シズカがここに居を置くようになってから早二か月。特に大きな問題も仲違いもなく順調に立てこもりライフをエンジョイできていたが
…本日十三時過ぎ。ここで送る健全な生活の基盤を破壊する事件が発生した。
食品売り場で俺が遅めの昼食を摂っていると突如バツンッ!という嫌な音を上げながら落ちる店内の照明。
そして停止する冷蔵・冷凍庫の低い稼働音。常に響いていたそれがなくなると、ここは思った以上に静かな場所だった。
「う~ん…ついに来るべき時が来たって感じだな」
電気の供給が止まった以上、ショッピングモールにあるポンプも停止し水道も止まるだろう。生活インフラは全て死んだと考えていい。
この状況がいずれ訪れるということを甘く考えていたわけでもないが、実際にそうなるとやはりショックが大きい。
首から垂らしていたインカムからピピッと音が鳴る。通信を受けるためにスイッチを押すと、シズカが挨拶もせずに一言。
「アレ、やるわ。食品売り場に集合」と言った。
事前に停電発生時の計画を練っていた俺達は、迅速に行動を開始したのだった。
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俺がそのまま食品売り場で待っていると、連絡後すぐにシズカは足早に近づいてきた。
今、俺とシズカの前にあるのは冷凍庫の中に陳列された数十個の大型のクーラーボックス。そこに予め保冷剤を詰め込んで冷やしておいたものだ。
ボックスの蓋を開けると、冷凍庫にまだ残っている冷凍食品を入れていく。
「いま冷凍庫に残っている冷気を合わせてもクーラーボックスの保冷は持って数日。それまでに次の準備をするわ」
保冷が利かなくなり次第、家電コーナーにあった家庭用の小型冷凍庫にシフトチェンジしていく。
電力が尽きた時のために電池式バッテリーや変電気などを集めてはいるが、電池の無駄遣いをするわけにはいかない。
電池をしっかりと集めていた俺にシズカには「こういったニーズが高いものをあらかじめ集める方なのね」と言い、何故か感心されてしまったが
この状況でなにも考えず行動する奴なんていないだろう。
ただ、その言葉に対し何か言いたげにこちらを見ていた彼女の真意までは読めなかった。
街から全ての明かりが消えた初めての夜。シズカはいつものように窓から闇の中を眺めていた。
彼女はここでの生活を始めた翌日から、三階北側廊下にある西から10番目の窓で双眼鏡を利用するという同条件でゾンビ観察を続けている。
それによって蓄積されたデータは、ゾンビの種類や行動、出現数などと言ったこの状況下を生き抜く為に重要な情報を露にしていた。
この調査のおかげで、ゾンビの出現数がこの二か月で徐々に減少傾向をたどっていることや、行動パターンなども知ることができた。
それに人間のゾンビであれば歩くものが8割、走るものが2割。その走るゾンビの中でも高度な運動能力を持った危険なものが数%の割合で存在するということ。
ゾンビの行動パターンから遭遇時にどのタイプか瞬時に判断できれば、生存率は確実に上がるだろうことまで。
しかし…
「おい、街灯が在った頃ならともかく、もう少し早い時間に観察した方がわかりやすいんじゃないのか」
「はぁ、今までこんなに暗くなったことがなかったから、ワザとわかりにくい時間に観察してるのよ。ゾンビの暗闇での行動の違いを観察する必要があるの」
双眼鏡を覗く体勢すら崩すことなく、そんなこともわからないのかとでも言いたげに鼻で笑った。
「私の今の最優先のタスクはゾンビにならないための情報収集と分析よ」
例えば、と言いながらシズカはポケットからライトを取り出し地上を照らした。光に気が付いたゾンビはフラフラと惹かれるように集まってくる。
「ゾンビたちは見たところ夜目があまり利かないみたい。街灯があった状況と比較すると明らかにその場で留まっているゾンビが多い、
それに…たぶん目立つものに集まっているだけなんだろうけど、疑似的な走光性がある」
ライトを消すと、次はガラス瓶を地面に叩きつけた。暗闇の中で蠢く影が一斉にそちらへと吸い寄せられる。
「目が利かない状況では聴覚を優先して行動しているみたいね」
つまり、場合によっては夜間行動の方が安全と言う事なのだろう。
映画の中のゾンビと言えば夜間に動き回って襲撃してくるのが当たり前だが、現実的に考えて元が人間なのであれば突然夜に視力が良くなるはずがないのだ。
「わかった、参考にさせてもらう」
俺がそう答えると、彼女は左手を少しだけ挙げて返事をした。
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翌日、今日は明るいうちからゾンビの観察をしているシズカの姿があった。何の気なくその傍に近寄るも、どこか様子がおかしい。
彼女は俺の足音に気付くとこちらを制すように手を伸ばし「声を出すな」「姿勢を低く」「こっちに来い」とジェスチャーで伝えてきた。
「…どうしたんだ?」
「あそこ、正面の量販店に物資の調達に来た男性3人…いいえ4人グループがいるわ」
彼女が指す先には、昨日までにはなかった一台の白い軽トラックが止まっていた。これも周囲にゾンビが少なくなったことが影響しているのだろうか。
軽トラの運転席には、フロントガラス越しに一人の男が見えた。何かがあった場合にすぐ動けるよう運転手は乗ったまま待機しているのだろう。
車の周囲でそれぞれバールや鉄パイプなどの武器を持った三人の男は、ショッピングモールから道路を一本挟んだ場所にあるホームセンターへと入っていった。
「ホームセンターか、工具かなんかでも取りに来たのか?」
「その可能性は高いでしょうね。でも、彼らがどういった行動に出るか予想できない……ここから監視を続けるわ」
男たちが量販店に侵入してから十数分後。やがてショッピングカートにノコギリやハンマーなどの工具を大量のを乗せた男たちが走りながら出てきた。
その後ろからは逃げ遅れた店員の成れの果てだろうか、店のロゴ入りエプロンを着けた数体のゾンビが追いかけて来るのが見える。
先頭を走っていた男が軽トラの荷台カバーを下ろすと、荷台から腕と足を縄で縛られた一人の男が地に投げ出される。
「なっ…!」
その男に構うことなく荷台にカートごと突っ込んだ3人の男は、縛られた男が襲われている間に軽トラに乗り込み
道路を逆走しながら西側方面へと逃げて行ってしまった。
「ここはもう安全圏じゃない」
地に投げ出された男の助けを求める声はやがて消え、ゾンビの唸り声に変わった。
終わった世界でゾンビが減少したことによる弊害か、次の敵は人間となるのだろうか?
しかし、ここが大都会の中心地に位置するショッピングモールである限り、破られるのは時間の問題だろう。
その日のうちに俺たちは今後に関する会議をすることになったのだった。
「以前同行していた人たちと話していたのだけれど、ゾンビが進行していない…いえ、人が居ない場所へ向かいましょう」
ゾンビが責めづらく人間との遭遇機会を極力減らし、ある程度の生活基盤が整備されている場所としては最適だろう。
…だが、「アテはあるのか?」
俺がそう言うとシズカは右手に持った紙、既に数か所に丸印がつけられている地図をテーブルの上に広げる。
「当時の予定であればここ、群馬県にある農村を目指す予定だったの」
地図上に記された関東圏にある丸印に×印で上書きをしてしまうと、彼女は少し考え込んでから口を開いた。
「でもあれから時間も経過しているし、ここまで東京から近いともう安全とは言い難いわ」
「じゃあこっちはどうだ?福島の山地にある村だ」
今度は俺が福島と山形の県境に記された印に指を置く。
「そこだと確かに人は少ないでしょうけど、山村は長期の生活を送るうえで不利すぎる」
「なら―――
夜遅くまで続いた会議の翌日、早朝からトラックに荷物を積み込んだ俺たちは所持品の最終点検を終える。
「水よし、食料よし、電気よし、ガスよし………うん、改善点はまだあるけど上々だわ」
冷凍庫に詰め込まれた食品類、缶詰や菓子などを含めた保存食、電池や発電機等のバッテリー類、雑貨や緊急時の武器。
会議より数日後、駐車場に残っていた大型トラックの荷台に俺たちは必要な物資を積み込んだ。
「そっちの点検も終わったか?ガソリンはもう注ぎ終わったぞ」
最後に駐車場に捨て置かれていた乗用車から抜きとったガソリンをトラックへと給油していくと、300リットルのタンクはほぼ満タンになった。
これで目標となった東北地方、米どころにある限界集落まで問題なく走行することができる燃料はあるだろう。
ただ、二人とも大型免許なんてものを所持していないので安全運転できるかに関しては不安は残るのだが。
駐車場の内側に敷かれたバリケードを撤去し、シャッターを押し上げた俺が後ろを振り返ると、
助手席に既に座っていたシズカ。その顔は少し物憂げで落ち着かない様子に見える。
「サービスエリアの様子を確かめて、私が危険だと判断したらすぐに引き返す。それでいいわね?」
「おう、まあ無理に突破しようとは思わねぇよ…その時は下道でなんとか目的地まで向かうとするわ」
今から向かう先、東側から国道を通って高速道路に抜けた先にはシズカが逃げだして来たというサービスエリアがある。
そこではある男が独裁を敷いており、近づくだけで身の危険を感じる酷い状態らしい。
そう不安がる彼女をよそに俺は軽快に運転席へと乗り込み、刺さりっぱなしになっていたキーを回す。
エンジンがかかると、トラック特有のガタガタという振動混じりの重低なエンジン音が駐車場の中に木霊する。
「じゃあ、出発だ!」
時刻は既に15時。トラックは徐々にスピードを上げ、俺たちは日の光の下へと飛び出していった。