──『
遠月学園が秋の最後に開催する学園祭であり、五日という期間で五十万人以上が訪れるハイパーフードイベントだ。全国各地からツアー客が押し寄せるため、学園内には無料で乗車することが出来るバスが定期的に巡回する徹底ぶりだ。
その規模の大きさ故に宿泊も多く、この
俺たち学生に求められるのは──出店。
申請すれば個人・団体を問わずに模擬店を出すことができ、毎年多くの生徒が参加して五日間での総合売上を競い合っている。ちなみに赤字を出した店の生徒は退学との事だが、余程の無茶をしない限り赤字なんてあり得ないレベルらしい。
定められた出店エリアは全部で三つ。
一つ目が──『目抜き通りエリア』。
来場客たちがまず始めに通ることになる大通りであり、多くの仮設テントが並ぶまさにお祭りの出店と言った光景が広がる場所だ。最も賑わうと同時に他のエリアに比べて料金も安いため、学生からも来場客からも一番人気のエリアとなっている。
二つ目が──『中央エリア』。
仮設テントなどの簡易的な調理場では提供することが出来ない専門性の高い料理が楽しめるエリアだ。特殊な調理設備を必要とする者たちの出店が多く、店の大きさを自由に変えられることから個人の実力がより試されるエリアでもある。
三つ目が──『山の手エリア』。
他二つのエリアと比べると最も高級志向の強いエリアだ。宿泊客たちが多く利用することから、開店時間も夜遅くまでとなっている。十傑のほとんどがこのエリアに出店しており、実力がなければ集客もままならない強者の戦場だ。
どこに店を出すかはとても重要な選択だ。出店するエリアに合わせた料理と店作りが出来なければ客は来ない。
それを踏まえた上で、俺が選択した場所は『山の手エリア』。わざわざ十傑たちが店を出すエリアに決めたのも、当然理由がある。
創真が十傑第八席・久我照紀に挑むために『
久我照紀が店を出すのは『中央エリア』。直接対決したい創真も同じく『中央エリア』なので、このエリアは最初に選択肢から外した。単価の安い『目抜き通りエリア』も大きな売上が見込めないので除外。俺の目的を達成するために最適な場所、それが『山の手エリア』だったのだ。
俺の標的は第九席・叡山枝津也。
遠月の生徒としては珍しく、あまり料理に関心はない。金への執着が強く、コンサルタントとしての顔が幅広く知られている男だ。今回の学園祭では個人店こそ出さないそうだが、代わりに二十店舗以上の模擬店を取り仕切っているらしい。金に関しては右に出る者が居ないインテリヤクザだ。
叡山に食戟を受けさせ、第九席を奪い取る。それが今回の学園祭で俺が達成しなければならない目標だ。
奴が取り仕切っている店の内、五店舗が『山の手エリア』に出店している。店の配置表を確認したので間違いない。だから俺はその五店舗の近く、簡単に言えば
この男なら潰しても特に問題はない。どうせ何人かの十傑はもうすぐ強制的に外されるんだ。叡山のポジションが俺になっても大きな変化はないはずだ。今から十傑になったとしても、
そもそも、俺が十傑になりたい理由の中に原作の流れを変えるってのは入っていないので、そこは別にどうでもいい。むしろ流れが変わらない方がやりやすくて助かるってもんだ。原作知識が生かせなくなるのは少しばかりキツいからな。
「……色々と、忙しくなるな」
模擬店を出すために準備することは多い。
学園祭開催までに残された時間は一週間と短いので、放課後は俺を含む多くの生徒たちが与えられた準備時間で忙しく動き回っていた。規模に差はあれど、客を呼ぶための店を作らなければならないのだ。教室を簡単に飾り付ける平凡な学園祭とは訳が違う。
申し込み用紙は委員会に提出したし、受理もしてもらえた。後は店を作ってメニューを決めて、思う存分荒稼ぎするだけだ。
満足のいく店と料理にするため、ここ数日は借りた空き教室で事務作業に頭を使っていた。
「──正吾くん! 食材発注の確認お願い!」
「分かった。ありがとう、涼子」
分厚いファイルを手渡してきたのは模擬店のメンバーに選んだ涼子。
動き回っているからか、長い髪を後ろで纏めたポニーテール姿だ。普段は見えないうなじに色気を感じる。
「──しょ、正吾! ……調理器具のリスト確認頼む」
「ああ、やっとくよ。ありがとう、美代子」
続いて声をかけてきたのは同じくメンバーに選んだ美代子。
制服ではなく薄生地のシャツを着ているため、魅力的な身体のラインがハッキリと分かる。こちらもまた健康的な色気だ。
「──正吾くんっ! お店の工事なんだけど、業者の人が少し遅れるって連絡があったわよ?」
「了解。俺の方からも連絡しておくよ。ありがとう、アリス」
背中に密着しながらそんな報告をしてきたのは、俺が誘う前に自分からメンバーにしろと迫ってきたアリス。
押し当てられている胸の感触を楽しみながら頭を撫でてやった。細かい作業だとミスをしそうなので、簡単な役割を任せている。
「正吾さん。教えてもらったメニューの試作です。味の確認を……お願いします」
そう言って皿を差し出してきたのは美作。コイツも俺が選んだ模擬店メンバーだ。本当は自分の女だけでチームを組みたかったが、美作は例外として組み込んだ。俺の命令には絶対に逆らわないし、言うまでもなく使える奴だ。
ただしコイツに関しては原作で創真の店を手伝っていたので、途中で応援に向かわせるのが確定している。創真と田所さんには人手が足りなくなったら連絡しろと言っておいたので、久我照紀との勝負は大体原作通りに落ち着いてくれるだろう。
涼子、美代子、アリス、美作。この四人に俺を加えた計五人が要のメンバーだ。後はウエイターとして何人か雇うつもりではあるが、料理はこの五人で担当する。
本当は緋沙子も誘いたかったのだが、えりなの店を手伝うとのことだったので断念。流石にえりなの方を断って俺の方に来いとは言えなかった。そんなこと言ったらえりなも困るだろうし、緋沙子はガチで泣きかねないからな。
「……悪くないが、まだ再現度が低い。後でもう一回お手本を作ってやるから、明後日までに完成させろ。出来るな? 美作」
「は、はいっ! 必ずお役に立ちます! 正吾さん!」
美作には俺が作った料理の味を再現してもらうよう指示を出した。俺一人しか料理を作れない状態で店を回すなんて、絶対に不可能だからだ。俺が作る品を美作にも作れるようになってもらい、頭数を増やす。パーフェクトトレースはこういう時に便利だ。本番まで日数はないが、なんとかモノになるだろう。
涼子には麹を使った品を、美代子には中華の品を、アリスには最先端技術を用いた品をそれぞれ二品ずつ担当してもらう予定だ。俺が満足のいく味になるまで付きっきりで教えるつもりだし、中途半端な品にはさせない。仮にも俺がトップを務める店だしな。家の名前に泥を塗るわけにはいかないのだ。
メインテーマに決めたのは──『肉料理』。
単価が高く、稼ぐのにはうってつけと判断した結果だ。香りの力も強いので、集客効果も見込める。まさに一石二鳥だ。
後は地味に、俺に『得意料理』なんてものがあるとすれば肉料理だと思っている。何故か肉をメインにした料理を作る時だけ調子が良いような気がするんだよな。身体が勝手に作ってるだけだから、気のせいかもしれないけど。
「涼子、初日の食材発注数が間違ってるぞ。トマトが二十二個足りてない。それ以外は合ってるから、修正しといてくれ」
「ごっ、ごめんなさい! ありがとう!」
「美代子、リストの確認終わった。悪いがフライパンを三個、圧力鍋を二個追加しておいてくれ。頼む」
「あ、ああ……。分かった」
「アリス、業者に確認を取った。一時間後に学園に到着するそうだ。時間になったら出迎えて、店の場所まで誘導してやってくれ」
「はーいっ。任せて、正吾くん」
こうやってパソコンを打ち込みながら色々な指示を出していると、遠月入学前のことを思い出す。中一から会社経営を任されるなんて前世じゃ絶対に考えられなかったよな。我ながらよく潰れずにやってこれたもんだ。野望のために頑張ってきた訳だが、覚悟の決まった性欲は人をここまで強くしてくれるらしい。
「よし、取り敢えずこんなもんか……。──全員集合。これからの事について指示を出すから、よく聞いてくれ」
計画書を作り終え、パソコンを閉じる。
月饗祭が開催される五日をどのように動くのか、一日ごとのタイムスケジュールも決めた。事務作業は大体片付いたな。店の方は業者に任せてあるし、やっと料理の方に時間を割ける。……と言っても、俺が担当する料理は既に完成しているので、アリスたちの作る料理の手助けが主な仕事なんだけどな。
「月饗祭まで一週間。今日からは全員、店で出す料理のことだけに集中してくれ。残ってる細かい事務は俺が引き受ける。時間が許す限り、絞り出せるだけのアイデアを盛り込んだ品を作り上げてくれ」
「ほ、本当に私たちが作っても良いの……? 全部正吾くんが考えた方が良いんじゃ……」
「……ふんっ。そうだな。アタシらじゃ力不足だろうしね」
「ちょっと! 私は力不足なんかじゃないんだけどっ!? 一緒にしないでもらえます?」
「俺は正吾さんの品をコピーしてみせる。それだけが、正吾さんのお役に立てる唯一の仕事だ」
アリスと美作は前向きな様子だが、涼子と美代子の二人がそうじゃないみたいだな。アリスは秋の選抜でも本戦に勝ち上がっているし、美作が担当するのは俺の料理の再現だ。
秋の選抜で予選落ちした二人にとって、俺に重要な仕事を任されることが大きなプレッシャーなのは理解出来る。しかし、だからこそ任せる意味がある。俺は意味の無いことはしないし、無能だと思う奴に仕事を任せるほどアホでもない。
自分の女は全て幸せにするのが俺のやり方であり、絶対不変のプライドだ。
涼子と美代子にはこの学園祭で自己肯定感を上げてもらい、俺への依存度も高めていく。幸福度を与えてやれば、信頼度も比例して向上するものだ。最近はあまり構ってやれなかったし、この機会を使って更に沼に沈めていくとしよう。
「大丈夫、自信持てよ。お前らは全員、俺が自分の意思で選んだ料理人だ。俺の期待に応えてくれると信じてる。……もちろん、俺も手を貸すしな。大船に乗った気で臨んでくれ」
「……正吾くん。……ええ、分かったわ。頑張ってみる!」
「……どうせ拒否権なんてないくせに。言われなくたってやってやるさ。アンタの手を借りなくともね」
「それで良い。その意気だ」
チームの雰囲気は悪くない。やるべき事も明確になったし、残り時間は有意義に使えそうだ。このまま順調に全て終われば、万全の状態で月饗祭を迎えられるだろう。そうなれば叡山の店から客を奪って売上を枯らし、喧嘩を売って十傑の席を貰う目的も十分実現可能だ。
まあ、もしこのやり方が上手くいかなくとも、強行策としてプランBを考えてある。実家の権力を使って学園外で叡山がプロデュースしている店を潰すと脅しをかけて食戟を挑むという、品性の欠片もない不可避の一撃だ。方法なんてどうでも良い、欲しいのは結果だけなのだから。
「じゃあ調理室に移動するか。美作、使用許可を貰ってきてくれ。俺たちは部屋の片付けをしてから向かうよ」
「分かりました! 行ってきます!」
デカい身体なのに俊敏な奴だ。忠誠心の高い大型犬って感じだな。自分で懐かせておいてなんだけど、キャラ崩壊が半端ない。
「さて、俺は椅子を片付けるかな。涼子と美代子は軽く床の掃除を頼む」
「うん。分かった」
「はいよ」
見た目通りに丁寧な涼子と、見た目に反して几帳面な美代子。この二人に任せておけば問題ないだろう。
「正吾くーんっ。私は?」
「そうだな。アリスは机の上を綺麗にしてもらえるか? 埃を払う程度で大丈──」
「机の上より……私はここのお掃除がしたいわね」
身体を密着させながら、アリスが俺の股間に優しく手を触れた。ズボンのチャックを下ろし、下着越しにイチモツを撫でる。
「ねぇ……。おちんちん、舐めてもいい? たくさん頑張ったご褒美が欲しいの」
妖艶な笑みと共に、そんなことを言ってきた。エロい顔をしたS級美少女にこんなエロい事を言われてしまえば、抵抗出来る男子高校生なんて居ないと断言しても良い。美作が帰ってくるまで少し時間もあるだろうし……大丈夫か。
「だっ、だめよっ! 薙切さん! こ、こんな場所で! 正吾くんも脱ごうとしないでっ!」
「……好きにさせなよ、榊涼子。その男は性欲の塊みたいな奴なんだ。相手するだけ無駄ってもんさ」
中々辛辣なことを言ってくれるじゃないか。間違っていない分、少し効いたぞ。美代子には生意気な口を叩いた罰を受けてもらわないとな。
「お前も学習しないな、美代子。──今夜は俺の部屋に泊まりだ。泣いて謝るまでイカせまくってやるから覚悟しとけ」
「なっ……! なんでそうなるっ!」
「ずるいっ! 私だって正吾くんに愛して欲しいのにっ! 私もお泊まりしたいわよっ!」
「薙切さんは家が厳しいし無理なんじゃ……」
「なにようっ! 榊ちゃんも泊まる気ねっ! 私を除け者にして自分だけ!」
「ちっ、違うわよ! 私は別に……泊まりたいなんて、思って……ないし」
騒がしいが、元気があってなによりだ。ここに居る三人は全員、俺に手を出されていることを知っている。だからこそ繰り広げられている会話だが、無関係な人間に聞かれたら洒落にならんな。わざわざ人通りの少ない校舎の教室を借りて正解だった。
「アリスはまた休みの日にホテルでな。ちゃんと愛してやるから、安心しろ。涼子も泊まりに来いよ。一緒に美代子を虐めて楽しもうぜ?」
「わ、悪かったから……! う、後ろの方は……許してくれ」
思い通りに事が運ぶ高揚感。このまま全て計画通りに進むはずだと、俺は微塵も疑っていなかった。
しかし、俺は忘れていた。人生は──思い通りにいかないものだということを。
学園祭開催まで二日。
いよいよ大詰めといった具合に、学園中が活気に満ちていた。準備が順調に進んでいる者は笑みを浮かべ、そうでない者は死に物狂いの形相をしている。俺はもちろん前者──のはずだった。
別に何か大きなトラブルが起きた訳じゃない。食材の発注も、調理器具の準備も、模擬店の完成も全て予定通りに終わらせる事が出来た。
店で出すメニューも決定し、試作の方も順調。後は完成度を高めていくだけの段階だ。
俺の店に何も問題はない。そう、俺の店には。
「──貴方が燦徳正吾くんだったわね。会うのは先日の『もみじがり会』以来かしら。随分と分りやすく挑発してくれたじゃない。……舐めてるの? 私のことを」
ほぼ完成した店の前にいきなり現れた一人の少女。
濃い水色の髪をしたおさげ眼鏡っ娘である──十傑第六席・紀ノ国寧々だった。
聞かなくても分かるぐらいに怒りの感情を曝け出し、腕を組みながら俺を睨みつけている。何の前触れもなく来たかと思えばこの態度。ここまで怒らせるようなことをした心当たりがないので、俺は素直に首を傾げていた。
「あ、あの……挑発とか何のことでしょう? 意味が分からないんですが」
「…………そう。あくまでシラを切るつもりね」
いや、シラを切るどころかこっちがメンチ切られてるんですけど?
なんだこの先輩。大人しそうに見えてめっちゃ好戦的だな。やけに喧嘩腰というか、余裕が無いというか。
「その、本当に誤解です。自分は紀ノ国先輩を挑発した覚えがありません」
「誤解? こんな場所に店を出しておいてよく言えたものね」
「
言い方からして、原因は俺が模擬店を出した場所にあるようだ。……ますます分からん。叡山の店に程良く近いってだけで選んだ場所だし、妬まれるほど立地が良いって訳でもないしな。
俺が困惑しているのを見て、紀ノ国は一枚の紙を取り出して突き付けてきた。視線を向けてみると、それが『山の手エリア』に出店する全模擬店の配置表であることが分かった。学園祭に参加する生徒なら誰もが配布されているものであり、別に気になる点も見つけられない。何にキレてるんだ? この先輩。
「……本当に舐められてるのね。いいわ、ハッキリ言ってあげる。──
「──……あ〜っ、なるほど。そういうことか」
何故この女が突撃してきたのかは理解した。理解したが……マジのマジで気付かなかった。眼中にないとかそんなレベルじゃない。正面に誰が店を出しているかなんて一瞬たりとも意識していなかった。
俺の狙いは叡山の店だし、それ以外は有象無象。どうでも良い存在だった。面倒くせぇな、これは流石に想定外だ。
「えーっと、すみませんでした。別に紀ノ国先輩を舐めているわけでも、挑発したいからこの場所に店を出したわけでもないんです。ただ空いていたので──」
「私の店なんて相手にならないから、そう言いたいわけね?」
なんでそうなる。生理か? って言ってやりたいけど、火に油どころかガソリンだろうし我慢しよう。
「い、いや……そういうわけじゃないです。ただ、気が回らなかったと言いますか。なにせ……初めての学園祭なので」
「貴方、空いていたからこの場所にしたと言ったわね?」
「は、はい」
「じゃあ、何故ここにしなかったの? ここなら広いスペースが空いているし、競争相手も少ない。初心者だからと言うなら、この場所を選ぶべきだったんじゃない?」
紀ノ国が配置表を指差しながら、眼光を更に鋭くする。指定された場所は『山の手エリア』の中でも特に辺境。配置表を見る限り、一店舗しか出店していない。
こんなにエリアの中央から離れていてはそれも当然だ。誰も出店したがらないだろう。むしろ誰だよ、こんな場所に出店した変人は。
俺は配置表に書かれている店と代表者の名前を確認し──思わず眉間に皺を寄せた。
〝一色慧〟。
変人の正体は十傑第七席。極星寮の裸エプロン先輩だった。
「……」
「貴方は一色の近くに店を出さず、私の店の正面に出店した。これが挑発でなくてなんなの? 納得のいく説明をしてもらえるんでしょうね?」
ブチギレながら詰めてくる紀ノ国。余程プライドが傷付いたらしい。マジで面倒くせぇ。
一色慧の名前を見つけた瞬間、俺は完全に理解した。この女が、俺に八つ当たりしに来たということを。
紀ノ国寧々と一色慧は子供の頃からの幼馴染。要領の良い一色に、紀ノ国は強いコンプレックスを抱いてきた。それこそ、高校二年生になった今でも一色を目の敵にしているのだ。自分の方が席次が上なのも一色が本気を出していないから、などと自分で言うぐらいには執着心が強い。
つまり、紀ノ国から見た今の状況は、一色との勝負を避けて自分に挑みにきた後輩という図になるわけだ。
一色を避ける=一色を格上認定。自分を避けない=自分を格下認定。この女の中ではこんな適当な式が出来上がっているのかもしれない。だとしたらバカじゃねぇのと大声で言ってやりたいが。
「私になら勝てると、そう思った? 一色には勝てずとも、私相手なら……!」
肩を震わせながら問いかけてくる紀ノ国。どんだけコンプレックス抱えてんだよ。被害妄想もここまでくると手に負えんな。停止中に後ろから追突されたのに急ブレーキしたからだろってキレられてる気分だ。
「……ですから、誤解です。俺にそんな意図はありませんし、紀ノ国先輩を格下だとも思っていません。なのでどうか穏便に」
「──〝格下〟? ……やっぱり、そう思ってるのね。どこまでも、馬鹿にして……!!」
あっ、やべっ。思わず口から出てた。普通にミスった。どうしよ。
「良いわ。貴方の挑戦を受けてあげる。十傑との格の違い、教えてあげるわ」
「……はぁ。……はい」
もういいや。今から言い訳したって無理だろうし、なんか疲れた。どうして獲物でもない女にここまで神経使わなきゃならんのだ。時間の無駄でしかない。甘んじてサンドバッグを受け入れておこう。言いたいこと言ったら満足して帰るだろ。
「言い返すことも出来ないなんて、つまらないわね。所詮、その程度の料理人でしかないのよ。……私、貴方みたいな人が一番嫌いだわ。行動が伴わない──
「…………は?」
今、なんて言った?
俺は今──ナニヲイワレタ?
「時間を取らせた事は謝罪するわ。精々足掻くことね。私の料理は……ッ!? なっ、何ッ!?」
言いたい事だけ言って満足したように帰ろうとしたので、肩を掴んで止める。驚いた様子で振り払われたが、引き止められたので十分だ。帰らせるわけねぇだろ。散々八つ当たりしてくれたんだ。俺にもカウンターを決めさせろ。
「口だけの人間……って言いましたよね? 紀ノ国先輩……いや、紀ノ国寧々」
「い、言ったけど……それが何? 事実でしょ」
こんな気持ちになったのは久しぶりだな。〝口だけの人間〟か。自分の欲望と信念を貫き通し続けてきた俺が──口だけだって言いやがったのか。
「……じゃあ、確かめてみます? 俺が本当に口だけの人間なのかどうか」
「……? どういう意味?」
「ああ、ハッキリ言わないと分からねぇか。──
「──ッ!? ……あ、貴方。なんなの……?」
今更怖気付くなよ。冷めるだろ。
地雷を踏み抜いたのも、引き金を引いたのもお前だ。
「勝負といこうか。紀ノ国寧々。お前が座っている十傑第六席を賭けて。……ああ、分かってる。勝負を受けるかどうかの話はいらない。手っ取り早く学園祭で白黒付けようぜ。分りやすく、五日間の総合売上を競うってことで良いだろ? 俺が勝ったら──
「なっ……! いきなり何のつもりよっ! 私はまだ何も──」
「逃げるのか? 今度はちゃんと挑発してやってるんだぞ? ……それとも、口だけの男に負けるのが怖いか? 恥ずかしすぎて言い訳も出来ないもんな。──第七席以下の料理人さん」
ここまで言えば受けるしかなくなる。今度は俺が、この女の地雷を踏み抜いてやったんだから。
「……いいわ。受けてあげる。貴方が売上で負けたとしても、食戟は受けてあげるわ。私に挑んだこと、後悔させてあげるから。……勝負よ。──燦徳正吾」
俺を強く睨みつけてから、紀ノ国寧々は背を向けて歩き出した。
後悔させる? それはお前の台詞じゃない。俺の台詞だ。
叡山なんてもうどうでも良い。色々と計画を練ったり、創真に分りやすく伝えたりもしていたが白紙だ白紙。標的変更。目標変更。
紀ノ国寧々を潰し、第六席を奪い、俺の女として一生愛し尽くす。
──誰に喧嘩を売ったのか、骨の髄まで教えてやる。
個人的には叡山先輩より紀ノ国寧々の方が原作での存在感が薄かったように思うんですよね。
紀ノ国寧々は気温を原因として得意料理の蕎麦で敗北したり、一色一色と言い続けていたからか、そこまで印象が強く残っていないからだと思います……。
叡山先輩は極星寮を潰そうとしてヘイトを集めたり、食戟でセコい反則したくせに負けたり、負けた時の顔芸だったりで一定の魅力がありましたから(笑)。