Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Ammo Dump
Zhongshan System,Zuhai
Jade Falcon
05 September 3144
ズハイの死神。
ツェレンの名を知らない者は基地にはいない。飛行時間で言えば彼女は中堅どころ。
しかし、彼女の撃墜数、任務成績は彼女より年上のパイロットを既に抜いていた。
ユルはツォンシャンに配属される前から彼女の名を知っていた。しかし、顔は知らなかった。
どんなゴリラ女かと思っていたが、転属して本人と対面した瞬間は、噂の方を誇張だと疑った。
幼年学校の先生のような笑顔にユルは心臓を撃ち抜かれた。
ツェレンに基地内を案内してもらったが、何も頭に入らなかった。
彼女は戦士からもその他からも信頼が厚かった。人気の理由はわかる。容姿も良かったが、彼女は人との距離が近かった。
ユルの隣に立っていても、そこだけ空気が柔らかく、明るく変わる。そんな人だった。
彼の侮りと疑いは、彼女の戦闘記録と実際の任務で打ち砕かれた。
戦女神や戦乙女が顕現したのなら彼女のような姿になるのだろう。
そう考えると彼女は遠い存在のように思えた。
その彼女に事件が降りかかった。
その夜は彼女は地上勤務だった。
面倒な書類に加えて、部隊長に資材倉庫の品目チェックを頼まれていた。
ユルは同僚のサリーナに頼みこまれて、彼と共に夜の基地に忍び込んでいた。
理由は……くだらなかった。
サリーナが個人端末を滑走路脇の駐機場に置き忘れたのだという。
彼の大事な写真。基地のアイドルを隠し撮りした秘蔵の一枚が何枚も入った端末が忘れ物だった。
滑走路の端に残る誘導灯の残光。
哨戒機の離発着後にも拘らず、鉄と油の匂いにまぎれて、辺りは異様な緊張の気配が漂っていた。
姿勢を低くして、素早く移動していたそのとき、
「ッ、やめてッ!」
遠くから、女の叫び声が聞こえた。
聞き覚えのある声だった。
ユルとサリーナは姿勢を気にせずに声の方に走った。
脚はサリーナの方が早かった。彼を先行させて、ユルは後に続いた。
アスファルトを蹴り、脇道を抜け、薄暗い資材倉庫の扉を潜った瞬間、空気が変わった。
鉄と血の臭いに混じって、汗の匂いがした。
目の前に、男が倒れていた。
呻き声。割れた棚。壁際のサリーナが金属パイプを握りしめたまま、膝をついていた。
パイプの端には何かがこびりついていた。血か、皮膚か。
部隊長の顔は見えない。だが両手で抑えている頭からは今も赤い血が流れだしていた。
ズボンは脱げかけていて、下半身をほぼ露出していた。
そして、一糸纏わぬ姿のツェレンが、床に座っていた。
背を丸め、震える腕で胸と下腹部を隠していた。片膝を抱えたまま、両脚の隙間が晒されないように固めている。
血の気が引いた肌は青白く、かすかに汗が光っていた。呼吸音は聞こえないのに、肩だけが震えている。
乱暴に裂かれた彼女の制服と下着の残骸、靴が乱暴に転がされている。
ユルは瞬時に理解した。
思考の回路を飛び越えて、脳が先に答えを出していた。
ユルは声を失った。
あの人が。あのツェレンが。言葉にならなかった。
怒りも、疑問も、声にならなかった。
サリーナがしゃがみ込んで彼女の背に手を添えた。
「……見ないで……」
ツェレンの声が震えていた。
その声に、ユルは思わず目を伏せかけた。
どうしたら良いのかわからず、とりあえず重い部隊長の体を倉庫から引きずり出した。
一旦基地のアイドルの相手はサリーナに任せるしかない。
だからユルは、役割を選んだ。
ユルは部隊長の身体を足で転がし、襟を掴んで引きずり始めた。
床を引っかく音がやけに大きい。
氏族社会は力が全てだ。
このまま放っておけば、部隊長に傷を負わせたサリーナが大きな罪に問われる。
部隊長が彼女に何をしたかが大きく問われることはない。
ツェレンがこの件を証言したところで、むしろ彼女の方がただでは済まない。
部隊長の選択次第では、彼女が以前のように笑って過ごせる日はもう来ないだろう。
ユルにはサリーナのような脚の早さも、階位が上の男の不貞をを殴りつけて止める勇気もなかった。
ユルには人の心を溶かすような明るさも戦鬼のような腕もなかった。
野蛮と言えば野蛮な行為ではあったが、ユルは心を決めた。
足元で変わらず痛みに呻いて倒れている男を見る。
腰のホルスターに手をまわし、グリップを掴んだ。
銃を抜き、照星を不届者の頭に合わせると引き金を2度引いた。
この男の口を永遠に封じ、ユルがその座を奪う以外に彼女を守る方法はなかった。