都内にあるショッピングモールを飛び出してからおおよそ一時間半程。
通常であれば車は一時間で60~80キロほど走れるが、大荷物に加え悪路の影響があり一時間で約5~10kmほどしか進めていない。
事故車やゾンビを避けながら運転を続け、車はやっと高速道路の乗り口までたどり着いた。
「あっ…」
何かを見つけたのか、外を眺めていたシズカが突然小さく声を上げる。
「ん?どうかしたか」
「あそこで横転してるキッチンカー、確か…サービスエリアで見たことがあるわ」
そこにあったのは高速道路の乗り口から少し出た場所で横転しているキッチンカー。
ゾンビを無理矢理轢き潰すような無茶な運転をしたのか、白い車体の前方部はドス黒い血に染まっている。
横転したキッチンカーにトラックをゆっくり寄せると、半分圧し潰された運転席には頭から血を流している太った中年男性の姿が見えた。
「こいつがサービスエリアのトップで間違いないわ…」
「それが本当なら、サービスエリアはもう占拠されてないかもしれんな」
「……………」
少し待っても男が動く気配はない。ゾンビになる前に死ねたのがこの男にとって幸運だったのか、今となってはわからない。
黙りこくってしまったシズカを尻目にトラックのアクセルを踏むと、俺は迷うことなく高速道路へと進入した。
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二時間後。大きい車体をゴトゴトと揺らしながら、日が落ち始めるにはサービスエリアまで辿り着いた。
「ここ…私が逃走した時には、ここに車を並べてバリケードを敷いていたわ」
いつの間か気を取り直した彼女はそう言いながら助手席を飛び降りる、俺はサービスエリアの入り口付近にトラックを停車すると
シズカの背中を追いかけついて行った。
サービスエリアに向かう道中で聞いた話では、どうやらキッチンカーで死んでいた男はここを通行しようとする人間からいろいろと嵩っていたらしい。
自分の為の楽園でも作った気分に浸っていたのかもしれないが、先行きのない甘い見積もりだ。
建物に向かって駐車場を奥へと進みながらぐるりと見渡すと、突っ伏す人の影がちらほらと見える。反応がないということはあれらは多分死んでいるだろう。
この様子だと既にサービスエリアの中に生存者はいないと考えてよさそうだ。
俺がそんなことを考えている一方。何かを探すような素振りでキョロキョロとあたりを見回していたシズカは一つの死体の前で立ち尽くした。
「天道くん…」
フードコートの搬入口近くに倒れていたのは緑色のジャージを着た中肉中背の男。
その顔は硬いものに打ち付けられたように半分潰れており、面影を窺い知ることはできない。
「…知り合いか」
「ほんの一日、車で乗り合わせただけの関係………でも、私は彼を見捨てて逃げてしまった」
いつもより低く、少し震えた声でそう話す。物事を合理的に考え、時には冷徹に斬り捨てるようないつもの強い振る舞いを感じさせないその姿を見て
こんな世界で人を一人救えないことに罪悪感や後悔を抱える普通の人間だったんだと、俺は彼女へのイメージを改めざるを得なかった。
「……ここの安全確認をしてから、一度休憩するか。もしかすると物資が残ってるかも―――
そう声を掛けようとして目を見張る。いつの間にかシズカの背後にはアロハシャツを着た金髪の大男が迫っていた。
「危ねぇ!」
「きゃっ!!」
大男の腕がシズカの首を掴もうと迫ったところで、俺は咄嗟にシズカを突き飛ばす。
目標を失ったそいつは全身を奇怪に振り回しながらも素早い動きで、今度は俺に襲い掛かってくる。
「くたばれやクソがっ!」
策もなく正面から迫ってくる大男。体格でこそ負けているが知能のないゾンビだ。
飛び掛かってくる顔面に、近くに立っていたフードコートと書いてある登りを手に取ると躊躇なくフルスイングをぶちかました。
プラスチック製の旗がバキッと折れる音がする。それと同時に大男の頭はガラス窓を割り、
頭だけ突き刺さった恰好のまま動けなくなってしまったようだ。大男は人でないことを示すように獣のようなうめき声をあげていた。
ただ、大きな音を立ててしまったせいで感づいたのか、フードコートの開きっぱなしになった扉の奥から無数のゾンビたちが這い出してくる。
同様に倒れた乗用車の陰からも何体かのゾンビが起き上がっていた。
「な……っ!こんなにいたの!?」
「あ~、囲まれちまったな。なんか作戦あるか?」
ゾンビたちは俺たち二人を取り囲むようにゆっくりと近づいてくる。これはさすがに多勢に無勢だ。
なんとしてでもトラックで逃げ切らなければ、死ぬ。
「今まで収集してきたゾンビの習性を利用した作戦、確実とは言い難い案だけど賭けてみる?」
考えるべくもないと覚悟を決め首肯した俺の様子を見て、シズカは口を開いた。
「あなたには囮になってもらうわ」
俺とシズカはそれぞれ逆方向へと走り出した。
『駐車場の車を使って大きな音を出して、その音でゾンビを引き付けられるだけ引き付けて』
ゾンビの感覚器官として強いものは目>耳>鼻だ、数十メートル離れるだけで互いの姿が夜闇の中へ消える状況下では音が最もゾンビたちを引き付ける材料となる。
ならばまずはゾンビ共を出来る限り集めるために…
「来いやオラァァァァァァァ!!!!」
大声で叫びながら俺は登りが刺さっていたコンクリ製の台座を持ち上げた。十数キロはあるだろうか、かなり重いがそれを抱えながら駐車場へと走る。
両手で大きく掲げると、投げ飛ばすように台座を車のサイドガラスに叩きつけた。ガラスの砕ける高い音が静かなサービスエリアに響き渡った。
騒音にゾンビたちの注目がこちらに向いたことを確認すると、すかさず割れた窓に手を突っ込み、
クラクションを何度も拳で叩きつけると、それに合わせてホーン音が車からがなり続けた。
『その間に私がトラックまで戻る。それからライトとクラクションでゾンビたちを引き付けるわ』
ドンと鈍い衝突音。ボンネットの上に乗り上げたゾンビがこちらに向けて手を伸ばしながら転がっている。
俺に集まってきたゾンビたちとの距離はもう5mもない、これ以上は危険だ。
『これが逃げるには最適解の筈。タイミングを合わせれば、いける』
俺の服に手が掛かろうとしたその時、ゾンビたちの背中をトラックから放たれたハイビームが強烈に照らす。運転席の奥に映るシズカの腕がグッと上がり…
「光と音で誘因効果は無限大!果たしてちゃんと効くかは……知らんけどぉ!!!!」
彼女に似合わぬ血気の表情で追撃のクラクションを叩き鳴らした。
周囲の意識が完全に俺からトラックへ移っている。フラフラとヘッドライトの方向へ殺到していくゾンビたちはまるで誘蛾灯に集う虫のようだ。
この様を見るに、どうやら誘導に関してはうまくいったようだった。
だが、これで作戦はまだ半分。俺は音をたてないように気を付けながら足早に車の元を離れ、トラックの荷台を大回りするように動いて助手席へと駆けた。
ロックされた運転席に群がるゾンビたち。その一体が掴みかかるようにドアに張り付き、ドアノブをガチャガチャと捻っている。
このままの状態では乗り込むことができない。
二の足を踏む俺に気が付いたシズカはギアをリバースに入れるとペダルを踏み込んだ。
トラックは警戒音と共に「バックします」と音を鳴らしながら、車体を大きく揺らして下がっていく。
振動と動きがドアにしがみ付いていたゾンビを軒並み振り落とす。ここならばいけると判断したのか、シズカは勢いよく助手席のドアを開いた。
「早く乗って!!」
「あぁっ!!」
開け放た扉に向かい全速力で走る。そして地から足を離すと、腹這いになるように助手席に飛び込んだ。
座席をよじ登りながら中に入ろうとする俺の腕を、シズカが自分の膝に俺の顔を埋めるような体勢になるまで引き上げると
助手席のドアも閉めずにエンジンをふかし始めた。
「お、おい!まだドアが閉まってねぇ!こんな体勢で走る気か!?」
一秒が惜しい状況なのは分かるがさすがに無茶苦茶だ!足に風を感じるのがすこぶる怖い。
だが俺の抗議は完全に無視され、タイヤは地に擦れる上げながら急加速する。
駐車場前の縁石にトラックの片輪が乗り上げ、突っ切る。ガタンガタンを大きくバウンドした車体から身体が振り落とされそうだ。
俺はシズカの腰に手を回し、体を固まらせながら必死にしがみ付いた。
「はぁ……っ!ぐっ!!」
地から突き上げる衝撃にシズカは歯を食いしばるような声を上げ、やがてトラックは道路上へと戻ることに成功した。
車の速度が緩まり、座席に腹這いのまま乗っていた俺はやっとの思いで体を起き上がらせ、助手席に座りなおす。
ナビの上部で緑色に光る時計は、サービスエリアに留まっていたのがほんの15分間のことだったと知らせていた。
あまりに長すぎる十数分を生き延び、深く息を吐きながらシートに背中をつけた俺にシズカが消え入りそうな声で話しかける。
「今回のことは顔見知りが死んでいるの初めて見て…リスクヘッジを怠ってしまった私のミスよ。助けてくれて、その、ありがと」
俺が気にしているのはそこじゃないと言ってやりたかったが、感情を抑えるようにぎゅっと強く握りしめられたハンドルを見て俺は口をつぐんだ。
達観した女性としての気風を普段から漂わせているが、まだまだ若く、知人の死という体験が堪えていないはずがない。
だからこそ俺は茶化すように「俺を救助したからチャラだ」と態度を崩して見せた。
するとシズカの唇からふっと小さく息が漏れ、ハンドルを握る力が緩む。
「そっか」
トラックはゆっくりと先の見えない闇の中を掻き分け、進んで行った。