Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Beach Arv
Krievci System,Chastre
Jade Falcon
2 December 3151
『データリンク、高度63万フィートから。』
後方の観測所と火砲陣地からの報告に、マラートは空を仰いだ。
低軌道よりも低い高度。データの発信元は衛星ではない。
予定にはない助けに、老兵は少し驚いた。
視界に雲は少なく、見渡す限りの青が広がっている。
それでも、肉眼では天の助けの姿は目に入らない。
彼が本来在るべき、トーチカの中に籠っていれば、こうして空を窺うことすらできない。
あまりに成果の上がらない、後方にいる味方の砲撃精度に業を煮やし、マラートは自らレーザーの照射器を担いで、分隊と共に観測所を飛び出してきたのだ。
ただ、彼は勇んで前線に出て来たものの、目標を照射し続けられるような射点を確保できずに塹壕をうろついている。
沖に浮かぶ敵の大型艦船からの艦砲射撃こそ止んでいた。
だが移動しているうちに、海岸に接近してきた敵の揚陸艇から支援射撃が始まり、目ぼしい射点は使い物にならなくなる。
海岸の塹壕網を、彼らが右往左往しているうちに、敵の揚陸艇は浜に辿り着き、歩兵を吐き出し始めていた。
照射器の有効距離は3マイル以上ある。それにも関わらず、敵の先端はすぐそこにまで迫っていた。
高空からの観測ならば、軍事衛星からの情報よりも高い精度で目標地点を算出できる。
観測所に残してきた、若い秀才達がすぐにデータを読み込んで、電算機を叩いた。
『ツォンシャン基地所属のASFからです。計算完了、目標の再割当を......。』
彼らの声が終わないうちに、通信に何者かが割り込む。
『みんな、寂しかった?真っ赤な服を着たおじいさんが良い子たちに足らないモノを届けにきたよ!』
ヘッドセットから、頭が割れそうなほどの大音響で、管楽器の音色が鳴り響いた。
場違いに明るい声と、狂気を思わせる笑い声が、更にマラートの頭痛を悪化させる。
『BGMとスモークと照明。パーティには必須のクラッカーも一緒さ!あとカメラもね!』
聞き覚えのある声は間違いなく、あのバヤルのものだ。
マラートには叫び声の意味が分からない。
──何の話だ?
ヘルメットと頭の隙間からヘッドセットを乱暴に引きはがして、そのまま地面に叩きつけて癇癪を少し晴らす。
がるる、と喉を鳴らしていると、彼の頭の上をいくつかの爆音が通り過ぎた。
4条の噴煙をたなびかせて、何かが海上に向けて飛んでいく。
『お届けは~~~~、今っ!』
足元のヘッドホンからの声に合わせるように、煙の先が海上に煌々と光る何かを散らす。
それらのいくつかは海岸に迫る大型の揚陸艇の上に落ち、途端に大きな眩い炎を噴き上げた。
朱い光はたちまち船の上を包みこんで、やがて全体に拡がっていく。
──気狂い馬め、地雷に機雷では足らずに、爆弾まで寄こしやがったか。
『ねぇ、今の当たった?当たったでしょ?ドルマーちゃん、今の見てた?あれ?高度高すぎて、ひょっとして見えない?オチルゥ、着弾観測って誰やんの?』
バヤルの歓びの声と、いいからどんどん撃て。というゾリグの叱責の声が戦場の音に交じって、マラートの足元から聞こえる。
老兵は地面に転がっている自分のヘッドホンを拾いあげた。
いつの間にか、怒りはすっかりと興奮に色を変えている。
もっとだ。まだ足らん。とマイクに怒鳴りつければ、返事代わりに耳あての向こうから軽やかなラッパの音が返ってきた。
『次弾装填するよ!ソリの上のツリーが空になるまで撃たなきゃ帰れないからね!』
年の末に針葉樹を飾り付けて、新しい年を迎えるという地球時代の習慣を継いでいる地域があることはマラートも承知している。
──なるほど、あの樹木は投げるものだったのか。
あの狂人は意外と学のある人間だったのかもしれない。
しかし、それは学のない自分にも、この戦場にも関係がなかった。
敵の後詰めがこちらの火砲に晒されているのであれば、彼らの役割はレーザー照射などではない。
重い照射器を分隊の少年兵達に預けて、観測所まで下がるように指示をする。
ドルジと眼鏡の小娘は、若い兵士達を前線に出すのを嫌がった。
数十人の少年たちが、この海岸にいる。彼らを後方支援に割り当てたのは、ソラーマ達の意思ではない。
2日間、公爵軍の攻勢を耐えた後、少年達は更に後方のシャストルまで下がる。
ドルジ亡き今、その作戦は反故になったものかと、マラートは考えていた。
だが、将を失っても翡翠の輝きは空を舞い、浜の背後からはミサイルキャリアーが砲撃を始めている。
人腹生まれが約束を果たしているのに、氏族の戦士がそれを破るわけにはいかない。
大型の機材を背負って、塹壕の通路に消えていく少年兵達を見送る。
残された老兵達は、それぞれに槍斧や光学銃を構えた。
マラートも背負っていた槍斧を手に取り、振り上げる。
「祭りじゃ。タニスの分隊に後れを取るな。」
残された老兵たちが、それに応と答えた。
砂浜の全てを取り返すのは夢物語でも、浜にいる敵を不能にするくらいまではやってみせよう。
いや、負け戦をする覚悟だったが、ひょっとすればこの戦も勝てるのではなかろうか。
マラートはそんな幻想すら抱いた。