Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Beach Arv
Krievci System,Chastre
Jade Falcon
2 December 3151
撃鉄が持ち上がり、シリンダーが回転する音すら聞こえたような気配すら感じる。
彼は頭に分厚いヘルメットに加えて通信機まで装着していた。海の上から飛来する無誘導弾の爆音で周囲は砂煙が舞っている。
こんな環境で、そんな些細な音が聞こえるはずはなかった。
だから、この音は今この場で聞こえている音ではない。魂に刻み込まれた、記憶の再生に違いなかった。
野蛮な火薬の炸裂音によりも先に土砂の詰められた木枠に身を隠す。
通路の中に無数の小さな楔矢がバラまかれ、兵士達の灰色の装束を裂いて赤に染める。
障害物で身を隠していても内壁で跳ね返った鉄片が彼らに襲い掛かった。
分厚い金属のコンテナやクレートは頼りにならない。
稀に飛んでくる弾は金属の箱を撃ち抜いてなお、兵士たちの纏う装甲服を貫く力を持っていた。
そんなものをモロに食らえば、腕や足は吹き飛び、胴や頭は果実のように砕け散る。
この怪物に遭遇して、分隊の後退を決断してから2時間以上が経った。
その間、この逃避行は絶え間なく続いている。
通信機で水陸両用のクソ戦車を呼び出しても、やって来るたびにねずみ花火のように砲塔を宙に飛ばした。
何度も他の味方の分隊と合流を繰り返しているのに、一向に味方の数は増えない。
むしろ、こちらに向けられる銃口の数は徐々に増えていると勘がささやいていた。
通路の向こうの陰から怪物がこちらを伺う姿が一瞬目につく。
緑色のコートに身を包んだ怪物は顔を墳墓から蘇った古代の大王のように包帯のような黒い布で覆っている。
その下から覗く双眸に睨まれると誰もが竦み上がった。
怪物の武器は呪術や吐息ではなく、既知のものを使う。
大きな鉞に太い銃身を持った拳銃だ。
グレネードランチャーではないかと疑いもした。
だが、地面に落ちる薬莢の音、跳ね回る弾頭の大きさに惑わされているだけで、あれは確かに拳銃だった。
一度に弾倉に収まる弾の数は3つ。
その事に気が付いた頃には彼らの召喚に応えてくれるような味方の戦車は海岸から消えていた。
「この地点を放棄する。後退、後退っ。」
当初の到達目標だった海岸の防御施設は遠く、まだずっと先にある。
今彼らがいる場所はこの海岸の塹壕網への入り口になった部分だ。
つまり、ここを放棄すると砂の上の鉄条網とその下に埋もれた地雷が待つ砂浜にまで後退することになる。
死にに戻るようなものだった。
他の兵士たちの後ろに退がる脚は鈍い。
後退を口にしている彼自身の脚も動かないでいる。
照準をつけて、引き金を引き続けなければ今にも怪物が曲がり角の向こうから、出てきそうだった。
「パワーパックが限界だ。」
彼の隣で重レーザー銃を抱えるガンナーの兵士が絶望の叫び声を上げる。
連続射撃で弾幕を張って怪物どもの突撃を抑えていた頼みの綱が無くなろうとしていた。
「後退だ。」
彼が分隊を振り返って指示を出すのと、ほとんど同時に隣にいるガンナーの頭が弾けた。
間に合わなかった、という後悔が胸に広がる。
塹壕の内壁に跳ね返った大型の弾頭がガンナーのほとんど頭上で炸裂したのだ。
鋭い破片と爆光が彼の肩や胸をみるみる砕いていくのをただ、見ることしかできない。
不思議と地面に落ちたレーザー銃が発する警告音も赤い光も、気にならなかった。
傷ついたレーザー銃の機構部が地面の上に落ちた衝撃で破裂する。
目前で閃いた光と衝撃に殴られ、壁に叩きつけられた。
地面に倒れて意識を朦朧とさせながらも、這って進もうとする。
──引き金を引き続けなければ......
壕の通路の奥に顔を向けると、怪物が通路の影から歩み出て、その全身を現したところだった。
生き残った兵士たちが怪物に光線を放っても、恐怖に怯えた銃口はまるで捉えていない。
逆に怪物の左手に握られた旧い拳銃が火を噴くたびに、戦友たちは何人もバタバタと倒れ、あるいは散らされる。
怪物の足音も、撃鉄が雷管を叩き、シリンダーが回転する音も頭に響くように聞こえる。
逆に、頭の上を行き交う熱線の音や、遠くの戦場の音はもう聞こえなくなっていた。
何人かの勇敢な兵士達が逃げもせずに片刃の短剣を手に怪物に立ち向かう。
緑の怪物はそれを避ける素振すら見せずに鉞で彼らを横に一薙ぎにした。
歩みはまるで止まらない。
なんとかそれを止めようと武器を探して、両手で地面を探る。
しかし、手に何も触れないうちに怪物は彼の目前に迫った。
怪物の掬い上げるような鉞の一閃に彼の視界は空を飛んだ。
地面にうつ伏せになって斃れた自分の上半身が目に入る。
目にすることで、ようやく彼は自分が下半身を失っていたことを知った。
そして、今、首から上も失ったのだと。