Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Fort Chastre Pad2, Union class Dropship, Bridge
Krievci System, Chastre
Jade Falcon
05 October 3151
黄色いツナギを着た黒髪の整備の女の子が艦橋へ通じる通路ですれ違う。
ほとんどの要員を要塞に移しているとは言え、機関士を含めて何人かの人間が変わらず降下船の方にも常駐している。
艦内で誰かとすれ違うことは珍しいことではない。
日々の大半を要塞で過ごすシタがここに居ることの方がよほど珍しかった。
通路の先、開放されたままになっていた扉をくぐれば船の中枢に辿り着く。
「艦長、定期健診の時間です。」
がらんどうの部屋の中央、艦長席の前で立ってベルトを締め直している老人にシタは声をかけた。
しまったとでもいうような、驚きの表情でオスキャルは片手にしていた炭酸水の入ったガラス瓶と女医を交互に見比べている。
「そういえば、今日だったか。」
はい。と短く返事をして、彼の元に脚を運ぶと手に持っていた鞄を降ろした。
シタは艦長席の隣の机の上に持ち込んだ機械や記録用のパッドを並べていく。
診察室にまで来てもらえれば、機材の準備はほとんど要らない。
だが、出張となれば持ち運ぶ荷物はそれなりの重量になる。
週の決まった曜日の決まった時間に必ず押さえているにも関わらず、彼はその予定を覚える気がまるでなかった。
それでも、この艦橋まで来れば、シタは間違いなく彼を捕まえることができる。
月に2回の健康診断すら嫌がって、海の向こうまで逃げたエージェント娘とはそこが明確に違う。
シタにとっては、彼が予定を覚える気がないことや検診の前に炭酸水を飲んでいることよりも、抜き身の上半身の方がよほど気になった。
季節上で言えば確かにシャストルは夏だったが、艦内で脱衣とは感心できない。
しかし、彼が晒している二の腕の太さや胸筋の逞しさは、還暦を越した男のものとは思えない。
氏族の遺伝子調整技術に感嘆しながら、シタは彼の腕に器具を巻いて血圧を確かめる。
「ドルジとは、うまくやれてるのか。」
自分の席に座らさせられた老艦長はシタよりも先に口を開く。
目をチラっとだけ上に向けて、オスキャルの表情を確かめる。
ニヤっとした表情から、彼が訊きたい内容が男女の話であることを察した。
「私の方が時間を作れなくって、あんまり。」
短くなるべく簡潔に答える。
医者の仕事だけであれば、こうも忙しくはならなかったはずだった。
だが、部隊の健康のためを考えれば彼らの食生活のことも考えなければならない。
数字をパッドに書き留めたりしながら彼のことを思い浮かべる。
「そんなになんでもかんでも医者がやらにゃならんってことはないだろう?」
口でへの字を作りながら、オスキャルは少し首を傾げる。
医務室を船の中に作っておきながら、船医を置かなかったのは決して彼の怠慢ではない。
徹底した自己管理という考え方、文化によるものだ。
だが、彼女がこの船にいるからにはその文化は変えていかなければならない。
少しでも多くの仲間達に彼女の存在を頼ってもらえる環境を創り出していかねばならなかった。
それに...、
「彼のを立派に保つのも、私の役目だと思うから。」
シタは視線の先にオスキャルのギラギラと光るベルトのバックルを捉えながら自分に言い聞かせる。
それを聞いて老人はふぅむ、と声を漏らす。
おこぼれとは言えど、彼もその恩恵に預かっている。
毎日3回以上も、穀物や野菜の入ったスープや煮物を食べられるのは、シタが睡眠やドルジとの時間を諦めた結果だった。
「まぁ、体を壊さんようにするんだな。若い奴らは時々頑張りすぎるからな。」
経験を振り返るかのような先人の言葉をありがたいと思いつつも、それを素直に受け入れるのは少し悔しいと思う。
そもそも、彼が忘れずにシタの元に検診を受けに来れば今の苦労はなかった。
ふと、女医の脳裏に悪戯心が芽生える。
「ふぅん、つまりあの子に頑張ってもらったのね。」
シタはオスキャルの目の前でくんくんと鼻を動かして部屋の空気を嗅いでみせた。
空気の循環装置が作動していようと、艦橋の扉が開け放たれていようと誤魔化せる様な薄い匂いではない。
この老人のご神木が並大抵のものではないことも、まだ一向に枯れる様子がないこともシタはあの黒髪の彼女から聴いている。
彼のまだ衰えていない上半身を診れば、実物を拝む機会は無くともそれが見栄でも過言でもないことが想像できた。
シタは唇を開くと、少し舌を出して右手の人差し指を濡らす。
そのまま、その指を左手の親指と人差し指で作った輪の中にぐりぐりと深いところまで押し込んで見せる。
ついさっきまで年長者に溢れていたオスキャルはそれを見ると表情を一気に曇らせた。
「ふふふ、お返しよ。」
老人をからかって気分が良くしたシタは口の中で笑いながら、聴診器を取り出す。
この悪戯で彼の脈がどのくらい乱れたのか、それを確かめてやろうと器具を彼の胸に当てた。