Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Fort Chastre
Krievci System,Chastre
Jade Falcon
22 November 3151
TimberWolfとドルジを同時に失った部隊には今や真っ当な戦力は残っていない。
ドルジを失った穴はもちろん大きかったが、唯一の重メックを失ったことで戦うための下地すらも喪失していた。
精神の支柱を失ったツェレンとプリヤンカや、聖域に閉じこもって人前に出てこなくなってしまったアンネは頼りにできない。
部隊を維持するためのほとんど全ての課題はなぜかアリマに集中した。
残された面々に今後、 喪失した戦力の復元をどう進めるか。公爵側の勢力とどう戦っていくかの指示を求められたが、アリマは答えに窮した。
ドルマ―やゾリグ、ボルドたちの方が余程部隊の指針を決める立場にあるはず。
それでも、アリマの方が今まで部隊の運営に近い位置を占めていたことが災いした。
今までは彼女の背後にはドルジがいた。
アリマの役割は彼の影であり声だった。
ドルジが在る限り、どんなに独りでもアリマは孤独とは無縁でいられた。
だけど、今はひたすらに孤独だった。
彼女が助力を求めれば、助けてくれる人もいるのだろう。
アリマたち程にはドルジの喪失がダメージとはなっていないメンバーもいる。
だが、アリマは今はどんな手助けも欲しくなかった。
カロリンジャンに鹵獲されたドルジのTimberWolf。
これを奪回する手立てを考えてみたが、自走できない重メックを奪う算段はアリマでは思いつかなかった。
──プリヤンカが健在であったら、何か良い手を閃いただろうか?
時計に目をやると、もう短い針は頂点をとうに過ぎていた。
基地にいる人間のほとんどはもう寝静まっている。
アリマは嘆息する。
ここ数時間、何の意味もない、たらればばかりが何度も脳を過ぎっていた。
まるで働かない頭を使って、アリマはようやく「寝てしまおうか。」という考えにたどり着く。
それなのに、部屋の入り口に目をやると空気の読めなそうな男が立っていた。
「何か妙案は考え付いたのかい?」
部隊の中でアレフは孤立こそはしていなかったが、友人を作ったりはしなかった。
誰にも深入りせず、全ての人と一定の距離を保って生活していた。
そんなアレフが他に声をかけるという場面は珍しかったが、アリマには驚きの表情を浮かべる気力すらなかった。
「何も思いつかないわ。」
期待とは違う男の影に、失意の表情すら浮かべているのではないかと思う。
アレフはそんなアリマの様子を気にすることなく、室内に踏み込んできた。
慰めに来たという雰囲気でもなく、アリマは彼の意図を測りかねる。
「クリエフチのことなんか、もうどうでも良いのだろう?」
部屋の壁を指でなぞりながら、アレフは尋ねた。
「ライラの諜報部の企みもファルコンの行く末も全て。」
アリマの考えを読むように彼はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「いいんじゃないかな。全力で取り返しに行こうよ、TimberWolf を。」
「そんなに簡単じゃないわよ。」
機体を返して欲しいのは山々だった。
少なくともアリマにとってはドルジの他のどんな遺品よりも、あの機体には価値があった。
「簡単さ、返してってお願いに行くだけだからね。」
「相手は傭兵よ。ビルより金塊よりも同じ金額のオムニメックの方が価値があるわ。」
TimberWolfは希少品だ。どこにでもあるようなものではない。稼働する状態にあるものならなおさらだ。
頭部が破損しているとは言え、修復すれば同重量の戦闘用メックよりも遥かに巨大な戦力になる。
「同じ型の機体を交換すれば良いんだろう?」
変わらずに現実味を欠いた提案を事も無げに口にする彼にアリマは癇癪を起こしそうになった。
── どうして、こんな奴の話を聞いているんだろう?
こんな無駄な時間を過ごしているくらいなら、無策に飛び出して、現状の解決策を探した方が彼女の望みが叶いそうではないか。
今にも牙を剥いてアレフの首元に飛び掛かりそうなアリマの耳元で彼は囁いた。
「シャストルの官邸の地下格納庫。クリエフチの執政がメックを何機か隠し持っている。その中にちょうどTimberWolfのT型があるみたいだ。今はパイロットの当てがなくて、持て余されて眠っている。」
場所・状態・持ち主。突然降って湧いた情報にアリマは戸惑いを隠せずにアレフの顔を覗き込む。
「そのままでは無理だけど、わずかな整備で稼働状態に持っていける。交換用としては十分なはずだよ。」
お互いの吐息がかかるほどの近距離。あまりの近さに彼の双眸だけがアリマの視界に広がる。
彼の余裕のある自信に満ちた表情にアリマの感情が更に縺れた。
「どうして、それをあなたが知ってるのよ。」
「僕は出撃もなくて暇だったからね。官邸に竜の牙を植える手伝いをしているときに執政から相談されたのさ。買わないか?って。」
鋭い視線を浴びせるアリマに怯まずにアレフは情報元を口にする。
エステロスでも、この星でも、気が付けばアレフは 工業用のメックで壕を掘って、堤を作っていた。
工事現場の重機のオペレーターだった前職を生かして、現地の工兵たちに交じって土木作業をやっている。部隊に馴染み切れない目立たない働き者。
少し前までの彼への印象はそうだった。
今は違う。
彼がただの民間人ではないことはもう明らかだ。
でも、彼がどこ勢力のエージェントかはわからない。
「あなた、どこの人間よ?」
眼光だけで人を殺せそうなほどにアレフを睨みつける。
彼がファルコンの身内ではないことは確信を持てた。
そして、いつ瓦解してもおかしくないアリマたちに今も彼が味方している理由はわからない。
「勘弁してよ。僕は君らみたいな超人じゃないよ、ただの一般人さ。」
スカイダイビングとか、銃撃戦とか僕はそんなのゴメンだよ。
そんなことを言いながら、両手を振って自身への疑いを否定している。
だが、彼の手は戦場で戦闘用のメックを操作していた。銃どころか、大砲の引き金を引いている。
今更ではあるが、「度胸」の2文字で済む話ではない。
──疑わしい。
アレフの提案にそのまま乗るのは危険だった。
でも、アレフの案を呑めばドルジの機体は返ってくる。
アレフの交渉を有利に進めるならば、カロリンジャンがTimberWolfの修復を始める前に着手するべきだ。
破壊された頭部が彼らの手で修復されてしまえば、この交換交渉は難しくなる。
誰かに相談したかった。
でも、誰に相談すればいいのかわからなかった。
ドルジ亡き今、彼のTimberWolfを取り戻すことには意味がない。
そんなことは薄々わかっている。
アリマが今欲しているのはゾリグやコボルが口にしそうな正しい言葉ではなかった。
──どうしてこいつなの?
正しくない、執着に満ちたアリマの望みを満たしてくれる理解者は、正体の分からない目の前の男だった。
こんなヤツに頼りたくない。そう頭の中で虚しく連呼する。
何度も心で反芻すると抵抗の言葉はいつのまにか、想い人の名前に変わった。
ドルジの名前を何度も唱え、口にしながらアリマは床に膝を落とす。
どうしようもない感情に襲われたアリマはその身を敗北の感覚に委ねた。
「全部アレフに任せる。お願い、ドルジを、取り返してきて。」
アリマはそれだけの言葉を口から絞り出すのも一苦労だった。
「うん、任されたよ。」
アリマはアレフの返事を待たずに感情に呑まれ、大きな声を出して泣き始める。
そんな彼女をアレフは困惑した表情で宥めた。