※この作品はR-18です。

食の魔王を(性的に)喰らう者   作:スイートズッキー

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36話 沈む朝陽

 

 

 

 ──『真夜中の料理人(ノワール)』。

 

 

 国家の要人、裏社会の会合などで料理を提供する料理人たちの通称である。

 表舞台には一切姿を現さず、闇の世界でのみ包丁を振るう。多額の報酬が払われる代わりに、客を満足させられない不出来な料理を出せばその場で射殺されることすら日常茶飯事。

 

 まさに、命を賭けて料理を作る料理人たちだ。

 

 覚悟・実力共に表の世界の料理人たちとは比べ物にならない領域に到達しており、まともに戦えばまず表の料理人に勝ち目はない。それぞれが生き抜くために『異能』と称される特殊調理技術を習得しているので、生半可な実力では相手にすらならないのだ。

 

 そしてここ、アメリカのとあるビル内にて、複数の『真夜中の料理人(ノワール)』たちが勝負の場に立っていた。

 馴れ合うことをしない彼らにとって、同じ立場だとしても敵同士。全てが食うか食われるかの弱肉強食の世界だ。

 

 しかし、何事にも例外はある。

 

 徒党を組むはずがない『真夜中の料理人(ノワール)』を、一つの組織にまとめ上げた男が居た。圧倒的な才能とセンス、そして技術を使い、癖のある猛者たちを自身の配下にしてしまった男が。

 

 その男の名──〝才波(さいば)朝陽(あさひ)〟。

 

 二十歳という若さでありながら、実力とカリスマで多くの『真夜中の料理人(ノワール)』たちを掌握。短期間で一大勢力を作り上げた怪物だ。

 有する異能は様々な調理器具を同時に操る『クロスナイブズ』。ありとあらゆる調理器具に対応可能であり、勝負で倒した相手から奪った技術をそのまま使えるという恐ろしい能力だ。両手にそれぞれ違う調理器具を持つことで真価を発揮し、彼を『真夜中の料理人(ノワール)』たちのトップへと押し上げた。

 

 彼の目的はただ一つ。

 

 ──世界最強の料理人になること。

 

 表の世界と裏の世界、この二つを合わせた上での最強。

 そのために才波朝陽が手に入れようと目論んでいるのが、料理界の女王となるであろう存在──『薙切えりな』だった。

 

 それだけが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………こ、こんな、ことが……? あ、ありえな……」

 

 

 ビル内にある厨房にて、一人の男が絶望に染まっていた。膝から崩れ落ち、立ち上がる気力すら残されてはいない。元々白い肌からは更に血の気が引き、病的なまでの血色の悪さとなっていた。

 このビルのオーナーであり、アジトとしている組織のボス。『真夜中の料理人(ノワール)』たちを率いる首領──才波朝陽は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 手にも、足にも力が入らず。視界は精神的動揺から不安定。焦点は定まることもなく、右へ左へ意味もなく揺れている。

 

 事の発端は一時間前。たった一人でアジトに乗り込んで来た()()()が全ての始まりだった。

 フードとマスクで顔を隠していたため、顔を見ることは出来なかったが、声と体格から男であることは確定。闇の世界に生きている朝陽にとって、こういった侵入者は珍しくない。名前も売れてきた頃だったので、自分を仕留めにきた『真夜中の料理人(ノワール)』だろうと予想が立った。

 

 そして案の定と言うべきか、侵入者が朝陽に向かって言い放ったのは──〝お前を潰しに来た〟という宣言。

 

 改めて自分が分かりやすい世界に居るということを笑いながら、朝陽は快く挑戦を受けた。審査員がこちら側の人間になることも侵入者は了承してきたので、勝負を受けない理由も特になかったのだ。暇潰しにはなるだろう、そんな軽い考えで朝陽は侵入者と対峙したのだった。

 しかし、いきなりボスである朝陽に挑ませるわけにはいかないと、部下たちが前に出る。このアジトに居る『真夜中の料理人(ノワール)』たちは全員が朝陽に心酔している者ばかり、朝陽の手を煩わせないよう動くのは当然のことだった。

 

 まず一人、部下の中でも指折りの実力者が名乗りを上げた。

 そして、呆気なく敗北した。

 次に二人、三人、四人を同時に相手取り、侵入者はその(ことごと)くを圧倒的な実力差で沈めていった。

 

 部下たちが倒れていく光景を見ても、朝陽は自身の勝利を疑わなかった。()()()()()()()()()()()()()、負けるわけがないと確信していたからだ。

 

 しかし、結果は惨敗。

 朝陽が作り上げた皿は何一つ勝ることなく、侵入者の皿に叩き潰された。

 

 実力、などという次元ではない。

 蟻が象に勝てないように、蜥蜴(とかげ)が竜に勝てないように。朝陽と侵入者の間には、絶対に埋められないと断言出来るほどの力の差があった。生物としての格の違い、と言っても過言ではない。類稀な才能を持つ強者である朝陽が生まれて初めて『絶対に勝てない』と理解させられたのだから。

 

 磨き上げてきた技術も、センスも、才能も、これまで築き上げてきた全てを否定された。料理人として、才波朝陽は完全な敗北を叩き付けられたのだった。

 

「……お、お前は……一体……」

 

 震える口と震える喉をどうにか動かし、普段では考えられないほどに弱々しい声を発した。崩れ落ちている自身のすぐ目の前に立っている侵入者へ、最後の意地を振り絞って問いかけたのだ。

 侵入者は朝陽の声を聞くと、一つため息を溢した後、フードとマスクを外した。薄暗い照明の下に現れたのは黒い髪と東洋風の顔立ちだった。日系アメリカ人である朝陽は侵入者が()()()()()()()()()()()。滝のように汗を流しながら、恐怖を抑え込むように歯を食いしばった。

 

 朝陽の動揺など気にも止めず、侵入者は多少の疲労を振り払うかのようにコキコキと首を鳴らす。まるで緊張などしていない、どこまでも自然体な様子で。

 

「……はぁ、息苦しかった。フードにマスク、こんなに視界が塞がれた状態で料理したのは初めてだな。まあ、別に目隠しても変わらないんだけどさ」

「な、なんなんだ……お前は。……何者だよ」

 

 朝陽のか細い声に、侵入者は口角を上げる。

 相手の全てを見下すような目をしながら、言葉を返した。

 

 

「燦徳正吾。どうぞよろしく。──〝お義兄さん〟」

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 薊の策によって国外追放されてから五日。

 俺は宣言通りに三日で工場を再稼働させ、一日を使って薊の指示に従って動いていたコミュニティを全て解体。上の人間を入れ替えて再構成し、そのまま燦徳グループの傘下にしてやった。これでウチが保有するアメリカ拠点は盤石となったわけだ。

 

 そして続く五日目の今日。俺は薊の策に乗った最大の理由である──『才波朝陽』を潰しに来ていた。

 この男は所謂〝ラスボス〟。二年生編で戦うことになる最大の敵だ。

 

 

 だから、()()()()()()()()()()()

 

 

 コイツとわざわざ原作通りに戦ってしまえば、色々と面倒なことが起こってしまう。──と言うのもこの才波朝陽、目的が『薙切えりな』を妻にすることなのだ。

 そのため花束を渡すような積極的なアプローチもするし、アジトに誘拐もするし、えりなの母親の目の前で娘を貰う発言をしていたような気もする。

 

 曖昧な記憶を差し引いても見過ごせない巨悪だ。俺の野望の障害でしかないので、ハッキリ言って邪魔。明確に籍を入れようとしている分、主人公(創真)よりずっとタチが悪い。現時点でえりなから俺への好感度はほぼカンストしているはずだが、排除可能な不確定要素は絶対に残しておきたくなかった。

 だからこそ、俺は遠月学園に入学する前から才波朝陽をマークしていた。アメリカに専任チームを派遣し、数年に渡って動向を探らせていたのだ。『真夜中の料理人(ノワール)』を装って近付けば簡単に部下にしてもらえたので、スパイとして潜り込んだ燦徳家の人間から確実な情報を手に入れることが出来た。

 

 問題はどのタイミングで潰すかだったのだが、ここでまさかの薊がナイスプレイ。

 朝陽が居るアメリカの拠点を狙ってくれたので、誰にも怪しまれることなく朝陽を潰しに来られた。実家のために動いているはずの奴がラスボスを前倒しで仕留めに行ったなど、夢にも思うまい。

 

 スパイからの情報で潜伏している拠点はバレバレだし、攻めるのは容易だった。逃走を図られた時のためにビルの周りを武装した機動隊で包囲していたが、余計な心配だったようだ。

 前座である部下たちをシバき終えたら朝陽が出て来たので、同じようにシバいた。久しぶりに全力のチートを試すことが出来たのは大きい。()()()()()()()()()()と戦う時は全力を出す以外の選択肢はないので、実験台になってくれた朝陽には感謝だ。身体のどこも痛くないし、全力を出しても問題はないな。

 

「さ、燦徳……正吾……?」

 

 フード&マスクの状態だけが地味に辛かったので軽いストレッチをしていると、目の前で膝から崩れ落ちている朝陽が僅かに顔を上げた。困惑している様子から察するに、俺の名前は知らなかったようだ。

 まあ、俺はまだ料理界で特に有名ってわけではないし、ましてや世界にまで名前が轟いているなんて勘違いはしていない。朝陽が知らないのも当然と言える。

 

「悪いな、俺の都合で潰しちゃって。……けど、この世界は勝敗が全てだからさ、潔く諦めてくれ」

「ふ、ふざけんなっ! 俺がこれまで、どんな思いで生きて来たか……!」

「父親の顔も知らず、既に亡くなった母親からは虐待の毎日。唯一心を許せた大人は愛する家庭へ帰るためにお前の前から消えた……だろ?」

「お、お前……ッ!!」

「お前の部下の中にスパイを潜り込ませてたからな。大体の調べはついてるよ」

 

 過去の事に関しては原作知識だが、動揺を誘いたいので調べたという事にしておく。そして思惑通り、朝陽は目に見えて取り乱した。

 

「ス、スパイ……? 最初から、俺を狙ってたって……ことか?」

「そうだよ。ずっと狙ってた。……まあ、安心しろよ。悪いようにはしねぇからさ」

 

 裏の世界に生きる料理人は料理勝負で負けたら殺されることもあるらしいが、俺からすればアホだろとしか言えない。料理勝負ごときで奪っていいほど、人の命は軽くないからだ。

 俺の野望を叶えるために邪魔な存在だから潰しはしたが、俺個人からしても才波朝陽というキャラ──ではなく、人間は同情に値する。それもこれも全てあの毒親のせいなので、余計に可哀想と思わされる境遇だ。

 

 だから俺としても、才波朝陽を再起不能にするのではなく、薙切えりなを嫁にするという目的さえ潰せれば文句はない。

 もちろん、将来有望な料理人を手に入れたいという経営者目線の欲望もあるのだが。

 

「……情けはいらねぇよ。名前も知らない日本人に負けるようじゃ、どうせ俺の目的は達成出来なかったんだ。……もう、生きる理由もないからよ」

 

 流石に凹んでいるようだ。自分が最強だと思っていたら、それ以上の理不尽でボコられたんだから無理もない。プライドから何から、全部へし折れていても可笑しくはない状況だ。これは早めに()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まあまあ、そう腐るなよ。お前の目標は……俺が叶えてやるからさ」

「……? お前、何を言って──」

「お前が本当に欲しかったのは……『家族』だろ?」

「ッ!? な、何を……言ってんだよ」

「誤魔化さなくていいぞ。最初から分かってることだから」

 

 いつまでも崩れ落ちた体勢で居られると話がし辛いので、ポンと軽く身体を押して尻餅をつかせる。心の奥底の願いを言い当てられたからか、朝陽の表情は戸惑いで埋め尽くされていた。悪いがこれからもっと戸惑わせることになる。スマホを取り出し、部屋の外で待機させている部下に合図となる連絡を送った。

 

 

 俺が待ち望んでいた──処刑の時間だ。

 

 

 部下が部屋に連れて来たのは、一人の成人男性。

 黒のワイシャツに黒のズボン。手はロープで縛り上げられ、目隠しをされた状態で床に転がされた。

 

「だ、誰だよ……そいつ」

「慌てんなって、すぐに説明してやる。目隠しを外して座らせろ」

 

 指示通りに部下が動き、処刑の準備が完了。

 俺は持って来てもらった椅子に深く腰掛けると、脚を組みながら貼り付けた笑顔で成人男性に声をかけた。

 

 

 全ての元凶である毒親──『薙切薊』へ。

 

 

「どうも、薊さん。四日……いや、五日ぶりですかね? またこうしてお会い出来て、嬉しいですよ」

「……燦徳、正吾。やはり私を拉致したのは燦徳家だったか」

「当たり前でしょ。()()()()()()()()()()()()()()()()()、都合良く逃げられると思いました?」

「……ッ」

 

 俺が居なくとも原作通り、えりなたち『反逆者連合』が勝利し、薊たち『中枢美食機関(セントラル)』が敗北した。

 分かりきっていたことではあるが、勝利したという連絡を受けた時は胸を撫で下ろしたものだ。自分ではなく他人にターニングポイントを任せるのが初めてだったので、心の片隅では一抹の不安が残り続けていたのかもしれない。

 

「ほぼ半裸のままカッコつけて逃げようとしたら呆気なく捕まった気分ってどんな感じでした? 差し支えなければ教えて頂きたいんですけど?」

「……それが君の本性か。薄っぺらい笑顔よりも、余程好感が持てるな」

「そうですか。俺も余裕ぶった顔より、今の血管切れそうな顔の方が素敵だと思いますよ。薊さん」

「言わせておけばッ……!」

 

 あ〜、気持ちいい〜。この瞬間のために我慢してきたもんなぁ〜。もう少し楽しみたい気持ちはあるけど、この辺で勘弁してやろう。これから薊には今以上の屈辱と絶望を味わってもらうのだから。

 

「俺を必死で睨むのは結構ですけど、隣に人が居ることぐらい気付きましょうよ。さっきから見られてますよ、薊さん」

「……彼も僕と同じように、君が捕えたのかい? だとすれば、僕らは味方同士ということになるね。君という、共通の敵を持つ」

「クハッ、ある意味そうとも言えますね。笑わせないでくださいよ」

 

 何だよ薊、ギャグのセンス高いじゃん。

 味方同士か、物は言いようだな。

 

「朝陽、良かったな。──()()()()()()()()()()()()()()

「……は? 何を言って……」

 

 薊を連れて来た部下に持ってきてもらった書類を放り投げ、朝陽と薊の前に捨てる。英語で埋め尽くされた紙面だが、内容は至ってシンプルだ。

 

「な、なんだよ、これ」

「……DNA鑑定の結果報告書だと?」

 

 二人揃って床に落とした書類を読み込んでいる。やはり似ているな、こういうどうでもいいところで血の繋がりを感じさせる。

 

「それは薙切薊と才波朝陽……つまり、お二人が親子関係であることを証明する書類です。動かぬ証拠ってやつですよ」

「「──ッ!?!?」」

 

 真っ先に反応したのは朝陽の方だった。弾かれたように書類を手に取ると、集中しながら文字を目で追っている。薊の方は縛られているのでそれを黙って見ていることしか出来ない。滑稽で笑える。

 

「ば、馬鹿なことを……! そんなはずが……あり得ない!」

「おいおい、見ず知らずの女を抱いて子供まで作ったくせに、その言い草はないでしょ。なあ? 朝陽」

「……ね、捏造だ! 俺の父親が……見つかるはずない」

「残念だけど本物だよ。言ったろ? スパイを潜り込ませてたってさ。お前の毛髪と薊の毛髪を使った正真正銘のDNA鑑定だ。一致率は言うまでもないよな? そこに書いてあるし。なんなら他に八個ぐらい証拠あるけど見る? お前の母親の写真でも見せれば、流石に薊さんも言い逃れ出来ないだろ」

 

 めっちゃ暗い声で薊に『やめろ』と言われたので、写真を出すのはやめておいた。その言葉自体が、自らの過去を認めているようなものだしな。

 

「……嘘だろ。本当に……この男が、あの薙切薊が、俺の父親……?」

「流石に薊さんのことは知ってたか。──そうです、本当に父親です。俺が止めなかったらお前は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。感謝して欲しいぐらいだよ」

 

 脳の処理速度が追いついていないようで、朝陽は呆然と薊の方を見る。視線を向けられている薊は今までに見せたことがないような顔で俯いており、ようやく自分の状況を理解したようだ。俺が何の目的もなく拉致してアメリカまで連れてくるわけないだろ。地獄絵図すぎて哀れだ。ザマァとしか言えないな。

 

「生き別れていた親子の感動の再会ですね。その手助けが出来たこと、心から嬉しく思いますよ。薊さん」

「……さ、燦徳、正吾……!」

「──調子に乗りすぎたな、薊。お前は俺を連隊食戟から排除するために動いたんだろうが、それが全部逆効果なんだよ。お前は大人しく『食戟』で俺と戦うべきだった。無駄な小細工をするから、こんなことになったんだよ」

「……クッ」

 

 さて、俺としては十分スカッとしたし、個人的な復讐はここまでにしておこう。暴力を振るわないなんて俺は偉いな。何事も平和的解決が一番だ。

 

「……とう、さん?」

「…………ッ」

「はいはい、微妙な空気のところ悪いんですけど、話を進めさせてもらいますね」

 

 パンッと手を叩き、二人の意識を音で引きつける。個人的な復讐を終えた後は、ビジネスのお話だ。

 

「薊さん。貴方は燦徳に喧嘩を売った。対処したとはいえ、三日間はウチの工場が停止したわけですからね。最小限に被害を抑えても、損失がないわけじゃないんですよ」

「……何が言いたいんだい?」

「今の貴方は遠月学園の総帥ではないが、燦徳に喧嘩を売った時点では総帥だった。つまりこれは……()()()()()()()()()()()()()()()()()ということですよ」

 

 料理界では薙切家に遅れを取っているとは言え、その他の分野では燦徳家が大きく勝っている。料理の比重が大きいこの世界だから二番手に甘んじているだけで、本来なら燦徳家は薙切家よりも格上だ。

 しかも現在の薙切家は薊が好き放題したせいでまとまりがなく、壊すのは容易い状態。手段を選ばなければ、問答無用で傘下にぶち込むことだって可能かもしれない。それぐらい、両者の力関係は今回の騒動で変わってしまったということだ。

 

「ケジメを付けずに生きられるほど、世の中甘くないですからね」

「僕に、何をしろと……?」

「話が早くて助かります。俺が貴方に要求することは二つ。一つは俺の部下となり、その生涯を燦徳家の利益のために役立てること。料理人としての実力を、ウチのために使ってもらいます」

「……もう一つは?」

「こっちは簡単ですよ。──ちゃんとした父親になることです」

「なっ……!?」

 

 薊を潰すことは当然、俺の目的の中にあった。しかし、それ以外にも一つ、薊に父親としての役目を果たさせるというのもあったのだ。

 えりなを嫁にすれば、薊は俺の義父となる。家庭の問題なんて残しておくと後々面倒だ。解決出来る時にしておくのが効率的。なので朝陽の件と合わせて、薊には真っ当な父親になってもらうつもりだ。

 

「そうそう、朝陽。お前も一緒に働いてもらうからな。薊さんと一緒に、薙切の名を背負って燦徳のために料理を作れ」

「お、俺が……薙切を」

「お前の部下も全員、ウチが雇ってやる。日の当たる生活を保証してやるんだから、真面目に働くんだな」

 

 これで更に多くの料理人を手に入れられた。裏の世界を生き抜いてきただけあって、実力は申し分ない奴らばかりだしな。一石二鳥どころか一石三鳥だ。

 

「まあどうせ、拒否権なんてありませんから。従ってもらいますよ、薊さん」

「……そうだね。僕は敗北した。君の、言う通りにしよう」

 

 認知していなかった息子との再会が効いたのか、しおらしくなった薊。これはこれで扱いやすいからこのままでもいいな。

 薊を攻略したので、次の交渉に入るためにスマホを取り出して通話ボタンを押す。連絡した相手は遠月学園の前前総帥である──薙切仙左衛門殿だ。

 

「あっ、もしもし? お疲れ様です。今お時間よろしいでしょうか?」

『ああ、問題ない。……そちらも、終わったようだな』

「はい。予定通りに終わりましたよ」

 

 仙左衛門殿だけには事前に知らせておいたので、俺が薊を潰すことも了承済みだ。薙切家の現当主は巻き込んでおかないと、交渉がしにくくなってしまうからな。

 

『手間をかけさせたな。感謝するぞ、燦徳正吾』

「礼は不要です。俺がやりたくてやった事ですから。……それよりも、お願いがあって連絡させて頂いたんですが、よろしいですか?」

『わかっておる。薙切家が燦徳家の名に泥を塗った件、正式に謝罪させてもらう。こちらとしてはお主の要求を飲むつもりだ。……えりなを救ってくれた恩もあるのでな』

 

 これまた話が早くて助かる。頭を使った駆け引きも必要なさそうなので、単刀直入に要件だけ伝えておく。

 

「薙切薊、才波朝陽。両名の身柄は燦徳家が預かります。そして今後──遠月学園の運営に燦徳家も加わらせて頂きたい。もちろん、対等な立場同士として」

『……ふむ。他には?』

「もう一つ、来年中に俺は薙切家に対して重要な要求をします。()()()()()()()()()、というのが最後のお願いです」

『……内容の確認はなしか?』

「ご安心を。金銭や権利に関する要求ではありません。個人的なお願いであり、無理のない範囲だと思っています。……燦徳家の人間としてではなく、燦徳正吾個人の要求とだけ明かしておきますね」

 

 こう言っておけば頷くしかないだろう。元々向こうは断れる立場にないんだ。勝ちの決まった勝負って最高。

 

『──……あいわかった。口頭での約束は不安であろう。書面にて形を残しておくとする。よろしいか?』

「ありがとうございます。仙左衛門殿」

『繰り返すが、礼を言うのはこちらの方だ。えりなを救い、馬鹿息子を救い、闇に生きるしかなかった〝孫〟を救ってくれたこと、心から感謝している。……ありがとう。燦徳正吾』

 

 思わず口角が上がってしまった。お堅いとは思っていたが、想像以上だ。電話だと言うのに頭を下げている様子が目に浮かぶ。

 

「明日には学園に戻るので、えりなさんにもよろしくお伝えください。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『フハハハハッ! 頼もしいことだ! ……そういえば、お主に十傑・第一席を与えるつもりのようだぞ? 無論、反逆者連合のメンバー全員が賛同しておる』

「お断りします。十傑になるのは構いませんが、第一席にはなれません。最後まで戦った者にこそ、頂点の席は相応しい。途中で投げ出した俺が一席になったのでは威厳が失われてしまいますよ。俺としては、幸平創真を推薦しておきます」

『うむ、ではそのように伝えておこう』

「よろしくお願いします。……では、失礼します」

 

 俺の方から通話を切り、スマホをポケットへ。

 これで大体の目的は達成した。特に問題もなく、予定通り順調だ。

 

「……さて、それじゃあ俺は日本に戻りますね。この後のことは部下に任せてあるので、ちゃんと働いてくださいよ。料理人としても……父親としてもね」

 

 薊を拘束していた縄も解いてやり、自由を与える。これからは燦徳家に管理される立場だし、本当に自由とは言えないだろうけどな。やらかした罪への罰とでも思ってくれ。働き次第で自由度も変えていくつもりだし。

 

「じゃ、お疲れした〜」

「ま、待ってくれ!」

「ん? 何ですか?」

 

 椅子から立ち上がり、部屋を出て行こうとしたら薊に呼び止められた。この期に及んで負け惜しみでも言うのかと思ったが、何やら違う様子。まあ、ここまで付き合ってやったんだ。最後まで納得出来るようにしてやろう。

 

「き、聞きたいことがある! ……どうして君は、料理に向き合える? そこまでの腕を持ちながら、何故一人で歩いて行ける……?」

「えっ? 何の話?」

 

 マジで意味が分からなかったので、素のテンションで聞き返してしまった。向き合う? 歩く? 何言ってんだこの人。

 

「……熱を持って料理するからこそ! 料理人は果てなき荒野で彷徨うことになる! 君ほどの才があれば……あの人と同じようになっても、おかしくはないはずだ」

「誰と重ねてるのかは予想がつきますけど、愚問ってやつですね」

「ぐ、愚問……?」

「大前提が間違ってるんですよ。俺の中に、料理に対する熱なんて欠片もありません」

「なっ……! そ、そんなはずはない! あれだけ料理を極めておきながら、熱がないなどと!」

「そ、そうだ。あんな完成度の料理は初めて見た! ……この俺が絶望するほどの料理はな」

 

 なんだよ、もう息が揃ってるじゃん。親子仲の改善は思ったより早そうだ。

 

「……君ならば、全ての料理人を導くことすら出来るはずだ。誰も傷つかない、誰も迷わない、そんな楽園を作り上げることが……。君ならば……『神の舌』を救う料理ですら、作り上げることが──」

「それを否定された上で負けたから、今ここに居るんでしょ? 残念ながら、興味ないですね。誰もが自由に料理する、素晴らしいことじゃないですか。どうせ、やりたい奴しか生き残れないんだから。料理人なんてね」

 

 この世界じゃ特に、だしな。

 

「そもそも、俺と薊さんじゃ目指している所が全く違うんですよ」

「な、ならば、君は何を目指す? ……世界征服でもする気か?」

「ハハッ、真顔で何言ってんですか。そのボケ、あんま面白くないですよ」

 

 そんな簡単なことなら、ここまで苦労はしてません。貴方の娘の攻略難易度バグってますよって伝えたい。

 

「……まあ、それなりに大変な野望は持ってますよ。これからも頑張りますので、どうぞよろしく」

「ま、待てッ! ……後一つだけ、聞かせてくれ」

「じゃあ、後一つだけですよ」

 

 そろそろ飛行機の時間だし、マジでラストチャンスだぞ。これに答えたら即帰るからな。

 

 

「……君にとって、()()()()()()()?」

 

 

 何だか色々と意味が込められてそうな質問が飛んできた。朝陽も隣で答えを待っているようだし、面倒だなこの親子。

 俺にとっての料理か。答えるのは簡単だが……まあ、良いか。オブラートに包む必要もないだろ。俺という人間を知ってもらうには良い機会かもしれないしな。

 

 

「俺にとっての料理は……誰かのために作るものじゃなく、自分のために作るもの。野望を叶えるために必要不可欠な武器であり、大切な大切な──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ただの道具です」

 

 

 

 




 Q1『どうしてこうなったの?』。
 A1 『薊のせい』。

 Q2『ここまでする必要あったの?』。
 A2『多分ない』。
 
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