飛行機で約一時間半。
空の旅を経て到着したのは北の大地──『北海道』。
都道府県の中でも最大の面積を誇り、日本の食料事情を大きく支えるほどに農業が栄えている。特にじゃがいもや小麦の生産数は日本一と、他の追随を許さない。多くの乳牛も扱っているため、牛乳の生産量は全国の半分を占める。
周りが海に囲まれていることもあり、言うまでもなく漁業も活発だ。極寒の海で育った魚は脂の乗りが良く、食べれば舌の上でとろける極上の旨味を堪能させてくれる。
まさに、日本の食料基地。『食』という言葉に相応しい大地だ。
俺たちがそんな場所に来た理由はもちろん、観光などではない。進級試験という名の生き残りをかけた戦いに挑むためだ。
相手は遠月学園を完全に掌握した新総帥・薙切薊が率いる『
寝返った十傑メンバーに加えて、薊が自ら選んだ精鋭たちが本気で反逆者たちを潰しにくるのだ。地獄の試験と言う他ない。
料理に関しては資金を惜しまない遠月学園らしく、この進級試験は北海道全体を移動するという超大規模なもの。南端である函館付近からスタートして、各地の決められたポイントで試験を繰り返す。合格者のみが先に進み、不合格者は学園に強制送還された後に退学となるらしい。鬼かよ。
試験の終着点は北端に存在する離島で行われるとのこと。そこが薊政権と反逆者たちとの最終決戦の舞台になるのだ。
空港から出てバスに乗り、さっそく一次試験の会場であるホテルに連れて来られた。五人一組のチームで行う試験だが、班編成は既に学園側で決定済みらしい。普通ならスムーズに試験を進めるための配慮と考えられるが、今回は間違いなく別の思惑があるのだろう。同じ班に振り分けられたメンバーを見て、俺はそう確信した。
「よろしくねっ! 正吾くんっ!」
薙切家の令嬢、薙切アリス。
「よ、よろしくね。正吾くん」
極星寮一の美少女、榊涼子。
「な、なんでアンタなんかと……」
強気なチャイナ女、北条美代子。
「……えりな様。どうか、ご無事で」
過保護な秘書、新戸緋沙子。
以上が、一次試験を共に受ける班のメンバーだった。明らかに反逆者をまとめて班にしている。班ごとに会場となる部屋は違うが、他の部屋でも反逆者メンバーが同じ班に固められているはずだ。まるでガキの虐めだな。
「ねぇ、涼子ちゃん。緊張してるの?」
「そ、それはそうよ。……というか、アリスさんまでこういう扱いをされるのね。……薙切家なのに」
「そりゃそうさ、アリスも新総帥に歯向かう反逆者なんだからな。ほら、涼子もシャキッとしな」
「ふふんっ、臨むところよ。薊おじ様の思い通りになんてさせないんだから。ねー? 正吾くん」
「……えりな様。……ああ、心配だ」
濃いなぁ、メンバー。全員俺が手を出している女というのが笑える。
そして周りを見てみれば他の班からの視線、主に男子生徒たちからの嫉妬の視線が刺さっていた。お前らも反逆者側に来ていればこうなる可能性はあったのにな。我が身可愛さで薊に尻尾を振ったお前らが、俺に嫉妬する権利なんてねぇよ。
そして始まった一次試験。テーマ食材は『
試験官は薊総帥が自ら授業で教えた料理を作れば合格出来るとかなんとか言っていたが、俺たちは当然そんなもん受けた覚えがない。正解を与えられた奴等と与えられていない俺たち。それなりに徹底した反逆者潰しだな。自分の手で授業までするとは、ご苦労様なことだ。
しかし、それは別に問題じゃない。美味いものを作れば合格という部分を変えることだけは出来ないのだから。
故に、本当に向き合わなければならない問題は──用意された食材だった。
「なっ、何よこれ!?」
「……ふんっ。つまらない真似してくれるじゃないか……!」
涼子の叫び声に続き、美代子が眉間にシワを寄せながら腕を組む。配られた発泡スチロールの箱を開き、食材である鮭を確認した途端にこれだ。俺も箱を覗いてみたが、確かにこれは美代子が苛立つのも分かる。
「……なるほどね。他の班には最高ランクの鮭を、俺たちの班には食材として最低ランクの鮭をってことか」
見ただけで分かるほどに、俺たちの鮭と他の班に配られた鮭には品質に大きな差があった。恐らくは産卵を終えて体力の無くなった鮭だ。脂は抜け、旨味がない。どう扱っても、合格ラインに届く料理は作れないだろう。やっぱガキだな、薙切薊。
「ど、どうする? 正吾。これでは料理が作れないぞ。……試験官に抗議して、新しい鮭を……」
「いや、聞く耳は持ってくれないだろうな。俺たち反逆者を何が何でも落とせって、薊に言われてるだろうし」
「なら、どうするつもりだ? このまま大人しく……脱落するつもりはないのだろう?」
どこか信頼するような目で訴えかけてくる緋沙子。えりなを助けたことが余程クリティカルだったようだ。信用ではなく信頼を緋沙子から感じる日が来るとは、嬉しい限りだ。その信頼に応えられないようじゃ男が廃る。脱落するつもりがないのはその通りだしな。
「ハハッ、当たり前だろ。……そうだな。みんな、少し待っててくれ」
「「「「……????」」」」
愛する女たちのため、試験官に確認を取りに行く。直接許可を取らなかったら、後で難癖を付けられるかもしれないしな。減らせるリスクは可能な限り減らしておくのがベストだ。
「あのー、試験官さん。ウチの班に配られた鮭、交換してもらうことって可能ですか?」
「不可能だ。与えられた食材で作りなさい」
「あの鮭じゃ、どう調理しても良い品にはならないと思うんですが。これは学園側のミスですよね? どう責任を取るおつもりで?」
「ミス? 責任? ふははっ! そんなに気に入らないというなら、自分で食材を用意するといい。制限時間内に料理を出せるなら、こちらとしては何も文句はないよ」
「そうですか、それは良かった。
「……なに? どういう事だね?」
答える義務はないし、答えたくもないので無視した。俺が聞きたかったのは〝料理さえ出せれば文句はない〟という部分だけ。料理人としてのプライドを捨てて、薊に媚び売ってるオッサンとなんて極力会話したくないしな。
「話はつけてきた。自力で食材を用意する分には何も問題ないそうだ」
「じ、自力でって……そんなのどうすれば」
「ここは北海道だぞ? 東京ならまだしも、こっちで使えそうなコネなんてない……」
「意地悪されてるって事ね。薊おじ様ったら、子供みたい」
「他の班はもう調理を始めているようだ……このままでは料理を出すことも出来ずに不合格になってしまう」
動揺したり、落ち込んだり、呆れたり、絶望したり、俺の女たちは見ていて飽きないな。
でも最近、俺がフレンドリー過ぎるからか忘れられている気がする。こんな状況、俺にとっては何一つ問題ないということを。スマホを取り出してメッセージを一つ送る。それだけで全ての問題は解決するのだ。
「大丈夫だって、俺たちも調理を開始するぞ。何作る?」
「何作るって……食材がないだろ?」
「北条美代子の言う通りだ。食材がないのにメニューなんて決められない」
「あのなぁ、そんなの当たり前だろ。お前ら……
「〝ド変態クズ野郎〟」
「〝色欲魔〟」
「よし、美代子と緋沙子は後でお仕置きな」
「「なっ……!!」」
日本最大の名家である燦徳家の次期当主に向かってよく言えるよ。試験が終わったらガチガチに拘束して、バイブとローターの絶頂地獄で泣かせてやる。
ぎゃーぎゃーと二人からの文句を背中に受けながら、微笑むアリスと苦笑いする涼子に声をかけた。
「作るメニューは『鮭のムニエル』に決定だ。調理の準備をしよう。……
「……えっ? それってどういう……?」
「あれ? 何か来たわよ?」
アリスの言う通り、部屋に現れた五人ほどの訪問者。それぞれが食材を持ち運んでおり、俺の方へと真っ直ぐに向かって来た。
「お望みの食材は揃えております。正吾様」
「ああ、ありがとう。早かったな。キッチンに並べてくれ」
五人の働きによって、キッチンの上に豊富な食材が揃った。
昨日急に頼んだ事なのに迅速な対応だ。この辺の取引先は優秀だな、評価を上げておこう。……ホタテなんかも入ってるよ。美味そう。
「ちょっ、何だこれ!?」
「正吾! お、お前の仕業かっ!?」
お仕置き確定コンビが訊ねてきたので、肯定の意味を込めて頷いておく。
「食材に手を出されることは予想出来てたからな。前もって北海道関連の食材を届けてもらえるように手配しておいたんだ。俺には北海道だろうと使えるコネがいくらでもあるんでね」
「……ぐっ。そ、そういうことは先に言いなよ」
「薊殿の妨害を読んでいたとは……流石だな、正吾」
「これで料理が出せるわね!」
「こんな試験、さっさと合格しちゃいましょ。ねっ? 正吾くん」
食材を確保した時点で合格を阻む壁は消えた。他の反逆者たちの分は用意してないが、原作通りに進むだろうし自力で何とかするはずだ。俺が必要以上に手を貸すまでもない。
そして結局のところ、最も出遅れていたはずの俺のたちの班が一番に料理を作り上げ──この一次試験最初の合格者となった。
遠月が所有する高級寝台列車──『つきかげ』。
一次試験をクリアした生徒たちは次の試験会場に向かうため、この『つきかげ』に乗り込み優雅な列車移動を楽しんでいた。普通に乗れば五十万、グレードを上げれば百万はかかる列車だ。退学のかかった進級試験でさえなければ、乗っている学生たちはもっと楽しむことが出来ただろう。
最も、余裕がない生徒はほんの一部。薙切薊に立ち向かおうとする意志を持った者たち──反逆者側の生徒だけなのだが。
「……はぁ」
薙切えりなは向き合っていたパソコンから意識を外し、身体を少しでも休ませるように息を吐いた。乗車してから二時間以上続けていた作業だが、流石に集中力が切れてきたようだ。
パソコンの画面に表示されているのは反逆者側に所属しているほとんどの生徒のデータ。勉強会という名の強化プログラムをより完璧なものにするため、空いた時間は少しでも準備作業に使っていた。
「…………私がやらないと」
一次試験を通過したのは喜ぶべき事だが、試験はまだ続く。
南端から始まり北端で終わる今回の進級試験。進路を塞ぐ試験は北に向かえば向かうほど、その過酷さを増していく。反逆者たちを生き残らせ、無事に進級させられるかどうかは自分にかかっていると、えりなは気を引き締め直していた。
(……それにしても、さっきのは何だったのかしら?)
ふと疑問に思ったのは、作業中に話しかけて来た三人の訪問者。
ラウンジから見える星空が綺麗だと伝えてきた、イサミ・アルディーニ。
エステルームのマッサージ機が最高だと勧めてきた、榊涼子。
リラックス目的で玄米茶を渡してきた、田所恵。
何故そんなに自分に構うのかと、えりなは首を傾げていた。何か特別な事をした覚えもない。玄米茶を飲みながら落ち着いても、答えは出なかった。
そしてそんなえりなのところへ、四人目の訪問者が現れる。ガラッと扉を開けて姿を見せたのはえりなにとって初めての異性の友人であり、最近は精神的支柱にすらなり始めていた──燦徳正吾だった。
「やあ、薙切さん」
「さ、燦徳くん……貴方も来たの?」
「あっ、ごめん。邪魔しちゃったかな」
「そ! そういうことじゃないわっ! ……その、さっきから何人も私に声を掛けてくれるから。イサミくんに、榊さんに、田所さん。私に構う暇があるなら、少しでも身体を休ませておいた方がいいのに……」
「ああ、なるほどね。……座っても良いかな?」
「え、ええ……どうぞ」
ピッと部屋の電気を落としてから、正吾がえりなの前にある椅子に座った。
前触れもなく暗くなった室内に戸惑いはしたが、それ以上に正吾と二人きりの空間という事実にえりなは動揺していた。
「ほら、暗くすると星がよく見える。綺麗だね」
「……そうね。……本当に、綺麗」
「イサミも榊さんも田所さんも、薙切さんに喜んで欲しかったんじゃないかな。──今みたいにね」
「……えっ」
指摘されて、自分の顔が緩んでいることに気付く。背負うと決めたプレッシャーは知らず知らずのうちに重りとなり、えりなの心と身体を確実に疲弊させていた。その事を、えりなは自分でようやく理解したのだ。
「情けないわね……。気を遣われるなんて」
「情けなくなんかないさ。それに、みんなは気を遣ったなんて思ってないはずだよ。ただ薙切さんに感謝してるから、君のところに来たんだ」
「か、感謝……。べ、別に私は感謝されるようなことは……私がやりたいようにやっているだけで」
「薙切さんはそうでも、助けてもらってる側からすれば関係ないよ。薙切さんが力を貸してくれるから安心して試験を受けられる。だから、感謝する。それは当然のことだと思うよ」
車窓から星空を見上げたまま、正吾がえりなに言葉をかける。それは妹を諭す兄のようであり、愛する者に寄り添う恋人のようでもあった。
「──大丈夫だよ、一人で頑張らなくても。いざとなったら俺が居る」
「……燦徳くん」
どうしようもなく、甘えてしまいそうになる。
「……そうね。貴方が、居てくれるものね」
「そうそう。元・十傑第六席の俺がね。十傑から降ろされた早さなら多分遠月学園史上一番じゃないかな? 新総帥もやってくれるよ」
「ふふっ、本当ね。お父様も酷い人だわ」
「全くだよ。……だから、
時折り見せる不敵な表情。誰も敵には及ばず、問題にすらならない。そう言わんばかりの顔と声に、えりなの心は揺れる。
普段優しい面ばかりを見せられているからか、不意に見せるこの顔に──えりなは弱かった。
「そ、そういえば……緋沙子を見なかった? 連絡しても返事がなくて……もう眠ってしまったのかしら」
照れ隠し以外の何物でもないえりなの発言に、正吾は少し笑って言葉を返した。
「そうだね。……
「そ、そうね。……あの子も、無理をしてないと良いんですけど」
容易に想像がつく答えに、えりなが納得したような表情を浮かべる。
本当は全く勉強などしておらず、正吾の部屋で北条美代子と共に、ガチガチに拘束された状態でバイブとローターの絶頂地獄を受けているということなど、えりなは知る由もない。
「緋沙子さんも大丈夫だよ。薙切さんと同じでしっかりしてるからね」
「……さ、燦徳くん? いつの間に緋沙子のことを……な、名前で呼ぶようになったの……?」
やべっ、と。正吾が笑顔のまま固まった。乗車してからほんのさっきまで、部屋で緋沙子と美代子を抱いていた余韻がミスを誘発。口説こうとしている女の前で他の女の名前を呼ぶというあり得ない失態を演じた。
「そ、その……勉強会で仲良くなったと言うか。……薙切さんのことを助けようとする同志と言うか。……そんな感じです」
「……そ、そう。そうなのね。……ふ〜ん」
先程までのロマンチックな雰囲気は消滅し、両者の間には気不味い空気が流れた。正吾は自分のミスを取り返そうと思考を巡らせるが、これといって良い案は浮かんでこない。
自分の迂闊さを呪う正吾を救ったのは──意外な事にえりなの方だった。
「──わ、私のことも……」
恐怖の対象だった父親への反抗。それはえりなにとって人生最大と言っても良いほどの決断であり、これ以上ない成長を促す正念場。
鎖から解き放たれた少女は、少しばかりの勇気を得た。
「私のことも〝名前〟で……呼んでもらえないかしら?」
白い肌を赤く染めながら、視線も合わせられない様子での一言。スカートを両手で握り締め、勇気を振り絞った問いかけだった。
まさに正吾からすれば女神の救い。これを無駄にするぐらいなら三度目の人生を始めた方がマシだと、正吾はすぐに口を開いた。
「──も、もちろん! 俺のことも名前で呼んで欲しい! ……と、思っていたところで……何と言うか、ハハッ、そういう感じかな」
余裕など欠片もない返答に、正吾は少しだけ死にたくなった。本命とのラブコメは苦手だと再認識しながら、怯えるようにえりなの様子を伺った。これで必死過ぎて引かれていたなんてことになれば、正吾は普通に泣く自信しかなかった。
しかし、そんな心配も杞憂に終わる。正吾の視界に入ったえりなの顔は──心からの安堵に包まれていたからだ。
「よ、良かった……。ごめんなさい。わ、私……急に変な事を言ってしまって」
「い、いや、全然だよ。……むしろ、〝ありがとう〟というか」
「……ふふっ、どうして燦徳くんが感謝してるのよ」
気不味い空気はどこへ流れたか、既にその場には存在しなかった。
代わりに流れ始めたのは二人の男女の距離が縮まり、初々しさを感じる空気のみ。恋の駆け引きとまではいかずとも、恋愛に於いて最も心揺さぶられる状況なのは間違いなかった。
「……やっぱり、星が綺麗だね。──えりなさん」
「……ええ、そうね。──正吾くん」
冷えた空気を切り裂きながら、列車が線路を突き進む。次の試験会場へ着くまで、僅かばかり与えられた安らぎの時。その時間を無駄にしないように、えりなと正吾は二人だけの空間を存分に堪能した。どこか気恥ずかしさを感じながらも、全く嫌な気分ではない。
改めて見上げた星空は──更に輝きを増していた。
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投稿し始めてから約二ヶ月、早いものですね。いつも読んで頂きありがとうございます。完結までの流れは大体決めてあるので、応援よろしくお願いします!