Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Chastre Badland
Krievci System,Chastre
Jade Falcon
5 December 3151
『こちら、《ブロードソード2》。ローターをやられた。メーデー。』
通信機から聞こえた知らない男からの悲鳴は、やがて途絶えて無音になった。
──メーデーってなんだったんだろうな?
いくら、物を知らないと言われるトヤーさんでもローターは知っている。
でも、メーデーというヘリコプターの部位は知らない。
繰り返し言うくらいだから、部位じゃなくて飛び方とかなのかも?と考えを巡らせる。
オートローテーションがヘリコプターの操作の基本なのだとしたら、メーデーは何かその発展技のような飛び方なのかもしれなかった。
でももしも、メーデーはブルーマーチンの符牒のような言葉なのだとしたら、それは考えるだけムダかもしれない。
そもそも、今更狐ちゃんの矢を要求されても、目の前の相手が撃たせてくれないような気がしている。
身体を動かすと頭もよく動くというのは本当だ。
自分の天才的なヒラメキに満足したので、あたしは難しい思考から解放される。
体中の感覚を両手に握った操縦桿に戻す。
──そうよトヤー。考えるな、感じろ。
目を閉じて、頭の上のキャノピー越しに広がるモスグリーンの巨大な機体の股下を意識だけで見上げた。
瞼の向こう側にいる、機体の装甲のセンサーの先の空気の動きを全身で感じる。
とにかく大きな図体の中でくるくると回転する小さな装置の気配を捕まえて、操縦桿の先を指でぐりぐりといじった。
「そこっ」
すぐに反応した狐ちゃんが左腕を振り上げ、あたしの意識の先へ一本のレーザーを放つ。
こめかみのすぐ脇を通り過ぎる熱い光の筋を肌で感じながら、負けずに更にトリガーを引く。
丸い球体の一つを打ち抜いたような感覚を確信するまでは、少しの時間がかかる。
──まず、ひとつ。
でも、相手の大事な部分を打ち抜けたのは一射目だけだった。
2射目は分厚い装甲板にはじかれる。
小さな光の筋と交差するように相手の左の脇に抱えている機関砲が噴いた火があたしの右脚を捥いで、千切った。
片脚を失ってバランスを取れなくなった機体がぐらりと傾く。
──ちぇ、粒子ビーム砲は避けたのにな。
いくら軽量とは言え、KitFoxでケンケンとかすると脚のアクチュエーターを潰すからやってはダメだ。という整備の娘の言いつけを思い返した。
それをやるくらいなら、胴で地面に転がった方が損失が少ないらしい。
全力で走るのとケンケンと脚にかかる重量は変わらないじゃん。とトヤー思う。
けれど、想定された動きと想定されてない動きでは機器にかかる負担が違うのだ。と賢く説明されたらそれは信じるしかなかった。
整備班の女子は皆、しっかりと専門の教育を受けている。
感覚でメックに乗っているトヤーとは知識が比べ物にならなかった。
『トヤーちゃん、退いて。』
通信機からエミーおばちゃんの声が聞こえる。
「無理だよ、あたしの狐ちゃん片脚無くなっちゃったし。」
照準器を操作してトリガーを引きながら、ぞんざいに答える。
お互いにまともに立ち上がれない状態なのに、火器は生きているから止め時がない。
大きな機体はたくさん武器を積んでいる。
重いというだけで、軽いKitFoxにはマネできないような大技を放てるのはズルいと思う。
一回立ち上がろうともしてみたけれど、それは無駄な努力だと理解できた。
相手の機体は水平器を失っていて、あたしは脚がない。
躱しようのない撃ち合いをこのまま続けても、KitFoxが押し負けるだろうことはさすがのトヤーにもわかった。
ただ痛いだけだから、とあたしは一部の機体との同期を切断する。
続けるために接続を切ったはずなのに、一度繋がりを切ってしまうととたんにテンションが下がった。
まるで逃げないトヤーのためにエミーが何十発ものミサイルを連続発射して、目前の緑鬼に浴びせかけているのにこんな気分になるのは悪い気がした。
「頑張るね?」
なんか気分を変えなきゃ、と思って至近距離にいる相手に声をかけてみる。
少し、迷うような間があった後に相手の機体からの通信が返ってきた。
『機体を捨てて逃げるなら、追いはしない。』
返事が返ってくるとは思ってもいなかったので、あたしは少し驚く。
「やだよ、まだ負けてないもん。」
反応が返ってくると、なぜか楽しい気分が戻ってくる。
もう、肩のArrowⅣの発射機は使い物にならない。
でも、他の武装はまだ生きていた。
一度は切断した機体との同期を順に戻していく。
オンラインを告げる機械音声が頭に響くと同時に全身に伝わる感覚も戻ってくる。
ほとんどの感覚は痛みだったけれど、機体ごしに空気を通して相手が身構え直したことすら感じることができた。
あたしが操縦桿を握り直した瞬間。
目の前の機体が内側から巨大な爆発を起こす。
視覚センサーを襲った光がモロに目に入ったせいであたしは目の前が真っ白になった。
──誘爆!?
機体の中の弾薬が起こす爆発をあたしは2度も経験している。
せっかく、トヤーがやる気になったところでタイミング悪く、エミーの放ったミサイルの一つが機体の弾薬庫に飛び込んだ。
そんな感じのことが起こったように思えた。
「なんだよもう...」
せっかくのやる気に水を差されたような気分になって、あたしは唇を尖らせる。
通信機の向こうから、社畜兵団とエミーの騒ぎ声が聞こえたけれど、そんなのはもう関係がなかった。
チカチカしていた視界がようやく戻ってきて、肉眼で目の前のもうもうとした黒煙が見えるようになる。
目の前の機体の姿をよく見たい。
とにかくそう思って、コクピットのハッチを開けようと、シートのベルトを解いた。
黒煙の中から金属が唸るような音が鳴り響く。
誘爆の衝撃で地に伏していた巨像があたしの前でむっくりと身を起こす。
強襲級のメックは構造によっては、誘爆の衝撃に耐えるものもある。
「あの爆発で生きてるんだ...」
トヤーは整備仲間の言葉を思い出しながら、機体の外に出た。
KitFoxの外に出てみると、改めて相手をしていた機体の大きさに驚く。
「バンシー...。」
黒髪のお友達が教えてくれた機体の名前を今更思い出す。
どこが、コクピットなのかトヤーにはわからなかったが、とりあえず頭部に向けてひらひらと手を振る。
返事がないことを不思議に思って両手の掌を少しの間眺めた。
「あ、通信機忘れてた。」
困ったことに、おへその出たピチピチのシャツと丸みが収まりきらないホットパンツ姿で飛び出してきてる。
他にも大切なものを全部忘れてきたことに気が付いたのだけど、今更席に戻るのも何かが違う気がした。
仕方なく、あたしは目の前の鬼ににへらと笑ってみせる。
ほんと、どうしよう?