「燦徳グループの海外拠点が……
連隊食戟二日目の3rd開始直前。会場に飛び込んで来た峰ヶ先八重子は、俺に理解し難い報告をしてきた。
試合前ということで携帯は所持していないし、直接報告しに来るしかなかったのだろう。ハイヒールだというのにあの全力疾走、仕方のないことだとはいえ申し訳なく思ってしまう。
ひとまず、話を聞かせてもらうために時間が欲しい。連隊食戟の開始を少しだけ遅らせてもらえるよう、俺は血の涙を堪えながら特別席に座っている薊に呼びかけた。
「薊さん。すみませんが、少しだけ勝負開始を待って頂いてもよろしいでしょうか? お願いします」
「……ふむ。君の個人的な事情で勝負を遅らせろと言うわけだね?」
落ち着け、俺は大人。アイツはガキ。
よし、落ち着いた。この二秒間、脳内で二十発は薊のことを殴ったけど。
「……緊急事態につき、どうかご容赦を」
「フフッ、仕方がないね。諸君! 燦徳正吾くんの申し出により、これより3rdバウト開始を五分遅らせることとする。……さあ、望み通りにしたよ」
「ありがとう……ございます……!!」
引きつった笑顔で耐え抜いた俺は本当に偉いと思う。自分で自分を褒めてやりたい。
歯が折れそうなほどの力で食いしばり、どうにか怒りを抑え込む。一つ深呼吸を挟んでから、息を整えた八重子に詳細を訊ねた。
「それで? どういう意味だ? 説明しろ、八重子」
確か、燦徳グループの海外拠点が正体不明の勢力に攻撃を受けているとかなんとか言っていたな。『襲撃』ではなく『攻撃』という言い方をしていることから、武力での被害を受けたわけじゃなさそうだ。
「は、はい! 先程、アメリカに拠点を置いている燦徳グループの大規模食品工場の責任者から連絡がありました! 仕入れ・流通・販売、その全てに圧力がかけられ、工場全体が機能停止に追い込まれているようです! この状況が続けば当然被害は大きく、取引先からの信用も失います!」
「父さんはこの事を知っているのか?」
「ま、まずは正吾様に報告をと思いまして……。燦徳グループの料理部門の最高責任者はご当主ではなく、正吾様ですから」
「そうだな、報告ご苦労だった。ありがとう、八重子」
八重子に労いの言葉をかけつつ、状況を整理する。狙いは燦徳グループへの攻撃。そう考えるのが普通だが、タイミング的にそうではない可能性が大きい。
証拠はまだない。しかし、断言出来る。この騒動を引き起こした犯人は──薙切薊だ。
狙いは十中八九、俺の排除だろう。
海外の拠点を狙う事で俺を現地に向かわせ、連隊食戟という勝負の場から追い出したいのだ。1stに続いて2ndバウトでもボコボコにされたからか、勝負で勝つのではなく排除する方向に切り替えたらしい。やり方が姑息だが、効果は十分。薊が俺に対して白旗を上げたようなものではあるが、中々に面倒な事をしてくれた。
「……ふぅ。……連絡するか」
スマホを取り出し、気乗りしないまま指を滑らせる。辿り着いた連絡先に表示された名前は『
厳格にして優秀、非の打ち所がない男だ。隙が無さすぎて電話一つするのにも覚悟を決めなければならない。親子仲は良いと思うが、仕事が関わるとやはり腰が引けてしまう。こればかりは一生治らないのだろう。それほどまでに、あの父親の背中は大きすぎる。
意を決して通話ボタンをタップ。三回目のコールが終わると同時に、通話状態へ移った。
「あっ、もしも──」
『薙切薊の仕業だ。圧力をかけていた勢力は全て、ここ数年で薊が作り上げた富裕層を中心とするコネクションばかりだった。目的は恐らく、お前を現地に向かわせることだろう』
「そ、そのことなんですが──」
『お前は何もしなくていい。全てこちらで対処する。薙切薊がこういった手を使うということは、お前が脅威になっていると自白したも同然。そのまま息の根を止めてやれ』
「で、ですから──」
『私からは以上だ。では、切るぞ』
話が早いって次元じゃねぇよ。
なんだこの人、もう全部この人でいいんじゃないかな。俺はまだ狙われている立場だから推測が立てられたけど、何で関係ないこの人が犯人を断言してるんですかね。多分、それなりに覚悟を決めたであろう薊からの攻撃が電話一本で終わっちゃうよ。
「ま、待ってください。対処すると言いましたが、具体的にはどうするつもりですか? 直接現地に赴かなければ、早期解決は図れないと思いますが」
『任せられる人間を派遣する』
「僕以上に、ですか?」
『……お前の役目は他にある。言ったはずだぞ、正吾。燦徳家が料理界で薙切家を上回るため、お前には最上の料理人になってもらうと。そのために必要な勝負をしている最中なのだろう?』
少し痛い所を突かれた。というか、そういう事をちゃんと把握してるんだな。
まあ、それもそうか。昔から授業参観には来なくても、授業参観があること自体は知っているような人だったしな。
『そしてこうも言ったはずだ。私がお前を利用するように、お前も私を利用しろとな。──お前の邪魔はさせんさ』
怖いぐらいに頼もしい。
父さんに任せておけば、まず間違いなく解決してくれる。それを分かった上で、
「それでも、料理部門の最高責任者は俺です。他の誰でもない、貴方の息子である──燦徳正吾です」
『…………』
「俺が現地に行けば、三日で解決出来ます。父さん、三日で解決出来ますか?」
『不可能だ。一週間はかかるだろう』
こういうところで見栄を張らず、正直に答えるのがカッコいい。本当に尊敬出来る父親だ。
「三日と一週間では大きな違いがあります。燦徳の利益を考えれば、俺が行くのが最善でしょう」
『……しかし、それでは』
「ご心配なく。現在行われている勝負を捨てたわけではありません。俺が居なくとも、問題なく勝てると判断しています。妨害程度で何かを捨てるほど、錆びてはいません」
『……これ以上は時間の無駄だな。分かった、お前に任せる』
なんとか説得することは出来たか。一安心だ。
「ありがとうございます、父さん。結果は解決してから、まとめて報告します」
『ああ。……すまないな、正吾』
その謝罪を最後に、通話は切れた。父さんからすれば、俺の邪魔をしてしまったという考えなんだろう。律儀だねぇ。
さて、やるべきことは決まった。与えられた五分もそろそろ過ぎるし、手早く引き継ぎを終わらせよう。
「田所さん、頼みがある。悪いんだけど、俺の代わりに3rdバウトに出て欲しい」
「うぇっ!? わ、私!?」
「大丈夫。創真と連携すれば十分に勝ち目はあるよ。列車でした特訓を思い出すんだ」
急なお願いで申し訳ないが、受け入れてもらうしかない。えりなや女木島先輩でもよかったんだが、頼みやすいのが田所さんしかいなかったのだ。
あわあわしている田所さんに頭を下げた後、チームリーダーであるえりなにも報告を済ませた。
「ごめん、えりなさん。俺はここまでだ。後は頼むよ」
「しょ、正吾くん……! 私は……いえ、分かったわ。任せて」
いいね。一瞬動揺したけど、すぐに持ち直した。闘志は薄れていないし、覚悟の決まった表情をしている。強くなったもんだ。もう薊なんかじゃ制御出来ないな。
「創真、お前もな。えりなさんの言うことを聞いて、十傑を叩き潰してやれ」
「お、おう! よく分かんねぇけど、任せとけっ! お前の分まで俺たちが暴れてやるよっ!」
やはり創真は付き合いやすい。下手に説明を求めてこないし、楽だ。
他のメンバーたちにも軽く挨拶を済ませ、待機していた八重子に指示を飛ばす。
「八重子。今から現地へ向かう。飛行機の手配を頼む」
「承知しました! ヘリの準備が済んでおります! お急ぎくださいっ!」
先に出て行った八重子の背中を見送った後、薊の方へ視線を向ける。分かりやすく笑みを浮かべており、思い通りに事が運んで嬉しいんだろう。本当にガキだな、アイツ。
「お時間を頂き、ありがとうございました。薊さん」
「残念だよ、燦徳正吾くん。実家のためとはいえ、君ほどの料理人が退学することになるとはね。遠月学園としては重大な損失だ。……本当に、残念だよ」
よくもまあ、思ってもないことをペラペラと。残念だって言うならもう少し残念そうな顔をしろよ、この大根役者が。
「俺も残念ですよ、薊さん。こんな結果になってしまって」
「フフッ、そうだね。君にとっては人生の汚点となることだろう」
「いえ、そういうわけじゃありません」
「……何だって? ならばどう意味なんだい?」
「すぐに分かりますよ。俺の忠告を無視した代償は……覚悟しておくことですね」
これ以上会話するつもりもないので、自分勝手に切り上げる。八重子が準備してくれたヘリに向かう前に、もう一度えりなへと向き直った。
「えりなさん。……いや、
「ッ! は、はい」
「これを、頼むよ」
腕に巻いていた黄色のスカーフを解き、えりなの腕に巻く。二つのスカーフが片腕に付き、俺の分の思いを託した。
「……必ず勝つわ。貴方が帰ってくる遠月学園を、守ってみせるから」
「それぐらいしてくれないと期待外れだな。──俺の
「……ふふっ。ええ、そうね。お父様を倒して、私は私の強さを証明するわ」
それでいい。精神状態は安定しているし、発破もかけた。相手が誰だろうと、負けることはないだろう。それぐらい、今のえりなは強い。本領を発揮した『神の舌』は原作でも最強クラスなのだから。
「じゃあ、行くよ」
「行ってらっしゃい……正吾くん」
こうして、俺の連隊食戟は終わった。
勝敗の心配はしていないので、俺は俺のやるべきことに集中出来る。
──俺の野望を叶えるための、最善の行動に。
礼文島を飛び立ったヘリの中で、八重子は重苦しい空気に耐えていた。
隣に座る正吾は先程から無言で外を眺めており、会話が出来る雰囲気ではない。八重子からすれば〝話しかけるなオーラ〟全開にしか見えなかった。
しかし、それも仕方ないことだろう。全力で臨んでいた勝負から排除され、敵の思惑通りに動かされたのだ。プライドの高い正吾からすれば、耐え難い屈辱であることは容易に想像出来た。
正吾を頼らざるを得ない自らの力不足のせいだと受け入れ、八重子はただただ背筋を伸ばしてこの空気に耐え続ける覚悟を決めた。
「──……フッ、フフッ」
その直後に聞こえたのは、小さな笑い声。プロペラやエンジン音に掻き消されてしまいそうなほどに小さい、笑い声だった。
八重子の耳はそれをしっかりと聞き取ると、僅かばかりの悪寒を身体に伝え、聞こえてきた方へ意識を誘導した。
「しょ、正吾様……? い、いかがなさいましたか……?」
八重子が恐る恐るといった様子で訊ねると、正吾の笑い声が止まる。窓の外に向けていた視線をゆっくりと八重子の方に動かすと、正吾は悪戯が成功した子供のような表情を浮かべていた。
怒りもなければ、悲しみもない。羞恥もなければ諦めもない。ただ愉快そうな顔で、八重子と視線を交わらせた。
「ああ、悪い悪い。笑いが堪えられなくてな」
「ふぇ? え、えっと……それは、どういう意味でしょうか?」
第三者から見れば、正吾は間違いなく敗者側の人間だ。連隊食戟を辞退し、退学を受け入れてしまったのだから。
──にも関わらず、当の本人はこの様子。八重子の思考は追いつかず、口からは間の抜けた声を溢した。
「今回の件は間違いなく薙切薊の仕業だ。目的は連隊食戟から俺を……燦徳正吾を排除することだろう。誰が見てもそれは成功している。もちろん、薊本人から見ても」
「それは……はい」
「確かに俺を排除することには成功している。──だが、
「……えっ?」
負け惜しみ、であるはずがない。そう八重子は確信していた。理由などない、これまでの燦徳正吾を見ていれば、負け惜しみであるなどと思うはずがないのだから。
「薊は二つミスをした。一つ目はもちろん、燦徳家に手を出したこと。現状、薙切家は薊の反乱で軽い内部分裂を起こしている。つまり、燦徳家に対抗するための力が十分に備わっていないということだ。そんな状態でウチに不利益をもたらす妨害工作をするなんて……馬鹿としか言いようがない」
心の底から嘲笑うように正吾は説明する。腕と脚を組みながら、とても悪い表情を浮かべて。
「二つ目は国内ではなく、海外を狙ったことだ。……まあ、これに関しちゃ仕方ない部分もあったと思うけどな。国内の拠点を狙ったところで対処は容易い。俺が出ずとも解決出来る規模であったなら、危ない橋を渡る意味もなくなるしな。……でも、だからこそ海外は狙うべきじゃなかった。少ない可能性に賭けて、国内の拠点を攻撃するべきだったんだ」
「つ、つまり……どういう意味でしょうか?」
一つ目はともかく、二つ目に関して理解が追いつかない八重子。必死に思考を巡らせてはいるようだが、納得のいく答えは得られていない。
正吾はそんな八重子に優しく微笑むと、もう一度視線を窓の外に向けながら口を開いた。
「俺は相手の土俵で勝負するのが好きだ。薙切薊が料理で挑んでくる限り、俺も料理で対抗しようと思ってた。どうせ、勝つのは決まってることだしな」
「それは、はい。……もちろんです。正吾様が負けるわけありません」
「だけどさ、ムカつくことに、俺はアイツと少し似てるんだよ。考え方とか、やり方がな。だからかな、アイツのことが嫌いなんだ。同族嫌悪ってやつかもな」
自分で言っておきながら、少し不機嫌そうな顔に変わる正吾。しかしすぐに表情を切り替えると、顎に手を当てながらどこか都合の良い言い訳をするような口調で語り出した。
「先に盤外戦術を仕掛けてきたのは薊の方だ。──なら、
「……ッ!!」
その瞬間、八重子は久しく感じていなかったプレッシャーを全身に受けた。思い返すのは自身の全てを貪り尽くされたベッドの上。年下の少年に心と身体を捧げ、生まれ変わった日のことだった。
こうなった正吾を相手にする。それはとても愚かで、自殺行為にも等しい。正吾の恐ろしさを知っている八重子からすれば、薊に対して同情の気持ちしか湧いてこなかった。
「いや〜、むしろこのパターンで来てくれて有難いまであるよ。自分で自分の首を捻じ切ってくれたんだ。薊には感謝しないとな」
「まさか……こうなる事も予想していたのですか?」
「当たり前だろ。俺がどれだけ準備してきたと思ってるんだ。……まあ、薊にとってこのパターンは一番最悪なパターンなんだけどな」
「しょ、正吾様……? 一体、どうするおつもりで?」
「ハハッ。なに、俺は効率主義だからな。転がってきたチャンスを無駄にはしないってことさ。……俺はちゃんと忠告したんだけどなぁ。──八重子、俺がアメリカに派遣していたチームに連絡を取れ」
「は、はい、承知しました」
慌ててスマホを取り出し、命令通りに動く八重子。
連絡を入れようとしていた彼女の耳に微かに届いたのは、全てを見下すかのような──正吾の声だった。
「……潰れるのはお前の方だったな。──
『やめて! 燦徳正吾の特殊能力で、色々と焼き払われたら、なんやかんや繋がっている薙切薊の精神まで燃え尽きちゃう!
お願い! 死なないで薙切薊!
あんたが今ここで倒れたら、嫁から逃げて、娘を洗脳して、全てを捨ててまで貫こうとした信念はどうなっちゃうの?
チャンスは多分残ってないけど、ここを耐えても無意味だけど、何とかしてぇ!』
次回『薊死す』ショクゲキスタンバイ!
R18要素はどこだって? それは本当にそう(真顔)。