Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Outskirts of Bern
Esteros System,Alkahera
Jade Falcon
16 August 3151
救助ヘリの座席に揺られながら、プリヤンカは何度も作戦経過を反芻していた。
作戦の主目標は達成した。ツェレンとトヤーは無事に保護している。
軍閥の対空施設と通信施設をピンポイントで破壊した。街には一発も落ちていない。
軍閥、SeaFoxへの交渉の窓口にはプリヤンカが立った。ちょっとハッタリも使ったけどちゃんと脅し切った。
ツェレンとトヤーの救出が終わった後に軍閥側と停戦をする。民間への被害はない。
アリマもボルド達も突入組も無事のまま、倉庫は制圧している。
完璧なはずだった。
それなのに、
「バトルアーマー隊が全滅!?」
そんなはずはない。
副目標の倉庫制圧が完了した連絡が来たのは、つい先程だった。
合流と回収の段取りもできていたはずなのに。
――どこで、なにが起こったの?
停戦が成立したからと言って、油断をするようなボルドではない。
そもそも制圧終了後に、新たな敵襲があったという連絡もなかった。
プリヤンカの想像を越えるような何かがあったに違いない。
救助ヘリが集結地点に降下すると、後部ハッチを降ろしてプリヤンカは駆け出した。
「ボルド! 全滅って報告が入ったけど――負傷者は?」
渋い顔のボルドが、無言で管理棟の玄関口を顎で指し示す。
運び出されたバトルアーマー隊の隊員達が、次々とヘリに乗り込んで行く。
呻き声を上げ、体を抱えて苦しむ大男達が次々と席に固定される。
ヘルメットのバイザー越しに見える目は、皆、どこか虚ろだった。
「どうして……」
どんなに作戦の目標を達成しても、部隊の被害によっては勝利とは言えない。
――完璧じゃなかった。
10人中9人の損害は許される損失ではない。
プリヤンカの声は、悔しさに唇を嚙みしめる。
――ツェレン達を回収したら、さっさと撤収させるべきだった。
頭の中を後悔と苛立ちと、焦燥とが順番に湧き上がっては消えていく。
しかも、作戦はまだ終了していない。
帰還するまでは油断するわけにいかない。
これ以上の損害は出さない、と胸の中で決意を固める。
硬い表情でプリヤンカは眼鏡のズレを直した。
渋面のボルドが呟くように口を開く。
「生理的な問題だ」
「へ……?」
予期していなかった単語の登場に、プリヤンカの思考が固まる。
「全部、ボルドのせいなんだから!」
救助ヘリから離れた場所にいたアリマが会話に割って入った。
ツェレンとトヤーの側を離れて、ずんずんと歩み寄ってくる。
プリヤンカはアリマが親指で指し示した母の姿に違和感を感じた。
いつもの彼女なら先頭に立って、撤退の指揮を執っているだろう。
自分のシャツや制服をトヤーに与えてしまったせいで、彼女自身はまだ肌を晒したままでいた。
しかし、それを気にするような彼女ではない。
「“うちの隊員は女の下着姿くらいじゃ動じない”って言い切るから、ツェレンに、ちょっと甘い声を出してみろって振ったのよ。」
よほど真に迫った声を出してしまったのか、甘い声の主は黙りこくって自分の胸元を両手で抱えている。
アリマの大声を耳にすると、顔を真っ赤に染めながらその場に座り込んでしまった。
「即、全滅だったわ」
呆れ顔でため息をつきながら、アリマはどこか得意気に言う。
まるで反省の色がないアリマの言葉にボルドが深く嘆息した。
「まったく、ふざけるにも限度がある。」
部下が最後の一人まで回収されたのを確認して、自身もヘリの昇降扉を上る。
アリマがツェレン達に声をかけるのを見ながら、プリヤンカは目を伏せた。
――作戦は完璧だったはずだった。損失は0のはずだった。
悔しさも呆れも、何もかもが怒りに変わっていく。
アリマがトヤーとツェレンの手を引いて、昇降扉に辿り着く直前。拳で救助ヘリの後部ハッチの開閉ボタンを叩いた。
「ママ。トヤー。歩いて帰ってきて。」
目を開いて、昇降扉が閉まる音に負けない声の大きさで怒鳴る。
「え?え?私たち、救助対象だよね?」
トヤーの悲しそうな叫び声がハッチの閉じる音の向こうから聞こえる。
その声が、無性に腹立たしかった。
――知るもんですか。
ヘリのパイロットに帰還を指示する。
赤面のツェレン、不満顔のアリマ、そして項垂れたトヤーを置き去りにして、救助ヘリは静かに上昇を始めた。
夕闇が迫る郊外の倉庫の前に、三人の影だけが取り残されている。
憤怒の表情で座席に座ったプリヤンカを見て、ボルドはやっぱり渋そうな顔をしていた。
「本当に副長たちを置き去りに……?」
「本来、ボルドさんたちを回収するはずだったオチルがここに向かってます。ママたちは装甲ホバーで回収します。」
その言葉にボルドの表情が少し和らいだ。
自分の言葉でプリヤンカはふと自分の失敗を一つ思い出す。
「そういえば、あの装甲車の存在は予想していませんでした。」
対光学装甲の装甲車の存在はプリヤンカは察知していなかった。
もし、存在を知っていたのならば、バトルアーマー隊の装備から肩部ミサイルを外すような提案はしなかっただろう。
ボルド達の苦戦は、間違いなく彼女の失点だった。
「私の考慮漏れです。すみませんでした。」
謝る彼女にボルドは気にするな、と言わんばかりに首を振る。
「以前、少尉の上官であられたアリンダム少佐の指揮車両のようでした。少佐は戦死なされましたが、我ら相手にご立派であられました。」
ボルドなりにプリヤンカに気をつかって話題をひねり出したのだろう。
氏族の戦士は中心領域の傭兵や兵士をどこか見下している。それはこの巨漢も変わらない。
しかし、予想外のボルドの言葉にプリヤンカは表情を変える。
大きな音を立てるのにも構わず席から立ちあがった。
救助ヘリの窓にしがみつくと、必死に目を凝らす。
倉庫の管理棟前で煙を吐くその影はどんどん小さく遠くなっていく。
「お父様……」
プリヤンカの口から零れた言葉と、彼女の目に浮かぶ涙にボルドが目を見開いた。
アリンダムがプリヤンカに向けて、父であると名乗ったことはない。
彼女が士官学校に通えたのも、素行の悪い兵士の多い軍閥の中で技術少尉としてやっていけたのも全て彼のお陰だった。
どうして、彼が自分に手を尽くしてくれるのか、調べなかったわけではない。
こっそりと少佐の権限を拝借して、プリヤンカは父の姿にほとんど辿り着いていた。
あともう少しのところで、アリンダムは彼女をこの部隊へ連絡員として派遣することを決めた。
だから、彼女の想像はまだ仮定でしかない。
プリヤンカはツェレンを置き去りにしたことを後悔した。
今すぐにでも彼女の胸に縋りたかったが、その思いを振り払う。
血の繋がりのないママに、仮定された実父を失った悲しみを共有する。
そんな、わけのわからない行動はプリヤンカにはできなかった。
――もう、少佐のことを調べるのはやめよう。
そうかもしれない。で留めて、そのまま忘れてしまった方が幸せに思えた。
例え忘れられなくても、結論は見たくない。聞きたくない。
「この話は口外しないでください。」
零れ落ちる涙がヘリの床を濡らすのも構わず、小さくなっていく煙が見えなくなってもその方向を見続ける。
少しの沈黙の後、ボルドは口を開いた。
「ドルジへの報告義務があります。しかし、彼以外には口外しないことをお約束します。」
彼らしい答えが返ってくる。
後部ハッチについた窓の向こうから目を離さないまま、プリヤンカは無言でそれに感謝した。