BLUE開催──二日目。
初日で第一の門、第二の門、第三の門までの試練が終了し、生き残った者たちは本丸である城の下にまで到達していた。
全ての予選が終わったことで、ここから先の潰し合いはトーナメント制に変更される。対戦カードは完全ランダム、誰と誰がぶつかるのかは運営側から発表されるまで分からない。
更に加えて、料理のお題すらも発表されるのは勝負の直前という厳しい条件だ。並の料理人じゃ満足な品を作ることすら出来ない。まさしく世界最強を決めるのに相応しい舞台だ。
俺はというと、既に二人と対戦して勝利した。
どちらも『
「……正吾くん。お疲れ様」
「おおっ、えりな。お疲れ。いい勝負だったな」
「ええ、強かったわ。田所さん」
ボケーっと夜空の星を椅子に座ったまま眺めていると、田所さんとの試合──本戦準決勝・第一試合を終えたえりなが控え室にやって来た。
身内同士の対戦という遠月の学生からすればどちらを応援するか迷ってしまう試合だったが、勝負は勝負。キッチリと勝敗がついて決着となった。田所さんも健闘していたが、こればかりは相手が悪かったな。
「……ふぅ」
「疲れた?」
「そうね。……予想していたよりは大丈夫。お母様のことだから、私を排除するために何かしてくると思っていたけど……結局初日に続いて何もなかったし」
「周りの参加者たちと同じような試練で拍子抜けした?」
「……本戦開始前に、お母様に会いに行ったの。お父様と一緒に居たわ。それで少し話をして、最後には二人から……『頑張れ』って」
「へぇ、良かったな。応援してもらえて」
俺がわざわざ文句を言いに行った甲斐はあったようだ。
面倒な味覚に狂わされただけで、愛はある親だもんな。大会に参加する娘を応援したくない親なんて居るはずがない。
「余計な心配で終わって何よりだ。これでちゃんと料理だけに集中出来るな」
「それは、そうなんだけど。……勝手に張り詰めていたのがバカらしくなってしまって。……というか貴方、お母様と話したの? やたらと正吾くんの事を訊かれたのだけど」
「ん? 世間話をしに行ったぐらいかな。特に何もしてないよ」
「…………ありがとう。正吾くん」
柔らかく微笑むえりなを見て、世話を焼いて良かったと思った。
やはりえりなには笑顔が似合う。母親には育児放棄され、父親には洗脳教育とこれまで重すぎる人生を歩んで来たんだ。これから先は幸せな顔をさせてやりたい。……まあ、前の二つに比べたら、女関係にだらしない旦那なんて可愛いもんだろ。
「……おっ、呼ばれたな。じゃあ俺も、準決勝行ってくるよ」
会場に響くアナウンスによって呼び出されたので、腰掛けていた椅子から立ち上がる。包丁の入ったケースを持ち、入場の準備を済ませた。
「ええ、頑張ってね。……ふふっ」
「ん? どうした? 何か面白いことでもあったか?」
「ごめんなさい。なんだか正吾くんが楽しそうだったから。……子供っぽく見えて、珍しいなって思っただけ」
楽しそうか。……不本意だが、その発言は的を射ている。
「……そうだな。
「必ず勝つのよ? 貴方を倒すのは私なんだから。……貴方の
「嫉妬してるのか? えりなは可愛いな」
「……ばかっ」
素直なえりなが本当に可愛い。抱き締めたい衝動に駆られるが、すぐに離れられる自信がないのでやめておいた。
その代わりに、軽いキスで我慢しておく。
「……んっ。……も、もうっ。こんな場所で、急になんて……」
「嫌だった?」
「……別に、嫌だなんて」
「じゃあ、嬉しかったわけだ。可愛いなぁ、えりなは」
「〜〜〜っ! いいからっ! 早く行きなさいっ!!」
可愛い彼女に背中を押され、控え室から試合会場に飛び出る。イチャイチャしていたからか、対戦相手は既に姿を現していた。待たせたことを軽く謝りつつ、早歩きで会場の中心へと移動した。
準決勝の相手──幸平創真の目の前に。
「本当に当たったな、創真。正直言って当たるかどうかは五分五分ぐらいだと思ってたんだけど……運の良いやつだな」
「いやぁ、日頃の行いかねぇ。……やっとやれるんだな。──お前との本気の勝負がよ」
心底楽しそうに闘志を燃やす創真に感化されたのか、俺の意思とは関係なく口角が上がった。昨日湧き上がった初めての感情は引き続き俺の胸の中で燃えているようだ。……
「手加減するつもりはないから、潰れるなよ? 創真」
「潰れるわけねぇだろっ! 手加減なんてしたら承知しねぇぞ! 正吾!」
創真は俺との力の差を理解していないわけじゃない。無鉄砲で鈍感なのは言うまでもないが、この男は決して馬鹿じゃないからだ。──だが、俺に本気で勝とうとしているだけで、コイツはえりなと同等に異常と言える。普通という枠組みから外れた、領域外の料理人だ。
自分に足りない部分と向き合う才能に、自尊心よりも優先される貪欲さ。これほどまでに『伸び代』という言葉が似合う料理人も居ないだろう。どこまで成長するのか想像も出来ない。
だからこそ、面白い。
だからこそ、俺は幸平創真を気に入っているのだ。
俺にとって料理とは、
生まれ持った料理チートは扱うのに多少苦労はしたものの、威力は文句なしに最強だった。向かうところ敵なしを体現したかのような実力で、俺は数多の料理人たちを
どんな食材でも、どんなジャンルでも、どんな相手でも、結果はいつも勝利。勝手に動く身体で勝手に作り上がっていく料理を眺めているだけで、勝利は俺の元へ転がってくる。作業としか言えない退屈な時間に面白さを見出せという方が無理な話だ。
ならば何故──今の俺は『楽しみたい』なんて思っている?
断言出来る。目の前で笑っている男のせいだ。
コイツの無限とも言える成長性に、俺は期待してしまっている。
──いつか、
別に敗北を知りたいなんて思ったことはない。この世は勝つことが全てだ。敗北で得られる経験値を否定するわけじゃないが、勝ち続けなければならない立場に生まれた俺としては、敗北するわけにはいかなかった。意味のない敗北を与えられてしまえば、それは死も同然だったのだ。
だから俺は身体を鍛え、チートを扱えるように努力した。
抱いた野望を叶えるため、燦徳家に相応しい人間になろうと血反吐を吐きながら生き抜いてきたのだ。
……しかし、どれだけ不必要と分かっていても、自分の知らないものには興味を持ってしまうものだ。俺にとって、それは『敗北』になった。
傲慢な考えであることは百も承知。
それでも、俺は考えてしまった。
俺の料理チートは最強だ。負けることなんて想像出来ない。──故に、だからこそ見てみたい。
もし創真が俺に勝利する未来があるのなら、このチートが敗北するような料理があるのなら、俺はそれをこの目で見てみたい。傲慢と贅沢を極めたような好奇心だが、問題は俺じゃなくて可能性を感じさせた創真にあるはずだ。
この世界で俺に勝てる料理人が居るとすれば、それは間違いなく『幸平創真』と『薙切えりな』の二人だけだろう。
この二人との勝負だけは勝利の決まった作業ではなく、
その内の一人が、本気で俺を倒そうとしている。実力の差を理解していながらも、俺に『敗北』の二文字を与えようとしている。それだけで、柄にもなく心が躍った。
どうやら性欲が絡まなくとも、俺は笑える人間だったらしい。それが分かっただけで、創真と出会えて良かったと思えた。
俺はこの戦いで見せなければならない。
お前が更なる成長をするために必要な、高く険しい壁を。
「──創真。言うまでもないと思うが、本気でやれよ? ……じゃなきゃ、意味ないからな」
「……たりめーだ。皿で応えてやるよ。俺の料理の──
楽しい楽しい、勝負といこうぜ。
俺の──唯一の友よ。
BLUE本戦準決勝・第二試合。
幸平創真と燦徳正吾の対戦は──熾烈を極めていた。
「ハァハァハァッ……!!!」
「しゃあっ……! へへっ!!」
一秒たりとも停止せず、厨房を駆ける二人の料理人。
手際は言うまでもなく、鮮やかな調理工程に観客たちの視線は釘付けとなっていた。
お題となったのは──『世界の五大料理を一品に合わせた料理』。
フランス料理・トルコ料理・中華料理・インド料理・イタリア料理の全てを一皿に合わせた料理という、最高難易度のお題となっていた。
180分という制限時間の中で皿を組み上げなければならないこの状況、満足な品を出せる料理人など世界的に見てもそうは居ない。メニューの構成すら組み上がらず、呆然と立ち尽くして当然だ。
そんな無理難題を前に──二人の料理人は笑っていた。
(ははっ、マジでやべぇわ。直接ぶつかって初めて分かった。やっぱ
お題が発表され、調理開始宣言直後から動き始めた正吾を見て、創真は全身の毛が逆立つようなプレッシャーを感じていた。
数分遅れで創真も調理に取り掛かったが、一度のミスで全てが終わる。五大料理を一つに纏めるというお題の厳しさに笑いながら、正面の厨房で調理する正吾の実力を肌で感じていた。
(何なんだよその速度! 本当に同じ人間か!? 普段話す時は同い年か疑いたくなるぐらい落ち着いてんのになぁ。……そういや、正吾は最初から大人びてたっけ)
汗を流しながら、創真は正吾と出会った時のことを思い出していた。
訳も分からず遠月学園の編入試験を受けに来た日、唯一自分のことを馬鹿にせず接してくれた一人の男。それが燦徳正吾だった。
同じ目線で物事を語るからか話しやすく、打ち解けるのに時間は掛からなかった。中学を卒業して初めて出来た友人は誰かと訊かれれば、創真は間違いなく正吾の名前を挙げる程度には友情を感じている。
しかし、ただ仲の良い同級生では終わらなかった。創真にとって正吾は──父親に匹敵するほどの『目標』となっていたのだ。
(俺が薙切に落とされた編入試験も、お前は普通に受かってたよな。あの時はよく分かってなかったけど、今なら分かるぜ。お前の実力ってやつが)
強い相手との勝負。それが成長するための一番の近道と考えている創真にとって、正吾はまさにこれ以上ないほどの獲物だった。挑んだ勝負を全て断られ続けてきても諦めなかったのは、本能的に悟っていたからだ。いつか必ず、勝負出来る日が来ることを。
(地獄の合宿は一位通過。秋の選抜は俺と同じで葉山に負けてるけど、予選は一位通過。……今思えば、あの時は実力を出し切ってなかったんだろうな。理由は分かんねぇけど)
調理を進めながら、対戦相手のことを思考する。料理に集中出来ていないのではなく、創真は相手の実力を再認識することで己の闘志を燃やす薪としていた。
(学園祭も、進級試験も、連隊食戟も。お前はずっと凄かった。……柄にもなく憧れた。そんなお前とこんなデカい舞台で勝負出来るなんて──燃えないわけねぇだろっ!!)
溢れ出るアイデアを余すことなく調理へと変換する。自分の身体ではないような錯覚すら覚えるほどに、脳内のイメージと実際の行動が噛み合っていた。
五大料理を一皿に纏めるために行っているそれぞれの国の調理を一つずつ作り上げるという時間との戦いでさえ、今なら自信を持って達成出来ると創真は断言出来た。
しかし、極限の集中状態に突入した創真だったが、自分以上にとんでもない調理をしている人間が視界に飛び込んでくる。
「……ハハッ! ありえねぇだろっ! どうなってんだよっ! ──面白れぇっ!!」
巨大な壁を前にしても、幸平創真は一歩も退かない。
ただ己に出せる全力を尽くして、皿と向き合うのみ。嵐吹き荒れる味の地平を、どこまでも楽しそうに笑顔で歩いていた。
設けられた三時間の制限時間は瞬く間に過ぎ去り、タイムアップを迎えた。この時点で皿を出せていない料理人は審査を受ける資格すらない。
幸平創真と燦徳正吾の両名は──ギリギリで料理を完成させた。
「お待ちどうっ!!」
「こちらも完成だ」
三人の審査員たちの前へと皿が置かれる。フタが被せてあるので中は見えない。現時点で分かるのは香りのみとなっていた。
そして、掴みの部分とも呼べる香りを制したのは正吾の皿。対する創真の皿からは全くと言って良いほどに香りが顔を出していなかった。
同時に皿を出した二人だが、ほんの僅かな差で創真が先に出したという判定のもと、創真の品を先に審査することとなった。
審査員たちがフタを取り、姿を現した料理は──。
「幸平流……いや、
中華料理から『
それぞれの国の要素を別々に作り上げ、一皿に纏め上げた料理。まさしく、五大料理を集結させた完璧な料理だった。
「米に卵が纏わせてあったから香りが漂ってこなかったのか!」
「だから噛んだ途端にコーティングが溶けて口の中で全ての香りが暴れ回るのぉっ!!」
「普通なら反発し合う味をここまで見事に纏めるなんて、本来なら出来上がるはずのない皿……!」
夢中でスプーンを動かしながら感想を述べる審査員たち。大好評なのは誰が見ても明らかであり、創真も確かな手応えを感じる。香りで遅れを取ったように見せて、油断していたところを攻められたのも大きなアドバンテージとなっていた。
それでも、勝利の手応えとまではいかない。
全力を尽くした皿を絶賛されたというのに、創真の顔に安心の二文字は浮かんではこなかった。
(……さて、何を出してくんだ? 見せてみろよ、正吾)
次なる審査をするために、審査員たちが正吾の皿をオープンした。
暖かな湯気と共に登場したのは──創真の思考を停止させる一品だった。
「名付けて──『
正吾の言葉に、会場の観客たちが首を傾げる。目の前に出された審査員たちも同様に、『なんちゃって』の意味が理解出来ずにいた。
そんな中で唯一、正吾の言葉の意味をすぐに理解した料理人が居た。対戦相手である、創真だ。
「あれは……昔、俺が作ったやつに似てる? ……つまり、
思い起こすのは、遠月学園に入学する前の頃。食事処『ゆきひら』を潰そうとしてきた地上げ屋を料理勝負で撃退した時のことだった。偶然にも、その時に創真が披露した品と同じ物だったのだ。
(なんであんな料理を……? まさか手加減……なんてする奴じゃねぇし、どういうことなんだ?)
創真が本気で頭を悩ませていると、正吾が審査員たちに向けて料理の解説に入った。
「
正吾に言われるまでもなく、審査員たちが料理へと飛びついた。突き立てたフォークは大した力を込めずとも沈み込む。
宝石のような輝きを放つ一口を頬張った審査員たちは、全身を歓喜に震わせた。
「あ……ああっ……!」
「な、なに、これ……?」
「……あり得ない。……五大料理全ての要素を纏め上げただけでなく、
創真の時とは明らかに違う反応を見せる三人の審査員たち。一口食べたところで手が止まり、二口目にいこうとしない。味が不出来だったからではなく、もう一度この衝撃を受け止める勇気がなかったのだ。そして間違いなく、二口目を食べれば最後まで止まらない。
この料理を本能に任せて完食してしまえば──
「お前も食ってみろよ。──創真」
「ッ!? ……お、おう」
差し出された皿を受け取り、創真はごくりと喉を鳴らす。
流れ出る冷や汗をそのままに、意を決して口の中へと迎え入れた。
「──ッ!?!? な、なんだこの美味さ……ッ!!!」
手が止まらない。二口、三口と、次々に頬張っていく。
そしてその度に、
「……そうか。ソースは二種類作ったんだな。味を僅かに変えたソースを……。その不均一さが食べ進める度に新しい味をぶつけてきやがるんだ」
「よく分かったな。流石は創真だ」
「──けど、
「凄いだろ」
「凄いなんてもんじゃねぇっ! ……ははっ、マジでビビるわ。こんなのもう、どうしろってんだよ」
皿を置き、呆然と俯く創真。
正吾はそんな創真の目の前に立つと、どこか信頼したような表情で問いかけた。
「それで? 絶望したか?」
圧倒的格上からの言葉。
料理人を引退させかねない一言に対して──創真は笑っていた。
「んなわけねぇだろっ!! どうやったらこんな味が作れるんだよっ! なあなあ! 今度教えろよなっ! 正吾っ!!」
「……一回だけ目の前で作ってやるから、見て盗め」
「おおっ! マジかっ! 約束なっ! 絶対この味を再現出来るようになって、その上で俺の料理のレベルを上げてやるっ! ……だから、その時はまた……勝負してくれよな」
審査結果が発表される前にも関わらず、創真は己の敗北を認めた。地面に力無く座り込みながら、満足そうな表情を浮かべて。
目の前に立つ高く険しい壁を登るため、彼はこの瞬間、改めて料理への愛情を深めた。どれだけ時間が掛かろうとも、この敗北を糧に必ず同じ領域にまで辿り着いてみせる。自分はまだまだ先に行けると、見せてもらったのだから。
──燦徳正吾【3】ー【0】幸平創真──。
BLUE本戦準決勝・第二試合。
勝者──燦徳正吾。
「ほら、立てるか?」
「……ふーっ。……よっと!」
正吾から差し伸べられた手を取り、立ち上がる創真。悔しそうに頭を掻きながらも、朗らかに笑った。
「完敗だぜっ! 思いっきり負けたわっ!」
「そんな風に笑える料理人、お前ぐらいだろうけどな」
「めちゃくちゃ悔しいっつーの。アドバイスでもあるなら聞きたいところだぜ」
「なら一つ。いい料理人になるコツは……
「それって親父の……なんで正吾が?」
「どうでもいいだろ? 要するに、それが俺とお前にある絶対的な違いってことだ」
「正吾には居るのか? そんな女が」
「居るよ。料理だけじゃなくて、俺の全てを捧げてもいいって思える女がな」
不思議そうに首を傾げる創真。どこかピンときていない様子の男に、正吾は言葉を続ける。
「お前にだって居るだろ。気付いてないだけで」
「えっ? 俺?」
「そうそう。──いつだって隣に居てくれて、名前を呼んでくれる女の子がさ」
「……ん? 何で今……田所のこと言ったんだ?」
「ハハッ、さあな。俺のアドバイスはそんなところだ。後は自分で考えろ」
呆れたように笑う正吾を見て、創真は更に深く頭を悩ませる。
幸平創真が
『正吾』
・創真に対して割と重め。生まれて初めて料理をエンジョイ中。
『創真』
・田所恵への意識が変化。取り敢えず異性として認識した。
『田所』
・この小説でも最上位の勝ち組。負けヒロイン路線完全消滅。
『えりな』
・彼氏が強すぎて少し引いてる。
『真凪』
・娘の彼氏が強すぎて大分引いてる。
『薊』
・上司が強すぎて(ry