満月の綺麗な夜。
WGOが運営を務める世界最大の料理大会──〝BLUE〟が開催された。
遠月学園と変わらず会場は大掛かりで、なんと城が舞台だ。わざわざ周りを水で囲っているし、多額の資金が費やされているのは間違いない。
前世での考え方が染み付いてしまっているせいで、料理大会如きにこの金の掛けようかと条件反射で思ってしまう。この世界に於ける料理という存在がどれだけ大きいのかを幾度となく教えられる日々だ。
「やっとこの日が来たな! 正吾!」
「そうだな。やる気はどうだ? 創真」
「おうっ、当然! 満ち溢れてるっての! なっ? 田所」
「ふぇっ!? う、うん! ベストを尽くすよ!」
俺と同じく青の前哨戦でBLUEへの出場権を獲得した創真と田所さんと共に、会場へと到着した。周りを見れば名の知れた料理人たちがそこら中に立っており、この大会のレベル高さが伺える。
「正吾! ぜってぇこのBLUEでお前と勝負するからなっ! そんで必ず勝つ!」
「お前と俺が当たればな。もし当たるようなら……その時は本気で相手してやるよ」
「……ッ! へへっ、そうこなきゃな。楽しみだぜっ」
これまで散々誘いを断ってきたわけだし、最後ぐらいちゃんと向き合ってやらなきゃ失礼ってもんだ。一応、俺は創真と友達なのだから。
まあ、原作通りの対戦カードになるかどうかは、俺にも分からないんだけどさ。そこは主人公補正に任せるとしよう。俺と戦いたいなら、自分でその運を引き寄せるぐらいしてもらわないとな。
そのまま創真たちと軽い雑談をしていると、目の前にある巨大モニターに映像が映し出された。モニターの中に現れたのは、ランダービ攻略の際に利用させてもらったばかりのWGO一等執行官であるアンだった。
『──皆さん。お集まり頂き、感謝なのです』
アンは簡潔な挨拶に始まり、今回のBLUEの概要説明に入った。
本戦会場である城に辿り着くまでには、合計で三つの門を突破しなければならないこと。見事試練を乗り越え、天守閣まで勝ち上がった料理人二人によって今年のBLUE優勝者が決まるとの説明だった。シンプルで分かりやすいルールだ。要は大掛かりなサバイバル、強い奴が勝つといういつも通りのやつだった。
「……厳しい戦いになりそうね」
ルール説明が終わると同時に、背後からえりなが現れた。
緊張しているようだが、予想していたよりも顔色は悪くない。睡眠時間だけはしっかりと確保出来たらしい。
「おっ、薙切!」
「姿が見えなかったから心配したよ〜。良かったぁ」
「えりなさん。……気合いは十分か?」
「……ええっ。思っていたよりは、気が楽だわ。……ふふっ、貴方が居るからかしらね」
「そうだと思うよ。
挑発の言葉にも、えりなは笑顔を返した。メンタルは安定しているようなので、俺が心配する必要もなさそうだ。
事前にメンタルケアという名目で行ったイチャイチャが効果を発揮してくれたかな。
「──じゃっ、頑張れよ。創真、田所さん、えりなさん」
「ちょっ! おいおいっ! どこ行くんだよ正吾!」
「第一の門の試練はもう始まるよ!?」
「悪い、俺はシード権与えられてるから。第一の門は突破済みなんだよ」
これは別に俺が燦徳家の人間だからではなく、単純に実力を見込まれてのことだと運営側からも伝えられた。
四月から七月までの間で世間に名前を売るために出場した料理大会での成績が評価されたとも付け加えられたが、素直に納得出来ない部分もある。まあ、楽させてもらえるなら、喜んでさせてもらうけど。
「創真、俺と勝負したいなら負けんなよ? 田所さんも、実力さえ発揮出来れば勝ち上がれるよ。頑張って」
「上等! 首洗って待っていやがれっ!」
「う、うんっ! 必ず追いつくから!」
俺のスタート地点は第三の門。試練開始まで時間があるので、先に顔合わせを済ませておくつもりだ。
天守閣からこちらを見下ろす──
「……あっ、どうもどうも。お疲れ様です」
第三の門を潜った先にある橋を渡っていると、目の前に二人の男が現れた。遠月学園の前々総帥である薙切仙左衛門殿と、前総帥である薙切薊だ。
事前に待ち合わせを予定していた二人であり、これから会おうとしている人物と深い関わりを持つ男たちでもある。
「付き添いを承諾してくださり、ありがとうございます。仙左衛門殿。言いたいことを言うつもりなので、少々失礼な物言いになってしまうかもしれませんが……どうかご容赦を」
「構わんよ。むしろ、感謝しているのはこちらの方だ。バラバラになってしまった娘と馬鹿息子の再会を手伝ってもらっているのだからな」
「……お義父さん。部外者の前でそういったことは」
「何を言うか。燦徳君はえりなと恋人関係なのだろう? 部外者ではない」
「ぼっ、僕はまだ認めては──」
「時間が惜しいんで行きましょうか。……それから薊さん。貴方の同行を許可したのは、普段の働きを評価した上での温情です。──余計なことは言わないように」
「…………わ、分かりました」
薊を黙らせてから、二人と共に城の内部へと入る。新しく建造された城なだけあって、階段は登りやすい。
ようやく辿り着いた最上階でWGO側の執行官とやり取りをし、目当ての人物への謁見を無事に許可された。BLUEという大会の全てを取り仕切る、最終章の親玉がご登場だ。
「──初めまして、だな? ……燦徳正吾」
畳の上に横柄な態度で座り込み、不適な笑みを浮かべながら出迎えてくれた一人の女性。
金色の髪と白い肌は愛する恋人を思わせ、風貌からも血の繋がりを感じさせた。
──『
WGOという組織のトップであり、肩書きは『
世界最大級の組織を率いているだけあって、貫禄が凄まじい。面と向かって感じる圧力だけで言えば、俺の父親に近い。伊達に苦労してきてはいないということか。
「お初にお目にかかります。謁見の許可を頂きましたことに、まずは感謝を」
「堅苦しいのは抜きにせい。父上とその男を連れて来ておる時点で、和やかな会話など望んではおらんのだろう?」
話が早いところまで父親にそっくりだ。仕事の出来る人種ってのは全員がこんな感じなのかもな。
「では、お言葉に甘えて……話したいことがあって、俺は貴女に会いに来ました」
「申してみよ。聞いてやる」
「──娘さんを僕にください」
一息で言い切った言葉に、俺以外の三人が固まった。空気が凍るってこういうことを言うのか。良い経験になったな。
「なっ、いきなり何を言うんだい!? 燦徳君!」
「ふはははっ! 全く大胆な男だ! 流石の儂でも予想しておらんかったぞ!」
「父上、笑いすぎだ。……しかし、肝が据わっていることだけは間違いないな。私のみならず、父上とその男の前で言い切るとは」
なんか薙切家の人間が混乱している。
まあ、混乱させるようなことを言ったのは俺なんだけども。
「個人的な話にはなりますが、自分はえりなさんと真剣に交際しています。なので、真凪さんには是非ともご挨拶がしたいと思っていました。仙左衛門殿と薊さんにご同行願った理由ですが……説明が必要ですか?」
「若くとも燦徳の人間か、生意気な小僧じゃな」
「お褒めに預かり光栄です」
「フッ、いい度胸だ。そこの男にも見習わせたいものじゃな。付き添いがなければ顔を出すことすら出来んようじゃからのぉ」
飛び火した薊。自業自得とはいえ、少しだけ不憫に思う。
「返答を頂けますか?」
「──好きにせい。あれももう大人だ、私が口を挟むこともないだろう。……尤も、私には口を挟む資格もないがな」
「……真凪」
頬杖を突く横柄な態度は変わらないが、薙切真凪の顔がほんの少し曇った。やはりえりなに対しての負い目はあるようで、今更母親ヅラをする気はないらしい。
個人的には正しい考え方だとは思うが、それではえりなが幸せになれない。薙切の家庭──主に、えりなの家庭環境を改善するためだけに、俺はわざわざこの場所に来たのだから。
薊に関しては自分でどうにかするべきだが、『神の舌』のせいで拗れているえりなと真凪の関係だけは自然に修復出来るものじゃない。幸せな結婚生活を送るためにも、俺はこのBLUEで彼女たちに家族としての形を取り戻させなければならないのだ。
「即答ですか。薊さんにはまだ反対されているんですけどね」
「言わせておけ。昔から口だけは達者な男でな、どうせ何も出来はせんよ」
「今は俺の部下として立派に働いてもらってますよ? 自分の手で手放したものを、取り戻そうと必死にね」
「……燦徳君」
薊のやつ、さっきから呆然と名前を呼ぶことしかしてねぇな。久しぶりに顔を合わせた嫁に向かって何かもっと言えよ、このヘタレ。
「聞いてもおらんことを申すな。その男がどこで何をしていようと、私には関係のないことだ。同様に、えりなのこともな」
「僕が頂いても構わないと?」
「そう言っておる。それに……私はお前を高く評価しておるのだぞ? 燦徳正吾」
「
「ふっふっ、見抜いておったか」
確証はなかったが、俺の推測は当たっていた。
料理大会優勝の成績が評価されたと言われても、俺はまだ五つか六つ程度の大会にしか参加してはいない。その全てで優勝しているとしても、このシード権は優遇されすぎだ。文句が出ないラインとしては第二の門が適切だろう。……にも関わらず、俺のスタートラインは第三の門だった。鶴の一声で俺のシード権を決めたのだと予想するなら、そんな荒技は組織のトップしかあり得ない。
つまり、薙切真凪の仕業ということになる。
「随分と期待されているようで、光栄です」
「ああ、存分に応えてくれ。──なにせ、『表』の料理人で期待出来そうな者が、お主しかおらんのでな」
「と言いますと?」
「惚けるな。知ってるのだろう? 『裏』の世界の料理人……『
はい、よく知ってます。……とは言えんよなぁ。
「今回のBLUEは『表』ではなく『裏』の料理人たちに期待して開催したのだが……目を付けておった『
まあ、俺がその主力を潰して、自分の勢力に取り込みましたし。
流石に朝陽のことはBLUEが終わってから伝えるとしよう。えりなと真凪に同時に伝えれば、手間も省けるしな。
「俺以外の『表』には期待していないということですか。評価されるのは嬉しいですが……些か早計にも思えますね」
「ほお? お主以外にも腕の立つ料理人が居ると?」
「もちろん。何人か期待に応えられる料理人は居ますが、やはり一番は……薙切えりなさんでしょうね」
俺の答えを聞くと、真凪は特徴的な
「……それはない。
「その根拠は娘さんの持つ……『神の舌』ですか?」
俺がその単語を口にすると、それなりに柔らかかった部屋の空気が一変し、重苦しいものへと変わった。
薙切真凪は眉間にシワを寄せて俺を睨み、後ろに立っている薊と仙左衛門殿からは息を呑むような緊張が伝わってきた。
「『神の舌』では、自分を満足させられない。何故なら、それは既に……
「……私が健康体であったなら、その整った顔を殴り飛ばしてやっておったのだがな。──お主の言う通りだ。『神の舌』に用はない。えりなに私を満足させられる皿は……絶対に作れんのだ」
絞り出すような声から揺るがない確信を感じた。この人はもう絶望しているのだ。『神の舌』という
だからこそ、俺は言ってやらなければならない。
「──貴女にえりなの何が分かるんです?」
「……なに? どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。幼い頃に離れておいて、何が分かるんです? えりなの『神の舌』では貴女を満足させられない。何故なら自分の『神の舌』では自分を満足させられなかったから。ここまでは分かりました。……ですが、その仮定が正しいと決めつけるには、一つの条件があるんですよ」
一呼吸置いて、真凪の目を真っ直ぐに捉える。
「貴女が……
「そ、それは……」
「えりながどれ程の料理人か貴女は知らない、知るはずがない。近くに居なかった立場で分かるわけがありませんよね。母親としての役目も果たさず、家庭を捨てた人には」
「さっ、燦徳君ッ! それはいくらなんでも言い過ぎだ!」
「第一走者は黙ってろ」
「……くっ」
止めにかかったのは薊だけで、仙左衛門殿は静観している。事前に失礼なことを言うかもと念押ししておいて良かった。
「確かに貴女は『神の舌』の被害者だ。満足に食事を楽しめないどころか、喉を通さないなんて生き地獄でしょう。自分のために命を削って料理に取り組んだ薊さんが壊れてしまったのも、貴女の心に大きな傷を残した」
「……真凪」
「……別にその男のことは関係ない。この私ですら無理だったのだからな。……重すぎるものを背負わせたと、後悔すらしたさ」
夫婦で傷の舐め合いをするのは勝手だが、まだ本当に言っておきたいことが言えてない。
薊の腕を取り、真凪の横へと無理矢理移動させる。問題児夫婦を並べたところで、えりなの代わりに真正面から言ってやった。
「──子供を必要としない親は居ますが、
「「…………ッ」」
「貴方たちにはこの大会中、ちゃんとえりなを見ていてもらいます。これまで目を逸らしていた分、取り返すぐらいのつもりでね」
夫婦揃って悔しそうに顔を下げる。素直じゃない部分といい、中々の似た者同士だ。
「──では、言いたいことは言えたので、これで失礼します。それから薊さん……いや、薊。お前はここで真凪さんと大会を観戦していろ。隣に座って、彼女の側を離れるな」
「そ、それは……」
「上司命令だ。──返事は?」
「……了解、しました」
立ち上がろうとした薊を座らせ、黙って見届けてくれた仙左衛門殿の方に振り返る。
「感謝します、仙左衛門殿。自分はそろそろ準備に入りますが、いかがなさいますか? ここで二人と一緒に観戦を?」
「いや、儂も下に降りるとしよう。……真凪、薊。無理に顔を合わさずとも良い。ただ肩を寄せ合い、えりなのことを見守ってやれ」
真凪と薊はその言葉を聞き、ゆっくりと視線を向け合った。お互いすぐに逸らしたが、薊の方から少しだけ真凪への距離を詰めた。最低限の男気は見せたようだ。
「では、大会をお楽しみください」
「まっ、待て! 燦徳正吾! ……お主は、どうしてそこまで己を保てる? ……何を望んでここに居る? 何の利益があってこんなことを……?」
「……ハハッ。目的のためですよ。何も利益がないのに夫婦仲を改善しようとするほど、俺はお人好しじゃありません」
「その目的とは……何だ? 何がお主をそうまで動かす?」
訊ねてきているのは真凪だが、薊と仙左衛門殿からも視線を感じた。特に隠すようなことではないので、正直に答える。
「『薙切えりな』を
俺の目的は昔から何一つ変わってはいない。
薙切えりなを手に入れ、自分の欲望のままに生きる。第二の人生に悔いを残さず、俺を愛する女たちを幸せにすることしか考えてはいない。
「……結婚することに口出しはせんが、薙切家に婿入りしたいという話については父上に頼めよ? 私の一存で決められることではないのでな」
「ご心配なく。その点に関しては既に手を打ってありますよ」
顔だけ向けて確認の意思を見せると、仙左衛門殿は柔らかい笑みを浮かべた。
「フッ、分かっておるよ」
「──さて、自分たちはもう行きます。お時間を頂き、ありがとうございました」
仙左衛門殿と一緒に部屋を出て、階段を降りる。この人と並んで降りる階段は、少しだけ緊張した。
「……だが、それを
「いえ、要求は別のものです。簡潔なお願いが一つだけなので、どうかご安心を」
「心配はしておらんよ。それに、君には返しきれないほどの恩がある。儂が口を挟むことにはならんさ。存分に励むといい」
「はい。──そうさせてもらいます」
ここからは、純粋な勝負の時間。
勝ちたいと思う奴だけが戦える、最後の舞台だ。
俺は拳を強く握り締め、口角を上げる。
多分、こんな気持ちは今回だけだ。一度きりの、何かの間違いなんだろう。それで良い。だからこそ、この気持ちが偽りではないと信じられる。
──生まれて初めて、
最終章突入です。