Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union Class Dropship,Medic Room
Krievci System,Interplanetary Space
House Sabor
22 December 3151
「ねぇ、このベルト解いてよ。」
自分の声はこんなに力がなかったか、と心の中で首を傾げる。
ベッドに括りつけられた腕を少し動かそうとしてみたが、革の帯はびくともしなかった。
「ダメよ、暴れる患者さんはそうする決まりなの。」
できる限り甘えた声を出したはずなのに、女医は冷たくピシャリと言い放った。
「何か欲しいものはある?両手を縛られた状態だと、あげられるものに限りはあるけども。」
覗き込んでくるシタの顔は変わらず艶のある光を放っている。
もう2ヶ月以上、鏡を見ていない。
碌に食事も摂らずに泣き晴らして、さぞひどい有様になっていることだろう。
遂には健康を崩して、部屋で倒れていたところをドルマーに見つけられて、この有様だ。
SeaFoxの天敵がベッドで点滴を打たれている。
──オスキャルにこれを教えてあげたら、喜ぶだろうな。
くだらないことを思い浮かべると久しぶりに心が軽くなるのを感じた。
元気が出ると、そこにいる女医に意地悪をしたくなる。
彼を失ってなお、色気を失わず働き続けている彼女のことがアリマは羨ましかった。
「ドルジ。」
口にするだけで、心がズキリと痛んだ。
「ドルジが欲しい。」
意地悪をしようとしたのに、自分の言葉で目に涙が溢れる。
口からは自然に嗚咽が漏れだして、アリマはそれ以上何も言えなくなった。
アリマの醜態を見ても女医は何も言わない。
目と鼻から流れ落ちる液体を丁寧にガーゼで拭うだけ。
シタが自分よりも年下だなんて、誰も信じないだろう。
少なくとも、精神的には目の前の彼女の方がよほど強い女だった。
「いい子にしていたら、何か考えてあげるわ。」
アリマの腕につながった管や薬袋の様子を確認しながら、シタは慰めを口にした。
あの男の人を見る目は確かだったと改めて感じる。
ドルジさえ存命だったなら、もっと色んな話ができたかもしれない。
でも、今のアリマの頭はドルジのことしか考えられなかった。
瞼を伏せれば、今でも真っ赤に染まったホログラフが浮かんでくる。
「ねぇ、睡眠薬ヤダよ。寝たくない。」
目を閉じることへの恐怖から口をついて言葉が出た。
プリヤンカの悲鳴が脳の中に呼び起される。
アリマの懇願を聞いても女医は無慈悲に首を振った。
意地悪の仕返しではない。
もう、アリマを夢に鎮めるのに十分な量の薬液が流れ込んでしまっているのだ。
今更流れを止めたところで、眠気の波は止められない。
アリマの心の叫びも虚しく、徐々に身体に染み込んだ薬は効果を及ぼしていく。
せめてもの抵抗をしようとしたが、次第に薄れていく意識の中では何をすればいいのか思いつかない。
「ドルジ、ドルジッ!ドルジッ!」
助けを呼ぶように、愛する人の名前を立て続けに呼んだ。
眠気と涙で視界が歪んで、何も見えなくなる。
誰かが部屋に入ってくるような音と、それをシタが制止するような音が聞こえた。
構わずにベルトで固定された腕と足を動かして、身を起こそうと足掻く。
ふと、温かい掌の感触を目元に感じて、アリマの脳の処理は全てがぴたりと止まる。
唇に何かが触ると、ずっと欲していた温もりが彼女の脚の付け根の辺りに広がった。
久しぶりに背筋を走った感触にアリマの身体は金縛りにあったように全ての動きを止める。
隙だらけになった心と肉体に、睡魔が容赦なく襲いかかってきた。