Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Army Camp Linzer
Krievci System,Linz
Jade Falcon
16 October 3151
ヨーナス中尉は上官の部屋の扉をノックすることなく開け放った。
彼は通信士官だったが、ここ最近は本来の仕事をさせて貰えなかった。
数千人が移動している真っ最中ならやることも多かったが、水軍の縄張りの近くで待機中となると陸軍の人手は溢れる。
その結果、回ってきた仕事はロクに働かない将軍のお付きだ。
しかも、その将官が今日はお付きの彼を置いて港に出かけてしまった。
昼から賭け事でもするのだろう。
口煩い彼を置いて行く理由はそれ以外に思いつかない。
港から離れた将官用の邸宅の一室、大きな部屋の中央を巨大な寝台が占めている。
その上では彼の最近のお気に入りが一糸纏わぬ姿で力なく打ち捨てられていた。
昨晩も朝まで散々にもて遊ばれたのだろう。
彼女の黒髪と健康そうな肢体は、まだ汗やら白い粘液やらで濡れたままだった。
キツい雄と雌の匂いが残る室内で、女の柔らかそうな肌が僅かに上下しているのを見ると中尉の背筋を電流のようなものが走る。
形のいい尻が目に入ると良からぬ想像が脳裏を過ぎった。
ふと全身を駆け巡る衝動に、ヨーナスは慌てて寝台の上から目を逸らす。
この若い女はラミアという。
彼女がリンツ港付近で蛇に襲われているところを偶然、ヨーナスの乗った車両が通りかかった。
この地域の蛇は細身の割に力が強く、麻痺毒は噛まれた場所が悪ければ数秒で心臓を止める。
長い胴に巻きつかれて、あわや一噛みされそうになっていたラミアを駆けつけた彼らが救った。
彼女の恐怖に震える表情と掠れた悲鳴が同行していた将軍の下品な欲を誘ったことで、彼女の運命は変わる。
将軍は衛生兵の手当が終わったラミアを解放することなく、そのまま自分の寝所に連れ込んだ。
それ以来、彼は他の遊戯にかまけている時間を除けばラミアを側から放さない。隙あらば、将軍は彼女の身体に指を這わせて、彼女の声色と肌の感触を楽しんでいる。
手荒に扱われているはずなのに、ラミアも将軍の元から逃げるような素振りは無い。
ラミアはどうしてか爬虫類を惹きつけるようで、この邸宅の中でも蛇に襲われている。
そんな不運さも、彼女の魅力を増していた。
ラミアの世話は将軍の世話よりも難儀した。
軍規とは縁のない女がフラフラと港湾内を散策するのは、ヨーナスの頭痛の種だ。港湾の憲兵からヨーナスが何度も注意を受けている。
だが、ラミアはとにかく高いところが好んだ。気が付けば、燃料タンクの上に昇っているので、ヨーナスは慌ててそこから降ろす日々が続いている。
「どうして、そんなに高いところに登りたがるのか?」
「高いところには蛇はいないでしょ?」
ヨーナスが尋ねると、彼女は小動物のような知恵を打ち明けた。
その知識は間違っていたが、少なくとも彼女の蛇嫌いは余程なのだと思う。
澱んだ部屋の換気のために窓を開けようとヨーナスが窓際に近づいた瞬間。
彼は窓の外からの衝撃で部屋の真ん中まで、吹き飛ばされた。
寝台に叩きつけられて、呻き声を上げる。
何が起きているのか。
千切れ飛んだカーテンの合間から外を伺うと、ヨーナスを再び巨大な衝撃が彼を襲った。
床を這うようにして、通り過ぎる空気の塊と床の振動に耐える。
邸宅の上空を2機の緑色の気圏戦闘機が飛び越して行く。
周囲の施設がレーザー砲の掃射を受けている音がほぼ真上から聞こえる。
ゆらゆらと揺れる陽炎の向こうに更に2機の気圏戦闘機が見えた。
──港湾が敵襲を受けている。
水軍の管轄の港湾、隣接する陸軍の宿営地。両方が空爆を受けている。
被害が大きいのは港湾の方だ。
巨大な衝撃は燃料タンクが爆散した衝撃だった。
こうしている今も数マイル先で赤い炎と黒い煙が噴き上がっている。
轟々と燃える港湾施設の向こうに、数日後に自分達が乗り込むはずだった艦尾が持ち上がっているのが見えた。
輸送艦を守ってくれるはずの護衛艦隊は今朝から訓練で沖に出ている。
港湾からの反撃はほとんどない。対空ミサイルどころか、機銃の音すら聞こえない。
対空レーダーの方角に目を向けたが、赤黒い煙が邪魔でヨーナスの位置からでは何も見えなかった。
敵に海を渡って来れるほどの戦力はない。一個中隊にも満たない戦力の追加で何ができる。
将軍達はそう侮っていた。
空を見渡す。
緑色の戦闘機は4機。
敵は半個に満たない飛行小隊でリンツ港に停泊していたコンポイを沈めた。
僅かに数分。
使われた爆弾はサーモバリック弾に違いない。強烈な熱波と一息に失われる酸素で、広範囲に焼死か、酸欠死をもたらす。
敵を軽く見積もった将官達がヨーナスの目の前に広がる地獄の光景の中で、生き延びているとは思えなかった。
ふと、気がつく。
彼に幸運をもたらした彼女がいつの間にか部屋から姿を消している。
「ラミア?ラミア?」
脚の折れた寝台の周りを探し回ったが、見慣れた女の姿はどこにもなかった。
「こんな時に......。」
自然と視線が上の方を巡る。
施設の屋根の上、煙突の先、どこにも見当たらない。
彼女を探しに行こうとして、ヨーナスは首を振った。
──今はそれよりも先にやることがある。
遅れて鳴り始めたサイレンの音が、港湾内をこだましていた。
生き残った味方を探すために、ヨーナスはまだふらつく脚を引きずって、目の前の地獄に向かって進んだ。