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秋の本戦準決勝。料理を出し終えた瞬間に俺の頭にあったのは──緊張でもなく、恐怖でもなく、圧倒的な眠気だけだった。
別に大した原因がある訳じゃない。理由はただの寝不足だ。理性が働かず、ベルタとシーラを抱きまくってしまったせいで、俺は一睡もせずに学園に戻ることになってしまった。下手に睡眠を取ると寝坊してしまいそうだったので、寝ずに準決勝に挑むことにしたのだ。
こんな舐めた真似が出来るのも、転生時に与えられたチートのお陰だ。いくら眠かろうが、思考能力が低下していようが、関係ない。
包丁を握り、食材を手に取り、料理を作ろうとさえ考えれば、俺の身体は勝手に動く。所謂、目を瞑っていても、というやつだ。本当に目を瞑っていても作れてしまいそうだから怖い。
対決テーマは──『洋食のメイン』。
またも選択肢の多いテーマだが、別に問題はそこじゃない。問題は葉山がどんな品をどの程度のレベルで出してくるかだった。
俺より先に出した皿は『鴨のアピシウス風』、とかなんとか。名前とかどうでもいいけど、香りも味も極上と言っていい。──
「……さて、やれることはやった。……後は運任せか」
黙々と俺の出した料理を食べる五人の審査員たち。
端から、宿泊研修でも教師役として来ていた
この三人より若い世代である
薄桃色の髪をした彼女は第89期卒業生。俺たち第92期生の三つ先輩だ。つまり、去年卒業したばかりの新社会人。若々しいというだけで魅力を感じるが、木久知園果という女が持つ最大の魅力は
正直、デカ過ぎる胸というのは個人的に好みではない。形が崩れれば見た目が悪くなり、奇乳にしかならないからだ。
しかし、木久知園果は違った。綺麗な形を維持したままの美乳であり巨乳。そんな男の欲望を体現したような女だった。少ししか登場していないのにここまでハッキリ記憶に残る原作キャラはこの女だけだった。
だからこそ、俺はこの女を手に入れようと決めていた。ベルタとシーラのように原作開始前から手を出さなかったのは、彼女が遠月学園に在籍していたからだ。流石に学生を相手に外から手を出すことはリスクも大きかった。
ここまで待たされたのだから、逃すことなんてあり得ない。どんなに面倒なやり方であろうと、それに確実性があるのなら躊躇うことはない。
『──さあ! 審査が終了したようです! 勝利するのはどちらの選手なのでしょうか!?』
この勝負。木久知園果を手に入れるためには一つ条件がある。
葉山アキラに勝利すること、ではない。葉山アキラが出した料理と──
引き分け狙い。
それが出来るかどうかで、木久知園果が手に入るかどうかが決まる。
原作では葉山と黒木場は引き分けで二人とも決勝へ上げられた。この異例の判断を下す経緯で大きな原因となったのが木久知園果だ。彼女がどちらの品が優れているかの判断を出来なかったことが引き分けに繋がった。俺の狙いはまさにここ。木久知園果に引き分けの判断をさせることだ。
そのために、美作を使って葉山の料理を調べさせた。
使う材料、調味料、料理器具、そしてスパイス。その全てを俺は把握している。なんなら美作と同じように
普通なら不可能。そう、普通なら。
「……わ、私は! 葉山くんの勝ちだと思います!」
「私は……燦徳正吾の品が優れていると思う」
最初に声を上げた乾日向子とそれに続いた水原冬美の票が分かれる。これで葉山と1:1で並んだ。
「俺は……葉山アキラだ。皿に対する熱量を僅かに上回っていると感じた」
堂島銀が葉山に一票。流石は遠月料理人の最高責任者、舌は確かだ。これで2:1。
残りは二人。角崎タキと木久知園果だけだ。頼むから先に角崎が答えを出してくれ。でないと、最大の原因を木久知園果にすることが出来ない。
改めて考えても運の要素がデカ過ぎる、我ながら無謀とも呼べる挑戦だ。しかし、だからこそ乗り越える意味がある。それだけの価値が、木久知園果にはあるのだから。
「…………私は! 燦徳正吾だ!」
角崎の一言に、俺は強く拳を握り締めた。
ここまでは狙い通り。ここまでは順調。後は、最後の一人。
「…………」
青ざめた顔で俯く園果。決めかねている間に、最後の一人になってしまったことに絶望しているようだ。
最後の一人。勝負を決める立場にさえ居なければ、ここまで悩むことはなかっただろう。勝負を決める責任。言い換えれば、敗者を決める責任を背負う覚悟があの女にはない。
必ず成功する。失敗はしない。
俺は俺の実力を信じている。この女は必ず──
「──…………決められない」
か細く溢れた呟き。それが、それだけが、俺の勝利条件の達成を告げた。
初めて料理勝負をした気がする。そして初めて、料理勝負で喜んだ気がする。柄にもなくプレッシャーを感じていたようだ。流石に徹夜で臨むには厳しい挑戦だった。
「決められないとはどういうことだ!?」
「神聖な勝負に泥を塗るつもりかっ!?」
「審査員として責務を果たしたまえっ!!」
判定から逃げた園果に、来賓の方々からの野次が飛ぶ。当然だろう。歴史ある秋の祭典で勝敗がつかないなど、あり得てはならない話なのだから。このままいけば、園果に責任を取らせろとの声も出るだろう。そして、それを防ぐために堂島銀が割って入ることも。
俺は、原作知識で知っている。
だから、俺はその先をいく。勝敗なんてどうでもいい。俺にとっての敗北は、料理で決まるものじゃない。俺にとっての敗北と呼べるもの。それはたった一つ。狙った女を──逃がした時だけだ。
手を高く挙げ、存在感をアピール。
審査員全員の視線を受けながら、俺は眠気に抗いつつ声を出した。
「──この勝負、自分の負けです」
俺の言葉に、会場が大きく震えた。
自ら負けを認める発言。料理人としての未来を決めかねない勝負を自分から降りたんだ。信じられない行為だと思われても仕方ない。
「待て。まだ全ての判定は出ていない。それでは君が納得出来ないだろう?」
堂島銀が口を挟んでくるが、余計なお世話だ。眠たいからかイラつきやすい。表情に出ないよう気を付けながら、用意しておいた台詞を使う。
「堂島さんも言っていたでしょう? 皿に対する熱量に差があるとね。自分もそれを感じ取りました。葉山の品に、自分の品は劣っています」
「……だが、それでは」
「そもそも、
間接的に〝お前のせいだ〟と園果に告げておき、罪悪感を更に膨らませる。園果のような人間にはこういう一言がとても効果的だ。こうして小さな棘を刺しておくたけで、放っておけば自分から深いところまで押し込んでくれる。夜寝る前なんかに思い出すだろう。あの時答えを出してさえいれば、と。
「誰がなんと言おうと、自分の答えは変わりません。勝者は、葉山の方です」
蚊帳の外となっていた葉山も何か言いたそうな顔はしている。それでも口を出してこないのは自分に有利な状況で話が進んでいるからだろう。それでいい。余計なプライドで話を蒸し返すことはない。わざわざ勝ちを譲ってやると言ってるんだから、大人しく譲られておけばいいんだ。
「……承知した。この勝負!
堂島銀からの
準決勝で葉山を相手に、狙い通りに敗北した翌日。俺は学園を離れ、実家に戻って来ていた。秋の選抜に出る必要がなくなり、決勝戦が終わるまでに三日ほど自由に動ける時間が出来たからだ。
本来なら学園に残って反省会や勝ち上がった奴らの応援でもするんだろう。実際に俺と同じく準決勝で創真に敗北したタクミはそうしている。原作では出来なかったライバル対決が出来てなによりだ。
初の黒星を付けられたというのに、今の俺は機嫌が良い。
それも当然。
わざわざ実家まで謝罪に来た。──木久知園果を。
「こ、この度は……私の、その……本当に、申し訳ありませんでした……」
言葉に詰まりながら、涙目で謝罪する園果。誠意を示すためか、上品なスーツを着用している。キッチリした服装でも超巨乳の存在感は少しも薄れていない。絶望した表情で頭を下げる園果の姿は、正直股間にくる。
「謝ることなんてありませんよ。あの場でも言った通り、木久知さんが判定出来ない皿を出した……俺に責任がありますので」
「そ、それは……」
震える声で口を閉ざし、怯えるように視線を下げる園果。わざと嫌味な言い方をしてみたが、効果は十分。謝りに来た相手にこんなことを言われたら、社会人になりたての十九歳は泣きたくなるだろう。
そして、彼女がここまで追い詰められているのには他にも理由がある。
園果が卒業と同時に親から引き継いでシェフを務める洋食専門店──『春果亭』だ。ここに食材を卸している店のほとんどが燦徳家の傘下グループで埋め尽くされており、跡取りである俺に対しての粗相は最悪の失態。どうせ親に言われたから慌てて謝りに来たんだろう。その事を知ってさえいれば、引き分けじゃなくて俺に票を投じて勝たせていたはずだ。
もちろん今回の事を見据えて、俺が事前にそうなるようにしておいた。情報操作は勝負の基本。葉山との勝負を引き分けに持ち込んだ時点で、俺の勝ちは確定しているのだ。
「わ、私が判定をしなかったせいで……正吾さんが」
「──
「す、すみません……!」
いよいよ泣き出した園果に、追い打ちをかける。心をへし折るタイミングを逃す訳にはいかない。
「僕は別に謝罪を求めている訳じゃないんですよ。謝られたって迷惑だ。……そもそも、今回の謝罪は貴女自身の意思ですか? ご両親から連絡を頂いているんですよ。娘を謝罪に向かわせますってね」
「そ、それは……」
本当に、料理以外は習ってこなかったんだな。お陰でやりやすいが、木久知家の将来は真っ暗だな。顔と身体だけ良くてその他がダメな女ほど、堕としやすい女はいない。
「貴女自身の意思でもないのに謝罪するなんて……失礼だと思いませんか?」
「……おっしゃる、通りです」
「こんな人がシェフを務めている店は余程いい加減なんでしょうね。燦徳家の負債……お荷物だと認識した方がよろしいでしょうか?」
「──ッ! それは! 違いますっ!」
勢いよく顔を上げ、首を横に張った園果。実家の危機を察知したからか、必死な様子で言葉を続けた。
「いい加減なのは私です! 私が、至らないばかりに……! 『春果亭』は立派な店です! だからどうか……」
「やめてくださいよ。僕が悪者みたいじゃないですか」
自分で言ってて笑えてくる。悪者だろ、どう見ても。
「こっちも慈善事業やってる訳じゃないんですよ。使えないなら切り捨てるなんて、当たり前の話だ」
「そんな……それじゃあ、店は……!」
絶望し切った顔を見せてくれるのでもっと虐めたくなってしまうが、話が進まないので我慢。血が集まり始めたイチモツを抑え込みながら、口を開いた。
「早とちりしないでもらいたい。僕は
「つ、つまり……どういうことでしょうか?」
まるで見当がつかないのか、怯えた目のまま上目遣いで見上げてくる園果。こんなにも虐めたくなる女は初めてだ。めちゃくちゃにしてやりたくて仕方ない。男をその気にさせる天性の才能だな。
「僕が『春果亭』を使えないと考える原因は貴女だ。……つまり、貴女がトップから外れればいい」
「……ッ! そ、そんな……」
「自分の舌に覚悟を持たない料理人なんて、燦徳には必要ありません。次期当主として、僕には責任がありますから」
店のために自分を犠牲にしろ。中々に酷な話だが、一応の筋は通したつもりだ。これで何の覚悟も見せずになあなあで済ませようとするなら、店を潰して園果を手に入れる。さて、どう出るか。
「…………私が、私が居なくなれば、許して頂けるんでしょうか……?」
求めていた答えが来た。自身の立場と店を天秤にかけ、店の方を優先した。その程度の覚悟はあったようだ。これで寝覚めの悪い方法を取る必要がなくなった。
「ええ。貴女がトップを退くのが最低条件です。……そうですね。それとこちらが用意した料理人にしばらくの間店を任せてもらいたい。この要求を飲んで頂けるなら、僕も安心してこれまで通りのお付き合いが出来ます」
「…………」
考えているようだが、時間は与えない。
「酷なようですが、今ここで結論を出してください。無駄な時間を使うのは嫌いなんです」
「……! わ、分かりました……!」
「と言うと?」
必ず相手の口から相手の言葉で言わせる。それだけは何があっても、曲げてはならない。この場の会話は録音してある。その辺の抜かりはない。
時間にして一分ほど。園果は涙を流すのをやめ、覚悟を決めた顔で答えを出した。
「……私は、『春果亭』のシェフを辞めます。要求を、全てお受けいたします……」
深く頭を下げる園果を見て、勝ちを確信。ここまで長かったが、その分勝利の喜びも大きい。面倒な相手ほど、攻略した時の達成感は半端じゃない。
「分かりました。ではそのように」
「……はい。よろしくお願い致します」
「そんなに気を落とさないでください。何も、永久的な話ではありません。園果さんには燦徳で修行を積んでもらい、僕が認める料理人になったら、また『春果亭』を任せるつもりです」
「えっ……。ほ、本当ですか!?」
打ちのめされていたところに与えられた希望。これに飛びつかない人間などいない。ましてや相手は料理以外何も分からない素人。これが元十傑第二席とは、89期生のレベルは余程低かったんだな。
「本当です。ウチで実力を付け、立派な料理人になってください。僕も、協力します」
「あ、ありがとう……ございます! ……私、本当に、なんとお詫びしていいか……!」
ついに膝から崩れ落ちた園果。手で顔を覆い、子供のように泣き始める。大切な店の存続と、自身の道が示されたことによる安堵に気が抜けてしまったようだ。今なら、多少のスキンシップや無茶な要求だって押し通せる。
「ハハッ、泣かないでください。……そうだ。今日から三日間、俺も時間があります。どうです? ウチに泊まり込みで修行というのは」
「えっ……。ですが、ご迷惑じゃ……」
「迷惑なんてとんでもない。むしろ、園果さんには早く成長してもらわないといけませんから」
断りにくい状況は整えてある。泊まり込みなんて無茶な話でも、今なら首を縦に振らざるを得ない。
「えっと……はい! 喜んで!」
案の定、園果は俺の提案を了承。三日の泊まり込み修行が確定した。思わず口角が上がる。俺はこの時のために面倒な条件を乗り越えたのだ。歓喜でアドレナリンが吹き出した。
「では、そのように手配します。説明しますので、僕の部屋に来てください。──さあ、こちらです」
「お、お世話になります!」
無邪気な笑顔を見せる園果。絶望していた反動で、思考能力も低下しているようだ。これから三日間もの時間、何をされるのかも知らずに。
俺は手に入れた獲物をどう調理するか考えながら──逃げ場のない部屋へ園果を誘った。