※この作品はR-18です。

Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants   作:Sykyu

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Ep.03_03

Zuhai Police Hospital

Zhongshan System,Zuhai

Jade Falcon

03 Febuary 3151

 

 ズハイ警察病院の敷地内、別棟の空気は、病院とは思えないほどよどんでいた。

 低い天井に分厚い壁は、どこか消毒液くさく、職員の目線はとても健康的とは言い難かった。

 

 ゾリグは、歩きながら自分の首の後ろを擦った。

 ここにお世話になるようなことになるのは御免だと思う。

 

 隣にいる男、ドルジを見上げた。

 この背中が黙って前を進んでいるから、しぶしぶ平静を保っている。

 だが、ここは、どうにも落ち着かない。

 ゾリグとしては早く、空に戻りたかった。

 

「バヤルという人物に面会を希望している」

 受付の前に立ったゾリグは、要件を伝える。

 少し早口だったかもしれない。

 受付の女職員は、パネルを確認すると顔をしかめた。

 

「該当患者は現在、絶対隔離となっています。外部との接触は...」

 

 退院手続きを頼む。ドルジは彼女の言葉を遮る。

 言葉にならない驚きが、彼女の唇をただ開閉させた。

 

「現場の権限を超えます。確認させて...」

 

 勇気のある女性だ。ゾリグは感心する。

 短い言葉だったが、ドルジの威圧感は銃を手にした銀行強盗のそれどころではない。

 この男が殺気の一つも放てば、それだけで普通の人間は耐えられずに失神するのではないだろうか。

 隣に立っているゾリグでさえ、気づけば彼とは少し距離を開けて立つようにしていた。

 

 手続きを進めろ。とドルジはゾリグに言い残すと受付を離れる。

 女職員は慌ててカウンターの中で内線を回し始めた。

 ドルジの姿はすぐに上の階に続く、階段の向こうに消える。

 

 電話口の向こうの誰かに何かを訴える女の声を聞きながら、ゾリグは辺りを見渡す。

 その時、病棟の入り口から、複数の重い靴音が響いた。

 続いて、光学銃の安全装置を解放するような音。

 パワーパックからエネルギーを受け取るような音が聞こえた。

 

 ゾリグは音の方向を確認することなく、カウンターを乗り越えて身を隠す。

 勢いで受付の女と受話器を床に弾き飛ばしたが、お陰で2人とも熱線で丸焼けにならずに済んだ。

 

 病院のロビーが悲鳴と熱線銃の銃声で大騒ぎになった。

 警備の職員は対処が間に合わず、バタバタと侵入者の熱線に焼かれる。

 

 ゾリグは目の前のカウンターに設置されていた赤いボタンを叩いた。

 すぐに警報が鳴り、棟内の赤い非常灯が点滅を始めた。

 思っていたような用途のボタンだったらしい。

 ゾリグは両の手を摩る。

 

──襲撃か。

 

 どこの誰かはわからないが、警察病院を戦場にするくらいだ。

 ヤワな相手ではない。

 

「……最悪だな。」

 ゾリグが呟いた、ロビーは既に攻め手に制圧されつつある。

 ドルジはいない。

 武器になるようなものは持ち込んでいないし、目のつく場所にもなかった。

 

 ロビーの奥で何人かの警備員が武装集団に応戦している。

 武装集団は映画のように名乗ったりはしない。

 黙々と制圧行動を続けている。

 何人かの集団が階段を上がっていくのが見えた。

 警備員の後ろに回り込むつもりか、それとも彼らの目的を果たしに行ったのだろう。

 意図はゾリグにはわからない。

 だが、彼らが訓練された兵隊であることはわかった。

 

 何か、打てる手はないかと受付を探る。

 机の上の紙カードの束から、この別棟の略地図を見つける。

 構内情報のデータ出力は警察ではマニュアルに違反しているはずだ。

 しかし、今日ばかりは彼女たちの意識の低さに感謝する。

 最寄りの出口は受付の裏口を出てすぐ左だ。

 

 怯える女性職員の庇いながら、ゾリグは姿勢を低く保ってドアを潜る。

 その先の通路はノーマークだった。

 

 建物の出口の扉を体当たりで開けようとするものの、分厚い金属に弾かれる。

 ゾリグは辺りを見回して防災用の「鍵」をさがす。

 彼の意図に気がついたらしく、震えていた女性職員が動きを見せる。

 壁に備え付けられたパネルに胸元に下げられていたカードを翳すとロックの開いた音がした。

 

「感謝します。」

 警告の鳴り響く中、ゾリグは彼女に礼をする。

 すぐに彼女の手を引いて、出口の外に飛び出す。

 

 建物の裏口まではノーマークではなかった。

 観音開きの金属扉から飛び出した途端に三条の熱線が頭上を翳める。

 

 反射的に右に飛ばなければ、ゾリグは今頃消し炭だっただろう。

 すぐ近くにあった違法駐車のエアカーの陰に隠れて、熱線が飛んできている方向をさっと伺う。

 

 張っていたのは2人、照準の狂った光線銃でゾリグ達を滅多撃ちしている。

 盾にしているのはバッテリー駆動のエアカーだ。

 熱線が蓄電池に直撃すれば、ゾリグは車共々黒焦げになって焼ける。

 女性職員が必死に手を合わせて何かに祈りを捧げていた。

 

――神頼みでどうにかなるもんか。

 

 ゾリグは彼女の信仰心を鼻で笑う。

 いつでも、物事を解決するのは誰かの行動だ。

 

 だが、次の瞬間、ゾリグは己の認識が間違っていたことを知る。

 彼女の祈りは確かに誰かに届いたらしい。

 

「いやっほぉぉぉぉぉう!」

 誰のものかわからない、楽しそうな歓声と共に天から黒い影が降ってくる。

 

 ゾリグ達に向いていた銃口が全て上を向く。

 薙ぐような熱線をものともせずに、影は一直線に襲撃者の一人を覆う。

 何かをぐしゃりと押し潰したかのような金属の音が響く。

 空から新たなエアカーが落ちてきたのだ。降りてきた。とは到底言えない。

 辺りを赤と青の回転灯が照らしながら、水平を取り戻すまでの間に車体は幾度か衝撃音をまき散らす。

 

 前方のひしゃげた車の助手席の扉が開くと、中から金属の擦れるような音を立てながら緑色の死神が現れる。

 その姿に慌てふためく無法者にドルジは手にした小ぶりの赤い片刃斧を悠々と投げつけた。

 哀れな犠牲者はヘルメットごと頭を叩き割られ、血の池に沈む。

 

 ゾリグ、乗れ。とドルジの声がする。

 まだ祈り続ける女の手を引いて、ゾリグは声の方に走った。

 棟の上から彼らに銃撃を加えようとする追手が身体を乗り出している。

 斧を失ったドルジはコートの下に手を伸ばすと忍ばせていた拳銃を取り出し、ぬっと長い銃口を上に向けた。

 大型のシリンダーにも関わらず、装填弾数が3発しかない気の違ったリボルバーだ。

 小さな大砲が火を噴き、棟の屋上の一部を爆風で吹き飛ばす。

 炸裂弾頭の破片で切り裂かれた血肉が、ゾリグ達の頭の上に小雨のように降りかかる。

 

――どうやって持ち込んだんだ?!

 

 ゾリグは警察用エアカーの開いたガルウィングドアを雨よけ代わりにした。

 元凶の方からはシリンダーが回転する音と共に撃鉄が持ち上がる音がする。 

 女の耳を手で塞ぎながら、彼女の身を後部座席に押し込む。

 運転席には、ボサボサ頭の青年が座っていた。

 囚人服の上にジャケットを羽織り、何が面白いのか笑いながらこちらに何かを叫んでいる。

 屋上から降り注ぐ熱線とリボルバーの爆音で、声が伝えようとしている内容は何も聞こえなかった。

 リボルバーの2射目が、中空で無数の小さな楔矢を放ち、駆け付けた加勢の四肢を宙に散乱させる。

 

 車両のバンパーとボンネットには既に飛び散った赤いシミがこびりついていた。

 2発の弾丸はさらに赤い斑点のような模様を加える。

 ドルジに背中を押され、ゾリグも車の中に身を収めた。

 銃口を水平に降ろし、病棟の前に止められていた車両に向けてドルジは再び引き金を引く。

 シリンダーに残されていた最後の一発が短い金属音を立てて、無骨な車体の正面に大穴を開ける。

 モータールームに貫通弾を受けた車両はそのまま無音で動きを見せない。

 ゾリグが倒された助手席の背を立てると、彼はシリンダーに残った薬莢を捨てて、首を少し傾げながら、そこにどすんと腰を載せる。

 いいぞ。というドルジの声と共に車両は急発進した。

 

 余程怖かったのだろう、ゾリグの隣に腰をかけた女は安堵のあまり彼に縋って泣き始めた。

 

 前の座席ではドルジがバヤルを星隊指揮官に任命する、と簡易の任命式がとり行われていた。

 読み上げる文章すらない。やり取りは全て口頭だ。

 

「光栄であります!」

 バヤルがドルジの任命に応えた。真っ直ぐな声で応えた。

 熱線の雨を抜けて車両はやがて、目的地の彼らの弾薬集積場に向けて走り始める。

 

――こいつが、バヤル。

 

 Hell's Horse氏族の戦士の巧みな、しかし荒っぽい機体操作に目を回しながらゾリグは操縦席で男の騒ぐ声を聴き続けた。

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