才波朝陽と薙切薊の件を片付け、俺は日本に無事帰国。
時刻は十二時過ぎ。飛行機を降りたばかりなので、厳しい眠気が襲ってくる。口から出そうになった欠伸を噛み殺し、取り出したスマホで迎えの車を呼びつけた。
「……戻るか。遠月に」
実家に寄ろうかとも思ったのだが、空港から直接遠月学園に向かった。父親から報告はメールで良いと言われてしまったので、さっさと学園に帰ることにしたのだ。
既に懐かしさを覚える校舎や学園の風景を通り過ぎ、自分の部屋に荷物を置く。部屋全体の四分の一を占めそうなキングサイズベッドもしばらく使っていないな。また平和で性欲にまみれた学園生活を送れると思うと、胸が高鳴った。このために、俺は面倒な戦いに身を投じたのだから。
連隊食戟で薊政権が敗北したことにより、『
元通りの学園に戻す準備期間ということで、一週間ほど学園は休校扱いとなるらしい。俺が帰って来た今日もその準備期間内ということで授業もなく、見かける生徒たちはそれぞれが自由な時間を過ごしていた。
あれだけ好き放題に作り変えれば、元通りにするのに時間がかかって当たり前だ。授業から講師まで、ありとあらゆる部分を弄りまくっていたのだから。
荷物の片付けを終えたので、俺は久しぶりの部屋を程々に、呼び出されていた『極星寮』に足を運んだ。
「──おおっ、正吾! 帰って来たなっ!」
早速出迎えてくれたのは創真。
俺を呼び出した張本人であり、共に戦った戦友だ。聞いた話だとファイナルバウトにて、原作通りにえりなとタッグを組んで勝負を決める活躍をしたらしい。流石は主人公、期待を裏切らない。
「おう、ただいま。お疲れ」
「お疲れお疲れ。へへっ、これで全員揃ったな。お前らっ! パーティ始めるぞッ!!」
玄関から大部屋に連れて来られると、そこには多くの人間が浮かれた様子で席に着いていた。机には大量の料理が並べられており、創真のパーティという表現に相応しい豪華さだった。
「あーっ! 燦徳っちきたー!」
「おかえりなさい!」
「よ、良かった〜! 無事に帰って来てくれて」
吉野悠姫に続いて、涼子と田所さんが声をかけてきた。その他にいつもの極星寮メンバーと合わせて、アルディーニ兄弟や水戸郁魅。美代子、アリス、黒木場、葉山アキラと、大体の関係者が勢揃いしていた。
後輩たちに気を遣ったのか、一色先輩以外の先輩たちの姿は見えなかったが。
「正吾くんっ! おかえりなさいっ!」
「ふんっ、帰って来んのが遅いんだよ。……まあ、おかえり」
「ああ。アリスさん、北条さん。ただいま。……にしても、凄い数の料理だな」
多分、ここに居る全員で作ったのだろう。麹料理にジビエ、天ぷらに燻製、イタリア料理に和食、最先端技術の料理に海鮮、カレーから中華まで何でもある。パーティと言うより食べ放題バイキングみたいになってるな。これはこれで楽しそうだから、何も文句はないけども。
「えりなさんや新戸さんは居ないのか?」
「それがよぉ、誘ったんだけど忙しいって断られちまったんだよなぁ」
「仕方ないよ、創真くん。薙切さんは新総帥になったばかりだから、色々とやらなきゃいけない事も多いだろうし。新戸さんはそのサポートをしてるみたいだよ」
「なるほどね。それもそうか」
田所さんの説明で二人が居ない理由は把握した。仕事しているであろう時に楽しく騒ぐのもどうかと思うが、どうせえりなたちは気にするなと言うに決まっている。後で顔を見に行く予定だったし、今はお招き頂いたパーティを楽しむとしよう。
「よっしゃ! 正吾も来たことだし、乾杯すっか! 連隊食戟の勝利を祝して……かんぱーいッ!!」
創真の号令でパーティが開幕。それぞれが楽しそうに会話しながら、極上の料理に舌鼓を打っている。
一時的とはいえ退学の烙印を押された者が多いからか、無事に学園に戻ることが出来た安堵で涙している者も少なくない。一応俺も退学していたわけだが、泣くほどの絶望は味わっていないからな。勝つことは知っていたし。
ジョッキに入ったコーラを流し込み一息つくと、隣の椅子に創真が座って来た。
「正吾〜! ちゃんと勝ったぞ!」
「ああ、知ってるよ。えりなさんとコンビ組んだらしいな。最終対決はコース料理で勝負したとか」
「そうそう! いや〜、大変だったぜ。薙切の奴、全然俺に合わせようとしないからさ。直前までメニューも決まらねぇし、マジ焦ったわ」
「どうせお前が駄々こねたんだろ? ちゃんと言うこと聞けって言っておいたのによ」
「へへっ、俺が聞くと思ってたのか?」
「いや? 全然」
あの場では一応の声掛けとして言っただけで、言う事を聞くなんて微塵も思っちゃいない。創真が素直に言う事を聞いていたら逆に驚きだ。
「そういえば、十傑・第一席になったんだろ? おめでとう」
「あっ、それそれ! 何で正吾は断ったんだよ? 俺たち全員、お前が第一席になるべきだって話になってたのによ。しかも俺を推薦したって聞いたぜ?」
「当たり前だろ。俺は途中で勝負の場から消えたんだ。一番高い椅子には最後まで戦った奴が座るべきだろ」
ぶっちゃ第一席なんて興味ない。俺の実力は1stバウトと2ndバウトで十分見せつけられただろうし、第一席という肩書きが必要ないぐらいには周りの奴らに実力を認めさせることが出来たはずだ。
俺に必要なのは十傑・第一席なんて狭い範囲の頂点じゃない。『世界』という広い範囲での頂点なのだ。
「薙切に言われたから受けたけどよぉ。俺はまだお前が第一席になるべきだって思ってるからな。その内ちゃんと勝負してお前に勝てたら、やっと堂々とてっぺん獲ったって言えるんだからよ」
「いい心掛けだな。まっ、頑張れよ」
「俺は勝負するための条件とかないから、いつでも第一席を賭けて食戟しようぜ? なあなあ、何なら今からどうだ?」
「それは無理だろ。普通に考えて」
「んだよぉ。……ていうか俺って、今まで正吾に勝負を受けてもらったことねぇよな? 食戟に限らずさ」
「……ん? そうだっけ?」
「そうだよ! 入学した頃から何度か声掛けてんのに、全部理由を付けて断ってたじゃねぇか」
「そうだったか。悪い悪い」
不満そうな目を向けてくる創真に平謝りしながら、誤魔化すように食事を頬張る。そりゃ目的もなく主人公なんかと勝負するメリットもないわけで、俺からすれば逃げの一択だ。勝っても負けても原作に与える影響は多少なりともありそうだし、絶対に問題ないと確信している瞬間まで創真との勝負はお預けの予定だ。
「まあ、その内な」
「おう! 約束だぜ?」
「分かってる。……そうだ。十傑になるって話は聞いたけど、俺は結局何席になったんだ?」
「知らなかったのかよ。第二席ってことで話がまとまったぜ? 久我先輩や一色先輩が提案してくれてな。連隊食戟のたて……役者? だからってさ」
それは何というか、有り難い気遣いだな。別に席次なんて第一席じゃなきゃどうでも良いが、上の方なら使える権力も大きくなる。二年生が始まる前のボーナス期間とも呼べるこの数ヶ月を有意義に過ごすため、それなりの立場は有能な武器だ。
「創真が第一席で俺が第二席か。司先輩と竜胆先輩のコンビとは真逆で、不真面目と真面目が入れ替わったな」
「おいおい、俺だって真面目だろ?」
「なら、ちゃんと書類仕事もするんだよな? 言っとくけど、お前の手伝いをするつもりはないからな」
「そ、それは……食戟で話をつけるってのはどうだ?」
「バーカ。それはお前が得してるだけだろ」
「ははっ、バレたか」
その後も宴は盛り上がり、時間を忘れる空間となった。参加している誰もが取り戻した平和を噛み締めながら笑い合っており、まさに青春の1ページだ。
周りに気付かれない程度に抑えてアリスたちとイチャイチャしたり、裸エプロンとなった一色先輩を観光名所でも見るかのように眺めたり、お約束のゲテモノ料理を披露した創真に苦笑いしたりと、普通に楽しいパーティだった。
気付けば時刻は一六時。乾杯したのが一三時半ぐらいだったので、既に二時間半も経過していた。そろそろ今日の本命の目標を果たすために動き出さなければならない時間だ。
「まだまだあるぜ〜? とっておきの新作ゲテモノ料理〜! 田所……食べてくれるよなぁ?」
「や、や、やんだぁ〜!!!」
創真と田所さんを中心に騒いでいるので、一言かけてから抜ける必要もなさそうだ。夫婦漫才を見て全員が笑っていることだし、水を差すような真似は必要ない。
俺は飲み物を取りに行くフリをして極星寮を出ると、スマホで緋沙子に連絡。僅かなコールで電話に出たことを揶揄いながら、総帥室がある学園方面へと歩き始めた。
「……全く、誰が嬉しそうな声だ。……ばか」
「どうしたの? 緋沙子?」
電話を切った瞬間、顔を赤くしながら文句を呟いた緋沙子に、えりなは不思議そうな顔を浮かべて訊ねた。慌てた様子で返された『何でもありません!』という言葉を素直に受け取ると、朝から続けていた書類仕事の手を止めて一つ伸びをした。
「えりな様。その……燦徳正吾が帰って来たようです。こちらに向かっているとの連絡を受けました」
「正吾くんが!? そ、そう……お祖父様から今日帰って来ることは聞いていたけど、何時になるかは知らなかったものね。……こっちに、向かってる」
先程まで落ち着いていた心臓の鼓動が、確実に加速し始めたのをえりなは感じ取った。ずっと会いたいと願っていた人物に会えるのは嬉しいが、いざ実際にとなると話は別。頬は段々と赤く染まり、思考は鈍く低下し始めた。
「え、えりな様……? どうなさいました?」
「えっ? な、何でもありません。……いえ、その、少し恥ずかしくて」
連隊食戟を通じて、以前よりも仲を深めたえりなと緋沙子。恐怖の対象であった父親に真正面から『従者』ではなく『友達』だと言い切った緋沙子には素直でありたいと、えりなは正直な気持ちを吐露した。
全てが終わって冷静に振り返ってみると、燦徳正吾という人物に何度助けられたのか、えりなですら分からなかった。その気持ちを、誤魔化したくないとも思ったのだ。
正吾が連隊食戟から離脱するとなった瞬間、えりなは暗い恐怖に襲われた。心配をかけたくないと強気に言った『必ず勝つ』という言葉も、嘘ではないが自信があったとも言えなかった。
しかし、そんな恐怖を当たり前のように、正吾は軽く打ち消したのだ。
『それぐらいしてくれないと期待外れだな。──俺の
何も引っ掛かることなく、その言葉はえりなの中から恐怖を取り除いた。勝って当然、負けるはずがない。自分の力を信じてくれているからこその言葉。
「……正吾くんとの約束は、守ったものね」
「……はい。えりな様たちは取り戻してくれました。……私たちの遠月学園を」
見つめ合うえりなと緋沙子。主人と従者という関係から抜け出した二人は、優しい顔で微笑んだ。
「えりな様、本日の業務はここまでにしましょう。片付けは私がやっておきますので、燦徳正吾と話してきてください」
「えっ……? ふ、二人で?」
「はい。二人で、です」
少しばかり強引に部屋から追い出されたえりな。圧力を感じさせた緋沙子の笑顔に負け、大人しく言う通りにした。
こちらに向かっているという情報から、既に近くまで来ているだろうと予測。下手に動いてすれ違わないよう、えりなは校舎の入口付近に立って待つことにした。
「……はぁ」
まだまだ冷える冬の空の下。鼠色の厚い雲を見上げながら、白い息を吐く。周りは静寂に包まれており、物音一つしない。人の居ない校舎で人を待つという状況がどこか不思議で、えりなは付けてきたマフラーに顔を埋めた。
「…………あっ」
しばらく待っていると、静かだった世界に足音が響いた。下を向きながら立っていたえりなが視線を上げると、そこには予想通りの待ち人がこちらに向かって走って来ていた。
黒のコートに身を包み、白い息を置き去りにしながら、真っ直ぐに自分の所へ駆け寄って来る一人の男。えりなは目の前に現れた少年──燦徳正吾に向き合った。
「こ、こんにちは。……正吾くん」
「こんにちは、えりなさん」
約一週間ぶりに見た正吾の顔に、えりなの頬は更に赤く染まったのだった。
校舎の入口付近で話すのも味気ないということで、正吾とえりなは場所を移動。えりなが子供の頃からたまに訪れている桜の木の丘に来ていた。
春であれば桜も満開で上等な花見スポットであるこの場所も、今の季節では殺風景としか表現出来ない光景だ。しかし、それでも二人の顔が曇ることはない。場所は二の次、誰と居るかが一番重要な事だった。
「なんか久しぶりな気がするね。こうして話すの」
「そ、そうね。……一週間ぐらいしか経っていないのに」
「それだけ忙しかったってことかな。改めて、連隊食戟での勝利おめでとう」
「……ええ、ありがとう」
一枚の葉も付いていない木々の間を、肩が触れ合わない距離で並び歩く正吾とえりな。正吾はいつも通りだが、えりなの方はどこか緊張している様子だった。
「そ、その……ご実家の方は大丈夫だったの? お父様が何かしたって……お祖父様から聞いて」
「ああ、そのことか。安心して、何も問題はなかったよ。えりなさんが気にするようなこともね」
「……そう、良かった」
正吾の言葉を聞き、えりなは一安心といった具合に目を閉じた。連隊食戟の後で聞かされたこの話に、ずっと申し訳なさを感じていたからだ。
「心配してくれてありがとう。こうしてちゃんと学園にも帰って来られたし、全部上手いこと解決したね。……まさか高校生活一年目からこんな事件に巻き込まれるなんて、流石に思わなかったよ」
「ふふっ、そうね」
えりなの笑い声に、正吾も口角を上げる。交わされる言葉の数が少なくとも、気まずさはない。無理に会話しなくてもいいという心地良さが、二人の間には確かに存在していた。
「……はぁ」
「寒い? 手袋とかはないの?」
「え、ええ……」
えりなが寒さで冷えてきた両手を暖めていると、正吾がえりなの片手を取り──
「しょ、正吾くんっ!? こ、これは……えっ? 暖かい?」
「ポケットの中にカイロ入れてるからね。少し避難していきなよ。もう片方は自分のコートのポケットにでも入れときな」
「……あ、ありが……とう」
善意による誘いを断ることも出来ず、えりなはされるがままに厚意を受け入れた。これまでの人生で異性とこんな風に接したことなどあるはずもなく、えりなは与えられる熱とは別に、耳を赤くした。
「進級試験も終わったし、俺たちも二年生か。……そうだ。新総帥着任、おめでとうございます。えりな総帥」
「や、やめて……。そんな呼び方、嬉しくありませんから」
「ははっ、ごめんごめん。でも凄いよな、高校一年生で遠月学園の総帥なんてさ」
「別に、凄くないわ。……私に務まるか、分からないもの」
学園総帥という地位は、生半可な立場ではない。これまで学生だったえりなが自信を持てるはずもなかった。
「務まるよ。大丈夫」
「……どうして?」
「
「そ、その話、本当なの……?」
「うん、本当だよ。後で仙左衛門殿にでも訊いてみると良いよ」
軽く告げられたとんでもない事実に、えりなの思考は一瞬停止した。それでも、正吾が協力者になるという事実があまりにも魅力的で、思わず頬が綻んだ。
「やっぱり、えりなさんは笑ってる顔が一番可愛いね」
「なっ……!? か、揶揄わないで……」
「いやいや、思ったことを言っただけだよ?」
不意打ちの一言に、えりなの熱が上がる。繋がれたままの手も、顔も、耳も、寒さを全く感じさせないほどに熱くなっていた。
「……っ」
えりなは顔を逸らしたまま、横目で正吾の顔を見る。照れた様子はなく、どこまでも自然体だ。自分ばかりが恥ずかしがっているという状況に、えりなは言葉に出来ない悔しさを覚えた。
言いたかったことはある。話したかったことがある。正吾の帰りを待っていた間、えりなはずっと考えていた。
燦徳正吾に対する──
正体は既に分かっている。
えりなはこれでも乙女、少女漫画で学習済みだ。
思い返すのは出会ってからの日々。料理としか向き合って来なかった自分の世界に、いきなり踏み込んで来た少年との記憶だった。
初めて出会った、編入試験。
『少々お待ちを、お客様』
同じ部屋でトランプをした、宿泊研修。
『誘ってくれてありがとう。薙切さん』
『……うん。期待してるよ』
何も出来ずに助けられた、
『──そこ、俺の席なんですよ』
屋敷から連れ出してくれた、月明かりの夜。
『助けに来たよ。──さあ、逃げよう』
怯える自分を奮い立たせた、厳しくも優しい言葉。
『──薙切薊に勝てないようじゃ、俺を倒すなんて笑い話にもならないよ』
列車の窓から見上げた、美しい星空。
『……やっぱり、星が綺麗だね。──えりなさん』
自分を信じて任せてくれた、連隊食戟。
『俺はここまでだ。後は頼むよ』
その全てが、今のえりなを作った。
燦徳正吾に──
「しょ、正吾くん……」
「ん、なに?」
歩みを止め、語りかけたえりな。心臓はこれ以上ない程に鼓動を重ね、潰れてしまいそうな程の重圧が心を襲った。
それでも、えりなは真っ直ぐに正吾の顔を見る。目を逸らすことなく、視線を交わらせた。
「……わ、私……」
口が上手く動かない。覚悟を決めたはずが、喉の震えも止まらない。
今から自分がしようとしていることの恐ろしさを、えりなは再度認識した。成功しても、失敗しても、今の関係には戻れない。その事実が、えりなの覚悟を鈍らせた。
「……私は……!」
思わず手に力が入る。それでも、伝えたい言葉は出て来ない。
情けなさを感じ、本人の意思に反してえりなの瞳に涙が浮かび始めた。
数秒間、時が止まる。
先に口を開いたのは──正吾の方だった。
「──好きだよ。えりな」
その瞬間、えりなの思考は完全に停止した。
油断していたところに飛んできた一撃は正確に鼓膜を刺激し、意味を理解した途端に身体は更なる熱を発した。
シンプルで短い言葉。それは紛れもなく告白だった。まさかこんなことになるとは思っておらず、えりなの脳は軽く処理落ちしかけた。
「あっ、えっ……えっ?」
上手く言葉が出てこない。確かなのは自分の顔が猛烈に赤いということ、えりなはそう断言出来た。
これまでの人生で異性から告白されたことは何度かあるが、ここまで感情が揺れ動いたことはない。返す答えなど決まっているにも関わらず、えりなの動揺は続いた。
「連隊食戟が終わったら、言おうと思ってたんだ。驚かせたよね?」
「そ! そんな、ことは……」
ない、とは言えず、えりなは静かに俯いた。
リアクションが面白いのか、正吾は楽しそうな笑顔を浮かべる。
「それで、返事は今貰えるんだよね? 一応、告白のつもりなんだけど」
「それは……そうね。返事、返事ね……!」
右に左に視線を泳がせながらも、改めて覚悟を固めたえりな。怯える必要などない。お互いが同じ気持ちであると、先に伝えてもらったのだから。
一つ呼吸を挟み、えりなは正吾と目を合わせる。潤んだ瞳のまま、素直な気持ちを返した。
「……私も、好きよ。──貴方が……正吾くんが、好き」
えりなは思わず自分を褒めたくなった。それ程までに、振り絞った勇気は大きかった。
「じゃあ、今日から『
「…………こ、こ、恋、人」
「そう、恋人。……こうやって手を繋ぐ関係ってことだよ」
正吾はポケットの中で繋いでた手を外に出し、所謂〝恋人繋ぎ〟の形に握り方を変えた。全ての指が絡み合い、重なった掌と掌が互いの存在を確かめさせる。伝わる熱は心地良く、えりなの肩からは自然と力が抜けていった。
「これからも、よろしく……えりな」
「わ、私の方こそ……正吾くん」
緊張が解けたからか、二人が同時に笑い合う。嬉しそうに、恥ずかしそうに、楽しそうに。
寒さを吹き飛ばす程の熱い青春が、間違いなくそこにはあった。
「取り敢えず、この事は二人だけの秘密だな。新戸さんにもだよ? えりな」
「え、ええ。分かったわ。……ふふっ。二人だけの秘密ね」
言いたいことを言い終わったので、校舎へ戻るために再び歩き出した正吾とえりな。固く繋がれた手はそのままで、手に入れた距離に幸福を感じながら、二人はゆっくりと帰路につく。
校舎付近に戻るまで、二人の手が離れることはなかった。