ついに十傑との直接対決となった三次試験。
俺と田所さんの試験は竜胆が試験官を務めることになったのだが、提示された合格条件は竜胆に『美味い』と言わせることだった。
普通に考えれば中々に厳しい条件だが、竜胆は普通に美味いと叫び、俺たち二人を呆気なく合格とした。
わざわざ三次試験で自分が落とさずとも、どうせ他の誰かが落とすだろと竜胆は言っていた。適当だなぁ、その適当さは嫌いじゃないが。
同時刻に試験を受けていた創真・えりなとも合流し、お互いの無事を確かめる。えりなは当然として、創真も原作通り生き残ったようだ。良かった良かった。
俺のせいで秋の選抜を僅かばかり変化させてしまったので、その影響で葉山に負けたりしないかと少しだけ焦っていた。杞憂に終わって何よりだ。
「取り敢えず……貴方たちだけでも生き残ってくれて良かった」
「私たちだけって……。薙切さん、も、もしかして……?」
えりなの言葉に、田所さんが意図を訊ねる。何となく予想はついているだろうが、それでも信じたくないという思いが表れていた。
「……私たち以外の反逆者メンバーは、全員退学となりました」
「そ、そんな……ッ!」
黙ってえりなの言葉を受け入れた俺と創真とは違い、田所さんは大きく取り乱す。残酷な現実に膝から崩れ落ち、目には涙すら浮かべていた。
落ち着いているように見える創真も内心は穏やかじゃないだろう。丸椅子の上で
俺だって思うところがない訳じゃない。緋沙子、涼子、アリス、美代子の四人も退学処分になっているのだから。
しかし、それは『過程』であって『結果』じゃない。現実が残酷だと思い込むにはまだ早過ぎる。
「……私は、また何も出来なかった。……みんなを守ると誓ったのに」
「悲観するのはまだ早いよ、えりなさん」
「……けれど、実際にアリスたちは……!」
「まだ俺たちが生き残ってる。──なら、
「……えっ?」
俯きながら絶望しているえりなの肩に手を置き、優しく声をかける。希望は残っているよ。どんな時にもね。
「退学になったみんなを助ける、でしょ? それが生き残った俺たちに出来る……唯一のことだ」
「正吾くん……」
「そうだろ? 創真」
あまり主人公っぽい台詞を言うのは好きじゃないので、マジもんの主人公にぶん投げる。どうにも気恥ずかしさが勝つんだよな。過去の黒歴史が蘇るというかなんというか。
創真は俺の問いかけに笑顔を見せると、椅子から飛び上がって高らかに宣言した。
「おう! 当然っ! ちょうど良い作戦も思いついたところだしなっ!」
「さ、作戦? 創真くん、その作戦って……?」
首を傾げた田所さんに、創真は無邪気な顔で答えた。
「十傑の席を奪い取るんだよ。確か十傑って、学園のこと好きに出来るんだろ? 過半数の席……俺らで全部埋め尽くすんだ」
「ええぇぇぇッ!?!? じゅ、十傑の席をッ!?」
「ゆ、幸平くん! それはいくらなんでも……正吾くんはどう思うの?」
「アリでしょ。と言うか、この状況から逆転するにはそれしかない」
俺の返答を聞いて驚きはしていたが、えりなも薄々この手しかないと分かっていたんだろう。俺が同意したことで目から迷いが消え、再び闘志を復活させたように見えた。
「……この作戦を実現するためには、まず『
「その通り。勝つか負けるか以前に、勝負を受けてもらえなきゃ何の意味も無いからね」
「そこはよー、何とかするしかねぇんじゃねえか? そうだ! 竜胆先輩に言ってみるか? 十傑の席くださいってよ」
「やめとけ、時間の無駄だ。めっちゃ笑うとは思うけどな」
薊を勝負に引きずり出す方法は覚えているが、俺がそれを言うのは不自然だ。
原作通りの流れが保たれているのなら、何もしないことが正解だろうしな。
「……私、今すぐお父様に連絡するわっ!」
「その必要はないよ、えりなさん。薙切薊なら……ちょうど今、この建物へ視察に来てるとこだから」
これぐらいのアシストなら問題はないだろう。近くに居るって教えただけだしな。
「何で正吾がそんなこと知ってんだよ?」
「敵の大将の動きは知っておいた方が良いだろ? 燦徳家としても、薙切薊は危険人物としてマークしてる。だから何か動きを見せた時には俺の方に情報を送るよう指示してあるんだよ」
「へぇ〜、正吾って凄いんだな」
創真のこういう緩いところは正直気に入っている。深く詮索もしなければ、興味も持たない。友人として付き合っていくとするなら、間違いなく良いやつだ。
思えばこの世界に転生してから、友人なんて呼べるやつは居なかったもんな。流石は主人公と言ったところか。
「正吾くん。お父様はこの建物のどこに?」
「屋上のヘリポートに向かったらしい。視察の移動はヘリでしてるみたいだし、急いだ方がいいね」
慌てて駆け出したえりなに続き、俺たちも部屋を飛び出してヘリポートへと向かった。途中で体力のないえりなと田所さんが階段でストップしたりもしたが、俺と創真でフォローしながら何とか到着。ヘリコプターの起動音が響いていることから、もうすぐ飛び立とうとしていることが分かった。
「──お父様ッ!!」
プロペラの轟音に掻き消されないよう張り上げたえりなの声に目的の人物──薙切薊が振り返った。いつも通り体調の悪そうな白い肌と、全てに絶望し切ったような目をしながら。
「やあ、えりな。そんなに慌ててどうしたんだい? 会いに来てくれるのは嬉しいが、どうして僕がここに居ると分かっ──」
「俺が教えました。どうも、薊さん」
「……また君か。燦徳正吾」
めっちゃ嫌そうな顔された。
安心しろ、俺もお前になんて会いたくなかったわ。
「お、お父様! 三次試験で不合格となった生徒たちに……どうか寛大な処置をお願いしたくて会いに来ました! みんなを……返してください!」
「……予定が押しているんでね。すまないが──」
「頭を下げる必要なんかないよ、えりなさん。こっちが下手に出たら調子に乗っちゃうんだからね、えりなさん。こういう時は相手が話を聞くようなメリットを提示しなきゃ、えりなさん」
「……僕の愛娘を気軽に呼び過ぎだな。燦徳正吾、君は──」
「中村先輩〜! まどろっこしい試験なんてやめて、そっちの兵隊とこっちの兵隊で十傑の席を賭けた全面戦争といかないっすか? 真正面から白黒ハッキリ付けましょうや」
「…………」
何故俺を睨む。確かに俺は意識してお前の言葉に被せたり、お前の愛娘の名前を呼びまくったりしたが、創真のことは知らんぞ。やっぱり、無意識な煽りが一番悪質だな。
「そちらさんの反逆者を潰したいって目的も達成しやすくなるし、お得じゃないっすか?」
「……話にならないな。いいかい? 仙左衛門殿から総帥の座を奪った時点で、僕の計画の九割は達成しているんだ。今行っているのは謂わば後始末。君たちが提案する勝負を受ける必要など、何処を探してもないんだよ」
この主張だけは納得出来るものだ。今や遠月学園はこの男の手中。計画の九割を達成しているというのも、ハッタリなどではない。
「後始末という割には、随分粘られてるみたいですけどね。薊さん」
「その生意気な口もすぐに閉じることになる。僕が理想郷を実現して日本の料理界を変えた時、薙切家と燦徳家の力関係も変わるだろう。だが、安心して欲しい。僕が燦徳家を手中に収め、薙切家繁栄のために有効活用すると約束しよう」
「あー、やめといた方が良いですよ。ウチの家は……貴方の手に収まるほど小さくない」
「……すぐに分かることだよ」
「ええ、すぐにね」
めっちゃムカつくわ、コイツ。
よく俺の前で燦徳家を手に入れるとか言えたな。舐められたもんだよ、本当に。絶対に後悔させてやるから覚えとけ。
「……時間の無駄だった。では、失礼するよ」
再びヘリに乗り込もうと歩き出した薊。
その歩みを止める一手はいくらでもあるが、
「──待てよ、中村。創真たちの提案、捨てたもんじゃねぇと思うぜ」
待っていた男がようやく姿を現した。『食戟のソーマ』という作品に於いて、とてつもなく重要なキャラクターである創真の父親──才波城一郎が。
何かを他人に丸投げするのは趣味じゃないが、ここは丸投げした方が安牌だろう。俺が自分で喧嘩をふっかけても良いんだけど、薊には目の敵にされてるし話が拗れたら面倒だ。
そこからは、さっきまでの頑固さが嘘のように話が進んでいった。
才波城一郎が『自分を景品』にした途端、薊は面白いぐらいに食いつきを見せたのだ。
そして思惑通りに勝負することが決まったのだが、方法は変則的な食戟。
その名を──〝連隊食戟〟。
詳細は後日とのことで話が纏まり、俺たち反逆者メンバーと『
満足そうな顔でヘリに向かう薊に軽蔑の視線を送っていると、何故か薊が俺の方へ振り返った。軽蔑の視線に気付かれたのかと少しビクッとしたが、怒っているような様子ではない。数秒ほど視線をぶつけ合った後、薊が言葉を発した。
「……燦徳正吾。……君は確実に潰させてもらうよ」
それだけ言うと、薊はヘリに乗り込んで飛び去った。言い返す暇もないぐらいの短い時間で宣戦布告とは、礼儀がなってないな。
潰す? やれるもんならやってみろ。お前が潰したのなんて自分の家庭だけだろ。
離れていくヘリを見上げながら、俺は不愉快な言葉に目を細めた。
場所は変わって遠月列車。これまでは次の試験会場に行くための移動手段だったが、これからは最終決戦場所となる北端の孤島に向かうためだけの列車となった。
城一郎さんの提案で連隊食戟に挑む俺たちのレベルアップをすることになり、列車内にあるキッチンで料理勝負をする流れとなった。こんなイベントもあったなぁとか思いながらキッチンに入り、面倒くさいという感情が表情に出ないように気を付けた。
連隊食戟は一対一で行われるものとは違い、集団対集団の勝負。名前の通り、チームを組んでぶつかる食戟だ。
普段の食戟とは違ってチーム間での協力が認められており、チームメンバーをサポートすることで料理のレベルを飛躍的に上げることが出来るらしい。協力とかしたことない俺からすれば、未知の領域すぎる話だ。
だからこそ、行う料理勝負は本番を想定したチーム戦。
前総帥である薙切仙左衛門が取り仕切り、チームメンバーを一瞬にして決めてくれた。
「チーム分けはこうであるっ! 幸平創真! 田所恵! 堂島銀! 以上がチーム堂島! ──薙切えりな! 燦徳正吾! そして才波城一郎! 以上がチーム才波! 尚、各チームリーダーは銀と城一郎が務めよ。他の二名は調理をサポートするのだ!」
流石に前総帥、決め事はお手のものか。こういう人が居てくれると進行がスムーズで助かる。何か知らんけどえりなと同じチームにしてくれたし、マジで感謝します。俺の未来のお祖父様。
「頑張ろうね。えりなさん」
「……そうね。才波様と正吾くんを全力でサポートするわ」
「えっ? いやいや、俺もサポートだから。二人で一緒に城一郎さんをね」
薊に会ってからというもの、えりなの顔はどこか暗い。勝負に持ち込めたのも城一郎さんが居たからこそ。自分では何も出来なかったという負い目がえりなの心に影を落としているのだろう。
弱った女の隙につけ込むのは俺の得意技だが、えりな相手だと鈍るんだよな。薊からのトラウマは普通に可哀想で胸糞悪いし。
「さて、双方に作ってもらう品は『アッシェ・パルマンティエ』。フランスの代表的な家庭料理である。制限時間は五十分とする!」
それを聞いて、田所さんやえりなが驚いたような顔を見せる。無理もない、アッシェ・パルマンティエは調理工程が多かったり、オーブンを使ったりと、そこそこ手間のかかる料理だ。それを初めてチームを組むメンバーで協力して五十分で作れというのは中々に厳しい。まあ、俺は知識として知っているだけで、アッシェ・パルマンティエなんて人生で一度も作ったことないんだが。
「そしてルールだが……調理中に声を発してはならんっ! ──では、調理開始ッ!!」
取って付けたような軽い感じでえげつないルールが追加された。そうだそうだ、こんなルールあったわ。
俺が原作やアニメでの記憶を呼び起こしていると、城一郎さんと堂島シェフがすぐに行動を開始する。この辺は流石に経験値の差か。
動けずにいた俺たち四人の中で、最も早く動き出したのは創真だった。堂島シェフの動きに合わせて調理を開始し、アドリブを合わせたサポートで見事に流れに乗った。田所さんもそれに負けじと加わり、食材の下処理などを正確に担当。チーム堂島は一気に調理が加速していった。
対する俺とえりなだが、まだ動けずにいた。俺はえりなに合わせて動くつもりなので、彼女が停止している内は行動しない。このイベントで重要なのは俺がえりなを引っ張ることではなく、えりなが自分で自分を成長させることだ。凝り固まった料理への価値観を壊し、新しい世界に飛び出すためのきっかけにしてもらわなければならないのだ。
「フンフン〜、フフ〜ン」
まあ、えりなが固まっている要因の中には城一郎さんも大きな割合を占めているのだろう。鼻歌交じりでクレープ焼いてる。あれをどうサポートすれば良いのか、分からないのも無理はない。俺だってチートがなかったらこんなに余裕ではいられなかったしな。
しかし、俺と違ってえりなはもう自分で動き出せるはずだ。これまでの自分を破壊し、新しい薙切えりなになる準備は──既に完了しているのだから。
必要なのは踏み出す勇気のみ。そしてそれを与えるのに、言葉など不要。
俺はえりなの肩に手を置き、目と目を真っ直ぐに合わせた状態で軽く頷いた。君なら出来ると、信頼の感情を込めて。
「──ッ!!」
踏み出す決意は固まったようで、えりなは弾かれたように動き出す。セオリーを無視して、フライパンで分厚いステーキを焼き始めたのだ。俺には分からないが、あんな無茶をしても多分良い感じになるんだろう。薙切えりなは『神の舌』だけに頼った料理人ではないのだから。
さて、それじゃあそろそろ俺も参戦するとしよう。
ここでの役割はあくまでも城一郎さんのサポートだ。メインを張らないようにして、調理を手助け──。
……ん? ちょっと待て?
動かそうとしていた足を止め、俺は思考する。ずっと見落としていた、とてつもなく重要な事について。
──……
断じて、ふざけているわけじゃない。真面目も真面目、大真面目だ。
俺の持っている料理チートは、思い浮かべた料理を俺の身体を使って勝手に作り上げてくれるというもの。つまり、
味に関しては微調整が出来る。しかし、動きに関しては全部オート機能なので俺の意思は存在しない。これじゃあサポートなんて出来るわけない。メインにしかなれない能力なのだから。
しかもこのチート、一度調理を開始すると
今回の勝負で出す皿は城一郎さんがメインでなければならない。チートを発動してしまったが最後、俺をメインとした料理に捻じ曲げてしまうことは確実だった。
…………えっ、無理じゃん。サポート。
思わずスマホを取り出し、全知全能の検索先生に『サポートとは』と文字を打ち込んで答えを教えてもらった。
映し出されたのは──〝支えること。支援すること〟という単純明快な分かりきっている答えだった。
──マジで詰んだ。
この勝負に於いて、俺が出来ることは何もない。
精々、野菜の皮剥きとかぐらいだ。そんな情けない姿をえりなには見せたくなかったが、何しないよりはマシだと断腸の思いで受け入れるしかなかった。どうか好感度が下がらないことを祈って。
この日、一年生編最大の決戦を前にした修行イベントにて、俺は二度目の人生で初めて一つの言い訳も出来ない完全な敗北を経験させられた。
まさかの──自分の才能によって。
オリ主「あ、あの……サポートって出来たりしますか?」
チートくん「ああん? サポートってなんや? 俺の仕事に不満でもあるんか?(威圧)」
オリ主「ふぇぇ……」