Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Fort Chastre Sacred Realm
Krievci System,Chastre
Jade Falcon
30 November 3151
もうもうと立つ煙の中で、黒衣の女が舞うように腕を振った。
決して広い部屋ではない。
部屋の中央に置かれた大釜の中では薄緑色の液体が煮立っている。
本来は水蒸気や湯気を充満させて良い施設の中ではないが、彼女の領域に限っては許されていた。
シタは大釜から少し離れたところでアンネの儀式の様子を見守っている。
薬草を煮立てて薬液にする民間療法は聞いたことがあったが、今日の釜には海産物が含まれている。
シャストルの近隣で獲れた貝で、漁民から部隊へと提供されたものだ。
グイダックと呼ばれる貝の近隣種に相当するこの貝は筋肉質な発達した水管を特徴とする。
煮立った薬液の中でその水管を立てて、ぐつぐつと揺れる様だけを見れば、確かに今のアンネや他の身籠っている女性たちには必要なものに思えなくもない。
逆に、これを男が見たら、その目にはどう映るのか、興味が湧いた。
アンネの側に立つナランに表情はなく、参考にならない。
アンネが煮立つ薬液の中に手を差し入れる。
熱で膨張した薬液を吸って膨らんだ貝の水管を握り、中の液体を絞り出す。
これが料理ならば「出汁」と呼ばれそうなものだが、この白く濁った液体が身重でないシタの口に含まれることはない。
薬液を飲んだ時の効果は分からないが、儀式の視覚的効果は十分だ。
同席する2人のうち、プリヤンカは貝の「出汁」が大釜に注がれるたびに腰をくねらせて、口から声を漏らしている。
アンネはそれには構わず、次々と薬液から貝を取り出して、左の手で押さえた貝の伸びた部分を右の手で扱く。
熱をもった液体が噴き出す音とプリヤンカの奏でる声が調和すると少し距離を置いているはずのシタですら意識の混乱を覚えた。
これは子が宿った後でなく、子を成す前に行う儀式なのではないか?とシタは感じたが、すぐに素人考えを巡らせるのを止める。
儀式は滞りなく進み、3人が薬液を啜り、頭から浴び、肌を晒して火を落とした窯の中で順に身体を浸す様を医官は静かに見守った。
釜の中に入る順も何かに定められているのだろう。妊期の浅い順にそれぞれが着衣を開いて湯の中に入る。
眼鏡の才媛は、釜に入る時に視界が曇って少し慌てた様子を見せた。だが、視界が遮られたのを良いことに、再び膨らみを取り戻していた貝を取り上げて自分の身体に押し当てている。
続くツェレンは憔悴した表情を見せていたが、腹に子を宿したことで胸の豊かさが更に増していた。神話の世界から顕現したようであった肢体の持ち主は、腹の僅かな膨らみによって更に浮世から離れた姿をしている。豊穣の女神が大釜で湯浴みする絵画という構図をシタは見たことも聞いたこともなかった。
アンネの一糸まとわぬ姿をシタは初めて目にする。黒衣で隠されていた腹の膨らみが露わになると彼女が身重であったことを思い出した。
ツェレンの手を借りながら、彼女は腹を支えて釜の中に降りる。翡翠色の湯は濁りを増していて手の動きは見えないが、アンネは腹を撫でているのだろう。
彼女にしかできない対話を赤子としているのかもしれない。
ナランは女たちが肌を晒している間は釜に背を向けて、訪問者のあるはずのない入り口を睨んでいる。
ドルジが選んだ守護者の背は薬液の跳ねる音にも、女たちの漏らす声にもピクリとも動かない。
女達が再び服を纏い、儀式は終わりかとシタが姿勢を直した時。
アンネが背を向けていた守護者の名を呼んだ。
大釜の前に手招きして自分の前に跪くように促す。
その通りに姿勢を変えた彼の前で何かを唱えながら、大釜から掬った薬湯を彼の頭に振りかけた。
更に大皿を手に取らせて、薬湯を注ぐ。
ナランはアンネが勧めるままにその薬液を口にして飲み干した。
彼以外の戦士を祝福できないことをアンネは残念そうにしている。
クリエフチに着くと、彼女の聖域は門扉を閉じてしまった。
部隊の中でも一部を除くと、他の人間はここへ通じる扉を視ることすら禁じられた。
ナランは数少ない、こちら側の人間だった。
アンネが口を開くことなく、守護者に命じる。
──必ず、生きて帰ってください。
ナランはそれに頷きだけを返した。