※この作品はR-18です。

この素晴らしい住人に邪神からの祝福を!   作:@マワシ

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ウィズの場合①

 意識が覚醒したときマイケルは2つの感情が同時に発露した。

 自分が生き延びたことへの小さな落胆と。

 これからの生は女を犯せるということの暗い喜びだ。

 

 マイケルは目を開ける。ちょっとだけ知ってる天井だった。

 教会の別室にある手術室だろう。まだ濃厚な血の臭いが漂っていた。

 

 エリス教会は怪我人や病人のために治療を受け持っている。その際に献金という形で発生する多額の謝礼金は街の住人にはかなり評判が悪い。

 敬虔なエリス教信者は例外として、冠婚葬祭はエリス教会でやるといった具合の一般的なエリス教徒からも、ちょっとがめついなと思われてるほどだ。

 

 だが教会にも言い分はある。特に今回のような治療魔法やポーションでは治せない傷や病気の手術では非常に金がかかるのだ。

 それを患者一人に負担させるのはエリス教としても避けたい。命を救ったが生活が出来なくて首を括りましたでは意味がないのだ。

 

 なので普段から治療費を割高にして、こういった有事にエリス教会側から補填するような仕組みになっている。

 それでも手術となると相応の金額が求められるが、金がない患者でも無期限の借金という形で受け入れ、決して見捨てるようなことはしなかった。

 

 マイケルの手術はおよそ10時間にも及ぶ大手術だった。

 

 癌が発生している臓器に再生魔法を掛けると逆に癌が進行する場合がある。

 術者の技量にも左右されるが、概ね体が癌を異物と認識しない為におこる問題だ。

 なのでこの世界のエリス教会での外科手術は「異常箇所を切除して正常になるまで再生する」というシンプルなゴリ押しが主軸となっている。

 

 開腹し、湯水のようにポーションを使いながら、変質してしまっている臓器を切除し再生魔法をかける。

 

 当たり前だが普通は死ぬ。高い技術と魔力、人体への理解が求められる。

 例えばマイケルの場合は肝臓の半分が溶けていたので該当部分の切除。汚染された血液の浄化と血液の再生を同時に行い、肝臓が再生した後、最初に切除しなかった半分を再度切り離し、再生をする。そういった手順を踏むことで健康な肝臓を取り戻せる。

 

 マイケルの場合は臓器のあちこちが異常をきたしていたので教会の人員全てを動員しての大手術となった。

 

 

 マイケルは意識が戻ったときから、変質した脳以外の体はすっかりと完治していることを知識(チート)で知っていた。もしかしたら脳も元に戻してくれるのではないかと期待したが、やはり不可侵領域のようだ。

 

 ゆっくりと指の先から一つ一つ動作を確かめる。完治しているのは知っている。知っていることと理解していることは別だ。もはやかつての自分ではないのだなと納得させるようにゆっくりと。別の生命体となってしまった自分を理解するためにゆっくりと動いた。

 

「おや?もう起きられているのですか?」

 

 若い神父がマイケルを覗き込む。疲労が色濃く残った顔で老けているようにも見えるが、目はギラギラと輝いていた。

 

 もう1人の年配の神父もその声に反応して近づいてくる。服装から思うに司教だ。いずれも血まみれだった。

 

 人体にやたら詳しいエリス教だが、衛生概念はあまり発展してない。汚染しても浄化したらええやろの精神で人間をメスでかっ捌いてる。なので神父の服装も手術服などではなく、祭服のままだ。

 ただマイケルの返り血で染まっていたため見た目は完全にカルト教団の邪教徒にしか見えなかった。手術台も大理石なのでいよいよ邪神召喚の儀式の大詰めだ。

 

「一匹で間に合っております」

 

 マイケルは悲しそうな顔で若い神父に伝えた。持て余しております許してほしい。

 

「ふぅむ。やはり記憶の混濁が認められますね。変質した脳のせいでしょうか。それとも腸や臓器が意思決定を司るという東支部の報告は正しかったのでしょうか。あれだけの量を交換したのです。正しいとするならなんらかの影響は間違いなくあるでしょう」

 

 自分の顎に手をおいて思案する若い神父。血でべちょべちょだが気にならないのだろうか。老司教が反対側からマイケルの顔を覗く。

 

「こんにちは。ご気分はどうですか?ご自身の名前は言えますかな?」

 

 マイケルは上体を起こす。見渡すと魔力切れでへたり込んだシスターや修道士。マナポーションを飲ませて回っている子どもの侍者。血まみれの床や切除された臓器を片付けている庭師。まさに総動員だ。地獄めいた景色だがマイケルの体は清々しいほどに完璧に健康体だった。

 

「こんにちは神父様。この視界に広がる血の海に驚いていますが、不調はありません。名前はマイケルです。雑貨屋を25年営んでおります。商売人でもありますが、職業(クラス)はアルケミストです。低級のポーションなどを作って自分の店で売っております」

 

 老司教はひとまず大丈夫そうかと息を吐いた。

 

「そうですか。分かりました。マイケルさん。何があったのかは分かりませんが大変でしたね。いつも熱心にお祈りしている姿を知っています。いまこうして生きているのはきっとエリス様のお力添えがあったに違いありません。感謝を忘れてはいけませんよ」

 

 老司教は一拍おいて、すぅと目を細める。

 

「感謝といえば、そうですね。稀に見る大手術だったのもで、戴いたご献金ではいささか不足が発生しております。なにマイケルさんならきっとすぐに対処できる程度ですとも。ふふふふ――また後日改めて請求書をお店にほうに送りますので」

 

 穏やかな顔だったが有無を言わさぬ迫力があった。

 店の有り金を全て持ってきたのだが、届かなかったようだ。2号店の開店資金だったんだがとマイケルはエリス教の「ある所から取る」というウシジマくんみたいなマインドに慄いた。

 

 しかしそれでも何かトラブルに巻き込まれているのではないか。教会が手伝えることはないかと心配してくれる。根こそぎ金を取られはしたが、大丈夫ですと誤魔化すことにわずかに罪悪感を覚えた。

 

「司祭様そのへんで。はいそれでは、いまから術後の確認をしますので、体を触りながらいくつかの質問をします。よろしいですか?」

 

 それから若い神父の触診と(血と脂肪でべちょべちょのぬるぬるだ)それにまつわる質問。そして脳の変質は治せないこと。というかなんで生きてるのかちょっと分からないですねといった内容を伝えられる。

 

 マイケルは邪神の知識(因子)が聖職者に悟られるのではないかと危惧したがどうやらそんなことはないらしい。聖職者とはいったい。

 

 その後マイケルは使い物にならない服を捨て、着替えに修道服をもらい体を浄化魔法で身を清めた。むろんさらなるツケだ。そして、その場にいた全員一人ひとりにジャパニーズOJIGIを敢行し、礼を言ってまわり、空っぽになった背嚢を担いで家路についた。

 

 

 

 自分の店のドアを開ける。そういえば鍵を掛けていなかった。

 

 するとカウンターで鍋を抱えてパンを頬張るウィズと目があった。

 

 両者に沈黙が訪れる。さすがのマイケルもちょっと驚いた。

 

 ウィズが再起動し慌て始める。

 

「ち、ちが、違うんです! あの! マイケルさんが出ていったあと戸締まりをしていませんでしたし、あの様子だと鍵を持っているかも分からなかったので! 今日はマイケルさんのお店は定休日で従業員の方も居ませんでしたし、鍵を閉めて私の店で待っていようかとも思ったのですが。その、マイケルさんがご自身のお店をとても大事にしていたのを思いだしまして。他人が店の鍵を持つことは嫌がるんじゃないかなぁと思いまして」

「なるほど?」

 

 それでなぜシチューを鍋ごと抱えて食べてるのかは未だわからないが。

 

 ウィズはうっと言葉につまり赤面した。

 

「それは、その。割れたガラスやご自宅に続く血などを掃除していたら。偶然、その、なんというか、箱に入った私のお店の魔道具を発見しまして……」

 

 ウィズから食事の代価として渡されていた産廃魔道具だ。たしか――

 

「『不要物』と書かれた箱に……ありまして……」

 

 だって要らないのだもの――マイケルは見つかってしまった気まずさより、自身の正当性をそう主張したかった。

 

「それで今まで私が対価として支払ってきたと思っていたのは、マイケルさんにとっては実はなんの価値もなく、ただマイケルさんの善意に甘えていただけなんだなって……そう思うと情けなくて恥ずかしくて……」

 

 ここでマイケルを責めないのがウィズの人の良さを表しているとマイケルは思った。

 

「今朝のこともあって、もしかしたらマイケルさんとは二度と会えないんじゃないかって思うと、なんだか無性にマイケルさんの料理が食べたくなって……。一口食べたらもう止まらなくなって。自宅の方で食べるのは何だか気まずいので、帰宅がすぐに分かるようにカウンターで食べてました……。すごく美味しかったです……はい……」

 

 アンデットなので何も食べなくても死にはしないが、飢餓感はあるのだろう。

 しかしウィズはこんな腹ぺこキャラだったかなとマイケルは思った。

 

 ウィズは咳払いをして空気を正す。口にはパンのカスがついたままだった。

 

「んっんん。それで――今朝の件なのですが」

「顔面蒼白血みどろカニ歩きおじさんについて、ですね?」

「違います。いやそれも気にはなるのですが、私について、です」

 

 ――どこまで知っているのですか?ウィズの目は不安に揺れ動いていた。

 

 

 

 現在マイケルはお茶の準備とあわせて、ありあわせの材料でとあるポーションを作ろうとしていた。知識(チート)によりアルケミストのスキルはカンストどころか完全にバグっていて、冒険者カードには文字化けしたスキルが並んでいる。

 

 ――大事な話をします

 

 とりあえず場面が締まらないので、ウィズの抱えている鍋とパンは脇に置いてもらった。さてどうしたものかと魔導ポットに魔力を回す。

 

 お湯が湧くまで間にポーションに必要な材料を手元に揃えスキルにより加工する。水が沸騰すれば、ティーポットにお湯を注ぎ温める。材料を加工したものは次々とスキル調合により調合液を作り上げる。ティーポット内のお湯をカップに移し残りは捨てる。ポットには茶葉を入れお湯を勢いよく注ぎ入れる茶葉を蒸らす。1分半だ。その間にポーションの調合液を組み合わせスキル調合により、あっという間に超難易度の――というより知識(チート)による完全オリジナルのアンデット特効のポーションを作り上げた。そしてカップ内のお湯を捨てトレイに乗せる。準備が整った。

 

 この一連の作業は淀みなく行われ、マイケルは自分でやっておきながら知識(チート)による美しいほどの手際の良さに感心していた。

 

 ウィズが待つテーブルにそっとトレイを置く。2つのカップに茶こしで濾しながら紅茶を注ぎきった。

 

 そしてあからさまな動作でウィズのカップに完成したポーションを数滴垂らした。

 

「どうぞ。ウチで扱っているものでも上等の茶葉ですよ」

 

 ウィズは覚悟が問われているのだと悟った。何を入れたのかは分からないが、アンデット、それも上位種のリッチーに薬の類は効かない。神聖系の回復薬だとまずいが数滴だ。これを飲むことで腹を割って話が出来るならば必要なリスクだと覚悟した。そしてなによりマイケルの人柄を知ってる。信用すべきだ。

 

 ウィズはまるで歯の一部がクラゲになっているかのように、紅茶を一気にグィィィーッっと飲み干しカップを置いた。

 すると口内には爽やかな棗のような香りが広がり、続いて上品な渋み、コク、甘みに余韻を残し、鼻腔に抜けるころには僅かなミントの香りに変化していた。

 

「これは……すごいですね。すごく美味しいです……」

 

 ウィズの人生で飲んだ事がない明らかに高級で高貴なお味だった。

 

「そうでしょう。そうでしょう。仕入れ値で一缶50万エリスもしますからね」

 

 まじまじとカップを見つめていたウィズがぎょっと目を剥く。

 

「ご……! ご、50万っ……?」

「どう考えてもそこまでの価値はないんですがね。ですが交渉ではその頭の悪い金額が優位に働くこともあるのです」

 

 佇まいを正すウィズ。ごくりと喉を鳴らす。本題に入る気配を察知した。

 

「まず私はウィズさんがリッチ―であることを知っています。これはどうやら街の住人の少なくない人数も気がついているみたいですが。ですが貴女が魔王軍幹部で魔王城の結界を維持する1人だと知ってる人間は居ないでしょう」

 

 ウィズの顔が明らかに強張った。マイケルは紅茶を一口飲んで間を作る。美味い。マイケルにとってこれは大事な交渉の際に出していた茶葉だ。金の味だ。否応なしに気合が入る。ウィズを騙しておせっせに持ち込むぞと意気込む。

 

「私は酷く驚きました。そして――恐怖しました。私の印象では優しく儚げな麗人であった貴女のそれは、実は人間を騙すためのカモフラージュなのではないかと。そんな人物が隣に住んでいることが怖くてたまらなかったのです」

「違います! 違います! 私は――」

 

 慌てるウィズを手で制すマイケル。酷く優しげなわかってますよスマイルだ。キモイ。

 

「私はそれこそ当初は警戒をしていました。しかしウィズさんのお店を外から何度か確認するうちに――非常に、困窮している様子が伺えました。魔王軍のスパイにしては、あまりにも惨めすぎるというか」

「うぐぅ……」

 

ゴン、とカウンターに頭を打ち付け撃沈するウィズ。

 

「それでちゃんと見極めようと思い食事に誘ったのが始まりです」

 

 ウィズは20年前の当時を思い出す。食事に誘われたときは、私にもついに出会いが? と、ちょっと着飾ったりしてみたが、マイケルは全くそういった気配を見せなかった。むしろ警戒してるような節があったのは、私の正体を疑っていたからだと今さらながら納得した。

 

 もちろんマイケルは自分の店を大きくすることが第一だったので、軒先で死にそうになってる野良猫に餌をやるぐらいの気持ちだった。なんなら懐かれて店に変な不運を入れることにならないように警戒していた。

 

 マイケルは優しい声色で続ける。

 

「そうして会話を重ねるごとに貴女を疑う気持ちは薄れていき、むしろどんどん貴女の魅力に惹かれていくのを自覚し始めました」

 

 おやなんか流れ変わったなとウィズは顔を上げた。

 

「貴女は陰ながら街を守り、そのことを誇示せず、ただただ自然体で見守っていてくださいました。こんな素晴らしい女性を一時でも疑った自分が恥ずかしい。日に日に膨れ上がる貴女への想いを打ち明けようと考えました。もし私の気持ちにウィズさんが答えてくれたら、こんなに幸せなことはありません。ですが、一度疑ってしまった罪悪感にくわえ、私は敬虔なエリス教徒でもあります。貴女の心に触れる、万に一つの幸運を手にすることができたなら――報告はしなければなりません。報告をしない選択肢はありません。それは貴女にも、今まで見守ってくださったエリス様へも不誠実な行いだからです。――しかしそうなると結末は悲劇的なものになるでしょう。私は私の気持ちを抑え込むことを選びました。貴女を決して失いたくなかったからです。それからは月に何度かの貴女とのささやかな食事が私の幸せの全てでした」

 

 ウィズはこの告解のような告白にどう答えていいか分からなかった。ありがとうございますと言うべきなのか、困りますと避けるべきなのか、友達から始めましょうとか、試しにデートしてからはどうですかとか、いやまずは挨拶からすべきなのか。酷く混乱していた。なにせ筋金入りの喪女だ。この手の経験は皆無だ。

 

「ウィズさん少し手をお借りしても?」

 

 差し出されるマイケルの右手。ウィズは大混乱の最中にあり、ひゃいと上ずった声で機械的に手を重ねた。マイケルは軽く握る。

 

「……思ったほど、冷たくないのですね。もっとずっと冷たいのかと思っていました」

 

 親指で優しく撫でる。

 

「そそそそそ、そうですね! リッチーなのですが人肌ほどではないにしろ魔力が循環しておりますので冷たいほどではないです! こんにちは!」

 

 ウィズは挨拶をした。なぜなら挨拶は大事だからだ。こんにちは。

 

「はいこんにちは。ふふふ。面白いですね。初めてウィズさんとちゃんと向き合えたような気がします」

 

 マイケルは優しく親指でウィズの手の甲を撫で続ける。ウィズは自分の手が汗ばんでくるのがわかった。

 

「20年です。20年で初めて貴女に触れました。もうすっかり私は老いてしまったが、貴女は以前のまま美しい。いやますます美しく愛らしく見える。貴女への想いが毎分、毎秒、更新され続けてる。きっとそのせいですね」

 

 うぉーどうすりゃええねんちょっと考える時間が必要じゃないですかダンジョンに籠もらせてくださいとウィズはいっぱいいっぱいだった。手汗がハッキリと分かる。気持ち悪く思われないだろうか。

 

 

 ――ふと

 

 ――疑問がよぎった。 

 

 

 ――手汗?

 

 ウィズはノイズのようにちらつく疑問を手繰り寄せる。

 

 

 ――リッチーの私が? 代謝は止まっているアンデットの私が、汗を?

 

 ――いったい……

 

 ハッとしてマイケルを見るウィズ。マイケルは穏やかな笑みのままだった。

 

「ウィズさん。ちなみに先程お茶に入れたポーションはアンデット特効の媚薬ですよ」

 

 手の甲はゆっくりと撫でられている。

 

 

 おやなんか流れ変わったな?ウィズは他人事のようにそう思った。

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