Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship Bridge
Esteros System,Bern
Jade Falcon
21 August 3151
ズデーテンまであと100光年と少し。
あと数回の跳躍で氏族の本拠地に帰還できる。そんな距離まで辿りついていた。
部隊の結束は高まっていたが、彼らは帰還という目標に背を向けつつある。
今、ズデーテンでカーンの座にあるのはジィーという男だった。
秘密の多い、自分の胸中を人に明かさない策略家。
部隊の多くの人間は彼の対外姿勢に強い不信感を抱いている。
帰還に反対する理由の一つが、ズデーテンにいるファルコンの残党がアンネをどう扱うかだ。
彼ならば、SpiritCat氏族の神秘階級の娘の身柄を虜囚として扱いかねない。
もう一つは、つい先日のプリヤンカの作戦の影響だ。
ルヒ軍閥に向けて、核の存在を匂わせたことで、ドルジの部隊はより広い範囲から核の保有を疑われる存在となった。
スタンピード作戦、ブラックアイス作戦、アリイナ商人連合の独立......。
周辺勢力の様々な思惑の中で苦境に喘ぐズデーテン。
帰還せずに、勢力圏の外に身を置いたまま、部隊の今の立場を利用した方が、ズデーテンの助けになる。
そんなゾリグの提案にツェレンとプリヤンカは同意した。
だが、ドルジを納得させるなら、もう一押し理由が欲しい。
SeaFoxの男がアリマの元にクリエフチ苦境の情報を持ち込んだのはそんなタイミングだった。
エステロスでドルジに負傷を負わせたローリング・ストーンズの次の雇い主はクリエフチの公爵になった。
SeaFoxの些細な顧客情報はドルジ達がズデーテンへ帰還しない理由の一つにはなる。
ドルジとローリング・ストーンズの勝負はまだ勝敗を持ち越したままだった。
金銭を受け取って、戦闘行為をすることは氏族の戦士としては最も恥ずべき行為と規範は定めている。
だから、当然のようにドルジたちは自分たちを傭兵だとは思っていない。
本来は傭兵団ですらない武装集団がSeaFoxを経由して契約を斡旋してもらうことは出来ない。
だが、そこは雇用主が彼らを望めば話は別だ。
建前と実態が異なるというのは世の中ではよくある話と言える。
ツォンシャンでコボルが手を回していた窓口はエステロスではアリマが引き継いだ。
この引継ぎがあったことはドルジすら知らない。
もしも、この金銭のやりとりを不名誉とズデーテンが判断するのならば、その科はアリマが引き受ける覚悟だった。
アリマがそう望んでも、ドルジは彼女だけを犠牲にはしない。
それを良しとするような彼ではないことを彼女は知っている。
仮にアリマが戦士を詐称していることを明かしたとしても、ドルジはアリマが望むような栄誉を彼女に与えてくれないだろう。
それどころか、ドルジは彼女のために、何かの審判に臨むかもしれない。
もし、そうなった時にはアリマはためらうことなく彼に付き従うつもりだった。
アリマは顧客情報を漏らしたSeaFoxの男を思い出す。
彼の最期は『マリア』がしっかりと見届けた。
抱かれる前に、『マリア』は遅効性の毒を彼の舌に届けた。
自分の持つ諸々の情報を出し切ると、彼は死の恐怖を忘れるほどに彼女の肢体に耽った。
そして、徐々に自由の効かなくなる体を彼女に貪られながら、夜が明ける前に夢心地のうちに彼は逝った。
彼の持っていた情報の真偽はわからない。
もしこれが本当ならば、彼女はもっと彼に深く応じてあげても良かったのかもしれない。
そう思えるほどに、彼は信頼度の高い価値のある情報を『マリア』に遺した。
『停止していたHPGの修復にSeaFox氏族が目処が付けた。施設の再稼働は1年以内に始まる。』
彼の未来を断ったアリマは、男に渡されたチップを片手で玩ぶ。
反対の手でクリエフチとアリィナの距離を指折り数え、小さくため息をついた。