。……ほめた分、味わってよね」
アウスはそれを受け取り、一口。
「……おいしい。火の魔力、ちゃんと込められてる。あったかい」
「……そ、そっか。よかった……」
一瞬だけ、ふたりの視線が交わった。
どちらからともなく、目をそらす。
「……なにこの空気。昨日のがまだマシだったかも……」
「……昨日は、魔力に任せてたから」
「今日のほうが恥ずかしいって、どういうことだよぉ~……!」
ヒータは頭を抱える。
でも――頬はゆるみっぱなしだった。
朝の日差しがふたりを照らす。
もう交わる魔力もない、静かな朝。
でもその胸の奥では、ちゃんとまだ、
あたたかい何かが、ほんのり灯っていた。
【縁側のウィンとエリア/ふたりを見守る視点】
縁側には、風がやさしく吹いていた。
庭の草木がそよぎ、木漏れ日がぽつぽつと板張りの床に影を落とす。
ウィンは足をぶらぶら揺らしながら、マグカップを手にしていた。
その横ではエリアが静かにお茶を啜っている。
中では、ヒータの騒がしい声と、アウスのくぐもった笑い声が漏れていた。
「……あれさぁ、絶対まだ緊張してるよねー。ヒータもアウスも」
「当然よ。魔力を深く交差させた翌朝は、自己再調整が必要。精神と体の間にズレが生じる」
「……ん~。でも、なんかあのふたりってさ、ずっと前からこうなるって空気あったよね」
ウィンは空を見上げながら、ぽつりと呟いた。
「アウスって、ちょっと放っておけないとこあるじゃん。寂しがりってわけじゃないけど……たぶん、“ひとりで居ることに慣れすぎてる”感じ」
「ヒータは真逆。騒がしいし、熱しやすいし、強引。だけど……内側は、誰かに受け止めてほしがってる」
エリアがカップを置いて、そっと視線を落とした。
「魔力の相性じゃなく、感情の形がかみ合ってる」
「だよね~。ヒータ、あんなに感情爆発型なのに、アウスの前だとちょっと優しくなるし」
「アウスも、ヒータといると“反応”が多くなる。声のトーン、手の動き、目の動き。変化してる」
ウィンはにこにこと笑いながら、エリアをつつくように言った。
「なにその“観察してました感”満載な言い方~。……もしかして気になってたの?ふたりのこと」
「……気になるわけじゃない。目につくだけ」
「ふーん?」
ウィンがニヤニヤと笑いながら、エリアの耳元で小さく囁いた。
「でもさ。ちょっと、うらやましくなったり……してるでしょ?」
「……」
エリアは一拍おいてから、そっぽを向いてお茶を啜った。
「……馬鹿」
その頬が、ほんのり赤く染まっていたのを――
ウィンはちゃんと見逃さなかった。
「ふふっ。エリアも案外、素直じゃないよねぇ」
「あなたが素直すぎるだけ」
ふたりのやりとりは、風に乗って小屋の中には届かない。
でもその空気は、確かに霊使いの“日常”をあたためていた。
【アウス×ヒータ:訓練場で交差する力と信頼】
森の外れ、霊使いたちの訓練場。
木々の間を抜ける風が、草をなびかせる。
「さーて、いくよアウス! 今日こそ、“合わせ技”の完成目指そっ!」
「うん、準備できてるよ……ヒータ」
ふたりの間に立ち上るのは、火と大地の魔力の波。
対照的な属性――けれど、いまのふたりには“重なる感覚”がある。
「“マグマ・スパイク”、いっせーのーで!」
ヒータが火の刃を生成し、アウスがその下に土の棘を突き上げる。
爆ぜる音と、迸るエネルギー。
――しかし、わずかにタイミングがずれて爆発は不発に終わる。
「う~っ……あとちょっとなんだけどな~!」
「……でも、前より魔力がぶつかってない。質感が合ってきた」
「うん、わたしもそう思う」
息を整えながら見つめ合うふたり。
その距離は、少しだけ近づいていた。
「……アウス。あんたさ、前より“思いっきりぶつかってくる”よね」
「……ヒータが、受け止めてくれるって思えるから……かな」
「うぅ……そーいうとこ、ずるいって言ってんの……」
赤くなりながら、ヒータは背を向ける。
けど、振り返った彼女の瞳は、
また交差する準備をしていた。
「……もう一回! 次こそ決めよう!」
「うん、いこう」
ふたりの魔力が、今度こそ重なり始める――。
【ウィン×エリア:言葉を交わす、その寸前で】
訓練場の少し離れたベンチ。
ウィンは木陰で、スポーツドリンクを片手にぼーっとしていた。
その隣には、無言で座るエリア。
アウスとヒータの訓練の様子を眺めながら、
ふたりは何かを言いかけては、飲み込んでいた。
「……なんか、すごいよね。あのふたり」
「感情と魔力の同期が進んでる。パートナーとしても、術者としても……」
「……うらやましい?」
エリアは一瞬だけウィンのほうを見た。
けれど、すぐに視線を外す。
「別に。ただ、そういうの……理解できないだけ」
「……あたしも、たぶんそう。わかんないけどさ。けど――」
ウィンは、なにか言いかけて、やめた。
そして、エリアに向き直る。
「……ねぇ、もしさ。あたしが“踏み込んだら”、どうする?」
エリアの目が、少しだけ揺れた。
でも彼女は、ゆっくりと、はっきりと――首を横に振った。
「……今は、返せない。まだ、整ってないの」
「そっか」
ウィンは、少し笑って立ち上がる。
「じゃ、もうちょっと待ってる。エリアって、感情整理遅いもんね」
「……分析すんな。鬱陶しい」
「うわー、ツンだぁ……!」
笑いながら、ウィンは軽く手を振って、訓練場へと戻っていく。
エリアはベンチに残り、ウィンの背中を見つめたまま、
ふっと、ほんのわずかに――肩を落とした。