「ああそうだ、ショッピングモールに何が残っているか案内してもらえないかしら?どうせ時間は余るほどあるんでしょう?」
必要な情報共有ではあるが、頼む態度が図々しい奴だ…が、まぁ良いだろう。大人の男の余裕ってやつで許してあげよう。
「わかったわかった、仕方ないからお嬢ちゃんにご教示してあげようじゃないか」
「そのくらい言われなくてもしてくれないかしら」
こっ…こいつ!
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「ここが家電コーナー、んでここからエスカレーターで地下に降りると食品売り場だ」
結局シズカに押し切られる形で、俺は館内の案内をするハメになっていた。
始めに来ることになった家電コーナー。ここはパンデミックの発生場所から近かったこともあり、パニックの影響で少し荒れている。
通路に沿って展示されていた大型家電はドミノのように倒れており、捨てられた手荷物や棚から落ちた商品なんかがゴミのように床に散らばっている。
なかなか酷い有様だ。
「一か月もここで生活してたんでしょ?少しくらい掃除すれば?」
「いやいや、これでも他のフロアは掃除してるし死体を捨てたりはしたんだって」
家電コーナーは普段使いしないから後回しにしているだけで掃除をする気がないわけではない、ないかも…しれない。
だが言い訳しても無駄そうな雰囲気をひしひしと感じたので俺の足は話題から逃げるように少しだけ早くなった。
「ねぇ、あそこにある電子レンジや洗濯機は使えるの?」
そう言って彼女の指さした先にあるのは洗濯機と電子レンジ。俺が使用するために壁際にあるコンセントの近くへ動かしたものだ。
「おう、あれなら使えるぞ。特に電子レンジの方は最新型をかっぱらってきたから俺の家にあったやつより抜群に便利だな」
「あなたの家の事は知らないけど…使えるなら問題ないわ。まぁ、性能も良いに越したことはないわね」
特にここ最近は冷凍食品が食事の大部分を占めるので、電子レンジが使えるのは大きなアドバンテージだ。
ガスボンベや簡易コンロもあるにはあるのだが……店内で使うとスプリンクラーが作動して面倒なことになるだろう。
「洗濯機も使えるっちゃ使えるんだが、まだ動かしてない。3階にあるアパレルショップで新品の服が調達できるからな」
「…なんだか思ったより快適に過ごしているのね」
意外だとばかりに驚くシズカ。
ここ一か月の立てこもり生活は外に出られないというデメリットこそあるものの、今まで普通に暮らしていた日常よりも余裕があるのは事実だ。
娯楽こそは足りていないが、衣食住に関しては金がなくても満足に手に入れることができる。
それを伝えると彼女は「案外前向きなのね」と少し見直したように言った。
「次は食品売り場に行くぞ。エスカレーターがもう動いてねぇから降りるの気をつけろよ」
俺とシズカは家電コーナーを離れ、食品売り場へと歩みを進めた。
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地下一階、商品が奇麗に陳列された食品売り場に降りる。家電コーナーとは違い奇麗に片づけた場所だ。
ただ閑散とした暗い部屋の中に、整然と物資だけ並んでいる姿がどこか薄気味悪くはある。
「ほれみろ、こっちはちゃんと片づけてあるだろ?」
「はいはい…すごい、すごい」
俺の言葉を適当に聞き流しながら、こちらを見ることもなく商品を物色している。
なんだか虚しくなるのであからさまに態度には出さないでもらいたい。
「………ひと月で生鮮食品なんかはあらかた食うか捨てるかしちまったが、冷食や飲み物、保存の効く缶詰なんかはまだ山ほどある」
「ひとまず餓死の心配はしなくて済みそうね」
ここの食品売り場はかなりの面積がある。成人男性がひと月生活しても、まだまだ終わりは見えないほどの多くの商品が残っていた。
「冷蔵のものも冷凍庫に移して長持ちするようにしといたから、遠慮せずに食える時に食ってくれ」
いまのところ頼みの綱である冷凍食品も電気が通らなくなってしまえば腐って終わりだ。
消費者が一人から二人に増えたことで食品の消費スピードは上がるだろうが、食料がもったいないからと我慢したり
先を見越して貯めこんだりするのは得策ではないだろう。
「無計画な飲食は賢明とは言い難いわ」
「そんなこと気にしてる状況かよ」
「あら、ゾンビから逃げるためにも健康管理や運動能力の低下が引き起こすハレーションには考慮すべきよ」
はれーしょん…ってなんだ?と思っていることが顔に出たのかもしれない、彼女はまた呆れ顔をすると、「悪影響って意味よ」と付け加えた。
まるでビジネス英語博士だな。
そんな話をしながらフロアを一通り回ったところで、シズカは「これ、貰うわよ」と言うと解放式の冷蔵庫からミネラルウォーターを取り上げる。
キャップを開けるとすぐに口をつけ、壁にもたれかかりながら水を一気に飲み干すと大きくため息をついた。
サービスエリアからここまで来るための運動と緊張で疲労は溜まっているだろうし、喉も乾いていたのだろう。
「ペットボトルが空になったら水道水を溜めておいてくれ、アレもいつ止まるかわからんしな」
返事とばかりに彼女は手をヒラヒラと振って答えた。
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次にやって来たのは地下にある搬入口に併設された警備員用の休憩室。俺が拠点兼寝室としている場所だ。
休憩室から直通できるモニタールームでは店内をリアルタイムで監視できるし、ここには簡易シャワーもあり生活しやすい。
家具屋から敷布団や毛布などの寝具を持ち込んでおり、寝床の準備も万全となっている。
「ここなら生活インフラも整ってる。俺のお下がりで悪いがこの部屋で寝泊まりしてくれ」
「感謝するわ。でもいいのかしら?」
シズカが俺の表情をチラリと伺う。ここまでの遠慮がない言動とは相反する仕草に少し驚いた。思ったよりも体裁を気にするタイプなのかもしれない。
「ちょっと遠いがそこそこ広い応接室があるから俺はそっちで寝る。私物や寝具の運び込みを手伝ってくれれば助かるよ」
「…別に私がその応接室の方で寝てもいいのよ?」
急に小心になった彼女に対しての落ち着かなさからか、冗談めかして「なんなら一緒に寝るか?」という言葉が口を突いて飛び出してしまった。
世が無事ならばセクハラ扱いで訴えられそうだ。
だが、それを聞いたシズカはわざとらしく不機嫌そうな顔を作ると、肩をすくめながらこちらをジロリと睨んだ。
「はぁ…余計なお世話でしょうけれど、デリカシーという言葉を習わなかったのかしら?」
「はは、冗談だよ冗談」
彼女にこんなお茶目な部分があることに少し面食らったが、すぐに持ち直して軽口で返す。
そんな俺の軽口に対して「冗談でもよして頂戴」と厳しく返しながらも、クスクスと笑っていた。
初めて見た笑顔だ……今までキツい印象に隠れていたが、こうして改めて見るとシズカはかなり可愛い。
その笑顔にしばらく見惚れていた俺の視線に気付いたのか、表情を硬く直すと照れ隠しのようにそっぽを向いてしまった。
「あ~…と、ここに住む以上は店内の監視もやってもらうことになるから、何か不審なことがあったらこれで連絡してくれよ。それとモニタールームの使い方だけど…」
「警備員用のマニュアルがある筈でしょ?それを一通り読んでから、わからない部分があれば聞く方が効率的よ」
このご時世に印刷した紙媒体のマニュアルがあった…はずだ。だが、俺は警備員の先輩から実戦形式で教わったのでマニュアルに目を通したことは一度もない。
しかしパッとマニュアルの話が出てくるなんて流石というか、ビジネス英語を使うようなバリキャリ女は違うな……
「マニュアルはそこにある机の…どっかの引き出しに仕舞ってあったと思うから探してくれ」
シズカは前かがみのような体勢になりながら引き出しを開け放っていく。
事務机の上から三番目の引き出しにマニュアルを見つけた彼女はそれを取り出すと、グッと額に浮かんでいた汗を腕で拭い「シャワーを浴びられないかしら」と呟いた。
「あぁ……悪い、そこが風呂だ」
サービスエリアからここまで逃げるためにずっと自転車を漕いで来たのであれば自ずと汗もかいているだろうし、
それに道中にあった水道で多少の汗ならば流せても、服を脱いで落ち着ける状況はなかっただろう。少しは気にかけてやるべきだったかもしれない。
「……すぐに上がるから」
急かすのも酷だと思った俺は「そんなに急ぎの用はないから、風呂くらいゆっくり入れよ」と言いながら備え付けの店内用インカムを投げ渡した。
「側面にある大きいボタンを押せば俺に繋がるから、風呂から上がったら連絡してくれ。脱衣所にタオルは置いてあるから好きに使ってくれていいぞ」
「…ありがとう。じゃあ、また後で」
リュックサックから着替えを取り出すシズカの姿から目を切ると、俺は休憩室から離れていった。